みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

日和佐肥前守 (2026/09/23 訪問)

 日和佐肥前守が、長宗我部勢の侵攻を防ぐためにこの地に城を築いたとされています。城址には、昭和53(1978)年に日和佐勤労者野外活動施設として建てられた模擬天守がありますが、耐震上の理由で閉館していました。遺構はなく周囲に石垣がありました。雰囲気はいいのですが、当時のものではないようです。

+ 続きを読む

牟岐大膳允 (2026/09/23 訪問)

 牟岐大膳允の城で天正3年(1575年)長宗我部元親の軍が阿波に侵攻し海部城が落ちると人質を出して降伏しました。標高約50mの山頂に観音堂があり主郭と思われます。尾根に曲輪が展開していたと考えられますが墓地となっていました。写真は撮りましたが墓石ばかりなので投稿していません。古そうな石垣があり投稿しましたが、当時のものではないでしょう。海蔵寺には幕末に土佐の勤王の志士がこの地で取り調べを受けたという説明板がありました。城についての説明板等はありありません。
 海蔵寺から登城して八幡神社側へ下りて来ました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

浅川兵庫頭有辰 (2026/09/23 訪問)

 浅川兵庫頭有辰の築城と伝わっています。長宗我部元親の阿波侵攻に伴い落城しました。
石碑と説明板が北尾根先の津波避難所にあります。城址は藪になっていて侵入を試みましたが、すぐに断念しました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

海部左近将監友光 (2026/09/23 訪問)

 海部氏の城で長宗我部元親の侵攻により落城しました。羽柴秀吉による四国平定に伴い蜂須賀家政が入部すると阿波九城のひとつとなり阿波支配の拠点となっています。
海部小学校近くの登城口より登城しました。城山は南北300m、東西250mの範囲に収まる小丘陵に大小14の曲輪が配置されています。堀切や竪堀もみられますが、切岸が防御の主体となっています。石垣や土塁もあり楽しく散策できました。
登城路は整備されていて概ね歩きやすかった。

JR阿波海南駅より徒歩約15分で海部小学校近くの登城口に行くことができます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

チェブ

轍とおにおこ。 (2026/07/04 訪問)

前回に引き続き「勝山城」。今回は遺構編です。
薄べったい投稿になりますので、ご注意下さい。

駐車場から整備された道を進み長屋門を見学。更に進むと大きな橋が見えました。その左手に勝山城北限土塁跡の標柱があります。私はこちらから入城しました。
しばし鬼怒川を眺め、日頃の運動不足解消の為、後でこの先の氏家ゆうゆうパークで歩いてこようか考えます。
と、言うくらい歩きやすそうな公園です。
で、先人たちも鬼怒川を眺めていたのかなーと思い出し、出陣しました。

草木が元気な7月でしたが、草刈をしてくれていて梅雨時期でもスニーカーで大丈夫でした。
本当、ありがたいです。

堀が立派で堀底を歩いてみようと、本丸の堀を眺めてみたら車の轍が。
ま、まさか堀底ドライブできるのか?堀がカーブしているけど、、、?
と写真⑨から写真⑩の堀の轍を意識し歩きます。途中、轍はなくなりました。
勝山城関係者の車でしょうね。
それに梅雨でぬかるんだ道ははまりそうです。

ある日、会社で『この雨で、おにおこ川温泉、中止になりました。』と真顔で後輩が言いました。
今の若いのは、鬼怒川も読めんのか!『おにおこ』は『きぬ』、『きぬ川』じゃ!とハラスメントギリギリで教えました。
10年位前、鬼怒川は台風で決壊し栃木県や茨城県の一部に水害が出ました。私の親戚も被害に遭いました。

今回は千葉県で冠水や印旛沼の決壊です。
改めて、お見舞申し上げます。

私も車が泥にはまって、動けなくなった事があります。
、、、某お城で。
積んであったバスタオルを噛ませて脱出しました。
なので堀底には車でドライブなんて、もってのほかだと再確認した「勝山城」攻めでした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

篠原長秀 (2026/09/22 訪問)

 三善長治の家臣篠原長秀の城と伝わっています。篠原神社と真観寺付近が城址ですが、遺構はありません。

+ 続きを読む

JR蔵本駅近く (2026/09/22 訪問)

