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20260503赤司城(福岡県久留米市) (2026/05/03 訪問)

戦国期は、戦略上の拠点として大友勢や秋月勢などの間で争奪が繰り返され、戸次(立花)道雪も居城したという。その後、田中吉政の弟・清政が城主となり、赤司八幡宮や城下が整備された。写真の城址碑は、八幡宮や納骨堂から少し離れた道端にある

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ぴーかる

あさん福井県コンプリートおめでとうございます

あさん福井県コンプリートおめでとうございます🎉
私も福井県が残り6城となり鋸崎台場どうしようかと思っていたところです。断られたみたいですが、船をチャーターしようと試みるとは凄いです!遊覧船でも、なかなかハッキリ写っていますね。十分だと思います。私も脚立作戦は考えてて(考えることは同じだ~(笑))脚立の感じは掴めた、貧乏城巡りなので脚立、望遠×50で福井県大詰めになって行こうかと思います。参考になりました。

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チェブ

城びと未登録のお城攻め「物見の松とあかがね街道」「境城」。 (2026/02/21 訪問)

前回投稿した「世良田館」から「境城」へ向かう途中に「物見の松とあかがね街道」の説明板を見つけて路駐しました。写真①②③です。
物見の松とは、新田 義貞さんが鎌倉攻めにあたり、松の木に登って敵情をうかがったと説明板にありました。
後の松の木を見上げて、説明板を最後まで読むと、空洞に大蛇がいて退治する為に火をつけたところ、松の木も枯れてしまったとの事です。
小さくズッコケました。

あかがね街道とは、足尾銅山から銅を江戸に運ぶ為の街道なんだそうです。
私は小学校の遠足で『足尾銅山跡』に行った事があります。トロッコに乗り見学。当時の作業者を再現していて、キャーキャー大騒ぎでした。

「境城」は室町時代に井上氏が築城したそうです。写真④⑤⑥です。
お寺と神社と学校が近くにあります。
朱い祠がお祀りされ、水掘跡を思わせる池と朱い橋の投稿があり、行ってみました。
朱い橋や祠はボロボロで改修するのか『立ち入り禁止』の札。公園には土塁のような高みがありましたが、遺構かは不明です。
水もカラカラです。
ちなみに「境城」は広瀬川と利根川を渡った所に『渋沢栄一記念館』があります。
近くの住所は『境下武士』。

何となく惜しいなと思ってしまった「境城」攻めでした。

*城びとオールスターの皆様の投稿を拝読させていただくと、恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
、、、でも、辞めません v(・ิω・ิ)v

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さて福井県鋸崎台場です (2026/05/15 訪問)

