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チェブ

頑張れ、被災地! (2019/09/22 訪問)

みなさん台風被害、大丈夫でしょうか?
私の住む東京の端っこは多摩川が流れてます。川近くに住んでいる方は避難したそうです。

先月、訪れた長野県佐久市「大井城」は湯川の断崖にあります。
とても心配です。

石並城(いせならび)、王城、黒岩城の3城で大井城と言うそうです。
ナビは王城公園を目指します。駐車場はありません。
やはり、断崖。公園に続く坂道か急階段を上ります。
入口近くに説明板があります。
遺構は分かりません。
公園奥に「王城のケヤキ」がありました。大井氏の歴史を見てきたのでしょう。

説明板を見ると、この3城、堀切で区切られているようです。
と、言う事は 通って来た道が「王城」と「黒岩城」の堀切跡なんでしょうね。
王城公園の道を挟んで向かい側も高くなっていました。

長野県に限らず、今回の台風で訪れたお城跡の近くが大変な被害になっています。
考えてもみれば、お城は川近く小高い場所に多くありますからね。とても、ショックです。

とにもかくにも 早く、復興しますように!早く、みなさんが安心できますように!

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トーダイ

本丸跡に八幡神社があります (2017/01/29 訪問)

相羽城は、鎌倉時代に土岐二郎光俊によって築かれた城です。一時廃城でしたが、
美濃国守護・土岐頼芸の家臣、長屋景興が修築、居城としています。天文16年
(1547年)斎藤道三に攻められ、大桑城とともに落城、その後は鷹司氏が城主と
なりましたが、天文18年(1549)織田信秀に攻められ、廃城となっています。

本丸跡に八幡神社があり、本殿前に城阯碑、ほんの少し高台のような気がします。

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トーダイ

山田城址公園となっています (2017/11/10 訪問)

山田城は、南北朝時代の応安5年(1372)山田荘の地頭であった豊後の
田原氏能によって築城、島原半島経略の武家方(北朝軍)の拠点だったが、
後に在地土豪の山田一族の居城となる。山田氏は、代々主家有馬氏の重臣
として活躍したが、慶長19年(1614)有馬氏の転封に伴い、山田氏も
延岡へ移ったため、廃城となっています。(案内板より)

山田城址公園駐車場(10台)<32.828642,130.191965>を利用、本丸・
二の丸・土塁・空堀など遺構が残り、櫓風展望台からの眺めも良いですが、
少し荒れていました。

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トーダイ

運良く上陸できました (2017/11/18 訪問)

能島城は、村上水軍のひとつである能島村上氏の拠点として、周囲約1kmほどの
能島と鯛崎島に築かれた水軍城です。天正16年(1588)豊臣秀吉の海賊停止令
(海賊鎮圧令)により、能島城は廃城となりました。

村上水軍博物館駐車場を利用、博物館で予習後、受付で潮流クルーズを申し込むと
某企業のチャーター便「上陸&潮流クルーズ」に空席あり、運良く乗船して上陸、
遺構を楽しめました。軍艦のような島です。

その後、スタンプ目的で再々登城、カレイ山展望台から眺めています。

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赤い城

信玄に滅ぼされた勝沼氏の居館 (2019/10/05 訪問)

勝沼ぶどう郷駅から徒歩で20分。
武田信虎の弟、勝沼信友の居館。
ワインセンター誘致の際に発掘調査のうえで復元されたそうです。
日川北岸の河岸段丘に位置し、相模や武蔵方面への備えとされていたようです。
北側から東側にかけて堀と土塁が復元されています。
この辺りはぶどうの産地、この日は近くでぶどう祭りが開催されていました。
1000円のグラス購入でワイン飲み放題、お土産にぶどうの詰め合わせを購入。
城攻め以外が目的となってしまいました。

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トーダイ

高さ4~5mの土塁跡が残っています (2017/09/17 訪問)

