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赤い城

武蔵から下総への水運の要衝 (2021/07/22 訪問)

葛西駅から徒歩で20分くらい。清光寺や香取神社のあたりが跡地ですが遺稿は残っていません。
清光寺の山門前に説明板が、香取神社の境内に石碑があります。
江戸川の河口に近く、水運の要衝となっていたと考えられます。
周辺模擬住宅地で名残を見つけるのも難しそうです。

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小城小次郎

崩落しても見どころ満載なことに変わりはない (2021/05/23 訪問)

2011年に城域が大崩落したため暫く立入禁止だったが今は自由に立ち入りできる。崩落部分以外の遺構はよく残り、特に尾根筋に残る連続堀切は圧巻。かの御館の乱で、景虎方(北条方)はここまで侵攻していたそうだ。

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織田晃司

大河ドラマ (2021/07/29 訪問)

「風林火山」や「江〜姫たちの戦国」でロケ地として使用。
中世の北信濃の城を再現した城です。

山城ですが車で近くまで行けます。ただかなり急な坂ですので登りはATのスポーツモードを使用。下りはエンジンブレーキを多用します。
ですから雪が降ると通行止めになります。

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織田晃司

飯山城跡公園 (2021/07/29 訪問)

復元整備図がありましたが、先人方々の投稿からあまり変わってないように思われます。
はたして進むのでしょうか?

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織田晃司

景虎終焉の地に思いを馳せる (2021/07/29 訪問)

御館の乱で相模に敗走中の景虎が鮫ヶ尾城で景勝方に追いつかれ自害。

米蔵跡には焼けて炭化した米が見つかった。

登城ルートは3ヶ所あります。各々自分に合ったルートで登城してみてください。

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イオ

城下町めぐり (2021/07/24 訪問)

岐阜城には3年ほど前にも登城していますが、城下にもいろいろと見どころはあるようなので、遅ればせながらの麒麟がくる紀行として再訪しました。鏡岩緑地の無料駐車場に車を駐めて、折りたたみ自転車で城下めぐりです。

天守遠望
今回は金華山には登らないので、せめて「若き日の織田信長像」越しに岐阜城天守の写真を撮影。長良橋から遠望する天守も夏空に映えていいですね。

御手洗池
金華山北西麓にあり、山上の伊奈波神社に参拝する際に手を洗う池だったことから御手洗(みたらし)池と呼ばれます。関ケ原の戦いの前哨戦として東軍の攻撃により岐阜城が落城した際には、大勢の奥女中たちが身投げしたと伝えられています。

妙照寺
金華山西麓の城下町にあり、元は竹中半兵衛の屋敷跡なんだとか。また、山門は岐阜城からの移築と伝わります。東に徒歩10分の法華寺にも移築門があるようですが、下調べ不足でそちらは見落としてしまいました。

常在寺
城下町にある斎藤道三・義龍・龍興の菩提寺で、境内には道三の墓があります。本堂内の拝観は有料(大人150円)ですが、複製ながら道三や義龍の肖像画をはじめ、斎藤氏ゆかりの品が展示されています。道三の肖像は濃姫(帰蝶)が、義龍の肖像は龍興が常在寺に寄進したものなので、それぞれ実際にこんな容姿だったんでしょうね。

梶川堀・梶川橋
梶川堀は城下町を南北に区切る堀で、東側に武家屋敷、西側に町家が広がっていたと考えられ、現在でも堀の名残の水路が見られます。また、常在寺の西側の堀に架かる橋は梶川橋と呼ばれ、橋の跡地に説明板を設け、歩道の舗装を変えて橋の存在を示しています。梶川堀の南端は城下町の南端を区切る堀に続いており、往時の城下町の姿を感じさせます。

美江寺観音
元正天皇の勅願による奈良期の古刹を、城下町繁栄のために道三が瑞穂市から現在の地に移したとされますが、立派な仁王門や本堂は見られるものの、特に岐阜城(稲葉山城)に関連するものはなさそうです。

御薗の榎
加納市場は信長が楽市楽座を始めた地として知られますが、金華山南西麓の橿森神社の前には、市場の入口に植えられていた榎(の三代目)が移植されています。また、橿森神社の境内には岐阜信長神社として建勲神社が分祀されています。

城下町だけでなく、周辺にも見どころはまだまだありますので、続きます。
 

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加賀の金魚

お城川柳

はやくしろ もっと仕事しろは いやなしろ

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びーこ

貸し切り! (2021/07/23 訪問)

