国道17号線沿いにあるのでアクセス抜群。当時の建物はないものの、廓・馬出・土塁・堀切などの遺構が説明板とともに丁寧に整備され、見どころたっぷりです。
敷地内にある「名胡桃城址案内所」では名胡桃城に関わる歴史が知れたり御城印や関連グッズを購入できます。
名胡桃城址
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2026/08/14 08:13
豊臣秀吉による小田原征伐のきっかけになった城 (2026/07/20 訪問)
国道17号線沿いにあるのでアクセス抜群。当時の建物はないものの、廓・馬出・土塁・堀切などの遺構が説明板とともに丁寧に整備され、見どころたっぷりです。
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2026/08/14 06:09
北海道のチャシ・陣屋めぐり⑤の1 (2026/08/09 訪問)
北海道2日目は、釧路から釧網本線で知床斜里駅にアクセスします。前日、私は全く雨に降られなかったのですが、釧網本線は大雨で運転見合わせが続いていたのです。私が乗る予定の列車から運転が再開されるとは、なんともラッキーでした。釧網本線は、列車の本数が少なく、斜里町で5時間半も過ごすことになってしまいました。ということでお目当ての津軽藩シャリ陣屋に向かう前に、だらだらと斜里町内を散策します。斜里神社、禅龍寺を経て先へと進むと津軽藩士殉難慰霊碑がありました。隣には供養塔が立っていて、もう一つの供養塔は日照寺にあるとのこと。これはもう、見ていくしかありません。津軽藩士の墓所跡のほか、一位(オンコ)樹霊塔なんてものもあり、鉛筆の由来についての説明板があってとても勉強になりました。ちなみにオンコとはイチイの木のことで、斜里産のイチイは鉛筆原板として最適だったのだそうです。とりあえず、陣屋に赴く前に知床博物館を見学していくことにしました。期待通り、津軽藩の展示があったのですが、斜里町と津軽藩のつながりの強さは私の想像をはるかに超えるものでした。
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2026/08/13 21:47
天然の要害 (2026/08/12 訪問)
尾根を利用した山城でこんな急峻なところによく建てたなあという感じ 野面積みの石垣が無骨さを引き立たせてます
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2026/08/13 21:41
鉄壁の守りの城 (2026/08/11 訪問)
築城の名手 高山右近が築城 天守や櫓はないですが遺構は残っています。
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2026/08/13 20:57
16年で廃城 (2026/08/09 訪問)
黒野城は、1595(文禄4)年、加藤貞泰によって築かれました。
貞泰の父、加藤光泰は、豊臣秀吉に仕えて甲斐国24万石を領してましたが、1593(文禄2)年朝鮮の役で急死し、貞泰が家督を継ぎました。
貞泰は幼少のため、美濃国黒野4万石へ減封となってしまいました。
貞泰は城下町を整備しましたが、1610(慶長15)年伯耆米子藩6万石の藩主となり、さらに、1617(元和3)年伊予大洲藩に6万石で移封され、黒野城はわずか16年で廃城となりました。
本丸跡が公園として整備されています。
公園に駐車場はありませんが、隣接する平成医療短期大学の駐車場を土・日・祝日に限り使用することが出来ます。
本丸の周囲に土塁があり、その外側に内堀が残っています。
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2026/08/13 20:50
かるた大会
イオさん、あさん、にのまるさん、素敵なレポートありがとうございます✨️
楽しそうな雰囲気と真剣勝負のヒリヒリ感が伝わりました、かな?
いずれにしてもにのまるさんとイオさんには太刀打ちできそうにありません🥹
ここまで雰囲気と直感で生きてきたので事前準備もいい加減なので。
とはいえいつか参加したいので勉強します📚️かな?
