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dougen

2014.11.16登城 (2014/11/16 訪問)

菅野城から国道166号、国道165号、国道24号、国道309号を経由して、村道に入り給食センターの前あたりに城址の案内板があり、入って行くと上赤坂城址となります。登城口付近に駐車場もあります。
国の史跡だけあって、良く整備されており、容易に城址散策が楽しめる城址です。
遺構としては、堀底道となっている登城道や土橋、竪堀、横堀などが確認できます。
また、周囲には赤坂城塞群が点在していますので、時間をかけて回ってみるのも良いかもしれません。

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あきおこ

探検感たっぷりの平山城 (2018/06/08 訪問)

立派な社域をもつ宗左厄神八幡神社の裏山の台地の端に築かれている。神社に広い駐車場がある。
台地上の加古川学園側に本来の登城路が存在するはずだが、不明の為、神社の北に伸びる道を進む。
右手に豪邸があるので、そこを越えて田畑の間に右に折れるあぜ道があるのであぜ道方面に向かう。
山に取りつくと膝高さくらいのネットがあるのでそこを越えて山中に入る。

正面に堀切状の谷があるので迷い無く左側の尾根を上る。緩い尾根なので5分くらいで主郭下につく。
今回登城した尾根は全く防御遺構が無く主郭に到達できることから、昔は山麓が沼地か池が
あったのではないかと思う。

尾根端は切岸正面に接続する。切岸の土の間から礫がみられる。切岸をよじ登ると削平地が広がり
ようやく城の確証を得る遺構に出会い安堵。

周りを見ると尾根方向以外は横堀がめぐらされている。
主郭の副郭側に高まりがあり土塁であることを認識できる。他の端部には土塁がないようだ。
土塁から横堀に降りると結構な幅があることを実感できる。鋭さのない箱堀状になっている。

副郭は主郭よりも低く中央の仕切り土塁と堀で区画されているようだ。横堀からみて右側の郭に土塁が巡り
堀は左の郭に設けられている。順位的に右が上位の郭のようだ。土塁、堀共、先の横堀に比べると普請は軽め
に感じる。

左の郭の堀には昨日降った雨が溜まっており端部が閉塞された堀になっていることがわかる。
時間も遅かった事もありここで探索を打ち切ったが副郭には折れを伴う土塁があったらしい。

尚、城内は全くの手つかずで遺構が完存するが、その分未整備でスズメ蜂の巣などがあるかもしれないので
足の踏み場には要注意である。






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にのまる

自由が丘にも近い。 (2018/06/14 訪問)

東急大井町線、九品仏駅前の浄真寺です。
大きくて立派で気持ちよく散策できるので、城の遺構がなくても別にいいか、という気分になります。
土塁のようなところに小さな城址碑があります。

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小城 小次郎

志苔館

続100名城スタンプは東屋の中の小屋の中。やたらと分厚くどでかい土塁は、もしかしたら風除けの意味もあったの・・・かも?

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小城 小次郎

松前城

「13番目の現存天守」は失火により炎上。戦後に天守を失った唯一の城であり、最後に天守を失った城でもある。

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小城 小次郎

上ノ国勝山館

とかく軍事施設として捉えられがちな中、勝山館はそれ自体が聖地であり、都市であり、終の棲家(墓地)でもあった。倭人とアイヌが共存し、平和な時代を過ごしていた場所。

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小城 小次郎

角館城

武家屋敷街のすぐ近くにありながらほとんど顧みられることはないお城。でもよく見れば、相当な存在感を持って、いつも城下を見下ろしている。

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モト

きれいに残った遺構に感動です。 (2018/06/13 訪問)

迷路のような空堀をすすんでいきます。
入り口を入るといきなり左右の高い土塁に圧倒されます。

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モト

桜の季節にも行きたい城。 (2018/06/19 訪問)

諏訪の高島城へ。
春は桜とのコラボがきれいなお城です。

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koz

石畳の先の、石垣 (2018/06/09 訪問)

排水溝跡を眺めながら石畳を上り、目の前に広がる石垣に感動!!
帰りは、岩村城下町を散策。

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todo94

旭川のチャシ (2009/05/09 訪問)

北海道東海大学の敷地内と言うことで見つけられるか不安があった。丘の麓をしばらく捜しても案内板や表示、石碑など全くみつからなかったが、構内に入ってみると校舎の裏手に三日月状の空堀を見つけることが出来て満足である。

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todo94

ダービー前日の攻城 (2009/05/30 訪問)

横浜市内に所在する茅ヶ崎城。初期の北条氏の縄張りを知る事が出来る城でとても綺麗に公園として整備されていた。西郭の土塁は自然な感じだし、東から見下ろす本郭もなかなかの物だ。ここはまさに土塁の宝庫。広域にわたって開発されている中にこれだけの遺構が残っていることに驚きを禁じ得ない。

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モト

生田緑地のついでに (2018/05/22 訪問)

生田緑地にバラを見に来たついでに寄りました。
緑地内の高低差はそこまでは厳しくない山を登って、門が見えてくると城跡の雰囲気が漂ってまいりました。
門の脇にある壁が城跡へきたことを実感させます。

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オダリン

続日本100名城に! (2015/03/28 訪問)

ハイキング気分で野崎観音から登り七曲りを通り楠公寺を経て飯盛山の頂上へ。桜には少し早くチラホラ咲きだった。飯盛城で三好長慶はどう思っていたのか・・・・・。40代の若さで病死とは・・・。

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オダリン

秀吉の水攻めで有名 (2009/03/11 訪問)

城主の清水宗治が和議の証として自刃した首塚が残っている。

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todo94

続日本100名城 (2009/05/30 訪問)

第3京浜により城域が分断されているという味噌は付くが、見事な空堀が残る素晴らしい土の城だった。小田原開城と共に廃城となっている。

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todo94

国史跡 (2009/06/06 訪問)

ほぼ、方形の館跡の内、2辺は崖、残り2辺が空堀となっている。郡内の小山田氏への抑えとして重要な地であったようだ。

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にのまる

岩槻城址公園 (2018/06/17 訪問)

遺構はあまりないと言われていたので期待しないで行ったのですが、何度も折れる深くて広くて長い堀や、堀障子跡、城址碑のみで余計な建造物のない鍛治曲輪など充分楽しめました。城址エリアは遊具などがある広場とはしっかり区分けされているので、今後もおそらく侵食されることはないでしょうし、過去と現代がうまく共存してしていると感じました。
戦国期には城下町を含め総構8kmの大城郭だったようです。岩槻駅近くの愛宕神社には当時の土塁が僅かに残っています。

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播磨藩姫路城主

大山と主郭の石垣 (2018/06/11 訪問)

雨だったのが残念無念でした。

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びーこ

六文銭だらけ (2015/10/12 訪問)

上田の街中には至る所に六文銭が溢れている。上田城跡公園内にある博物館や櫓内の展示で六文銭の意味を知り、なるほど~と納得した。「真田丸」を見ていなかった上に、下調べもせずに行ってしまったが、この充実した博物館を見学すれば問題なし。真田石もしっかり鑑賞。
見学の締めくくりは蕎麦と決めていたが、まさかの六文銭(実は竹輪)かきあげと遭遇!美味しく頂きました。

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