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todo94

日帰りツアー中の攻城① (2026/09/27 訪問)

一昨日の日曜日、都内の日帰りバスツアー・「VIVANT」公式ツアー 名シーンの舞台を巡る聖地巡礼・東京都内編に参加して参りました。VIVANTのロケ地となった寺社をめぐるツアーです。調布の布田天神社に続く二つ目の目的地が深大寺。早めの昼食で深大寺そばをいただきました。滞在時間がたっぷりとあったので神代水生植物園にある深大寺城に足を伸ばすことができました。ここは、にのまるさんの庭なんですよね。15年ぶりの再訪となりました。

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赤い城

九鬼水軍の海城 (2026/08/14 訪問)

田城城の後は鳥羽城、九鬼嘉隆が築いた城です。
海に面し、当時陸側には堀が巡らされ島のような海城でした。
市役所裏手の駐車場を利用、すぐに家老屋敷の石垣があります。
野面積みで迫力がありました。

石段を登り城山公園へ。
さらに本丸へと進みます。
本丸には石垣が現存しています。
石垣の説明板には「石垣には排水のための水抜き抗もあります」と記載されていました。
探す必要があります😌がまずは本丸へ。

広く眺望も良いですが小学校のグラウンドとして利用されていたためかなり改変されています。
かつては三重の天守と本丸御殿がありました。

本丸から降りて再度石垣を見学、南側の石垣に水抜き抗がありました。
この時季なので草で見えにくいですがなんとか撮影できました。
下に案内板も設置されています。

一旦下山し相橋へ。
鳥羽城と武家屋敷を繋ぐ橋で江戸時代の石積が残っています。
しばし海沿いを散歩し三の丸広場へ。
海側に大手があるまさに水軍の城、十分に楽しめました。

【見どころ】
 ・家老屋敷の石垣
 ・本丸の石垣
 ・眺望

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天守無しがアツい

小さすぎる😂 (2026/09/28 訪問)

桶狭間の戦いの際に信長軍の居城だった中島砦🏯

現在の様子を生で見に行ったら…人んちの庭😳
所有者のご好意で門を開けて見学可能とのこと

ま…まあ当時はこの辺り一帯が砦の敷地…だったんだろうね😅でもそれから450年ほどの時が流れて🕙家が建ち並ぶようになり🏠🏡🏠現在はこの姿に😂

まあでも…例えば某貝塚の遺跡なんかは…そこに工場が建っちゃって🏭壁に遺跡の案内板一枚しかない🐚というのも見たことあるから…狭いけど空き地に砦跡の石碑があるだけ…マシなのかもしれない😓

ちなみに…石碑には「第三師団長…一書」とあった🪨私の推測だが戦前の日本軍の関係者(師団長クラスの人間)が文字を彫ったのではないだろうか…なのでこの石碑の建立もおそらくその頃

御城印は…桶狭間古戦場観光案内所で発売中…善照寺砦・鳴海城・丹下砦のと併せて4枚1000円

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カズサン

大手門初登閣と現存城門編 (2026/09/22 訪問)

 三の丸に在る大手門は瓦門、四の門とも呼ばれており平成20年には明治に成って払い下げられていた料亭などから寄贈されて元の三の丸大手門跡に修復保全一部復原で江戸期の大手門に甦ったものです。16年前の復元されて2年目の平成22年9月に初対面見学しました。
 今回は旗日祝日と言う事で大手門の櫓部分が公開されて居り、初登閣する事が出来ました、入場料は無料、二階部の部屋は「居館式」と呼ばれる形態で二室で天井が有り書院風です、床板には手斧の削り痕がしっかりと残って居り歴史を感じます。(小諸城大手門リフレットを入手)
 何時も見ている渡櫓の櫓部とは違っていました。
 部屋には資料が展示されて居り特に「小諸城の門」なる縄張図に各門が示されて、門の形態がイラストと写真で示されて各コメントが有り、江戸期の門の形態姿を確認する事が出来ました。又黒門と足柄門は移築されて現存してる情報が有り、スマホで調べて翌日訪ねる事としました。大変ラッキーな情報でした。
 大手門の在る三の丸大手門公園には駐車場が併設されております。当日探訪時間には満車でした。

