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引田湊 (2018/12/14 訪問)

風の港(旧引田湊)側から登城しました。本丸から化粧池を通って引田灯台へ向かい、女郎島方面へは行かずその後北二ノ丸へ行き本丸へ戻ってきました。北二ノ丸の石垣が見所だと思いますが、一部シートで被われていました。化粧池の石囲いも雰囲気がありました。帰りは大池オートキャンプ場方面へ降りて帰って来ました。道はこちらの方が歩きやすいですね。引田湊は瀬戸内海の海上交通の要衝の地であり、この城の重要性が理解できます。

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登り石垣 (2018/12/13 訪問)

 ユニークな模擬天守の写真しか記憶にありませんでしたが、登城して見ると石垣が予想以上にすばらしかった。本丸周囲の石垣もいいのですが、西の丸の南側や東の丸、武者溜周囲の石垣も見ごたえがありました。登り石垣は西側は案内板もあり比較的わかりやすい。東側は東の丸二段曲輪あるいは武者溜を降りた所から何とか見ることができました。近づこうと少し降りてみましたが、崖が急で断念しました。

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まさかの立て札 (2018/12/13 訪問)

戎神社裏の道から登城したが倒木などもあり歩きにくかった。周囲を土塁で囲まれた方形の城です。空堀などの遺構も見ることができます。北郭の外にある堀切はよく残っています。縄張りはわかりやすいのですが、全体に雑草が生えわかりにくい所もありました。炬口八幡神社側へ降りましたが、最後の所で黄色いロープが張ってありました。乗り越えて振り向くと倒木などの危険があるため立入禁止の立て札がありました。戎神社側にはありませんでしたね。

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朝田 辰兵衛

沢海陣屋跡と合わせて散策。 (2018/12/15 訪問)

沢海城跡は,パネル1枚と阿賀野川からの船着き場に面影を遺すのみ。
沢海陣屋跡も,石碑1本で遺構ナシ。しかしながら,沢海陣屋跡に隣接する北方文化博物館は,明治時代に建てられた豪農の伊藤家屋敷で陣屋さながらの趣を感じることができます。

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ヒロケン

舞鶴公園散策 (2018/12/01 訪問)

甲府城は天正10年武田氏滅亡後、甲斐国は織田信長の領国となり、本能寺の変の後は徳川家康の支配下に置かれました。しかし、豊臣秀吉が天下統一を成し遂げると秀吉の命により甥の羽柴秀勝と腹心の部下である加藤光泰らによって築城が始められ、浅野長政・幸長父子により完成をみました。関ヶ原の戦い以降は再び徳川家の所領となり、幕末まで城の歴史は存続しました。

甲府城は内堀・二の堀・三の堀で各領域が構成されそれぞれの内城部分、内郭部分、町人地を囲郭している。内城部分には天守台や本丸、諸曲輪が存在し、北側には山手門、南側には追手門、西側には柳門が存在し出入り口となっている

この日は要害山城と新府城を攻城するため、深夜に家を出て早朝に要害山城に到着、要害山城を堪能した後、続100名城スタンプを求めてJR甲府駅前の藤村記念館へGO~ 藤村記念館へ到着したがイベントと重なり駐車場がない(ヾノ´°ω°)ナイナイ 駐車場を探してうろうろ彷徨い甲府市役所地下駐に駐車。甲府城の山手門を横目に藤村記念館でスタンプをゲットしたが、翌日所用があり今日中に帰宅したいため、なるべく目にしないようにしていた甲府城の石垣が目に入り、我慢できず甲府城にGO〜
もう〜どうにでもなれぇ〜と思いつつ舞鶴公園を1時間半たっぷり歩き回り堪能しちゃいました。 

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赤い城

永林寺が跡地ですが遺構はありません (2018/12/15 訪問)

京王堀ノ内から徒歩30分ですが今日は平山季重館から歩きました。40分くらいかな。
永林寺は思ったより立派なお寺でした。
裏手の墓地の奥に石碑と大石定久の像が建っていますが遺構はありません。

