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張陳

どの角度から見ても映える海の城 (2026/08/17 訪問)

松浦史料博物館(展示が豪華で見応えあり。歴史好きは必見)や平戸オランダ商館、最教寺などを見学し、旗松亭(地物の料理が絶品)に宿泊した2日目、平戸城を訪れました。

宿からタクシーをお願いしたところ、城の北側から東側に回り(ここはもともと断崖で城の守りを担っていたそう)、亀岡神社まで連れて行ってくれました。

そこから徒歩で北虎口門と狸櫓に向かい、順路に従って本丸へと向かいました。
この狸櫓から本丸に向かう道中の石垣(進行方向左手)には石垣で狭間が作られています。
珍しい形状だと思いますが、見逃しがちなのでお忘れなく。

本丸は資料館となっていまして、最上階では、近くの櫓から写真を撮ってもらい、自分のスマホでダウンロードできるようなサービスが実施されています。
天守に自分が立っている姿を外から撮ってもらえますので、ぜひやってみてください。

その後、見奏櫓、懐柔櫓を見てから亀岡神社に戻り、二ノ丸大手門跡、一ノ大手門跡と通って帰路に着きました。
門跡はそれぞれ立派な石垣が残っていますので、そこまで回るのをおすすめします。

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張陳

大ボリュームの松浦史料博物館 (2026/08/16 訪問)

かなり充実した展示を見ることができます。
メインは唐獅子の金屏風と、重要文化財に指定されている松浦鎮信が大友宗麟から拝領した鎧兜、それと同年代の鎧ですが、その他にも足利将軍から拝領した鎧や天皇家ゆかりの品など数多く見ることができます。
平戸を訪れた城好き、歴史好きは必見の内容と思います。
なお、受付で確認しましたところ、写真も撮って構わないそうでした。

また、周辺には平戸オランダ商館が復元されており、内部の展示も見ることができますが、共通券もありますのでそちらを利用するとお得です。

私は、旗松亭に宿泊したのですが、そちらで割引券をいただくことができましたので、更にお得に見学させてもらいました。
また、こちらの旗松亭は、料理もとても美味しかったです。
名物であるヒラメの刺身はもとより、タイの天ぷら(オランダ風?の味付きの衣だそうでそれが特に絶品)など、どれもとても美味しかったです。

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dougen

2025.11.3登城 (2025/11/03 訪問)

JR柏駅の南にある増尾地区に増尾城址公園があります。
北側は公園として整備されており、増尾城址は、南側に整備されています。
北側にも空堀っぽい地形はありますが、縄張り図を見る限りでは違う様です。
史跡指定はされていませんが、土塁や空堀の遺構が良好に残っており、整備されていて安心して城址散策が楽しめる城址です。

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イオ

男良台場・男良谷砲台(和歌山市深山) (2026/03/14 訪問)

男良台場(おとこらだいば・城びと未登録)は、外国船に備えて水野丹後守が紀州藩から築造・守備を命じられた台場で、海岸沿いに数門の大砲を備えていましたが、明治期に台場跡に男良谷砲台が築かれたため、遺構は消滅しています。

深山第一砲台跡への入口広場駐車場から深山第一砲台経由で男良台場へ(直行することもできます)。男良谷砲台が台場敷地、その内側の平地が陣屋敷地と考えられますが、遺構はもとより台場の存在を示すもの(石碑や説明板等)は何もありません。それでも台場跡から海岸に下りていくと目の前に友ヶ島、その奥に淡路島を望み、台場がこの地に築かれた理由は実感できました。

なお、男良谷砲台は明治期に築造された由良要塞を構成する砲台のひとつで、2つの砲座にカノン砲各2門(計4門)が設置されていました。草木に覆われてはいるものの、2つの砲座と2つの弾薬庫が現存し、海岸には水雷発射施設も見られます。また砲台内部の排水用と思われる小さなトンネルが砲台から海岸まで続いていました。
 

