越前大野から飛騨に入封した金森長近は越前から茂住宗貞を招いて鉱山開発にあたらせました。宗貞は茂住銀山や和佐保銀山、森部金山等を開発した功績により金森姓を与えられ、四方に高塀をかけた石塁をめぐらせ、四隅に隅櫓、東・北・南の三方に櫓門を設けた屋敷を構えましたが、長近が没すると自ら屋敷に火を放ち越前(越中から能登とも)に退去したと伝わります。
金龍寺の駐車場から登城開始。屋敷跡は金龍寺の境内になっていて、金森宗貞邸跡の標柱と説明板、宗貞金森翁之碑が立てられています。四方にあったとされる石塁のうち北東部は国道改修により失われましたが、南辺と北辺の石塁が遺り、隅櫓台には鐘楼や茂住神明神社の社殿が建てられていました。西側は高原川の断崖になっていて、なかなか堅固な城館だったようです。
当初は一門衆の屋敷かと思っていましたが、功績を挙げた鉱山奉行に金森姓を与えているあたり、山がちで農業収入が期待できない飛騨にあって鉱山開発にかける長近の強い思いを感じた屋敷跡でした。
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