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最初期の石垣に圧倒 (2026/01/11 訪問)

本来は行く予定ではなかったのですが、諸先輩方の口コミを見て手軽にいけそうだと思い急遽行くことにしました。Googleマップで佐生日吉城と調べると登城口が出てこないので、登城口として調べるといいと思います。10分程度かと思いきや結構遠くて疲れます。それなりに整備されていて明るいです。

歴史 六角氏重臣後藤氏によって築かれたといわれています。信長の近江侵攻に伴い観音寺城の備えとして増築されました。六角氏は、非常にはやく領内の城に石垣を用いたことで有名です。佐生城、観音寺城、小堤城山城、星が崎城、三雲城などです。これらを結ぶと、観音寺城から甲賀方面に繋がっていることがわかります。これは観音寺城が攻められたときに甲賀でゲリラ戦を行うためだと考えられています。

さて、私は初期の石垣は低い物が多いと勝手に思っていました。しかし、思ったよりデカい!私の身長を使ってみると5mくらいありそうです。築石部は、巨石をふんだんに使ったTHE野面積。下の方が土で覆われていて見られないのは少し残念。石垣の迫力がかっこよすぎて3周くらいしてしまった。桝形虎口の見せる石垣が特徴の三雲城よりも、実戦的に石垣が使われたのだろうと思いました。

満足度7/10

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正月に行った城 (2026/01/01 訪問)

「日本の城 日本城郭検定公式参考書」のなかで、城塞化した近江の寺院として取り上げられていたので興味があったのでいきました。観音寺城や上平寺城など、近江は寺から変化した城、みたいなのが多い気がします。多賀大社への初詣はついでです。
多賀パーキングの駐車場から近いところにあり、なかにはドッグランが有ります。
周りが土塁に囲まれています。少し降りると土塁を後ろから見ることができます。楽しかった
新年初日から城に行けるのは嬉しい!今年から行った城は全部投稿することにしました。まだビギナーですがお願いします。
写真がない!
満足度5.5/10

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土塁の隅角部が残る。 (2026/01/11 訪問)

「珍名」城1位(自分のなかで)のこの城はふけじょうと読みます。でもうわきじょうと読みたくなってしまう。このあたりには浮気〇〇がたくさんあり、保育園、自治会館など、、、。さて城の特徴ですが、神社の端っこに土塁があります。それだけですが造形美が良いです。御土居のような雰囲気です。道の方向からは、小規模ですが堀のようなものも観ることができます。駅から10分程度とコンパクトに行けるのもGOOD。土塁の開口部らしきものは少し埋まっているようです。

不倫城じゃないだけマシ。

満足度5.5/10

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小城小次郎

上り下りがない山城!? (2025/04/12 訪問)

地元保存会の活動によって薮が伐られ倒木が撤去され、遊歩道が設けられて実に見やすいお城になった。保存整備かくあるべしという見本のようなお城だろう。しかも高低差ゼロ。上り下りの苦労なく山城の醍醐味を味わえる。

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もうちょっと見たかったけど (2026/01/11 訪問)

小槻神社前に駐車。
その背後に巨大な空堀(横堀)がありました。これが本当に大きくて一見の価値ありでございます。
それから小槻神社背後の裏山を登ると、これまた大きい切岸の上に到達します。(グラウンドが見えます。)すげー。
最後に小学校前に来ましたが、門が閉まっている!!!
門を乗り越えるか悩みましたが、自制心が勝ち乗り越えませんでした。横に大きな池があったのは堀の跡なのか???
大きい遺構が学校のなかにあるそうです。
なぜ学校やら企業やらはこういうすごいのを占拠してしまうのでしょうか、、、。
もっと有名になってもいいのになと思う名城でした。
満足度6/10くらいです。(私のなかでは高い方です。)

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todo94

青春18きっぷを使っての攻城① (2026/01/03 訪問)