 二の丸に在る三の門は扁額に懐古園と刻まれて居り、小諸城のシンボル写真の扱いを受けて居ります。渡櫓門形式で江戸期からの現存建物です、今回16年振りに見学体験しましたが、南側の渡櫓支えの石垣と登り虎口石垣が新しく修復されていたように思われます。

 大手門櫓資料室に掲示されていた小諸城の門には7門の紹介有りました。
 不明門(あかずのもん)、黒門、中仕切門、二の門、足柄門、三の門、大手門のコメント、イラスト及び写真付きです。(写真添付)
 移築門として足柄門(荒町の光岳寺)、黒門(八満の正眼院)がコメント欄に有りグーグルマップで確認しました。

 現存移築門廻り編に続く。
   

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朝田 辰兵衛

対馬藩お船江跡も…🚲 (2026/09/20 訪問)

対馬藩お船江跡の入口は狭いです。ハラを擦る可能性があるので,レンタカーでの進入は躊躇すると思います。入口近くでアップダウンが激しく,舗装もされていないので,まさに電動レンタサイクルの見せ場だと思います。
厳原から向かうと,エネオスのGSから右折して登り,T字路を左折。コスモのGSから下りとなり,下り切らないうちに左折。案内板が左側に設置されています。ここから舗装されていませんが,道なりに進むとあります。
桟原館跡での石垣撮影は苦慮しました。ここは駐車場となっており,ほぼ満車状態…<泣>。比較的バックに余裕がある車両の,後方スペースを撮りました📸
高麗門の撮影も,シルバーウィークということなのか,自動車の往来が激しく,車道まで下がって撮影することはかないませんでした…<泣>。

対馬博物館での画像も,周辺観光ということで。ここは,翌9月21日に行きました。
宋氏が朝鮮との戦争を回避するため,公文書偽造した際に使用した偽造印の偽造印(?)押印体験がありました。館内はフラッシュを使用しなければ撮影OKでしたが,ガラスケースに自分が写り込んでしまうため断念しました。

今回,対馬のおみやげは「對馬醤油 焦がし醤油パイ」を購入しました。なかなかいけます。

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カズさん

四国一の街にそびえる名城 (2026/01/02 訪問)

スケールの大きな山城。松山市内が一望できる立派な天守閣がより荘厳さを引き立てる。お城マニアにはたまらない魅力が一杯詰まった名城である。松山に行ったら是非寄りたい観光名所。

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赤い城

九鬼岩倉神社 (2026/08/14 訪問)

伊勢路2日目は内宮参拝予定、例によって朝駆けで鳥羽へ。
まずはこちらに登城しました。
九鬼泰隆が築いた城で嘉隆が鳥羽城に移るまで九鬼氏の本拠となっていました。

城跡には九鬼岩倉神社が建っており、境内には土塁の一部が残ります。
神社の裏手を歩いてみると竪堀状の地形がありますが遺構なのかはわかりません🤷

【見どころ】
 ・一部残る土塁

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送りバント

20260703世田谷城(東京都世田谷区) (2026/07/03 訪問)

本丸のあった豪徳寺で吉良家代々の墓をお参りした後、近所の保育園児達が遊びまわる世田谷城址公園へ。

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カズサン

二の門辺り~地獄谷編 (2026/09/22 訪問)