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todo94

いつでもウォーク:Pikmin Bloom Tour in 横須賀 参戦前日の攻城④ (2026/08/29 訪問)

野庭関城からの転戦です。港南台駅まで歩いて新杉田駅までは京浜東北線、杉田駅から金沢八景駅までは京急を利用して徒歩にてアプローチしました。子孫が現在でもお住まいとのことですので、ばしばし写真撮影するわけにはいきません。早々に退散いたしました。

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赤い城

半年ぶりに (2026/08/02 訪問)

朝駆けで丸亀城を散歩しに行ってきました。
約半年ぶり、まずは石垣復旧工事の状況確認です。
見た目は前回とそう変わっていないような感じですが恐らく少しずつ着々と進んでいると思いたいです。
熊本城の石垣崩落の影響でさらに遅れるかもしれません😓

その後野面積みの石垣へ、ここから見上げると石垣の隅の部分が3段連なります。
搦手より登り本丸へ。
この日はあまり時間が無かったので眺望を少し楽しんで下山します。
帰りは京極坂、生駒坂、見返り坂と下り、内堀西側の土塁(地味😌)を確認して帰りました。

復旧工事の状況は不定期に確認してレポートしようと思います。

【見どころ】
 ・搦手側の石垣
 ・野面積みの石垣
 ・現存天守

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8月の長野県厳選名城巡りメインディッシュはここ! (2026/08/22 訪問)