若栗城は、不悪糺右京輔または総田太郎左衛門が築城したと言われています。
戦国期、不悪凡済右京輔(ふあくぼんさいうきょうのすけ)が上杉勢と戦うが、
落城します。城主不悪凡済右京輔の息女の勇壮な奮戦ぶりが伝わります。

この地は越後の長尾為景・上杉謙信らが西へ遠征する際「通り道」だったため
何度も攻められ、その都度、村々は荒らされました。

『ある年、上杉謙信は若栗城を攻めたてたが、一向に落ちる気配がないので
どうした事かと目をやると、女のさむらい大将が指揮をとり、飛んでくる矢を
竹筒で集めて打ち返している!これを知った上杉勢は攻撃の手を更に強め、
ついに女のさむらい大将は討ち死にして、やがて城も落ちました。』

城址公園内に駐車、良く整備された高さ4~5mの土塁が残っています。

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ぴーかる

長野氏城跡「中の城」 (2019/09/28 訪問)

【中の城】
<駐車場他>東の城の投稿にて記載。

<見所>堀切・土塁・曲輪

<感想>日帰り伊賀街道攻城の旅4城目。麓から直接行く登城口は<34.742307, 136.364111>から登ることができ、ハイキングコースの看板がありますが、現在は全然ハイキングレベルではない荒れ方で道らしい道がなく、崖がきついので東の城入城口から入った方が良いです。
 私は同城跡内の東の城から途中まで来た道を戻り、山あいの谷間を更に登っていく。ここからは更に道っぽい感じはなくなり、登れそうな所を見つけつつ登るがハイキングのきついレベルで登れる。城跡入口が私が登って来た道と麓からの道と西の城に行く道と城跡に行く方とで4つの分岐になっている。分岐に1㍍四方程の石積み跡があり、祠か何かあった跡が目を引く。
 城跡は連郭式で主郭の北側に大堀切・主郭内の北側の土塁が特に高い。主郭から南に階段状の曲輪があり、Ⅲ郭までは間伐しており明確にわかるが、Ⅳ、Ⅴくらいありそうで、樹木で埋まっているが帯・小さい腰曲輪もありそうな感じだった。規模的にもここがメインとなる城だったと思われた。ここも蜘蛛の巣と戦いながらなんとか攻略し、西の城へ。

<満足度>◆◆◆

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ジョンソン

姫路城 (2019/09/26 訪問)

行ってきましたー!!青空で城が栄えました^_^

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チェブ

雨の急坂。 (2019/09/21 訪問)

少し前に投稿した「高島城」の後「花岡城」に行きました。

諏訪氏の一族、花岡氏の居城です。

「高島城」から諏訪湖を右手に見て半周ドライブすると湖から天竜川に流れ出す水門があります。
「花岡城」に近づいてきましたよ。
目指すは花岡公園です。
ずっと運転しやすい湖沿いの道路から「花岡城」方面に左折してからは民家と狭い急坂です。
公園とあったので、行きやすいかと思っていました。
駐車場の案内はありませんでしたが、広いスペースがあるので駐車可能です。
また、そこから急坂か急階段のどちらか選べます。
雨の日だったので傘を持ちながらの城攻。
写真も少なく、分かりにくいかもしれませんが郭の周りに土塁があります。
諏訪湖も見えるようです。
「花岡城」は天竜川、諏訪湖と小高い山。素晴らしい立地条件です。

「花岡城」近くの諏訪市は平成18年に豪雨災害がありました。
今回の台風で大きな被害が、どの地域にもない事を祈ります!!

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じゅんじん

城門と景観 (2019/10/07 訪問)

城門が現存しています。武家屋敷も景観が保存されています。山上の城は時間の関係であきらめました。くやしい!

