本当に、長い階段を上がっていくのは大変だった。
そしてそれ以降しばらくは右膝が痛みが続いた。
下から秀吉の館、前田利家の館など
名だたる武将の館が連なっていて、それだけでもワクワクした。
景観は思ったほど良くなかったが、幻となったしまった安土城を見れないのは残念である。
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2026/05/30 02:52
2026/05/30 01:49
2026/05/29 23:51
2026/05/29 23:14
2026/05/29 22:49
地震の爪痕の石垣 (2025/10/29 訪問)
街のど真ん中にあり、敷地内には県庁と県警があった。
石垣が地震で崩れかけていた。
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2026/05/29 20:39
津幡城 (2026/05/09 訪問)
【津幡城】
<駐車場他>城跡碑の前が駐車場になっている。
<交通手段>車
<感想>1泊2日富山ちょこ城巡り1000㎞旅6城目。お城の詳細は添付写真の現地説明板をご覧ください。
運動場を含めた一帯が微高地になっていて、全体が城跡だったように思います。丘の端っこに城跡碑があり土塁跡のようにも感じました。道の駅 倶利伽羅源平の里に御城印売ってます。
<満足度>◆◇◇
<周辺観光ならず>千里浜なぎさドライブウェイ一度は行ってみたかったのですが閉鎖中でした。添付写真は少し南の高松浜より撮影
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2026/05/29 09:43
5月は秋田県! (2026/05/23 訪問)
今や私のライフワークとなった「(続)日本100名城」巡りですが、今月は秋田県の3城を踏破してきました。
1日目は続日本100名城「史跡 脇本城」に行ってきました。
脇本城は安藤愛季(ちかすえ)が本拠とした山城の一つで、日本海に突き出した男鹿半島の丘陵地を利用した大規模な山城で、いわゆる「土づくりの城」です。
今回は、クマ出没情報の多さに怖くなって、Amazonでベストセラーになっている「超強力 熊撃退スプレー」を購入しました(・_・;)
それでも心配で脇本城のボランティアガイド(熊のでそうな場所を知ってると思い)を申し込んだ臆病な私です
今回も投稿した写真に沿って簡単に説明していきますね。
「続きを読む」と「すべての写真を見る」の両方を開いてもらえば、写真を見ながら説明を読めるので便利ですよ~
PCだったら画面分割して説明と写真を並べて見較べるとさらに見やすいです!
① 最初は恒例の御城印(通常版)から始まります。右上に「史跡、続日本百名城」と書かれ、中央に扇子が描かれていますが由来は不明です。脇本城入口から坂道を登ると右手に「菅原神社」へ通じる道があるので曲がって進むと社殿が見えてきました。二礼二拍一礼の後、殿内に入ると左の台の上にお守りや御朱印などと一緒に御城印が並んでいました。中には誰もおらず「代金は賽銭箱へ」と書いてありました。こういう形の購入方法は初めてだったのでちょっと緊張しつつ御城印を入手(最後の一枚だった!) 300円でしたが熊に出会わないようにと願いを込めて500円玉を賽銭箱に投入しました。
② 続日本100名城のスタンプのデザインになっている 主郭から見た内館の全景です。浪岡城で一番代表的な景色と言えるでしょう。
③ 駐車場から坂を登って道沿いの左側にある脇本城跡案内所を過ぎて少し登るといよいよ入口です。「史跡 脇本城」の幟(のぼり)が迎えてくれて、いざ、出陣という気分になるのですが、どうにも「クマ出没注意」の注意看板の方が気になる小心者です。
④ 訪れた日は快晴で絶好の城巡り日和でした。南の曲輪を歩いているとガイドさんに「今日は鳥海山が良く見えそうだね」言われ、ワクワクしながら日本海に面すの南の曲輪に行ってみると息を呑むような美しさで、さすが日本百名山に選ばれ、別名出羽富士とも呼ばれる標高2236mの鳥海山の姿がどーんと構える単独峰の魅力にしびれました~(活火山だそうですね)
⑤ ガイドさんからは城(館)跡だと教えていただきました。山の自然の地形を上手に生かした、これぞ「山城」と言った感じで、お気に入りの写真です。
⑥ 東方面に、とても大きな曲輪がありました。青空と不思議な雲が見事なコントラストを織りなして、これまた私のお気に入りです。
⑦ 内館の入口です。左側に屋敷があったそうです。いかにも山城という地形の妙が魅力ですね。
⑧ 内館エリアに入ると高低差が最大6mあるという大土塁が見えてきました。こうして説明を聞きながら眺めると、かつて山城であったことがよく分かる地形です。
⑨ 西館から見下ろすと美しい海辺が続いていました。ガイドさんに聞くと「日本渚100選」にも選ばれている「鵜ノ崎海岸」に続く海岸線だそうです。正面に見えるのは寒風山と言って、こちらも火山で「男鹿三山」の一つに数えられるとのことでした。