今月の名城巡りは長野県ですが、国宝も含め100名城は「続」も含めると、なんと7つもあって、とても一回では周り切れません。
ということで、今回は真田好きの娘と相談して思い入れの深い3城を巡ることになりました。
いつの日かもう一度、長野県を訪れて残りの4城(小諸城、高遠城、龍岡城、高島城)をコンプリートしようと思います。
さて長野県名城巡り2日目は、姫路城と並んで双璧とも言うべき国宝「松本城」を堪能するために早朝5時に起きて朝食後さっそく車で向かいました(約1時間)
前日にネットで調べたら、毎日、日没後にライトアップするという事を知り、絶対に見たいと思いました。
朝8:00過ぎに松本に着き、駐車場に入りました。
すぐ城内には入らず、堀の外周を3/4歩いて、太鼓門から二の丸に入り、黒門を抜けて(途中、管理事務所でスタンプ、売店で御城印と御城印帳を入手)本丸庭園(本丸御殿)をぐるりと見て周りました。
そして、いよいよ待ちに待った天守に入城(幸い待ち時間は僅か)
じっくりと城内展示の説明も読み、まるでハシゴのような61度の階段も物ともせず(スカート厳禁です)ジックリと時間を掛けて思う存分見学しました。
月見櫓から天守を後にして二の丸を進み、二の丸裏御門橋を渡り場外へ。
松本神社(無人で御城印はもらえず)に参拝し、同じく国宝「旧開智学校」を再訪しました(亡くなった母と娘と一緒に十数年前に訪れた思い出の場所)
その後、遅めの昼食を食べようと予定していたお蕎麦屋さんに行ったらなんと休業(ガッカリ) 仕方ないので再度、橋を渡り二の丸を通り太鼓橋から城外に出て少し歩いたところにあるお蕎麦屋(せっかくの信州ですから蕎麦屋しか探してません)を発見!
お土産屋さんの2階で見た目はイマイチだったので正直、あまり期待していなかったのですが、創業148年の老舗らしく、曇野産のそばを使った手打十割そば超美味しかったす。
下のお土産屋さんの女性もとてもフレンドリーで感じの良い女性だったので、財布の紐もついつい緩み、あれもこれもと買ってしまいました。
ちょうど私の使っている茶碗の縁が欠けていたので、大ぶりの茶碗を探していたら、イイ感じのを見つけました。
しかし、買おうとしたら2万5千円!
地元の工芸家の方の作品とのことで泣く泣く諦めました。
美味しいお蕎麦をお腹いっぱい食べたので心に余裕もでき、「ナワテ通り」に向かう途中にあった「四柱神社(よはしらじんじゃ)」に参拝しました。
ここは、なんでも願いが叶うパワースポットとして有名らしく、若いカップルや女性のグループでかなり混み合っていました。
嬉しいことにここでは御朱印を直書きしてくれるというので、伊勢神宮で娘とお揃いで入手した御朱印帳に直書きをお願いしました。
ほどなく番号を呼ばれて御朱印帳を手渡され、さっそく御朱印を見てニヤニヤ。
御城印はほとんどが書き置きなので、直書きしてもらうなんて特別感があって嬉しさもひとしおです。
ここの社務所は初穂料が払う側の「気持ち」ということで料金を言ってくれないので注意です。
予め調べたところ相場は500円とあったのですが、あいにく500円玉の持ち合わせがなくて(初穂料でお釣りをもらうのも何だかね)私は1,000円札を奉納しました(幸せも2倍訪れると信じて)
参拝では、「家族全員と愛鳥の健康」「いつまでも娘と仲良しでいられるように」「商売繁盛」「名城巡り(ライフワーク)を長く続けられますように(体力と経済的余裕)」をお願いしました(ちょっと欲張り過ぎかな?)
入る時は横(北参道)から入ったので出る時は大鳥居がある正面(西参道)から出ました。
出た所が「ナワテ通り」で雑貨店やカフェが並ぶオシャレな雰囲気の通りでした。規模は全然違いますが、伊勢神宮の「おかげ横丁」や原宿の「竹下通り」を思わせる賑わいと雰囲気で色々な店を見て歩くのが楽しいですね。
千歳橋を渡ると中町通ですが、こちらは、かつての問屋街の名残りがあって、なまこ壁が立ち並ぶ風情ある通りでした。
「蔵シック館」というなまこ壁のレトロなカフェでコーヒーを頂きました、私好みの深煎りでスッキリ&ピュアな味でとても美味しかったです。
店内も太い梁が縦横無尽に組まれていてタイムスリップしたような不思議な空間でした(庭も綺麗でリフレッシュできました)
ここで時計を見ると16:00、ライトアップは日没(この日は18:30)なので中途半端に時間があるので、車で30分ほどの「(重要文化財)馬場家住宅」に行くことにしました。
ここは武田信玄の家臣の馬場美濃守信春にゆかりのある豪農の家で、ちょっとナメてましたが、行ってみると想像を遥かに超える素晴らしさで見所満点でした。
寺院を思わせる豪壮な鯱を備えた瓦屋根をくぐると、そこは別世界。
驚くほど広い屋敷や蔵、庭園、果ては土塁まであると言う、ちょっとした城以上の造りでした(重要文化財指定に納得!)
チラ見する予定が1時間も見学してしまい、松本城に着いたのが18:00
日も暮れ切ってない感じでライトアップまでまだ30分。
時間潰しと休憩を兼ねて松本市立博物館内にあるカフェで寛いでました。
ロビーで演奏しているジャズの心地良い生演奏を聞きながらリラックス。
ライトアップも始まったみたいで博物館を出て城に向かうと外もイイ感じに暗くなってました。
(有料エリアは入れないので)二の丸太鼓門から入り堀沿いを埋橋に向かいながらライトアップされた超美しい松本城に感動して写真を撮りまくっちゃいました。
どの角度から見ても美しい松本城天守群に唖然として自然と歩みも早くなり、かれこれ1時間ほど歩き回り、撮りまくる私に娘も呆れていたのではないでしょうか?
駐車場から車で1時間ほど、20:50に上田のホテルに着きました(都合12時間以上楽しんでたんですね)
松本城の絶景を思い起こし、ワクワク感が溢れ出して、くだらない文章を長々と書いてしまい申し訳ありませんでした(すべて読んでくれた人はいないと思いますが)<(_ _)>