 朝田辰兵衛さん、長崎県の未投稿城解消をご苦労様でした。さて、福井県最後の未投稿物件、鋸崎台場@大飯原発です。
 2022年4月に、松ヶ瀬台場を訪問した際に、大島半島先端にあり、大飯原発敷地内の鋸崎台場が未投稿物件であることを認識し、袖ヶ浜海水浴場から海岸沿いにどこまでいけるか試みましたが、いくらも行かないうちに足場がなくなり、進めなくなりました。
 2025年4月に、全国の未投稿案件が城びと上で話題になった際に、朝田辰兵衛さんとtodo94さんが、鋸崎台場の攻略案をやりとりされてました。①大飯原発PR館から眺望、②東側対岸、標高244.9mの山頂より遠望を挙げておられました。今年5月に入り、鯖街道ツーリングのついでに、大飯発電所PR館エルガイアおおいに寄り、情報収集してきました。エルガイアおおいに原発のジオラマがあって、鋸崎台場も再現してあったらそれを撮影して「登城」にしたいとの思惑も。しかし、ジオラマはありませんでした。VRによる原発施設上映では、ぐいと右手を見ると遠くに台場がある岬が見えました。大飯原発職員OBの館員さんとお話しして、「旅行会社主催の原発見学ツアーがあるが、台場までは行かない」とのこと。それよりも構内撮影禁止! 事前にネットで調べていると、エルガイアの前の港から、遊覧船が出ていて、見どころの一つに原発施設があり、よさげでしたが、現在は運航停止とありました。館員さんに聞くと、「スクリューに漁網が絡まって運航不能になり、再開してない」とのこと。
 対岸の内外海半島の断崖の造形を巡る遊覧船は、ずいぶん前に乗ったことがあるので、私的には、一番の候補だったのですが、内外海半島の断崖に沿って移動し、大島半島には近づかないのが難点でした。館員さんに、そのことを言うと、「釣りの渡し船をチャーターしたらよい。釣り船は原発の結構近くまで来ている」とのこと。渡し船屋の一つに、電話して、鋸崎灯台をなるべく近くから撮影したいので船を出して欲しい(台場をいうとややこしそうなので)、とお願いして、OKをもらいました、が、しばらくしてお断りの電話が。怪しいやつと思われたのかも。
 決行日、一便目の蘇洞門めぐり遊覧船に搭乗。断崖とは反対方向ばかり見ている変な観光客になりました。手元のデジカメのズームは大したことないので、掲載した程度です。小さな船は海面すれすれなので、台場の構造は撮れません。渡し船で近づいても同じですね。その後、対岸から眺める案にトライ。
 朝田辰兵衛さん指摘の「山頂近くまで車で行けそう」な道を行きました。国土地理院地図で泊から西へ行く道が示されています。地図上の道の最後に近い、大きく東に曲がったところまで車で行けました。 ここから、地図上の道どおりに行き、山頂を目指すか、西に進む、重機で切り開いただけの道を行くかのチョイスあり。今回は、西に進む方を選びました。道は標高120mあたりをほぼ水平に進んでいきます。だいぶ放置されていそうで、道に大きな木が生えていたり、途中で土砂崩れで道がなくなってしまっているところがあります。30分ほど進み、鋸崎が見えてきました! ところが、真新しい熊のう〇こが。もっと行けば、よいスポットもありそうなのですが、ここで撮影して退却。台場は、約2km先なので、上空から俯瞰する感はないです。244.7mの山頂からでも仰角が4度ほどしか変わらないので、地上からでは、これが限界ですなあ。それにしても大飯原発は絶妙の地形ですね。江戸期は隠し田だったのですと。鋸崎台場作りの際にバレた?
 ということで、これでよしとしていただければ、福井県の未投稿物件解消および私の福井県コンプリートになります。望遠付き高級カメラをお持ちの方に後続を託します。空から行く人もいるかな。

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小城小次郎

「石の門」に圧倒される (2025/06/28 訪問)

二度目の訪問で改めて「石の門」の存在感と主郭切岸の迫力とにやられた。織豊系に改修された大手石垣が目立つお城だがこのお城は行く度に何か新しい発見がありそうな魅力に溢れている。これぞ隠れ名城と言えようか。

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todo94

大河ドラマ館に赴く前・奈良ドライブでの攻城⑨ 城カード入手と大河ドラマ館 (2026/04/18 訪問)

椿井城からの転戦です。天守台の整備がなされた後に訪れていて、その際に続100名城のスタンプは捺してありました。今回は城カードの入手と大河ドラマ館が、目的の攻城です。大河ドラマの主人公の最終的な居城だけあってなかなかの人気です。一通り、城内を見て回った後は、大河ドラマ館へと向かいました。2026年の大河ドラマ館は、これで3か所すべて見ることができましたが、どれも今一つな内容に感じました。昨年の「べらぼう」は、台東区1か所のみでしたが、内容は今年よりはるかに充実していました。長らく改装で休館だった江戸東京博物館の大河ドラマ特別展を楽しみに待ちたいと思います。この日の攻城はこれにて終了。改装を終えてリニューアルオープンした奈良健康ランドに泊を取りました。新型コロナ以後、初めての利用です。シニア料金が設定されていてお得感がありました。

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にのまる

すてきな散策コースでした。 (2025/03/25 訪問)

塩山駅南口から窪平行きの路線バスで終点下車。城址まではそこから15分の上り坂。
眼下に広がる里山の美しい風景に、上へ上へと上がっていくのがとても楽しかったです。そしてふり向けば雪を頂いた富士山が!

