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小荷駄

あさんまたまた有難うございます (2022/11/15 訪問)

二年前に一度登城した時は東曲輪が鬱蒼としていてよく解らなかったですがあさんの投稿を拝見して登城してきました。柏原駅から徒歩20分程で登山道入口ですが途中にある照手姫笠掛地蔵の所に登山道と長比城トレッキングマップが有ります。登山道入口に駐車場が数台分有りました。30分程登ると城跡に着きました。途中に獣避けの鐘が何ヵ所か吊るされているので鳴らしながら登りました。お天気にも恵まれ楽しく散策出来ましたのも地元野瀬山会の皆様方が登山道の整備や木々の伐採等をして頂いているお陰かと思います。あらためて感謝申し上げます。そしてあさん鹿伏兎城に続いて今回も有難うございます。

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ぴーかる

端谷城 (2022/10/30 訪問)

【端谷城】
<駐車場他>城跡案内板のある<34.725827, 135.051719>の駐車スペースを利用
<交通手段>車

<見所>堀切・曲輪
<感想>現地説明板によると端谷城が築かれた詳細な時期は不明ですが城主の衣笠氏は鎌倉時代中期には櫨谷の荘園を治めていたと考えられます。室町時代には赤松氏に属し功により衣笠氏の姓を得たと伝えられます。戦国時代には別所氏に属し、秀吉の三木城攻めの時の城主衣笠範景は別所氏方に加担したために三木城落城後とともに端谷城も落城廃城となりました。衣笠景延(範景の弟?)も端谷城主であり小寺氏から黒田氏の与力となって黒田二十四騎の一人です。
 城跡は南の櫨谷川を正面の堀かわりとして、三の丸跡が満福寺、満福寺の階段の中段から右手にあるお地蔵様の横脇(添付写真)の小道から奥に進むと三の丸~二の丸を隔てる大堀切、二の丸から城跡に入れます。二の丸の北西部に位置する西の檀と呼ばれる曲輪群から主郭を回り込むように右手方向に進む(ストック要)と主郭背後の大堀切の堀底に入り込めます。見応えあります。主郭は連郭に対して横長で左手奥が高く、物見櫓台の跡があります。小さいけども遺構がくっきりと残るいい城跡でした。

<満足度>◆◆◇

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カズサン

忠臣新田義貞公を語る藤島城 (2022/11/03 訪問)

 越前・白山平泉寺城を堪能し陽は傾きましたが帰路の北陸道インターの近くで、南朝方新田義貞が藤島城の戦いの援軍に向かう途中、燈明寺畷で戦死した事で有名な藤島城跡、現西超勝寺(西本願寺派)を訪ねました。
 車は西超勝寺山門の斜め南東側に参拝者駐車場が有りそこを利用。
 西超勝寺山門前に藤島城址の石碑、その隣に藤島城跡説明板が設置されてる、説明板には城跡説明と南朝方の新田義貞の終焉の様子が語られて居ます、長く語り継がれるでしょう。
 藤島城跡の遺構土塁跡が西超勝寺本堂裏手に残ってる。駆け足で山門、本堂、藤島城跡土塁跡を見学探訪。

 また山門の城名石碑説明板の反対側に岡倉家の墓の説明板が有り岡倉天心の偉業、足跡の説明とここに岡倉家の墓が有り菩提寺に成って居ると説明されてる。
 福井北ICから帰路につきました、日帰りの越前未踏の城廻りは藤島城で終了。疋壇城、東郷槙山城、亥山城、白山平泉寺城と合わせ楽しみました。
 
 

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零汰

終活3:100城・続100、城郭巡り:サンイン 1日目

城郭巡りの人間は、100城・続100城を巡る事は義務なのか?
5月に続きエリートな城を実際訪問して自分の目と頭で体感し、最終的に自分はどう感じるのか確かめるシリーズ第3弾

現在5割程度終了している。今回は日数の都合で10/1~4日に渡り、山陰地方から大阪に抜けるルートの訪問でした。いつもの事ながら自身の賞味期限が切れるまではバイクで移動、基本早朝6時から夕方5時頃までの訪問移動のガッツリ工程となりました。
尚、100城・続100城については訪問参考の数値の羅列のみとし、個別のコメントはなるべく控えるようにします。