気を取り直して今回も写真に沿って説明をさせていただきます。
① 毎回1枚目は御城印と決めています。ただし今回の松本城訪問では4種類の御城印を入手いたしました。そのうちの1枚は多分、土産物屋のオリジナル版(しかも桜の季節の売れ残り?)と思われますが、あまりに美しく私のハートを捉えたので通常版3枚と合わせてご紹介させて下さい。まず左上は「石川家花押版」で松本城の建築者とされる石川数正の花押、その上に石川家の家紋である笹流肝が描かれます(¥600なぜかコレだけ高い) 右上は「小笠原家朱印版」で、第3代城主・小笠原秀正が使用した印(馬の蹄をかたどった枠内に「弌剣平天下(いっけんへいてんか)」と書かれている/¥300) 左下は「戸田家花押印版」で、第20代城主・戸田松平光行(みつゆき)の花押が下段、23代城主・戸田光則(みつひさ)の花押が上段に描かれています(¥300) ここまでが通常版として城内の売店で販売されています(バラで買うと\1,200ですが3枚セットだと\1,000とお得です) そして右下がどうしても皆さんに見てもらいたかった非正式版(たぶん)で蕎麦屋の下のお土産屋に売っていた御城印です。もちろん正式な御城印はマストですが、一期一会という感じで訪問時に縁あって出合える御城印も入手せずにはいられません。何よりも松本城天守がリアルに美しく描かれていて(右下隅に月見櫓がチラリと見えているのもgood)値段は忘れましたが、私、買わずにはいられませんでした! 中央に豪快な書体で書かれた松本城の文字、右上には国宝、左上に天守登閣日を大き過ぎずバランス良く配置しているセンスの良さに参りました。背景に桜の花びらが描かれているので、たふん桜の季節の売れ残りと思われますが、それを差し引いても見事な御城印だと思います。
② 松本城が一番映える定番アングルがコレですよね。皆さんもやはりこのアングルで撮っていらっしゃいました。そんな中、素人カメラマンの私が改めて投稿しても埋もれてしまうと思うので、閃いたのがライトアップされた松本城をアングルは変えずに撮った写真をアップロードしました(昼の写真よりは少ないんじゃないかな?)大天守はもちろん、小天守、辰巳付櫓、月見櫓とバッチリ写ってます。この角度から見る松本城は至福の美しさです。
③ 平成11年に再建された太鼓門の桝形です。桝形内から櫓門撮りました。桝形は櫓門と高麗門からなっています。
④ 巨大な堀に架かる埋橋越しにライトアップされた大天守と小天守を狙いました。埋橋もライトに照らされて鮮やかに輝く赤は出色の出来です(擬宝珠を構図入れたのは私なりの小技)
⑤ その埋橋を主役に撮った日中の写真があったので投稿画像に選びました。本当に幅広い内堀に架かる埋橋の美しさは見事ですね。右奥の石垣と大きな木も松本城の堀周りらしさを伝えますね。水面に写り込んでいる逆さ埋橋の赤と木々の緑が素晴らしいです(風が弱い日で良かった)
⑥ 本丸や二の丸へ入るための重要な門のひとつ「黒門」がライトアップされていたので少し斜めから撮りました。
⑦ 本丸側から見た天守群で、中央が大天守、右が乾小天守、左奥が辰巳付櫓、その前の赤い欄干がある建物が月見櫓です。本丸庭園の本丸御殿跡は縁取りされていて御殿の巨大さが実感されました。堀越しに撮った天守はもちろん素晴らしいですが、本丸御殿跡から見上げる天守も迫力があって新鮮じゃないですか?
⑧ 内堀越しに天守を南東側から撮りました。水面に写る「逆さ松本城」を撮りたくて堀の外から水面を広く入れた構図にしました。10枚以上同じアングルで撮りまくりましたが、この一枚が一番美しく写っていました。ライトアップのせいか水面の天守がいっそう鮮明に見えました。
⑨ 本丸庭園から鯱を撮りたかったので大天守上層部にのみスポットを当てて撮った一枚です。漆黒の漆で塗られた下見板と、上部に少しだけ見える白漆喰のバランスとコントラストが非常に素晴らしいです。寄った構図のためか迫力満点です(さすが天下の名城!) ていうか、上部だけを見ると熊本城区別がつかないほど似ていませんか?
⑩ 今回の投稿ではライトを浴びて浮き上がる夜の松本城と、自然光で見る松本城の美しさを 写真を交互に並べることによって両方の美しさを伝えたいと思いました。最後の10枚目はこの写真で終わりたいと思います。なんとか大天守と黒門櫓が美しくフレームに入らないものかと色々な場所を歩き回り、ようやく見つけたのがこの構図です。 歴代の城主(家)の行灯が幻想的な雰囲気を醸し出して私にとって忘れられない一枚となりました。今回のように昼と夜を見較べると、私たちがネットなどで目にする日の光の下の松本城は黒く重厚な印象を受けますが、逆に夜の松本城は白い漆喰の部分がライトに照らし出された松本城は、いつも見る硬派な感じと違い、華やかで煌(きら)びやかな印象を受けました。結論としては「松本城はいつでも、どこからでも常に美しいお城なんだなぁ」ということを再認識した一日でした。

