七尾駅から歩いて訪問。桜の開花を待ちわびる公園…そんな印象
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2026/02/07 14:54
20050404小丸山城(石川県七尾市) (2005/04/04 訪問)
七尾駅から歩いて訪問。桜の開花を待ちわびる公園…そんな印象
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2026/02/07 14:46
20181019金沢城(石川県金沢市) (2018/10/19 訪問)
8ヶ月振りの訪問。色紙短冊積石垣など、以前訪問時に見ていなかった城址南側を中心にのんびり早朝散策
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2026/02/07 14:25
20180211金沢城(石川県金沢市) (2018/02/11 訪問)
団体旅行中に短時間の単独行動。白い雪に映えるカラフルな石垣が見事
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2026/02/07 13:51
とことん佐竹氏とともに (2025/04/13 訪問)
藤原秀郷の流れを汲み佐竹氏より古くから常陸国にいて「太田太夫」を名乗っていた一族が佐竹氏に太田を譲って(取られて)小野崎に移ったのが小野崎氏の始まりだとか。よく最後まで佐竹氏に従ったものだ。
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2026/02/07 12:04
20031108広島城(広島県広島市中区) (2003/11/08 訪問)
夜行バスで早朝到着し、バスセンターから歩いて直行。時間が早すぎて外から眺めるだけとなったが、落ち着いた雰囲気の復元天守が良い感じ
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2026/02/07 07:53
笠間城 (2025/12/28 訪問)
【続百名城82城目】
<駐車場他>千人溜駐車場数十台分あり。
<交通手段>車
<見所>土塁・石垣跡
<感想>1泊2日東関東旅第2弾ラスト3城目。かさま歴史交流館が年末で閉館していたので御城印が買えずスタンプ押印し城跡へ。駐車場から大手門跡⇒主郭⇒主郭西端曲輪と虎口⇒天守台へ。天守台は地震の影響で手前から閉鎖中で残念。⇒主郭土塁上へ⇒北西側の段曲輪群⇒二の丸跡を見落としていたので戻り(二の丸跡は藪化)、主郭虎口も見落としていてヤバイとこだった。⇒正福寺跡を見て終了。大手門跡の石積みと大空堀は見事、また主郭虎口の石積み枡形遺構も良く残っていて見応えありました。天守跡には登れませんでしたが、周辺の石垣は自然石との組み合わせになっていて、ミニ備中松山城のような感じで良かった。
これにて茨城県の百・続百名城制覇。また関東地方も制覇し、残る百・続百名城の北の場所は東北地方から北となりました。走行距離1543㎞無事走破。
<満足度>★★☆
<グルメ>道の駅かさまに寄りました。笠間栗が有名で道の駅のワゴンカー販売のモンブランは盛り塩程度の小ささで、えらく値段が高かったので、店内で別の種類の冷凍したやつを購入し、帰りの高速道で運転疲れの時に自然解凍していたので食べました。
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2026/02/06 13:27
鳥羽山城-7/7 本丸大手枡形大手門跡編 (2025/02/25 訪問)
鳥羽山城-6/7 本丸大手枡形一の門虎口編の続です。
鳥羽山城大手道、大手枡形一の門虎口を経て大手門枡形大手門跡に着きます、春の桜、夏のみどり楓、秋の楓の紅葉と四季折々の見所が有ります、大手門跡は本丸東城塁石垣南端塁台?と本丸南城塁石垣東端塁台?に挟まれた本丸南東エリアが枡形を構築しています、大手門跡は枡形の北に位置し周囲は石垣で構えられて居ます。
鳥羽山城を7編に分けて投稿しました、冬枯れ、草刈り、灌木伐採剪定されていて石垣、土塁、堀切など大変見易く成って居た時期の探訪でした。長々との投稿ご覧頂きありがとうございました。
昨年秋ごろより二俣城、鳥羽山城の景観整備の樹木伐採、選定がされて居ましたが今年1月末には作業が終わって居ますので、少し温かく成った2月末から3月初め頃に二俣城。鳥羽山城を訪れて探訪報告投稿をさせて頂きます。
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2026/02/06 10:51