10月1日(1日目)
自宅を夜中12時に出発し、島根の浜田城まで500km超。明け方山越えの際今年初めての気温5度。想像以上寒くて予定より1時間遅れの7:30よりの浜田城訪問開始となりました。

1.浜田城(島根)・・・・・50分:1.1km:累計高低差147m
2.郡山城(広島)・・・・・1時間45分:3.3km:累計高低差246m
3.月山富田城(島根)・・・1時間15分:1.7km:累計高低差156m
4.松江城(島根)・・・・・計測なし

全て100城・続100城です。例外を除き個別の投稿はしないので、詳細は諸先輩方のレポートをご覧ください。

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小荷駄

備中高松城跡 (2022/10/21 訪問)

備中高松駅から徒歩15分程でした。高松城址公園になっていますので駐車場とトイレは有ります。二の丸跡にある高松城址公園資料館にて高松城水攻め関連遺構の場所や写真解説の資料を頂きそれを参考に散策をしました。またVRで蘇る備中高松城の戦いのパンフレットにQRコードがあり動画やVRも観れます。蛭が鼻から城跡周辺と散策して一時間半から二時間程でした。続100名城スタンプは資料館にありましたけど15時以降は本丸跡の横の清鏡庵さんにて捺せます。遺構は少ししかなかったけど資料やVRと動画等が充実していたし色々と想像しながら散策ができて楽しかったです。

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月見櫓 (2021/11/26 訪問)

 久しぶりに松本城へ行ってきました。無骨な天守閣ですが、月見櫓がアクセントになっていて優美なものにしています。周囲の堀や石垣もそれなりに残っていて楽しませてくれます。天守閣とその周辺を観た後、周囲の堀の沿って散策しました。
 以前は渡櫓入口から入りましたが、今回は月見櫓が入口になっていました。2023年2月頃まで防災設備整備工事のため通常は出口の月見櫓が入口と出口となっているようです。太鼓門も耐震改修工事のため通行止めになっていました。
昔は通行できた赤い埋橋、埋門も閉鎖されていました。埋橋は10年前の地震以後、老朽化もあり閉鎖しているようです。ただもともと存在した橋ではなく1955年に観光用に架けられた橋なので撤去することになるらしいです。
 

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小笠原貞宗 (2022/11/26 訪問)

 松本電鉄上高地線「西松本駅」から徒歩10分くらいで、案内板のあるこんもりした場所に着きます。

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宗春

紀伊半島中央突破シリーズその2 高取城 (2022/11/21 訪問)

紀伊半島中央突破シリーズその2
地元の友人と一緒に名古屋から紀伊半島の中央を車で突破してきました。

ゴリゴリの山城ですが、石垣すごいです。本丸の石垣は高く、そこらへんの山城が謳う「高石垣」とはレベチ。写真を撮ろうとしても、画角に入りきりません。本丸から二の門跡まで歩きましたが、ずっと石垣。流石日本三大山城。
本丸の南東部には行けず堀切等を見られなかったので、再戦せねばなるまい。

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赤い城

企業の私有地で入れない (2022/10/13 訪問)

国道400号線から塩原温泉に少し入ったところにあります。
駐車場もありませんがそもそも私有地で入れないようです。
遺構は残っているようなのでいつか入れる日が来ると良いです。
宇都宮氏に対抗し、塩原温泉を守るために君島氏が築いた城です。
箒川と背後の山に守られた城でなかなか攻めにくい。
今度は温泉にゆっくりとつかりに来たいです。

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チェブ

城びと未登録のお城攻め「川辺堀之内城」。 (2022/11/06 訪問)

東京都 日野市 川辺堀之内に「川辺堀之内城」があります。
地名からして川辺にあり、堀が備わってる お城を連想してしまいますが、築年数、廃城年数はもちろん、誰が治めていたのかも不明です。

到着すると住宅地の中の、ゴルフ練習場。
しかも、ゴルフボールが落下する、練習ネットの反対側です。
、、、戦の時の石礫体験、シュッと音も体感できるので、矢で攻められたら こんな感じなんでしょう。
私も怖かったですが、練習してる方達も、ビックリしたに違いません。

