益田駅のコインロッカーに荷物を預ける予定でしたが、益田駅にコインロッカーがありません。
しかたなく宿泊先のホテルに荷物を預け、益田駅からJR山口線を利用して渡川駅に到着しました。
宿泊先のホテル(ホテルルートイン益田)は駅から結構離れているので、本日攻城後の移動(益田駅➡松江駅)に際して乗換時間の再考が必要になりました。
渡川駅から徒歩15分ちょっとで、渡川城登城入口(34.317635、131.596692)に着きました。
築城年代は定かではないようですが、大内氏によって築かれたと云われています。
1470年(文明2年)応仁の乱で西軍の主力として上洛中であった大内政弘の隙を突いて、東軍方の誘いに応じた大内道頓(教幸)が挙兵しました。
このとき政弘は乱鎮圧のため陶弘護を帰国させ、弘護はこの渡川城で道頓と戦って撃退、道頓は豊前国馬ヶ岳城へ逃れたがここで自害し乱は鎮圧されました。
1557年(弘治3年)津和野三本松城主吉見正頼は、毛利元就と相呼応して山口を挟撃し、この渡川城に立て籠った陶軍の将・野上隠岐守を打ち破り遁走させています。
多重堀切や畝状竪堀群、土塁などが確認できますが、多重堀切や畝状竪堀群は落葉に埋もれてかなり浅くなっています。
北城の城山からJR山口線の線路が見えます。電車が見えていたなら最高の眺望だったのですが。
南城へも行ってみましたが、北城に比べ整備されておらず、下山時に迷子になってしまいました。
攻城時間は45分(迷子時間は含まず)くらいでした。
下山時に迷子になってしまい、計画した電車に間に合わなかったので、当初予定の津和野城攻城を諦め、長門峡に徒歩で行くことにしました。
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