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カズサン

保渡田古墳群2/3-二子山古墳 (2026/05/30 訪問)

 八幡塚古墳の続です。

 保渡田古墳群の二子山古墳は「かみつけの里博物館」の西隣に在ります。古墳群3基の前方後円墳の中で最大です。
 全長213m、全幅108m、墳丘長108m、墳丘高9~10m、三段墳丘で斜面は石葺ですがコクマ笹で保護の為に植栽されている、周りは内堀外堀と内堤外堤で囲まれている、内堀には円墳部四方に陪塚の様な中島が付随して居ます。
 平成15年から17年に史跡整備調査の上復元整備されました。昭和60年9月3日に保渡田古墳群は国史指定されています。
 円墳部北東部からの板階段で円墳頂上に登り、頂上部には発掘調査状態の石棺写真パネルが原寸大で展示されて、周囲に説明盤設置されている、説明文ではパネル下1m下に実物舟形石棺が保存されていると、円墳部と方墳部とは道で繋がり墳丘からの眺めがよく、大噴火の有った榛名山を眺望出来る。
 榛名山東南麓には東日本でも有数の勢力を誇った豪族首長(王族)の本拠地が有り、三ツ寺遺跡Ⅰ王の館(城館)と王族を祀った大型の前方後円墳が残って居ます。
 二子山古墳東、かみつけの里博物館の南に紺色の矢車草と麦秋が混ざり植わって奇麗でしたので10番目に写真を載せます。

 次に「かみつけの里博物館」に続く。
   

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todo94

ゴールデンウイーク肥前の攻城⑨ (2026/05/05 訪問)

日在城からの転戦です。有田川が大きく蛇行している地点に所在する城です。城の北側には山田神社、南側には唐船城公園があってどちらにも駐車場と説明板がありました。私は、山田神社から登城し展望台に上ってから公園側に下りました。展望台のあたりは狼煙台であったようで、公園の方は中世の居館跡とのことです。最後は道路となっている堀切跡を通って山田神社駐車場に戻るというルートをたどりました。

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todo94

朝田さん、ありがとうございました

朝田辰兵衛さん、ご教示ありがとうございました。やはり、もう少し下らなくてはならなかったのですね。山中で迷うのが怖くて引き返してしまいました。リベンジを志す気はほとんどないのですが、その気になったときには主郭にチャレンジしてみたいと思います。

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にのまる

烽火台を見に。 (2026/05/05 訪問)

駅から少し距離があるため甲府を訪れてもなかなか行くチャンスがなく約8年ぶりの再訪となりました。

甲府駅から歩き、緑ヶ丘スポーツセンターの登城口から登りました。装備は🐻熊鈴と🦟虫除けの日傘。
舗装路なので足元の危険はありません。ひたすら上を目指します。

前回撤去中だった烽火台に着いたら山頂は目前。
天気は快晴☀️
最高の富士山🗻を拝めました。
遺構をしっかり確認して下山。行き帰りで8人の方とすれ違いましたが、みなさん登山を日課にしていらっしゃるご近所さんかな?という印象でした。

下山したらそのまま近くの法泉寺へ。武田信武公と武田勝頼公墓所、勝頼軍団戦歿将士供養塔にお参りしました。

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赤い城

ウミガメの町に (2026/05/06 訪問)

旧日和佐町はウミガメが産卵に訪れる砂浜がある町です。
海沿いの小高い山の上に模擬天守が建っていて車で登ることができます。
皆さんのレポートにあるように耐震のため中に入ることはできません🥹

模擬天守の前には城山神社が祀られています。
神社の由来記に日和佐城の説明も記載されていました。
周囲を散策してみましたが遺構らしいものは見当たりません。
遊歩道があり、眺望もよさそうでしたが雨も降っていたので散策はやめておきました。

美波町役場には日和佐陣屋跡もあり、石碑を見学してこの日の城めぐりは終了、徳島県のコンプリートも見えて来ました。

【見どころ】
 ・麓からの遠景

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カズサン

保渡田古墳群1/3-八幡塚古墳 (2026/05/30 訪問)

