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トーダイ

城址に近づくのは難しいです (2020/01/21 訪問)

石城は、吉田湾に流れ込む立間川と河内川に挟まれた御殿山に築かれた城です。
城の南麓には江戸時代に宇和島伊達氏の分家・伊達宗純が陣屋を築いています。
当初黒瀬城の出城として築かれましたが、後に法華津本城の枝城となりました。

サイト情報により、ミカン畑内を狭い農道で城跡を目指すが、悪路で断念する。
城山の麓を探索すると、石碑「吉田藩陣屋跡井戸」を見つける。最終的に城郭
放浪記さんと同じアングルで城山遠景を撮り、撤退しました。

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赤い城

廃公民館、二重の横堀があります (2020/01/18 訪問)

県道336号線沿いにあります。
川西公民館のあとが主郭の跡のようです。
入口に説明板、パンフレットの箱もありますが中は空でした。
入口のところに二重の横堀があり、結構見応えありでした。
主郭部分は畑になっていて私有地ぽかったです。
ちょっと立ち寄るには悪くない城でした。

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こるまろ

隣接する撫川城とセットで巡りました (2019/10/26 訪問)

住宅地の中にあります。 隣接する撫川城と元は一体でしたが、江戸時代には別の城となりました。
ブログ: https://minkara.carview.co.jp/userid/1532104/blog/43527759/

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こるまろ

隣接する庭瀬城とセットで巡りました (2019/10/26 訪問)

住宅地の中にあります。 隣接する庭瀬城と元は一体でしたが、江戸時代には別の城となりました。
ブログ: https://minkara.carview.co.jp/userid/1532104/blog/43527759/

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こるまろ

山の8合目にある山城 (2019/05/25 訪問)

標高460m矢筈ヶ岳にある山城跡ですが山頂ではなく8合目にあります。
ブログ: https://minkara.carview.co.jp/userid/1532104/blog/43408465/

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こるまろ

大内氏館 続12城目(高嶺城とセットで) (2019/05/24 訪問)

山口を本拠とした大内氏の居館・城館。 高嶺城と大内氏館のセットで続日本100名城。 現在は龍福寺。
ブログ: https://minkara.carview.co.jp/userid/1532104/blog/43393795/

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こるまろ

高嶺城 続12城目(大内氏館とセットで) (2019/05/24 訪問)

大内氏館の詰の城。 高嶺城と大内氏館のセットで続日本100名城。 標高338m、比高290mの山城。
ブログ: https://minkara.carview.co.jp/userid/1532104/blog/43391349/

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ぴーかる

丸岡藩砲台跡 (2019/12/29 訪問)

【丸岡藩砲台跡】
<駐車場他>県道7号線沿いに広い専用駐車場あり。
<交通手段>車

<感想>丸岡城に行って御城印購入・見学後に寄ってみた。半島沿いをはしる県道7号線沿いに駐車場があるので場所はすぐわかります。駐車場に説明板があり、海側に歩いていくとすぐにあるので行きやすいです。
 砲台跡は砲眼が5箇所あり、石積みで外側を土で覆っている。向かって左端の砲眼下の石に文字が刻まれているのがある。「嘉永」「栗原氏之」という文字は読めた。下に落ちたであろう矢穴のある石が海岸の波打ち際に数個見られた。

<満足度>◆◆◇

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カルビン

冬枯れという言葉は一体どこへ・・・ (2020/01/12 訪問)

鉄道の駅から徒歩圏内にある、それなりのレベル以上で且つ近郊の未訪問のお城がほとんどなくなってしまっている為、年末年始にいろいろ模索したところ、宇都宮駅を拠点にしてバスで訪問できるお城をいくつか確認できまして。

先日upした犬飼城の前に先に徳次郎城にも行っておりました。
(「とくじろう」と思っていたら、「とくじら」だったんですね・・・読めぬw)

中徳次郎バス停から徒歩5分程度で徳次郎城の登城口へ。

平城で且つ冬枯れしていて見学しやすいと思っていたのはどこへ・・・1月初旬にして雑草だらけで見学がまーーー面倒な事w
素晴らしい遺構(堀。。。二重堀も有り、土塁。。。これまた二重土塁有り、堀切、土橋、竪堀等)が見れたものの、撮影に耐えられる場所が少なく、その撮影ポイントも雑草が邪魔で撮影し難い始末で。
今シーズンの冬季訪問のお城、概ねこんな感じです・・・冬枯れという言葉は一体いずこへ・・・

