おぐらじょう

小倉城

埼玉県比企郡

別名 : 玉川城
旧国名 : 武蔵

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ふゆづき

隠れた国の史跡 (2022/05/21 訪問)

比企城郭群の一つになりますが、杉山城や菅谷館の陰に隠れている山城である小倉城を訪問してみました(。
この城が築かれたのは後北条時代で、城主は上田氏か遠山氏と伝わっているようです。
築城当時、ときがわ地区は、地域にある山林を活用した木工細工(欄間等)がさかんであったようですので、その地域防衛のために、築かれたのであると思います。

この城は、埼玉県ときがわ町と嵐山町の境界近くに位置しており、駅は遠く(最寄り駅は八高線の明覚駅。ここの観光案内所で小倉城の御城印を取り扱っています)、バス路線からも離れていることから、公共交通機関でのアクセスは難しいと思います。
車で行く場合には、嵐山渓谷を先ず目標として、その奥に進んだ処にあります。
訪問者用の駐車場は、大福寺の近くに整備されており(訪問者用のバイオトイレがあり、城のパンフレットを入れた箱もあります)、20台近くは止められると思います。
登口から、先ずは郭3に向けて登山道を進みますが、この郭3には石垣の一部が残っています。
この城の石垣は板状に割れた比較的薄い石を積み上げたものであり、高さはそれほど高いものではありません(せいぜい3~5メートルくらい)。この郭3から郭1(本郭)に向かう道は二つに分かれており、左に進み切通にかかる木橋(今は通行止)、虎口を経由してアクセスする方法と、右に進んで枡形虎口を経由してアクセスする方法があります。
いずれの虎口も比較的状態は良く、郭1の周囲を形成する土塁とともに、良く遺構を残しています。
郭1と郭2の間には、クランクを伴う大堀切がありますが、今は枯木で埋もれており、少しわかりづらい状況です。
また、郭2にも虎口と土塁が残っていますが、ここから眼下に小川町の集落を望むことができます。
ここまで述べた郭1~郭3がこの城の見所の中心になります。
年長者とともにゆっくり見たので、攻城時間は約90分。戦国時代の関東では珍しい石垣の残る城で、整備が進んでいるところですので、訪問する価値はあるように思います。

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トベシュン

比企城館跡群巡り (2022/05/24 訪問)

比企城館跡群巡りで菅谷館跡、杉山城跡、小倉城跡に行きました。

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国指定史跡比企城館跡群 (2020/05/24 訪問)

素敵なお城がたくさん、ときがわ町が大好きです。

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昌官忠

比企城館跡群日帰り② (2018/07/10 訪問)

「比企城館跡群」とは埼玉県比企郡にある城館跡のことで、「菅谷館跡」、「松山城跡」、「杉山城跡」、「小倉城跡」を指します。
「比企城館跡群日帰り」の2城目は小倉城です。杉山城からの転戦です。

杉山城➡嵐山町役場➡武蔵村山駅➡タクシーで小倉城に到着。

小倉城は北条氏の家臣である遠山光景の居城であったとされ、豊臣秀吉の小田原攻めの折に落城となったと考えられています。
本丸を中心に土塁と堀で防御された郭が取り巻き、土橋や馬出しの後も良好に残っています。
~以上 比企城館跡群ガイドの解説から抜粋~

大堀切、郭1への虎口(南、東、北と北虎口先に枡形状虎口)、城や関東では珍しい石垣も見れます。攻城時間は70分くらいでした。
帰りは、小倉城から徒歩で「田黒バス停」へ行き、炎天下の中、バス待ち35分でイーグルバスに乗り「武蔵村山駅」に向かいました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 伝・遠山光景
築城年 戦国時代
主な城主 遠山氏、上田氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 国史跡(比企城館跡群)
再建造物 石碑、説明板
住所 埼玉県比企郡ときがわ町田黒
問い合わせ先 ときがわ町生涯学習課
問い合わせ先電話番号 0493-65-1521