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ヒロケン

妻木城士屋敷行き忘れ(>_<) (2019/09/28 訪問)

妻木城は妻木川左岸の丘陵先端標高407mに位置する山城で、山頂に位置する主郭・二の丸と大手筋の小郭群また、尾根に普請された郭群からなります。山頂には石垣で補強され、段差で区画された主郭・二の郭が配置されており、主郭と尾根を遮断した堀切は横堀状に主格をカバーするなど、戦国末期の高度な技術が利用された城跡です。

現在、主郭・二の郭には小さな神社が置かれていて、登城口には駐車するスペースがあり、石垣や曲輪・土塁、井戸跡なども確認できます。妻木城への登城ルートは、山麓北側にある妻木城士屋敷の右脇から登るルートと、名岐国際ゴルフ場の妻木口を入ってすぐ、右へと伸びる林道を1~2km進んだ先にある広場から登るルートと2つあります。

自分は、主郭・二の郭に近い林道を車で行くルートを選択(広場から主郭まで約10分)、妻木城士屋敷は後回しにして先に主郭から攻めようと思ったのが間違いの元でした。先に主郭・二の郭の周りにある、巨石群及び郭群を確認し、蔵跡・土塁・井戸跡・矢穴の残る残念石などを確認。最後に主郭・二の郭に残る石垣を確認し腹一杯ヾ(❀╹◡╹)ノ゙❀~~~ 思い残すことなく!帰路に着いたのですが、しまったぁ~~~<(ToT)>妻木城士屋敷攻めてなかったぁ~~<(ToT)>気付いたのが遅かったぁ~~。戻ろうか!?どうするか!?迷いましたが、夕暮れも迫り、家に着く方が距離的に近かった為、諦め再訪を誓い帰路につきました。

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じゅんじん

ここは石垣 (2019/10/07 訪問)

見どころは高い石垣です。立派です。始め裏から回ったので石垣を探しちゃいました。

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じゅんじん

平日閉館 (2019/10/07 訪問)

御殿は土日のみ開館です。主郭への道も台風の影響のため通行止めです。集めていませんが続100名城スタンプは道路向かいのお店にあります。

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粘板岩珪岩互層の急峻な山体 (2019/10/11 訪問)

泥と砂が交互に海底に堆積し、岩となった粘板岩珪岩互層が、麓から山頂まで続く。山頂及び尾根に展開する曲輪は平削時に岩を掘り残して土塁(石塁)とする。虎口も岩を掘り切る。南西の谷に崖となって露頭している所が、天然記念物 屏風岩。
この互層は大きく傾いているが、鈴鹿山脈西麓にもかかわらず、鈴鹿造山運動による褶曲作用を受けてないのが珍しいのだと。また、山体の両側を谷川が削り、急峻な独立峰になっている。
山麓に土塁と堀で守られた山屋敷があり、その背後から幅2m程の伝大手道を登った。100m弱行くと道はなくなる(明治時代の豪雨で崩落したと)ので、痩せ尾根に取りつき直登。下りは、急峻な痩せ尾根を行くのは危なそうだったので、北東側に降りることにした。地層の傾きから北東は古い(下側)と思われるが、谷川に露出する岩は、互層でなくて、真っ黒な粘板岩のみ。
日野と言えば、蒲生氏郷。鎌掛城も蒲生氏所縁。鎌掛城のあと、日野市市街と中野(日野)城に行った。

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todo94

秋のお城まつり (2019/09/15 訪問)

宿毛から高知に戻ってきたときには既に19時を回っていましたが、ちょうど「秋のお城まつり」が開催されていて、天守に登る事が出来ました。現存12天守カードもゲットできて満足です。天守から見た高知の夜景はちょっとしょぼいなと感じてしまったのですが。

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にのまる

一年越しの。 (2019/09/25 訪問)

【1】昨年8月、滋賀から岡山へ移動の中継地として京都に泊まったのですが、せっかく京都に寄ったのにどこにも行かないのはもったいないからと、夕闇せまる中、伏見桃山城をターゲットにして、目指してしまいました。
結果、暗闇の住宅街を彷徨うことになり、やっとの思いでたどり着いたものの、真っ暗な中にぼわーっと浮かび上がる正門のシルエットがそれはそれはおっそろしくて(((;゚Д゚))))
…閉門時間もとっくに過ぎていました。

