みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

イオ

改めて整備のありがたみ(中央曲輪群) (2026/04/25 訪問)

約7年ぶりの再訪です。前回登城時はほぼ全域が木々と藪に覆われていましたが、その1年後にあ さんから草刈りされていたとのレポートがあり、それ以降は登城された皆さんから続々と称賛の声があがる…。ずっと気になっていましたが、ようやく再訪を果たすことができました。

まず県道から登城口に向かう角の説明板をチェックすると…新しくなってる! 城びと投稿の写真で見るに、遅くとも昌官忠さんの登城時(2025/05/02)までに立て替えられたようです。そして曲輪の一部と考えられる東泉寺跡に車を駐めて登城開始。登城道を進んで行くと中央曲輪群南面の石垣が見えてきます。前回見た覚えがないので、当時は木々や藪に隠れていたのかもしれません。そして居館跡とされる中央曲輪群に足を踏み入れてびっくり。木々はすっきりと伐られ、倒木とシダの藪で何が何やら状態だった面影は微塵もなく、散策するのに何の支障もありません。前回あきらめた畝状空堀群を見るべく中央曲輪群の東斜面に向かうと4条の竪堀がはっきりと遺っています。よく見ると畝にも堀底にもシダはうっすらと生えていて、今の状態が絶えず整備され続けている結果であることがわかります。畝状空堀群の下には2条の堀切も明瞭に見られました。さらに北斜面には苔むした石垣が延々と続いています。…う~ん、見応えありすぎるんですけど。前回登城時の投稿に「もう少し整備されればもっと見応えがあるのに…」などと書きましたが、まさかこれほどのポテンシャルを秘めた城だったとは。

前回見られなかった中央曲輪群の遺構が見られただけでも充分に満足ですが、せっかくなので枡形虎口を抜けて詰城とされる西曲輪群に向かうと、登城道の先に東斜面の石垣が見えてきました(続く)。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

北畠具教の館跡 (2026/08/15 訪問)

伊勢遠征最終日は雨模様、特に予定は無く城メインに。
まずは朝駆けでこちらへ。
国道42号線を走ると三瀬砦の案内板があり、少し先を北側に入ります。
観光用の駐車場があり、そこから案内板に沿って進みました。
すぐに公園化された館跡に到着、石垣が残っています。
館跡は階段状の曲輪になっています。
とりあえず一番上の曲輪まで登り、一旦降ります。

東側には見張台の茶臼山砦があります。
案内板もあるハイキングコースになっています。
登っていくと堀切があり、南北の二つの曲輪を隔てます。
天候がいまいちだったので眺望は微妙ですが見晴らしはよさそうでした。

北畠具教が隠居して住んだ館跡で終焉の地でもあります。
館の南側には具教の胴塚もあります。

【見どころ】
 ・段になった曲輪
 ・石垣
 ・見張台の茶臼山砦

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

小城小次郎

変な形で日本史に名を残した加賀野井重望 (2025/11/24 訪問)

小牧・長久手の戦いでは羽柴軍の猛攻を受け、ここで楠木正成の嫡流が絶えたと伝わる。城主の加賀野井氏は関ヶ原の直前になって水野忠重を殺害するという大事件をやらかし、変な形で日本史上に名を残すこととなった。

+ 続きを読む

イオ

どっこい生きてる日本100名城かるた

特別版お城EXPO・in熊本2026に参戦された皆さま、お疲れさまでした。私は所用で参戦できなかったので、せめて雰囲気だけでもと3日の夜に城びとの✕を覗いてみたところ、加藤理文先生によるかるたワークショップが開催されていたそうで、掲載されている写真をよく見てみると…絵札が赤くない!? もしやと思って公式HPで確認したところ、やはり「日本100名城かるた」のワークショップでした。ずいぶん前にSOLD OUTになり、現在は城びとストアへの掲載もなくなっているので絶版になったのかなぁ…と思っていましたが、どっこい生きてるじゃないですか! ワークショップに参加して「ほしい!」となった際に「もう絶版で手に入りません。残念でした~」なんて対応になるくらいならワークショップを開催したりはしないでしょうし、すでに再版された(今後される)んでしょうか。年末の横浜でかるた大会が開催されるなら、当たり前に「赤色立体地図お城かるた」だと思い込んでいましたが、「日本100名城かるた」の可能性もある? 熊本は横浜への布石なんでしょうか?(たぶん考えすぎ)

