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座して待つ 吉事を希う 御神渡り 威し猛しき 諏訪の浮城 (2026/10/24 訪問)

1泊2日の諏訪旅行。
総じて天候は芳しくなかったですが、2日目早朝のわずかな時間に晴れ間が見え、冠木橋のほかに天守からもうひとつの橋が架かっていました(写真2枚目)。

本丸まではJR中央本線上諏訪駅から南西に歩いて約10分。
虎口にあたる柳口門跡から欅の並木道が続いています。かつては「柳なわて」と呼ばれたこの道が、城と城下町をつなぐ唯一の通りでした。
欅並木を右に折れて大手門跡を抜け、衣ノ渡郭に入ります。ここで喰違虎口を形成しているのがよく分かります。
本丸に向かって直線状に配置された衣ノ渡郭、三の丸、二の丸をそれぞれ区画する天然の河川(衣ノ渡川と中門川)にも注目しながら歩いていくと、異彩を放つ緑屋根の天守が見えてきます。寒冷地対策のため、現在は銅板を葺いていますが往時は杮葺です。
昭和45年(1970)に復興された建物は天守、冠木門、北東角櫓のみ(天守以外は推定復興)。
高島城は天守以下8つの櫓、6つの門が構えてあったとされますが、再建にあたって参考資料が天守以外潤沢でなかったため、この程度に留めたと思われます。
天守南面には築城当初(文禄~慶長期)のまま残る小天守台があり、建物こそありませんが見どころです。
また、天守台南西隅にだけ唯一矢穴が認められる石垣が積んであります。
本丸には冠木門のほかに、南に土戸門(搦手)と西に川渡門跡があり、川渡門跡には三の丸御殿の裏門が移築されています。
本丸東側の累線上に持方月櫓と南東隅に富士見櫓跡が確認できます。天守も含め、塁線屈曲部やあるいは隅部に建物を設える豊臣系城郭の特徴を、家臣の日根野も取り入れていることがうかがえます。
家康の六男 松平忠輝などの罪人の幽閉場所としても利用された南の丸は本丸の南東に位置し、現在の城南小学校前の駐車場が推定地です(多分)。

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べっち

小谷城 (2026/10/18 訪問)

クラブツーリズムの奥平講師案内で行った

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福島県の城巡り2城目は♪ (2026/10/23 訪問)

私のライフワークとなった、月に一度の「名城を巡る旅」
10月は2泊3日で福島県を訪れました。
福島県の2城目は日本100名城で国指定史跡にもなっている「二本松城」です。
別名「霞ヶ城」といい、中世の山城から近世城郭へと発展した、壮大な石垣と悲壮な歴史を持つ城です。
山頂に天守台はありますが天守はありません
娘は夜に到着するので、この城は単独での訪城となりました。