 箕輪城の南東4km程に東国古代上毛野国が栄え保渡田古墳群が有り、数拾年前以前より箕輪城探訪の序で空き時間に訪ねたいいと思っていましたが、城探訪の次がついつい気に成り急がれて今回まで訪ねる事が出来ませんでした。
 今回の箕輪城本丸復元西虎口門を初体験探訪観察の後に、上毛野(カミツケノ)はにわの里公園に在る保渡田古墳群を訪ねました、保渡田古墳群は復元整備された八幡塚古墳、二子山古墳、未整備の薬師塚古墳の大型前方後円墳3基と十数の古墳で構成されて居り5世紀後半から6世紀初期にかけて築造、その後約1500年前の榛名山の大爆発と火砕流で埋まり、わずかに3段目の古墳部が姿を残した状態だったようです。
 昭和5年の発掘調査で埴輪片の発見、上越新幹線建設に伴う昭和56年からの発掘調査で三ツ寺Ⅰ遺跡の発見、平成15年~17年より史跡整備調査、復元整備と進み、今日見られる様な復元古墳が姿を現しました。
 住所:群馬県高崎市井手町1514(中心の、かみつけの里博物館住所)
 駐車場:同博物館駐車場利用、大型バス、小型車多数あり、外部トイレ、博物館トイレ有

 八幡塚古墳
 八幡塚古墳は博物館の北側に在り前方後円墳は石葺です、二重の堀と堤で囲まれて全長190m全幅140mで3段丘、墳丘長96m、墳丘高8m、円筒埴輪(6000本)が各段に並べられています、又内堤南東側に人物・動物埴輪を並べた区画が有ります。円墳部の内部下に石棺展示室が有り階段を降りて大きな舟形石棺を見学が出来ます。
 土日祭日だけでしょうかガイドの方がいらっしゃいました。
 奈良大阪の古墳群に比べれば小振りですが全長約200m墳丘長約100mも有り斜面を石で葺く復元、埴輪の復元で墳丘全段に並べるスケール感は壮大で大変見応えがあります。
 大勢の方が見学に来られていました
 長年の希望を叶え八幡塚古墳を見学探訪できて満足でした。

 次に二子山古墳に続く。
 

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宇喜多直家 (2026/06/04 訪問)

 昨年も来ましたが、近くへ来たので寄ってきました。今回はさらりと散策しています。

 

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一の木戸(水門跡) (2026/06/04 訪問)

 一の木戸と呼ばれる水門跡へ行って来ました。一の木戸のほか、二の木戸、三の木戸と呼ばれる水門跡が発見されているようですが、今回はここで引き返しています。水門までの道は整備されていますが、新しい猪出没の痕跡やワナがあり少しビビりながら登城しました。

 岡山駅よりバスに乗り新道穂崎バス停下車。徒歩25分くらいで登城口である獣害対策フェンスの扉に行くことができます。獣害対策フェンスの扉は最初開け方がわからず少し時間をロスしました。

 

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ぴーかる

願海寺城 (2026/05/09 訪問)

【願海寺城】
<駐車場他>駐車場はなし。公民館前の通りに停車してダッシュで撮影しました。
<交通手段>車

<感想>1泊2日富山ちょこ城巡り1000㎞旅10城目。お城の詳細は現地説明版の添付写真をご覧ください。
発掘調査で堀や井戸跡、出土品などが出てきたそうですが、現在は埋められて表面観察では何も見受けられません。公民館の裏の社と城跡碑のある場所に行って撮影しました。