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赤い城

平山城址公園駅前に石碑が建っています (2018/12/15 訪問)

平山城址公園駅前に石碑があるのみ。
遺構はありません。
平山城址公園は居館に付随する物見があったとされています。
宗印寺には平山季重の座像があるそうです。

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赤い城

片倉城址公園として整備されています (2018/12/15 訪問)

JR片倉駅から徒歩5分ですが今日は京王片倉からで10分くらいかな。
扇谷上杉氏の家臣、長井氏の居城。
二ノ丸はとても広かったです。
公園には彫刻が沢山置いてありました。

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赤い城

みころも堂の裏手の山城 (2018/12/15 訪問)

高尾駅から徒歩で7分くらいのみころも霊堂から登ります。
麓には菅原道真を祀る高尾天神社があり、その脇に登城口があります。
元は椚田氏の城とされていますが戦国時代には北条氏が支配し、八王子城の出城となっていました。
本丸までは15分くらい。尾根沿いに登ります。
切岸が鋭いです。
山頂が主郭、石碑が建っています。

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たかりん

新幹線駅チカお勧め物件のお城 (2017/11/18 訪問)

ホント全国一、新幹線アクセスに優れたお城(笑)です。もちろん、新幹線が後にできた(当たり前!)わけですが、北口を出ると道路挟んですぐ高石垣群の要塞がそびえ立ち、なかなかの圧を感じる光景です。ちょうど三の丸跡を東西に線路がぶち抜いて走っているようです。豪壮な五重の層塔型天守は細かい点が当時と異なるので「復興」天守に区分されるそうですが、その辺気にしなければ雰囲気は楽しめます。惜しくも戦災で失われた当時の天守は、全国でも唯一の事例として北面の外壁が砲撃対策で鉄板に覆われていて黒かったそうで、実際古写真にも残ってます。現存していれば国宝間違いなし、ぜひこの目で見たかった、返す返すも残念でなりません。重厚な筋鉄御門や伏見城からの移築からその名がついた伏見櫓は現存でともに国の重文です。

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しろはる

鯛めし (2018/12/11 訪問)

四角い竹を教えてもらえました。

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朝田 辰兵衛

小松山と天神丸を分断する大堀切を撮影したかったのですが… (2017/08/27 訪問)

復元された木橋ををわたったところで,虻が執拗に体当たり攻撃を繰り返してきました。身の危険を感じ,折り返したところで1枚だけ撮影。その後,早足で本丸まで戻りました。さすがに日当たりの良いところまで,虻は追いかけてきませんでした。

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モト

100名城、美しい石垣を探検です。 (2018/11/21 訪問)

きれいな石垣が見られます。
その石垣の間をかいくぐりながら城跡を探検です。
山の上まで車で行くと出丸跡が駐車場になっています。
駐車場からはやくも本丸の西面の立派な石垣が目に飛び込んできます。
1つおススメしたいことがあります。
各ポイントにQRコードがついた案内板があります。
携帯で読み取ると音声付きの詳しい案内が動画で見ることができます。
当時は建物がどういう風に建っていたのかという画像が見れ、わかりやすく、イメージもしやすいのでこれはお試しください。
下から段々になった石垣を眺めて、これはすごいと思わず口から出てしまいました。
一言で言うとめちゃくちゃうつくしいです。
ここでも先ほどの説明板たちがより鮮明にイメージさせてくれ、当時の立派な城が浮かびます。

ここは言うまでもなく昔から人気の城跡です。
さらに少し前の大河ドラマの女城主で注目を浴びた城跡です。
それも影響しているのか、平日の夕方に行ったのですが、その時間でも次々に訪れる人がいました。


ちなみに麓には城下町のような街道があります。
ここも雰囲気がありました。
その中に酒屋で女城主というところがありますが、そこのお酒は美味しいですよ!

