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ひろべえ

館と詰の城 (2019/08/21 訪問)

徳島から約170km。高知自動車道南国ICから一般道で約30km。2時間40分の道程はなかなかハードでした。安芸城西側の道路沿いに駐車。安芸市歴史民俗資料館で山内家家老五藤氏について知る。山内一豊の頬に刺さった鏃も見学。パンフレットを入手してから城巡り。追手門枡形の立派な石垣と水堀。内部を見にくくして、しっかり敵に対して防御する意識を感じる。詰の城は階段状に三ノ段・二ノ段・詰という郭がある。詰はとても広大。詰の北側には一段低く北ノ段があり、境界には石積が見られる。詰の南側には土塁、三ノ段には小円丘がある。二ノ段と三ノ段のある郭の東側には東ノ段という雑草が覆い、未整備っぽい郭もあり。入っていくと藪が多く途中で撤退する。下城後、三ノ段の下の付近には低い石垣が残っており破城の痕跡か隅が崩されていました。城域の西側には、崩れ掛けの石積や石垣が残されていました。毒井戸を最後に見学して、姫倉城へ移動。

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山口駿河守幻夢斎

桧原城跡 (2019/08/02 訪問)

小谷山城跡とも呼ばれています。

私は駐車スペースすぐ近くの登り口を利用しましたが、登り口は、何箇所かあるようです。

20分ほど登ると、城域を囲む空堀に出会える。が、空堀は笹薮に埋もれています。

比較的、整備されていて夏場でもなんとか見学できましたが、あまりお勧めはしません。

伊達政宗が会津効力のために築いた拠点城郭。

遺構の保存状態も良好です。

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朝田 辰兵衛

信越国境警備の城。 (2019/08/24 訪問)

南東側の尾根道に空堀遺構があると思われますが,ヤブがひどくて断念しました。坊ヶ池のほとりに位置しているため,野鳥や昆虫の宝庫にもなっているようです。実際,約20年ぶりにオニヤンマに遭遇しました。虻のように体当たりで威嚇してきます。
標高:529m,比高:150m。謙信公祭では,残念ながら狼煙は上がらず。

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無頼庵

石垣の野外博物館 (2019/08/13 訪問)

上記所在地の滋賀県近江八幡市牧町は間違いです。修正できません。岡山県の岡山城です。
この岡山城も金沢城に負けず劣らずの石垣野外博物館です。慶長期の宇喜多氏から関ヶ原合戦後の小早川氏へ。そして、元和期から池田氏へと。領主が固定された場合と、領主の交代が繰り返された時の石垣の変遷になにか差が出るのかどうか興味深い点でもあります。職人集団の移動があったかどうかということです。ご教示を。
この本丸下の石垣の褶曲はもとからの技術の制約なのか、後世の孕みなのか気になるところです。

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無頼庵

徳川大坂城石垣の故郷、小豆島石切り丁場 (2019/08/11 訪問)

徳川再築大坂城の石垣の故郷といえば、瀬戸内の島々。岡山県牛窓対岸の前島には行ったことはありましたが、小豆島へ上陸するのは今回が初めて。小豆島自体が火山島で、花崗岩の塊のようなものでした。
現在の大阪城桜門の正面に蛸石があり、その巨大さには驚かされます。その厚みは薄っぺらなものということなんですが、その加工技術はいったいどんな石工集団が担ったのでしょうか。そのヒントが小豆島にありました。
天狗岩丁場に残されている天狗石の大きさをみればわかるように、蛸石の故郷であるに間違いありません。あとはその加工と運搬です。
道の駅大阪城残石記念公園に展示がありました。結論は全部手作業であること。言うまでもありません。当時の技術とその組織力に脱帽です。
近世初期の石垣構築技術が最高潮に達した国指定史跡大阪城と石切り丁場全体が世界遺産級のものなのに、日本遺産でほっといてイイものなのでしょうか。