<満足度>◆◇◇

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朝田 辰兵衛

todo94さんへ

日在城攻城されたんですね。ピンの東北東からですか…ちゃんとパネルが設置されているんですね。土塁も…。ラストのシダ類ビッシリの写真が最高所だと推察します。私もここまで進みましたが,城域とは思えませんでした。
この最高所から南側に一段下がったところが主郭と思われます。主郭東側に登り石垣らしき石積も出現します。
私はピンの南東側から登りました。本来,こちらからアクセスが容易だったのかな…と思います。すぐに土砂崩れで道がふさがれている様子で,左の斜面をよじ登りました。その続きは,私の投稿を参照くださいませ。
私のルートは古城盛衰記さんの攻城ルートを参考にしました。復路は滑落の危険を感じるロッククライム箇所があったので,ほぼほぼ南側に進路を取りました。民家の敷地内に出ました。
たぶん,todo94さんの選択された東北東ルートのほうが安全だと思います。

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やま親父

石垣と眺望 (2026/05/29 訪問)

駅前のビジネスホテルから徒歩15分で城下へ、登り20分程度で天守へ、大山と中海の眺望が抜群でこの日もサンセットを狙って老若男女が登城してきた。石垣の保存状態もよく私にとっては全くの穴場城であった。

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トク

4【秀長の但馬平定をたどる④】出石城(蕎麦は絶品です!) (2026/05/15 訪問)

豊岡駅前から全但バス「出石」行に乗り30分、終点で降りて5分程歩くと出石城です。秀長時代にも有子山頂は不便なので、麓の出石にも何らかの建物はあったかと思いますが、関ケ原後の1604年に入った小出吉英により正式に築城の届出がなされ、有子山城が一国一城令で廃城となり、現在のような但馬の小京都と言われる街並みが出来たようです。1706年には信州上田より仙石氏が入り、蕎麦が広められたと伝わっています。

まず「いずし観光センター」で続100名城スタンプを押し地図等を入手します(写真⑨)。時を知らせる辰鼓楼などもあり、とてもきれいな街並です。ここも大河ドラマにあやかり、豊臣秀長の旗が多くなびいていました(写真⑧)。そして出石城と有子山城が重なるアングルはいい感じです(写真①)。登城橋(写真②)、二ノ丸にデンと構える東西の隅櫓(写真④は東隅櫓)、そして苔むした高さ13.5mの稲荷曲輪の高石垣や参道もなかなか風情があります(写真⑤⑥)。

最上段の稲荷曲輪からは、出石の街並みがとてもよく見えました(写真⑦)。そしていよいよここから、山頂にある有子山城を目指し、私は登山を開始しました。

その後、有子山から下山し、お腹が空きかつもう足が疲れて歩けなかったので、いちばん近い登城橋の横にある「左京」さんに入り、名物の「出石皿そば」を頂きました。おかみさんから「山に登ってきやはったんですか~?」と気軽に声をかけていただきました。そして恥かしながら食べ方が分からなかったので尋ねると、丁寧に教えて頂きました。(最初は〇×、次は△□、最後に÷※、〆はαβ・・・フムフムなるほど🤔)。するとこの皿そば😱~! むちゃくちゃ美味しかったです😊!(写真⑩)。

次は秀長が攻め落とした、有子山城(山頂)の様子に続きます。
 

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イオ

金森氏による城と城下町 (2025/11/15 訪問)

飛騨国の領主となった金森長近が養嗣子の金森可重の居城として築き、高山城の支城として北飛騨統治の拠点となりました。一国一城令により廃城となった後も金森氏の「旅館」として維持されましたが、江戸中期に金森氏が出羽国上山に移封されて天領になると、高山城とともに破却されました。

古川小学校の駐車場から登城開始。本丸は支援学校とグラウンド、二の丸は小学校になり、本丸と二の丸を囲んでいた水堀はほとんどが埋め立てられましたが、本丸櫓台とその周囲の水堀の一部が現存しています。櫓台の石垣は状態よく遺り、櫓台の上には御蔵稲荷神社が祀られていました。