ここからは選んだ写真に沿って説明をさせていただきます。。
① 私の勝手なこだわりで、毎回1枚目は御城印の写真と決めています。「にほんまつ城報館」で購入した4種類です。平安時代から続く「上川崎和紙」が使われていて、藩主であった丹羽氏の家紋「直違紋(ねじがいもん)」の赤い✖印が印象的です。左上が通常版、左下が「箕輪門」のイラストが描かれたバージョンです。右列は左の御城印の秋限定版でそれぞれ金箔風に楓が描かれています。
② 毎回2枚目は「城を代表する景色」を選んでいます。今回は、本丸跡にそびえる高大で見事な本丸の石垣を選びました。面白いのは石垣の積み方が混在していることです。中心部は自然石を加工せずにそのまま積み上げる「野面積み」、下部は接合面を少し加工して隙間に小石を詰めた「打込み接ぎ」、角と上部は石を四角に切って隙間なく規則正しく積み上げる「切込み接ぎ」が確認されます。特に角部分は切り石の長辺と短辺を交互に積み上げる「算木積み」で見事に傾斜がつけられていました。
③ 箕輪門前から二階櫓を望んだアングルです。手前にある像は戊辰戦争の悲劇で知られる「二本松少年隊」の群像です。兵力不足のため、会津藩の白虎隊よりもさらに若いわずか12~13歳の子供達までが戦場へ赴いたそうです。像の周囲には色鮮やかな菊の花が植えられています。ちょうど訪れた日は有名なイベント「二本松の菊人形」の開催期間で、見学できてラッキーでした。
④ 「三の丸石垣」と再建された「多門櫓(附櫓)」「二階櫓」を同じフレームに入れて撮りました。最奥(松の木の後ろ)に「箕輪門」がチラリと見えているの分かりますか? 三の丸の箕輪門と附櫓の周囲にあるこの立派な高石垣は、城づくりの名手として知られる加藤嘉明の時代に建造されたそうです。自然石を加工して表面を平らにし、隙間を少なくして積み上げる「打込接乱積み」の技法が見られ、非常に堅固で美しい反り返りに感動しました。
⑤ 外側から見た 「箕輪門」です。白い垂れ幕に描かれている「×」の印は江戸時代に藩を治めていた丹羽家の家紋「直違(すじちがい)紋」です。戊辰戦争の際に焼失してしまいましたが、1982年に城内にあった藩校「敬学館」の廃材を利用して、当時と同じ姿に木造復元されました。「二本松と言えば菊人形」と言われるほど有名な菊が門の前が植えられ、門の奥には黄色く色付いた木々も美しかったです。
⑥ 同じ「箕輪門」を今度は城内から眺めてみました。外側からると少しいかつい雰囲気ですが、内側から見ると、周囲の美しい松の木や見事な石垣や整然とした植え込みが楼門まで続く様は、十万石の大名であった丹羽氏の威容を現在まで伝えているような気がします。
⑦ これ以降は山頂にある本丸の写真が続きます。徒歩で登ったので30分以上掛かりましたが、その価値は十分ありました。途中で姿を現した本丸石垣を南東側の下から見上げた瞬間、思わず「うわっ!」と感嘆の声が出てしまいました。斜面を鬱蒼と覆う青々とした植物が「熊笹」だったので、慌てて足を速めました(熊怖い) 高い段丘の上に美しく積まれた総石垣の本丸がそびえたつ構図はまさに感動モノでした。
⑧ ようやく本丸に到着しました。広々とした本丸跡に開けた芝生広場の向こうに見えるのが(天守閣は造られませんでしたが)天守台の石垣です。この天守台は1993年に美しい白御影石で復元されました。広場には「霞ヶ城址」の古い石碑が建っていました。碑の上部の文字はハッキリとは読めませんでしたが「奥州街道 畠山氏居城」とでも書いてあるのでしょうか?(゜-゜)?
⑨ 本丸虎口(桝形)へと続く石段に近付いて真正面から撮りました。平成以降の発掘調査に基づき、天守台が本丸の石垣群とともに見事に復元されています。両サイドの石垣は入口だけに切込接ぎ布積みで美しく造られています。この階段を上りきると、周囲を一望できる開放的な本丸跡へと続きます。
⑩ 最後はお気に入りの写真で締めたいと思います。天守台からは360度のパノラマで二本松市街や山の景色を一望できますが、あえて市街地が入らないように、山側の角ぎりぎりに立ち、自然の樹々を撮りました(紅葉のピークにはまだ少し早かった) なんか景色に呑み込まれちゃいそうでチョット怖かったです。徒歩で登ったので予定より時間が掛かった上、山頂本丸の素晴らしさに興奮して石垣や天守台、美しい風景などを撮影しながら歩き回っていたら、いつの間にかすっかり夕方になっていました。でも逆にそれが幻想的な雰囲気になって良かったのかな? 奥に見える美しい稜線が日本百名山の一つ「安達太良山連峰」です。

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にのまる

⑥は。

富士山の写真をいろいろ見せていただきありがとございます。
⑥は八王子城の富士見台からかと!!

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赤い城

富士山🗻

朝田さん、さっそくのご回答ありがとうございます。
仰る通り⑥以外は正解です😊
簡単過ぎでしたね。
⑥はちょっと意地悪でした。
城には行かれてるはずですがここまで足を伸ばす方は少ないと思います。
にのまるさんは分かるはず・・・

イオさん、和歌山コンプまであとひとつ。
凄いです。
朝田さん仰る通り無理はなさらないでくださいね😊

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朝田 辰兵衛

赤い城さんクイズ…

赤い城さん,イオさん,ご祝辞ありがとうございます。
イオさん,和歌山県リーチですか…。無理をなさらないでください。先日の和歌山城の投稿はかなり危険だったと推察します。

