【関東・甲信越編】六連銭に武田菱、北条鱗!群雄の家紋がまぶしい御城印

近年、登城の記念となる「御城印」が注目を集めています。多数の書籍が刊行されたり、テレビなどでも取り上げられたりすることもしばしば。どのような特徴の「御城印」が、どこで購入できるのかなど、一城ずつ城びと編集部が丁寧にご紹介! 今回は【関東・甲信越編】。真田家や武田家、上杉家、後北条家など、しのぎを削った群雄たちにちなんだ「御城印」が盛りだくさんです!




御城印って? 関東・甲信越地方ではどこのお城が出しているの? その特徴は?


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関東・甲信越地方の御城印の一部

「御城印」とは、 半紙(和紙)に城名やゆかりある城主の家紋や花押などの印を押したもの。お寺や神社でいただける御朱印を参考にして作られ始めて、今では多くのお城で登城の記念として頒布されています。「御城印」以外にも、「登閣記念印章」「登城記念御朱印」「城郭符」「御城朱印」など、呼び方は城によってさまざまです(本記事では「御城印」で統一します)。
細かな説明はこちらのページでは割愛しますので、詳しくは、お城のご朱印!?登城記念に「御城印」を集めてみませんか? の記事をご覧ください!

真田昌幸・信繁(幸村)親子や武田信玄、上杉謙信など、有名武将たちが競い合った関東・甲信越。続日本100名城の菅谷館小倉城をはじめとする比企城館跡群や、関東の名将ゆかりの御城印の数々も見逃せません! どんなお城のどんな御城印があるのか、見ていきましょう! ※掲載内容は、令和2年(2020)10月23日現在の情報です。掲載以外でも御城印を領布しているお城をご存知でしたら、編集部までご連絡ください。城郭名は、100名城、続100名城に続き、北から南、もしくは東から西の順に掲載。掲載の許可を得られなかったお城の御城印はご紹介しておりませんので、ご了承ください)

水戸城/小坂城/岡見城/牛久城/東林寺城/久野城/下小池城/塙城/福田城

<栃木県>

宇都宮城/壬生城

<群馬県>

名胡桃城/沼田城/岩櫃城/中山城

<埼玉県>

忍城/菅谷館/小倉城/大築城

<千葉県>

佐倉城/大多喜城/志摩城/多古城/土橋城(新規)/並木城/飯野陣屋/花輪城(新規)前ケ崎城(新規)/臼井城/宿内砦/謙信一夜城/国府台城(新規)/猪鼻城(千葉城)/佐是城/上総鶴舞城/池和田城/一宮城/高塔城(高藤山城)/久留里城/妙本寺砦/勝山城/宮本城/白浜城/滝田城/稲村城/館山城

<神奈川県>

小机城/茅ヶ崎城/浦賀城/三崎城/衣笠城/怒田城/小田原城/河村城/寺尾城

<長野県>

松代城/上田城/松本城/高遠城

春日山城/高田城/鮫ヶ尾城


■石垣ではなく土塁と堀のみで高い防御力を誇った水戸徳川家の城「水戸城」  

水戸城,御城印

徳川家康の11男である徳川頼房の入城をきっかけに、御三家にふさわしい城に改築された水戸城。御城印は、通常版(左)と大手門復元記念版(右)の2種類あり、水戸徳川家の家紋「三つ葉葵」が存在感を示しています。

通常版では、本丸と二の丸、三の丸が並列に配置された縄張であることを示す連郭式平山城の文字入り。大手門復元記念版には、創建当時の伝統構法で復元された大手門がそびえたちます。

水戸城(茨城県水戸市) 
領布場所:水戸観光コンベンション協会事務所、水戸観光案内所、北澤売店
価格:各300円(税込)

▼水戸城に関する記事はこちら

■曲輪や土塁、空堀、櫓台など多彩な遺構が良好に残る「小坂城」  

小坂城,御城印,牛久市城跡めぐり

文献により岡見氏の一族が城主であったとされる小坂城。牛久市指定史跡になっており、市内では唯一、保存会が結成されています。御城印には岡見氏の家紋「洲浜」を配置。

小坂城(茨城県牛久市) 
領布場所:株式会社 ヤマイチ味噌
価格:330円(税込)

■岡見氏発祥の地「岡見城」  

岡見城,御城印,牛久市城跡めぐり

現牛久市域一帯を治めていた岡見氏の居城とされていて、岡見氏発祥の地といわれている岡見城。岡見氏の家紋「洲浜」を配置しています。

御城印の中央には土岐氏の家紋である「土岐桔梗」が配置されています。

岡見城(茨城県牛久市) 
領布場所:株式会社 ヤマイチ味噌
価格:330円(税込)

■後北条氏と佐竹氏・多賀谷氏対立の境目に置かれた「牛久城」  

牛久城,御城印,牛久市城跡めぐり

天文年間後半(1550年前後)の佐竹氏による南進を契機に築城されたといわれている牛久城。城主は岡見治広で、北条氏に臣従。

御城印は特別な刷毛を用いて、御城印としては全国初の「飛白体」という書体で揮毫されています。題字は「北条・佐竹氏境目の城」。岡見氏の「洲浜」、牛久城最後の城主・由良国繁の「大中黒」を配置。

牛久城(茨城県牛久市) 
領布場所:芋千
価格:330円(税込)

■「関東の諸葛孔明」と称された栗林義長ゆかりの城「東林寺城」  

東林寺城,御城印,牛久市城跡めぐり

牛久城の支城とされています。「関東の諸葛孔明」と称された軍師で岡見氏の重臣・栗林義長にゆかりがあるといわれている東林寺城。御城印中央に配置された家紋は岡見氏の「洲浜」、右上は城主を務めたと史料がある近藤氏の家紋「五七桐」です。

東林寺城(茨城県牛久市) 
領布場所:芋千
価格:330円(税込)

令和2年(2020)2月22日に開催された「牛久市城跡めぐり第2弾」にて、東林寺城の別名である「新地城」バージョンの御城印が頒布されました。

新地城,御城印,牛久市城跡めぐり

■常陸(江戸崎)土岐氏家臣・久野氏の居城「久野城」  

久野城,御城印,牛久市城跡めぐり

常陸(江戸崎)土岐氏の支城と考えられている久野城。中央の家紋は、土岐氏家臣とされる久野城主・野口氏の「丸に五本骨扇」。右上は、土岐氏の「土岐桔梗」です。

久野城(茨城県牛久市) 
領布場所:味の老舗いしじま
価格:330円(税込)

令和2年(2020)2月22日に開催された「牛久市城跡めぐり第2弾」にて、久野城の別名である「延命寺城」バージョンの御城印が頒布されました。

久野城,延命寺城,牛久城跡めぐり,御城印

■土岐領と岡見領の境目に築かれた常陸(江戸崎)土岐氏の支城「下小池城」  

下小池城,御城印,牛久市城跡めぐり

乙戸川北岸のわずか4.6km程の間にほぼ1km間隔で築かれた、常陸(江戸崎)土岐氏の支城とされる5城(上小池城・下小池城・福田城・上久野城・下久野城)。下小池城は土岐領と岡見領の境目に築かれ、佐竹氏や多賀谷氏に対しても睨みを効かせる機能を果たしていたものと考えられています。現在は「小池城址公園」となっており、規模はそれほど大きくはありませんが、堀や土塁、畝堀等も確認できます。

御城印の中央の家紋は、土岐氏の「土岐桔梗」。

下小池城(茨城県稲敷郡) 
領布場所:だんごのやまだ
価格:330円(税込)

■常陸(江戸崎)土岐氏家臣・館野氏の居館といわれている「塙城」  

塙城,御城印,牛久市城跡めぐり

常陸(江戸崎)土岐氏の出城と考えられ、土岐氏家臣・館野氏の居館であったとの伝承がある塙城。主郭部は「たて」と呼ばれ、鎌倉期以前の土豪の館があった場所と推定されており「館野氏」との関係もうかがわれますが、明らかになっていません。また、塙城跡から750mほど下った地点に「塙不動堂」があり、かつて塙城主がオロチを退治したのち、この不動堂で供養したという伝説が残っています。

御城印の中央の家紋は、土岐氏の「土岐桔梗」。

塙城(茨城県稲敷郡) 
領布場所:だんごのやまだ
価格:330円(税込)

