私のライフワーク「(続)日本100名城巡り」、6月は宮城県の名城を歴女の娘と巡りました。
宮城県名城巡り最後に訪れたのは、国の史跡や日本100名城にも指定されている「仙台城」です。
ご存じとは思いますが、青葉山に築かれた伊達政宗の平山城で別名を「青葉城」と言い天守閣は造られませんでした。
明治の廃城令で取り壊され、残っていた大手門なども戦時中の空襲で焼失してしまったそうです。
今回も例によって、アップした撮った写真に沿って簡単な説明を入れていきたいと思います。
「続きを読む」と「すべての写真を見る」の両方を開いてもらえば、写真を見ながら説明を読めるので便利です。
PCだったら画面をスクロールしながら説明と写真を見較べるとさらに見やすいですよ!
① 最初は毎回恒例の御城印です。中央の大きな朱色の部分は伊達家家紋「竹に雀」です。本来の家紋を少しデフォルメしてる感じです。中央に描かれている正宗の金色の大きく細長い三日月が「独眼竜・正宗」のシンボルですね。
② 「大手門脇櫓」は仙台城の表口の大手門を守る櫓です。コンクリートで外観のみ復元されましたが白い漆喰風の壁と石垣、二層の櫓風構造が美しいですね。櫓は本丸跡からかなり下で(見逃し注意)城下町側の入口付近にあります。
③ 「伊達政宗公騎馬像」は仙台城といえばこの景色という定番スポット。三日月形の前立て兜をかぶった政宗が馬にまたがる姿が凛々しいです。仙台市を見下ろす高台にあり、台座には正宗の功績を記したレリーフがあります。
④ 「本丸跡の高石垣」反り返るような曲線と角の部分の直線が強調されて石垣の高さと威圧感が伝わってきます。石垣は整形した石を積み上げた「打込接」と思われ目地が揃っていて斜面の緩やかなカーブで防御性高めています。
⑤ 「上段の間の障壁画」仙台城見聞館に再現展示されていました。金地に馬と鳳凰、桐など吉兆を顕すモチーフが描かれた巨大な障壁画は桃山期の狩野派によるもので華やかな濃彩が印象的です。
⑥ 「大手門北側の土塀」空襲で仙台城はほぼ全て焼失しましたが、この土塀だけが焼け残り、現在まで残る唯一の建造物です。上記「大手門脇櫓」の向かい側にありますが、本丸へのルートによっては通りませんのでご注意を。
⑦ 「大手門脇櫓の鯱」白壁と黒瓦のコントラスト、復元建築ながら千鳥破風の美しさに心魅かれました。本丸から1km以上下がった場所(城下町の手前)にあるので良く調べていかないと出会えないで終わってしまうことに。。。
⑧ 「本丸北側の高石垣」下から見上げるように撮りました。本丸をぐるっと支える巨大な石垣の中でも特に高さがある北面の部分です。まさに仙台城らしい迫力の景色です。
⑨ 「本丸跡からの眺め」広瀬川と河川敷グラウンド、その向こうにビル群が見えます。天気に恵まれれば太平洋まで見渡せるそうで残念でした。片隅にあった「仙台城跡」の標柱が寂しそうだったので一緒にくっ付けました。
⑩ 「御城印(?)」どちらも厳密な意味では御城印ではないのかな? 右側は「仙台藩初代藩主 伊達政宗公」と書かれており「武将印」になるのかな? 左側は「欧州貝ヶ森城」と書かれたステンドグラス風のデザインが鮮やかです。
天守は築かれず、戦災で石垣と大手門脇櫓しか残っていませんが、迫力満点の石垣から城のスケールの大きさが実感でき、また大手門脇櫓が復元されたことによって、当時のイメージが伝わって来て、さすが、伊達政宗という思いを新たに感じました。
日本100名城に恥じぬ素晴らしい城でした!
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