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todo94

年度末山陰の攻城・尼子十砦が守る主城①~城カード入手から花ノ壇まで (2027/03/28 訪問)

出雲三笠山城からの転戦です。城カード販売場所の安来市歴史資料館の開館時刻9:30にあわせて入館しました。城カードを購入し、月山富田城のリーフレットもいただいて、資料館の展示を見学してから月山富田城に繰り出しました。樹木が大々的に伐採されていて昔とは全く異なるフォトジェニックな山城になっています。こんなに素晴らしい城が無料で見学できてしまうなんてとてもありがたいことだと思います。500円が必要な安土城より、私は断然、月山富田城の方が好きです。安土城ばかりでなく小谷城など信長、秀吉といった中央の歴史にかかわる城の方が知名度が高いのは仕方ないですし、中国地方の覇者・毛利氏の居城・吉田郡山城よりもマイナーかもしれないのは敗者・尼子氏の居城ということで仕方ないのかもしれませんが、フォトジェニックな山城という観点では月山富田城は最高レベルにあると思います。竹田城に比肩しうる見栄えの良い山城に変貌していますので、昔訪れたことのある皆さんにも再訪をお薦めしたいです。

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ぴーかるさんの足跡に感激 (2026/04/03 訪問)

 2022年の昌官忠さん迷子事件を受けて、ぴーかるさんが案内した「波着寺跡方向の板がありますので北方向に曲がり150m程直進(途中から土の道の民家の間を通る)すると公衆電話BOXを再有効利用した波着寺記帳所と鳥居がありますのでそこが登山口になります」が助けになりました。写真3が「途中から土の道」なんですね。最初、舗装道を道なりに行き、別の鳥居のところに行ってしまいました。
 登り始めると、つづら折れを貫く竪堀の規模の大きさに驚きつつ、「茄子畑の跡 此の下谷底」と意味深(?)な看板を見て、本堂跡に到着。ぴーかるさんはこの背後を直登されたのですね。直登できないことはないが..と周りを見渡すと、右手にピンクテープを発見。とある煩悩の登城目録さんが行かれた埋もれかけの階段を利用できました。尾根に上ると、主郭までに4本の堀切(主郭下は二重堀切)。主郭を超えて西にも大小6本の堀切を数えて、まだ城域は続いてそうでしたが、ぐっと下がる切岸のところで引き返しました。主郭の南側にも大規模な造作がありました。
 さて、表題の件ですが、公衆電話BOXを再有効利用した波着寺記帳所のノートに記帳したあと、もしかしたら、ぴーかるさんも記帳されているのではと思い、2022年の箇所を開いたところ、「城びと ぴーかる」と記帳されているではありませんか! こんな記帳もあるんだと感激。私は、本名を書いた脇に「城びと あ」と書き足しました。

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小城小次郎

放っておけない真田のお城 (2025/05/18 訪問)

天正年間には岩櫃を守る真田の拠点となり中山城あたりから攻め来る北条勢に備えていた。落とさなければ前に進めぬ絶妙な位置と方向をもって設けられたこの城はまさに放っておけない真田の城だ。放っておいたら勿体ない。

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シャンシャン

岡山・鳥取の城巡り⑤ (2026/03/28 訪問)

ずっと来たかった若桜鬼ヶ城!想像以上に見応え抜群の山城だった!
まずは若桜駅前の観光案内所で城のパンフレットや御城印、城カードをGET。駅周辺も古い町並みが残っており散策していて楽しい。
車で山を登って登城口に移動。
多くの曲輪や立派な石垣が連なっており、本当に見どころが多くて歩いていて楽しい!これまで訪れた中でも個人的に1・2位を争う山城。
天守台からの景色は丹波方面と播磨方面の二街道がはっきりと確認でき、若桜鬼ヶ城が交通の要衝に建てられていたことがわかる。
本当にこんな山の上に立派な石垣を築いたものだと感心する。
ただクマ出没注意の大きな看板もあるため、クマ除け鈴とかクマ対策はした方がいいみたい。
道沿いに数キロ離れたところにある不動院岩屋堂もオススメ。

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シャンシャン

岡山・鳥取の城巡り④ (2026/03/28 訪問)

岡山・鳥取の城巡り2日目。
こちらも模擬天守だけど、山の上に建つ城は雰囲気があっていい感じ。
天守内は博物館になっており、この地域の歴史の展示があって勉強になる。
天守からの景色もすごくいい!

