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翡翠

津山城② (2026/02/21 訪問)

復元された備中櫓とても綺麗で豪華でした。2階に上がる所の途中が畳が敷かれていました。本当は、この後岡山城にスタンプだけ押しに行く予定だったのですが、鳥取城がハード過ぎて次回になりました。

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翡翠

初津山城です① (2026/02/21 訪問)

鳥取城から津山城まで下の道で行きました。すぐ近くの駐車場から歩いてすぐでした。桜が咲いていたら綺麗だったと思います。

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翡翠

鳥取城② (2026/02/21 訪問)

風邪が治ったばかりで、体力がこんなに落ちてしまってる事にショックでしたが、天守台までは何とか登りきる事が出来ましたが、5合目くらいから登れるか不安になるくらい登山のような感じでした。足がフラフラでした。昔の人はこの険しい道を良く登れたと、凄いなぁと思いました。天守台から見た景色も綺麗でした。鳥取砂丘も見れました。下山も下りだから大丈夫と思ったのですが、甘かったです。下りてからは、登石垣やお左近の手水鉢なども見れました。

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翡翠

初鳥取城に① (2026/02/21 訪問)

鳥取県には何回か行った事はあるのですが、鳥取城には今回初めて行きました。夜21時くらいに家を出て少し仮眠を取って朝6時くらいには、駐車場に、まだ雪の山が駐車場に残ってました。擬宝珠橋を通って中ノ御門を通って中に入りました。天球丸も見れました。

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アネ

足元注意 (2026/02/21 訪問)

杖が用意されてると聞き、覚悟はしてましたが聞きしに勝る山城っぷりです。
歴史民族博物館は道路から少し引っ込んだところに建っているので、並びのパチンコ屋さんの屋上の大きな王様のオブジェを目印にするといいと思います。

館内の案内所で「あの〜熊は?」「ウチにはまだ出てませんね。猿掛城の方には、木に爪痕があったそうですけど」というやりとり。
マジかー!あっちはやめとこ。スタンプも押せたことだし、ここは「君子危うきに近寄らず」です。
(はい、ビビりです。熊やスズメバチ、マムシ、怖い。藪蚊や山蛭、大嫌いです)

着いた時刻が遅かったのもあって、途中で登頂は断念しましたが、お墓参りはしてきましたよ。
トイレは麓にしかないし、途中寂しいところもあるので、女性の単独行は避けた方がいいでしょう。
アスファルト舗装、泥道、苔道、石畳、コンクリート舗装と目まぐるしく路面が変わるので、気が抜けません。しかも、先週の雪溶け水で、土が泥と化しており……多分、年間通して、トレッキングポール&シューズが必須かと。熊鈴もあれば安心かな。
そこここにガイドマップを用意したポストがあるので、ピックアップし忘れてもあまり心配要りません。
この後清神社(出雲大社のように房が付いているタイプの注連縄でした)にも参拝しましたが、こちらも雪が残ってました。

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T-Shionoya

岡崎城をじっくり再訪問 (2025/11/17 訪問)

初訪問は2003年。それから20年を経て岡崎市に在住となり、部分的には何度か訪れている岡崎城。
昨年11月に改めて、エリア一帯をじっくり巡ってみました。

初訪問の時はまだ復元前であった東曲輪の東隅櫓は、今回初めて内部まで見学。
最近発掘調査が行われたという南切通しと坂谷門跡は、地味ながら貴重な脇役遺構。嘗てその坂谷門に設置されていた丸馬出は、今は伊賀川の堤防の下でしょうか。

南方に飛び出た台地の突端を本丸とする城で、個人的には北側に施された防御システムが最大の見どころ。持仏堂曲輪は二の丸側へ突出部を持ち、深い堀に架かる土橋には両サイドから集中砲火が可能。更に清海堀を挟んで本丸から横矢が掛かる長い通路も、防御性を強く感じるポイント。

公園内には現存する建物がないものの、市内や近隣地域には移築門などが散在。
今はそれらを順次訪問中の岡崎城です。

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とってぃ

2026長野1泊2日旅その4 (2026/02/22 訪問)