鳥羽山城-6/7 本丸大手枡形一の門虎口編 (2025/02/25 訪問)
鳥羽山城-5/7 大手道と堀切編の続です。
大手道を本丸東側土塁石垣の城塁に突当り、南へ折れると大手門枡形を構築する一の門虎口に当たります、本丸東城塁石垣の南へ突き出した城塁石垣と南側の石垣塁との間に虎口があり一の門に当たる?のでしょうか、門跡が在ったかどうかは分かりませんが虎口です。
その虎口周りと東の丸Ⅰ、東の丸Ⅱの内部写真も投稿します。
鳥羽山城-7/7 本丸大手枡形大手門跡編に続きます。
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2026/02/06 10:32
鳥羽山城-5/7 大手道と堀切編 (2025/02/25 訪問)
鳥羽山城-4/7 搦手門と西の丸Ⅰ編の続です。
鳥羽山城の大手道は規模は違えど小牧山城の大手道階段、安土城の大手道石段と同じ直線大手道です、掘尾氏が改修した鳥羽山城は掘尾氏が体験した、小牧山城、安土城の影響は受けていたのでしょう。
発掘調査で従来からあった大手道石畳道の幅より広く6mを超えるほどの大手道が発見、同左右の根石部が出土しています、大手道の左右は北側に東の丸Ⅰ、南側に東の丸Ⅱが構えて横矢掛り、大手道奥は本丸東土塁石垣が正面に構えて一つの枡形虎口を構成しています、優雅な中にも厳しい防御構造です。大手道奥に一本の桜が有りましたが老木と成り朽ちて数年前に伐採されてしまいました、そのお陰で大手道を進み本丸東土塁石垣が正面に防御する本来の姿がよく体現できます。
大手道の手前には北側尾根筋東に向かって二本の堀切が残って居ます、更に東には登城道路に成って居る大堀切道?が有り見事なものです、往時に堀切が有り登城道路に利用活用したものなのか?は判りませんが大堀切です。
鳥羽山城-6/7 本丸大手枡形一の門虎口編に続く。
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2026/02/05 22:44
20170821飫肥城(宮崎県日南市) (2017/08/21 訪問)
小雨降る中だったが、城内に広がる緑の苔とマッチしていい感じ。旧本丸に乱立する飫肥杉は圧巻
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2026/02/05 22:30
20220720都於郡城(宮崎県西都市) (2022/07/20 訪問)
あいにく雨天の訪問だったが、それを帳消しにするほど圧倒的で豪快な城址。深く大きな堀、高くそびえ立つ切岸、存在感ある各曲輪の土塁…とにかく素晴らしい
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2026/02/05 22:18
2026/02/05 22:07
冬の特別公開(全小天守特別公開) (2026/02/05 訪問)
冬の特別公開に行って来ました。普段は公開されていない全小天守(東小天守・乾小天守・西小天守)とイ・ロ・ハの渡櫓の6棟が公開されています。西小天守以外は入るのは初めてです。
いろいろと写真は撮ったのですが、人気の城で見学者も多く、内部の見学では撮影すると人が、かなり写りこんでいたため投稿しずらいものもありました。
最近は2月の特別公開の時期には3年続けて登城しています。こういう企画はうれしいですね。
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2026/02/05 19:46
130【関ケ原の26人】(26人目)井伊直政(最終回) (長松院と彦根城博物館)
彦根城そばにある「長松院」を訪れてきました。ここは今では彦根商店街の中心に位置していますが、当時は芹川の三角州だった場所で、直政の遺言により遺体はこの河原で荼毘に伏されたそうです。そしてその地に現在は長松院が建てられています(写真①②③)。
最後に、「彦根城博物館」を訪れました。そして井伊の鎧兜の前に立ち、この赤備えを身につけて駆け回る直政の姿を想像してみました(写真④⑤⑥⑦)。そして天守最上階から佐和山を眺めながら考えてみました(写真⑧)。直政は死の直前、自分の人生をいったいどのように振り返っていたのでしょうか?
家康に15才で仕え、そして武田との戦いから関ケ原まで25年間、常に家康の傍を離れず、家康のために戦い続け、その家康が天下を取ったのを最後に見届ける事ができました。わずか42才の若さでこの世を去る事になろうとも、「我が人生に悔いなし」と、あの佐和山で家康との25年間を思い浮かべながら、息を引き取ったたのではないでしょうか?