 JR蔵本駅の北西部付近が城址と伝わっています。蔵本駅のすぐ北側に城主を祀った祠と説明板があります。遺構はないと思われます。

+ 続きを読む

遠くから (2026/09/22 訪問)

 「四国の名城を歩く」(吉川弘文館)を読むと「開墾や急傾斜地保護の工事などで改変を受けているものの全体的によく残っている」と記載してありました。しかし南海病院敷地内にあり立入禁止との情報あり、近くへは行っていません。トリーデなるとから写真撮影しました。

+ 続きを読む

妙見山公園 (2026/09/22 訪問)

 古くは小笠原氏の居城と伝えられています。戦国時代には三好氏、その後は長宗我部氏の支配となりますが、天正13年(1585年)豊臣秀吉の四国征伐後は蜂須賀家政がこの地を治めるようになります。居城である徳島城の9支城のひとつとして益田正忠が城番となりました。一国一城令により廃城となっています。
室町幕府の10代将軍足利義稙、14代将軍足利義栄はこの城で亡くなったと伝えられています。現在城址には模擬天守が建ち妙見神社本殿背後の石垣が一部遺っています。他にも石垣が遺っているとの情報がありましたが、確認していません。

 山頂まで車で行けますが、徒歩だとJR鳴門駅から妙見神社登り口まで約15分くらいです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

9月の城巡りは北海道♪ (2026/09/16 訪問)

毎月、都道府県を決めて、その県にある日本100名城・続100名城を巡るという私のライフワーク「名城を巡る旅」、9月は私の地元、北海道です。
今年の2月から城巡りを始めてからは地元から近い東北(青森・岩手・秋田・山形)を攻めていきましたが、一番近い地元エリアは歴史好きの娘が帰省する時、一緒に巡るために残していました。
9月に予定通り娘が帰省したので函館空港に迎えに行きました
今回訪れた「志苔館」は空港から非常に近く、車で数分の場所にあるので、娘を迎えたその足で直接向かいました。
志海苔館は函館にある、中世の館跡で、海岸段丘の上に築かれた国指定史跡です。
当時、アイヌと和人が激しい戦いを繰り広げた道南(北海道の南エリア)十二館の一つになります。
土塁と空堀の地形がよく残っていて、高台から津軽海峡や函館山を望む眺望が美しいのが特徴です。
続日本100名城スタンプは、志苔館内にある「あずまや」に置いてあります(24時間)
ちなみに、上下が判り難く試し押しの紙もなかったので、娘は横向きに押してしまいました。
それを見て私は慎重にスタンプ面を見て万全の態勢で押したのですが、結果は上下逆さまになっていました。
これから行く方は、くれぐれも気を付けてくださいね(*^-^*)