堀に沿って外側を一周。
暖かい日でしたが、堀の水の大部分が凍ってました。

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とってぃ

2026長野1泊2日旅その3 (2026/02/22 訪問)

子供は動物園を、わたしは穴城を楽しみました。

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ダイエティシャン

月山富田城 (2026/02/21 訪問)

久しぶりに行きました。天然の要塞です。一部残雪(写真②)がありましたが、道路にはありませんでした。

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チェブ

城びと未登録のお城攻め「小谷城」。 (2026/02/21 訪問)

まずは、脱線注意報が出ておりますのでご注意下さい。

こちらは浅井三姉妹とも、お市の方とも関係のない「小谷城」。
『こや』と読みます。「忍城」の支城のようです。
成田氏の家臣、小宮氏が築いたようですが不明です。

「忍城」や「石田堤」から荒川方面へ。下流に向かった所に「小谷城」はあります。

*この日は「忍城」や「石田堤」にはお邪魔してません。近くの『道の駅 めぬま』で休憩中に近くのお城を探していてヒットしたのが「小谷城」でした。

『宝勝寺』辺りが「小谷城」のようです。
遺構や石碑はありません。
『宝勝寺』の由緒が刻まれた石碑の中に「小谷城」がありました。
荒川の堤防に「小谷城」の説明板があるようなので、向かいます。、、、見当たりません。
こんな所、と写真を写したら小さい車と私の影が。
子供の頃、影で遊んだなぁーとノスタルジック。

この日のラストが「小谷城」でした。
群馬県の、城びと未登録のお城攻めをした帰りに「小谷城」で締めくくりました。
前回投稿した『足利兄弟』を読み終わり、足利兄弟の地へ行こうとも思いましたが、足利兄弟と仲違いした新田 義貞さんの地、群馬県へ。
トクさん、橘兄弟の投稿ありがとうございました。とても面白く拝読させていただきました。
こちらの足利兄弟は、悲しい結果に終わります。これからもお互い、いろんな先人たちの足跡を辿りましょうね。

朝田 辰兵衛さん、北関東で始動予定と投稿があり、嬉しく思いました。原因不明では、何をどう気を付けるのか難しいですが、とにかく、嬉しいです。
で、北関東かー、じゃあ群馬県。と乗っかってみました。
*「小谷城」は埼玉県の鴻巣市小谷にあります。

浅井三姉妹が暮らした「小谷城」より無名ですが、攻め方はドラマチックだった「小谷城」攻めでした。

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カズサン

白梅紅梅を求めて (2026/02/16 訪問)

 確定申告初日浜松駅南の税務署に提出後、ここまで出て来たならと初日の出以来1ヶ月振りに寄ってみました。車は専用駐車場、ホテルコンコルド浜松南側に在り90分は無料です。
 この時期なら日本庭園の白梅紅梅が咲いてるだろうと日本庭園を目指す。が本丸北側の土塁石垣城塁の東先端が草刈、樹木伐採だしてありよく観察できる、下より撮影。本丸北側崖の鬱蒼とした樹木伐採が少し進んで居た、慰霊碑側の門より進入、日本庭園の池は工事中で水が抜いてある、庭園北の通りに梅が植栽されて居て通り両f側に白梅紅梅が花を咲かせてる数は少なく10本程度、天守曲輪の稲荷神社にも白梅が咲いていました。
 天守閣には登らず眺めるだけですが、冬の青空に映えて石垣天守も美しい、地元の園児さんが7,8人保母さんに連れられてお城見学、遠足姿が可愛いし、ほっこっりしてしまいます、園児の頃からお城愛が芽生えて城好きに成って欲しいものです。
 ぐるっと天守曲輪を廻って富士見櫓跡、北の城坂を降りて運動広場の日の丸越しに天守を仰ぎ見て終了としました。
 冬の青空の元1時間程でしたが心ウキウキスッキリ、駐車料金は無料時間内の探訪でした。
 

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けーびー

田丸城址看板 (2026/02/21 訪問)

田丸城の駐車場横にある看板

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城下町周辺散歩 (2026/02/21 訪問)