さて,赤い城さんクイズですが,ひとつだけわからない画像がありました。6番目です。富士山があの小ささで見え,向かって右側が急峻に見えるのは,多摩以北の関東地方かな…と。群馬県の可能性が高いと予想しましたが,自信ナシ。
7番目の城郭は行ったことありませんが,昨年のお城EXPO翌日に計画しておりました。雨だったので,富士山の眺望はダメだと思い,他のプランにシフトしました。今年のお城EXPO翌日に再計画中です。残りの5つは行ったことがあるお城です。
 ①甲府城…市役所の無線鉄塔が決め手。パラボラアンテナの向いている方向も間違いナシ。
 ②湯村山城…ここは定番スポット。ぼやかしているのは碑です。
 ③足柄城…ここを歩いて登った時の爽快感は格別でした。登っている途中から富士山見えるしで。
 ④新府城…たぶん丸馬出からだと思います。大手虎口からだと簡単すぎるので。
 ⑤深沢城…本丸からの絶景です。
 ⑥唐沢山城…カンです。
 ⑦長浜城…晴れれば年内に行ってきます。
いかがでしょうか…?
⑥以外は正解だと思います。

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カズサン

景観整備のその後を訪ねて (2026/10/18 訪問)

 今年3月22日令和7年度の鳥羽山城植生整備事業の成果を確認して昔の姿が甦ったと感激、その後登城なく前日二俣城の令和8年度植生整備事業で西の丸Ⅲ郭の樹木伐採されて郭の姿が現れまた感激、もしや鳥羽山城の東土塁上の植生整備事業、景観整備が進んでいるのでは?と翌日登城して確認しました。
 令和7年度植生整備事業のまま、大手道、南、西、北の搦手は3月22日登城のまま、草や樹木に葉が茂ってる状態で変わりなし、東土塁石塁上の樹木灌木はそのまま残って居り、期待は外れましたが一部東門の南側が樹木伐採されて空き状態が観られました。
 大手門から東側、北の搦手門側へ樹木灌木が伐採られて景観整備がされると昔の鳥羽山城の姿が甦るのですが?植生整備事業が待たれます。
 登城時気に留めて撮った写真を投稿します。紅葉が一本色付いて居ました。本格紅葉は11月末から12月でしょうか?
  

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トク

【太宰府防衛の古代山城を歩く-①】水城(コスモスが満開) (2026/10/28 訪問)

続100名城の水城を訪れました。ここは秋になるとコスモスが綺麗です。水城は2回目で、昨年もこの時期に訪れ、ここで別れの歌を詠んだ、大伴旅人や菅原道真や紫式部(まひろ)を忍びました。今年はここから、天智天皇が築いた太宰府防衛ライン(水城→大野城→基肄城)を秋のハイキングを楽しみながら巡り、古代山城のロマンに浸ってみようと思います。まず最初は、麓の「水城」からスタートします。

663年唐・新羅から百済を救おうと出兵するも、白村江の戦いに敗れた天智天皇は、反撃に備え国家の存亡をかけて、翌664年に水城を665年には大野城と基肄城を築き、太宰府政庁を拠点とした防衛ラインを構築しました。

今回も西鉄「都府楼駅」から、太宰府市コミュニティバス「まほろば号」に乗り、(水城跡東門前)で下車します。まず「水城館」に入り(写真②)、水城の説明ビデオを見ました。何とビデオが昨年よりリニューアルされていました😮。そしてそのすぐ上には展望台があります。当時はここから向こうの山まで、土塁がずっと続いていたらしいですが、道路や鉄道で寸断され、今やその半分も残っていないのが残念です(写真④)。

今度は下のコスモス畑から、大野城を見上げてみました(写真⑧)。結構高いな🤔・・と思いつつ、弱音は禁物! さあ、ここから気合を入れて、あの大野城の山頂「大城山」を目指して登山を開始しようと思います。

次は、大野城に続きます。
 

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イオ

松阪市内の城めぐり

2年越しでようやく一昨年の一年の計「松阪市内の城めぐり」を果たせましたので、その振り返りを。

そもそも「松阪市内の城めぐり」を思い立ったのは、3年前の大阪お城フェスの松阪市観光協会ブースで前々から気になっていた「松阪の城50選」を購入した際に、くじ引きで購入代金以上の景品(蒲生氏郷フェイスタオル)をいただいたことがきっかけで、観光PRでやっていることであれば、松阪市内のお城の冊子を買ったことでもあり、御礼に代えて松阪市内の城めぐりで観光誘致されてしまおう! と思ったことによるものです。

