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ぴちょまる

鶴ケ岡城 (2019/08/22 訪問)

本丸には荘内神社、藤沢周平記念館、大宝館、護国神社がある。
荘内神社のおみくじは沢山種類があって、おみくじを持った鯛を釣るというのもあった。
けれども、三の丸跡にある到道博物館には行っておくべきで、到道館以外にも、旧警察庁舎や酒井氏の庭園などもある。
他にも古民家や蔵があり中に色々展示されている為、全て見て回るには結構時間がかかる。
到道館だけかと思って調べずに行ったら、1時間では足らず途中で閉場に…

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トーダイ

案内板が 撤去されていました! (2019/05/15 訪問)

前回(2018)ワンハンドレッド(チバリー)ヒルズ内に入り込み登城口を探すが、
豪邸が立ち並ぶ通路のアチコチにある注意書「家の見学お断り」に焦ってしまい、
ウロウロ出来ず時間切れ、撤退する。

今回は登城口情報を事前確認、ようやく見つけたスペース<35.519046,140.254365>
(1台)に駐車して再登城、ゴソゴソ歩き回って城址碑・土塁・堀切など確認するが、
城跡内はヤブ深く、ほかの遺構を探索せず撤退する。

他サイト及び皆さんが投稿している登城口<35.520354, 140.255242>近くの案内板が
撤去(移転?)されていました。

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小城小次郎

鹿野城

「オランダ櫓」という名の櫓が存在したのは、日本中でも多分ここだけだろう。

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ヒロケン

初登城 (2019/08/11 訪問)

三春城跡は中世から近世の田村地方を治めた大名の居城跡で、三春町中心部の大志多山にあり、その美しい姿から舞鶴城とも呼ばれました。三春城は戦国大名の田村義顕が築いたとされています。田村氏は三代続きますが、三代目当主清顕が急死したため、一人娘の愛姫の夫である伊達政宗を後見人に清顕の甥、宗顕が城主となり政宗の奥羽制覇を支えました。
天正18年には、豊臣秀吉の奥羽仕置きにより田村氏は改易され三春は一旦伊達領になりますが、翌年には会津に入った蒲生氏郷の領地に組み入れられ、会津若松城の支城の一つとなります。この時代は、蒲生氏の重臣達が三春城代となり、本丸周囲に大規模な石垣を築くなど城と城下町の整備進められました。江戸時代に入ると秋田俊季が5万5千石で三春藩主となり、明治維新まで秋田氏11代の居城となりました。(三春城パンフレットより抜粋)

正直、自分は戦国時代後期に築城された城跡、特に石垣(石積み)が好きで、関東以北の城跡は「土の城」というイメージが強くあまり期待していませんでしたが、登城前の下調べで、ビッグネームの戦国大名の名が次々に出てくるのと、続100名城スタンプ集めで登城を決めました。
二の丸横の駐車場に車を駐車し(無料)本丸下の曲輪を見学しながら、本丸下をぐるりと一周し、三の門跡から本丸へ。本丸の休憩小屋で続100名城のスタンプと三春城のパンフレットをゲット。本丸をはじめ、各曲輪がしっかりと残っており、往年を想像するに足りる城跡でした。ヾ(*´∀`*)ノ 又、石垣もしっかりと残っており、十分満足できた初登城でした。

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街道おじさん

観音寺城登城 (2019/08/07 訪問)

滋賀県にある100名城の一つで近江守護の六角氏の居城。
安土城登城の後、立ち寄るつもりであったが、体力的な限界を感じ断念。
100名城スタンプは安土城郭資料館にあったので押印。
資料館にあった城郭の模型を見ると、大変魅力的な城であったと思われる。

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街道おじさん

安土城登城 (2019/08/07 訪問)

安土城址に行く前に安土駅前にある安土城郭資料館へ行った。
100名城スタンプ(観音寺城のスタンプもあり)を押し、本能寺の変の後、
焼失した天主の模型もありなかなか面白かった。
安土駅前には信長像があった。
そこからが夏の暑い日、駅から登城口まで徒歩30分、更に登城口から天主跡まで30分。
結構きつかった。しかし天主の模型を見たので、想像を膨らませることが出来た。
最後に見た総見時の仁王門は立派であった。

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街道おじさん

彦根城登城 (2019/08/07 訪問)