■常陸(江戸崎)土岐氏の支城の1つ「福田城」  

福田城,御城印,牛久市城跡めぐり

乙戸川北岸のわずか4.6km程の間にほぼ1km間隔で築かれた、常陸(江戸崎)土岐氏の支城と考えられる5城(上小池城・下小池城・福田城・上久野城・下久野城)。福田城は室町前期には上杉氏の家臣(知久氏?)が城主であったと考えられており、戦国期になると岡見氏の一族・福田豊後が在城、戦国末期には土岐胤倫(たねとも)が城主になったと伝わっています。下小池城と久野城の中間に位置し、土岐氏の時代には、下小池城や久野城と並び、乙戸川流域における諸勢力との境目を防備する支城として機能しました。城跡の一部は高照寺となっており、高照寺の北西には空堀や土塁を確認することができます。

御城印の中央には土岐氏の家紋である「土岐桔梗紋」が配置されています。

福田城(茨城県稲敷郡) 
領布場所:だんごのやまだ
価格:330円(税込)

<栃木県>

■宇都宮仕置の舞台で、後には将軍の宿泊場所も務めた重要拠点「宇都宮城」  

宇都宮城,御城印

平安時代後期に築城され、小田原征伐後、豊臣秀吉により改易されるまで約500年もの間、宇都宮を治めた宇都宮氏の居城。秀吉は宇都宮城で東北や関東の大名の配置を決める宇都宮仕置を行いました。江戸時代には譜代大名が城主を務めます。将軍が日光東照宮にお参りする日光社参(にっこうしゃさん)の際は将軍の宿泊場所となり、本丸には将軍のための御成御殿が建てられました。本多正純の時代に城と城下町の大改造が行われ、今の宇都宮の中心市街地の基となったと言われています。

御城印の右下に配置されているのは、復元された清明台(櫓)。清明台は毎月第3日曜日の11時から14時に2階が特別開放されています。ただし12月と1月の第3日曜日は清明台ではなく、晴れて気象条件が良ければ、富士山が見える富士見櫓2階が8時から11時まで特別開放されます。中央にあるのは主な歴代城主の家紋で、右上から宇都宮氏の「左三つ巴」、奥平氏の「奥平団扇」、本多氏の「本多立ち葵」、左上にいき阿部氏の「阿部鷹の羽」、松平氏の「島原扇」、戸田氏の「六つ星」。

宇都宮城(栃木県宇都宮市)
領布場所:宇都宮城址公園清明館、宇都宮市観光案内所、来らっせ本店、宮カフェ、「よみがえれ!宇都宮城」市民の会事務局(宇都宮市公園管理課内)
価格:300円(税込)
※10/18から頒布開始予定
※「よみがえれ!宇都宮城」市民の会事務局では郵送も対応予定。

また、宇都宮城では「宇都宮御城内外絵図」をモチーフにしたオリジナル御城印帳も頒布予定! 詳しくは「続々増加中!お城や城下町で買える御城印帳大特集!」をご覧ください!

▼宇都宮城に関する記事はこちら
明治維新150周年企画「維新の舞台と城」第6回 【宇都宮城】若き城主vs旧幕府軍 意地と誇りの激突

■鳥居家7代の居城であり、将軍家の宿城も担った「壬生城」  

壬生城,御城印

文明年間に壬生氏の2代目当主・壬生綱重によって築かれたとされる壬生城。江戸期は城主が頻繁に変わりますが、正徳2年(1712)に入封した鳥居忠英から始まり明治維新まで鳥居家7代が居城としました。鳥居家は、関ヶ原の前哨戦である伏見城攻防戦における功績から徳川方の忠臣として名高い鳥居元忠の子孫。日光道中壬生通りの途上にあり、将軍家の日光東照宮参詣(日光社参)では、宿城という重要な役割を担った城でもあります。

御城印は、江戸期に「雪の降った朝には、 朝日に輝き一入の眺め」と賞された壬生城大手門と丸馬出の情景を、嘉永3年 (1850)の『壬生領史略』掲載の図を参考にデザイン。大手門と大手門前の丸馬出は武田流軍学者である山本菅助による設計。上部には左から「竹に雀紋」「鳥居紋」「鶴の丸紋」と3種の鳥居家の家紋を配置。「竹に雀紋」は鳥居家の正式な家紋で、 左の雀は口を閉じ、右の雀は口を開けるもので阿吽(あうん)を表現するとともに、竹の葉は33 枚と定められていました。中央の「鳥居紋」は、甲冑などの武具に使用。一番右の「鶴の丸紋」は、 寛政年間から衣服類に使われ始めた家紋。鳥居家中興の祖として鳥居元忠が城内の「精忠神社」に祀られていることから、「鳥居元忠公顕彰」の字が入っています。

壬生城(栃木県下都賀郡) 
領布場所:壬生町観光協会事務局(町商工観光課観光交流係)、道の駅みぶ(みぶハイウェーパークみらい館)
価格:300円(税込)

<群馬県>

■秀吉による小田原攻めのきっかけとなった城「名胡桃城

名胡桃城.御城印

室町時代に名胡桃景冬が築いた名胡桃館を真田昌幸が攻略し、沼田城攻めの前線基地として築城した名胡桃城。豊臣秀吉による小田原征伐のきっかけとなったことから、御城印に「歴史を変えた」と入っています。

中央の家紋は、真田氏の「六連銭(六文銭)」。

名胡桃城(群馬県利根郡)
領布場所:名胡桃城址案内所
価格:300 円(税込)

また、真田氏に関連する4城(上田城・沼田城・名胡桃城・岩櫃城)すべての御城印を集め、さらに松代城・中山城を加えた6城の御城印を集めると、無料で「真田領四城攻略記念御城印」「真田街道六城攻城記念御城印」を無料でいただけます!(期間限定) 詳しくは「イベント等でもらえる御城印」をご覧ください。

▼名胡桃城に関する記事はこちら

■幻の五重の天守があった「沼田城

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ポストカードに印刷された、桜があしらわれた御城印。真田信幸が建造したという幻の五重の天守が存在感あり! 2パターン発売。

沼田城群馬県沼田市)
領布場所:沼田市観光案内所
価格:3枚100円

また、真田氏に関連する4城(上田城・沼田城・名胡桃城・岩櫃城)すべての御城印を集め、さらに松代城・中山城を加えた6城の御城印を集めると、無料で「真田領四城攻略記念御城印」「真田街道六城攻城記念御城印」を無料でいただけます!(期間限定) 詳しくは「イベント等でもらえる御城印」をご覧ください。


また、沼田市ではこんな御城印・御城印グッズ・武将印も!

令和元年(2019)4月~6月まで、沼田市観光案内所で500円以上お買い物をするとこの御城印デザインのポストカードがもらえました。

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ミニ御城印(左)はきれいな和紙の表紙つき! 御城印缶バッジ(右)を身に付けていれば、さり気なく「沼田城愛」を主張できます。
販売場所:沼田市観光案内所
沼田城,ミニ御城印沼田城,御城印バッジ

さらにさらに。武将印も頒布中! 詳しくは「最近気になる「武将印」を勝手に特集しちゃいます!」をご覧ください!

■真田幸村など真田家にもゆかりが深い「岩櫃城」 

岩櫃城

岩櫃城金剛院密岩神社

岩櫃城跡登場記念御城印です。岩櫃城・密岩神社・金剛院の3種をセットで販売。和紙仕様の書置きタイプです。

岩櫃城(群馬県吾妻郡)
領布場所:平沢登山口観光案内所、東吾妻町観光協会
価格:1セット500円 

また、真田氏に関連する4城(上田城・沼田城・名胡桃城・岩櫃城)すべての御城印を集め、さらに松代城・中山城を加えた6城の御城印を集めると、無料で「真田領四城攻略記念御城印」「真田街道六城攻城記念御城印」を無料でいただけます!(期間限定) 詳しくは「イベント等でもらえる御城印」をご覧ください。

真田といえば忘れちゃならないのは真田十勇士! ということで、令和2年(2020)5月に真田十勇士 墨絵シリーズ(七枚組)の御城印が登場!

真田幸村(金箔押し)、霧隠才蔵(銀箔押し)、猿飛佐助(銀箔押し)、筧十蔵・穴山小助(赤箔押し)、望月六郎・海野六郎(赤箔押し)、根津甚八・由利鎌之助(赤箔押し)、三好青海入道・三好伊佐入道(赤箔押し)。墨絵画家・涌井陽一氏がライブペイントした墨絵が元になっています!

