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佐久間盛重 (2026/08/22 訪問)

 夏の古戦場散歩。久しぶりの丸根砦です。
永禄二年(1559)織田信長が、今川義元の尾張侵攻に備えて築いた砦のひとつです。砦の規模は、東西36メートル、南北28メートルの単郭で周囲に外堀をめぐらしていました。単郭ですが、名称のように円形を呈していました。
 永禄三年桶狭間の戦いのとき、佐久間盛重ら織田方が立てこもりましたが、松平元康の軍と激戦の末、全滅したと伝わっています。

 鷲津砦から徒歩10分くらい、JR大高駅からは15分くらいで行くことができます。

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飯尾定宗 (2026/08/22 訪問)

 夏の古戦場散歩。久しぶりの鷲津砦です。
織田信長が今川氏の尾張侵攻に対抗するために築いた砦です。今川方の大高城を牽制するため、永禄二年(1559)に織田方により築かれました。永禄三年(1560) 桶狭間の戦いでは飯尾定宗らが立て籠り、今川氏の重い臣朝比奈泰能の軍勢に攻められ落とされました。単郭の砦で馬出もあったようですが、現在、遺構はありません。遺構を思わせる地形もありますが、当時のものではないようです。
 飯尾定宗という人物は織田敏定の子で織田信秀の叔父、または敏定の孫で信秀の従兄弟という説がありますが、年代からは後者のほうが有力とされています。奥田城主となり、尾張守護である斯波氏の一族とされる土豪飯尾氏の養子となったと伝わります。

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本日の大河ドラマの舞台 行市山砦(佐久間盛政陣) (2026/08/22 訪問)

 前田利家、利長の陣・別所山砦(標高444m)から、さらに奥の高い行市山を目指します。山頂まで1200mの表示があります。
ちょうど中間地点に行市山南砦があります。北側の食い違い堀切が秀逸ですが、堀と土塁もしっかり作られています。その他にも道沿いに人工的っぽい構造が散見されます。道中に展望が効くところがありました。羽柴側の陣城を見下ろすことができます。
 行市山砦の主体は、頂上の手前に展開しており、写真5の頂上まで200m表示場所がⅠ郭虎口前の郭にあたります。登山道の延長線上に土塁を登る階段が作られていますが、本来の虎口はこれでなく、左手に回り込み、堀が途切れたところです。城域は、比較的狭く、44.16m×17.3mと。Ⅰ郭の北に堀切があり、その先にはげ山となった頂上があります。頂上は比較的平坦で、駐屯地にしていたものと思います。また、その先は、柴田勝家がいた玄蕃尾城に続く幅3間、距離1里半の軍道があったとのこと。
 佐久間盛政の軍勢は、5000~6000人、もしくは1万人とされますが、行市山砦は比較的狭く、行市山南砦のように、山の要所要所に出丸、駐屯地があったと考えられています。同じ道を下って行ったのですが、一時、道を見失いひやっとしました。

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本日の大河ドラマの舞台 別所山砦(前田利家、利長陣) (2026/08/22 訪問)

 オリジナルストーリー(明智光秀役の要潤の表現)満載の豊臣兄弟。困ったものですが毎回見てます。2021年に、城びと登録の東野山城、田上山城を巡った後、賤ヶ岳の合戦の城びと未登録の他の砦にも興味はあったのですが、薮化しているのではないかと勝手に想像して行ってませんでした。長浜の大河ドラマ館訪問時に、近くの喫茶店・本屋で、地元情報誌「み~な」の近江城郭発見伝号を目にして購入したところ、「賤ヶ岳合戦 両軍前線の山城をゆく」記事がありました。羽柴側の堂木山砦、神明山砦、柴田側の別所山砦、行市山砦の紹介があり、登城道も載ってました。大河ドラマの進展に合わせたわけではないですが、昨日、それらの砦を訪問しました。まず、365号線沿いの長浜市余呉支所敷地内の賤ヶ岳戦国ステーションを訪問(無料)。ボランティアの方々が頑張っておられます。次々と客も来られてました。
 行市山砦は、毛受兄弟の墓から2時間ほどの登山になるそうですが、小谷バス停すぐ北側の橋を渡ったところが起点の林道で行くと、残り1600m(別所山砦まで400m)のところまで車で行くことができると「み~な」にありました。普通乗用車ではちと厳しい荒れ方ですが、軽やバイクならOKなレベルかと。
 堀と土塁がしっかり残っています。柴田側の砦は土塁囲みの単郭が基調だが、壮大な連珠陣地を構築していると説明板にあります。別所山砦は、34.77m×36.6mの四角形が基本ながら、南東角、南西角の土塁が凹み、横矢掛かりになっています。東側には、兵の駐屯地であった削平地の段々があります。郭外南西に行市山砦まで1200mの表示があり、次に行市山砦を目指します。

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じゅんじん

多賀サービスエリア (2026/05/03 訪問)

ドッグランや休憩所になっております。

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じゅんじん

鐘の丸売店 (2026/05/03 訪問)

鐘の丸売店が閉店なので行きました。11年ぶりぐらいです。天守から降りたら80分待ちでした・・・

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じゅんじん

御殿内部 (2026/04/29 訪問)

