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にのまる

関ケ原陣跡ウォーキング2026 (2026/09/27 訪問)

毎年9月になるとさまざまなイベントで盛り上がる関ケ原。
そのひとつである『関ケ原陣跡制覇ウォーキング』に4年ぶりに参加してきました。
前回と同じく松尾山登頂を含む制覇コースです。
昨年から距離が16km→18kmになっていましたが、これはチェックポイント以外の立ち寄り先も全て含めた距離のようで、コース自体も所要時間(目安)も変わりありませんでした。

初参加の前回は、前半ゆっくりしすぎたり、終盤でコースを間違えたりで、ゴールするまで7時間かかってしまいました。制覇コースの所要時間は6時間なので、情けないというか、“歩くこと”には自信があっただけに、この結果にかなり気落ちしてしまいました。

そして今年。何とか6時間を切りたいという、ただそれだけでチャレンジしました。

スタンプシートを出し入れしやすいようにカラビナつきクリアケースに入れてリュックにセット、トレッキングポールも持参しました。ただ、2泊分の荷物を背負っていたので背中は重いです。

前回の記憶があるので、“この道は一体どこまで続くんじゃー!”という不安や焦りはなく、順調にチェックポイントをまわり、ウォーキング開始から1時間50分で松尾山登山口に到着。
ここからきつい登山となりますが、きついだけで、特に危険な箇所はありませんし、寝返りのタイミングをうかがう必要もありません。右足と左足を交互に出し続けていたら30分で山頂に着きました。

10分ほど休憩して聖蓮寺方面へ下り、後半は西軍陣跡を制覇していきます。大谷吉継陣跡もゴールの笹尾山もそれなりに登りましたが無事ゴール。
かかった時間は5時間15分。目標をクリアできて一安心でした。

16万の兵が集結したという関ケ原。
今回のコースは桃配山以外はほぼ網羅しているそうですが、陣跡を巡り全体の広さを実感するいい機会でした。イベントに感謝🙏

しかしここで終わりではありません。
電車の本数が少ないのでゴールの余韻に浸る暇もなく、笹尾山から関ケ原駅までラストウォーキング1.7km!!

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イオ

とことん松坂城(表門~本丸下段) (2026/05/05 訪問)

小牧長久手の戦いの功により伊勢国・松ヶ島城に入った蒲生氏郷が居城として築いた城で、氏郷が会津に移封となった後は服部一忠、次いで古田重勝、古田重治が城主となり、徳川頼宣が紀伊国・和歌山城に入ると紀州藩領に組み込まれて、明治まで城代が置かれました。

約9年ぶりの再訪です。100名城スタンプラリーを始めたばかりの頃、天守や櫓(再建含む)こそが「城」であって、石垣しか遺らない「城跡」なんかに行ってもなぁ…などと思っていた私に「石垣もなかなか良いかも?」と気付かせてくれたのが松坂城だったので、前々から再訪したいと願っていましたが、ようやく果たすことができました。今日は松坂城をとことんめぐってみようと思います。

市役所駐車場から登城開始。駐車場前の大手門跡から大手通を表門に向かうと、折り重なる石垣群に気分が高まります。往時は櫓門だった表門跡を抜けると、眼前に本丸下段の高石垣がそびえ立ち、松坂城跡の石碑が立てられていました。右に折れて坂を登って行くと右手に井戸が現存し、突き当りは歴史民俗資料館です。歴史民俗資料館は前回見学しているのでスルーして、遠見櫓を回り込むように表二ノ門にあたる助左衛門御門跡を抜けて本丸下段へ。

本丸下段は北隅に遠見櫓、東隅に月見櫓、南隅に太鼓櫓を配し、各櫓の間を多聞で結んでいます。月見櫓跡には梶井基次郎文学碑が立てられていました。太鼓櫓跡から中御門跡を見下ろし、金の間櫓の石垣を見上げると、連続枡形を抜けて本丸上段に向かいます(続く)。
 

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todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城⑦その2 (2026/10/11 訪問)