ご購入は、東吾妻町観光協会窓口および岩櫃城 忍びの乱の通販サイト(https://ecsp.tsuku2.jp/viewCatalogStore.php?scd=0000053367)から!

岩櫃城,真田十勇士御城印

▼岩櫃城に関する記事はこちら

■北条氏による上野国攻略の拠点となった「中山城」  

中山城,御城印

真田氏に縁の深い「上州真田三名城」として知られている岩櫃城、名胡桃城、沼田城。その岩櫃と沼田、名胡桃を結ぶ街道の要地に小田原北条氏によって築かれた中山城は、北条氏と真田氏の境目の城です。

御城印は、通常版(左)と、銀箔押し版(右)の2種類で、題字の「楔を打ち込む」は、中山城が真田領を二分する楔となったことを指しています。北条氏の替紋「対い蝶」と定紋「三つ鱗」を中央に配置。県立ぐんま天文台があり、「星空の美しい村」と言われている高山村にちなんで作られた銀箔押し版は、満天の星の中にたたずむ往時の中山城を連想させます。

また、真田氏に関連する6城(上田城・松代城・沼田城・名胡桃城・岩櫃城・中山城)すべての御城印を集めると「真田街道六城攻城記念御城印」を無料でいただけます(期間限定)! 詳しくは「イベント等でもらえる御城印」をご覧ください。

中山城(群馬県吾妻郡) 
領布場所:道の駅「中山盆地」直売所
価格:通常版(白):300円、銀箔押し版(黒):500円(税込)

<埼玉県>

■映画「のぼうの城」で一躍有名となった「忍城」 

忍城御城印

再建された御三階櫓のイラストに、歴代城主の家紋をあしらったデザインです。

家紋は上から順に、成田氏の「丸に三つ引き」、大河内松平氏の「丸に三蝶の内十六菊葉」、阿部氏の「丸に違い鷹の羽」、東条松平氏・奥平松平氏の「丸に三つ葉葵」。日付欄は自分で記入する形式です。

忍城(埼玉県行田市) 
領布場所:行田市郷土博物館 受付 
価格:200円(税込)


■はっきりと折れ曲がった高い土塁や深い堀が迫力たっぷり「菅谷館」  

菅谷館,菅谷城

畠山重忠の館跡を再興した山内上杉氏の家紋「竹に二羽飛び雀」と、その後支配した後北条氏の家紋「北条鱗」を中央に配置。

台紙として、近隣の埼玉県小川町や東秩父村で生産され、ユネスコ無形文化遺産にも指定されている高級手すき和紙の細川紙を使用。御城印の裏面に「ユネスコの無形文化遺産 掛川紙」と印字されています。

また、御城印に使用した家紋や台紙の説明文の同封あり。

菅谷館(埼玉県比企郡) 
領布場所:埼玉県立嵐山史跡の博物館受付
価格:200円(税込)

▼菅谷館に関する記事はこちら

■比企城館跡群の一つ「小倉城」  

小倉城,御城印

国指定史跡である比企城館跡群のうちの一つである小倉城。城主は遠山氏とも上田氏とも伝わっています。御城印は、小倉城最大の特徴といえる、緑泥片岩を使った石積みの石垣がモチーフになっています。ときがわ町産武蔵楮(こうぞ)を使用した手漉き和紙使用。

小倉城(埼玉県比企郡) 
領布場所:ときがわ町の建具会館
価格:800円(税込)

▼小倉城に関する記事はこちら

■慈光寺攻略のために築かれた「大築(おおづく)城」  

大築城,御城印

小田原北条氏の家臣、松山城主の上田朝直が、関東屈指の大寺院であった天台宗関東別院慈光寺を攻略する拠点として使用したとの伝承がある大築(おおづく)城。御城印には上田家家紋「丸に三つ引き両」と、大築城の実測図を元にしたデザインが配置されています。ときがわ町産武蔵楮(こうぞ)を使用した手漉き和紙使用。

大築城(埼玉県比企郡) 
領布場所:ときがわ町の建具会館
価格:800円(税込)

<千葉県>

■江戸幕府の要職を務めた堀田家の居城「佐倉城」  

佐倉城,御城印

戦国時代に佐倉千葉氏により築城が開始され、江戸期に石垣を用いない近世城郭として完成した佐倉城。城主は代々江戸幕府の要職に就くことが多く、なかでも堀田家は、江戸期の幕政を長きにわたり支えた幕府内の重要な家柄でした。現在、城址には多くの郭や堀の形状が良好に残るとともに、国立歴史民俗博物館建設の際の発掘整備により、空堀と土塁を復元して馬出を再現しています。佐倉市の指定史跡で日本100名城。

御城印の左上にあるのは、堀田家の家紋「堀田木瓜紋」。文化10年(1813)に焼失した御三階櫓(天守閣)を、現在千葉県下有数の桜の名所となっている佐倉城址のイメージにあわせてデザイン化。

佐倉城(千葉県佐倉市) 
領布場所:佐倉市観光協会、京成臼井駅前のレイクピアウスイ内のリブロ(書店)
価格:300円(税込)

▼佐倉城に関する記事はこちら

■“無敵の武将”本多忠勝が改修!石垣を一切用いず縄張りで構築した「大多喜城」  

大多喜城,御城印

生涯57戦を闘いながら傷一つ負わなかったという徳川四天王の一人、本多忠勝が天正18年(1590)に近世城郭として大改修した大多喜城。御城印の上部には本多家の家紋「立葵」、下部には明治維新まで城主であった大河内松平家の家紋「三つ扇」を配しています。中央にあるのは梵字で、右から「地蔵菩薩」「阿弥陀如来」「観音菩薩」。戦国の勇者をたたえながらも来世は戦のない世界を念じた本多忠勝は、所持した日本三大名槍の一つである「蜻蛉切の大槍」の槍先に、この三文字を彫り入れていました。 

大多喜城(千葉県夷隅郡) 
領布場所:大多喜城ミュージアムショップ、大多喜駅前大多喜町観光本陣
価格:300円(税込)
※令和2年(2020)3月1日より頒布開始

▼大多喜城では、オリジナル御城印帳も頒布しています! 詳しくは「続々増加中!お城や城下町で買える御城印帳大特集!をご覧ください。

▼大多喜城に関する記事はこちら

■水田の中の“浮城”的な戦国・中世城郭「志摩城」  

志摩城,御城印

享徳4年(1455)享徳の乱の際に千葉胤直(たねなお)が籠った志摩城は、嫡子の宣胤(たねのぶ)が籠った多古城ともども、公方側についた千葉氏庶流である馬加康胤(まくわり やすたね)や原胤房らによって攻められ、千葉氏宗家が滅びる現場となった歴史上重要な戦国・中世城郭。現在は、塙台、二ノ台と言われる東西2つの郭や、この2つの郭に挟まれた舟着場と見られる場所、枡型虎口等の遺構が良好に残っています。城跡だけではなく、城下の島集落と一体化した浮城的総構えを有する中世期の防衛遺構と考えられ、地名の「島」は、水田の中に浮かぶ独立丘陵を言い表したものといえます。

御城印は、多古町に伝わる中世期の形態がよくあらわされた江戸期の島全体の古地図をモチーフとし、千葉氏の家紋「月星」を配置。多古城郭保存活用会作成。

志摩城(千葉県香取郡) 
領布場所:道の駅 多古 あじさい館
価格:300円(税込)
※令和2年(2020)6月1日から領布開始。「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)でも通信販売。

■千葉氏宗家終焉の地「多古城」  

多古城,御城印

享徳4年(1455)享徳の乱で千葉氏宗家の嫡子・千葉宣胤(たねのぶ)が籠り奮戦するも自害したことにより、千葉氏宗家が途絶えた地となった多古城。戦国期には、現・多古町内の親社大神に祀られる牛尾胤仲が城主となりました。平成3年(1991)から平成10年(1998)にかけて行われた発掘調査により戦国期の畝堀の存在が明らかになるも、その後の開発により消失。城跡には畝堀の延長上に折れを伴った技巧的な空堀、帯曲輪、物見台跡、虎口等が残っています。