ここからは例によって選んだ写真に沿って説明をさせていただこうと思います。。
① 毎回1枚目は、私の勝手なこだわりで御城印と決めています。函館市の公式観光サイトや施設ページでは御城印の販売はしていないとのことでした。あきらめきれない私は函館市役所観光課に直接電話をして聞いたところ、正式版(市がやってるもの)ではないものの、何と、長野県青木村にある「道の駅 あおき」にて販売しているらしいと聞き、直接、電話で問い合わせてみたところ販売していました! ただ、郵送する場合、宅急便での配送になるので御城印代2枚(娘の分も)で2000円以上掛かるとのことでしたが、長野に買いに行くことを思えば安いもんです。そんな流れで手に入れた私にとって宝物のような御城印です。先に入手しましたが、ちゃんと訪れてから登城日を記入しましたよ(^o^) それにしても北海道の御城印が長野にしか売ってないとはどういうことなんでしょうね? でも、赤い大きな文字が目立ち、何かよく分かりませんが緑の家紋風の図柄と植物の意匠が使われていて、なかなかカッコいいデザインだと思いました(攻城団のページに同じのがありました)
② 写真の2枚目には「この城を代表する景色」と決めています。今回は「志苔館の入口にある石碑と案内板」にしました。函館市の案内ページでも城の入口として案内されていますし背後の外周の土塁も特徴的で、良い構図だと思います。
③ 「西側の土塁の上から主郭部を見下ろした」写真です。周囲を低い土塁がぐるっと囲み中央に主郭を含む平坦地があります。志苔館は主郭の周囲を土塁と空堀で囲んだ構造ですが、その様子が解かりやすいですね。
④ これは「空堀と木橋」です。薬研状の空堀を降りて底から木橋を見上げて撮りましたが、このアングルかなり気に入っています!(^^)!(自画自賛)
⑤ 前の写真で空堀の底から見上げた橋を今度は土塁の上から少し斜めに撮ってみました。前の写真と合わせると空堀と木橋の造りがイメージしやすいです。海側の眺望(津軽海峡)・土塁・空堀・木橋が一つのフレームに収まった構図です。
⑥ 志苔館の見どころの一つ「二重堀切」です。海岸段丘の縁にある館跡ならではの丸く盛り上がって海に向かってうねるような土塁が印象的です。
⑦ 北東の土塁の上から主郭内部を一望。井戸の跡や建物跡が確認できます。正面に津軽海峡、右奥に函館山と市街地が見えています。
⑧ 左右に盛り上がっている土塁の切れ目は門跡です。門に向かって規則的に並ぶ低い円柱は発掘で確認された建物跡や柵跡の位置を示しています。何より、この写真の気に入ってる部分は土塁の切れ目(門跡)から見える海と函館山です♪
⑨ 主郭北東部から門跡と二重堀切方向を撮った写真で、発掘で確認された建物跡の柱穴や区画の位置が判りやすいです。正面の土塁は内側から見るとそうでもありませんが、郭外から見るとかなりの迫力です。土塁の切れ目から見える海は津軽海峡です。
⑩ 郭内の写真が多かったので最後は門跡を出て土の厚みが伝わる土塁の写真で締めくくりたいと思います。主郭を守る力強い土塁ですが、土塁の下にさらに土塁がある二重構造になっているのでアイヌ軍もさぞかし攻めあぐねたのではないでしょうか?(結局、アイヌに攻め落とされましたが)

娘も函館空港に着いてすぐ歩き周ったのに疲れた様子も見せず楽しんでくれて、楽しい時間を過ごすことができました。。
意外にコンパクトだったので30分ほどで見学できました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

み。

会津若松城🏯 (2026/09/22 訪問)

戊辰戦争を耐え抜いた歴史の重み、守りの堅さを感じさせる石垣の数々。大好きなお城です🏯

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

飯田線城めぐり (2026/08/31 訪問)

高遠城見学後、時間の余裕がまだあったので木ノ下で途中下車して箕輪城に行くことにしました。
以前、福与城に行った際に駅の反対側に箕輪城があるのに気がつかず(城めぐアプリの3,000城には登録されていない)、よりによって飯田線でこんなミスをするなんて😢と残念な気持ちになったことがありました。

箕輪城は養泰寺の後背の墓地で、養泰寺の史跡碑には「木下陣屋跡城山」とあります。
墓地の入口に箕輪城の案内が立っていたので入らせていただくと、墓地を囲むように土塁と堀跡がありました。一旦外に出てぐるりとまわると大きな堀に入ることができ、かなり驚きました。現在でも墓地を守るという役割を持った現役の堀と土塁でした。

で、このあと飯田線で帰途についたのですが、辰野〜川岸間で倒木が確認されたため、乗っていた列車が辰野で打ち切りになりました。時間的、情報的に、箕輪城に寄らなかったら乗っていたはずの列車の運転士さんが倒木を発見されたと思われます。(当該列車の運休なし)
この状況、都市部だとちょっとした騒ぎやパニックになるかと思うのですが、乗っていたお客さん、誰一人騒がず、みなさん“仕方ないよね”という雰囲気。辰野はJR東海と東日本の境界駅で(駅管理は東日本)、東海の情報が入らない中でも駅員さんに詰め寄る人はいません。
岡谷行きの代行バスを用意してくださったのですが乗車定員が限られており、駅員さんの「あずさの特急券を持っている方優先にご協力ください」の呼びかけにも、我れ先にという人はおらず譲り合い。飯田線の客層、どれだけいい人たちなんでしょう!
私はというと、1時間ちょっと待てば辰野支線が来るから塩尻まわりで帰ればいいかぁとのんびり。何年か前にわざわざ大八廻りをしに来て以来の辰野支線ぐるりで帰りました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