今日は相方孝行で伊勢へ来ています。
城はちょっとですがお昼はリーズナブルな牛銀さんで松阪牛のランチ。
美味しかったです🐂
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2026/08/13 19:13
湖東の旅② (2026/08/10 訪問)
観音寺城に続いて訪れました。羽柴秀次の居城として築かれた、八幡山城です。
時間がなかったためロープウェイで山頂まで行きました。往復950円です。
山頂駅からすぐが二ノ丸跡で展望台となっています。そこから本丸跡へ。この季節はカラフルな風鈴がたくさんあり、映えスポットになっていました。
本丸跡には村雲御所・瑞龍寺門跡という門跡寺院があります。山門が本丸虎口でしょうか。立派な門でした。
北の丸跡からは、安土城や観音寺城が一望できました。西の丸からは琵琶湖のレイクビューが素晴らしく、観光客の皆さん記念撮影されていました。そこから南にある出丸は270度のパノラマビューで、見晴らしは抜群。敵が攻めてきても一目瞭然だと感じました。
1日湖東を巡ってみて、琵琶湖の反対側、湖西出身者の感想…この湖東の地形(平野が広がり所々にポツポツ山がある)は同じ琵琶湖の回りとは思えない景色で、羨ましいなぁと思いました。
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2026/08/13 18:46
湖東の旅 (2026/08/10 訪問)
近江国守護、佐々木六角氏の居城、観音寺城へ。
駐車場は観音正寺表参道駐車場を利用。460段の石階段を登ります。裏参道の駐車場もあるようで、こちらはゆるやかな坂道を15分ほど歩けば着くようです。料金はどちらも600円。城の遺構をくまなく見るなら、裏参道から歩く道にはいくつか曲輪があるようなのでそちらがいいかもしれません。
登城にはお寺の境内に入る必要があり、入山料がかかり、大人800円です。受付の方に登城する旨伝えると、縄張図の書かれたパンフレットをくださいました。
境内脇を抜けて、本丸跡までは10分ほどで着きます。そこから南西に曲輪が続き、特に平井丸の壮大な虎口、その先の大石垣は一見の価値ありでした。ほんと応仁期にこんなデカい石垣作ったの?と驚きました。
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2026/08/13 18:13
真田氏ゆかりの城 (2026/07/18 訪問)
「沼田公園」として整備され、公園入口には「沼田市観光案内所」があり城の歴史が学べるほか御城印やお土産などが購入できます。また周辺の観光案内も充実しています。
沼田公園
https://www.numata-kankou.jp/activity/sight/numatakoen/index.html
すぐ近くにはもう一つ「上州真田武将隊商い処 松之屋」というお店もあり、ここでもさまざまなオリジナルグッズが購入できます。
上州真田武将隊商い処 松之屋
https://josyu-entertainment.com/matsunoya/
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2026/08/13 17:57
大多喜駅前のレンタサイクルが便利❗️ (2026/02/22 訪問)
歴史ある薬医門をくぐると、、、何と、そこは大多喜高校❗️ 校内には古〜い大井戸もあり、日常で歴史に触れることができる素晴らしい学校だ、と思っていたら、、、山上には天守が‼️ 城下の人は、こんな風に城を見上げていたのかなぁ〜、何て思いを馳せました。
駐車場から天守までの道の途中には、大多喜水道という人ひとりギリギリ通れそうなトンネルが。通り抜けに挑戦しましたが、閉所恐怖症なので途中で断念。Uターン出来ないので、後ずさりで戻ってきました。。。
大多喜への道中は、菜の花や紅葉など季節の楽しみも多そうだ。いすみ鉄道が再開したら、小湊鉄道と乗り継いで外房線から内房線まで抜けられるので、乗り鉄にもお勧め‼️
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2026/08/13 17:31
かるた
朝田さん、城びとの風上にも置けない呆れた絵札攻略法に反応いただきありがとうございます。
正解(???)は↓↓↓です。
「イチゴの形」…今帰仁城
「鳥がグエッてなってる」…山崎城
「毛細血管バリバリ」…高取城
「広島だけにもみじ饅頭」…吉田郡山城
「パズルのピースの三段重ね」…石垣山城
「焼き芋」…三戸城
「クネクネとヒラヒラ」…観音寺城
「片方靴下」…花巻城
「右向きの恐竜」…鳥越城
「刃が3枚の手裏剣」…増山城
取っ掛かりとして考えただけですので…覚えたあとはきちんと縄張を意識します(言い訳)。
そして朗報。
かるた制作のアジア航測株式会社さんから全50城の赤色立体地図ソフトとYouTubeで練習動画が本日UPされていました\( ˆoˆ )/
これがあれば単語帳は必要ないです!