堀切、横堀などの遺構を楽しみつつ、先へと進みます。タイムリミット前に何とか土塁で囲まれた主郭に到達することができました。頂上はそのちょっと先です。主郭周りの横堀をたどっていたらピンクリボンから外れた曲輪に達してしまいました。ここで山中をさまようことになったら、献血の予約時刻に間に合いません。後ろ髪をひかれつつ、城を後にしました。正味50分の攻城でした。かなり広範囲に城域が広がっていて、未踏の場所がかなり残ってしまいました。機会があったら再訪してみたいと思えるとても良い城でした。

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にのまる

関ケ原ウォークの前乗りで② (2026/09/26 訪問)

大垣城から墨俣城へは揖斐川を渡り長良川の河畔へ美濃路を一直線。
ありがたいことにそのルートを走ってくれる路線バスがあったので大垣城見学後に行ってきました。

墨俣バス停で下車。墨俣宿の本陣・脇本陣前を歩いて15分ほどで到着です。

模擬天守なのは先刻承知。たった今見てきた大垣城天守のそっくりさん。
ですが、これからの時代、もう模擬天守が建てられることはないだろうと考えると、今あるその姿をしっかり見ておき、造られた経緯なども知っておきたいと思いました。

内部は歴史資料館になっていて、実際の墨俣城(砦)の姿や、秀吉がどのように出世していったか、墨俣城築城について現代までどのように伝わってきたかが丁寧にわかりやすく展示されていました。

また、園内には豊国神社、太閤秀吉出世の泉、藤吉郎の馬柵、複数の城址碑とともに洲股築城犠牲者の墓がありました。実際に現場作業を担った人たちにとって城づくりは時に命がけとなることもあっただろうことも覚えておきたいです。

長雨で水害の多かった今夏。すぐそばを流れる長良川を眺めながら、治水のありがたさを思いました。

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赤い城

ソーラー発電 (2026/08/23 訪問)

満願寺城の後もう一つ行けそうだったので近くにある荒隈城へ。
天倫寺の駐車場に車を置き天倫寺へ。
境内も城の東端でここから松江城を望むことができます。

奥の後を進んでいくと土塁や空堀状の地形がありました。
遺構なのかどうかはわかりません。
さらに進んでいくとフェンスが張られ、太陽光発電の施設が建てられていました。
ここが主郭ですが当然立入禁止、車に戻りました。

隣接する道路を歩くと荒隈不動尊なるお地蔵さんがあり、この地が毛利と尼子の古戦場であったことが説明板に書かれていました。

【見どころ】
 ・天倫寺からの眺望
 ・横堀と土塁

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小城小次郎

町の中に城が沈み、沈まなかった石垣が残る (2025/12/31 訪問)

本丸が群馬県庁の敷地となったのは福井城や福島城と同じだが前橋城には幕末近くに作られた美しい土塁が美しいままの姿で残されている。その他の遺構はほぼ町中に沈んだが車橋門の石垣だけは移築されつつしっかり残る。

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アネ

城? (2026/10/19 訪問)

行ってみて仰天というお城は数々あれど、ここが今までで一番びっくりしました。
運転手曰く「ただの竹藪山じゃん」。ああ、身も蓋もない……
中に分け入る気力もないし、私有地だったら不法侵入になるしで、遺構を確認することなく、位置だけ確認して撤退しました。
この後は、龍潭寺へ。

大河ドラマを見るまで、その存在すら知らなかったのですが、井伊谷城に足を踏み入れられなかった以上、その代わりと言ってはなんですが、直虎を導いたと言われる和尚さんがいたという龍潭寺へお詣り。
思っていたよりもこじんまりとしていましたが、とても清々しい佇まいのお寺です。遠州作と言われる庭をじっくり拝観しました。前庭を撮影しようとすると、正面から本堂込みで撮ろうとする人とバッティング。(おまけになかなかはけてもらえない……)ようやくこちらがわから撮ろうとする、今度はその人の連れが……もう少しで「こちらとそちらと交代にしてもらえませんか?」と叫びたくなりつつ、「いや、ここでそういうことを言うのは相応しくない。いかんいかん。自分がああいうふうにならないようにすればいいんだ」と自らを戒めたのでした。ことほど左様に御仏は偉大であります。