約40年振りに天下の名城、彦根城を訪れた。
相変わらず美しい。(工事中のパイプが残念!)
玄宮園から仰ぎ見る彦根城は本当に素晴らしい。
彦根駅前には井伊直政の像が立っていた。

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トーダイ

黒坂鏡山城とも言います (2018/03/13 訪問)

慶長15年(1610)伊勢亀山の城主、関長門守一政は2万石加増され5万石で遠~い
黒坂の地に国替えとなる。黒坂は、四方を山に囲まれ、日野川が周辺を巡る築城適地、
城と同時に町造りがなされ、5万石に相応しい大規模な「総構え」となった。
しかし関氏の居城は約8年、「家中論争」を理由に領地を幕府に召し上げられる。
その後、幕府の「一国一城令」により廃され、居館が陣屋として使われた。

レトロな黒坂駅前スペースに駐車、駅から城跡看板が見えるので簡単に登城できそうだが、
平日(授業中)に日野高校黒坂校舎グラウンドを横切って登城路を上がるのは迷惑なので、
少し南の踏切を渡り、廃屋横<35.205653,133.382266>から数分で陣屋跡に着きます。

前回(2017年5月)は夏草に阻まれて主郭跡に登れず、陣屋跡のみ確認して撤退する。

今回は案内板略測図(と地形アプリ)を見ながら登城するが、結局「直登」となる。
さらに城跡の半分は雑木林で進めず、郭・土塁・横堀・虎口など確認できたが、
略測図に描かれているほど遺構は(整備されておらず)明確ではありません。

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街道おじさん

小谷城登城 (2019/08/07 訪問)

当日は滋賀県の100名城をすべて廻る予定なので、小谷城址に行く時間がなく、
小谷城戦国歴史資料館へ行き、100名城スタンプを貰うことしかできなかった。
しかし資料館の展示は興味深く、ボランティアガイドの方から丁寧な説明を頂くことが出来た。
気候の良い時期に小谷城址を訪ねてみたい。
JR河毛駅前には、浅井長政とお市の方の像があった。

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AJ

百万石のプライド (2019/08/20 訪問)

白を基調にした意匠は夏の日差しにとても映えますね。

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トーダイ

素晴らしい土と岩の山城です (2019/05/17 訪問)

鎌倉時代から領主だった秋元氏が永正期頃(16世紀初め)築いたと言われています。
その後、北条氏と里見家が房総の領地をめぐって争うがが、守り抜いた。しかし天正期
末には里見氏の配下となる。城跡の規模は東西460m、南北400mの丘陵全体に
およんでいるが、とりわけ山上の曲輪の周囲を防御した切岸・堀切・横堀などの遺構が
良好な状態で残っている。(案内板より)

登城口前スペース(5台)<35.254973,139.993520>に駐車、案内板(鳥瞰図)を
確認して登城開始、約10分で登城路堀切にテンション・アップ。

広い千畳・御殿西向三段を見て(諸説あるが主郭跡らしい?)八幡祠に参拝、鳥瞰図を
見ながら後方へ進み、トラロープで岩場を直登すると(大小)堀切2条に感激する。

その後、鳥瞰図にある横堀を確認したく反対側の岩場へ下りると、岩盤を掘り抜いた
障子堀のような横堀が続く、人の手で造られたのかと、追いかけてしまう。

ここで素直に引き返せば良かったのだが、敵兵の如く(地形アプリ頼りに)横堀を上り
下りしながら八幡祠へ戻ろうとしたが、岩場に孤立、七転八倒しながら何とか戻れた。

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さんぽ

天守跡 (2017/11/19 訪問)

二条城には何回か行っているのですが本丸御殿、天守台を訪れるのは初めてでした。

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のっちくん

忍城 三階櫓 (2019/08/22 訪問)

川越城に続いて忍城にも行きました、初の御城印をいただきました、やはり「のぼうの城」を連想させてしまいますね、石田三成からの水攻めにも耐えた城です、浮き城と言われるほど周りは沼地だったんですね、攻めるに難しく守るに堅い城だったそうですが想像出来ません。写真撮影不可ですが写真撮ってる年配の方がいました、職員に報告しましたがマナーも守って欲しいです。三階櫓は敷地の外から撮影すると壮観です。車に注意しましょう。ドラマ「陸王」のロケ地でもあったようです。

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ぴーかる

十市城 (2019/08/13 訪問)

