1泊2日の諏訪旅行。
総じて天候は芳しくなかったですが、2日目早朝のわずかな時間に晴れ間が見え、冠木橋のほかに天守からもうひとつの橋が架かっていました(写真2枚目)。
本丸まではJR中央本線上諏訪駅から南西に歩いて約10分。
虎口にあたる柳口門跡から欅の並木道が続いています。かつては「柳なわて」と呼ばれたこの道が、城と城下町をつなぐ唯一の通りでした。
欅並木を右に折れて大手門跡を抜け、衣ノ渡郭に入ります。ここで喰違虎口を形成しているのがよく分かります。
本丸に向かって直線状に配置された衣ノ渡郭、三の丸、二の丸をそれぞれ区画する天然の河川(衣ノ渡川と中門川)にも注目しながら歩いていくと、異彩を放つ緑屋根の天守が見えてきます。寒冷地対策のため、現在は銅板を葺いていますが往時は杮葺です。
昭和45年(1970)に復興された建物は天守、冠木門、北東角櫓のみ(天守以外は推定復興)。
高島城は天守以下8つの櫓、6つの門が構えてあったとされますが、再建にあたって参考資料が天守以外潤沢でなかったため、この程度に留めたと思われます。
天守南面には築城当初(文禄~慶長期)のまま残る小天守台があり、建物こそありませんが見どころです。
また、天守台南西隅にだけ唯一矢穴が認められる石垣が積んであります。
本丸には冠木門のほかに、南に土戸門(搦手)と西に川渡門跡があり、川渡門跡には三の丸御殿の裏門が移築されています。
本丸東側の累線上に持方月櫓と南東隅に富士見櫓跡が確認できます。天守も含め、塁線屈曲部やあるいは隅部に建物を設える豊臣系城郭の特徴を、家臣の日根野も取り入れていることがうかがえます。
家康の六男 松平忠輝などの罪人の幽閉場所としても利用された南の丸は本丸の南東に位置し、現在の城南小学校前の駐車場が推定地です(多分)。
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