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シャンシャン

岡山・鳥取の城巡り③ (2026/03/27 訪問)

周匝茶臼山城のすぐ近くにある山城の大仙山城(城びと未登録)。
当初、寄る計画はなかったけどグーグルマップで見ると、かなり遺構が残っているとのことだったので寄ってみることに。
結果的に大正解!!
堀切、土塁、曲輪、竪堀、土橋、虎口など多くの遺構が残っている。
高低差が少なく虎ロープで道筋が示してあり進みやすい。また随所に説明看板もありわかりやすい。
近くの長福寺には、岡山県下で最古の木造建築であり国指定史跡の三重塔があり、こちらもオススメ。

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todo94

年度末山陰の攻城・尼子十砦編① (2026/03/28 訪問)

山陰ドライブ2日目はぴーかるさんに倣って尼子十砦にチャレンジです。東出雲のホテルで朝食をとってから朝一番で向かったのは、三笠山城。広瀬中央公園の野球場で少年野球の大会が開催されていたため、駐車場が埋まっていましたが、普段なら駐車場所に難渋することはないでしょう。また、登城口前の道路が工事中でしたので、付近の景観は数年で変貌を遂げるものと思われます。城郭放浪記さんの記述を頼りに出丸経由で主郭を目指しました。ぴーかるさんの投稿にある通り、二股の道の右を登ると堀切に達し、その右手が出丸のようです。ここからは尾根をひたすら登っていきますが、主郭にたどり着くのにさほどの困難はないかと思います。尾根伝いの登城路は帰りに迷う事が多々あって苦手なのですが、ここは、ピンクリボンの目印もあるので迷う心配はそれほどしなくても大丈夫かと思います。主郭付近の遺構より、出丸付近の遺構の方が見栄えが良いと思います。

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小川古城など (2026/04/02 訪問)

 小川城近くにある小川古城も寄ってきました。石碑がありました。現在、愛宕神社がある場所が主郭のようです。背後にはいい感じの堀切がありました。
小川城を東吉野村役場方面には下りずに南へ下山し天誅組吉村寅太郎一行が休んだと伝わる家の前の石舟橋を渡ります。県道220号線に出て少し歩くと城への案内はありませんが、原裕句碑への案内がありここが登城口です。

 東吉野村は尊王攘夷派の志士が決起した天誅組の終焉の地です。関連した史跡がありました。全部は巡ることはできませんでしたが、バスの時間まで散策しました。
 かつては東北地方から九州まで広く分布していたニホンオオカミですが、狂犬病などの家畜伝染病や人為的な駆除、開発などにより減少しました。明治38(1905)年1月に奈良県東吉野村で捕獲された記録を最後に、絶滅したとされています。高見川沿いにはニホンオオカミの等身大ブロンズ像があります。

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小川弘光 (2026/04/02 訪問)

 丹生川上神社神主でもある小川氏が築いたとされる城です。ハルトヤ山(標高約410m)にあり現在は稲荷神社の境内となっています。曲輪、土橋、竪堀などを観ることができます。城址をさらに北へ歩いて行くと少し下った場所に2段になった広い削平地がありました。居館跡にも思えますが、それにしては高い場所にあります。

 近鉄榛原駅からバスにより東吉野村役場バス停で下車。正面の山が城址です。東吉野村役場正面の道を上って行きますが、登城路は整備されて歩きやすい道でした。

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朝田 辰兵衛

京都はんなりポチめぐり⑤ (2026/03/21 訪問)

二条古城の碑とパネルは,京都地下鉄の丸太町駅2番出入口から,約400mの距離です。平安女学院(法人本部・大学本部棟)の北東角にたたずんでおります。
なお,二条城にある石垣は散策しておりません。いずれ機会があれば…と思っております。

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ぴーかる

田辺城 (2026/01/25 訪問)

【田辺城】
<駐車場他>2台分あり。
<交通手段>車

<見所>水門跡
<感想>1泊2日紀伊半島1周、山城攻略旅12城目。駐車場空いているかなあと思いつつ、やって来ましたところ、誰もいなくてさっくりと見学できました。石垣と水門跡の遺構が残っています。遺構消滅地や、ほんの僅かな土塁が残る城跡よりは全然楽しめます。会津川の河原にも行けて少し河原散策もしました。

<満足度>◆◇◇

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たか

いろいろな歴史のあるグスク (2026/03/24 訪問)

沖縄グスク巡り御城印が浦添城も含まれているとのことで攻城を決断。
まずはようどれ館に車を停めて御城印を購入。
せっかくなので入館料を支払い資料を拝見。
以前は琉球の王宮であり首里城に移ったたあとはお墓として機能していたみたいです。

1609年に薩摩からの侵攻で焼き討ちにあい、その後第二次世界大戦で沖縄戦の激戦地になったとのこと。
なんと悲しい歴史を抱えた城址であるのかと胸が詰まる思いです。

じっくりと資料を拝見した後、いざ参らん。
まずは案内板から左に折れて王陵の方へ。

かなり急な下りに用心しながら進むと目の前に広がる石積み。
昔は自然石が屋根のようになっていたという通用穴も戦争の際にトーチカのように利用して爆撃によって消滅したらしい。
そこを抜けると二番庭、中御門をくぐって一番庭に出ます。

戦後に骨材を得るためにほとんど無くなった石積みをここまで修復したこと。
尚家の子孫の方が無償贈与して頂いたこと。
とても感動しました。感謝です。

そこから下の広場に降りてから石積みの雄姿をパチリ。

戻って今度は石積みの上へ。
前田高地と呼ばれた世界大戦の激戦地です。
見晴らしがとても良いのですが胸も痛みます。

その後降りながらワカリジーにも廻り約2時間ほどのじっくり攻城は終了です。

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たか

グスクロード第3段 (2026/03/23 訪問)