⑩ 最後は、脇本城の「続日本100名城スタンプ」です。見較べてみると②の写真の風景と同じデザインですね。なお、名城スタンプは③の説明文中のプレハブの脇本城跡管理事務所で押せます。24時間開いてるそうですが、夜は絶対に行かないことをお勧めします(((( ;゚д゚))))アワワワワ熊? 事務所は2坪ほどの簡易プレハブタイプ(無人)で、中ではバインダーに挟まれた入場者名簿に記名してから山城に向かってください。また、熊鈴が置いてあり無料で借りることが出来ます。帰りに元に戻しておけば良いそうです。やはりガイドさんも熊鈴を付けていました。散策中、2人の熊鈴のリズム良い澄んだ綺麗な音に癒され、不安や恐怖心を感じなくて済みました。幸い今回用意した熊撃退スプレーを使う場面はありませんでしたが、6月の宮城県、7月の山形県の際も携帯して行こうと思っています。
そんなわけで、熊遭遇率が一番心配だった脇本城を終えホッとしました。
ところが、秋田市のホテルに戻ると親切なフロントの女性が「秋田の駅前にも頻繁に出没していますし、去年のクマによる死者は全国で秋田県が1位だったそうです。翌日の2城訪問の際も撃退スプレーの携行を強く薦めるので持って行きました(2日目は秋田市内なので不要かな?と思っていました)
朝食プランで予約したのですが、バドミントンの中学生(高校生?)の大会があるらしく、客室が5階にある私は下りるエレベーターが来るたびにドアが開くと学生がビッシリ。一人ぐらい乗れるかな?と足を踏み入れるとブゥーーという恥ずかしいブザーが響き渡りました。
そんなことを3回続けているうちに、これは無理だと思い階段で降りることにしました。ところが、どこを探しても階段が見つからない!(´゚д゚`)
フロントに電話してみると外の非常階段以外に階段がないそうで(マジかぁっ!( ̄□ ̄;))、諦めて30分ほど部屋で待機してから朝食に向かいました。
エレベーターは無事乗れましたが朝食会場に着いてみたら大量の学生が入れずズラリと並んでいるではありませんか!
そんなわけで泣く泣く朝食を諦めてチェックアウトしました(涙)
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2026/05/29 07:01
大河ドラマ館に赴く前・奈良ドライブでの攻城⑤ (2026/04/18 訪問)
とある煩悩の登城目録さんの投稿で、間違って別の貝吹山城のところに投稿してしまったことに気が付きました。改めて投稿しなおします。
宇陀松山城からの転戦です。麓に余楽カンジョ古墳があります。きれいな竹林の葉が黄色く色づいていました。そのうち、一斉に枯れてしまうのでしょうか。大量の笹の枯葉が登城路に積もっていました。竹林の先の登城路には倒木なんかもあって主郭周りもちょっと草が伸びてきている状態でしたが、とりあえず、この時期に登城しても問題はなさそうな城でした。
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2026/05/29 06:40
にのまるさんクイズ
にのまるさん、メッセージとクイズありがとうございます😊
関八州の1都5県から久しぶり、7県目となりました。
城びとの皆さんのレポートが励みになっていますので引き続きよろしくお願いします🙇
さて、クイズの回答ですが湯村山城かと。
「最近」復元されたのですね、狼煙台。
私が行った時にはなかったし。
再訪のモチベーションになりそうです😌
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2026/05/28 22:27
道路で十字に切られても (2025/07/26 訪問)
所沢市内を通る県道のその名もずばり山口城跡前交差点が山口城の中心という。道路で十字に切られた城域は商業施設等に占領されたが保存運動のおかげで土塁の一部が残されたとか。武蔵七党の流れを汲む山口氏の居館なのだそう。
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2026/05/28 21:50
平成十八年訪問記 後編 (2006/09/13 訪問)
(当時の日記より)
青葉城資料展示館へ…政宗ゆかりの武具に茶碗・刀、そして仙台城の復元ジオラマ…そしてそして…仙台城の本丸と城下町を再現したCG映像…さらには10分間のミニ上映まであった
「青葉城」とは仙台城の別名で、見聞館の最新技術を駆使したレンズにCG画像…そして政宗とその家臣が出演して城内を案内するという映像資料が魅力
見学する中で「もし自分が博物館に勤められたらこういった技術を用いて展示を進めていかねばな…🤔」と思った
実を言うと城の展示はたいてい…鎧・刀・茶碗・ジオラマ🗡️🍚…と決まったパターンなのでウンザリもしていた(まあでも一応入館したわけではあるが)
でもここを見ていて何となく…「学ばねばいけないこと」に気づいたのだ…そういう点でここの資料館は進んでいたし感心させられた✨
最新技術に子供にも興味を持ってもらえる展示(クイズやイベントのお知らせもあった)…わかりやすさにおいてもここの資料館は要素があったように思う
前編後編ともに添付画像は直近(令和八年)の訪問にて撮影したもの…あと日記文にあるように当時は博物館への就職を漠然と目指してはいたが…
大学の専攻分野と求人の求める人材が合わない…ダメ元で受験したけど適性検査(つまり一次試験)で落ちてしまった…という経緯が(平成十八年から令和八年までの間に)あり…挫折してしまいました🍂