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無頼庵

天下普請の金城今昔 (2019/07/27 訪問)

台風が迫る中、徳川美術館で開催される大坂冬の陣図屏風再現プロジェクトシンポジウム参加のため、前日に名古屋入り。目的は復元が完成した本丸御殿と解体復元されるであろう昭和の天守閣の勇士拝顔の為。檜の香りが伝わってくるような杮吹きの御殿と、昭和の戦後を耐えてきたコンクリート製の野武士のような天守閣。
木造天守閣の復元議論は賛否両論ですが完全復元は不可能であり、あくまでも令和時代の復元であるので、時代にあった復元であってほしいと思います。
コンクリート製の復元天守閣を否定するような発言もありますが、その時代時代の技術を駆使した先人の知恵を愛でるのも城郭愛なのではないでしょうか。
それにしても見事な算木積みを見るに、さすが天下普請の金城であります。縄張り者と普請者・作事者の見事な技術の結晶のかたまり。

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カズサン

音羽城 蒲生氏の城 滋賀県蒲生郡日野町 (2018/08/13 訪問)

 昨年の8月滋賀県甲賀市甲賀町和田城跡群の探訪を終えて蒲生郡日野町の蒲生氏の日野城に向かう途中に在る音羽城に寄る、県道41号線経由182号線に途中道の細い所が有りますが道沿いに音羽城の案内、駐車場が有ります。
 蒲生氏郷の祖父曾祖父の時代の城、駐車場から舗装林道ですぐ本丸広場へ一面平坦な広さですが案内解説板によるとその広場は本丸、二の丸、南の丸、帯曲輪に分かれていたそうですが明治以降の改変で一体平面化に成ったようです。
 蒲生氏内紛抗争の後音羽城は廃城と成りその後蒲生氏は日野城に移ったと記されます。
 音羽城は林道登城路、本丸、士屋敷入口は夏草が刈られ探訪に当日は問題なしでした。

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天下布武

整備が素晴らしい好感もてる山城 (2019/08/15 訪問)

常福院裏手に位置する浦城跡駐車場(39.970260, 140.090725)を利用しました。

浦城城主三浦兵庫守盛永は檜山安東氏と湊安東氏間で繰り広げられた湊騒動で湊安東氏に属すが、
湊安東氏は敗れ三浦氏も自刃し落城したとされてます。

城址は尾根に連なる郭を堀切で分断する連郭式。
郭には木柵が巡らされ見張り台が復元されていたりと雰囲気が良いです。
遺構も鋭いV字型の大きな薬研堀や高低差のある切岸、土塁、井戸等を確認できます。

夏季の訪城でしたが定期的に人の手が入っているのでしょう、散策路をはじめよく整備され気持ちよく見学できました。

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ぴーかる

若槻環濠 (2019/08/13 訪問)

【若槻環濠】
<駐車場他>駐車場はなし。道が狭く車では入られないので、稗田環濠の賣太神社駐車場から徒歩でいくのが良い。
<交通手段>車

<感想>日帰り奈良の環濠巡りと燈花会を見る、4城目。とりあえず車で近くまで行けばちょこっと駐車できるところくらいあるだろうと突っ込んで行ったのが間違いで、奈良特有の超狭の折れのある道路で環濠手前まで行き、ドン詰まりになる。バックで戻る戻るして何とか支障のない所にちょこっと駐車できた。次に行った稗田環濠の賣太(めた)神社駐車場に駐車して徒歩で行くのがベストです。
 環濠の北側に案内板があり、そばに側溝のような細い濠がそれだろうか?田んぼの用水路のほうが大きくてかなり分かりずらい。環濠の南西側に天満神社があり、行かなかったが後で調べて天満神社の南側の濠が一番遺構が残っているとのことです。ちょっと無念・・。
神社には行ったが、木がすごくて南側の濠は見れないので、南側に回り込む必要があります。神社は土塁上にあり、町並も古民家でいい感じでした。