見学し辛さに加えて道も藪ってしまい、道が分からなくなっていた場所も多かったと推測され、おかげで予定していた見学時間に対し30分早めに切り上げる事になりましたorz


そんなにバス本数多い区間ではなかった為、更にバス停に着いた時には予定していたバスの1本前が5分前に行ってしまっており、30分くらい待つ事になると思っていたんですけども。。。バスが10分遅れて到着しました(汗)

犬飼城でさんざん遅れた関〇自〇車バスですが、ここに関しては結果オーライでした(笑\)

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イオ

善福寺 (2020/01/05 訪問)

織田信長との石山合戦に際して本願寺方が築いた出城のひとつですが、詳細は不明です。

淀川が石山本願寺のある上町台地に向けて南流する要所に築かれましたが、宅地化により遺構は消滅しており、推定地には浄土真宗本願寺派の善福寺が建っています。また、善福寺の山門脇には説明板が設置されています。

石山本願寺の出城は51あったと言われますが、それらしい城砦は、城びとに登録されているだけでも4件(三津寺砦、楼ノ岸砦、葱生城、毛馬城)あり、織田信長にして制圧に10年あまりを要する巨大勢力ぶりが窺えます。
 

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カズサン

朱門と石橋虎口 (2016/10/25 訪問)

 平成28年の山城サミット竹田大会後九州城廻り栗野城を終えて国分城の山手国分城山公園の隼人城の痕跡を探して城山から桜島、錦江湾を眺望する、下山して国分城地元では舞鶴城と呼ばれ現在は国分小学校、国分高校の敷地、仕事で何回となく訪ねながら車で走行中にチラッと見るだけでしたが今回初登城です、が駐車場が見つからず城跡前のやや広い通りに路駐。
 城跡の通りが整備され公園化され朱門、石橋が保存され前面(やや南側)の石垣城塁と堀川が一体となった景観です、国分高校側には白い模擬塀建てられております。
 国分城は島津義久が築き富隈城より移り1630年まで在城との事。

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カズサン

立派な石垣が残ってます (2016/10/25 訪問)

 平成28年の山城サミット竹田大会後九州城廻り鹿児島県知覧城、栗野城を終えて初登城、車は駐車場が分らず通りを隔てたコンビニに駐車させて貰いました。
 城域は周囲を石垣で築かれた館風の造りですが本丸には小高い丘が有り現在は東屋が建ってる、南の二の丸は現在NHKの敷地で入れず、本丸も二の丸も虎口は石垣で枡形構造に石垣が立派に威圧しています。

 富隈城は島津義久が隠居した形で鹿児島城から移り9年ほど在城して国分城に移る。

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カズサン

城山公園として整備されてる (2016/10/24 訪問)

 平成28年の山城サミット竹田大会後九州城廻り志布志城を終えて東九州道に接続の良い鹿屋に寄り鹿屋市役所北部のシラス台地に在る鹿屋城初登城。
 車は城山公園南側の駐車場に停めて西車道を登城口に登って行く、シラス台地を掘りこんだ堀切車道を通り二の丸へここには南側を見渡せる二階建て展望台、その北側一段上がって本丸か?北側は深い崖か切岸か?公園化で改変されている。曲輪、切岸、堀切、土塁は確認できる。
 南側下には日本庭園付きの城山公園、大型駐車場備えてる。
 下城後東九州道を通り宿泊先の鹿児島市内へ走行。

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カズサン

シラス台地特徴を活用した深い切岸と堀切 (2016/10/24 訪問)

 平成28年の山城サミット竹田大会後九州城廻り西都市に泊り高城、都於郡城、南郷城と廻り鹿児島県入り日南海岸、志布志湾を見ながらの車旅、志布志湾の絶景を見ながら先の大東亜戦争真珠湾攻撃の訓練をしていた志布志湾、連合艦隊航空隊の苦労をふと思い出し感情がこみ上げるものあり。
 
 情報は何時もの城郭放浪記さん、余湖図コレクションさんの俯瞰図先ずは志布志小学校方面を目指して町中へ走行中に観光駐車場に当たり駐車し案内看板で志布志城を確認するが志布志城には内城、松尾城、高城、新城と有り迷いましたが内城の本丸を目指して初登城、志布志小学校の裏側に登城口が有りボックスにポケットガイドが置いて有りました。
 シラス台地を切り込んだ堀切、切岸に圧倒されながら堀底道を本丸へ、本丸下段の曲輪を廻り鬱蒼とした城域を手短に終えました。
 周囲には武家屋敷、武家屋敷庭園も有り時間を掛けて廻るのもいいでしょう。
 