 久しぶりに岩村藩主邸跡に建てられている岩村城歴史資料館へ立ち寄りました。毎年来ているのでスルーしていたのですが、今回は入館し展示物を拝見しました。その後、移築門、大将陣を経由して城下町を散策しています。連休初日で、多くの観光客が岩村の街を楽しんでいました。

移築門
 妙法寺の境内には、秋山虎繁とおつやの方を供養する「まくら冢」が残っています。妙法寺の山門は岩村城の二の丸赤時門を移築したものです。

大将陣
 織田信忠が岩村城を攻めたときに本陣を置いた場所です。現在は大将陣公園となっていました。階段状の削平地があり陣城を思わせる雰囲気はありますが、戦時中は監視所があったり、その後公園として整備され改変されていると思われどこまで当時の地形が残っているのかわかりません。
また岩村城落城後、敵将秋山虎繁とその妻で織田信長叔母にあたるおつやの方が磔になった場所とも伝えられ秋山虎繁、おつやの方等を葬った塚が大将陣の中央付近にあり大将塚といわれています。ただ秋山虎繁らは岐阜城近くの長良川で逆さ磔にされたという説が有力のようです。

 城下町では「あまから」岩村店さんで五平餅をいただきました。胡麻と くるみ で できた醤油ベースの たれが美味しい。

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アネ

広島での2日分の食事 (2026/02/21 訪問)

初日はイタリアンのランチ。ボリュームたっぷりでした。安納芋のスープ、前菜盛り合わせ、ピッツァビスマルク、デザートとドリンク。
お城見学の後、チェックインしたら、部屋で昼寝のつもりが、夜まで眠ってしまい、ホテルではラウンジくらいしか食事できるところがありませんでした。
ステーキと夜景を味わいつつ、モスコミュールで晩御飯。
朝は苺ラッシーとりんごとさつまいものスープから始まって、しっかりいただきました。クロワッサンがサクサクでした。
部屋からは見えない原爆ドームですが、ラウンジからはすぐそばに見えました。
チェックアウトが12時なので、朝食の後、部屋で一息入れてから出発できるのがありがたいですね。

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青空の下で (2026/02/21 訪問)

 江戸諸藩の城の中でも最も高い所(標高717m)に築かれ、天嶮の地形を巧みに利用した要害堅固な山城です。山城ですが、城内には17箇所もの井戸がありました。八幡曲輪にある霧ヶ井は、敵が攻めてきた際、城内秘蔵の大蛇の骨をこの井戸に投じると、たちまちにして雲霧が湧き出て城を覆い尽くし城を守ったと伝えられています。いつもように二の丸も散策しました。以前来た時は草、倒木等により歩きにくかった記憶があるのですが、今回は倒木は少しありましたが草はある程度処理されていて歩きやすくなっていました。二ノ丸にある方形の池に囲まれた弁財天が祀られていた所も以前よりは見やすくなっていました。逆に火薬庫趾へ行く道は本丸東側からの道も下方からの道も藪化が進んでいて侵入に難渋しそうで、今回は断念しています。
 この日は天候に恵まれ楽しく散策できました。

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今年も行って来ました (2026/02/21 訪問)

1年ぶりの登城です。
天正3年、織田信忠が岩村城を攻めたときの陣城の一つと伝わる水晶山へ登ろうと思い登山口まで行きましたが、岩村城からのルートは登山口に「倒木危険!水晶山歩道 進入禁止」の表示がありました。気を取り直していつものように石垣等を鑑賞しながら岩村城を散策しました。

雑談 
 ところで、恵那市のB級グルメとしてえなハヤシがあります。ハヤシライスの語源は諸説ありますが、ハッシュドビーフ ウィズ ライスが訛ってハヤシライスとなった説が有力のようです。別に早矢仕有的説という説もあります。岩村藩の藩医も務めていた丸善の創業者でもある早矢仕有的が、患者や職員の栄養を考えて滋養に富む料理として考案した牛肉、野菜のごった煮をご飯にかけて食べる料理、ハヤシ先生のライスがハヤシライスの語源となったという説です。恵那市(岩村は現在恵那市)ゆかりの人ということでえなハヤシが生まれました。えなハヤシの条件としては
恵那山ろく寒天育ちの三浦豚
恵那市特産の寒天
地元の古代米を使った薬膳御飯
を使うとのことのようです。
今回は岩村城から近いエスポワールさんでいただきました。