<満足度>◆◇◇

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カズサン

甲賀単郭城郭集合の郷 (2018/08/13 訪問)

 昨年8月多羅尾代官陣屋を終えて新名神信楽IC方向へ、近くに在る紫香楽の宮跡を見学、信楽焼窯元を訪ねて何度か行き来してる道なのですが寄った事も無く初めて探訪。
 
 その後県道4号線を柘植方向に進行、草津線油日駅手前を右折県道51号線に入り500、600メートル位で和田の郷の城跡群に遭遇する、余湖図コレクションさんの俯瞰図を頼りに51号線沿いに走行しながら遠望し案内解説板を撮影しつつ俯瞰図を元に現地想像を膨らます。
 和田城郭群は北から、殿山城、公家屋敷支城、公家屋敷、和田支城Ⅲ、和田支城Ⅱ、和田支城Ⅰ、和田城と谷沿いにつながって居り連なった城郭のようである、大声を上げると伝わる様です。
 私有地夏草深く入城口いまいち分からず今回は案内解説板の写真、文章を個写真にして投稿、単郭城跡は踏破せず。

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トーダイ

冬に再登城します (2019/08/24 訪問)

古城盛衰記と山城讃歌に載る民家裏庭の北登城口<35.453885,135.401101>へ行くが、
奥に見える藪と竹林、夏は絶対無理と即撤退する。

地形アプリを見ると、南登城口<35.453683,135.397827>から愛宕神社へ上がり、
尾根筋を東へ登れば行けるだろうと愛宕神社に辿り着くが、目前には絶壁のような
尾根筋、回り込めば登れそうだが、冬に再登城します。

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トーダイ

コンパクトな山城です (2019/08/24 訪問)

詳細は不明だが、上杉氏の城らしいです。

水道(給水)施設前のスペース(2台)<35.362792,135.323468>に路駐、
古城盛衰記の「給水タンクから東に直登すると、堀切があり主郭に至る」に従い、
水道施設後方から(地形アプリを見ながら)給水タンクを目指すと約5分で到着、
その後、人跡を追って東尾根を木々に掴まりながら約100m直登すると堀切、
その上に主郭跡を確認する。

1ヶ月振りの山城、地形アプリを確認しながら下山するのを忘れてしまい、
西ではなく、北西の尾根筋へ下りてしまう。別の堀切を発見できてラッキー
だったが、再び主郭跡まで登るハメに、ようやく下山しました。

城址碑、案内板、道標など全く無いので給水タンクの写真をアップします。
クモの巣、やぶ蚊は大したことありませんでしたが、低くても山城は冬ですね。

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カズサン

多羅尾代官陣屋 家康伊賀越助力多羅尾氏の郷 滋賀県甲賀市信楽町 (2018/08/13 訪問)

 昨年8月出雲、石見、伯耆の城巡り鳥取市で古希祝同窓会を終えて浜松市へ帰宅途中、新名神信楽IC経由県道138号線経由して家康伊賀越えで1泊した城小川城を目指したのですが案内板、道標に従い林道を進み離合厳しい道で90度クランクしての急な長い坂道、城郭放浪記さんの案内では主郭近くまで林道が繋がってるとの事でしたが、90度クランクの急な長い離合困難な坂道で急に不安に成り90度クランクのポイントを何回もスイッチバックして反転脱出し小川城登城を断念。
 
 次の目的地城主多羅尾氏の代官所陣屋へ向かう、車は陣屋前に駐車場有り、春と秋に一般公開あり、表門前には進入禁止のゲート有る、脇には案内パンフレットのポスト有り、資料ゲット、ゲートを若干侵入して切込接ぎの立派な石垣を探訪、土塁城壁、堀、裏門をぐるっと探訪。
 信長本能寺で光秀に撃たれ家康が堺から京の信長の元にお礼に向かう途中に悲報に接し伊賀を越えて三河に向かう事にこの時近江多羅尾の郷から多羅尾氏の助力で三河へ脱出する事が出来た故事は有名で多羅尾氏は明治まで代々代官職を継承した。
 伊賀越えと言ってるが一部は甲賀越えとも言えるのではないかと思うのですが。

