黒野城は、1595(文禄4)年、加藤貞泰によって築かれました。
貞泰の父、加藤光泰は、豊臣秀吉に仕えて甲斐国24万石を領してましたが、1593(文禄2)年朝鮮の役で急死し、貞泰が家督を継ぎました。
貞泰は幼少のため、美濃国黒野4万石へ減封となってしまいました。
貞泰は城下町を整備しましたが、1610(慶長15)年伯耆米子藩6万石の藩主となり、さらに、1617(元和3)年伊予大洲藩に6万石で移封され、黒野城はわずか16年で廃城となりました。
本丸跡が公園として整備されています。
公園に駐車場はありませんが、隣接する平成医療短期大学の駐車場を土・日・祝日に限り使用することが出来ます。
本丸の周囲に土塁があり、その外側に内堀が残っています。
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