5日連続での使用を強要されてしまう青春18きっぷは、非常に使い勝手が悪くなってしまいました。初日は実家から帰ってきて即座に上京し、国立科学博物館の大絶滅展を見てきました。ものすごい人気の特別展でした。2日目は東海道本線を西に進み、浜松で下車して遠州鉄道を完乗。西鹿島駅からは天竜浜名湖鉄道で新所原駅にアクセスし、ずっと食べたいと思っていたウナギ弁当2切れ2200円を昼食にいただきました。見た目は余り冴えないのだけれども、味は絶品でした。そして、そのあとは大府まで進んで武豊線を利用。武豊駅から歩いて富貴城に向かいました。3km程の道のりがありましたが、途中、味噌蔵が立ち並ぶ味噌蔵の小径を通り、なかなか良い雰囲気の景観を楽しむことができました。富貴城は白山社がその故地ですが、隣の圓観寺も城の遺構が残っていそうな雰囲気を感じることができました。帰りがけには転車台ポケットパークにも立ち寄っていきました。

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とばつびしゃもん

臼井城攻め拠点の城 (2025/02/02 訪問)

京成臼井駅から歩いて5分ほど。
城跡は現在、住宅街の公園。かつて上杉謙信がここに立って臼井城と対峙したのかと思うと感慨深い。
5分で撤退。

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とばつびしゃもん

老中の城 (2025/02/02 訪問)

京成大佐倉駅から歩いて20分。国立歴史民俗資料館の横を通り抜けて登城開始。
最初に目にする巨大な角馬出は見所の一つ。角馬出を囲む空堀は当時さらに深さがあったとか。椎木門跡から一の門跡へと進み本丸へ。本丸北西部の天守跡にはかつて三重の天守がそびえ、本丸には他にも銅櫓、角櫓が配置されていた。
台所門跡から本丸を出て二の門跡、三の門跡と通り、佐倉城跡公園センターに立ち寄って本丸模型など展示されている資料を見学。大手門跡から下城。
歴代城主のうち9人が江戸幕府老中となっていて全国最多とか。土塁と空堀で構成された「土の城」を60分攻城。

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カズサン

カズサンの令和7年10選

 明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
 例年は年末に披露させて頂いていましたが、年末ギリギリ迄の投稿、元旦より行事も続きやっと一息つきましたので選んでみました。
 令和7年登城は151城でしたが城びと登録の城、城びと未登録の城での未踏の城、再登城で城探訪を楽しみました。
 順番は私の好みで決めております、鳥取城は私の故郷の城ですので②にしました。

 ①多賀城 1300年を甦った外郭南門:2025/06/06
 ②鳥取城 幕末からの甦り中ノ御門枡形渡櫓門:2025/10/25
 ③福岡城 三の丸復元潮見櫓:2025/10/26
 ④大坂城 豊臣期石垣館展示400年前の石垣が蘇る:2025/04/26
 ⑤富岡城 百閒土塀石垣の復元:2025/10/28
 ⑥江戸城 富士見多聞櫓 乾通り抜けで初対面:2025/12/02
 ⑦洲本城 東側登石垣を初対面:2025/05/15
 ⑧陣内館 方形城郭小西期の大型箱堀、大土塁は圧巻(城びと未登録、熊本県甲佐町):2025/10/28
 ⑨篠島城 知多半島の沖の篠島に在り、愛知県踏破最後の城:2025/11/15
 ⑩佐伯城 雛壇石垣と初対面:2025/10/30

 十城ではまだ寂しく披露したい城も有り、カズサンの令和7年準10選を続けます。
 

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ひたちなか史跡めぐり ③武田氏館 甲斐武田氏発祥の地 (2026/04/19 訪問)

ひたちなか海浜鉄道 工機前駅から徒歩17分。JR常磐線 勝田駅から徒歩24分。
 躑躅ヶ崎の方ではなく、常陸国の武田氏館です。
 甲斐武田氏の発祥の地は、実は茨城のひたちなか市で、実際の居館跡は、陸上自衛隊の勝田駐屯地になっていて立ち入ることができませんが、湫尾(ぬまお)神社の裏手に居館が再現されています。居館内は入場無料で、内部は資料館になっています。厩も復元されていて、なかなか見ごたえがあります。
 湫尾(ぬまお)神社には、甲斐武田氏発祥の地の石碑と説明板が鳥居前に設置されています。
 源義家の弟 義光が常陸国に進出するため、長男 義業を佐竹郷へ(のちの常陸佐竹氏)、三男 義清をこの武田郷に配置して那珂川以北での勢力拡大を図りました。義清は、地名から武田を名乗り、甲斐武田氏の始祖となりました。しかし武田義清、清光父子は行き過ぎた行為があったようで、常陸大掾氏の一族 吉田氏(水戸市の吉田城主)らによって告発され、甲斐国へ流されたという経緯があるようです。