城跡に増島城の建物はありませんが、破却の際に本光寺に書院と城門が、林昌寺と円光寺に城門が移築されたそうで、林昌寺と円光寺の移築城門は山門として現存し、本光寺の書院は火災で失われたものの、城門は浄徳寺に再移築されて山門として現存しています。また、林昌寺は金森氏ゆかりの菩提寺だそうで、墓地には金森家の墓所もありました。

移築門めぐりとあわせて飛騨古川の城下町散策も。城びと編集部の記事でも紹介されていましたが、瀬戸川沿いの白壁土蔵街は外せません(円光寺からすぐです)。瀬戸川に鯉が泳いでいないぞ? と思っていたら、冬場は増島城の水堀に移されているんですね。そういえば水堀には結構な数の鯉がいたような…(4枚目の写真参照)。時間の都合で飛騨古川まつり会館には行ってませんが、岡田屋のしょうゆ味のみだらしだんごを食べ歩きし、味処古川の飛騨地鶏けいちゃん定食で遅めの昼食。ビールが飲みたくなる味ながら、この後も車で城めぐりなのでコーヒーで我慢。けいちゃんがお土産に売っていたので、買って帰って家で心ゆくまで呑みつつ食べました。お土産には味噌煎餅本舗井之廣の味噌煎餅も。お得な割れせんを買いましたが、味噌の香ばしさを感じる上品な甘さの煎餅で、ついつい手が伸びてあっという間に食べ尽くしてしまいました。もっと買っておけばよかった…。

本城にあたる高山城の城下町には及ばないにしても、増島城の城下町も現在に至るまで城下町の風情が伝えられていて、長近だけでなく可重もまちづくりに注力していたんだろうな、と思わされた飛騨古川でした。
 

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todo94

ゴールデンウイーク肥前の攻城⑧ (2026/05/05 訪問)

肥前青山城からの転戦です。朝田辰兵衛さんの投稿を参考にさせていただきましたが、登城路を見つけることができませんでした。グーグルマップのマーカーの東北東、構公民館の近くに説明板と土塁遺構を発見しましたのでそこから登城することにしました。かなりハードな登坂です。大岩をいくつも見ながら進むと、説明板にある標高210mを超えて標高226mの山頂に立ってしまいましたが、ここは城域ではないようです。グーグルマップのマーカーを目指して下りましたが、果たして主郭にたどり着けたのかどうか、全く自信はありません。

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赤い城

城跡は墓地に (2026/05/06 訪問)

牟岐八幡神社に駐車場があり、ここを利用しました。
神社から登城路があり、これを登って行きます。
山上部に差し掛かると墓地が続いていました。
主郭部には観音堂が建っていまが説明板などはなさそうです。
遺構も見られません。

墓地は段になっているので曲輪の跡かもしれません。
かろうじて虎口状の部分はありますが当時のものかどうか?
ほとんどが墓地なので写真を撮るのも憚られ撮れ高は少ないです😓
帰りは石段を下り、海藏寺へ降りていきました。

【見どころ】
 ・主郭への虎口状の部分

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ぴーかる

日宮城 (2026/05/09 訪問)

【日宮城】
<駐車場他>薬勝寺公園駐車場を利用しました。
<交通手段>車

<感想>1泊2日富山ちょこ城巡り1000㎞旅9城目。日宮城の築城年代は不明なようで、神保長職が勢力を拡大した頃にはその支配下の支城としていたようです。その後一向一揆の攻撃を何度か受けて城は姿を消していったようです。
 ここもあとの調べで日宮社に現地説明板があるのが分かってしまい痛恨ミス。城の北側からアプローチして丘上までは行けましたが、そこから私有地の看板が立ち塞がっていたので、ここまでとして引き上げました。城びとポイントが主郭で、日宮社と薬勝寺との間に堀切があるので、社と寺の場所は南郭だったようです。最初薬勝寺に迷い込んでしまい、墓地の背後に土塁があるのが確認できました。

<満足度>◆◇◇

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小城小次郎

香西氏の南の守り (2025/08/10 訪問)