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ダイエティシャン

丸山城(石見國川本町) (2026/10/20 訪問)

丸山城を攻城。総石垣の山城で、興味深い。石見吉川氏の築城方法が採り入れられている。

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ダイエティシャン

温湯城2️⃣蔵屋敷の裏、攻城道 (2026/10/20 訪問)

蔵屋敷の登城道の反対側の道を進む(写真①~③)が正規ルートではないので、引き返して蔵屋敷へ。(④)最初の分岐点に戻り標柱通りに進軍。つずら折の道が続く。以前より、標柱が増えた感じがする。雨上がりで滑り易いため、今日はここで(⑩)で断念。

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ダイエティシャン

温湯城1️⃣蔵屋敷 (2026/10/20 訪問)

温湯城は、石見小笠原氏の居城。居館跡とされる蔵屋敷へ。分岐点(写真③)から、3分程で蔵屋敷(⑦)に到着。登城口反対側にも何やら山道が続く。(⑧⑨)途中堀切(⑩)らしき物を発見。

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カズサン

天守台南東底辺植栽伐採されてスッキリ! (2026/10/17 訪問)

 3月21日登城後にも令和8年度植生整備事業が続き、天守台の底辺東面、南面の柘の園芸植栽低木仕上が伐採されてスッキリして天守台底石垣部分が良く観える様に成って居ました。写真撮影も植栽が無くスッキリした天守台石垣が撮影出来ます。
 天守台の裏側に当たる西面も樹木灌木伐採がされてスッキリして天守台をグルーと廻る事がしやすくなりました。よって先に投稿した西の丸Ⅲ郭も安定位置で見下ろす事も出来ます。 感動感謝の環境整備です。
 まだまだ紅葉には早いですが天守台のススキは穂を出し秋に風情、北の大土塁、東の土塁石塁を暫し眺めました。
 投稿写真5番目は3月21日登城時の天守台底辺柘の植栽が写っている写真です。
 ヒロケンさんの9月19日登城投稿のお陰で急ぎ登城しましたので感謝です。

 この後、本丸東面崖の令和8年度植生整備事業の仕上げを投稿します。
   

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イオ

滝之川城(主郭部〜東麓) (2026/05/05 訪問)

(続き)

主郭の西下段には城内最大の曲輪が広がっています。曲輪の南側は2条の横堀で区画され、その先は大堀切と両端の竪堀群で南尾根からの侵攻を遮断していました。この大堀切、箱堀状でかなりの幅があり、縄張図を見るまで堀切とは気付かないほどでした。大堀切から回り込んだ主郭東面には畝状空堀群を落とし、主郭北下段の腰曲輪のスロープ状の土塁をたどって主郭へ。主郭の切岸はかなりの高さと急峻さがあり、南端の土壇はのろし台とも云われます。

主郭から大堀切を越えて南尾根を南下し、東に分岐する支尾根を下っていくと中腹あたりに二重の堀切が設けられています。さらに支尾根を下った先には東麓の寺院跡が広がっていました。南北に3か所並ぶ南側の寺院跡は川沿いに土塁状の地形があり、西部には石列が折れ曲がりながら続いています。真ん中の寺院跡には土塁状の地形も見られました。そして北側の寺院跡で滝之川城をひとめぐり。

城びと未登録ながらいんげん丸虫さん、あ さんの投稿で興味を持ち、ニッポン城めぐりの登録城でもあるので登城してみましたが、5月でも藪に悩まされることなく、手軽に堀切や竪堀群など状態の良い遺構が堪能できる見応えのある城でした。
 

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todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城⑦その1 (2026/10/11 訪問)

中津の東横インをチェックアウトし、午前8時にレンタカーを借り受けて朝一で向かったのが豊前佐田城。この日は10:45に献血ルームわったんでの献血の予約を入れてありましたので、9:30には下山を始めないといけません。登城に時間がかかりそうでしたが、行けるところまで行こうと小学校隣の佐田地区公民館に車を停めさせていただいて攻城を開始しました。ピンクリボンと小学生手作りの案内表示のおかげで安心して進むことができました。展望説明板も設置されていてありがたい限りです。横堀の「行き止まり」表示も親切設計だと思いました。