 三の門から登城すると二の丸の巨大石垣塁が続きドント二の門枡形石垣虎口が構えてる、資料イラストでは櫓門であった、二の門跡を入ると二の丸登石垣虎口が西に在る、中仕切門跡石垣で三階の櫓門、北側に北の丸と石垣虎口、南側に南の丸登石垣虎口が構えて、黒門紅葉橋、紅葉橋に下は唯一の人工堀切紅葉堀切、橋を渡って黒門跡本丸を護る重要な門跡で瓦屋根の医薬門で格調が高かった。
 本丸、天守台を過ぎて北側に天然の大堀切地獄谷がある、架橋されていて橋より地獄谷の大堀切と垂直な崖を観察する事が出来、圧巻です、逆光で水の手展望台が写しにくい素晴らしい大崖です。

 大手門初登閣と現存城門編に続く。
 

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歴史案内活動のご案内【R8.10.4(日)10:00頃~12:30頃】 (2026/10/04 訪問)

こんにちは。躑躅ヶ崎歴史案内隊のEこと上田絵馬之介です。

猛暑酷暑の夏からいつの間にか秋を迎え、暦も10月を数えようとしています。
その10/4に躑躅ヶ崎館跡での歴史案内活動を行いますので告知します。
※活動は武田神社様に許可をいただき行っていますが、
 当隊は神社とは無関係の有志ボランティアです。

日時:令和8年10月4日(日)10:00頃~12:30頃
場所:武田神社(史跡武田氏館跡・山梨県甲府市)
ガイド:局長・大塚與左衛門

❖境内に眠る戦国の史跡を、個性豊かな甲冑ガイドがご案内。
❖時間、コースはご都合・興味にあわせて自由に設定可能。
❖宝物殿、ミュージアムの展示施設も案内可能。
❖ガイドは原則無料(展示施設の入館料等は別途負担ください)。
❖雨天延期の場合あり(Instagram(koufusamurais)、Twitter(現✗:@KoufuSamurais)で告知します)。

現在は武田神社境内となっている躑躅ヶ崎館こと武田氏館、
室町時代の守護屋敷である方形館を中心にした曲輪で構成される「館」ですが
近年、大手や西曲輪、梅翁(ばいおう)曲輪の復元整備が進められていて、
戦国当時の姿が少しずつながら蘇っています。
ちなみに、「梅翁曲輪」と打ち込むたびに
変換候補に「バイオハザード」と現れるのが気になります。

山梨行楽の一環として武田ゆかりの史跡巡りをお楽しみください。
皆さんのご来訪を楽しみにしています。
(E)

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ノブ

丹羽三城スタンプラリーで訪問 (2026/09/24 訪問)

白河小峰城を訪問したところ、二本松城、棚倉城を含めて丹羽三城スタンプラリーを開催中と知り訪問しました。
水堀が残っていて、噴水も出ているなど大切に整備されているのが感じられました。

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T-Shionoya

海尻城 南佐久の拠点の城 (2026/04/19 訪問)

毎年この周辺を通るたびに気になっていた城の1つ、長野県南佐久郡南牧村の海尻城を4月に訪問。

佐久郡の南端部にあたり、甲斐国に通じる要所の地。
八ヶ岳東麓の小さな尾根の先端部に築かれた城で比高は約50m。東には千曲川、北は大月川が天然の堀となり、南も湿地帯であったらしい。

前山城主伴野氏家臣の井出氏による築城と伝わり、その年代は定かでないが、一説では武田信虎による佐久侵攻の少し前と予測。
1540年に武田軍の手に落ちると、村上義清も奪還を狙い二の丸と三の丸の武田軍を敗走させたが、小山田氏が本丸を死守。明治期の記録では曲輪1の3段の削平地を本丸・二の丸・三の丸としているが、今は麓の医王院周辺が二の丸および三の丸であったと考えられている。

現在は、山城エリアも医王院の一部であり、南麓と曲輪1には説明板も立つ。

訪問時、医王院に入って直ぐの冠木門から曲輪1まで上がると、南北の斜面は大変急峻。
曲輪1西端の最上段まで進むと南側に下りる通路があり、堀切と土橋のような構造が存在。
更に急坂を上ると曲輪2があり、日向山と呼ばれているとのこと。
曲輪2より西は未削平に見えたが、尾根が南に折れた先に明らかな堀切を確認。