築城城とも表記されるこのお城は香西氏の被官だった築城(つづき)氏のお城だったという。香西の南側を守る要としての役割があったのだろうか、城域はそれなりに広かったらしい・・が、今は案内看板がひとつ立つのみだ。

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ヒロケン

金沢城散策2 櫓と櫓門及び多門櫓 (2026/05/04 訪問)

金沢城の櫓と櫓門及び多門櫓の定番画像をアップさせていただきます。金沢城は石垣の宝庫でもありますが、やはり彩を飾る櫓も恰好が良い(。・ω・。)ノ♡金沢城の櫓・櫓門・多門櫓のあちこちで唐破風の出窓が優雅さを醸し出していると思っています。
画像の1と2は2010年に再建された河北門の建築群、河北門のスロープから撮った河北門表門と菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓を撮影できるスポットで最近のお気に入りの場所です。
画像3と4は重要文化財。現存する金沢城搦手桝形の建築群、石川門表門と石川二重櫓・石川門櫓門です。百閒堀から見上げる石川門と二重櫓はなんとも恰好が良い(。・ω・。)ノ♡。画像5と6は2001年に復元された橋爪門続櫓と五十間長屋。二の丸を防衛する巨大な二重多門櫓、高さは約10m、両端の長さは98mに及ぶそうです。金沢城といえばこの画像ではないでしょうか。
画像7はこちらも現存する多門櫓で重要文化財です。三十間長屋の出窓と突出しが恰好が良いと思います。画像8は橋爪門櫓門と五十間長屋。画像9は2020年に復元された鼠多門。黒漆喰で仕上げられていて他の門には見られない特徴です。画像10は菱櫓と五十間長屋。つつじと櫓のコラボ。
正直、どの画像も金沢城に来る度に撮っていますが、毎回撮らずにはいられない衝動にかられます。

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HKISD

隈府城散策 (2026/05/29 訪問)

菊池公園、菊池神社を散策しました。
駐車場もあり、公園も広く公園も2つありました。

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イオ

各期の痕跡 (2025/11/15 訪問)

詳細は不明ながら姉小路三家・古川氏の居城と伝わります。戦国期には古川氏を破った三木氏が姉小路(古川)氏の名跡を継いで古川城を支配下におきました。金森長近の飛騨攻めで三木氏が滅ぶと金森可重(長近とも)が入りましたが、増島城を築いて移ったことにより廃城となりました。

県道から吉城コンポへの分岐を進み、登城口を通り過ぎた先に設けられている駐車場(案内表示あり)から登城開始。登城口まで戻って登って行くと、登城道の東側に麓の道を見下ろす出曲輪状の腰曲輪群が連なっています。さらに登城道を進んで主郭部へ。主郭部から北東にのびる支尾根は堀切で断ち切っていました。堀切で引き返して主郭に向かうと、主郭部への入口には石垣造りの内枡形虎口が設けられています。地表面に見られる石垣は金森期のものですが、発掘調査により地中に三木期の石垣が確認されているようです。

主郭部に入ると古川城跡の標柱と説明板が立てられ、覆屋の中には蛤石と呼ばれる球状閃緑岩が安置されています。眺めていると何やらぞわぞわした気分になるからか、蛤石にはうなり声をあげたり、運び出そうとすると重くなったり、日照りの中、川に沈めると大雨が降ったり…といった不思議な伝承が伝わっています。主郭の周囲には帯曲輪をめぐらせ、主郭の切岸は鋭く高くそびえ立っています。帯曲輪からは幾条かの竪堀を落とし、北西尾根は堀切で遮断していました。主郭の西側は櫓台状になっていて、発掘調査により古川期、三木期、金森期それぞれの建物の痕跡が確認されているようです。櫓台の周囲には金森期の石垣もわずかに見られました。

1時間を要せずひとめぐりできる規模ですが、古川、三木、金森の各期の痕跡がよく遺り、鋭く高い切岸といいなかなか見応えがありました。
 

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