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にのまる

関ケ原ウォークの前乗りで。 (2026/09/26 訪問)

続100名城スタンプラリー開始直後のGWに出かけたのですが、スタンプを押して天守内の展示をざっと見ただけで帰ってしまっていました。
あとからみなさんのご投稿や写真を見て、戸田氏鉄って誰?銅像どこにあったの⁈となり、もったいない見方をしたなぁと反省。
ずっと気にかかっていたので再訪できてよかったです。

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赤い城

玉椿 (2026/08/24 訪問)

所用で帰省した際に少し時間ができたので登城しました。
宍道湖北岸にある満願寺の裏山に城跡があります。
登っていくと横堀があり、説明板が立っています。
そこからハシゴがかけてあり登ると主郭です。
南側は宍道湖で水軍の城だったのかもしれません。

ハシゴを降り、空堀を進むと竪堀となっていました。
他の曲輪は墓地となっています。

満願寺の境内には毛利元就の手植えと云われる玉椿があります。
本当だとすると樹齢は500年近く、趣があります。

【見どころ】
 ・空堀と竪堀

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しげ

浜松城 (2026/10/17 訪問)

浜松城に行ってきました。

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朝田 辰兵衛

続日本100名城のほうではありません… (2026/10/11 訪問)

源太ヶ城の麓に位置します。津金学校の明治学校と昭和学校の間を抜けると石段があり,登ると諏訪神社があります。その奥に曲輪跡,西側に空堀があるハズということで進入しましたが,整備が行き届いていないようで途中で断念しました。
なお,津金学校の大正学校は「おいしい学校」になっており,賑わっていたため撮影は自重しました。

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イオ

滝之川城(登城口〜出曲輪~主郭部) (2026/05/05 訪問)

滝之川城(松阪市嬉野滝之川町・城びと未登録)は、築城時期等は不明ながら北畠氏に仕えた妙光院殿(明光院殿)の居城とされ、東麓を中村川、北麓から西麓を中村川の支流に囲まれた丘陵上に築かれています。

滝之川古墳公園の駐車場から登城開始。登城口に向かう道路沿いには滝之川城の説明板が立てられていました。中村川沿いに出て南に進んだ先に駐車スペースがあり、支流に架かる橋を渡ったところが登城口です。登城口から階段を上った先には築城前からあったとされる北畠氏ゆかりの寺院跡が広がり、仕切土塁で区画されています。中村川に沿って南北3か所の寺院跡が並び、いずれも有事には城の一部として機能していたものと思われます。南の2か所は帰り道に立ち寄ることにして、まずは主郭部へ。

寺院跡から尾根伝いに登って行くと城域東端の出曲輪東下には堀切が設けられ、堀切に続いて3条の竪堀が連続しています。出曲輪の切岸は鋭く高く、堀切や竪堀とあわせて東尾根からの侵攻に備えられていました。出曲輪と主郭部の間は堀切で隔てられ、堀切の西側(主郭北下段)には階段状の小曲輪群を配し、小曲輪群にはわずかに石積みも見られます。小曲輪群の西端には土塁がめぐり、土塁の向こう側は巨大な竪堀が北面に落ちていました。

竪堀を渡って主郭西下段の曲輪に向かいます(続く)。
 

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todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城⑥ 【城びと未登録】龍王藩邸跡(大分県宇佐市) (2026/10/10 訪問)

龍王城からの転戦です。石垣が残っていて標柱も立っています。最初、バス停かと思った説明板は、「こんにちワイン」のダジャレで始まります。旧安心院町がワインの産地だからでしょう。安心院ワインは特急ゆふいんの森に乗車した際に購入し、飲んだことがあります。因みに安心院は「あじむ」と読みます。この日の攻城はこれにて終了。レンタカーを返却し、泊は中津に取りました。

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ノブ

ウルトラマンの街で見かけた城址です (2026/10/18 訪問)

福島県全域でウルトラマンスタンプラリーが行われており、その締めに円谷監督の出身地でウルトラマンの街須賀川市を訪問し見かけた城址です。
近くの神炊館神社で御城印があったので購入しました。

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