松阪市内の城びと登録城は9城。未登録の5城とあわせて計14城に登城しました。高石垣が見事な松坂城は今さら言うに及ばす、国史跡指定の阿坂城は急峻な切岸が素晴らしく、大河内城は北畠氏と織田氏の決戦の地、八田城はコンパクトながらよく整備され、滝之川城では手軽に状態の良い遺構が見られました。松ヶ島城、船江城、黒田城はあまり見るところがありませんでしたが、阪内城では電気柵に道を阻まれ(おかげで2年越しに…)、枳城では随所に案内表示がありながら直登する羽目になり、天花寺城ではイノシシやクマの気配におびえ、高城では猟銃と猟犬を警戒し、下滝野城 or 九曲城ではヤマビルに襲われ…などなど、いろいろと思い出深い城めぐりになりました。

これでひとまず一年の計としての「松阪市内の城めぐり」は一区切りとしますが、「松阪の城50選」掲載の城の約4分の1しか登城できていませんので、松阪市内の城めぐりはまだまだ続くことになりそうです。


> 朝田 辰兵衛さん

山梨県城びと登録城コンプリートおめでとうございます! 歩くよりましとはいえ、ひたすら自転車で走り回るのもなかなか大変ですよね。お疲れ様でした。ところで、私もようやく和歌山県コンプにリーチがかかっていまして、先週末は天気が良ければ和歌山城でなくラストの山城に行く予定でした。また近いうちに再挑戦できればと思っていますが…。
 

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赤い城

おめでとうクイズ🥳

朝田さん、山梨県コンプリートおめでとうございます🎉
山梨県は半分くらいしか行けてないのですが要害山城と熊城のセットが印象に残っています。

さて、クイズですがにのまるさんより「そろそろ・・」との情報を得て写真探したのですが当時はクイズのネタなど探しておらず・・
で、山梨県といえば富士山🗻
それぞれどこの城からの遠景でしょうか?
山梨県だけではありません。

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アネ

四度の城候補 (2026/10/28 訪問)

春の桜、秋の紅葉、冬の雪という城は多々ありますが、ここ高田は夏の蓮の花が有名だそうです。生憎、花はとうに終わり、蓮の実も既に零れ落ちて、シャワーヘッドみたいな花托がニョキニョキと夏の姿を伝えてくれていました。

再建ではありますが、三重櫓の階段は登りやすく作られており、まだ木の香りも清々しい良い櫓でした。(靴を脱いで見学するので、冬場はカイロ必須と思われます)
伊達政宗が娘婿・忠輝のために縄張りしたと伝えられていますが、この時代の城には珍しい土の城。あまりにも政宗に似た気性だったために、家康には疎まれたとされる忠輝を、政宗も家康も石垣バリバリの要塞のような城には、危なっかしくて住まわせられなかったのかもしれません。
ユニークな形の瓢箪丸や極楽橋からはまるでYの字のように見える門など、「伊達な造り」が随所に見られる城で、すっかり好きになってしまいました。

初日は松代城とこの高田城で予定終了。この後は赤倉観光ホテルへ向かいました。

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アネ

装備が重要 (2026/10/29 訪問)

案内所でスタンプを押し終わってない(運転手の分と2冊携行)のに、さっさとコースの説明を始められてしまい、「あ、あのっ」と焦りました。地図も一枚しかいただけず……「行きますか?やめますか?」と凄い勢いで決断を迫られて、「足場良くないなら、やめますっ!」と言い切ってしまいました。時刻も1430近かったので、「ゴルフじゃあるまいし、日没サスペンデッドは嫌だ」と相談もまとまりました。本丸まで行っても、東屋の修復中で立ち入れないエリアがあるそうですし。