御城印は、発掘当時の畝堀の姿をモチーフとし、千葉氏家紋の「月星」と牛尾氏の「九曜」を配置。多古城郭保存活用会作成。

多古城(千葉県香取郡) 
領布場所:道の駅 多古 あじさい館
価格:300円(税込)
※令和2年(2020)6月1日から頒布開始。「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)でも通信販売。

■水陸の要に築かれ、千葉氏一族同士の戦いにも関連した「土橋城」

土橋城,御城印

栗山川という水運の幹線と、城下を走る佐原への街道(多古街道)という陸上の幹線を押さえた水陸交通の要衝に築かれた土橋城。千葉氏が一族で分裂し、南朝方の千葉貞胤と北朝方の千葉(千田)胤貞が従兄弟同士でありながら争うことになった南北朝の争乱では、「土橋合戦」といわれる戦いが繰り広げられました。その後も享徳の乱に端を発した千葉宗家滅亡の戦いにも土橋城は関連したと考えられています。

御城印のデザインは、土橋城が築かれた台地の遠景。城下に「船渡」という地名が残っており、中世においては船が行き来できる立地であったことが推測できることから、入江と船が描かれています。地形の分かる地図をモチーフにし、千葉氏の家紋「月星」を配置。

土橋城(千葉県香取郡) 
領布場所:道の駅 多古 あじさい館
価格:300円(税込)
※10月24日より販売開始予定

■土塁や空堀など遺構がきれいに残っている戦国・中世城郭「並木城」  

並木城,御城印

築城主などの詳しい資料は残っていないものの、多古町南並木地区の台地の南端に位置し、1330年代から戦国末期まで城郭として利用されていたと言われる並木城。南側の土塁と空堀で囲まれた部分が主郭だったと考えられており、主郭の北側の折れを伴った土塁と空堀の二重構造、南東側の巨大な二重の枡形虎口、南側の帯曲輪等がとても良い状態で残っています。古文書『悟円書状』から、1330年代におこった北朝方と南朝方の争いの際、並木城直下(現・多古光湿原辺り)において「ふないくさ」があったと考えられ、そのため並木城は栗山川や借当川等の水運の要衝にかかわる権利確保の拠点城として機能していたと推測されます。

御城印にある「ふけ」とは湿原、沼沢地のこと。並木城の復元鳥瞰図をモチーフとし、水運、水辺をイメージする青色を主体としてデザインされています。上部の「月星」は、北朝方として並木城と深い関係があったと思われる千葉胤貞(たねさだ)の家紋。多古城郭保存活用会作成。

並木城(千葉県香取郡) 
領布場所:道の駅 多古 あじさい館
価格:300円(税込)
※令和2年(2020)6月1日から頒布開始。「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)でも通信販売。

■日本三陣屋に数えられる上総国飯野藩の陣屋「飯野陣屋

飯野陣屋,御城印

敦賀陣屋(越前国)、徳山陣屋(周防国)とともに、「日本三陣屋」に数えられている飯野陣屋。慶安元年(1648)、保科正貞が築いた上総国飯野藩の陣屋です。富津古墳群の中に築かれており、周囲にいくつかの古墳があるほか、陣屋内には前方後円墳である三条塚古墳が残っています。陣屋の構造は城郭構えで、横矢が掛かる張り出しを設け、周囲には土塁と水堀を巡らしています。 本丸から三の丸の広さは、東西430m、南北290mに及び、水堀は千葉県の指定史跡「飯野陣屋濠跡」となっています。

御城印は、飯野陣屋絵図の水堀がモチーフで、保科氏の家紋「並九曜」も大きく配置。

飯野陣屋(千葉県富津市) 
領布場所:平野青果、飯野ラーメン
価格: 300円(税込)
※令和2年(2020)8月29日より頒布開始。「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/)にて通信販売中。

■高城氏の支城として使われたといわれる「花輪城

花輪城,御城印

築城年代などは不明ですが、戦国期には根木内城や小金城を本拠とする高城氏の支城として使われたと考えられています。花輪城址公園として先端部が整備されており、空堀や土橋、土塁などの遺構を今でも確認できます。

御城印にデザインされているのは、琵琶首観音堂の基壇が描かれている花輪城構造図と出板碑。琵琶首観音堂は、花輪城廃城後、主郭に建てられた西福寺にあったお堂で、その基壇跡が発掘調査により検出されています。板碑は、発掘調査の際に、空堀から出土したもの。

花輪城 (千葉県流山市) 
領布場所:流鉄(株) 流山駅
価格:300円(税込)
※10月24日より販売開始予定

■3つの谷津に囲まれた特徴的な立地の城「前ケ崎城

前ケ崎城,御城印

築城の経緯などは不明ですが、現在は突端の主郭が前ケ崎城址公園として整備されており、土塁や空堀、櫓台を確認することができます。「刑部郭」という地名が残ることから、千葉氏の一族である高城氏の属将、田島刑部少輔が城主だったのではないかなどいくつかの説が伝わります。

御城印のモチーフは、立地の地形。東側に宮士川谷津、西側に名都借谷津、北側に八木谷津と3つの谷津が合流する地点の台地という特徴のある地形です。よく見ると、名都借城、幸田城、中金杉城も描かれています。前ケ崎城で、太田道灌と千葉孝胤が戦った境根原合戦の前哨戦があったと考えられることから、千葉氏の家紋「九曜」と「月星」、太田氏の家紋「丸に細桔梗」が配置されています。

前ケ崎城 (千葉県流山市) 
領布場所:流鉄(株) 平和台駅
価格:300円(税込)
※10月24日より販売開始予定

■軍神・上杉謙信を退けた城「臼井城」  

臼井城,御城印

戦国期の関東におけるいくつかの重要な攻防戦の舞台となった臼井城。一つは関東の戦国期の幕開けとなる享徳の乱。文明11年(1479)武蔵千葉氏に対抗して佐倉千葉氏が7か月間籠城するも敗北しますが、攻城に際して太田道灌の弟(甥という説もあり)の太田資忠が討死を遂げ、現在も土塁上にその墓が残されています。また後世の軍記物では、永禄9年(1566)に上杉謙信、里見義弘の連合軍に攻められ落城寸前となります。しかし、城主・原胤貞(たねさだ)の奮闘、軍師・白井浄三の知謀、そして助勢に駆けつけた北条方の松田康郷らの働きにより勝利。後世、無敗とも言われた謙信の最大の汚点の戦いといわれています。

御城印には歴代城主の家紋を配置。左が臼井氏・原氏の家紋「九曜」、右が徳川家康の関東入封後に城主となった酒井家の「丸に片喰」。下部には縄張図を組み合わせて、謙信でも落とせなかった城の堅城さを表現しています。

臼井城(千葉県佐倉市) 
領布場所:佐倉市観光協会、京成臼井駅前のレイクピアウスイ内のリブロ(書店)
価格:300円(税込)

■臼井城を守った5つの支城の一つ「宿内砦」  

宿内砦,御城印,千葉県

臼井城を守る支城群の一つとして、 臼井台地の東南外縁部に築かれた宿内砦(しゅくうちとりで)。地元の方々の保存運動により、支城群で唯一、堀、 土墨、 虎口などの城郭遺構が良好に残っています。
御城印下部に描かれているのが、虎口の土塁です。家紋は、古くからこの地を治めていた千葉一族である臼井氏の「九曜」と、国府台合戦(こうのだいかっせん)以降、 千葉一族を配下においた北条氏の「三つ鱗」。

宿内砦(千葉県佐倉市) 
領布場所:佐倉市観光協会京成佐倉駅前事務所、JR佐倉駅前事務所、佐倉ふるさと広場売店
価格:300円(税込)
※佐倉市観光協会公式ネットショップ(https://sakurakankou.thebase.in/)でも取扱中。

■臼井城を攻めるため上杉謙信が築いたと伝わる「謙信一夜城

謙信一夜城,御城印

上杉謙信が臼井城攻めの際に築いた陣城と伝わる謙信一夜城は、北方に臼井城を望む高台にあります。開発に伴う発掘調査によると、 城内の曲輪は100m×70mの方形で、 周囲には空堀をめぐらせ、 南西には虎口、土橋が架けられていたと考えられています。