今回、松本城を訪れたことで私が独自のルール・採点で決めている【城ポイント】の経験値が松本城で一気に上がり、今回から8級に昇格しました♪ヾ( ̄o ̄K勝手に認定するなよ。。。

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定点観測 (2026/08/13 訪問)

 本丸の背後(西側)は、かつては入り江に面した急斜面。今は、下は境川河川敷。本丸東側の二の丸と堀を隔てて三の丸がありますが、二の丸から坂を登って行く、あまりないパターン。郷土資料館のフェンス際に、三の丸の石碑があります。
 城びと先人の投稿を追うと、比較的近場のじゅんじんさんが、2017/8, 2019/1, 2023/1, 2024/9, 2025/5と訪問されてます。二の丸にある亀城公園再整備事業の説明板(写真8)が写されています。2023/1では、色褪せて、また、ヒビが目立ちます。2024/9に新しくなってる!
 更に、先人の投稿を追うと、2024/1のWestさん訪問と、2024/5のぴーかるさん訪問の間で、新しくなってました。おもしろ~。肝心の「隅櫓や石垣、城門他を復元計画」も諦めずに頑張って。

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イオ

深山第一砲台(和歌山市深山) (2026/03/14 訪問)

深山第一砲台跡への入口広場駐車場(無料・10台ほど)から遊歩道を登ること約5分で深山第一砲台に到達。深山第一砲台は明治期に築造された由良要塞を構成する砲台のひとつで、3つの砲座に榴弾砲各2門(計6門)が設置されていました。砲座間はトンネルで結び、地下には弾薬庫が設けられています。壁面はレンガ造になっていて、砂岩とコンクリート造の加太地区の砲台よりも古い築造ながら、こちらのほうが遺跡っぽい雰囲気がありますね。榴弾砲である深山第一砲台も海側に高い土塁をめぐらせていますが、田倉崎砲台と異なり陸側にも高い土塁が遺っていました。階段で土塁を登って海側に出ると、展望台が芝生広場として整備されていて、紀淡海峡を一望することができました。

なお、近くの深山第二砲台は休暇村紀州加太となって砲座は全て失われましたが、敷地内に地下弾薬庫が一部遺っているようです。下調べ不足で見落としてしまったので、またの機会には行ってみたいと思います。
 

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にのまる

味わい深い。 (2026/08/10 訪問)

駅から住宅街を徒歩15分程度というので楽勝かと思いきや、ラストは平山城を実感する上り坂でした。

出迎えてくれたのは深い堀跡。
美しい日本庭園内は現代風にアレンジされているとは思いますが土塁、虎口、排水溝、礎石、枯山水が標柱付きでととのえられており、防御施設であると同時に文化水準の高い豪族の生活の場でもあったことがわかる復元でした。

