日米和親条約により函館は開港され幕府は函館奉行所を設置し、函館奉行所防衛のため五稜郭築城が決められました。日米和親条約締結の10年後に五稜郭が完成しましたが、完成から4年後(明治1年)の10月に榎本武揚ら旧幕府軍が五稜郭を占領し、7カ月後の翌年5月に旧幕府軍が降伏するまで函館戦争の舞台となりました。
五稜郭は西洋式築城法により築城された城で五つの防塁が鋭角状に突き出しているので、平面形状は星形に見えますが、地上からは分からない様になっています。石垣も5~7m程で高くはありませんが、跳ね出し石垣や見隠し土塁などがあり随所に日本の優れた築城技術が施されています。
北海道は2度目の観光となりますが、北海道の城へは行ったことがなく今回が初登城となります(((o(*゚▽゚*)o)))北海道の城へはあまり興味が持てず、日本100名城スタンプ集めも後回しとなっていましたが、今回五稜郭を訪れ162年も前にこれほどの築城技術があったのかと驚かされました。
函館奉行所も忠実に再現され、ここに榎本武揚らが立て籠ったかと思うと感慨深い思いで散策しました。
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