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よしくん

感動しました高取城 (2021/11/29 訪問)

近鉄・壺阪山駅からトボブラと山頂まで2時間かけて登りました。駅前から少し行くと、土佐街道の古い町並みをぶらぶら探勝、スギ・ヒノキの暗い山道をひたすら登り、飛鳥時代に作られたという猿石、二の門跡脇の水堀、二の門跡を過ぎて、脇道的に入って行く国見櫓には是非行きたい。国見櫓からは眼下に奈良盆地が広がり、樫原神宮の森、二上山、葛城山や、遠くに大阪のビル群、六甲山が一望。宇陀門、大手門を過ぎると、二の丸、本丸に到着。広々とした開放的な本丸・二の丸にある高い石垣に感動します。この山頂にのみ、ケヤキ、カエデ類、モミなどの大木が生えて、今年最後になると思われる紅葉も楽しめました。高石垣の山城、山頂の紅葉と低山ハイキングと、3つのことに大満足の1日でした。

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緑の原付

家康館、良かったです (2021/11/29 訪問)

再建天守、土塁、石垣、堀、城下町といろいろ楽しめますが、公園内にある家康館の展示が良かったです。

特に家康以前の松平氏の説明があり、家康に至る流れがよく分かりました。

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イオ

古刹と裏山 (2021/11/19 訪問)

飛鳥期に役行者が開いた松尾寺が南北朝期に城郭化したもので、最盛期には寺領7千石、僧兵数千人を擁したとされますが、織田信長の高野山攻めの際に焼き討ちを受けて全山焼亡。その後、松尾寺は豊臣秀頼により再建されて現在に至ります。

松尾寺は紅葉の名所でもあり、近くに来たついでに紅葉狩りがてら登城しました。松尾寺の駐車場に車を駐めて石段を上って行くと、左手に源義経が一ノ谷の戦いの死者の菩提を弔ったと伝わる首堂があります。首堂の少し上には江戸中期築の立派な山門があり、楼上に文殊菩薩、門の左右に増長天と持国天が配されています。見ごろの紅葉を眺めながら境内を進むと、豊臣秀頼の寄進により四天王寺から移築された金堂が建っています。金堂の近く、鐘楼の脇には長諭和尚の碑があり、信長の焼き討ちの際に本尊や寺宝を護って難を逃れた功績が顕彰されていました。

松尾寺の裏山、児童遊園と春日神社の奥には松尾寺の僧坊であり松尾寺城の曲輪と思われる削平地が多く連なり、堀切状の地形も見られました。また、金堂の裏手には新池と呼ばれる溜池があり、仮に往時からのものとすると水の手兼水堀的な位置付けかなぁ、などと妄想しながらの探索でした。
 

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モト

現れた石垣に感動です (2021/08/10 訪問)

小高い山にある城跡を本丸を目指して登ります。
神社の脇にある登城口から入り、ある程度階段など整備された道へ合流して登っていきます。
この時点でかなりの城跡の雰囲気が漂います。
途中、門跡であろう所に残る若干の石に心躍らせながら進みます。
土塁跡、出丸跡、兵具蔵跡も残っております。
道はハイキング程度の登りです。
いよいよ本丸までは後少し、そして本丸の入り口に現れます見事な石垣です!!
綺麗な石垣に思わず感動して声が出てしましました。
石垣の角の綺麗な角張にも感動です。
大手門跡を通って本丸に上がりそこからの眺めを楽しみましたが、やはり石垣が良い。
帰りにも何度も石垣を眺めて帰りました。

金山城という名前の城跡は結構数ありますが名城が多いというような気がします。
ここもかなり満足な城跡だと思います。
おすすめです。

神社の入り口と反対側にも駐車できるようになっておりました。

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ばばよ

11月末には雪降ります (2021/11/28 訪問)

平沢登山口案内所が開いているうちにとどうにか11月中に車で訪問。
上信道というバイパスが便利なようでした。
向かう途中で雪が降った跡に気づく。
幸いアイスバーンにはなっておらず、駐車場まで徐行運転。
駐車場には薄いながら雪が積もっていました。
本格的な山登りの方から見たら、自分はなんて軽装で危なっかしいと思われたでしょう。反省。
頂上までは危険と判断し本丸で折り返すことに。
雪解け水で滑りやすいところがある反面、捕まるロープもなく肝を冷やすところも。
樹々が多いところは逆に雪が地面まで降りてこず、安心して歩けました。
竪堀、土塁はなかなか。本丸からの眺めも良好。