城址はぶどう農園の中。
左手奥の天守台跡に立派な城址碑がありました。

説明板のある八幡神社でゆっくりのんびり富士山を眺めていましたが、それでも帰りのバスまで1時間半あるので恵林寺に行くことにしました。バスは途中、恵林寺バス停を通るので、そこから乗り込む算段です。

恵林寺に向かう道すがら城古寺宝篋印塔に寄ってみました。こちらも地主さんのご厚意だと思うのですが、農地の通路から傍まで行くことができました。足利尊氏、二階堂道薀の供養塔だそうです。近くの公民館にもいくつか石塔が置かれていて地域の皆さんで守っていらっしゃるのだなという印象を受けました。

恵林寺では久しぶりにピカピカ信玄公とご対面し、バスの時間まで境内を散策しました。

またひとつ、お気に入りのお散歩コースができました😊
また行こ!

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ヒロケン

小谷城散策3(続きです) (2026/04/29 訪問)

清水谷から徒歩での攻略を改め、いっきに車で番所跡の駐車スペースへ、門番(ガイドさん?)が2名待機、番所跡はスルーしお馬屋へ、馬洗いの池・三方を土塁で囲まれたお馬屋を攻略後、ふと見ると帯曲輪への案内が(清水谷側)「そいえば行ったことないな」と思い帯曲輪へ、事前調査で竪堀が何本かあるとの事を思い出し探したのですが見つからず"(-""-)"それより、桜馬場、大広間の南斜面に石積みがいくつかに分かれ点在している(*^_^*)、石積を画像・映像に収めながらお局屋敷跡へ、お局屋敷跡を散策後本丸南へ上がって来て中丸へ、3段曲輪で階段状になっている中丸の石積、刀洗池を攻略後京極丸へ。京極丸の桝形虎口・大石垣を攻略後、小丸・山王丸へ。
ここから大嶽が見える( ゚Д゚)今回目的地とした大嶽。山王丸でお会いした方に 自分「大嶽から来られたのですか」出会った方「そうだよ」自分「どのくらいかかりますか?」出会った方「30分はかかるよ」( ゚Д゚)って事で今回も大嶽を諦めました。
次回は必ず、きっと、多分大嶽を攻略し皆様にご報告いたします。

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公開日に訪問 (2026/05/16 訪問)

 和井田家は江戸時代に代々八條村の名主を務め、八條領 35 ヶ村の寄場組合の名主大惣代の一人を出す地域の上層農家の一つでした。現在の主屋・長屋門が国の重要文化財に指定されています。また堀なども残っています。

 公開日は1月、8月、12月を除く毎月第3土曜日 午前10時から午後2時までとなっています。(2026年5月現在)
この日は公開日でご主人には丁寧な説明をしていただき、パンフレットもいただきました。

 草加駅からバスに乗り八潮団地バス停下車。徒歩10分くらいで行くことができます。

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ダイエティシャン

中荒城2️⃣登城道、大杉、鷲原八幡宮、流鏑馬馬場 (2026/05/16 訪問)

自然道の途中に石積み(②)もありました。🏯と関係があるのかは分かりませんでした。大杉(③)
鷲原八幡宮(④)流鏑馬馬場(⑤)の順で、中荒城攻めを終えました。
中荒城入口から鷲原八幡宮まで駆け足で10分程でした。

出陣前夜は太鼓稲荷神社で戦勝祈願をしました。津和野城の、ライトアップ(⑥)も見れました。城攻め後は無事帰れたので太鼓稲荷神社へお礼参りに行きました。狐の絵馬(⑦)を奉納しました。

津和野城から西に10キロほどにある学舎と堀氏庭園です。
長々とお読みいただきありがとうございました。

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ダイエティシャン

中荒城2️⃣東郭、登城道、 (2026/05/16 訪問)

主郭(写真①)からもと来た道を引き返します。空掘•竪堀付近の郭(②~⑥)と入口まで戻り、中国自然道(⑦)を下ります。もう一つ中荒城入口の看板(⑧)があり、そこからも登ろうと試みましたが、途中、道がはっきりとせず(⑨、10)、引き返しました。

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ダイエティシャン

中荒城2️⃣~東郭、空掘•竪堀、主郭、 (2026/05/16 訪問)