遺構は「川辺堀之内城」に見えて欲しいので、切通を下がり水堀に到着した事とします。
『堀之内緑道』の案内板の後には石垣、、、、。
「川辺堀之内城」に見えて欲しいからであって、残念ですが遺構ではありません。
少し高い場所に「川辺堀之内城」はありました。

古いお墓がありました。暦から江戸時代の物です。お名前が入っていたので、写真は写してません。

近くに新撰組のふるさと(?)日野宿があり、佐藤 彦五郎さんが構えた道場には、川辺堀之内からも門弟がいたんだとか。

なんだか、全て中途半端な情報でした。
でも、戦国の世なら北条家の所領。幕末なら、都で大暴れした新撰組の故郷。
想像力は無限に、広がる、かなぁ~?(;´д`)

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taka

渋いお城 (2022/11/23 訪問)

飾り気はないが質実剛健を感じる

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カズサン

【越前・白山平泉寺城】福井県勝山市 残存大杉を訪ねて (2022/11/03 訪問)

 中世の石畳道編の続きです。

 南谷発掘地、復元の門と土塀、中世の石畳を探訪の後、まほろば館の担当の方から、天正2年(1574年)一向一揆との攻防で白山平泉寺全域が焼失する中、残った大杉の事も説明が有り、中世の石畳道南端が若宮神社と成って居り、そこに幹の太い大杉が立って居ましたがそれが残存大杉、全山延焼の時期から440年以上その時点でも大杉だったでしょうから500年600年の年輪を経てる事でしょう。
 その大杉の東奥にも残存坊院跡石垣が幾重にも重なって往時の栄華、多数の坊院を思い起させます。
 散策マップの南端の道を西に進み神明神社にも残存大杉が数本有ります、紺屋坂まで西進、その間石垣、石塀の跡が残って居ます、紺屋坂を降って行くと白山平泉寺の精進坂に当たります、紺屋坂の石垣、石垣区切り、屋敷跡、石垣石塀に囲まれた西念寺、精進坂の北側には石垣構えの顕海寺、西進して開山の泰澄大師の廟、探訪出発点のまつや前駐車場、歴史探遊館まほろばに着きます。

 約1時間半でしたが見逃した処、パスした処も有りまだまだ見切れましんでした、イオさんの投稿写真で白山神社の城郭構造を数拾年振りに見つける事が出来且つ探訪出来た事は久しぶりの快楽です。
 イオさん有難うございました、投稿楽しみしています。
 また勝山市周辺を含めて訪ねる時に再訪し見聞を広めたいと思います。
 皆さんも白山平泉寺城訪ねられたら如何でしょう、素晴らしい所です。先ずはまほろば館で説明閲覧し散策マップを入手しましょう。
 4編長々と見て頂き有難うございました。
 

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侍ホリタン

日本最北端の現存天守を訪ねて (2022/11/25 訪問)

JR弘前駅から2キロ、徒歩30分です。バス利用ですと6番乗り場から10分程度です。弘前公園内は広いので何処から入場しても天守まで5分から10分かかります。現在、本丸東面石垣の積み直し工事中、天守は移動されて仮の天守台にされています。その他、追手門、南内門、春陽橋が工事中でした。五つの城門と三つの櫓は全て現存、天守と合わせて見所多いですが、点在していて公園内も広いのでじっくり見学するには2時間ぐらいかります。今の時期(11月24から3月31日)は有料区域は開放されていますが、天守には入場できないので100名城スタンプ、御城印は公園内の弘前城情報館での取り扱いになっています。ここは「日本三大夜桜」に認定されている程桜の本数が多いので、桜満開時に再度訪問してみたいと思いました。

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小荷駄

久々利城跡 (2022/10/06 訪問)

可児市郷土歴史館に駐車場とトイレは有ります。そこから道路を横断してすぐに登城口になりますがわりと交通量が有りますので横断のさいには注意が必要かと思います。郷土歴史館を見学を見学した後に職員の方に久々利城のことを伺ったところ詳しい資料を頂けました。それを読んでから登城してきました。二重堀切や虎口、曲輪などの見どころも沢山あり尚且つ手入れもされていて非常に散策しやすく楽しかったです。また郷土歴史館の職員の方も親切に対応して頂きありがとうございました。また行きたいです。猪等の獣が出没しているようなので熊鈴等の準備をしていきました。

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朝田 辰兵衛

水の手アクセスルート未整備が残念… (2022/11/12 訪問)