あ

伊井城(滋賀県高島市、城びと未登録) 強い気持ちでまっすぐ進め (2026/09/23 訪問)

 六角高頼が将軍足利義尚の近江遠征に備えて、北国街道(西近江路)を封鎖するために築いたとされています。比高360mと結構な高さです。スキー場がある函館山から東に続く尾根上の小さなピークにⅠ郭があり、東側に下っていく尾根にⅡ~Ⅳの郭が並んでいます。城域は、東西約80m、南北20m。尾根は硬いチャートでできており、南北はかなりな急斜面です。一番の見どころはⅠ郭背後の堀切と土橋、そして、琵琶湖方面の眺望です。先人のレポートでも城域の整備と眺望を絶賛されてます、が、月日は経ち、木々の成長が整備を上回ってきてます。Ⅰ郭の堀切・土橋までは、Ⅰ郭背後となる、西からの進入路が切り開かれていますが、Ⅰ郭自体は薮化してます。登城道に面した説明板脇からのⅢ郭進入路(当時の縄張りのよう)およびⅢ郭も切り開かれていますが、展望の中央の木が大きくなっていて残念。でも、西側からのⅠ郭に向かう進入路開削はかなりな作業量と見受けられ、また、登城道もしっかり確保されており、頑張っておられる感があります。
 伊井集落内に説明板があります(写真7,8)。写真8のしゅうしの池観察路・案内図を頼りに写真9の登城口を探そうとしたのですが、案内図設置後、図示された矢印や表示が全撤去されており、害獣フェンスが設置されるなどして、何がなんだか状態になりました。肝心の池も見えなかったし。1時間くらい麓を歩いて、登城口の標柱を見つけました。結局、説明板のところから気持ちを強く持って真っ直ぐに進めばよかった。ちなみに、登城路の終盤に「キリタテ」という表示板があり、「切岸」のことか、城域は近いか、と思ったのですが、単なる地名でした。そこから城域までまだまだあり、ぬか喜び。
 にのまるさんの麻田陣屋石碑の変遷(定点観測)解析、感心しました。イオさんの和歌山城扇の芝変遷も良いですね。それから、トクさんの秀長をたどる旅31回、ご苦労様でした。興味深く拝見しました。古本市で、戦国九州軍記(学研歴史群像シリーズ)を見つけ、戦国期の九州のあり様を読み始めました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ニコ・ロビン

100名城の11( ・᷄ㅂ)🏯二本松城🌲🌲 (2023/05/25 訪問)

中世の名城🏯( ・᷄ㅂ)憧れの二本松城🌲🌲
福島には名城があるなぁ
室町時代から残る名城🏯
二本松、伊達、蒲生、上杉、加藤と名将のゆかりの城🏯
復元された箕輪門も、並の天守よりも美しく迫力もあって、山の上の天守台も立派✨山の上の天守は凄い眺めだったろうなぁ

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ニコ・ロビン

100名城の30( ・᷄ㅂ・᷅)高遠城🌸 (2018/04/11 訪問)

弘前城🏯吉野山⛰️と並ぶ桜の名所🌸高遠城🌸
タカトオコヒガンザクラ🌸が満開後の散り始め
それでもまだ花が舞い、池は桜色に染まる🌸
桜も素晴らしいが、城も素晴らしい戦国の武田の山城!
真田丸の第3話に出た信州の名城!
あまりに桜に目が行き過ぎるから、改めて行ったら、また緑も綺麗だった( ・᷄ㅂ・᷅)わ

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぴーかる

鷹尾城 (2026/09/20 訪問)