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2026/08/13 16:28
南部御城印プロジェクト③ (2026/07/31 訪問)
さあ南部御城印プロジェクト第三弾。
続100名城でもある浪岡城へいざ出陣です。
ただここで気を付けなければならないのが中世の館にしか御城印が無いこと。
城址の案内所にはおねえさんが一人いて場所の説明をしてくれました。
(スタンプはここにもありました)
それでは攻城から始めます。
しかしながら遺構的なものがわかりづらく郭が多く多重郭であることぐらいしかわたしはわかりませんでした。
ただその後、中世の館に御城印を買いに行ったのですが窓口のおじさまが面白くて御城印を買いに来たことを伝えると「これは公の物ではないのですが」などと言いながら写真にも載せてますが浪岡御所落城追悼の御城印を出してきました。
それも半壊(文字が壊れかけて、家紋が崩れ落ちている)→全壊(文字も全て崩れ落ちて読めない)と芸が細く思わずおじさまと一緒に笑ってしまいました。
こういうのも粋で良いなとほっこりしました。
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2026/08/13 15:54
偶然が重なって (2026/07/31 訪問)
ここで南部御城印プロジェクトの種里城から浪岡城へ行く途中で弘前城に行ってきました。
雲行きが怪しい中での攻城です。
前の種里城ではお猿さん達の歓迎でしたがここでは鴨のお出迎えです。
水堀もとても素晴らしくワクワクします。
行ってからやっと気付きました。
そうです。ここは石垣の補修工事の為に天守閣を曳家で移動させたんだった!
受付で「今は天守閣には入れませんがよろしいですか?」と言われて当然「大丈夫です!」と答えます。
だって今の状態はレアですから!
ここで補修工事の内容や工程を確認すると今年度に曳戻しがあるとの事で現状も数センチづつ動かしているらしいです。
曳戻しの予定は8月。もうすぐじゃないですか!
参加出来たらしたかった…
ひと通り見てまわって大きな山車があるのに気付いて確認したらなんと明日からねぶた祭だそうです。
偶然とはいえこうもいろいろあると感動はするもののある意味タイミングが良くないです…
まあいい思い出として心に残りそうです。
今度は桜の頃に、もとあった隅櫓の位置にある天守閣を見たいです。
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2026/08/13 15:16
南部御城印プロジェクト② (2026/07/31 訪問)
根城から始まった南部御城印プロジェクト第2段は津軽藩発祥の地である種里城。
八戸から車で行きましたがさすがに遠いです。
時間がもったいないので御城印が売っている光信公の館が開館する時間に合わせ早朝5時過ぎに出発!
さすがに早く着きすぎて待つこととなりましたがおかげで散策をする時間もしっかりと取れてなんとお猿さん達にも会う事が出来ました。
さすがに野生の猿なので近づくことはできない(向こうも警戒して遠巻きに見ている)けれど子猿もいて可愛かった。
光信公が亡くなった際に遺言で甲冑などをつけたまま埋葬され神となってにらみを利かせるとしたとの事。
その御廟所には霊力があって現在まで雑草が生えないと書いてありました。
そのうえ、領内で悪疫が流行した時にここで祈祷をすると終息したとか。
凄い、凄すぎます!
御城印もゲットしたので光信公の像とお猿さん達にお別れをして次なる攻城へレッツゴー!