休日だというのに誰もいない・・密もないけど、これはちょっと寂しすぎる。桜の季節はたくさんの人で賑わっているのかもしれない。
登城を始めると、階段や柵が設置され、雑草もきれいに刈ってあって整備が行き届いていることに驚かされる。
西側の入り口から整備されている郭を見て周ったが、暑さにやられて早々に撤退。次回(桜の季節がイイね)は東側から入って東郭群を堪能したいと思う。山城は春か秋に限る・・
安中ではご当地グルメを見つけられなかったので、ちょっと足を伸ばして高崎の人気イタリアンで名物のパスタを頂いた。隠し味に味噌が入っているような濃厚なミートソースは癖になる美味しさ。味噌好き群馬ならではの味かな。

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AJ

街道をゆく (2021/07/08 訪問)

どんなに速度を上げて侵攻してきても、このカーブでは減速を余儀なくされそうです。150年前はこれが車ではなく、人だったのでしょうか。城郭防衛のお手本ともいえるような見事な遺構。地方を歩くとたまにお目にかかれます。

福島県・白河小峰城下。国道294号(奥州街道)を北上し、馬町の交差点を左折。道が曲がって伸びるこの一帯は、敵が城内に侵入するのを遅らせるために屈曲させた小路で、かつて「十軒店」といわれた大鉤形です。市内中心部には今もこうした、意図的につくられた大小のカーブが日常の景色に溶け込んでいます。

一帯は白河口の戦い(1868)の舞台。戊辰戦争の勝敗を決めたとも言われる激戦地で、周辺には宿営地跡や戦死者を祀る寺院もあります。一時は奥羽越列藩同盟の砦となった白河。西軍(新政府軍)との間に起きた小競り合いや大攻撃は3ヶ月弱で10回に及んだといいます。ただ、結成後間もない同盟側の混成兵団は未熟で、戦法・士気・軍器のいずれでも劣っていたようです。東北から函館へと続く戦線の実相なのかもしれません。

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たぬぬ

堀の蓮の花 (2021/08/02 訪問)

蓮の花が満開でした。

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ぴーかる

江尻城 (2021/07/11 訪問)

【江尻城】
<駐車場他>駐車場はなし
<交通手段>車

<感想>1泊2日沼津・三島の城巡り旅9城目。沼津・三島を離れ帰路がてら寄りました。江尻城は1570年に武田氏の馬場信春の縄張りによって築城され、城代に山県昌景を置いた。両名長篠の合戦にて討死後は穴山梅雪が城代となった。織田・徳川連合軍の武田領進攻の際に開城降伏する。穴山梅雪は御存じの通り、本能寺の変の際大阪に居て帰国途中で土民の襲撃に遭い死亡、嫡子は家康の庇護を受けるが夭折し1601年廃城となります。
 城跡に当時の遺構は残されておらず、巴川を背後に現在の江尻小学校が本丸跡、巴川をひきこんだ現地縄張り図を見るに梯郭式であったかと思われる。小学校南西側にある稲荷神社は穴山梅雪が勧進したもので現在は少年サッカー発祥地としてサッカーボールの石碑とスタンプがあります。小学校の城跡説明板の前に停車したので、5分以内マッハで神社とサッカースタンプ押印までしたので息切れ。

<満足度>◆◇◇

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ホトトギス

バイパス整備中 (2021/08/02 訪問)

朝日城の外城跡地に石碑がある…はずがありませんでした!城下は福良バイパスの整備中でした。肝心の本城(城山)は取り付く島がない状態だったので未確認です。

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刑部

整備された城址 (2021/07/23 訪問)

山城だからと思い登山スタイルで望んだが行ってみるとしっかり整備されていて普通に散策できました。歩くところ以外でも草刈りされていて曲輪ごとに歩き回れます!地元の方々が大切にされているんだなと思いました。私はいつも危険をかえりみず城址をうろうろ探索するのでとても良かったです!