現在はもう目指してません…プロ入りを目指してたけどドラフトにかかる事なく諦めてしまった野球部員のようなシチュエーションかな?😂
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2026/05/28 19:13
井波城 (2026/05/09 訪問)
【井波城】
<駐車場他>駐車場はなし。道の駅井波木彫りの里に停めて徒歩7分
<交通手段>車
<感想>1泊2日富山ちょこ城巡り1000㎞旅5城目。井波城の前身は1390年頃に創建された本願寺派の瑞泉寺で石黒氏や上杉氏と争い一向一揆の勢力拠点として影響力を強めます。信長麾下の佐々成政によって落城します。落城後佐々成政の配下である前野勝長がこの城を改修して井波城としたそうです。
痛恨の南側にある本丸跡を見落とし、二の丸部分の神社をみてのみとなってしまいました。あとで気づいて失敗。私もまだまだだなあ。
<満足度>◆◇◇
<湧水>近くの「瓜裂清水」は日本百名水です。キリッとした感じがします。
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2026/05/28 17:44
城址公園編 桜と城は堪らんね~!! (2026/04/09 訪問)
城下町を散策し、城址公園へ移動。
4月初旬 桜のベストシーズンということで、早朝ですが撮影に来られている方も結構いらっしゃいました。
本丸と二の丸の一部が公園になっており、本丸表門は現存。二の丸隅櫓は、元々は二の丸にあった櫓を、本丸の鉄砲櫓台に移築したもので、こちらも現存の建築物です。そして、三階櫓と辰巳櫓が木造復元されています。自衛隊の駐屯地ということで見学できるスペースが制限されていますが、見どころ盛りだくさんです。
まず土橋門跡から入城。土橋門は帯曲輪への虎口で、土塁が良好に残っています。門跡には、石垣も残っていました。
皆さんの投稿でも触れられていますが、土橋門の復元整備が実施されるようです。2年後の令和10年度までに土橋門の復元や周辺の整備の完了予定とのことです。虎口部分は、まだ工事が始まっていませんでしたが、土塁の南側エリアは工事が行われていました。完成すると雰囲気がさらによくなりそうで楽しみです。
本丸の開城は9時からでしたので、開城まで堀端をじっくり散策しました。堀端と石垣上に植えられた桜は満開で、絶景となっていました。城と桜の相性は格別ですね!!三階櫓そばの堀では、花筏を楽しむことができました。
開城後、本丸表門下の受付で100名城スタンプを押印し、パンフレットもいただきました。表門、旧二の丸隅櫓、辰巳櫓は無料で内部を見学することができます。表門と辰巳櫓では展示も行われていて、三階櫓の模型や三階櫓の説明なども充実していました。辰巳櫓のそばには、石垣の内部構造を展示するブースもありました。地味ではありますが、こういう展示に私は弱いですね。
満足度が非常に高かったですが、今後は土橋門の復元も進んでいくということですので、機会をみつけてまた訪れたいと思います。
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2026/05/28 17:32
城下散策編&おまけ (2025/04/09 訪問)
村上駅から羽越本線で南下し、新潟でゆったりしてから、今回の旅の大トリとして、新発田城に向かいました。
JR白新線・羽越本線 新発田駅から城址公園までは徒歩20分です。
朝イチで向かったので、本丸の開城まで、城下町も散策してきました。
① 足軽長屋
新発田駅から徒歩9分ほどで到着。新発田藩の下級武士が住んでいた長屋で、国の重要文化財になっています。昭和まで実際に住居として使用されていたようです。
早朝だったので、外観のみ見学させていただきました。
② 福勝寺・新発田重家像
足軽長屋から北に進むと、寺町というエリアがあります。その名の通り、お寺が集中している場所です。そのなかの福勝寺には、山門前に新発田重家の銅像が設置されていました。新発田城を拠点に上杉景勝に対して乱を起こしたことで知られる人物で、境内に墓所もあるようです。
③ 大手中の門跡
寺町から北に15分ほど進むと、大手中の門跡に至ります。三の丸から二の丸の入る虎口だった場所で櫓門が置かれていました。
現在はアイネスしばたの駐車場になっていて、遺構は残っていませんが説明板は設置されていました。
④ 白壁兵舎広報史料館
新発田城三階櫓の隣にある陸上自衛隊が運営している史料館で、無料で見学できます。新発田城は明治の廃城令で、存城処分となり、城は陸軍の所管となりました。新発田城には陸軍の歩兵連隊が置かれ、終戦後の米軍の駐留などを経て、今も一部は陸上自衛隊の駐屯地となっています。白壁兵舎は、明治に建てられた兵舎で、国内で現存する最古の兵舎となっているようです。兵舎の部材の一部には、解体された新発田城の古丸にあった御蔵屋敷の資材が用いられているようです。
館内では、新発田城のジオラマや歴史の展示、新発田城に配置された陸軍部隊の歴史、陸上自衛隊の展示が行われています。本当に無料で大丈夫ですか?って言いたくなるくらい、展示物が充実しているので、オススメスポットです!!