津和野城の中世遺構の中荒城に行きました。YouTubeで何本か詳しく案内されているので、参考にしました。
今回は、南門→中荒城→自然道→大杉→鷲原八幡宮のルートで攻めました。
竪堀の前に郭らしき平坦地(写真②)があり、空掘•竪堀(③)を越え更に平坦地(④)を真っ直ぐ進軍すると、看板がある主郭(①⑤⑥)に到着。入口からここまで急ぎで約15分です。石積(⑦)あり。主郭は2段に別れているようで、下段から上段を見た様子(⑨)

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ぴーかる

小山城 (2026/03/14 訪問)

【小山城】
<駐車場他>駐車場はなし。登城口の北側<35.966260,136.524063>に車を寄せて停めました。
<交通手段>車

<見所>堀切・切岸
<感想>日帰り大聖寺城と福井山城旅ラスト4城目。この城も行ってみたかった城跡です。現地説明板を要約すると、小山城は室町時代前期に越前守護の斯波氏が戌山城を本城とし、支城としてこの小山城を築いたとされます。応仁の乱の後1475年に朝倉孝景は戌山城に侵攻して落城し小山城も次いで落城しました。
 城跡は独立した丘陵全体に築造された山城になっていますが、比高はそれほど高くありません。登城口に説明板があり、登り切ると最北の曲輪の南側の堀切に出ます。縄張りは尾根上の高い箇所に曲輪を設けて曲輪の前後に深い堀切があります。尾根は全体的に途中で屈曲していてL字型をしています。尾根筋の途中にも2重堀切や堀切を設けています。各々の曲輪は堀切と高い切岸で独立した感じになっています。前後して、あさんも登城投稿されていて私も同意見で、縄張りL字状の屈曲部分の曲輪が一番広くここが主郭かと感じました。堀切・切岸の高低差があって、とても見応えある城跡でした。これにてこの旅終了。走行距離626㎞無事走破。結局本格的山城攻城もこの旅をもって今シーズンも終了です。

<満足度>◆◆◆

<追記>最近は山城巡りのついでに湧水を汲みにいくのもルーティーンにしていて、こしょうずの湧水というのを以前に前を通って気になったので汲みに行きましたが、3月いっぱいまで冬期通行止めになっていました。残雪が結構ありました。

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金ヶ崎城を見下ろす位置にある支城 (2026/05/02 訪問)

 金ヶ崎城には何度か登城したことがあったのですが、天筒山城には足を伸ばしていませんでした。このところ、福井嶺北の城を巡っていて、滋賀からは敦賀を必ず通るので、未訪問の天筒山城は、とても気になってました。大河ドラマを受け、金崎宮の参道に、豊臣兄弟ののぼりがはためいておりました。GW中の晴天でもあり、散策者もまあまあおられました。
 とある煩悩の登城目録さんの投稿にあった遺構の説明板(写真4)は、頂上から、割と下った分岐にありました。予想よりも小さく、目立ってないです。天筒山頂上付近には、これといった遺構はないですが、説明板のように、東へ続く(中池見方面)、比較的緩やかな尾根を守る堀切、切岸、郭が残っています。説明板に切岸①②が記載されていますが、切岸だけ現場の表示がないですね。
 登りは、金ヶ崎城経由で、下りは、金ヶ崎城との間の深い谷底から、泉地蔵に向かいました。斜面はとても急峻で、要害感がありました。東の尾根が弱点であったのですね。また、天筒山からは金ヶ崎城を見下ろすことができ、金ヶ崎城とセットで守るべき城なんでしょうね。
 福井といえば、越前そば。敦賀市のメインストリート沿いにあった、むぎやに入りました。創業は天保年間ですと。

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todo94

大河ドラマ館に赴く前・奈良ドライブでの攻城⑧ (2026/04/18 訪問)

大和高田城からの転戦です。椿井井戸が登城口となっています。登城路には幟も立っています。縄張図付きの説明板もあってありがたい限りですが、残念ながら北郭群方面は立ち入り禁止となっていました。来訪者が増えているようなので、遺構の保全のためには仕方のない措置かもしれません。

