林谷山砦(城びと未登録)は、賤ケ岳の戦いにおいて柴田方が築いた陣城で、守将は毛受兄弟とも徳山則秀ともいわれますが詳細は不明です。
金森長近砦跡の案内表示から北東にのびる尾根を進んだ先が林谷山砦です。尾根道の東辺には低土塁が延々と続き、ところどころに設けられた虎口を出ると外側の犬走りに通じています。東麓の北国街道からの侵攻に備える最前線の陣城としての造りのようです。約480m続く低土塁の中央部には、西辺を除く三方を土塁で囲んだ主郭があり、東側に虎口を設けています。主郭南辺の土塁の外側には毛受兄弟と徳山秀現の砦の標柱が立てられていました。主郭からさらに北東へとのびる尾根にも低土塁が続いていて、先端で尾根を遮断するように西側に折れて終わっています。ここまでが林谷山砦のようです。
さて、林谷山砦の先に大谷山砦があると思い込んでいたため、低土塁を越えて北東尾根をさらに下って行きましたが、陣城どころか麓がどんどん近くなってきて、さすがにおかしいと思って持参していた賤ヶ岳合戦城郭位置図を確認して勘違いに気が付きました(おせーよ)。この時点で登城開始から4時間半あまり、6時間内を目安にしていたのでまだ時間はありましたが、比高440mの行市山までの往復による疲れに加えて、まさかの勘違いによる徒労感でやる気も損なわれ、ここからまた橡谷山砦まで登って行き、草木をかい潜って柏谷山砦まで戻り、さらに尾根を進んで大谷山砦まで行くのか…? と考えると、とてもそんな気力は湧いてきませんでした。当初想定していた柴田方の陣城をひとつだけ残すことになってしまいましたので、いつかリベンジしたいと思います。
…ということで、思いがけない結末になりましたが、様々な陣城めぐりは楽しかったですし、第一の目的である金龍紀行(金森長近ゆかりの城めぐり)は果たせましたので、まずは良しとしておきましょう。
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