模擬櫓(櫓風展望休憩舎)から見渡していると、現代まで存続していたらきっとこんな風になっていただろうなという気がしてきました。

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todo94

いつでもウォーク:Pikmin Bloom Tour in 横須賀 参戦前日の攻城③ (2026/08/29 訪問)

笹下城からの転戦です。笹下城から3km以上ありましたが、徒歩にてアプローチしました。ここまででかなりの歩数を稼いでいます。野庭中央公園では、少年たちがサッカーの練習に勤しんでいました。公園周りの道が空堀に見えてしまいますが、遺構は消滅しているんですよね。

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トク

22【秀吉の九州平定をたどる③】太閤岩(秀吉と官兵衛:密談の場所) (2026/08/20 訪問)

JR行橋駅か平成筑豊鉄道に乗替え15分「豊津駅」で下車しました(写真⑩)。ここから黒田官兵衛の「馬ヶ岳城」を目指します(写真①)。

駅から県道58号の脇道を30分程歩いて進むと登山者用臨時駐車場があります。そこから左に折れてあぜ道を歩く事15分、大谷登山口に到着しました(写真②)。ここから登山を開始します。

馬ヶ岳城は、小倉を出発し西ルートを進軍する秀吉が最初に宿泊したとされる場所です。秀吉が九州平定を終えた後は、豊前一国を与えられた黒田官兵衛・長政父子がここに入り居城としました。しかし手狭で山城はやはり不便なため、官兵衛は山国川の河口に、翌年新たに「中津城」を築城し移り住みます。しかし若き長政は、反旗を翻した城井氏(宇都宮鎮房)を討伐するため、しばらくここに留まったようです。

登山口から登山道を登っていると、途中には堀切・土塁・畝状竪堀がいくつか見られました(写真③④⑤)。これらは、官兵衛の時代に築かれたのではないかと言われています。さすがは官兵衛! ここはかなりの要塞堅固な城だったようです。

そして汗を拭きながら登る事30分、標高144m「太閤岩(展望台)」に到着しました。ここには、秀吉と官兵衛が座ったとされる岩があり(写真⑥⑦)、二人はここから香春岳城(かわらだけじょう)を眺めながら密談したようです(写真⑧)。私も同じように、ここから座って眺めてみました。秀吉や官兵衛の気分に浸れて、もう感動です! しかしこの日は気温35度。本当はこの上の本丸(標高216m)まで行きたかったのですが、暑さと体力を考えて断念、ここで下山しました。冬になったらまた再訪し頂上を目指そうと思います。

秀吉は麓で2泊し、宿泊中に黒田官兵衛・蒲生氏郷・前田利長らと軍議を開いたそうです。そして頑強に抵抗する秋月種実の「岩石城」「益富城」「香春岳城」「古処山城」をどうやってこれから攻め落として行けばよいか、作戦を練ったものと思われます。しかしここで意外な一言が・・・🤔。

秀吉は自分の家臣である官兵衛に対し、「西九州は我々に任せ、そなたには毛利とともに東九州を行く秀長を助けてほしい」と頼みます(写真⑨:秀長の豊前松山城)。秀吉は密かに官兵衛に、弟の事を託したのではないでしょうか。しかしこの判断が、根白坂で見事に功を奏する事になります。

次は秀吉の筑後平定の地(吉見岳城)を訪れます。
 

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神明山砦 (2026/08/22 訪問)

 堂木山砦から西に向かうと、深い堀切状の地形が現れます。神明山との境目で、地元民が小さな峠道として利用していたところですと。明るい尾根道を進むと、土塁が現れます。主郭はこじんまりした作りですが、城域は尾根沿いに細長く伸びてます。
 山城巡りをして人に会うことはめったにないですが、ここの尾根道では、二組のハイキング(?)客に会いました。帰りは、先程の峠道を南に下りました。東野山と堂木山の間の平地に柵を設けて、柴田軍の南下に備えたとのことですが、けっこう幅広いです(写真7)。