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藍植え王

30mの絶壁!高虎が放つ西向きの殺意 (2022/04/10 訪問)

本丸西面の【30メートルの高石垣】と足元に口を開ける【巨大空堀】のセットに平伏する城。
大坂の陣直前、藤堂高虎が豊臣軍を迎え撃つために築いた迎撃要塞です。打込ハギで垂直に立ち上がる石垣は、見上げるだけで足がすくむ圧倒的な土木量。石垣のラインに施された「屏風折れ(横矢がかり)」の折れも見事で、上から狙撃されるキルゾーンが今なお完璧に残存しています。西側だけに特化された狂気的な高低差に、戦国のリアルな緊張感がビンビンに伝わります!

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朝田 辰兵衛

ごほうびは快晴☀ (2026/05/05 訪問)

todo94さんが攻城されていなければ,ここで長崎県未投稿城を解消の予定でした。なので,プレッシャーから解放され,すっかり観光気分でした。
ここの一番の問題は,的山大島(あづちおおしま)上陸後だと思います。平戸桟橋の観光案内所でレンタサイクルして,自転車とともに乗船するってこともありです。
私はtodo94さんと同様,ケイラインのバスに乗り込みました。なんと,乗客は私ひとり。運転手の方に「城山公園(じょうやまこうえん)に行きたいのですが…」と伝えたら,「ルートは違うけど入口まで行きますよ」とのうれしい一言。「えっ,いいんですか。ありがとうございます」と。さらにうれしいのは,どこまで行っても運賃【100円】という破格値。
通常ルートであれば,支所前(役場前)バス停が最寄りとなります。ここからバスルートと違う道で山登りです。
思いがけず時間に余裕ができたので,神浦(こうのうら)の港を眺めたり,重伝建保存地区の町並みを歩いたりして時間をつぶしました。港では,岩礁ピットがないか探しましたが,やはりありませんでした。あったら大発見でしたが…。
復路は,天降神社バス停からケイラインのバスに乗り込みました。往路と同じ運転手の方でした。どうやらワンオペのようです。時間はピッタリに来ます。
島内の商業施設の運営は,全て本土より移動してきて行われているようでした。GW期間中休業の貼り紙をスーパーで見ました。ここでの生活は自給自足が基本なのかな…。バスの運転手の方は「今の時期はイカが取れるよ」って言っておりました。高齢者には厳しい環境に思いました…。

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100名城ビギナー

青森県城巡りも最後の城です (2026/04/19 訪問)

今や私のライフワークとなった「(続)日本100名城巡り」ですが、今回の青森県シリーズも最後です。
青森3城めとなったのは青森市にあり続日本100名城、国指定の史跡でっもある 中世城館「浪岡城」です。
多数の曲輪から構成され、それぞれが水堀と土塁によって区切られている珍しい形態の城です。
室町時代にこの地を治めた「浪岡氏」の居館として築かれましたが、戦国時代に津軽為信の攻撃で落城し浪岡氏も滅びたということです。

青森を早朝5時半に出発し7時オープンの弘前市役所駐車場に前から7台目で列につくことができ、弘前城を十分堪能して昼前に浪岡城に向けて出発し約30分で到着しました。
案内所や駐車場のある入口に到着しましたが案内所も(日曜日・桜満開日なのに!)隣接トイレも閉まっていました。。。