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にのまる

真相は藪の中 (2018/12/12 訪問)

小幡城から水戸に戻る途中で寄りました。
立派な「城趾橋」があり、その先に遊歩道もあったので期待したのですが、周囲をぐるっと一周しても入り口らしきところはありませんでした。
山の中を覗き込んでも薄暗い藪で倒木だらけ。荒人神社のあたりから空堀跡のようなものが見えましたが、城跡だという先入観で見ているからそう見えるのかもしれません。
城趾橋に戻りつつ城址碑を探したのですが見つけられません。赤い城さん、dougenさんの写真とヒントをもとに、もう一度遊歩道を上ってやっと見つけました。「こっちかぁー」っていうところでした。

偕楽園や徳川ミュージアムのすぐ近くですが、梅は時期ではないし、徳川ミュージアムは12/10〜1/4まで休館です。

見川は「みがわ」と濁るようです。

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todo94

八幡神社 (2018/12/02 訪問)

レンタカーを返却する直前、立ち寄りました。城址碑や説明板は見当たりませんでしたが、八幡神社の参道になっている八幡土塁が、大曲城の遺構と伝わります。参道に大量に落ちていた銀杏を踏み潰してしまい、帰りのこまちの車中にまでニオイをもちこんでしまいました。

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朝田 辰兵衛

鶴丸倉庫から本丸跡へと登っていくと… (2017/08/26 訪問)

ウワサのヤマカガシに遭遇。幸いにもヤマカガシのほうが去って行きました。
肝心の本丸跡は立て看板のみの状態…。もっと整備してほしいと感じました。

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たかりん

おのおのがた、討ち入りでござる (2013/11/02 訪問)

昭和の頃はクリスマスと並んで冬の風物詩としてドラマや映画が放送されていた忠臣蔵、自分も色々な名優が演じた内蔵助や吉良さんが印象に残っています。でも今の若い子に「12月14日は何の日?」と訊いて模範解答が得られる子が何人いるやら、日本人として知っておくべき常識ですよね。そんな赤穂義士ゆかりのお城ですが、思いのほか多くの復元整備がされており、最後は周辺施設を見る時間が足らなくなりました。本丸に残る立派な天守台(天守は築かれなかったそうですが)に登ると本丸・二の丸・三の丸と城の中核部が一望に見渡せ、5万石の城とは思えない規模に驚かされました。本丸御殿も平面的に復元され、当時の間取りがイメージしやすかったです。17世紀半ばの築城だけあり、銃砲戦を意識した輪郭式の縄張で、横矢の効果を発揮できる「折れ」を多用し屈曲しており、変形の星形に近い珍しい形でした。その後、新たな整備も進んでいるようなので機会をみて再訪したいです。

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BUGTI

信長に反抗した物集女氏の城 (2018/12/02 訪問)

畑になっているが、土塁で囲まれた方形の館跡であることはわかる。

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BUGTI

土塁公園として残る城 (2018/12/02 訪問)

マンションの一角に公園として土塁が残されている。当時のままではないにしろ、残してくれていることに感動。エントランス内には復元模型やパンフレットまで用意されていました。遺蹟の残し方の一例として良いと思います。

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丹羽長重

栃木県北部最大の城 (2018/11/24 訪問)

部活が終わった後、お出かけ気分で行ってきました。
前に一度来たときはあるのですがほぼ記憶に無かったので再登場しました。
なんといってもこのお城の凄いところは土塁がきれいに整備されていて本丸が広いことです。整備されているお城って快適です!また、本丸には櫓が建っていて最上階からは大田原市が一望できます。ですが階段が透け透けで下が見えて少し怖かったです。さらに珍しいのはここの城主の大関氏は幕末まで一度も改易、転封がなくずっと黒羽藩主を務めていたことです。だいたいこの江戸時代は藩主がちょこちょこ変わりますよね。
また、近くには黒羽城に移る前の大関氏の本拠地だった白旗城や、大田原氏の居城の大田原城もあるのでついでに寄りたいですね。

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