御城印は謙信の陣城との伝承にちなみ、 春日山城の謙信の銅像と、 『成田名所図会(成田名所図絵)』に描かれた謙信の臼井城攻めの場面から着想した戦闘シーンがモチーフ。家紋は上から、上杉氏の「竹に雀」、上杉方として戦った里見氏の「二つ引き両」、国府台合戦(こうのだいかっせん)以降、 千薬氏を配下に置いた北条氏の「三つ鱗」、古くから臼井の地を治めていた千葉氏の「九曜」。

謙信一夜城(千葉県佐倉市) 
領布場所:佐倉市観光協会京成佐倉駅前事務所、JR佐倉駅前事務所、佐倉ふるさと広場売店
価格:300円(税込)
※佐倉市観光協会公式ネットショップ(https://sakurakankou.thebase.in/)でも取扱い中。

■何度も激戦の舞台となった「国府台(こうのだい)城

国府台城,御城印

川の対岸に渡りやすい地点のすぐ上に立地していため、何度も合戦の舞台となった国府台(こうのだい)城。現在は里見公園として整備され、堀切や空堀跡のなごりと見られる切通し状の坂道などが残っています。公園整備や戦時中の軍用により当時の姿からかなり改変されたものの、土塁や櫓台と思われる遺構が確認できます。

御城印は、第一次国府台合戦で壮絶な討ち死にを遂げた小弓公方足利義明の雄姿を描いた絵がモチーフ。さらに、第一次国府台合戦で戦った足利氏の家紋「丸に二つ引両」と北条氏の「三つ鱗」を上部に、 第二次国府台合戦で戦った里見氏の「丸に二つ引両」と北条氏の「三つ鱗」を下部に配置することで、動乱の戦国時代をイメージしています。

国府台城 (千葉県市川市) 
領布場所:いちかわ観光・物産案内所、道の駅いちかわ
価格:300円(税込)
※10月24日より販売開始予定

■千葉宗家が本拠としていたといわれる「猪鼻城

猪鼻城、御城印、千葉城、亥鼻城

康正元年(1455)に千葉宗家が滅びるまで、千葉宗家が本拠としていたといわれるお城。城址のある亥鼻公園内には、今も往時の土塁や堀切、郭の一部が残っていて、公園内の中央付近には、千葉市立郷土博物館が建っています。御城印は、千葉氏の家紋と千葉市立郷土博物館前に立つ千葉常胤公像を背景のモチーフとしたもの。

ちなみに、千葉市では「亥鼻城」は亥鼻公園内に建つ近世のお城の天守を模した城郭風建築物(千葉市立郷土博物館)のことを指し、千葉宗家の本城址部分のお城は「猪鼻城址」と書き記すことにより、明確に区分しているそうです。

猪鼻城(千葉県千葉市)
領布場所:千葉市・亥鼻公園内「いのはな亭」(茶店)
     価格:300円
※令和2年(2020)2月15日(土)領布開始。「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

千葉市ふるさと納税の返礼品に限定版の御城印と御城印帳が登場!

令和2年(2020)4月より、千葉市のふるさと納税の返礼品として、「猪鼻城址御城印帳セット(市制100周年記念限定版。100セット限定)」が加わりました! 御城印と御城印帳がセットで返礼品に選ばれるのは、全国で初めてとのこと!! 詳しくはこちらの記事「続々増加中!お城や城下町で買える御城印帳大特集!」をご覧ください。

■上総武田氏の中核の城として名を馳せた「佐是城

佐是城、御城印

鎌倉時代に佐是禅師円阿が館を構えたこところと伝わる、上総武田氏の中核の城。現在、城址には光福禅寺がありますが、寺内にある二重物見台ともいえる連続する大きな物見台の遺構が圧巻です。御城印は、上総武田氏の家紋・武田菱と物見台に建っていたであろう物見櫓と兵士のシルエットをデザインしています。千葉県下のお城において初めて発行される御城印で、令和2年(2020)2月4日から領布。

佐是城(千葉県市原市)
領布場所:佐是城址内 光福禅寺(http://kofukuzenji.sakura.ne.jp/)本堂横、市原市観光案内所(五井駅前)、養老渓谷駅前観光案内所
価格:300円

■最後の城下町を形成した「上総鶴舞城」  

上総鶴舞城,御城印

明治元年(1868)の徳川家移封に伴い、井上正道が浜松城から転封されて普請に着手した上総鶴舞城。鶴が羽を広げているような地形から、井上正道がこの地を「鶴舞」と名付けました。明治3年(1870)には藩庁、知事邸宅、家臣屋敷などが完成し城下町が形成されましたが、明治4年の廃藩置県によりお城は完成しませんでした。「最後の城下町」といわれ、武家屋敷の区画やそれに付する土塁などが残っています。

シンボルである鶴をモチーフとした御城印の左上部にあるのは、井上家の家紋「鷹の羽」。その右下は旧舞鶴高校の校章をモチーフにデザインされたもの。

上総鶴舞城(千葉県市原市) 
領布場所:つるまいホープラザ
価格:300円(税込)
※令和2年(2020)7月23日から頒布開始

■第二次国府台合戦における大激闘の舞台となった「池和田城」  

池和田城,御城印

南北朝時代に多賀氏の居城となり、里見氏や上総武田氏の支城として使われた池和田城。永禄7年(1564)に起こった里見氏と後北条氏による第二次国府台合戦において大激闘の舞台となり、勝利した後北条氏の配下として上総武田氏が入城、のちに後北条氏の支城として小田原合戦を迎えます。

御城印の家紋は、右から、多賀氏の「九曜紋」、多賀氏主君である里見氏の「二つ引き両」、後北条氏の「三つ鱗」、上総武田氏の「四つ割菱」。大規模な戦闘があった城であること、天正18年(1590)まで使われていたことから、戦国期の櫓をイメージしたデザインとなっています。

池和田城(千葉県市原市) 
領布場所:光福禅寺、市原市観光案内所(五井駅前)
価格:300円(税込)

■何度も里見氏と北条氏の戦いの場となった「一宮城

一宮城,御城印

「一宮城址」として千葉県長生郡一宮町の町指定史跡になっている一宮城。築城主、築城時期などは不明ですが、水陸の要衝地にある一宮城は戦国期には何度も戦乱の舞台となりました。

一宮城下に上総国一宮玉前(たまさき)神社が鎮座していることから、御城印には玉前神社の祭神「玉依姫」が上陸したと伝わる釣ヶ崎海岸の鳥居がデザインされています。また、この一帯を治めていた上総広常が源頼朝と源氏の繁栄を祈り玉前神社に鎧を奉納したとの故事にならい、一宮藩主・加納久徴(ひさあきら)が神社に奉納した町指定文化財の鎧も配置。家紋は上から、上総国を治めた上総氏の「九曜」と、戦国時代の城主・正木氏の「三つ引き両」、何度も北条氏とこの地を争った里見氏の家紋「二つ引き両」。

一宮城(千葉県長生郡) 
領布場所:一宮駅前観光物産直売所
価格:300円(税込)
※歴×トキ(https://www.rekitoki.com/)でも通信販売中。

■上総広常の居城と伝わる「高塔城(高藤山城)

高塔城,高藤山城,御城印

標高約80mの険しい崖などの自然の地形を生かして作られた高塔城(高藤山城)は、「高藤山城址」として、千葉県長生郡一宮町の町指定史跡になっている山城。頂上からは一宮城や勝見城など、周辺の重要拠点を眼下に見下ろすことができます。正木氏が一宮城に入ったあと、なんらかの形で要害化され、城郭として取り立てられたと考えられています。

御城印は、鎌倉時代の雄である上総広常の居城との伝承にちなんで、上総広常がモチーフ。城の麓に広がる水田のイメージから、黄緑色が使われています。家紋は、平安時代から上総国を治めた上総氏の「九曜」と、戦国時代の一宮城主・正木氏の「三つ引き両」。

高塔城(高藤山城)(千葉県長生郡) 
領布場所:一宮駅前観光物産直売所
価格:300円(税込)
※歴×トキ(https://sakurakankou.thebase.in/)でも通信販売中。

■房総半島の近世城郭の代表格「久留里城

久留里城,御城印

小櫃(おびつ)川流域に開けた交通の要衝地に築かれた久留里城。北条氏との戦いにおいて里見義堯(よしたか)の拠点となり、永禄3年(1560)には北条軍に包囲されますが、長尾景虎(上杉謙信)に援軍を頼んだ義堯は窮地を脱します。徳川家康が関東に入ってからは、大須賀氏、土屋氏、黒田氏と城主を変えながら近世城郭として整備され、 幕未まで存続しました。