今回も投稿した写真に沿って浪岡城を簡単に説明していきます。
「続きを読む」と「すべての写真を見る」を両方開いてもらえば分かりやすいかと思いますので、ぜひお付き合いください♪
① まず最初は恒例の御城印(通常版)です。この御城印は「青森市中世の館」という博物館のみでの販売なのですが、私が行った日にまさかの休館日! 調べて行かなかった私も悪いのですが第三日曜日が休みなんて。。。博物館が日曜日が休みなんてビックリ(しかも周辺は桜満開) もう、頭に来て翌週に御城印を買うためだけに新幹線とレンタカーを使い行きましたよっ!
② 浪岡城の入口近くにあった国史跡の看板です。
③ たくさんある木橋も浪岡城の魅力です。橋で堀を渡った正面にある桜の木の後ろに土塁が残っています。
④ 浪岡城は北館・西館・東館・内館などの曲輪がそれぞれ水堀と土塁によって区切られている珍しい形態のお城です。この写真は広大な東館にある遺構です。桜が綺麗でした。
⑤ 種別の違う桜なのでしょうか? 迫力ある白と桜色の美しい桜?を並べて見較べてみます。植物に詳しい友人に見せたら桜ではなく「ベニバスモモ」(スモモの仲間)じゃないかとのことですが、さて真相はどうなんでしょう? 浪岡城址の関係者の方、ご存じの方がいたら、ぜひ教えてください。
⑥ 内館です。ここは調査が行われていないそうなのですが、城の中心部にあることから城主が住んでいた場所なのではとのことです。
⑦ もっとも広く、全域にわたって調査されているそうで、城主の家臣たちが住んでいた場所らしいです。板塀で区切られた屋敷跡の遺構は往時の雰囲気を偲ばせますね。
⑧ 北館から木橋で堀を渡ると西館です。写真が下手なので上手く撮れていませんが、実物の桜は超美しかったです!
⑨ 御城印を販売する「青森市中世の館」が休館だったため!(怒) 翌週、御城印を買うためだけに新幹線往復代金とレンタカー6千円も掛けて行きました(皆さん第3日曜日が休館ですのでくれぐれも注意してください!) ただ、面白いことに御城印の他に「落城追悼」の御城印があるんですよね。しかも「半崩落」(左)と「完全落城」(右)のバージョンがある念の入れよう。これには笑っちゃいました。もちろん、3種類とも購入(全部で¥990) ムカついて意地で無駄に2週続けてやって来ましたが、帰りは笑顔になってました~
⑩ 続日本100名城スタンプは、どこかの遺構のデザインでした。山の位置から見ると隣の写真を元にしてるのかな? 残念ながらこのアングルの写真は撮ってなかったです(残念) そうそう、スタンプは休館の時に押しました。外に出しっぱなしでした。

ということで、まさかの御城印買えず!で、2週間に渡る青森行きでしたが、まあこういう苦い経験も、のちのち役に立つと前向きに考えて、次の秋田県100名城巡りに行って来ようと思います。
ニュース等を見て急遽、Amazonで熊スプレーを購入しました(笑)

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カズサン

驚愕の景観整備-西土塁腰巻石垣編 (2026/03/22 訪問)

 令和7年度植生整備事業が行われて、西側土塁法面も灌木、草類伐採整備、樹木の間引き剪定されて景観整備が整いました。鉢巻石垣を南から北に犬走を歩き探訪の後、北端遊歩道より西側土塁下に降りる、西曲輪の桜は未だ咲いていない。
 土塁下を北から南へ進み、西側法面、腰巻石垣を観察見学、今回初めての体験でしたが、腰巻石垣と鉢巻石垣を上下同時に見える、見る体験をしました。樹木灌木伐採されて大変見易く奇麗です。

 以前から気に成っていた、腰巻石垣の南端、西側土塁南西角下に句碑が有り撮影、富安風生の句碑を昭和42年に天竜観光協会が建てたものです。句碑は「天龍の へりに椅子おく 夕涼み」と刻まれて居ます。調べましたら高浜虚子の弟子に当たる明治の俳人。
 
 今回の探訪で令和7年度植生整備事業が行われて鳥羽山城、二俣城の景観整備された状態を見る事が出来、大変ありがたい、まだまだ景観整備されていく個所も有りますので、今後の動向を見ながら探訪を重ねてまいります。
 
 

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カズサン

驚愕の景観整備-西土塁鉢巻石垣編 (2026/03/22 訪問)

 令和7年度植生整備事業が行われて本丸西側土塁上、西側法面も奇麗に景観整備されていました、西土塁上を歩き、南土塁上の展望台より景観を眺め、樹木選定伐採されて遠くアクトタワーも望む事が出来る。
 展望台を降りて西土塁南西角より犬走に添って在る鉢巻石垣を南から北へ探訪、草、灌木が取り除かれ樹木も間引き伐採されて見通しが大変良い、鉢巻石垣をアップ撮影、見通し良くなった法面も景観整備されて奇麗。
 

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