4月中旬に訪れた愛知県岡崎市の久保城。
調べてみると、宮崎城と記載されるケースも多い様子。
岡崎城から東へ乙川と男川を遡ること約25kmの山間部。
男川に稲荷沢が流れ込むポイントの比高約30mの尾根の端部に築かれた城。
作手高原を拠点としていた奥平貞昌が戦国前期に築いたと伝わり、隠居生活を送った記録も残るとのこと。
長篠の戦い前の1570年には、奥平一族がここに集まり武田方と徳川方に分かれてつくことが話し合われたという。
現在は企業の施設が置かれているが、曲輪1は解放され、物見櫓が建てられている。
訪問の際は、曲輪1背後の堀切横から入城。
今は短い堀切だが昔は20mほどの長さが残っていたらしい。
分厚い土塁が特徴的で、滞在時間は30分程度。
物見櫓と柵で整備された奥平氏の小さな城が、私の城郭巡りの233城目となりました。
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