JR八幡駅から西鉄バスで花尾西登山口下車。登城口を探して坂道を登ります。
途中、「赤穂四十七士の墓」の案内がありましたが、この場所との繋がりがわからなかったの寄りませんでした。
バス停から10分くらいで登城口に着きました。道標には【東登山道】【中登山道】/【西登山道】の3ルートの分岐でいずれも20分との記載があります。
ざっくり下調べした感じでは東登山道経由だと途中に目立った遺構はなさそうでしたが、“どのルートから行っても一周できる”との口コミもあったので、東登山道から登って西登山道から降りることにしました。
しばらく進むと【東登山道】と【中登山道】の分岐に出ました。予定どおり【東登山道】を選択しましたが、なかなか歩きづらい道で、選択を誤ったかと凹んでしまいました。
しかしここまで来て引き返すのも大変です。20分で山頂に着くならこのまま行こうと気持ちを切り替え、足を踏み外さないように用心しながら進みました。『九州には熊がいない。』これがどれだけ安心材料になったことか。。。
心折れながらもしばらく進むと[忠魂の碑→]の案内がありました。ここまで案内板が全くなかったので、人の手で書かれた文字を見てすごくホッとしました。しかし、寄り道をする心の余裕はありません。忠魂碑の方向に一礼して先へ進みます。
その先は案内板が複数設置されていて、それでも悩みながらでしたが何とか馬場跡に到着。登城口から40分かかりました。
ここからようやく遺構群が始まります。(ここまでも曲輪や竪堀、堀切がありました。)
ただかなり弱気になっていたので、下山道沿いにある遺構だけ見て帰ろうと思いました。
ところが、右斜め前方から[↙️古井戸]の看板がこっちに来いと手招きしています。竪堀を下れと言っているようです。
どうしよう……まぁ、遠目で場所を確認するだけでもいいか、くらいの気持ちで下ってみることにしました。
うっすらと踏み跡がありますが足元を確認しながら慎重に進みます。
そしてしばらく進んだところでふと顔を上げると、想像もしていなかったすごい石垣が目に飛び込んできました。「何だこれは⁈」
それまでの後ろ向きな気持ちはどこへやら。石垣目指してまっしぐら💨
古井戸との対面も果たせました。立派な石組みの井戸でした。
土造りの山城で突然石の造形物に出会った時の感動と高揚感は言葉で表せるものではなく、誰かの理解を求める必要もない自分だけの宝物だと思いました。
古井戸の石垣群は上へ上へと続いています。登り石垣です。今まで登り石垣は『見るだけ』のものだったので、こんなふうに一歩一歩踏みしめながら登れてまた感動でした。
登りきったところにひらけていたのは山頂の本丸下段でした。古井戸経由で本丸に来たことになります。
誰もいないと思っていた山の上。
ベンチでコーヒーブレイクをされている(登山の方がよく使われているあのおしゃれなコーヒーセットで!)方がいらしてびっくりでした。おそらくその方も草の陰からいきなり人間が現れて驚かれたと思いますが。
このまままっすぐ進んで下山できるかどうか聞きたくてその方にお声掛けしました。とても親切な地元の方で「ダルマの案内板を左に行くと緩やか。右に行くと近道だけれど険しい」と教えてくださいました。
「ダルマ」は三の丸と四の丸。
険しいと言われても曲輪となれば行ってみたい。
どうしようかなぁと考えていると、教えてくださった方が下りてきてダルマの方に一緒に行ってくださることに🙏
この道が中登山道だったようで、デコボコはありましたが東登山道よりは安心安全で、曲輪も櫓台も確認できてよかったです。その方から、行きに見かけた「赤穂四十七士の墓」や「忠魂碑」について、おそらく地元の方しか知らないであろう情報も教えていただきました。また祝日には本丸に日の丸が掲揚され、青空に映えて素晴らしいそうです。(この日は祝日の前日でした。)
登り始めてから登山口に戻ってくるまでに要した時間は2時間でした。案内板のとおり20分で本丸まで行ける自信はありませんが、次回行くとしたら(行きたい!)東登山道ではなく中登山から登ろうと思います。(連郭式を本丸まで順に辿れそう。)
石積みとの出会い、山城びとさんとの出会いが忘れられない登城でした。
その方は以前にもここで登山道を尋ねられ教えたことがあるそうですが、「ふつう女の人が一人で登るなら皿倉山でしょう。花尾山に来るなんて。」と身に余る褒め言葉をいただきました。お名前も伺わず名乗りもせずでしたがお世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
+ 続きを読む