「赤色立体地図お城かるた」は、やり込む深さがあるのが楽しいんですが、一定以上やり込んだ人と初見の人とではほとんど勝負にならないところがあり(だからこそクラス分けが必須)、その意味では「日本100名城かるた」のほうが間口が広い(初見でも赤色立体地図ほどの差はつかない)と思いますので、「赤色立体地図お城かるた」だけでなく「日本100名城かるた」でのかるた大会の開催にもぜひ期待したいところです。

+ 続きを読む

ヒヨッピー

茅ヶ崎城 (2026/10/01 訪問)

横浜のニュータウンである都筑にある城跡です。地下鉄のセンター南より徒歩圏で、公園として整備されており、空堀や遺構跡も見られて、素敵なところです。

+ 続きを読む

のん

松尾城址と鈴丘城址 (2026/08/22 訪問)

信州飯田あたりを治めていた小笠原氏は、信濃守護職と重要な領地である伊賀良庄を巡って相続争いを繰り返しました。その結果、国府のあった府中(松本市)と、松尾、鈴岡の3家に分裂してしまいました。

その後、何年も身内での争いが続き、鈴丘城当主親子を松尾城に呼び出し騙し討ちにし、その後鈴丘城は廃城に。しかし、信州の南の地域は、織田、徳川、武田が取り合う争いの地域であり、松尾城は織田信長との戦いに敗れ、廃城となっています。

見どころ
広い曲輪や土塁などの遺構が残っています。
また、毛賀沢などの沢に削られた三方高い崖に築かれた地形。
また、沢を挟んだ鈴岡城にも歩いていけるので、両方を楽しむことができます。

今は公園として親しまれ、春には桜が綺麗です

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

のん

松尾城址から鈴丘城址へ (2026/08/22 訪問)

毛賀沢という深い川を挟んで、松尾城と鈴岡城があります。どちらのお城から攻めても、行き来できます。しかし、深ーい沢に隔たれており、かなり長い階段の登り降りが必要です。

松尾城と鈴丘城は、長年争いが絶えず、松尾城側が騙して鈴丘城の当主を騙し討ちにし、最後は鈴丘城側が負けて廃城となったそうです。戦国時代のお城には悲しい歴史がつきものですね。

見どころ
発掘調査を経て、堀跡や曲輪などが綺麗に残されています。公園になっているので、芝地でお弁当など食べるのも心地よいです。
天竜川や南アルプスを望む景色も絶景です。
また、毛賀沢など川に挟まれた険しい崖に立つ地形を感じるには、松尾城に抜ける道はぜひ歩いてみてください。
毛賀沢は、橋から川面が見えないほど木々で鬱蒼とした深い沢となっております。
松尾城と両方見て回れますが、深い沢を往復する必要があるので、歩きやすい支度は必須です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ダイエティシャン

出雲、石見のお城イベント (2026/05/04 訪問)

10月11月開催の出雲、石見のお城イベント紹介。

10月10日(土)~11月23日(祝)【いわみん2026】いわみ(島根県西部)の地域の歴史、文化を知る期間限定の地域あそびイベント。詳細は【いわみん2026公式hp】。首都圏から、萩▪︎石見空港の利用料補助あり。詳細は【おいでよしまね~しまね田舎ツーリズムポータルサイト】公式hpのニュースから。

11月16日~11月18日石見の山城探訪。 2泊3日、79800円~83800円。羽田空港発。七尾城、浜田城、丸山城、津和野城、中荒城を講師と共に探訪。特に丸山城(川本町)と中荒城(津和野町)は、個人では攻城が難しいので、お勧め。詳細は【島根県古代文化センター】公式サイトR8年度しまねの古代文化探訪ツアー 石見の山城 または【クラブツーリズム】公式サイト 石見の山城

写真は、津和野城の中世城郭中荒城。

+ 続きを読む

イオ

新宮城跡散策マップ(水ノ手曲輪~二ノ丸~大手道) (2026/04/25 訪問)

(続き)