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2026/08/13 11:32
根城攻城のあとに (2026/07/30 訪問)
根城攻城のあとホテルに行くには少し早いので島守館へ行きました。
ナビで行くと館の南東側の自動販売機のところに到着しました。
そこから徒歩で上がるとすぐに「島守四十八社 毘沙門天」とありました。
あとで調べてみると旧しまもり村の特定な祠、神社、お堂の事を指すようです。
道路に沿って登っていくと斜面に急な階段発見。
草も生い茂っていて登るのに躊躇してしまいます(とにかく急勾配)
息を切らしながらもなんとか登ると整備の行き届いた広場があり、展望台と奥に館が見えます。
館の前に城の軽トラックが停まっており、優しそうなおじいちゃんが「中、見学できるよ」と声をかけてくれました。
それは見せてもらわなくてはと思って入りましたが旧家(わたしの昔のおばあちゃんのうちにそっくりww)でした。
部屋を見ていくとなんと壁に懐かしいサインが…
山口百恵さんと片平なぎささん!
ここに来られたのか?若花田さんのサインもありましたがそちらは興味が沸かず(苦笑)
四戸氏が島守性を名乗って居住していて、九戸の乱のときに九戸政実に就いて九戸城に行き、留守の際に八戸勢に攻められて落城。
城主も九戸城で戦死して島守は滅亡したとのことです。
帰りにおじいちゃんにお礼を言って帰ろうとしますがいろいろと話してきて、帰るタイミングがなかなか合わなかった(苦笑)
しかし訛りが凄いのと少し小声でしゃべるのでなかなか話が嚙み合わなかったけどなんだかホンワカとした気持ちになって退散しました。
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2026/08/13 08:25
とことん亀山城(本丸) (2026/02/15 訪問)
鎌倉中期に関実忠が若山に築き(古城)、関氏代々の居城となりました。賤ヶ岳の戦いに先立って柴田方として滝川一益が挙兵すると、羽柴方だった関盛信の不在中に亀山城を奪って佐治新助(新介)を城将としましたが、羽柴軍の猛攻を受け落城。その後に城主となった関一政が陸奥国・白河に移封されると岡本良勝(宗憲)が入り、現在位置に天守を擁する城郭として改修しました。岡本良勝が関ケ原の戦いで西軍に与したために改易になると関一政が復帰するも、伯耆国・黒坂に移封された後は譜代大名が次々と入れ替わり、江戸中期に石川氏が入って明治まで11代続きました。明治の廃城令により建造物のほとんどは破却されましたが、多門櫓と石垣、土塁や堀の一部が現存しています。
約8年ぶりの再訪です。前回は本丸と二之丸くらいしか見ておらず、いつか改めてとことんめぐってみたいと思っていました。亀山公園庭球場近くの駐車場に車を駐めて、まずは本丸から。本丸南東隅の高石垣の上にはかつては三重の天守がそびえていたようですが、江戸初期に丹波亀山城の天守の解体を命じられた堀尾忠晴が間違えて伊勢亀山城の天守を取り壊したと伝わります。これまでに幾度となく見聞きしたエピソードながら、あ さんご指摘のとおり本丸にある説明板によれば「真偽のほどは定かではない」んだとか。とはいえ、天守取り壊し後に城主となり、亀山城を現在見られる縄張に改修した本多俊次が本丸北端に天守代用の三重櫓を築造していることからも、丹波亀山城と間違えたかどうかはともかく、本多期の改修までに天守が取り壊されていたと考えて良さそうに思います。元天守台の高石垣の上には本多期の改修時に築造された多門櫓が現存し内部の見学もできますが、この日は早朝のため入口は閉ざされていました。多門櫓から西に続く石垣は途中で土居になっていますが、地震で崩落した石垣を復元する過程で明らかになった石垣と土居の境を復元したもののようです。多門櫓の北下には抜穴伝説のある与助井戸跡など二つの井戸がありました。
本丸跡の中を東西に通る道路の北側はますみ児童公園として整備され、道路沿いに伊勢亀山城の説明板と亀山城楠門跡の標柱が立てられています。楠門は本丸東側の二之丸に通じる枡形門でしたが、門の遺構は消滅しています。本丸北端の天守代用の三重櫓も失われ標柱が見られるのみですが、公園北端の築山は櫓台の名残なのかもしれません。三重櫓北麓の公園池は外堀の一部です。