家康が生前に語った言葉として、【徳川実記】にはこう書かれているそうです。
幕府を開くにあたっての
一番の功労者は
井伊直政である
私はこの井伊直政に、関ケ原のMVP(最高殊勲武将賞)を贈り、この話を終わらせて頂こうと思います。【関ケ原の26人】全130話、3年間にわたり長々と読んで頂き、大変ありがとうございました。また私の意見を不快に思われた方もいらっしゃるかとも思います。また事実と異なる内容もあるかもしれませんが、そこはあくまで個人的な視点での見解でありますので何卒御容赦願いたいと思います。
【関ケ原の26人:最終結果発表】です。
これもあくまで独断と偏見で決めた結果なのでお許し下さい。
(1人目)小早川秀秋
(2人目)吉川広家
(3人目)福島正則(敢闘賞)
(4人目)織田秀信
(5人目)島左近
(6人目)京極高次(殊勲賞)
(7人目)細川忠興
(8人目)小西行長
(9人目)宇喜多秀家
(10人目)竹中重門
(11人目)鳥居元忠(敢闘賞)
(12人目)田中吉政(好プレー賞)
(13人目)平塚為広
(14人目)池田輝政
(15人目)加藤嘉明
(16人目)黒田長政(殊勲賞)
(17人目)本多忠勝
(18人目)大谷吉継(敢闘賞)
(19人目)藤堂高虎(好プレー賞)
(20人目)山内一豊
(21人目)徳川家康
(22人目)毛利輝元
(23人目)石田三成(敢闘賞)
(24人目)島津義弘(敢闘賞)
(25人目)島津豊久(トク別賞)
(26人目)井伊直政(MVP最高殊勲武将賞)
以上でこのシリーズを終わらせていただきます。
長々と、大変ありがとうございました。
【完】
次は、大友宗麟の生涯をたどる旅へ出かけます。
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2026/02/05 19:45
宇都宮城 (2025/12/27 訪問)
【宇都宮城】
<駐車場他>宇都宮城址公園駐車場無料8台程度あり
<交通手段>車
<見所>土塁・復元櫓
<感想>1泊2日東関東旅第2弾2城目。夕刻に到着して物知り館を見学、物知り館には宇都宮城の出土瓦やらジオラマ等が置いてあります。物知り館からエレベーターで土塁上に出られるそうで、土塁上へ出て富士見櫓・清明台の2つの復元櫓を見学、下へ降りて堀側からを撮影し、清明館にて御城印を購入しました。城跡は本丸の囲み土塁の西側半分が現存していて2つの櫓・土塀・堀が復元されています。残る遺構は少ないが復元建造物に力を入れていて結構楽しめました。
<満足度>◆◆◇
<グルメ>翌日に日光東照宮をプランにしていたので、宿を宇都宮にしてギョーザも勿論目的の1つに入れていました。「正嗣」駒生店が夕刻も空いてそうなので行ったらテイクアウトのみだったので購入し車で食べました。ギョーザのはしご的にそのあと「宇都宮みんみん」ホテルメッツ店で列に並んで店内で食べました。私的には生姜の効いた正嗣の方が好みで美味しかった。
<観光>はじめての日光東照宮。宝物殿も見学すると入場料は高いですが、自分的には3時間たっぷり見学して一見の価値がありました。9時過ぎに到着した時はまだ空いていて、駐車場も入場券入場もスムーズに入れましたが、出る時には入場券購入と駐車場に入るのに大行列でした。やはり朝早くに来てよかった。
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2026/02/05 13:51
雪の城
郡上八幡城に行って来ました
2月なので案の定大雪でしたが
雪が積もり綺麗な天守閣は最高でした
帰りに城下町にある『いがわの小道』と言う鯉が泳いでる
小道に行きました
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2026/02/05 07:34
2026/02/05 07:31
鍛冶山城 岡山県岡山市 (2026/01/12 訪問)
城びと未登録の城です。
この日は毛利氏の境目七城を目指しましたがその前に登城。
宇喜多氏の城で信原氏の居城、毛利氏の宮路山城と対峙しました。