松ノ丸東門から水ノ手曲輪に下りて行くと、水ノ手曲輪を見渡す位置に水ノ手の説明板が立てられていました。水ノ手曲輪から振り返ると数段の低石垣の上に城山の本丸・鐘ノ丸の石垣がそびえ立っています。前回よりも川の水位が高かった(前日は雨)ので川沿いには下りられませんでしたが、巨大な舟入は備長炭を江戸に出荷する拠点だったことを感じさせます。発掘調査では熊野川流域から集積した備長炭を収納する炭納屋群も確認されています。

水ノ手曲輪から川沿いに進み、南に入って二ノ丸へと向かう途中、民家が建ち並ぶ中に大手道の石垣が遺っています(通行不可)。大手門跡から二ノ丸西辺をたどると民家の合間にところどころ二ノ丸西面の石垣が覗いていました。上部の積み方が違う部分は後世の積み増しでしょうか。二ノ丸西面にも2基の排水樋があるようですが、見付けられませんでした。二ノ丸南西隅の算木積み石垣をチェックして南面の石垣を眺めながら東へ。二ノ丸は保育園になっていて立ち入りできませんが、これほどの石垣が遺っているだけでもありがたいことですね。冠木門のある公園入口から石段を登って行くと、先ほど下から見上げた大手道に合流します(案内表示あり)。ここから先が往時の大手道で、道の脇に排水溝が設けられ、さらに登った先の道沿いには白壁土塀の基礎部分が遺っています。そして松ノ丸西門で新宮城をひとめぐり。

久しぶりに訪れてもやっぱり見応え満点の総石垣の名城で、前回もひと通り見ているので今回は軽くでいいや、と思っていたはずが、新宮城跡散策マップには前回は意識していなかった排水樋や刻印などマニアックな見どころまで網羅されていたこともあって、今回もしっかり2時間堪能させていただきました。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

T-Shionoya

巨岩を中心とした海ノ口城 (2026/04/19 訪問)

毎年この周辺を通るたびに気になっていた城の1つ、前回投稿した海尻城に続き訪れた長野県南佐久郡南牧村の海ノ口城。

海尻城から千曲川を挟んで東へ約2km、山地地形の比高約200mの尾根上に築かれた城。
佐久郡の南端エリアで海尻城と共に甲斐国との国境を警備した支城と考えられる。

築城時期は不明だが、武田信虎による佐久侵攻の際には、佐久平賀城の平賀源心が守備。
攻めあぐねた武田軍は甲斐への帰陣を始めるが、それに気を緩めた源心の隙を突き、初陣の信玄が奇襲を仕掛けて攻略。
このエピソードの真偽は定かでないものの、武田信玄初陣の地として伝わっている。

現在は村の指定史跡となっており、南麓から登るルートには標識が設置され、主郭部には東屋が建つ。

訪問時、標識に従い進んで行くと鳥居峠に到着し、そこから登る急な尾根の途中には、土橋を持つ堀切のような地形が2本存在。
登り切ると3段の曲輪で構成されており、最上段が屏風岩のある主郭。そして主郭の背後、東側の巨大な堀切(東堀)は海ノ口城の1番の見どころ。磐座信仰の場所に置かれた城のようで、鳥居峠には鳥居が立っていたのでしょうか?
東堀から更に東へ進むと、未削平の尾根上に堀切AとBがあるが、Aは明確であるもののBは不鮮明。

城郭構造に海尻城との共通性も感じた、私の城郭巡りの235城目でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

張陳

西の京の中心地 (2026/09/20 訪問)

大内氏館跡は、大内義隆の菩提を弔うために建てられた龍福寺となっています。
敷地内には庭園や資料館もあります。
また、周囲は土塁や西門、石組溝など復元された遺構がありますので、お見逃しなく。

私は、この日、「瓦そば柳屋」さんで瓦そばをいただきました。
ただこのお店、大変な人気店で、開店30分後でも40組以上が並んでいました。
私が行った26年9月の時点では、順番が近づくとラインかメールで通知が来るように設定できましたので、まずは柳屋さんで受付を済ませた状態で周辺を見て回ることをおすすめします。
この間に、今八幡宮、八坂神社と築山神社、大内氏館の外周を見て戻ってくるくらいの余裕はありました。