【十市城】
<駐車場他>駐車場はない。
<交通手段>車

<感想>日帰り奈良の環濠巡りと燈花会を見る、2城目。下調べ通り石碑のみだった。田んぼの真中にあり、近くの車を停めれそうな所に駐車して行ったが、道が狭く、行き止まりがあったりして、幹線道路に出るのに苦労した。

<満足度>◆◇◇

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のっちくん

本丸御殿 (2019/08/22 訪問)

川越城の本丸御殿に行きました、城の玄関口の詰所などと小さな枯山水がありました、かなり広かった平城だったみたいです。城や武将の花押のクリアファイルも売ってました。

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チェブ

貴船神社。 (2019/07/06 訪問)

東京都品川区「品川氏館」に行きました。
鎌倉時代の御家人、品川氏の居館です。
室町になり鎌倉公方の足利 持氏さんにより所領を奪われ衰退します。
私はJR山手線の大崎駅から歩きました。10分~15分くらいで到着したと思います。
「貴船神社」です。
でも、「貴船神社」の方が歴史が古いので、「品川氏館」はこの近くなのでしょう。
住宅街の中に少し高い場所にあるので「品川氏館」があっても納得の場所です。
大崎駅周辺はオフィス街でしたが「品川氏館」は緑に囲まれた「貴船神社」周辺。
町のギャップにビックリし、大切に守っている方々を尊敬します。

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todo94

国史跡 (2019/08/13 訪問)

11年ぶり、3度目となる攻城です。野崎霊園、野崎公園の側からアプローチしました。四稜星の4つの稜の1つが長く突き出ており、其処にだけ砲座が設けられています。夏草はしっかりと刈られていて、真夏の攻城でも問題ありません。見映えのする土塁、空堀を堪能することができました。同じ北斗市内にあるトラピスト修道院まで脚を伸ばしてから帰路に着きました。

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トーダイ

俳句を詠む場所です (2017/06/26 訪問)

楯山公園(三の丸跡)駐車場<38.387990,140.211327>を利用、
段状に曲輪、切岸、堀切などある八幡座、登城路は見えていたが、
夏草で探索を断念、ここは迂回する美しい最上川を見下ろしながら
句を詠みたくなる場所、別名「日本一公園」です。

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ぴーかる

見応えある重伝建地区寺内町 (2019/08/13 訪問)

【今井環濠】
<駐車場他>今井西環濠広場駐車場/今井まちなみ広場駐車場
<交通手段>車

<見所>復元環濠・重要文化財の住宅・称念寺

<感想>日帰り奈良の環濠巡りと燈花会を見る、1城目。高取城の御城印を購入しに夢創館に行ったが、月曜祝日の翌日休館日だったことを確認せず、すっかり忘れてて購入できず、諦めて次の予定の今井環濠へ来た。この日の城攻めは夏場の山城を避けて南から徐々に北上して、宵口くらいに奈良公園周辺で開催している燈花会を鑑賞予定にした。
 
 以下パンフレットより抜粋
今井町の成立は戦国時代の世、天文年間この地に一向宗本願寺の坊主の今井兵部卿豊寿によって寺内町が建設されたことに発します。一向宗門徒が都市計画に基づき今井に御坊(称念寺)を開き、自衛上武力を養い、濠をめぐらしました。
信長の時代には反信長として抵抗するが、のちに降伏して自治特権を許され江戸時代には商業都市として栄えたそうです。

復元の環濠は西側にあり土塁・石垣環濠が見られる。町内には9件の国の重要文化財の住宅と称念寺があり、まちなみを散策するだけでも十分見応えある。町の南東に「今井まちなみ交流センター」が無料で見学できるらしいが行かなかった。称念寺の真向かいに観光案内所があり、そこにパンフレットと現地ボランティアガイドの方がいます。
町の西側半分を1巡りして終えた。濠は西側の半分程しかないので濠・土塁を見るよりも美しい町並を時間があったらゆっくり楽しめるところです。

<満足度>◆◆◇

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街道おじさん

佐倉城登城 (2019/07/26 訪問)

この城の城主から幕府の老中になる者が多く、「老中の城」とも呼ばれたそうである。
幕末史にその名を残す堀田正睦も佐倉城主だったようで、城内に像があった。
土塁と空堀からなる土の城でもある。
100名城スタンプが置いてある佐倉城址公園管理センターの入り口に可愛い猫ちゃんがいた。

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