米子駅でレンタカーを借り、そこから車で20分くらいで、山頂入口(35.337069、133.326418)付近に着きました。
築城年代は不明のようですが、『山名系図』によれば古くは山名満幸が法勝寺周辺を知行していたという事から、山名氏による築城と考えられています。
1564年(永録7年)毛利氏によって修復されると、吉川元春に従属していた備中国の有力国人・三村家親が城主となりました。
三村家親は八橋城を攻略するなど活躍しました。
関ヶ原合戦後、伯耆一国の領主として中村一忠が入封すると廃城となりました。
また、毛利遠江守本紹が城主のときに山中鹿之介に攻められ、本紹は19歳の若さで自刃したという悲話が伝えられており、登城口にある城址碑の脇に本昭の墓があります。
現在城址は「法勝寺公園」として整備されており、土塁や空堀などの遺構が確認できました。
攻城時間は20分くらいでした。次の攻城先=鏡山城に向かいました。
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