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ひたちなか史跡めぐり ②勝倉城 祠が建つ矢倉台 (2025/04/19 訪問)

 ひたちなか海浜鉄道 金上駅から徒歩15分。JR常磐線勝田駅から徒歩30分です。
 勝倉小学校一帯が城跡にあたります。校門の所に説明板が設置されています。説明板そばの道路に沿って微高な土塁っぽいものがありました。保育園側に立派な土塁も残されているようですが、グラウンドで子供たちが遊んでいたので見学は控えました。
 その後、坂を下り、搦め手側へ。搦め手側から主郭跡の南東端に鎮座する富士神社へ登ることができます。祠を参拝したあとに周囲を確認したところ、境内は学校の敷地より一段高くなっていて、土塁の遺構のように感じられました。説明板の縄張図を確認すると、富士神社の場所は、主郭南東端の矢倉が描かれている場所なので、おそらく矢倉台の遺構かと思います。

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しんちゃん

二条城 西方城の支城 (2026/01/03 訪問)

西方城の投稿ですが、西方城の東に在る二条城の投稿になります。ちょっと精神的に万全ではない状態でやって来たので、本来のルートを違えました。推奨は長徳寺からのルートで駐車場も借りられる(?)ようです。
一応、二条城に向かうトンネルの入り口にも「西方城」の看板が有るので、昔は二条城から西方城に行けたのかもしれません。
でも今は藪で行く手が遮られ、近くにはダムもしくは堤防みたいなのがあって、いろいろ危ないので長徳寺から訪問して欲しいですね。私もヤバいなと思ったので二条城まで散策して引き返しました。
公式さんの投稿に出ていた赤色立体図を見ると二条城は本城である西方城に近いぐらいの面積があるように見えます。
頂部に主郭が配され、立体図でも確認できるぐらい土塁がしっかりと残っています。東に堀切と土塁が配され、堀切の底は郭のようになっています。主郭土塁のそこかしこに石積がありましたが、いつの時代の物かは不明です。
あと・・ここに何かがいました すぐ近くのヤブの中から奇妙なうなり声が聞こえてきましたが、一喝したら静かになったので、そのまま下山しました。近くに落ちていたフンの大きさから見ると小熊などでは無さそうです。野犬かなにかでしょうか?
個人的な意見ですが、山の中に犬や猫などを捨てていく輩には腹がたちますね。

西方城には行けなかったので「行ってみたい」のままです。

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ひたちなか史跡めぐり ①那珂湊  (2025/04/19 訪問)

 遅ればせながら、令和八年を迎えました。
 例年同様、今年も不定期で投稿を続けていく予定ですので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、新年一発目は、お城というよりも、史跡めぐりの投稿となります。
 いきなりズコーと思われるかもしれませんが、ご安心を。お城も登場します。
 今回は、ひたちなか市の史跡めぐりの様子を投稿したいと思います。最初は那珂湊編。那珂湊へは、JR常磐線 勝田駅からひたちなか海浜鉄道で向かうか、水戸駅から路線バスで向かう二つのルートがあります。私はひたちなか海浜鉄道で向かいました。

① 夤賓閣(いひんかく) 
 ひたちなか海浜鉄道 那珂湊駅から南に徒歩10分ほど。
 元禄十一年(1698)に水戸黄門こと徳川光圀がつくった水戸藩の別邸です。現在は湊公園となっています。日和山と呼ばれる高台につくられ、那珂川の対岸の大洗や太平洋を望むことができ、幕末には海防見張番も置かれたようです。しかし幕末の元治甲子の乱(天狗党の乱)で建物は焼失してしまいました。戦火を逃れたクロマツと井戸跡の石碑が往時を偲びます。

② 那珂湊反射炉・水戸藩小石川邸の移築門
 夤賓閣を出て北東側に16分ほど歩くと、あづまが丘公園があります。公園内には那珂湊反射炉と煉瓦窯が復元されています。那珂湊の反射炉は、幕末に水戸藩が建設し、鋳造された大砲は、幕府へも献上され、江戸の台場にも設置されたようです。説明板によると、反射炉も元治甲子の乱(天狗党の乱)で破壊されたようですが、昭和に復元されました。そして公園の北側には、山上門という薬医門があります。この門は、水戸藩江戸小石川邸にあった門を移築したもので、水戸藩邸で唯一現存する建築物のようです。