これで行ったことにはしたくない…というより寧ろ、門までも行かなかったことにしたかった(^^;;

【2】そういうわけで、このたびは明るいうちに出かけました。
豊かな緑の高台に色鮮やかな城門、大天守、小天守が聳えています。
伏見桃山城キャッスルランド時代、ピーク時は年間100万人が訪れたそうです。(←wiki情報)
現在は公園として整備され、広域避難場所にもなっていますが、建物内には入れません。耐震基準を満たしていないのだそうで。
模擬天守ですが、ここで遊んだ思い出がある人にとっては、たまに来て眺めたくなる懐かしい場所なのかもしれません。

ちょっと(どころではなく)怖かった暗闇の記憶を青空の下の爽やかな景色に上書き更新できてホッとしました。


みなさま、本日は不要不急のお城訪問はされませんように。。。

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近江鉄道が縦貫 (2019/10/11 訪問)

近江鉄道朝日大塚駅のすぐそば。水田脇に堀と土塁が残る。北側土塁の外側と内側に堀がある。草木が繁り、石碑は埋もれてしまいそう。堀におたまじゃくしがわさわさ。おたまじゃくしで越冬する蛙なんでしょうね。ツチガエル?

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トーダイ

紅葉シーズンです (2018/11/18 訪問)

戸石城は、村上氏と武田氏間で争奪戦が繰り広げられた城、また有名な
戸石崩れの舞台、真田ファンには必須科目ですね。

砥石城への木段登城路での「疲労感」が懐かしく、2年振りに再登城、
櫓門駐車場→砥石城→本城→枡形城→米山城を、紅葉狩りも兼ねて、
2時間のんびり楽しみました。

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カルビン

お城いぱいアルヨ (2014/05/10 訪問)

駅から徒歩圏内のお城が乱立する千葉県柏周辺。

柏駅から10km圏内にお城・古戦場等10ヶ所以上あり、そのほとんどが「城びと」に登録されているので、お城訪問数を増やしたい方にはもってこいの場所になるかと。
(勿論解説版と石碑のみ・・・ってわけでもなく、小さいながら遺構のちゃんと見られる場所ばかりです)

根木内城は城址公園となっており、城域はそれ程広くなく主郭はただの曲輪ですが、公園入口は土橋、そこから派生する意外と大きな空堀があり、他にも土塁等も見られます。

訪問したのが5年前なのでどれほど改変したか確認してはおりませんが、公園になっている事から大きく変化はしていないと思います。


根木内城を含め、周辺の史跡は車で訪問するには適していない場所ばかりの為、公共交通機関をご利用された方が良いでしょう。

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ぴーかる

長野氏城跡「東の城」 (2019/09/28 訪問)

【東の城】
<駐車場他>美里ふるさと資料館・長野小学校入口に駐車スペースおよび公衆トイレがあります。分かりにくいのですみませんがトーダイさんの手法を使わせていただきます。
駐車場所Google<34.743392, 136.363516>
<交通手段>車

<見所>曲輪・堀
<感想>日帰り伊賀街道攻城の旅3城目。長野氏城跡については10/10のぴーかる投稿の長野城跡前説を参照してください。上記駐車スペースに駐車してトイレを済ませて登城。「東の城」の登城口は<34.739541, 136.365775>。山あいの谷間を10分程歩くと右手に居館跡と思われる石垣(写真は10/10投稿)と「東の城」入城口方向の看板が見えてくる。ここまでの山あいの道は道らしいものがないので、枯れ枝落葉を踏みつつ登れます。ここからの山道は地面は道っぽく大丈夫ですが、女郎蜘蛛巣天国でストックで払いつつ登るのが大変でした。看板からまた10分程登ると城跡に到着する。
 城跡はおそらく山上にある単郭式で周りに腰曲輪がある。薄いが横堀も見られた。城跡の堅牢さはなかった。城跡奥の竹やぶがきつくて行けずちょこっと周囲を見渡して終了し次の西の城へ行った。

<満足度>◆◆◇

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