置塩城の溝口駅からJR播但線で姫路駅に戻ってきましたが、姫路駅から宮置バス停に向かうバスの接続が悪く30分待ちになりました。
宮置バス停から徒歩20分くらいで、置塩城登山口(34.917986、134.677286)に着きました。
1469年(文明元年)赤松政則によって築かれ、播磨・備前・美作3ヶ国の守護職・赤松氏の本城として使われました。
赤松氏は嘉吉の乱によって一時没落していましたが、南朝方から神璽を取り戻した功によって、政則の家督相続が認められ加賀半国の守護として復興しました。
その後政則は、応仁の乱で細川勝元の命で播磨へ攻め込み、旧領の回復に努め、代々の居城であった白旗城から置塩城へ居城を移しました。
1577年(天正5年)赤松則房は羽柴秀吉の播磨平定に従って、1585年(天正13年)の四国征伐に功があり、阿波国住吉に10,000石の所領を得て阿波国住吉城に移り置塩城は廃城となりました。
羽柴秀吉が姫路城を改修した際に、置塩城の用材を転用したといわれており、姫路城の「と」の門は置塩城大手門を移築したものといわれています。
登城道は整備され距離は長く、緩やかな登り坂はやや滑りやすいですが、そんなにきつくは無いです。
城内はさすが播磨最大の山城と言われるだけありとても広く、主郭に二の郭、三の郭の他、至る所に残る石垣など見所満載です。
巨大山城ですので隅々まで見学するなら時間に余裕をもって攻城した方が良いと思います。
たくさん写真を撮りましたが、ピンボケが多くピンボケ写真は投稿を控えました。
攻城時間は95分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
本日の宿泊先に戻る為、宮置バス停から神姫バスを利用して姫路駅に向かいました。
歩行歩数=33581歩、歩行距離=23.5Kmです。
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