滞在時間約1時間の海尻城が、私の城郭巡りの234城目となりました。

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のん

歴史と現代両方を感じられる場所 (2026/09/22 訪問)

大雨の翌日訪問。砲台のある周囲は巡れたものの、低地の部分は水浸しで降りられませんでした。
水を汲んでいる方々がいて、こういった方々のおかげで城巡りができるのだと、本当に感謝でした。

砲台や弾薬庫などの遺構を見ながら、対岸の海浜公園の浜辺で遊ぶ子どもや家族を眺めていると、幕末の人々が外国からの脅威に右往左往しながらも乗り越えてきた、歴史の上に今の生活があるのだと、胸が熱くなりました。

現代と歴史を同時に感じられ、また、気持ちの良い海風を感じながらベンチでくつろぐ人たちも多くいて、面白い場所でした。

10月はイベントがあり、入れない時期があります。準備、撤去、イベント中と長い期間になるみたいです。
数年前その時期に来てしまい、台場に入れなかったことがあったので、情報確認してから来た方が良いです。

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Ayatte

織田信長ゆかりの地 (2026/07/11 訪問)

すごい

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のん

とにかく広い! (2026/09/22 訪問)

大河ドラマ真田丸で真田昌幸が口にしていた鉢形城。ずっと気になっていたお城。信濃や北陸から関東への入り口、関東の要に位置する鉢形城に行ってきました。
池袋駅から乗り継いで2時間以上。なかなか遠いですが、駅からは広い道路をまっすぐ20分程度歩くだけ。非常にわかりやすいです。
駅前にある観光案内所に、お城の案内が置いてありました。

駅から歩いて荒川に掛かる橋から、断崖絶壁の荒々しい光景が広がり、まずそこに圧倒されました。
立派な橋のない戦国時代。荒川を渡ることがまずは厳しかったろうなと想像します。

川を渡るとすぐに城址があり、簡単に巡れると思いきや、そこからが奥が深い。歩いても歩いても城址がいつまでも続き、1時間程度で巡るつもりが、2時間以上の滞在となりました。

見応えあるのは、荒川沿いの断崖絶壁と起伏の大きさ、建物や石垣 などはほとんどないものの、綺麗に整備され草も刈られているため土塁などが綺麗に見えてわかりやすい点にワクワクしました。
土が見えている箇所は、関東ローム層なのか赤土がぬるぬると滑り、当時は城全体がこんな感じだったのではないかと思うと、さらに攻めづらかったのかもしれません。

堀などは、発掘して整備してあるのか、綺麗なV字や直線が美しい!見応え抜群です。

資料館は広くはなくこじんまりしていますが、綺麗な展示と精巧な模型が印象的でした。
イベントなのか、3Dでのゲーム体験も開催されていました。

残念ながら雨が一日中降り続く中でしたが、見応え抜群でした。天気良ければもっと気持ちよい場所だろうと思います。

鉢形城から電車で移動して菅原館、杉山城と三つのお城を巡る予定でしたが、雨だったのと朝出遅れたため、今回は鉢形城のみとなりました。
10時ころに鉢形城に着いている行程でしたら、電車でも三城巡れると思います。
 


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み。

石垣が素晴らしい☆ (2026/09/23 訪問)

東北の石垣造三大名城と言われるだけあって、復元三重櫓もさることながら、石垣の見応えも十分過ぎるほど立派です!高石垣の上から城兵に狙われている場面を想像しただけで、生きた心地がしません(・・;)

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ヒロケン

天然の要害 (2026/09/19 訪問)