御城印のモチーフは、久留里城に建つ模擬天守と、天守台跡の基壇。ほかに里見氏の家紋「二つ引き両」と、正源寺所蔵の里見義堯座像も配置。

久留里城(千葉県君津市) 
領布場所:君津市久留里観光交流センター
価格: 300円(税込)
※令和2年(2020)9月12日より頒布開始

■有事に里見氏の要害となった「妙本寺砦」  

妙本寺砦,御城印

房総半島の中でも屈指の日蓮宗の古刹である中谷山妙本寺は、14世紀前半の創建。永正11年 (1514)に里見義通が陣所として以来、有事の際には里見氏の要害として使われたため、「妙本寺要害」「妙本寺砦」などと呼ばれています。岡本城と金谷城の間にあり、2城の連携を担っていたと考えられます。海に面した丘陵地にあり、本堂を囲むように尾根がめぐっており、自然地形を使って要害化したとみられ、太鼓打場と呼ばれる平場や堀切などが残っています。

御城印は、現在の山門に柵を描いて砦をイメージ。里見氏の家紋「二つ引き両」と、境内にある里見氏の家紋と波をあしらったモチーフがデザインされています。

妙本寺砦(千葉県安房郡) 
領布場所:鋸南町観光協会 保田駅前観光案内所
価格:300円(税込)
※令和2年(2020)8月29日から販売開始。同日より「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/)でも通信販売開始。

■里見水軍の対北条氏用基地「勝山城

勝山城,御城印

標高80mの八幡山に築かれ、 眼下に勝山湊を臨むことができる勝山城。険しい独立丘陵を利用し、岩盤を削り残して士塁や石塁を設け、尾根上に堀切を入れて城塞化されました。 南西山麓の「水浦」には船溜まりがあったとされ、その水浦に向かって削平した曲輪がいくつか見られます。天正期は内房を支配していた内房正木氏の城で、北条氏に対抗するため、里見氏に取り立てられたと考えられます。岡本城と金谷城との連携を考えた上での好立地に加え、湊の前面に防波堤にも目隠しにもなる浮島をもつ理想的な水軍基地でした。

御城印は、勝山湊の遠景がモチーフ。城山の山容と勝山湊や小舟に、里見氏の家紋「二つ引き両」と正木氏の家紋「三つ引き両」がデザインされています。

勝山城(千葉県安房郡) 
領布場所:鋸南町観光協会 保田駅前観光案内所
価格:300円(税込)
※令和2年(2020)8月29日から販売開始。同日より「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/)でも通信販売開始。

■里見義豊が幼少時を過ごした「宮本城」  

宮本城,御城印

稲村城の支城として築かれたとされている宮本城は、南房総市富浦町大津の標高188メートルの山上を中心に占地する中世戦国期の山城。天文2年(1533)天文の内訌(ないこう)の一方の主役であった里見義豊が幼少時育った城ともいわれています。北側の防御に力が注がれており、上総方面を意識した山城であったことがうかがえます。地形に対して竪堀、土橋、堀切等を組み合わせ、大規模な山城としての要害化が図られており、石積み遺構が残っていることが大きな特徴。遺構の状況から、戦国時代末期まで使用されていたと考えられているとともに、一時期は里見家当主である里見義堯(よしたか)の居城であった可能性もあるといわれています。南房総市の指定史跡。

御城印は、山城全体の山容をモチーフに、里見家の家紋「二つ引き両」が配置されています。

宮本城(千葉県南房総市) 
領布場所:南房総市道の駅とみうら「枇杷倶楽部」、南房総市道の駅三芳村「鄙の里」
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

■房総にある中世の城のなかで最大級の規模を誇る「白浜城」  

白浜城,御城印

里見氏初代の里見義実が本拠にしたと考えられている白浜城。房総半島の南端に位置した白浜は、中世・太平洋の海上交通を抑える要衝でした。関東地方の戦国時代の幕開けとなる享徳の乱(享徳3年(1454)~文明14年(1483))において、鎌倉公方足利氏から当時関東管領の上杉氏派が統治していた安房地域を奪うために里見氏が送り込まれたといわれています。城跡は太平洋を一望に見渡せる標高140メートルの山頂を中心に占地し、東西 1キロメートル、南北400メートルにわたる広大な城域を有します。物見台、堀切などのほか、尾根に小さな平場を作ることで曲輪を配した房総戦国時代初期の遺構が残る城郭です。南房総市指定史跡。

御城印は、太平洋を眺望するために物見台に建っていたと思われる望楼を考証を踏まえてイメージ。さらに加えて望楼前に作られていたであろう木柵、そして太平洋からの海風にはためく里見氏の幟もデザイン。中央上部には里見氏の家紋「二つ引き両」を配置。

白浜城(千葉県南房総市) 
領布場所:南房総市道の駅とみうら「枇杷倶楽部」、南房総市道の駅三芳村「鄙の里」
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

■『南総里見八犬伝』の舞台となった「滝田城」  

滝田城,御城印

『南総里見八犬伝』で里見義実の居城とされ、八犬伝発祥の城といわれている滝田城。南房総市上滝田区・下滝田区根小屋西方の丘陵上に占地する山城です。築城時期は定かではありませんが、天文2年(1533)におこった天文の内訌(ないこう)時は里見義豊派の一色氏の居城であり、里見義堯(よしたか)派に攻められ落城したという歴史があります。落城後しばらくの間、里見義堯が居城としていたのではないかともいわれています。城跡の主郭部と考えられているのは、八幡台と呼ばれる標高140メートルの最高所。これを囲む形で、曲輪と思われる数か所の平場が認められる構造となっており、曲輪、櫓台跡、竪堀などの遺構が良好に残ります。南房総市の指定史跡。

御城印は、城跡内の遊歩道にある「伏姫八房翔天の像」をイメージしたものに、里見氏の家紋「二つ引き両」を配置 。

滝田城(千葉県南房総市) 
領布場所:南房総市道の駅とみうら「枇杷倶楽部」、南房総市道の駅三芳村「鄙の里」
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

■戦国前期の姿が良好に残っている前期里見氏の城「稲村城」  

稲村城,御城印

内紛「天文の内訌(ないこう)」が起こるまで約80年間、前期里見氏の本城だった稲村城。安房の国府を見下ろす丘陵に位置し、前期里見氏による安房支配を確立した重要な拠点でした。主郭部は国の指定史跡。

御城印は、里見氏の家紋「二つ引き両」と、稲村城跡の鳥瞰図をデザイン。

稲村城(千葉県館山市) 
領布場所:館山市立博物館(館山城・本館)受付
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

■戦国末期・里見義頼の時代の岡本城の支城「館山城

館山城,御城印

戦国末期の里見義頼の時代に、岡本城の支城としての役割を果たした城。8代当主里見義康の代に、豊臣秀吉から 戦国大名同士の私闘を禁じた「惣無事令」違反を咎められ、里見家の上総領が没収されたことに伴い、安房国の新たな中心の城郭として積極的な拡張工事が行われました。しかし、義康の後を継いだ忠義の時代の慶長19年 (1614)に、徳川幕府から突然国替えを言い渡され、館山城は幕府軍により破却され、ほとんどの堀は埋め立てられました。後年、太平洋戦争中に海軍の陣地となったため、約10m山頂が削り 取られ破壊が進みました。現在は、千畳敷という曲輪や切岸・堀切などが城内に残っています。

御城印は、里見家の家紋「二引き両」と、昭和57年(1982)に城地に建設された模擬天守の館山市立博物館 (八犬伝博物館)の絵柄をモチーフにしたもの。館山城と御城印デザインの説明書きが同封されているのも嬉しい! 館山市立博物館 では、里見八犬伝に関する展示を行っています。

また、オリジナルのポケットタイプの御城印帳も発売中! 詳しくはこちら「続々増加中!お城や城下町で買える御城印帳大特集!」をご覧ください。

館山城(千葉県館山市)
領布場所:館山市立博物館(館山城・本館)受付
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