駐車場から案内所までは緩い左カーブの坂を登ってから、竪穴式住居前を通って下りますので、見通しが利かず「こっちで合ってる?」と不安になりました。

お手洗いだけお借りして、下ってきた男性グループの方々に様子をお聞きすると、前日の雨で「すごくぬかるんでて、レンタルのスキーストックを持っていたのに、見事にコケて、右半身泥まみれ。見てよ、このザマ」と笑いながらおっしゃってました。「ケガしてないから、まだマシだけどね」とも。単独攻城の女性の靴もかなり泥で汚れてました。お見受けしたところ、みなさん、ガチ登山支度でした。
晴天が続いた後、真っ昼間にそこそこの人数で行かないと、この城は色々な意味で危険なようです。
地元行政の方にお願いです、春日山城以外の山城にもお金かけてください。

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天守無しがアツい

現在は公園のような場所 (2026/10/25 訪問)

(他の城跡にもよくある事なのですが)宅地化の影響でここも現在残ってるのは…かつて城の領域とされていた場所の一部

空堀が現存するくらいで…原っぱやトイレ…案内板に石碑があるだけの場所

ちなみに御城印は佐倉駅前観光案内所で購入
佐倉城のとセットで買いました

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にのまる

躑躅ヶ崎館、正解です!

朝田さん、お返事ありがとうございます。
武田氏滅亡後に築かれた天守台です。
武田神社の裏手にあたるため現在は立ち入り禁止になっていますが、西曲輪の土塁の上から覗き見ることはできるので(^^)
躑躅ヶ崎館の最近のレポートはまた近々記録したいと思いますが、初めて行った時には「神社だ……」という感想しか持てなかったのですが、回数を重ねるうちにいろいろ理解できるようになってきて楽しいです。

ではクイズ出題者、赤い城さんにバトンタッチします!

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小城小次郎

尾根の先まで削平地 (2026/02/21 訪問)

調査報告書などに掲載されている縄張図だとはるか尾根先まで削平地が連なっているのでほんとかいなと思って今年の2月に見に行った。ほんとだった。いったいどの時代にどうやって使ったものなのだろう。わからーん。

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朝田 辰兵衛

続・にのまるさんクイズ…

にのまるさん,大ヒントありがとうございます。私の予想では,残された選択肢は下山城の奥の方なのですが,もっと竹が繁茂していたので違うと思います。本国寺の門周辺の礎石になっている石垣とも材質が違うしで…。
頭を切り替えて,大ヒント「立ち入れない天守台」,「にのまるさんがそこまでしても散策したい,山梨県の城郭」,こんなモチベーションになれるのは,アソコしかないでしょう。ってことで。
躑躅ヶ崎館でしょうか…?
たしか,北側に少し笹ヤブがあったような…なかったような…。深い堀があって立ち入れなかったと思います。

todo94さん,ご祝辞ありがとうございます。源太ヶ城の2郭ですが,三角点を見落としました。ぜひ見つけてくださいませ。
何気に山口県に行かれてますね…。未投稿城をいくつか狙っている気配を感じます。野生動物にお気をつけください。

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10月の城巡りは福島県♪ (2026/10/23 訪問)

毎月、都道府県を決めて、その県にある日本100名城・続100名城を巡るという私のライフワーク「名城を巡る旅」
10月は多くの名城が揃う福島県に行ってきました。
2泊3日の旅でしたが、今まで一度の旅行での訪城は3回が最多でしたが、今回の福島県は日本100名城が3城、続百名城が2城もあるのでハードスケジュールでしたが、5城すべてを訪れ堪能いたしました。
今回も (石垣好き‣蕎麦好きのw) 娘が2日目から参加してくれて、一緒に3つの城を巡ることができて嬉しかったです!

まず最初に訪れたのは続日本100名城「三春城」です。
娘は、夜の新幹線で到着するので、この日は単独での訪城でした。
三春城は鶴が舞う姿にちなんで別名「舞鶴城」とも呼ばれる山城で、地元では「お城山」として親しまれています。
天守などの建物は残っていませんが、地形を活かした山城らしさを全身で感じながら見て歩いてきました。