広い城域にもかかわらず,とてもきれいに整備されています。それだけに,水の手アクセスルート未整備が残念でした…。ヤブ化しており,足元もほとんど見えない下り傾斜がキツくなったところで断念しました。
標高:628m,比高:68m。駒寄城は伊南川の東側に位置していたのに対し,久川城は西側となります。しかも,伊南川流域を広く眺望する造りになっています。

明日から2泊3日で東京に向かいます。カルビンさんとにのまるさんが紹介してくださった「はちはく」に立ち寄れるかビミョーです。高幡城のtodo94さん(←という表現は正解か?),長期休館になる資料館(予約は取れませんでしたが…)は眺めてきたいと思います。

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宗春

紀伊半島中央突破シリーズその1 宇陀松山城 (2022/11/21 訪問)

紀伊半島中央突破シリーズその1
地元の友人と一緒に名古屋から紀伊半島の中央を車で突破してきました。

車を「道の駅宇陀路大宇陀」に停めて登りました。途中に駐車場があるのですが、何故か入口のところで「車両通行止め」でチェーンが。大した山登りではなかったので良いのですが。
城址では郭、石垣、堀などが見られ、まあまあといったところ。景色も良し。ただ、続百名城ならもう少し整備すればいいのにとは思いました。

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赤い城

箒根神社 (2022/11/13 訪問)

県道30号線沿い、箒根神社が城跡です。
駐車場はありません。
神社の石段前に説明板も立っています。
結構急で長い石段を登ると箒根神社が建ち、ここが本丸です。
奥に進むと空堀が残っていました。
さらに先にもう一つ曲輪があります。
別名は野沢城、川崎城の支城として大館弾正が築城したとされます。
箒根神社境内は銀杏の落葉で黄色く覆われていました。

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にのまる

再訪悩み中。 (2022/11/11 訪問)

七沢リハビリテーション病院の城址碑と説明板を確認して、周辺をひとまわりしてきました。
見城山行きたい。

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小城小次郎

いいところに立っていると思う (2022/05/04 訪問)

一国一城令の例外として佐竹西家(小場家)によって代々守られたお城だが戊辰戦争で灰燼に帰した。地図ではぴんとこないが現地で見ると段丘上の実にいいところに立っていて、想像以上にお城っぽさを残している。

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ぴーかる

滝山城 (2022/10/30 訪問)

【滝山城】
<駐車場他>神戸箕谷線<34.706206, 135.182741>の駐車スペースに駐車しました。
<交通手段>車

<見所>曲輪・土塁
<感想>城跡に至るルートは2つくらいはあるようで、上記の駐車スペース(城跡西側)からハイキングコースで城の搦手から入るルートと東側の布引から瀧山ハイキングコースを通るルートとあるようです。私の行った西からのルートは比較的なだらかですよ。
 滝山城の築城年は定かではないが築城者は赤松円心によるもので、1333年鎌倉幕府倒幕で挙兵した円心が摩耶山城を築いて京都近辺まで進撃しますが六波羅探題軍に押し返されて「生田布引の城にこもる」(瀧山城)と文献にあるそうです。戦国時代には松永久秀の持城となり現在の遺構に見られる大改修を行います。その後三好三人衆との権力抗争で淡路の安宅水軍に攻められて落城します。
 私の行った西側からのルートは堀切・二重堀切を超えたあと主郭櫓台の裏側搦手側から城跡に入ります。主郭から放射状に広がる段曲輪にはあちこちに石垣の転落石が転がっており少しだけ石垣跡も見られる箇所もあります。主要部の南にある大竪堀とその周辺は山城観のある見応え、現地説明板・縄張り図のある主要部の虎口には巨石がありここも見ごたえあります。主要部から南に連なる曲輪を見て終了しました。城跡内で夢中で石垣を探しをしました。円心が築城して松永久秀が改修している山城でこんだけ遺構が残っている城跡ってあまりないような気がします。なかなかいい城跡でした。

<満足度>◆◆◇ 
 本当にこれにて城びと登録のある赤松氏の山城コンプリート出来ました。自分好みの石垣・石垣跡の多く残る巨大山城が沢山ありました。またそれらを巡り山城遺構を見る目が出来て大変勉強になりました。また再訪したいです。

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