クマの噂にびびりすぎて雪にヒヤヒヤさせられることになりました。
というわけで、晩秋に行かれる方、ご注意くださいませ。

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todo94

八幡岬公園 (2021/10/30 訪問)

トンネルの先に駐車場が完備されている八幡岬公園としてきっちりと整備されています。鳥居のちょっと手前脇にある城址碑、危うく見落とすところでした。徳川家康の側室として、紀伊家、水戸家の藩祖を生むことになるお万の方の銅像があり、お万の布さらしの逸話が残ります。そんな断崖からは素晴らしい眺望が得られました。

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前ちゃん

2度目の来訪、今度は詰城 (2021/11/29 訪問)

今回は、指月山へ。山頂部は詰城であり、石切場でもあったのですね

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にのまる

その9・尾山神社 (2021/10/31 訪問)

 玉泉院丸庭園から鼠多門橋でつながる尾山神社は金沢城の出丸(金谷出丸)だったとのことです。二の丸唐門を移築した東神門の彫刻に目を惹かれました。宝暦の大火で城の大半が焼失した際、彫刻の二頭の龍が水を呼び類焼をまぬかれたとの言い伝えがあるのだそうです。
境内の前田利家公の像は母衣を担いだ騎馬像でかなりかっこいい!三層のモダンな神門は国の重要文化財。設置された避雷針は日本最古のものだそうです。

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赤い城

城跡で学べるのは羨ましい (2021/10/21 訪問)

城跡が学校になっている例は多いですね。
関東では太田城、龍ヶ崎城など。
真岡城も主郭は真岡小学校。
北東側の虎口が遺構として見れる感じです。
公園として整備されていますが、公園には見どころはなさそう。
二郭には本城稲荷神社があり、主郭との間の道路は堀切の跡のようです。
別名は芳賀城で宇都宮氏菓子芳賀高貞が築城したとされています。
無料の市営駐車場があるのでそこから行くのが良いと思います。

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カズサン

奥州藤原氏初代清衡の父経清居館と言われてる (2021/11/15 訪問)

 伊達政宗の右腕伊達成実菩提寺小堤城/大雄寺を終えて国道6号線を約10km程南下し中島館を目指す、途中の道すがら10年前の東日本大震災の爪痕、ここまで津波到着、津波で浸かったエリアとか標識があちこちに有りました、津波の酷さを実感した次第。
 
 情報源とガイド:古城盛衰記さん、余湖図コレクションさん、グーグルマップ

 駐車:宮城県亘理郡山元町高瀬舘下の中島舘登城口標柱の在る南約50メートル国道6号線東の脇道、アパート西面の路肩が広く路駐可(37°56'50"N 140°53'38"E)

 登城は路駐場所から北に約50メートル程国道6号線沿い下り方面、西側の丘陵スロープに中島舘跡の白い標柱が有り道なりに登って行く、西、道なりに進み堀底道の様な個所もある、50m程登って行くと城塁土塁が目に入り手前には土橋が有り城塁を登ると主郭に成る結構広い杉林に覆われてる、中心部は杉を伐採し少し観える化、白い標柱中島館跡、案内説明板が有る、主郭下には帯曲輪?を思わせる空堀?が東の土橋から南、西に伸びている、北は出郭で共に崖下に成ってる。
 案内板に在った伝藤原経清居館跡の時代築城と有りましたが戦国期に亘理氏、相馬氏、伊達氏攻防の中、改修が繰り返されてのか?とも思ったりしたり、静かな中での探訪観察でした、帯曲輪?空堀?は樹木が茂り倒れ主郭から眺めただけです。

 歴史:中島館跡は亘理権現太夫藤原経清の居館であったと言われてる。 経清は奥州の戦乱「前9年の役」の際、源頼義に従って陸奥の俘囚長阿部氏を攻めた人物で、後に源頼義と袂を分かち囚われて処刑されている。 経清は奥州平泉の地で黄金文化を築いた藤原清衡の実父であり、事実であるならば奥州藤原氏ゆかりとして歴史上由緒ある館跡である。(館跡案内板一部抜粋に由る)

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いんげん丸虫

天王山砦 岐阜県恵那市 (2021/11/13 訪問)

