葛下城から車で20分弱で、石橋前(35.061259、133.943153)に着きました。
築城年代は定かではないようですが、鎌倉時代(1180年~1336年)初期の頃から美作守護館としてあったと考えられています。
1347年(正平2年)山名時氏は赤松貞範と戦い、笹向城・高田城を攻め、自ら院庄館を落として居城としました。
1571年(元亀2年)には宇喜多氏がこれを奪い片上秀胤に与えました。この地は、宇喜多・毛利氏の争奪戦がくり広げられた地です。
1603年(慶長8年)信濃川中島より森忠政が美作一国を領して入封。院庄館の修築を試みたが、この地は適地ではなく津山築城となりました。
太平記によれば、1331年~1333年(元徳3年~元弘3年)に起こった「元弘の変」に敗れた後醍醐天皇が隠岐に配流される時、院庄館にて児島高徳が『天莫空勾践。時非無范蠡。』の十文字の詩を記したと云われる伝承地のようです。
院庄館は、明治になって後醍醐天皇と児島高徳を祀る作楽神社境内となっています。
現在は、作楽神社の境内となり土塁と堀跡の一部が残っています。
土塁の周辺に残る堀は、明治になって作楽神社建立の際に掘られた堀のようです。
境内には児島高徳の銅像もありました。
攻城時間は15分くらいでした。次の攻城先=神楽尾城に向かいました。
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