北東側の溜池のほとりに車を置き、そばの坂道を登ります。
10分くらい登ると東側に曲輪があり、さらに登ると主郭部への入口があります。
が、ここからは竹藪、倒竹を踏みながら進みます。
ピンクリボンが頼りになります。
何とか進んでいくと櫓台に、貯水施設の跡のようなものがありました。
さらに南下すると虎口、その下には石垣が残っていました。
西側を見下ろすと曲輪が見えるので下りてみます。
もちろん道はありません😔
曲輪の先端部まで行くと竪堀を見ることができました。
再度主郭部まで戻ります。
南の尾根を進みます。
途中堀切も残り、先端部の曲輪は段になっています。
もちろん帰りも倒竹を踏みながら進むことになります。
主郭部入口から左手の鉄塔が立つところも曲輪跡です。
帰り道、登城路途中の東側の曲輪へ。
出丸と思われます。
ここにも先端部には竪堀、畝状に落ちています。
またさらに登城路を降り、脇を見下ろすとここにも畝状竪堀。
竹藪との格闘に自身が無い方でも良好な遺構を見ることができます☺️
【見どころ】
・登城路となる北側尾根下の畝状竪堀
・東側の出丸先の畝状竪堀
・主郭虎口の石垣
・西側曲輪先端部の竪堀
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2026/02/05 07:11
鳥羽山城-3/7 本丸西側城塁鉢巻石垣と腰巻石垣編 (2025/02/25 訪問)
鳥羽山城-2/7 本丸西側土塁上部と庭園編に続く。
冬枯れ草刈、灌木伐採などの景観整備で鉢巻石垣、腰巻石垣が大変良く観察できる状態に成って居ました。腰巻石垣へは搦手門跡を出て西の丸Ⅰ(元笹曲輪)と本丸西間の切通を抜けて最初の西側城塁への坂道を登り南北に走る犬走りへ、鉢巻石垣が南北に連なっています、犬走りを北から南へ、南側土塁手前から引き返し、西の丸Ⅱへ降りる坂道を西の丸Ⅱへ、西の丸Ⅰから通っる道を南へ行くと本丸西城塁下の通路沿いに南北に腰巻石垣が南北に連なっています。
冬枯れの日、鉢巻石垣、腰巻石垣を大変よく観察できました。
鳥羽山城-4/7 搦手門と西の丸Ⅰ編に続く。
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2026/02/04 23:20
夏の城旅オーラス (2025/08/14 訪問)
東京を発って6日目。18きっぷも使い切ったのでそろそろ帰らなければ🙀
旅の最後に桑名城に行きました。
桑名駅から寺町通り、寺町堀、三崎見附跡、レンガ堀と散策しながら七里の渡し公園に到着。
東海道五十三次唯一の海上路、七里の渡し場の大鳥居は、3週間前に熱田側の渡しに行ったばかりだったのもあり感慨深かったです。(ブラタモリの録画でも予習しました。)
この地のもうひとつのランドマーク、蟠龍櫓。かつて建っていた場所に水門の管理棟として外観が再現されたそうですが、白壁と板張りが真夏の海と空に映えてとてもすてきでした。2階展示室の城絵図や浮世絵もよかったです。
本多忠勝像にご挨拶し、九華公園へ。
キラキラ揺れる水面の傍らにひっそりと、そしてこんもりと残る神戸櫓跡に辰巳櫓跡。
実は桑名城に行く前に神戸城に行く予定でいたのですが、近鉄線が遅延&運休発生中で諦めていたので、天守を移築したと伝わる神戸城の面影を感じることができてうれしかったです。
天守台跡を見学してから創建時の石垣が残る川べりへ繰り出しました。
説明板の横に梯子がありましたが怖かったので断念。対岸の石段は封鎖されて刻印石を見つけられそうになかったので刻印石展示を見に再び九華公園へ。
見どころがたくさんで名残惜しかったですが、最後に北大手橋へ行きました。遺構の城壁がよく見えるいいポイントでした。
桑名駅に戻る途中、木曽三川の治水工事(宝暦治水)に携わった薩摩義士24名の墓所、海蔵寺へお参りに行きました。心が痛く苦しくなりましたが、行ってよかった。行けてよかったです。
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