宿はせっかくならば湯田温泉で。
私はホテル喜良久でお世話になりましたが、とてもきれいな宿でした。
どうしても「春来館」でバリそばを食べたかったので素泊まりとしましたが、大満足でした。

+ 続きを読む

張陳

瑠璃光寺に来たのなら。。 (2026/09/21 訪問)

山口市内で一番の観光スポットは瑠璃光寺でしょう。

山口城はそこから徒歩圏内にありますので、その帰りにでも寄ってみてください。
瑠璃光寺から洞春寺側に進んでいくと、まずはネットで補強された石垣を見ることが出来ます。
石垣に沿って進むと、山口県庁の東側の入口に至ります。
そこから中に入れば、土塁や砲台跡(Googleマップでは東稜堡の砲台跡となっています)を見ることが出来ます。
もう一度、敷地外に出れば堀や石垣を見ることが出来ます。
そのまま進むと藩庁門に至りますので、そちらの見学もお忘れなく。

周辺グルメとしては、「長州そば 東京庵」をおすすめします。
こちらでは蕎麦寿司をいただくことが出来まして、私は妻とそれぞれ蕎麦を頼み、蕎麦寿司を分けたのですが、これはこれで美味しかったです。

+ 続きを読む

「北海道の名城巡り」3城目、ココは訪れた人が少ないんじゃないかなぁ? (2026/09/20 訪問)

国指定史跡、「続日本100名城」で、松前藩の祖・武田信広が15世紀後半に築いた山城です。
上ノ国では「ノブちゃん」の愛称でキャラクターグッズも色々ありました(^_^)/
中世の北方交易や和人とアイヌの関りを考える上で重要な遺跡です。
建物は一切無く、復元整備された主郭部の空堀や土塁、建物跡、柵、橋、墳墓群、井戸などが見所となります。
ここは、巡るルートが色々あり、どのように見学しようか頭を悩ませていましたが、さらにヒグマが頻繁に出没すると聞き、事前に有料ボランティア(¥2,000/1時間)にお願いしました(―_―)!!
ガイドさんは若い男性で、アイヌとの闘いや共生の様子(上ノ国では和人とアイヌが城内で仲良く暮らしていた)を教えてもらいながら郭内を効率良く巡ることができました。
その後(延長サービスで?)隣接している「夷王山(いおうざん)」も登り(脚力に自信のない人は止めた方がいい)頂上にある「夷王山神社」に参拝してきました。
頂上から眺める日本海や上ノ国の町並みの景色は素晴らしかったです。
今回も写真に沿って説明させていただきますね♪