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びーこ

ぴんころ地蔵とセットでどうぞ。 (2021/07/22 訪問)

城としては土塁が残っているだけであるが、公園としてキレイに整備してあり、地域で大切にされていることが伺えて、なんだか嬉しくなる。
一周をぐるりと見て周ったら、ぜひ近くのぴんころ地蔵にもお参りして頂きたい。マスク越しでも穏やかな表情が伺えるお地蔵さんを見ていると、こちらも自然と笑顔になる。ご利益がありますように・・
せっかく日本三大ケーキの街といわれる佐久に来たのだから、食べずに帰るわけにはいかないでしょう。中込駅近くのカフェで、この季節ならではの「桃まるごとタルト」を堪能。美味しすぎる♪

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赤い城

今川、武田、北条の三国同盟の城とされるが? (2021/07/18 訪問)

富士市のB級グルメ、つけナポリタンをいただいたあと登城。
吉原公園の東仙院の辺りが城址のようです。
遺稿は残っていません。
今川、武田、北条が三国同盟を結んだ城とされますがこれも定かでは無いようです。
東仙院跡は整備されていてそれなりに見どころはありました。

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くっしー

地味に面白い城跡 (2021/07/25 訪問)

ふらっと近くまで来たのでついでに寄った城跡(現在はお寺)なのですが、結構見ごたえがありました。

本堂や庫裏のある敷地の隣に墓地があるのですが、一段下がっています。普通のお寺ではあまりないですよね。一段高いところにあることは多いですが。それが、堀跡だということの証だということみたいです。

寺の前には数台車を止めることができますが、僕は越前市役所に止めて歩いてきました。

その道中、由緒あるお寺や神社がたくさんあって見ごたえがありました。

それから「卍が辻」。説明看板によると色んな説があるとのことでしたが、個人的には城を守るための軍事施設だと感じました。っていうか「枡形」じゃないですかね。

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くっしー

博物館・庭園・ソースかつ丼のセットで楽しめた。 (2021/07/25 訪問)

現在、本丸は福井県庁となっています。

天守台や「福井」の語源となった井戸、山里口御門などがその敷地内に残っています。

ですが、この城で見ごたえがあるのは、石垣ですね。

近世らしい石垣がばっちり残っているのが素晴らしいですね。

そこから北へ100mほど行くと福井市立郷土歴史博物館があります。

訪問した時には「龍馬と福井」という特別展をやっていて、面白かったですよ。

坂本龍馬直筆の手紙を福井で見れるとは思いませんでした(笑)

博物館の敷地内に舎人門が復元されていました。これもなかなか見ごたえがありますよ!!

そして、博物館の隣には養浩館庭園があります。

これは、江戸時代に作られた庭園で福井藩主の別邸だったそうです。とてもきれいなお庭でした。

博物館と養浩館庭園のセットで350円、「竜馬と福井」の夏期特別展(~令和3年8月26日)は700円です。

凄いなと思ったのは、開館時間が午前9時~午後7時だということ。

午後7時までやってる博物館ってなかなかないですよ。おかげでゆっくり見学することができました。


福井城見学後に行ったのが「ヨーロッパ軒」

ちょうど福井旅行の直前に秘密ケンミンSHOWでやっていたので!

ソースかつ丼、美味しかったです。

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たぬぬ

案内板 (2021/08/01 訪問)

新しい案内板が立っていました。

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小城小次郎

見どころは模擬天守の裏にある (2021/05/03 訪問)

今回は時間の関係で模擬天守を駐車場から撮影するに留まったが、城のある「うかん常山公園」は車なら容易に行ける場所なのでいつかは再訪できるだろう。このお城の本当の見どころは模擬天守ではなくその裏の山にある。

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AJ

美しすぎる石垣 (2021/07/05 訪問)

城愛=地元愛。震災から10年。これほど見事に修復されていたのですね。

白河小峰城(福島県白河市)。地震で10カ所の石垣が崩落。その後、調査に2年、復旧作業に5年を要しました(写真の石垣は本丸南面の谷積み〈落積み〉)。隣接する資料館で閲覧させてもらった記録によると、裏込石には市民の復興への願いが記されているとのこと。もう少し早く見学に来るべきだったと痛感。

陸奥の玄関口に築かれた要衝の城。江戸初期に丹羽長重が大改修した際、天守代用の三重御櫓を築きました。東北では珍しい総石垣造で、北の伊達に対する備えであったことは明白ですね。その後、戊辰戦争で大部分が焼失しますが、1991年に木造復元。全国的な復元ブームの先駆けとなりました。それを可能にしたのが、200年近く前に藩主・松平定信が家臣に命じて実測・作成した絵図の存在。歌枕の地・白河関の場所を特定したことと並び称される定信の文化的偉業。このへん、一般的な日本史教育が植え付ける“ドケチ老中“的印象と、地元が抱く印象に相当の乖離が見られるのは興味深いですね。

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