ここからは選んだ写真に沿って説明をさせていただきます。。
① 私の勝手なこだわりで、毎回1枚目は御城印の写真と決めています。左が通常版、右が限定版となります。通常版は田村氏の家紋「車前草」と秋田氏の「檜扇に違い鷲の羽」の家紋が華やかで力強い印象を受けます。限定版は、やわらかく爽やかで花の意匠が目立つ構図です。どちらにも別名の「雅称 舞鶴城」と書かれています。
② 2枚目は「城を代表する景色」にしています。今回も色々と悩んだ末に「本丸表門跡」にしました。戦国時代には山頂部の本丸に城主居館が置かれていたのを江戸時代に秋田氏の改修で居館は山麓に移転されたので、現在は広い本丸の正面入口に案内標柱だけが立てられています。
③ 本丸の平場を上がった所にある石垣台の裏側は「蒲生氏時代の石垣」で、自然石を中止に積まれていました。山城らしく地形に合わせた実用的な造りで、奥羽仕置後、蒲生領であった時期の改修と思われます。
④ 「明治戊辰役三春藩烈士碑」 三春藩の奥羽越列藩同盟離脱が他藩に知られて惨殺された(切腹とも言われる)4藩士の慰霊碑です。
⑤ 「二の丸散策路」 二の丸に向かう細い道です。鬱蒼と茂った木立の中を下って行く、けっこう険しい散策路で、往時の山城の雰囲気が感じられました。
⑥ 「三階櫓跡」からの眺望が素晴らしかったので選びました。後から何処の景色か分からなくなりそうなので、右下に案内標柱の画像を小さく貼り付けました。手前には三春町の町並み、周囲には阿武隈山地の山々が広がる絶景です。左手前の植物が黄色く色付いているのも秋らしくていいですね。三階櫓はかつて本丸西端に建てられ、城下を見渡す位置にあった三春城の重要な建物とのことです。
⑦ 「舞鶴城(三春城)址石碑」 土塁のような場所に設置された案内板には三春城跡の沿革や城の構造が説明が書いてました。現在は城山公園として整備されています。
⑧ 三春城は本丸が上下二段に分かれていて、この写真は本丸上段に残る石垣台と石段で、石段を上がった中央に建っているのは、三春藩主だった秋田氏の「秋田家祖先尊霊碑」です。
⑨ 本丸上段の石垣を斜め後ろから見た図です。正面から見るのとは、また違った雰囲気で打込接ぎで乱積みされた石垣の様子がよく分かります。この石垣台は碑を載せる基壇のようなものだったのでしょうか?
⑩ 最後は「愛姫生誕の地」記念碑です。愛姫(めごひめ)は戦国大名・田村清顕の娘で、わずか11歳で伊達政宗へ正室として嫁いだとのことですが、恥ずかしながら、私、この時初めて知りました(^-^;

当初は、ゆっくり2時間ぐらい掛けて歩いて回ろうかと思っていましたが、車のトラブルで時間が押してしまい、残念ながら駆け足(1時間ほど)の見学になってしまいました。

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todo94

大人の社会派ツアー・UBE三菱セメント㈱ 伊佐鉱山と専用道路 (2026/10/24 訪問)

朝田辰兵衛さん、山梨県コンプリートおめでとうございます。白山城は靴下の上からヤマビルに吸血された思い出の城です。源太ヶ城の二郭には足を伸ばせていないので、再訪を期したいと思います。

この秋は長雨の所為で計画通りに城攻めができていません。先週末は、チャンスがあったら是非参加したいと思っていたUBE三菱セメント㈱の宇部伊佐専用道路を走行する大人の社会派ツアー、キャンセル待ち5人をクリアして参加できました。台風30号の影響が心配されましたが、当初の予想とコースがずれ、事なきを得ました。肝腎の鉱山やダブルストレーラーの整備場など、SNSへの投稿禁止ですので、おまけの秋芳洞等の写真を投稿させていただきます。25日の日曜に山口の山城攻めを企んでいたのですが、降雨のため、あっさりと断念いたしました。

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にのまる

お返事ありがとうございます。

朝田さん、早速のお返事ありがとうございます。ヒントです。
竹の奥に見える石垣は天守台です。立ち入り禁止で離れたところからしか撮れませんでした。

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朝田 辰兵衛

にのまるさんクイズ… (2024/01/08 訪問)

にのまるさん,早速のご祝辞,ありがとうございます!
山梨県に太いパイプを持つ(?)にのまるさんの問題は,正直なところ簡単ではないと思います。
けど,景徳院ではなさそう…行ってないので不安要素は大。
ヒントは「竹」のような気がします。山梨県で「竹」を見たのは,下山城の奥の方と,勝山城(都留市)のみ。内堀の奥の方かな…?
石垣もあったかな…?
自信はありませんが,勝山城(都留市)で。

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