① 私の勝手なこだわりで毎回1枚目の写真は、(入手できれば)御城印と決めています。右側に「続日本百名城」と味のある書体で書かれた「勝山館跡」の御城印です。左上に勝山館の初代城主だった武田信広の家紋(武田菱)が描かれています。
② 2枚目は毎回「城を代表する景色」を貼ることにしているのですが、定番的な構図がなく悩んだ末、主郭の高い部分から海を見下ろしたこの写真に決めました。海に向かって真っすぐに伸びる主道、左右の建物跡の平面表示、奥には柵が写り、一番「勝山館」らしい景色だと思います。
③ 「本曲輪最上部の土塁」を攻める側から見上げて撮りました。主郭の南端(攻められる側)に位置し、土塁の右側、低く落ちた帯状の部分は「大手空堀」で土塁上には柵が一面貼り廻られています。海から攻め上がって来たアイヌの軍勢は、この二重堀と大迫力の土塁を見上げて心が折れた事でしょう。
④ 大きな土塁を下ると大手空堀(二重堀)に架かる木橋(復元)があり、天の川と町が見える角度で撮りました。
⑤ 4枚目と同じ木橋ですが大手空堀の雰囲気が伝わり難いので、堀底まで降りて、木橋と大土塁を見上げる感じで狙ってみました。
⑥ 主郭内で人が暮らした建物や区画の跡です。一番奥の白い部分(区画)が城主の館と説明を受けました。ずらりと木柵が並んでいますが4、5枚目の土塁を上ってすぐの場所です。なぜ、城主は安全な奥(高台)に館を構えず、大土塁、大手堀切のすぐ手前、敵が最初に攻めて来る場所に館を構えたのか不思議に思いガイドさんに尋ねたところ「客人も多く一番眺めが良い場所に館を建てたのではないか?」とのことでした。アイヌと平穏な関係を築いていた上ノ国ならではですね。
⑦ 搦手の虎口を主郭側から撮りました。この虎口から入ってアップダウンした先には主郭を防御する先ほどの大手堀切や大きな土塁が待ち構えているというわけです。多くの軍勢が一度に進めないように、橋を渡った後しぼられた道などよく考えた縄張りですね。
⑧ 主郭内の斜面にそって整備された墳墓群(アイヌ墓や和人墓の杭が並ぶエリア)から夷王山山頂の鳥居を見上げたアングルです。
⑨ ひと通り説明を受けた後、ガイドさんが「写真が好きなら景色が綺麗なので夷王山(いおうざん)に登ってみますか?」と声を掛けてくれたmpで、娘も私も二つ返事でお願いしました(標高159mですがメッチャ急な坂で、かなりきつかったぁ(^-^;) なんとか無事に山頂に辿り着いて「夷王山神社」にて参拝しました。この鳥居越しに見下ろす景色は、天の川の河口、日本海へと続く海岸線が一望できる、まさに息を呑むような絶景スポットです。この日は雲で見えませんでしたが、条件の良い日には奥尻島まで見渡せるそうですよ(^◇^)
⑩ 最後はお世話になった「勝山館跡ガイダンス施設」の外観です。勝山館を訪れた際は必ず立ち寄りたい重要なスポットです。スロープやレンガ調のアプローチ、特徴的な和風の木目を取り入れた平屋建ての建物が周囲の豊かな緑とよく調和しています。続100名城スタンプや御城印もここで揃います。館内も見所満載で1/200スケールの館跡復元模型は、館跡の全貌が驚くほど精巧に再現されています。施設の地下には、発掘された和人やアイヌの墓がそのままの型取りでリアルに再現されていました。他にも貴重な出土品の展示があり見学していたら30分も経っていました。また、施設から望む勝山館の館跡や墳墓群が広がる斜面を見下ろし海に続く景色は絶品ですよ~

函館に住む私ですが、上ノ国町に来たのは初めてで、時間的余裕があれば、重要文化財「旧笹浪家住宅土蔵」や同じく重文「上國寺本堂」、「上ノ國八幡宮本殿」などにも寄ってみたかったのですが、この後に行く城が本日のメインだったので、未練を残しつつ松前に向かいました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

張陳

竹田城にも負けてない!天空の石垣の城!! (2026/09/19 訪問)

連休を利用し、1泊2日で津和野を訪れました。
私の場合は、新山口駅まで新幹線で向かい、そこから特急で津和野に、、向かう予定でしたが、生憎と車両トラブルで運休。
鈍行で向かうことになりましたが、その鈍行も雨の影響で速度を落として運行と出鼻を挫かれてしまいました。
もっとも、鈍行でもトイレ付きの車両ですから安心ですし、行けないことはありません。
そのような暗雲立ち込めるなかでも、車窓から山頂に石垣が見えると、気分は非常に晴れやかとなりました。
津和野駅が近づきましたら、窓の外にも目をやってみてください。

その日は城跡以外を見て回り、翌日、津和野城に向かいました。
津和野では、駅前の観光協会で電動自転車を借りることが出来ます。
城跡の入口までは少し距離がありますし、坂道ですので、徒歩よりは電動自転車をおすすめします。


城跡の入口から、スキー場にあるような観光リフト(有料)に乗れば、城跡はすぐそこです。
津和野城は一城別郭の城ですので、まずは手前の出丸(織部丸)から見学しましょう。
こちらも石垣がよく残っていて、眺望もいいですから必見です。

その後、本城の方に向かいます。
26年夏当時は改修工事中でしたので、足場を辿って内部に入っていきます。
ルートに従って進めば、台所櫓付近に出ます。
そこから天守台方向に向かうと、東門、西門と内側から見学できます。

その後、天守台方面と南門方面との分かれ道に出ますが、私のオススメは先に天守台方面に進むことです。
そうすると、天守台、一段上がって本丸・三十間台と城跡の最高所に至ります。
三十間台から北方に進むと太鼓丸という郭にたどり着きますが、ここの虎口はきれいですのでお見逃しなく。
また、三十間台の南方からの眺めは、人質櫓、三ノ丸越しに城下を臨め、一番良い景色だと思います。

