五龍城から車で20分弱で、猿掛城跡石碑前(34.680465、132.660434)に着き、先に進んだ教善寺手前に駐車しました。
築城年代は定かではないようですが、明応年間(1492年〜1501年)に毛利元就の父である毛利弘元によって築かれたと云われています。
1500年(明応9年)家督を嫡男の毛利興元に譲ると、次男の松寿丸(後の元就)を連れて多治比猿掛城に隠居しました。
多治比猿掛城は毛利元就が青少年期を過ごした城で、この城で毛利隆元や五龍局も生まれました。
1506年(永正3年)弘元が没した後は毛利元就がそのまま多治比領と猿掛城はを受け継いで分家となりました。
1516年(永正13年)兄の毛利興元が没すると、幸松丸が家督を継ぎますが幼小であったため元就が後見人となりました。
1523年(大永3年)幸松丸もわずか九歳で夭折すると、毛利元就は家臣団に推されて毛利家の家督を継ぎ、吉田郡山城へ入城しました。
教善寺の第二駐車場(猿掛城登城者用)利用。3〜4台可。案内板と、縄張り図の設置あり。
教善寺に向かって100m先の右手に登城口有り。傾斜がきつく滑りやすいので充分な装備が必要。
教善寺の駐車場より約15分で頂上の本丸に到着。事前の予想より早く着いたが、思ったよりきつい登城であった。 時間の都合で出丸と物見丸は未訪問。
山の中腹には毛利弘元夫婦、御杉の方の墓や、弘元の菩提寺の教善寺があります。
攻城時間は45分くらいでした。次の攻城先=長見山城に向かいました。
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