映画『八甲田山』の撮影でも使われたようで、出演者の皆さんのサインが展示されていました。レジェンド級の方々のサインだったので、感動しました!!
*おまけ
話は逸れますが・・・
新発田に向かう前日、羽越本線の列車で、新発田を一旦スルーして新潟駅に向かい、新潟駅周辺も少し散策してきました。名所の萬代橋を見学し、夕食には、ずっと食べてみたかった新潟のバスセンターのカレーをいただきました。見た目と違って、けっこう辛いカレーだったので、ちょっとびっくりしましたが、たいへん美味でした!!
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2026/05/28 17:17
与楽乾城古墳近くより (2026/05/28 訪問)
越智氏の城で標高は210.3m。山頂には「牛頭天王の塚」と呼ばれる直径約3mの円墳があり、ここが主郭と思われます。貝吹の名はホラ貝を吹き、敵襲を知らせたことに由来するようです。与楽乾城古墳近くに南からの登城口があり、所々標識もあり迷うことなく主郭まで行くことができます。ただ倒竹や前日降った雨で滑りやすくなっていた堆積した落ち葉にやや難渋しました。途中に曲輪と思われる削平地がありました。堀切などはないようです。
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2026/05/28 17:12
越智氏の城 (2026/05/28 訪問)
越智氏の城と伝わっています。U字型の丘陵に囲まれたオヤシキが居館跡で、丘陵の東西および北尾根上には古代の古墳群を利用した曲輪群が展開している縄張りとなっています。居館跡を観た後、東の鉄塔管理用と思われる道を上って行きました。鉄塔までは順調だったのですが、その後西尾根、北尾根に行くつもりが迷ってしまい素盞鳴神社方面へ下山してしまいまた。西尾根、北尾根にはいい堀切があるとの情報もあったので残念です。
帰って来て「奈良中世城郭辞典」(戎光祥出版)を見ると獣害防止用の柵が張り巡らされているため、尾根上を縦走するのは難しく、麓から延びる農作業用の道や鉄塔管理用の道を使って各部分ごとに回る方が安全に見学できると書いてありました。毎回のことですが、予習不足です。
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2026/05/28 16:48
案内板 (2026/05/19 訪問)
禅宗(曹洞宗)のお寺・観音寺となっています
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2026/05/28 09:21
2【秀長の但馬平定をたどる②】竹田城(2/2)絶景です! (2026/05/14 訪問)
秀長の時代は土の城で、このような石垣を築いたのは、秀長の6年後に入った赤松広秀だそうです。広秀はそれから15年間、この竹田城の城主となります。石垣の石もこの地方特有のきれいな石で、広大な石垣群が青い空と緑にとてもよく映えていました。さすが100名城です!
この日は天気がよく、天守台から北千畳や南千畳までの景色や、麓の竹田の街並まで、とてもよく見渡せました。山頂の涼しい風は心地よく、天守台の横にあったベンチに座り、姫路駅で買ったおにぎりを食べながら、気がつくとボーっと30分くらいこの雄大な景色に見とれていました。
秋から春にかけての早朝には霧がかかり天空の城になるので、私も一度はその景色も見てみたいです。桜や紅葉の時期もきれいだろうなと思いました。城主となった秀長も、はたして天空の景色は見たのでしょうか? しかし秀長はゆっくりできなかったようです。この後すぐに家臣の桑山重晴に城代を任せ、但馬守護の流れをくむ山名祐豊と雌雄を決すべく、北但馬へと出陣します。
次は、但馬平定を賭けた戦いの地、有子山城に向かいます。
でもちょっとその前に、豊岡城・出石城にも立ち寄ろうと思います。
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2026/05/28 06:41
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