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イオ

田倉崎砲台(和歌山市加太) (2026/03/14 訪問)

青少年国際交流センター裏手から散策道を登ること約15分で田倉崎砲台に到達。田倉崎砲台は明治期に築造された由良要塞を構成する砲台のひとつで、3つの砲座に榴弾砲各2門(計6門)が設置されていました。砲台跡は遊具のある公園(家族の広場)として整備され、加太砲台のような砲台の建物は遺っていませんが、3つの砲座と弾薬庫が現存しています。砲台の海側は高い土塁で囲まれていて、これで艦船を狙って撃てるの? と疑問に感じましたが、水平射撃のカノン砲でなく曲線状に高く撃ち上げる榴弾砲だから問題ないんですね。もちろん砲座から艦船は見えませんが、そのために右翼と左翼に観測所が設けられていて、現存する右翼観測所の前方に整備された見晴らしの丘からは紀淡海峡を一望することができました。なお、左翼観測所は「小鳥の森」あたりにあるものと思われますが、見落としてしまいました…。

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todo94

いつでもウォーク:Pikmin Bloom Tour in 横須賀 参戦前日の攻城② (2026/08/29 訪問)

蒔田城からの転戦です。徒歩で根岸駅まで戻り京浜東北線洋港台駅から徒歩にてアプローチしました。成就院境内、墓地から丘の縁の民家が見えます。その奥にグーグルマップのポイントはあります。グーグルマップのポイントは完全に民家に囲まれていますし、大堀切跡とやらも同様ですのでポイント近隣の写真撮影は自重いたしました。

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赤い城

富田寺内町 (2026/07/18 訪問)

新大阪に戻る前にもう一城行けそうだったので摂津富田駅で下車しました。
南に徒歩で15分くらい、最寄りは阪急富田駅です。
普門寺周辺が城跡ですが境内の見学には事前予約が必要なので山門から中を見るだけで撤退しました。
土塁もあるのですが見れません(外周のフェンス越しに見れることは後で知りました😓)

これも帰ってから知ったのですがこの周辺は富田寺内町といっていくつかの町場からなる寺内町があったとされています。
普門寺もそのひとつでここでは細川晴元が晩年を過ごしています。

これで今回の城めぐりは終了、お土産に551で豚まん買って大返しとなりました。

【見どころ】
 ・普門寺

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POYO58

西外曲輪 (2026/03/24 訪問)

本丸を終えて、来た道を戻り、西外曲輪に向かいました。
西外曲輪には武家屋敷や台所があったとされ、人々が生活を営んでいたことがわかります。
また主な建物としては多門櫓、大手門、大手門横長櫓、角櫓があったとされ、現在は復元したものが存在しています。
球磨川越しに見るととてもきれいで当時の様子もわかりやすいです。
なんでみなさん人吉城行ってみてください!笑
チェブさんのおっしゃってた閉め方、再開してみました笑

ということで朝田辰兵衛さん、とある煩悩の登城記録さん、チェブさん、ヒロケンさん、赤い城さん、イオさん、ありがとうございます。そしてお久しぶりです。
今お城の写真もたまりまくってるので、これからも投稿頑張っていきたいと思います。

ちなみに軽音サークルでは、ギターボーカルをやってます。自分はミスチルの大ファンなので、ミスチルをやりたいとは思っていますが、なかなか知ってる人もいないので、back numberのコピーバンドを2回やりました。今度文化祭があるのですが、そこではBUMP OF CHICKENをやるつもりです。なんとかギターをはじめて3か月ほどですが頑張っています。

大学では電気・機械に関する勉強をしてますが、それらしい勉強は来年からになりそうです。
第一志望校だった名古屋大学は自分が志望した学科以外は点数的に受かっていて、人生最大のミスをしてしまいました。この悔しさを生かして、大学院でもう一度挑戦しようと思ってます。
それまでお城探訪頑張っていきたいと思います!