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さんぽ

国宝になってから (2017/09/18 訪問)

2015年に国宝指定されてから行く機会を狙っていたのですが2017年に実現しました。松江神社で発見された創建に関わる文書が書かれた祈祷札と天守柱の釘穴の位置が一致したことで創建年が証明されて国宝に指定されたという、お城ファンにはたまらないエピソード。

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とってぃ

中之条ビエンナーレ2019 (2019/08/24 訪問)

ビエンナーレで。
登山はせず。
嵩山のまわりでもいくつか作品が作られていた。
写真は嵩山城跡関係と周辺の作品。

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ひろべえ

登城口2つと曲輪2つ (2019/08/21 訪問)

安芸城の帰りに攻城。月見山にある「子どもの森」のうち「史跡の森コース」が城址でしょうか?曲輪が階段状に2つありました。登城口も2つ。下の段は直接主郭に到達する道。上の段は二の郭を経て、階段を再度上がり主郭へ。夏場ということもあり、雑草が覆い城址の様子がつかみにくかったものの、主郭の土塁と下の段登城口の最初の分岐に堀切がありました。二の郭に朽ちつつある案内板。それぞれの郭に子どもの国を思わせる子どもたちの銅像がありましたが、郭が荒れていたので侘しく感じました。さらに車を月見山上へ進め駐車場に駐車。城の痕跡を探してアスレチックを横目に見ながら展望台へ。土佐湾・太平洋が広がっていました。この辺が城址ではないのかな?よくわかりませんでした。土御門上皇歌碑・仙跡碑を確認して下山。月見山登り口にある「姫倉城古戦場跡」の石碑を最後に確認して城を後にしました。

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🏯城好きのメガネ

「中野長者屋敷跡」 (2019/08/23 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
中野長者屋敷は、鈴木九郎の屋敷跡とされる。鈴木九郎は、武蔵に赴き中野本郷に住み、財をなし「中野長者」と呼ばれた。その後、紀州熊野権現を勧進して十二社権現を祭り、小田原最乗寺で受戒した。そして、居館を精舎とし、多宝塔を建てて民の幸福と安寧を祈願したとされる。また、成願寺の墓域の中ほどに蓮池藩鍋島家(五万二千六百石)の墓碑が安置されている。成願寺が屋敷跡とされているが、現在、遺構は消滅している。中野城山居館跡も徒歩圏内にあるため、併せて見学をオススメする。

<アクセス>
JR中野駅 徒歩25分

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天守台発掘調査 (2019/08/24 訪問)

 何回も来ている城址ですが、今回は天守台発掘調査の現場を見るために登城しました。予想以上に石垣を見ることができました。豊臣時代と徳川時代の両時代の石垣を見ることができます。

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穴山梅雪 (2019/08/24 訪問)

 江尻小学校周囲が跡地です。
駿河に侵攻した武田信玄によって築かれた城ですが、遺構はありません。小学校に案内板があり道路から見ることができます。二の丸町という町名と穴山梅雪が社殿を造営したと伝わっている魚町稲荷神社が近くにあります。

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陣屋ですが (2019/08/24 訪問)

 清水駅からしずてつジャストライン(静鉄バス)で小島バス停下車。下りた目の前に御殿書院が移築された小島町文化財資料館があります。いい意味で期待を裏切る陣屋という評判がありましたが、同感です。他の陣屋跡のイメージとは異なり城郭の雰囲気を持っています。三段の曲輪を持ち、石垣を多用し中には4mに達するものもあり、桝形虎口まであります。きれいに整備されていて夏でも散策しやすかった。

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