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イオ

とことん名古屋城(御深井大堀) (2025/07/13 訪問)

(続き)

名古屋城から御深井大堀と呼ばれる外堀(水堀)を隔てた北側には、湿地帯を活用した下御深井庭園が整備され、薬草園もあったようですが、明治に陸軍の練兵場に改変され、現在は名城公園になっています。

庭園の一角に設けられた御深井焼窯跡の説明板があるようなので行ってみましたが見当たらず、代わりに大相撲力士ののぼり旗が立ち並んだどでかいアリーナが目に飛び込んできました。そういえば大相撲名古屋場所が二之丸の愛知県体育館から新会場に移ると聞いていましたが、これがそのIGアリーナなんですね。しかもこの日は名古屋場所初日、ということはIGアリーナのこけら落としの日じゃないですか! 窯跡の説明板は地下鉄・名城公園駅出口の工事に伴って撤去されたようですが、これはこれで得がたい偶然でした。

さて、名城公園の南辺まで戻って御深井大堀をたどります。大堀越しに二之丸の石垣を眺めつつ西に向かうと、搦手馬出に大規模に足場を組んで石垣の修復工事が行われていました。御深井大堀越しにはところどころ大天守が姿を覗かせますが、Googleマップで天守閣フォトスポットとされている地点からは夏場は樹木の葉で隠れてしまい、御深井丸側からのほうがよく見えました。そして御深井丸の北西隅には西北隅櫓! 堀越しにナゴヤキャッスル(ホテル)と並んだ姿を見ても全くひけを取らないこの存在感。次の機会には特別公開でぜひ櫓内にも入ってみたいものです。

鯱瓦のオブジェがある樋ノ口街園で南に折れ、御深井丸から西之丸の月見櫓跡を眺めつつ進んで行くと石造の辰之口水道大樋があり、ここで水堀の水位を調整(超過した水を堀川に放流)していたようです。そして堀越しに西之丸南西隅の未申櫓跡を眺めたところで、名古屋城をひとめぐり。

一日かけてとことん名古屋城をめぐりましたが、期待に違わぬさすがの名城でした。本丸のみならず二之丸も三之丸も空堀は深く幅広く、天守台石垣は高く積まれ、そして何よりも本丸御殿の規格外の絢爛豪華さ。これでまだ完成形じゃないってどんなだよ…。現存3櫓内にもまだ入ってませんし、天守の木造復元だけでなく二之丸の体育館跡の整備計画もあるようですし、これからもまだまだ名古屋城の楽しみが尽きることはなさそうです。
 

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todo94

北近江長浜大河ドラマ館推参翌日・献血前の攻城① (2026/02/15 訪問)

2月15日は今まで一度も献血をしたことのない日ですので、この日の献血予定は外すことができません。日曜日しか献血することのできない滋賀県赤十字血液センターの予約が取れたのはラッキーでした。献血前の攻城は、2025年に降雨のため見送った甲賀の国史跡物件としました。ホテルの朝食をいただいてからまず向かったのは、竹中城。住宅地と畑の境にある単なる竹藪かと思いきや、かなり立派な土塁と空堀で囲まれた方形居館でした。「甲賀郡中惣遺跡群」のひとつとして国の史跡にも指定されています。空堀には倒竹も見られましたが、郭内は、竹が伐採されていて見学しやすい状態に整えられていました。

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HKISD

杉山城跡散策 (2026/02/14 訪問)

菅谷館から自転車で15分杉山城へ。入り口が分からず迷って人に尋ねました。
入口が分かって登っていくと高低差がなんとも言えない見事な山城でした。
スタンプは地元の役場迄いきました。

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HKISD

菅谷館散策 (2026/02/14 訪問)

武蔵嵐山駅から自転車を借りて5分ほどで到着
資料館の後、散策へ。(もう少し菅谷館の歴史ビデオ見たかった。)
とても歩きやすい場所でした。

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