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堂木山砦 (2026/08/22 訪問)

 賤ヶ岳の戦いにおける、羽柴側の前線砦に行きました。戦国ステーション脇に、堂木山砦への矢印があります。要所に道標があり、登城口まで、10分ほどで着きました。 重機で切り開いた道が作られ、堂木山砦の60m下まで行けます。森林組合が、城域の余呉湖側の植林の一部を伐採してくれたそうで、賤ヶ岳、田上山が一望です。南の郭で長浜のボランティアが率いる一団が、景色を見つつ、お昼をとられてました。
 堂木山砦は、三つの郭と駐屯地からなり、土塁と堀でかためられています。主郭と北側郭の間は、食い違い虎口に。北側の郭の守りが特に厳重で、東側は土塁が三重になっているなど、北からの攻撃に備えているのが、うかがえます。
 南の郭から、西に続く尾根を少し行くと、これまた、立木を伐採して、北側の柴田側方面を望むことができるようにしてあります。ありがたいことです。この尾根をさらに西進し、神明山砦に向かいます。
 大河ドラマ 豊臣兄弟、ますます暴走気味になってきました⤵️

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イオ

加太砲台(和歌山市加太) (2026/03/14 訪問)

この日は友ヶ島に渡って、幕末に紀州藩によって築かれた台場(と明治期の砲台)を一日かけてめぐる予定でしたが、友ヶ島汽船の駐車場でトレッキングシューズに履き替えていると、汽船の人が近づいてきて「今日は風が強いので欠航です」とのこと。…な、なんですと! ネットでもアナウンスされていたようですが、天気は良かったので欠航は全く想定していませんでした。そうは言われても、もう加太まで来てしまっているので、もし時間が余ればと軽く下調べしてあった加太周辺の台場・砲台めぐりに急遽切り替えることにしました。

青少年国際交流センターの駐車場(無料・36台)に駐め、管理棟入口前の散策受付に記帳し散策マップを受け取って、まずは加太砲台から。加太砲台は明治期に商工業の中心である大阪一帯を守るために築かれた由良要塞を構成する砲台のひとつで、カノン砲4門が設置されていました。砲台跡は青少年国際交流センターの敷地になっていて、第2、第3砲座全体と第4砲座の半分、左翼観測所や砲具庫は失われていますが、第1砲座、砲側庫、右翼観測所・指揮所、砲廠、厠、火薬庫などが現存しています。砲廠内には由良要塞や加太砲台についての説明パネルや要塞砲兵の人形、砲廠の物品などが展示されていて、明治期の要塞や砲台についての知識に乏しい身には大いに参考になりました。


> POYO58さん
大学ご入学おめでとうございます。学業にサークルにと忙しくなさっていることと思いますが、また城にも行かれたら投稿をお待ちしております^^
 

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todo94

いつでもウォーク:Pikmin Bloom Tour in 横須賀 参戦前日の攻城① (2026/08/29 訪問)

今回、初めて青春18きっぷの3日用を使ってみました。10000円はかなり割高感があります。同じ3日用の鉄道の日記念きっぷは9000円台でしたから。金曜の午後、大腸内視鏡検査を終えて早い夕飯をとってから、家を出て東京で前泊しました。今回、行先を神奈川に定めたのは、いつでもウォーク:Pikmin Bloom Tour in 横須賀に参戦するためです。ところが土曜日の天気予報が芳しくありません。いつでもウォークは日曜日に回して、雨が降るまで可能な限り攻城を続けることにしました。まず、朝駆けで向かったのは、蒔田城。青春18きっぷ利用ということでJR京浜東北線の根岸駅から徒歩でアプローチしました。現在、横浜英和学院となっており、当然校内に立ち入ることはできません。つば九郎さんの投稿を拝見して勝国寺に足を伸ばしてみました。ここは後北条氏の姻戚の吉良氏の館跡とのことで吉良氏の供養塔もあります。供養塔近辺の墓地は英和学院の体育館脇にあり、切岸様の丘を望むことができました。勝国寺も蒔田城の一部と云って良いような気がします。

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