社山城の二の曲輪は本曲輪(南北約70m東西約25m)山頂部と幅約10mの堀切を挟んでL字に東尾根に連なっり本曲輪と同規模です。西側に大土塁が並び南北に2分割に成っており間が本曲輪との堀切に架かる木橋跡?であったと23日の歴史シンポジウム加藤理事の講演。縄張図に本曲輪と二の曲輪間北部に虎口の表示が有り、北の曲輪尾根筋と東の尾根筋の谷筋が往時の大手道と記されている、本曲輪と二の曲輪間の堀切北が大手虎口の様です。
二の曲輪の中間点に堀切、竪堀が有り、南に虎口がある、土橋で二の曲輪東部へ、東の尾根筋、南の尾根筋に小曲輪が尾根上、斜面上に並んでいる。東部、下部の小曲輪には樹木も茂って居り踏み込んで居ません。社山城全体に樹木、草木が茂って鬱蒼としている。
今回23日の歴史シンポジウムイベントで本曲輪北西部の一部樹木伐採が景観が開いた唯一の試みでした。今後の景観整備、登城路整備が益々待たれます。
下城して西側の豊岡小学校西を流れる一雲済川西土手より社山城西部を眺める、磐田台地北端の隘路北の一本高い木が目立つ所が本曲輪です、一雲済川は信玄が遠州を西侵攻し磐田台地西側を北上して社山城を過ぎて在陣した合代嶋を流れて居り社山城から北へ約1km程で合代島です、現在豊岡中学校辺りが字名で「合代島」と成っています。グーグルマップをよくよく眺めても史跡マークで「合代島」は検出されません。
23日の歴史シンポジウムで、御城印は集めていないし興味も無いのですが、磐田市の3城「社山城、中泉御殿、城之崎城」御城印3枚セット1,000円で販売して居ましたので募金と記念に購入しました。
地理的に少し不便ですが車でのお越しがベターかと思います。磐田市文化財課も力を入れ始めていましたので少しずつですが環境整備も進むでしょう。
社山城3編に渡って長らくご覧頂きありがとうございました。
+ 続きを読む