③ 館山城跡エリア 
お待たせしました。城びと未登録の城ですが、那珂湊の館山城です。那珂湊駅から北に徒歩10分ほどです。
 現在は、お寺の密集地帯になっていて、お墓が所狭しと並んでいるような感じでした。館山城は、小泉左京亮重幹が平安末期に築いたとされ、戦国時代は江戸氏(水戸城主)の城として機能していたようです。遺構は、一番北側にある浄光寺の本堂奥に土塁が残存していました。
 土塁の残る浄光寺は、かつて水戸城内に置かれていた寺院で、江戸幕府三代将軍 徳川家光から那珂湊を朱印地として与えられ、水戸城内から那珂湊へ移転しました。そして浄光寺の山門は、水戸城から移築した佐竹時代の城門という伝承があるらしいです。立派な薬医門でしたので、水戸城の門だった可能性も十分ありえそうでした。
 次に浄光寺の南西側にある正徳寺です。正徳寺の山門は、元々は水戸城の弘道館そばにあった水戸藩の典医久保田宗仙の屋敷門を移築したものです。この山門は幕末の元治甲子の乱(天狗党の乱)の戦火に遭い、右袖側は火災の被害を受け、左主柱には、当時の弾痕が残っています。

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しんちゃん

破城された石垣愛🪨🪨😍 (2026/01/01 訪問)

今年の元旦、石垣山城に寄って来ました。他にも元日に登城された方がいますね。元日に登城するには石垣山城は良い城だと思います。
駐車場から出て、最初に目にするのが崩された南曲輪の石垣・・石垣山城を象徴する石垣だと思いますが、見慣れすぎてある種の美しさすら感じます。パルテノン神殿も壊れている場所があるから、より美しくみえるという趣もあるような・・
石垣山城よ 崩れていても君は美しい・・デ〇ルマンのカ〇ムみたい。。
三連休缶詰のせいか調子が出ないな~ 風雨にさらされ、じわじわ崩れていくからこそ愛おしく感じる部分が有る
そこに愛はあるんか?・・元日から「破城された石垣への愛」がタマランチ会長ですわ😂

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しんちゃん

中村館 (2026/01/01 訪問)

中村館は神奈川県中郡二宮町にある丘の上にある城跡です。密嚴院が跡地とされますが「城めぐり」のリア攻めポイントは東の丘陵の頂部あたりを指していますね。複数の郭があったようで周囲の見晴らしは良いと思います。
残念ながらポイントの周囲に宅地がありリア攻めは出来ませんでした。まだ本調子でないとはいえ、この程度の坂は問題ないのですが、周囲から見れば明らかに「普請もの」です。ここはリア攻めムリっす・・せめてもう少し範囲が広ければ。
中村氏の城館跡とされますが遺構の状態を含めて詳細はよくわかりません。

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いんげん丸虫

桜山城 長野県飯田市 (2025/12/29 訪問)

比高約100mの山城です。麓に遊歩道がある
のですが城郭の案内はなかったかな。
明確な道、看板はありませんが、藪漕ぎをする
こともないです。主郭が細長い三日月型になって
るのが特徴的です。楕円形に土塁が残ってます。
段曲輪が続き麓には広い平坦地があり、天然の
巨大土塁で防御してます。

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送りバント

20030927岩国城(山口県岩国市) (2003/09/27 訪問)

錦帯橋から見上げる天守、天守から見下ろす錦帯橋と錦川、どちらも絵になる

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20180131櫛崎城(山口県下関市) (2018/01/31 訪問)

北麓の城址碑付近に立派な石垣が残っている

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20190430ヲシャマンベ陣屋(北海道山越郡長万部町) (2019/04/30 訪問)

平成最後の日に訪問。飯生神社裏手に明確に残る土塁と空堀は見事の一言

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20190429五稜郭(北海道函館市) (2019/04/29 訪問)

GWで激混みの中、40分待って登った五稜郭タワーから満開の桜が取り囲む全景と青空を楽しむ。花見客で賑わう中見た石垣と水堀と桜のコラボも素晴らしかった

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