<神奈川県>

■風情ある竹林の中で大空堀を満喫できる「小机城」  

小机城,御城印

小机城が文献資料に初めて現れるのは、文明10年(1478)に扇谷上杉氏の家宰・太田道灌によって攻撃された時なので、それ以前より横浜市域北部一帯および川崎市域をふくむ「小机庄」の支配拠点として機能していたと考えられています。小田原北条氏の関東侵攻後は城主に北条一門が配され、支城として小机領を治めました。確認されている城主は、初代北条三郎、2代北条氏堯、3代北条氏信、4代北条氏光。現在は「小机城址市民の森」として開放されており、西郭・東郭・帯郭のほか、空堀や土橋などの往時をしのぶ遺構を楽しむことができます。

御城印は、 小机城の壮大な空堀に映える竹林をイメージして、両サイドに淡い朱色の竹の図案があしらわれています。中央の家紋は、北条氏の「三つ鱗」と城代を務めた笠原氏の「丸に三つ柏」。

小机城(神奈川県横浜市) 
領布場所:横浜市歴史博物館
価格:300円(税込)

▼小机城に関する記事はこちら

■住宅街にありながら良好な状態の遺構がのこる「茅ヶ崎城」  

茅ヶ崎城,御城印

15世紀後半~16世紀前半にかけて築城された茅ヶ崎城。中郭・西郭・東郭・北郭・腰郭などの郭を中心とし、周辺に複数の平場が配されています。中郭には、形状から倉庫として使用されたと思われる建物跡の遺構があります。北郭には堀にかかる土橋と木戸跡があり、城の大手口が北側にあった可能性がうかがえます。特徴的な遺物は、見込み部分に渦巻き紋のあるカワラケ(素焼きの皿)。これらは南関東の城郭に分布するところから、扇谷上杉氏にかかわるとする説もあります。城に関わる文献資料はありませんが、城の南側の天台宗正覚寺には「千ケ崎郷」の地名を記す豊臣秀吉禁制が伝わります。平成21年(2009)に横浜市の史跡に指定。

御城印は、城跡より出土した渦巻き紋のあるカワラケに由来する渦巻き紋をデザイン。

茅ヶ崎城(神奈川県横浜市) 
領布場所:横浜市歴史博物館
価格:300円(税込)

▼茅ヶ崎城に関する記事はこちら

■後北条氏が江戸湾防衛の為に整備した海城「浦賀城」

浦賀城,御城印

史料や伝承が乏しいものの、築城は三浦氏の時代に遡るとみられる浦賀城。後北条氏の「小田原衆所領役帳」には「浦賀定 海賊」と記載があり、海賊衆(水軍)の拠点として使われていたことが裏付けられます。現在も堀切、腰曲輪、枡形虎口等の城郭遺構がしっかり残っており、戦国期の城の姿がうかがえます。戦国時代、浦賀城の主な目的は、頻繁に軍事行動を仕掛けてくる房総半島の里見氏を牽制することでした。当時、後北条氏の水軍の拠点は三崎城でしたが、三崎城は前面に城ケ島がある奥湾タイプの城のため、攻撃用の拠点として浦賀城が使用されたと考えられています。

御城印には三浦氏の家紋「三つ引き両」と、後北条氏の家紋「三つ鱗」、北条水軍のシンボルともいえる安宅船(あたけぶね)を配置。海城同士で連携していたと考えられる三崎城の御城印と合わせると…安宅船の全身が表れます!

浦賀城(神奈川県横須賀市) 
発行元:三浦一族城郭保存活用会
領布場所:Cool Clan URAGA
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

■後北条水軍が拠点とした海城「三崎城

三崎城,御城印

後北条氏が房総侵攻の足掛かりとして三浦半島の最南端である江戸湾と太平洋を繋ぐ位置に築き、後には里見氏への備えとして整備していったと考えられている三崎城。現在、城跡のほとんどは三浦市役所の敷地となり遺構の大部分は壊されましたが、土塁、堀切などは目にすることができます。

また、三浦一族と古くからゆかりが深い城で、三浦氏時代の三崎城は不明ながらも、新井城(三崎要害)と連携する何らかの施設があったと考えられています。三浦一族が源頼朝をもてなした三崎山荘もこのあたりにありました。三浦氏滅亡後、三浦海賊衆たちは三崎十人衆として北条水軍に組み込まれ、里見氏との攻防に臨むこととなります。

御城印は三浦氏の家紋「三つ引き両」と、後北条氏の家紋「三つ鱗」を配置。記録にはありませんが、外海と直接つながる三崎城下に安宅船(あたけぶね)を係留していた可能性は十分考えられ、北条水軍のシンボルともいえる安宅船もデザインされています。三崎城と連携していたであろう浦賀城の御城印と合わせると、安宅船の全身が見られます!

三崎城(神奈川県三浦市) 
発行元:三浦一族城郭保存活用会
領布場所:Cool Clan URAGA
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

▼三崎城に関する記事はこちら

■相模国の名族、三浦氏の本城「衣笠城

衣笠城,御城印

古久里浜湾からの水運ルートの一番突き当りにあった衣笠城。前九年の役の戦功により、三浦為通が源頼義から三浦の地を与えられて築城して以来、三浦氏は一族の聖地ともいえる当城を拠点に勢力を拡大していきました。衣笠城の尾根には堀切などの城郭遺構が今でも 認められ、鎌倉時代以降も戦国時代まで何らかの形で利用されていたものと思われます。

御城印には三浦氏の家紋「三つ引き両」、治承4年(1180)の衣笠合戦で名誉の死を遂げた棟梁・三浦大介義明、 その菩提を弔うために源頼朝が建立した菩提寺満昌寺に安置される三浦義明座像、そして朝廷から頼まれて義明が退治したと伝わる「九尾の狐」が配されています。一見「切れてる?」と思ってしまう家紋ですが、怒田城の御城印と合わせると・・・完全な「三つ引き両」になるようにデザインされているのです!

衣笠城(神奈川県横須賀市)
発行元:三浦一族城郭保存活用会 
領布場所:Cool Clan URAGA
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

■鎌倉幕府成立に尽力した三浦一族の海城「怒田(ぬた)城」

怒田城,御城印

江戸時代まで存在した古久里浜湾に面した海城で、三浦一族の水軍基地だった怒田城。 三浦氏の領地がある房総半島と三浦半島を繋ぐ役目をしていたと考えられています。築城年代等は不明ですが、平安時代末期に三浦一族の岡崎氏や杉本氏の城だったと伝わっています。治承4年(1180)の 衣笠合戦では、畠山重忠軍に衣笠城を囲まれ怒田城に逃れた三浦一族が麓の湊から船で房総に渡り、源頼朝と合流を果たしました。

御城印は三浦氏の家紋「三つ引き両」と、幕府成立後に政権の中枢で活躍する三浦一族の棟梁・三浦義澄、そして怒田城から房総へと向かう舟をデザイン。一見「切れてる?」と思ってしまう家紋ですが、実は衣笠城の御城印と合わせると…完全な「三つ引き両」になるのです!

怒田城(神奈川県横須賀市) 
発行元:三浦一族城郭保存活用会
領布場所:Cool Clan URAGA
価格:300円(税込)
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

■平成の大改修を終えた「小田原城

小田原城、御城印

「江戸時代の小田原城」をコンセプトに、後期大久保氏の家紋と、歴代から崇敬された「摩利支天」と梵字をあしらっている。平成30年(2018)12月から頒布開始。

小田原城(神奈川県小田原市)
領布場所:小田原城天守閣入場券販売所
価格:300円

▼小田原城ではオリジナル御城印帳も頒布しています。詳しくは、「続々増加中!お城や城下町で買える御城印帳大特集!」をご覧ください。


■神奈川県最大級の障子堀を誇る山城「河村城」  

河村城,御城印

平安時代末に河村秀高により築城されたと言われている河村城。南北朝時代、河村氏は南朝方につき、南朝方の有力武将である新田義興、脇屋義治とともに河村城に籠城し北朝方と戦火を交えますが、翌年新田軍は河村城から退却。その後、戦国時代に入ると後北条氏の支配に入り、武田氏に備えた小田原城の出城として今に見られる障子堀がつくられました。天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原攻めに際し廃城になったと考えられています。神奈川県下で唯一、地元自治体が戦国期の史跡整備の中で障子堀の復原をおこなっている山城。

御城印は河村城址保存会が発行しており、河村氏の家紋「直違(すじか)い」を背景に配置。

河村城(神奈川県足柄上郡) 
領布場所:山北町観光協会、ともしびショップさくら1階売店(山北町健康福祉センター内)
価格:300円(税込)

