尼子十旗:出雲国尼子氏の主要な家臣団の十の居城
尼子十旗(①白鹿城②三沢城③三刀屋城④赤穴城⑤牛尾城⑥高瀬城⑦神西城⑧熊野城⑨馬木城(夕景城)⑩大西城)
春日城から車で20分くらいで、農村公園空スペース(35.353859、133.061937)に着き、説明板の写真を撮りました。
そこから、登城口標柱付近(35.355888、133.059190)に向かいました。登城口前に路駐しました。
築城年代は定かではないようですが、戦国時代に、尼子義久に従っていた熊野久忠が築いたとされています。
本丸下に建立したと言う、阿弥陀堂の寄進者として、1534年(天文3年)熊野兵庫介久忠とあるようです。
ただし、近くに、出雲一の宮である「出雲・熊野神社」があり、平安時代に熊野大社の神主である熊野氏が築いたとも考えられています。
1563年(永録6年)毛利元就が三刀屋城主三刀屋氏、三沢城主三沢氏などを率いて熊野城に押し寄せたが、熊野氏はこれを退けました。
しかし、1566年(永禄9年)尼子氏の本城富田城が開城したため、熊野城主熊野久忠も毛利氏に降伏しました。
1569年(永禄12年)尼子勝久ら尼子再興軍が、月山富田城を攻撃しますが、熊野久忠も加わり、出雲・熊野城を奪還すると、尼子再興軍の拠点になりました。
1570年(元亀元年)布部山の戦いで尼子再興軍が大敗した際には、諸城と共に熊野城も開城・降伏しました。
天正年間(1573年~1593年)富田城を預かっていた天野隆重は荷が重すぎると、毛利元就の四男毛利元秋を富田城主に迎え、自身は熊野城に退いて元秋を補佐しました。
南西の登城口から案内看板的確で歩きやすいように整備してありました。
山麓の農村公園に案内板が設置されています。
攻城時間は40分くらいでした。次の観光先=足立美術館に向かいました。
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