二俣城は天竜川東岸の丘陵上に立地し、往時は二俣川が城の東側から南側にかけて流れており、三方を川で囲まれた天然の要害地形であった。本丸を中心に南側を二の丸、蔵屋敷、南曲輪を配し二の丸と蔵屋敷、蔵屋敷と南曲輪それぞれに堀切を配していました。(画像4と6)また、本丸の北側には北曲輪を配し、こちらにも本丸と北曲輪の間に大規模な堀切(画像8)を配していました。さらには、北曲輪の北側にも堀切を配しそれぞれに堀切で区画することにより、尾根続きとなる北側の防御を固める構造となっていました。

本丸には1辺約10m程で野面積みで積まれた天守台が現存しており、天守台の北側には石段と共に付櫓の為の突出部が設けられていますが、天守台に礎石が残っていないとの事から天守が在ったかどうかは分かっていないとの事です。

二俣城の東側山麓にある清龍寺には全国的にも珍しい復元された井戸櫓(画像9)や武田氏への内通を疑われ自害した家康公嫡男の徳川信康公の廟所(画像10)があり見どころ満載の城跡です。
駐車場も北曲輪の北側(堀切があったとされる場所)に6台程停められる駐車場もあり、2ケ所にトイレ(1ケ所は簡易トイレ)も設けられております。また、カズサンさんの投稿にあった通り植生整備事業が進んでおり、今まで見る事が出来なかった西の丸(画像7)や天守台をぐるりと一周することが出来ます。

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ぴーかる

稲八妻城 (2026/09/20 訪問)

【稲八妻城】
<駐車場他>駐車場はなし。<34.757578, 135.778485>道路脇に停めました。
<交通手段>車

<見所>堀切・横堀・切岸
<感想>日帰り近隣の行っていない城 穴埋め旅2城目。稲八妻城の詳細は定かではありません。室町時代から戦国時代まで国人の城跡だったようです。添付写真の箇所から真っ直ぐ西に直登すると主郭に出ます。なんとなく踏み跡があり登りやすいです。主郭から尾根上の城跡は倒竹で結構進みにくいです。主郭は三角状で北側に土居が付いています。主郭の北側は高い切岸になっていて堀切跡があります。「跡」としたのは年月で埋まったような感じがしたので。北側の堀切から東側下段に広い曲輪があり横堀が付いています。
 主郭の南側は細尾根の先の東下段に南北に横堀があります。横堀・細尾根のさらに南側に深い堀切があります。倒竹で散策は不便でしたが切岸は竹をつかんで登り降りできましたので侵攻不可能ではなかったです。ゴム付きのグリップ軍手必要かと。相当削り込んだ城跡で予想外に見応えありました。

<満足度>◆◆◇

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カズサン

水の手不明御門と藤村碑編 (2026/09/22 訪問)

 本丸、天守台石垣と三層櫓が聳えていた事を想い、苔むした石垣にも歴史の流れ、風情を感じる。西側へ移動すると北西角千曲川に面し天然の大堀切地獄谷にそそり立つ水の手不明御門跡、現在は展望台東屋が建ち手前より架橋で楽に移動できるようになっている。
 遠望する千曲川の流れは蛇行し、西浦ダムから落ち込む爆流の轟が一帯を、島崎藤村の世界に、素晴らしい景観です、中学時代に国語で教わった千曲川旅情のうた「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ・・ 暮れ行けば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛・・」が頭をよぎる。
 架橋の手前に藤村碑石柱、丸い自然石に刻まれた千曲川旅情のうたが刻まれているが黒ずんで読みずらいが頭だけは何とか読み込んでいけた。

 水の手不明御門跡は展望台架橋で分かりずらいが、門跡石垣と説明板が有り、架橋脇から少しは見る事が出来る。
 
 二の門辺り~地獄谷編に続く。
 

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じゅんじん

国宝天守 (2026/08/13 訪問)

3年ぶりぐらいでした。国宝天守はすばらしい。9時半到着で30分待ちでした。

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