■後北条氏に仕えた諏訪三河守五代にわたる城「寺尾城


寺尾城、御城印

寺尾城は、戦国当時の竪堀、土塁の遺構が一部残る、横浜市内における貴重な中世戦国城郭遺構。横浜市内の城郭において初めて発行される御城印で、諏訪家の家紋である「諏訪梶」がモチーフ。令和2年(2020)2月11日に開催された寺尾城をテーマとした「鶴見れきぶん祭」の会場で販売開始し、諏訪氏菩提寺の徳雄山建功寺にて継続販売中。

寺尾城(神奈川県横浜市)
領布場所:徳雄山建功寺 総受付
価格:300円
※「歴×トキ」(https://www.rekitoki.com/shop)にて通信販売中。

<山梨県>

■武田軍に関東三名城の一つと称された「岩殿城(岩殿山城)」  

岩殿城,岩殿山城,御城印

居城とした小山田氏の家紋「丸内に抱き沢潟」の手彫印を一枚一枚に押印。御城印の封筒には、郡内領主・小山田信茂の出陣之図と小山田氏の説明文が同封されています。

武田氏の軍書『甲陽軍鑑』にて、岩櫃城と久能山城とともに「関東三名城」と称えられていることから、「関東三名城」と記載。和紙A6サイズ。

岩殿城(岩殿山城)(山梨県大月市) 
領布場所:大月駅前観光案内所
価格:300円(税込)

※発行されている方のご意向に添い、記事中のお城名を「岩殿城(岩殿山城)」と表記しております。

以下は、令和2年(2020)3月3日~4月12日限定頒布された桜バージョン。
通常版に桜の花びらと岩殿山を配置。岩殿山はなんと手彫りの印です。淡くて優しい雰囲気が素敵ですね!

岩殿山城,岩殿城,御城印,桜


<長野県>

■真田信之が松代藩の基礎を築いた拠点「松代城」  

松代城,御城印

初代松代藩主・真田信之の家紋「州浜」を右上に、「結び雁金」を左下に配置。州浜紋の横にあるのは信之の花押。下部にデザインされた松代城外観の色違いで2種類選べます。中央の家紋「六連銭(六文銭)」は2バージョンあり、左は斜めになったもので、右は松代オリジナル。選んだほうのスタンプを押してもらえます。

令和2年(2020)3~5月限定で、春色の御城印も頒布。

松代城,御城印

松代城(長野県長野市) 
領布場所:信州松代観光協会
価格:各300円(税込)

また、真田氏に関連する6城(上田城・松代城・沼田城・名胡桃城・岩櫃城・中山城)すべての御城印を集めると、「真田街道六城攻城記念御城印」を無料でいただけます(期間限定)! 詳しくは「イベント等でもらえる御城印」をご覧ください。

▼松代城に関する記事はこちら


■御城印発祥の国宝天守「松本城

御城印、松本城

上に最後の松本城城主・戸田光則(みつひさ)、下に戸田光行の花押が印字されています。

松本城(長野県松本市) 
領布場所:松本城管理事務所
価格:300円

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■大河ドラマ「真田丸」で有名な「上田城

上田城,御城印夏

徳川の軍勢を2度も撃退した落ちない城、上田城。御城印は歴代城主の家紋と「不落城」の印、そして下部には東虎口櫓門の印が配置されています。家紋は真田氏の「六連銭(六文銭)」(上)、松平氏の「五三の桐」(下左)そして仙石氏の「永楽通宝」(下右)。眞田神社が1枚ずつ手作りしており、季節ごとにデザインが変わります。画像は令和2年(2020)の夏バージョンで、右下には十文字槍を手に立つ真田信繁(幸村)のシルエットが。同じ季節でも年ごとにデザインが変わり、下の画像は令和元年(2019)の御城印です。

上田城,御城印,2019
上田城,御城印,2019

上田城(長野県上田市)
領布場所:上田市観光会館2階、眞田神社(上田城跡公園内)
価格:300円(税込)

また、真田氏に関連する4城(上田城・沼田城・名胡桃城・岩櫃城)すべての御城印を集めると「真田領四城攻略記念御城印」、さらに、四城に松代城・中山城を加えた6城の御城印を集めると、「真田街道六城攻城記念御城印」を無料でいただけます(期間限定)! 詳しくは「イベント等でもらえる御城印」をご覧ください。

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■「天下第一の桜」と名高いタカトオコヒガンザクラの名所「高遠城」  

高遠城,御城印

御城印は「高遠閣版」(左)と「美しい村版」(右)の2種類があります。「高遠閣版」は、「天下第一の桜」と言われる桜の名所にある高遠閣と桜をデザイン。「美しい村版」は、伊那市高遠町がNPO法人「日本で一番美しい村」連合に加盟していることが由来。全国で活躍し、「美しい村」の選定理由でもある「高遠石工(いしく)」による石仏とタカトオコヒガンザクラを印にしています。

高遠城(長野県伊那市) 
領布場所:高遠町歴史博物館、高遠なつかし館
価格:各300円(税込)、2枚セット500円(税込)

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<新潟県>

■山ごとお城!軍神・上杉謙信はスケールも規格外!?「春日山城」  

春日山城,御城印

軍神と名高い上杉謙信の居城。上杉軍総攻撃を命じる時にのみ本陣に立てたとされる「懸り乱れ龍の旗」から、「龍」の一文字を中央に配置。上越市長による揮毫で美濃和紙を使用。

春日山城(新潟県上越市) 
領布場所:上越市埋蔵文化財センター受付
価格:300円(税込)

高田城が完成したとされる慶長19年(1614)7月5日にちなんで、令和2年(2020)7月5日に、高田城と春日山城の特別版御城印が限定頒布されました。特別版は揮毫が金色です!

春日山城,御城印,特別版

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■「日本三大夜城」に選ばれた「高田城」  

高田城,御城印

歴代城主の家紋を時代順に配置。右上から順に、松平忠輝が陣羽織に用いた「丸に三葵紋」、酒井家次の「丸に酢漿草(かたばみ)紋」、松平忠昌「丸に三葵紋」、松平光長「丸に三葵紋」、左上にいき稲葉正通の「隅切り角に三の字紋」、戸田忠昌「星梅鉢紋」、久松松平家である松平定重・定逵(さだみち)・定輝・定儀(さだのり)・定賢(さだよし)の「六曜紋」、榊原家の榊原政永(まさなが)・政敦(まさあつ)・政令(まさのり)・政養(まさきよ)・政愛(まさちか)・政敬(まさたか)「源氏車紋」。上越市長による揮毫で美濃和紙を使用。

高田城(新潟県上越市) 
領布場所:上越市立歴史博物館受付
価格:300円(税込)

高田城が完成したとされる慶長19年(1614)7月5日にちなんで、令和2年(2020)7月5日に、高田城と春日山城の特別版御城印が限定頒布されました。特別版は揮毫が金色!

高田城は徳川家康の6男・松平忠輝の居城として、天下普請により築城されました。築城にあたっては、仙台城主・伊達政宗をはじめとした有力大名13名が総力を挙げて取り組み、わずか4ヵ月足らずで越後一国と北信濃の一部をも治める巨大城郭を築きました。

高田城,御城印,特別版

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■上杉謙信没後におこった家督争いの最終決戦場「鮫ヶ尾城」  

鮫ヶ尾城,御城印

上杉家の家督争い「御館(おたて)の乱」の舞台となった鮫ヶ尾城。御城印中央に大きく上杉軍軍旗の「毘」の文字があしらわれており、右に敗れた「上杉景虎公終焉の地」と入っています。そのまま貼れるシールタイプ。

鮫ヶ尾城(新潟県妙高市) 
領布場所:斐太歴史の里総合案内所(4月初旬頃~11月末頃)、神の宮温泉 かわら亭フロント(11月末頃~3月末頃)
価格:300円(税込)
※転売防止のため1人1枚の限定販売

▼鮫ヶ尾城に関する記事はこちら

いかがでしたか? 登城の記念に、はたまたちょっとしたお土産にも最適!な御城印、ぜひコレクションしてみてはいかがでしょうか。

・執筆写真/かみゆ (「歴史(はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。)&城びと編集部
協力:若狭国吉城歴史資料館館長 大野康弘さん

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