 シラス台地を深く掘りこんだ群郭式山城で肝付氏が在城し島津氏に降伏、元和の一国一城令で廃城、鹿児島城内の黎明館に志布志城の模型が展示されてました。

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モト

城址公園になっていますが、ただの公園と侮るなかれ (2019/09/05 訪問)

公園として整備されている茂木城址ですが、しっかり土塁、曲輪、空堀とわかる遺構が残っておりました。
山頂は遊具などがあり特に公園感がありますがしっかり土塁に囲まれております。
これが本郭ですね。
周りを囲む土塁と空堀も雰囲気ありますよ。
しかも二の丸、三の丸、出丸まで見ることができるしっかりとした城跡でした。
公園として整備されている城跡も多くありますが、それでも城跡の遺構や縄張りを確認できる城址公園の方だと思います。

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AIBO

立派でした (2020/01/19 訪問)

ここまでの遺構が残っているのは貴重です。

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橋吉

登山です (2020/01/11 訪問)

福知山城から、クルマで30分黒井城へやってきました。

黒井城は、建武年間に赤松貞範が築城。
戦国時代には赤井直正の居城となりました。
1579(天正7)年、赤井直義の時、明智光秀に攻められ落城。
斎藤利三が城主となり、今日の規模にまで改修しました。
山崎の戦いの後、堀尾吉晴が入城。
関ヶ原の戦いの後、川勝秀氏が城主となるがその後廃城となりました。

まず、丹波市立春日住民センターで続日本100名城スタンプを押しました。
続いて、お隣の、丹波市立春日歴史民俗資料館を見学後、いよいよ登城です。

登山口に6台ぐらいとめられる駐車場がありますが、満車でした。
しかたなく、春日住民センターの前に戻ってきました。
ここには丹波市春日庁舎や文化ホール、図書館などの公共施設が集まっており、それらのための駐車場が用意されていますので、こちらの駐車することにしました。

登山口は黒井小をの北にあります。
登山口から本丸到着までなだらかコースで45分、降りるのに急坂コースで30分かかりました。

やっとのことで下山し、麓にある大梅山興禅寺へ
ここは黒井城の下館であったといわれています。

また、春日の局の出生地であるとも言われています。

現在も楼門前には水を湛えた七間堀と高い野面積みの石垣と白ねり塀が聳えるという城砦然とした戦国時代の構えをとどめています。

資料館見学や興禅寺参拝などすべて含めて2時間15分でした。

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todo94

大河ドラマ館に展示ありました (2020/01/11 訪問)

麒麟がくる京都大河ドラマ館に行く前に立ち寄りました。西岸寺に「丸岡城」の城址碑と説明板がありますが、遺構はなさそうです。大河ドラマ館には、航空写真に丸岡城(余部城)の城域を示した展示がありました。大河ドラマで明智光秀の丹波攻めが描かれるのはずっと先だとは思いますが、この城も登場するのでしょうか。

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まーやん

大河ドラマ館① (2020/01/19 訪問)

亀岡駅で関東の友人と待ち合わせ大河ドラマ館に行って来ました。
正直、創造を超えるクオリティでビックリしました💦
ネタバレになるので詳しくは申しませんが、私は満足しましたとだけ申し上げます。
是非行ってみて下さい( =^ω^)
場所はJR京都駅から嵯峨野線亀岡駅まで行き歩いて数分の京都スタジアム(新築)一階内です。
付近には亀山城址や余部城址もあり、さらに少し足を伸ばすと丹波一ノ宮:出雲大神宮もあります。
この辺り口丹波エリアと申します。ご堪能あれ~✨

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赤い城

主郭部以外はほぼ畑 (2020/01/18 訪問)

県道336号線沿い、広い駐車場があります。
駐車場にはパンフレットもありますが濡れてて微妙。
県道沿いに石碑が建っています。
主郭の周りに堀があり、北側の遺構は分かりやすい感じです。
ほぼ畑になっていますが幟も設置されていて力は入っていそうです。
蘆名時連が築き、その子孫の新宮氏が拠点とした城です。

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