木曽川の左岸にある山城です。
主郭を半周する土塁を伴った横堀、そこから伸びる数本の竪堀。
コンパクトながら実に見応えのある遺構です。
詳細不明のようですが、武田氏の可能性があるようです。
国道からほぼ廃道のような古い道に入り100m、城跡の麓に駐車可能です。
山城好きならかなり堪能できると思います。
説明会でもあったのでしょうか、遺構に沿って紐が張ってありました。

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Hawkwind

片田小学校付近から (2021/11/29 訪問)

片田小学校の反対側に降りる道があり、空き地に駐車。空き地脇に水堀があり土橋を渡ると空堀に入れます。右手の堀を登り、その後は山上を目指して登っていくと土塁に囲まれた単郭があります。

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北条氏綱

再び犬山へ (2021/11/28 訪問)

大学の野外実習で先日訪れました。約3年ぶりに訪れてみて改めて魅力のある城だと思いました。天守閣登る際には頭上にご注意ください。

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todo94

ここで良いのだろうか (2021/10/30 訪問)

白滝山嶺岡浅間コースから分け入ってみましたが、ここで良いのか全くわかりません。城の遺構のように見えなくもないのですが、何しろ表示が全くありませんでしたので。

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1X

箕作城 (2021/11/28 訪問)

五個荘駅から中山道沿いに、歩いて貴船神社(北の口)へ。そこから登り始めて、建部神社(東の口)へ至るルートを選択。貴船神社本殿の手前から登る入り口が、少し分かりづらかった。北の口から頂上まで30分弱。頂上まで200m手前に石碑。頂上(主郭)には、鉄塔。その裏手に石垣が少々。天気も良く、頂上からの眺めは良かった。建部神社へ下るには、来た道を引き返し、石碑のあった場所より手前を東側へ下る。(案内板があるが見落としそう。)途中、石がゴロゴロしており、破城の際の残石か?と考えながら下る。麓までは20分ぐらい。河辺の森駅より貴生川駅へ向かう。夕焼けが奇麗でした。

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牛若丸

昨日訪れました。 (2021/11/27 訪問)

当初、高岡に行こうとおもったのですが時間の都合でこちらを訪れました。
夕闇に包まれる富山城です。

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牛若丸

5本の指に入る山城 (2021/11/27 訪問)

初めての北陸です。
一度は訪れたかった山城で、本丸跡からみる七尾湾は絶景でした。
石垣や曲輪跡もきれいに残ってます。

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T-Shionoya

滝山城は500歳 (2021/11/28 訪問)

今日は滝山城築城500年記念講演会に行ってきました。

八王子の芸術文化会館大ホールがほぼ満員。

小和田先生が言っていた、天守や櫓がなくても戦国の城の魅力を放っている滝山城。
私も昨年末に訪問したここから、中世城郭にハマり始めました。

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ぴーかる

光竜寺山城 (2021/10/30 訪問)

【光竜寺山城】
<駐車場他>町民グランド駐車場<35.012797, 134.908438>を利用
<交通手段>車

<見所>竪堀・曲輪
<感想>北はりま攻城の旅3城目。光竜寺山城初投稿いただきます。光竜寺山城の築城年は定かではないが、築城主が在田氏となっていることから、在田氏は赤松範資の次男赤松朝範が在田殿と呼ばれたことから、南北朝時代から室町時代には城があったかと思われます。光竜寺山城は独立した山に築かれており西側の川と平地を挟んで対峙している野間山城が詰城とすれば光竜寺山城は「居城としてお客を迎えたり儀式として使われたでしょう」と現地説明版にあります。

 登城路は北と南の2つあり、南の大手道は未調査で私は北の搦手道から攻めました。北の登城口は<35.012992, 134.907794>のポイント、城跡までは15分程度で到達します。林道整備されているのでスニーカーレベルでもOKです。

 城跡は南北にはしる尾根上に曲輪を造り、主要部は北から搦手口、二の丸、主郭、下段の出丸、大手虎口、堀切を挟んで三の丸、主要部の北東部・東南部・西南部・北西部にそれぞれ竪堀が施されています。三の丸が未整備で進入不可でした。赤松氏の城だが珍しく石積遺構が見付けらなくて自分の中では立派さが無いので儀式や饗応に使われた居城というのは少し疑問に感じた。

<満足度>◆◆◇

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火ノ島豊後守正宗

新宮城 (2021/11/26 訪問)

続58城目。
新宮市街地にあるのでアクセスはかなり容易です。
頂上の本丸までは徒歩で10分程度で到着できます。
山頂から見た新宮市街地の景観は絶品でした。

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