その後、分かれ道まで戻り、南門方面に向かいましょう。
津和野城の石垣としては、人質櫓の石垣が最も迫力があり、きれいに見ることが出来ますから、そこを最後の楽しみに。
もっとも、南門も石垣がきれいに残っていますので、お見逃しなく。


長々と話してしまいましたが、津和野城は魅力たっぷりの城跡です。
私は石垣が残っている山城が好みなのですが、津和野城は最高評価でした。



最後の周辺観光を。
リフト乗り場から直ぐの場所にある太鼓谷稲成神社では、御城印も購入できますし、お立ち寄りください。
また、津和野高校近くにある物見櫓と馬場先櫓は津和野城関連の遺構ですし、永明寺には移築門もありますのでお見逃しなく。

夕食は福寿しさんでいただきました。
津和野で魚?と思われるかもしれませんが、大きな生け簀もあり、お寿司はもちろん、鰻や高津川産の鮎など、どれも美味しかったです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

シャンシャン

海山城跡(愛媛県今治市) (2026/09/22 訪問)

今治市にある城びと未登録の砦跡。
かつては8世紀頃に海を監視する砦が築かれ、その後村上水軍も利用していたとのこと。残念ながら遺構はほぼ残っておらず、天守っぽい展望台があり公園として整備されている。
ただ、観光地になっている付近の展望台と違い、こちらは人が全然おらず隠れた名所だと思う。360°見渡せる絶景と特に瀬戸内海に架かる来島海峡大橋がすごい!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

シャンシャン

村上水軍の海城 (2026/09/22 訪問)

村上水軍が住処にしていた来島城。
渡し船で5分で到着。帰りの船が約30分程で来るため、島の中を駆け足で訪問!
ここの見どころは何と言っても、無数に残る岩礁ピットと岩をくり抜いた階段跡。海賊たちがここに船を泊めて、この階段から本丸に上がっていたと考えるとロマンを感じる。ただ、満潮の時は岩礁が海に沈んでしまうため、訪問前の干潮時間は要確認。
石垣や曲輪跡もあり小さいながらも見応えのある城跡だった!
また、渡し船から造船中の大型船を間近に見ることができ、こちらも男心をくすぐる風景!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

シャンシャン

奇麗な神門が残る城跡 (2026/09/01 訪問)

高槻市街地にある高槻城。
残念ながらあまり目立った遺構はないけど、すぐ近くの神社に高槻城から移築された神門(唐門)が現存している。もちろん二条城の唐門などと比べると見劣りしてしまうが、奇麗に整備されており見応えがある。
また、少し離れたお寺にも移築された高麗門が残っており、貴重な現存遺構が残っている。
高槻市立しろあと歴史館では、高槻城の歴史やかつての姿を再現したジオラマを見ることができる。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

シャンシャン

堂々たる木造復元天守 (2026/08/29 訪問)

いつか行きたいと思っていた紫電改展示館が8月末で一時閉館となるため、その前に滑り込みで訪問。
その帰りに大洲城を外観だけ見学。肱川橋は城の全景が見られる絶好ポイント。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

シャンシャン

2度目の宇和島城 (2026/08/29 訪問)

愛媛の南端にある紫電改展示館に行く前に、宇和島で宿泊した際に訪問。
現存天守ももちろんいいけど、様々な時代の石垣が良好に残っていて見応え抜群!
個人的には特に長門丸の50mにも及ぶ石垣の連なりや、櫛門跡から見る天守がオススメ!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

シャンシャン

高梁市の陣屋跡 (2026/08/22 訪問)

岡山県高梁市にある成羽陣屋跡(城びと未登録)。
本来の目的地に向かう途中でたまたま大きな石垣が目に入り、なんだこれ!?と思って車を止めて訪問。
城びと未登録だったけど、江戸時代にこの地を治めていた山崎氏の御殿跡とのこと。巨石が積み上げられた石垣は見応え抜群!
こんな片田舎(失礼!)にこれだけの規模の御殿を築いた山崎氏の力が大きかったことが窺い知れる。本当に偶然通りかかっただけだったけど、見ることができて良かった!
現在は跡地にすごくモダンな美術館が建っている。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

<

ページ2

>