糸数城は野面積みと切り石積みとで構成されており琉球独特の曲線美を持った石積みがインパクト大です。
車で登ろうとしましたが途中で進入禁止となっていたため脇に止めて攻城です。

広大な平場に出ると左右に曲線の素晴らしい石積みがドーンと登場!
遠景から写真を撮って思わず感嘆のため息が漏れてしまいます。
そしてよく見ると石積みの上まで仮設階段が伸びている!
これはあとに取っておいて先に城門の方へ進みます。
ここは櫓だったとありました。
ここの切り石積みも美しい。
城門を抜け裏にまわると女性たちの声が…
何やら3人で撮影をしているようで邪魔にならないように何枚か写真を撮って退散です。

そして最後に先程とっておいた仮設階段からの眺め!
さすがに石積みには登れませんでしたがさすがの絶景!
テンションが上がります。

本当に琉球の石積みは美しくて素晴らしい!
これはまた来たくなるお城の1つです。

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たか

グスクロード第2弾 (2026/03/23 訪問)

やってまいりました。
ハート形の城門で有名な玉城グスク。
眼下の琉球ゴルフコースも懐かしい。

ここも切り石積みと野面積みで構成されています。
となりの青少年の家が工事しておりその関係で昔の登山道が変わっていました。
仮設階段を登るとありました有名なハート形の城門。
しかしわたしが撮影したのを見るとハートに見えない。
他の方々の写真が素晴らしい。

かなり高台で琉球ゴルフクラブもよく見渡せます。
城郭内も補修箇所が多々ありますが整備していくようで大事にされているなと思いました。
これは是非とも行かれてください。
とても素敵です。

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たか

グスクロード第1弾 (2026/03/23 訪問)

垣花城に行ってまいりました。
なんでもこの垣花城を含め4kmの沿いに4つの城跡があるとのこと。
ナビに従い進みますがわかりづらいところにありました。
野面積みの石積みが残っており拝所もあります。
一番高い場所に行くと太平洋も見渡すことができます。
しかしながら言い方が悪いかもですが不明な事が多くて少し残念な感じがしました。

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つね

桜まつり (2026/03/26 訪問)

桜まつりと、夏には船が運航しているので川の上からの景色が楽しめます。

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ヒヨッピー

衣笠合戦の舞台になった山城 (2026/03/29 訪問)

衣笠城址バス停から徒歩で向かいましたが、軽い山登りでした。表にお寺があり、階段を上ると郭の跡であろうと思われる平削地にたどりつき、さらに奥に行くと一段上がった郭がありました。

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ヒヨッピー

三浦氏のお城で、その後北条氏へ移り、小田原合戦後廃城 (2026/03/21 訪問)

三浦半島を散策し、三崎城にたどり着きました。
ここは、三浦市役所の裏手にあり、跡地は学校のようです。
説明板と縄張図の看板があります。

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ヒヨッピー

三浦一族滅亡の城 (2026/03/21 訪問)

三浦氏終焉のお城です。
城跡は、東京大学の研究所の敷地内にあるようですが、接道を海の方に行くと説明板があり、そこから堀跡を拝見することが出来ます。
私が一押しの戦国武将である伊勢宗瑞に攻められて、三浦氏は三年の間籠城しましたが、当主の三浦義同は自刃して、息子の義意は奮闘の末討ち死にし、相模三浦氏は滅亡し、相模が宗瑞に平定されました。

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にのまる

みんなちがってみんないい (2026/03/13 訪問)

実家最寄駅から山陰本線に揺られること2時間半で長門市駅下車。
長門市役所に隣接している亀山城ですが、別のお城サイトの口コミから入城は控えた方がよさそうだったので写真を1枚だけ撮らせていただき終了としました。

ここから先は乗り鉄と周辺観光です。
在来線最長を誇る山陰本線からぴろっと出ているわずか1駅、2.2kmの仙崎支線。普段であればこのくらいの距離は歩いてしまいますが、乗り潰しが目的なので乗車します。(そんな感じの方がチラホラと……。)

仙崎到着後、道の駅のセンザキッチンで熱々ラーメン🍜をいただき、金子みすゞ記念館へ向かいました。
復元された金子文英堂、遺品や遺稿が展示された本館棟でみすゞの生涯を辿り、しばしその世界に浸りました。

帰りも仙崎支線で長門市に戻り、仙崎〜美祢線(代行バス)経由〜山陽本線で幡生までの切符を買い直して、一日かけての一筆書き乗車の旅完結。
開かずの踏切ならぬ閉まらずの踏切を通る代行バス。厚狭まで乗り通しは揺れがきつかったですが、通学の高校生など地域の人たちの重要な足となっていることを実感しました。美祢線復活はなさそうで、線路や踏切が今後どうなるのかわかりませんが、沿線の趣のある駅舎は残るといいなと思いました。

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