JR北鴻巣駅の南東側にある箕田氷川神社の南側の宅地が箕田館跡となります。
主に古墳の説明の解説板が設置されていますが、箕田館のことも触れられています。
館跡は宅地化されて遺構はありませんが、古い山神荒神の石碑が住宅地の一角に残っています。
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2026/03/17 13:32
2025/07/12 05:57
渡辺綱 (2025/07/10 訪問)
平安時代、箕田源氏三代、源任、源宛、源(渡辺)綱が居住したとされる館跡です。箕田二号墳の南側一帯に箕田館はあったと推定されていますが、正確にはわかっていません。箕田二号墳、満願寺、氷川八幡神社、宝持寺周辺を散策しました。遺構はないと思われます。
源綱は後に摂津国西成郡渡辺に移住し渡辺を名乗り、摂津源氏の源頼光に仕えました。源頼光四天王のひとりで、都の一城戻橋の上で茨木童子の腕を源氏の名刀「髭切りの太刀」で切り落とし、源頼光らとともに酒呑童子を討ち果たしたと伝わっています。
満願寺と宝持寺に一休さんが寝ていました。満願寺は真言宗、宝持寺は曹洞宗の寺です。臨済宗の一休さんが他宗の寺で堂々と昼寝しているとは、さすがです。(満願寺の石像には名前がありませんが、同じような石像なので一休さんだと推測しました)
JR北鴻巣駅から徒歩10分くらいで箕田二号墳、満願寺に行くことができます。
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2024/12/07 07:45
箕田源氏 (2024/05/05 訪問)
箕田館は城郭大系に載ってないので詳細は不明でした。箕田古墳の南あたりが館址らしいので二号墳と、以前城びとに掲載されていた山神荒神の石の写真を掲載させていただきます。
どうやら源経基に仕え、天慶の乱にて功績のあった源仕から源綱までの三代が居住していた館跡らしい。氷川八幡社の案内板によると、箕田は武蔵武士発祥の地で源経基(六孫王清和源氏)は文武両道に秀でた優れた武将で武蔵守として源氏繁栄の基礎を築いたとされ、源仕(嵯峨源氏)は知勇兼備の人で経基を助け、箕田に住んだことから箕田源氏を称したようです。これらの歴史は氷川八幡社にある箕田碑に刻まれているようです(よく読めんかった)。
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2024/10/01 19:26
箕田館 (2024/09/14 訪問)
【箕田館】
<駐車場他>駐車場はなし。箕田館にごみステーションがあるのでその前に車をつけました。
<交通手段>車
<感想>1泊2日埼玉大阪化計画の旅5城目。箕田館は平安時代後期に帝の孫の源仕が武蔵守に任ぜられて東国に下り、箕田郷に館を構えたのが始まりとされます。また源仕は箕田源氏と称しこの地に土着します。
城びとポイントの箕田古墳群と満願寺の辺りが館跡らしいのですが、館跡の遺構は無く古墳は残っています。古墳上に登り撮影し終わり。
<満足度>◆◇◇
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| 分類・構造 | 平城 |
|---|---|
| 築城主 | 源仕 |
| 築城年 | 平安時代後期 |
| 主な城主 | 箕田氏 |
| 遺構 | 消滅 |
| 指定文化財 | 県旧跡(伝箕田館跡) |
| 再建造物 | 碑、説明板 |
| 住所 | 埼玉県鴻巣市箕田1265他 |
| 問い合わせ先 | 鴻巣市教育総務部生涯学習課文化財担当 |
| 問い合わせ先電話番号 | 048-541-1321 |