次は、本多期に本丸の西に拡張された西出丸とその周辺を散策します(続く)。
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2026/08/13 06:42
北海道のチャシ・陣屋めぐり④【ヲンネモトチャシ】 (2026/08/08 訪問)
ノツカマフ1号、2号チャシからの転戦です。これが5回目となるヲンネモトチャシですが、納沙布岬にほど近いということで本土最東端・納沙布岬とは必ずセットで訪れています。2024年の夏にも訪れているのにまたしても来てしまった理由は、本土四極到達コインを購入することにありました。とりあえず、郭に立ってから、納沙布岬に赴き、無事、四極コインを手に入れることができました。最東端の地に立つ納沙布岬灯台には、霧が迫ってきていました。なお、ヲンネモトチャシのチャシ女子の名前は「温音十萌」です。4枚集めると一つにつながるデザインとなっている到達証明書は、根室駅前にある観光協会で頂きました。帰路は太平洋側の道をとり霧の中を進んだのですが、風蓮湖あたりからは霧が晴れていたので、浜中町の霧多布岬に寄っていくことにしました。2年前は霧で視界0だったので、鮮やかな湯沸岬灯台の写真が撮れて満足です。ラッコを見ることはできませんでしたが、ラッコ目当ての観光客は大勢いました。この日の根室半島の最高気温は26℃くらいだったでしょうか。好天の下、快適なドライブを楽しむことができました。
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2026/08/12 23:37
大河ドラマのあの人 (2026/08/09 訪問)
今年の大河ドラマで、私の中で話題となった織田信澄さんが築城した城です。実は地元なんですが一度も訪れたことがなく今回初訪問。
織田家が交通の要衝である近江(琵琶湖)を支配するために築いた水城ネットワーク4城の一つです(他の3つは信長の安土城、羽柴秀吉の長浜城、明智光秀の坂本城)。
二ノ丸、三ノ丸は市民病院の駐車場となっており、遺構はなく、道端に「三ノ丸跡」と書かれた石碑があるくらいです。
本丸には、石垣が比較的綺麗に残っていました。天守台跡から北東に階段を下りると、内湖である乙女ヶ池がすぐそばに見え、水城の面影があります。
大溝城跡から徒歩10分弱で大溝陣屋総門があり、そこでは大溝城のパンフレットが設置してあったり、御城印、缶バッジなどグッズが購入できます。復元CG映像も見られますので、合わせて訪問するとより理解が深まると思います。
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2026/08/12 21:23
2026/08/12 19:09
南部御城印プロジェクト① (2026/07/29 訪問)
タイトルに記載しましたが南部氏にゆかりのあるお城の御城印を販売しているとの事でした。
またそのうえお城同士の縁によってワリインまであるとの事。
これは収集癖の強いわたしには知らない体にはできませんwww
早速まずは100名城でもある根城から攻城開始です。
八戸市博物館の駐車場に車を停めて博物館は改修工事中の為、ガイドセンターにてスタンプを根城の有料地区受付で御城印を購入しました。
あとで知ったのですが博物館の入り口はまだスタンプもご城印もあったようです。
あとAIで検索すると根城のお城カードがあるみたいに書かれていますが無いそうです。
門をくぐると空堀やよく整備された芝地が広がります。
東側からのアクセスで皆さんの投稿されている本殿に向かいます。
あいにくの雨模様でしたが建物に入り、当時の建物内の再現が素晴らしくアナウンスが流れると少しビクッとしてしまいます(笑)
南部御城印プロジェクトで難関である種里城にここで次に向かおうと決心しました。
南部家は九州出身のわたしにとって知らないことだらけでワクワクします。
さあ夜は予習をしてから朝一で向かうとします。
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