【鷹尾城】
<駐車場他>駐車場はなし。登城口に2台程スペースはある。駅前のコインPに停めました。「エコロパーク西山町第1駐車場」が安い。
<交通手段>車

<見所>堀切・竪堀・(空堀)
<感想>日帰り近隣の行っていない城 穴埋め旅1城目。3ヶ月ぶりの城攻め。シルバーウィークに宮城県と福島県の旅行を計画していましたが、台風の接近で無念ですが中止しました。仕方ないので日帰りで行ける所と言っても、自宅周辺の城びとフラッグはほぼ行ってしまって、もうほとんど残っていない。今回の近場3城、もう穴埋めしとこうということで行ってきました。
 鷹尾城は1511年に瓦林正頼によって築城されました。瓦林正頼は城びと登録城では瓦林城・越水城を築城しています。また瓦林正頼は最後の管領ともいえる細川高国の麾下にあったので、高国の指示のもと敵対する細川澄元側の赤松軍を押さえるのに築城させたと思われます。築城直後に鷹尾城の南麓の芦屋河原で合戦が行われます。
 登山口から途中写真を撮り撮りのぼって私の足で40分弱で着きます。あとで登山ルートも当時のままかどうか分からないと知って、城跡の石垣も後世のものだし、途中の落ちてる矢穴石もこの石垣の為のものでしょう。城跡は主郭の南下段に小さい段曲輪があります。主郭は比較的小さくTV塔が建っています。主郭の北側に堀切がしっかり残っています。堀切のさらに北側に2重横堀があるのですが、先達方の記述通りどうも戦時中の塹壕のようでもあり、そうでないようでもある。2重横堀の北側に鉄塔が建ってる2郭があります。主郭の北側に西に落ちる竪堀、2郭の南側に東に落ちる竪堀がそれぞれ付いています。これは当時のものに見えました。2郭の北側先は、尾根道が続いて、北の出曲輪らしき場所に巨石がたくさんあります。ここまでが城跡の主要部だろうという感じをうけました。
 さて2重横堀の私の見解ですが、戦時中の塹壕っぽい気がします。Wikipediaを読まなければ知らずに凄い横堀と思うのでしょうが、戦時中高射砲台があって塹壕で曲輪を潰されているとの記述があるのでそうなのかなあとも思いました。東側の長い繋ぐ土橋の高さはそんなに変わってなさそうなので当時はどんな縄張りであったろう。

<満足度>◆◆◇
<グルメ>この日は行っていませんが、奈良の有名店である彩華ラーメンの系列店で「やまとラーメン」はお勧めです。10回以上はココ行ってる。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

翡翠

観月会 (2026/09/25 訪問)

今日は朝一姫路城に登城しました。シルバーウィークよりは、ゆっくり見れました。今まで何回行っても知らなかった、天井の柱に字が掘ってあったりして、新たな発見でした。先ほど、ちょっと行って来ました。琴の演奏などいろいろありました。地酒やヤマサの天ぷらなど出店されてました。5枚目の写真はリの一渡櫓の籠などが展示してある所から外を見た写真です。これも、今まで見た事がなかったです。今回は4日間合わせて約96000歩歩きました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ニコ・ロビン

100名城の10( ・᷄ㅂ・᷅)山形城🏯 (2024/04/23 訪問)

奥州の名城山形城🏯
大きいと思ったけど、姫路よりも広い面積全国5位らしい( ・᷄ㅂ・᷅)なるほど
歩くだけで大変だ
最上の城( ・᷄ㅂ・᷅)凄いな
慶長出羽合戦の本城に相応しいな!この大きさは
お昼は、食べてみたかった名物鳥そばの名店
山形一寸亭🐔コリコリと固めの鳥と蕎麦の相性が良く、コレは美味い

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ニコ・ロビン

100名城の9( ・᷄ㅂ・᷅)久保田城🏯 (2024/04/23 訪問)

その日の内に秋田城も見に行きたかったから、駆け足で広い公園を回った感じ( ・᷄ㅂ・᷅)それでも2時間はかかるなぁ
遠いし、最近は熊🐻も出るし、中々気軽には行けないけど、
今度は近くに泊まって、ゆっくり見に行きたいなぁ
きりたんぽも食べず( ・᷄ㅂ・᷅)…

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

翡翠

大阪城 (2026/09/24 訪問)

今回大阪城22日に行ったのですが、登城出来ず、券を買うのに3時間くらいかかりそうなので、周りだけまわって姫路まで帰って、24日に始発の新快速でまた、リベンジ、1番に並びました。24日は大手口多聞櫓と千貫櫓の特別公開をしていたので、これも合わせて見ることが出来ました。とても、ラッキーでした。さすが、石垣はびっくりするくらいでした。24日は可愛い猫ちゃんが天守近くにいました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

<

ページ2

>