加藤先生が1万石ぐらいの小藩の御殿が残るのは大変貴重と話されていました。やっと訪れました。春町の展示もありました。

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つちのこ

転用石モリモリ (2026/08/22 訪問)

推し(明智光秀)のパワー頂きに福知山城へ。
転用石が多く使われるお城として有名ですが、自分の目で改めて見ると、その多さや目立ち具合に思わず微笑んでしまいます。
石垣表面も目立ちますが、石垣から取り出された転用石が敷地内の隅(2か所)に置かれており、その量にも驚きました。
増築前後の石垣境目もはっきり分かり、見どころたっぷりでした。
天守内の資料館は、光秀の功績紹介の他、歴代城主全員の紹介パネルがあり、こちらも充実した内容でした。
帰りには隣接するお土産ショップにて光秀公グッズを購入し大満足の攻城でした。

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todo94

お盆帰省時・埼玉県の攻城⑤ (2026/08/14 訪問)

武蔵城山砦(上杉砦)からの転戦です。グーグルマップのポイントには、じゅんじんさんの投稿の通り、何もありませんでした。完全に撤去されてしまったようですね。仕方ないので智観寺にある、中山家範の次男・中山信吉の墓に行ってみました。かなり立派な宝篋印塔の墓でした。その墓の前に、中山家範館跡碑と説明板は移設されていました。きっと、住民の要望があったのでしょうね。智観寺には長崎県東彼杵の中山分家から寄贈された灯籠なんかもありました。

この日の攻城はこれにて終了。圏央鶴ヶ島インター近くで給油しましたが、リッター154円でした。長野県より20円、群馬県より10円ほど安い価格です。因みに北海道もリッター150円台で給油できました。

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朝田 辰兵衛

岸岳城散策3/3(大手口~本丸~三左衛門殿丸~姫落とし岩) (2026/07/11 訪問)

大手口からどうやら古道がありそうな予感がしました。ここから真南におまん塚があるからです。しかし,かなり急峻で夏場ということもあり,無理はしませんでした。
姫落とし岩にはよじ登る必要があり,登ったときに最後の水分が入ったペットボトルを落としてしまったようです…<泣>。
ホテルで沸かしたお茶です。ダークグリーンの袋で保護してました。
帰路の本丸付近で気づきました。「ガマンしないで飲んでおくべきだった…」と落胆。
かなり脱水気味だったので,飲めそうな湧き水を探しながら下山しました。
大平(おなり)橋跡を少し過ぎたところに,飲んでも問題なさそうな湧水ポイントを発見。母の実家が山の麓なので,そのへんの嗅覚と知恵がDNAに受け継がれているのかもしれません。
そして,JR佐里駅に到着。自動販売機が全く見当たらないことに,再び落胆。トイレの手洗い場の水をガブ飲みしました。
都会育ちの方は,マネをするとお腹をこわすと思います。ご注意ください。

JR佐里駅には,予定の約30分遅れで到着してしまいました。次の電車は2時間待ち…。
ただただ駅舎内にて時間をつぶしていました。
よって,この後に青山城攻城を予定しておりましたが,時間的に見事にボツ。
事前に,todo94さんに青山城の投稿をアップデートしていただき,助かりました。
「岸岳城の後に青山城はムリだろう…」
と予想しておられたのかも…。
感謝申し上げますm(__)m

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朝田 辰兵衛

岸岳城散策2/3(三の堀切~二の堀切~井戸跡) (2026/07/11 訪問)

登城道,ほとんど平坦な道はありません。北端の旗竿石から南東の姫落とし岩まで湾曲しながら,その城域は【約1.4㎞】になります。
次第に気温も上昇してきて,持ってきた水分量が少なかったと思いました。すでに500mLを切っている状態…。
そんな心配も忘れてしまうほど,三の堀切と二の堀切は見事でした。
井戸跡も予想以上に大きく,城域の広さに見合ったカンジがしました。

赤色かるたになったら…
いびつな三日月か,ブーメランか…。登城道がどれだけ反映されるかが,判断材料になりそうな予感…。

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朝田 辰兵衛

岸岳城散策1/3(JR佐里駅~城下遺構~登城口~旗竿石) (2026/07/11 訪問)

今年度の目標として「赤色かるたマイナス4城の攻城」。これで,赤色かるた城フルコンプ攻城と考えております。長岩城行きのコミュニティバスが月曜日のみの運行なので,年内中ではプランニングできませんでした。長岩城は2月に計画中。

さてと,岸岳城ですが,最寄り駅はJR筑肥線(ちくびせんではなく「ちくひせん」と読みます)の無人駅「佐里駅」となります。駅舎内,周辺含めて自動販売機ナシ。トイレはさすがにあります。これから攻城ってときは,さほど気にもしてなかったのですが…。このエピソードは後ほどということで。
佐里駅~登城口まで,おまん塚経由で,徒歩約65分で到着。
まずは,登城道沿いに大平(おなり)橋跡。登城道は登城口方向(西側)とおまん塚方向(東側)に分岐します。おまん塚へ向かう途中に玄蕃屋敷跡入口アリ。玄蕃屋敷跡自体は,耕作地になってました。
おまん塚からUターンして登城口へと。案内標識に注意しながら進んでください。
登城口から山中に向かうと,説明のない遺構があります。井戸跡にしては大きすぎるし,駐屯地にしては狭すぎ…。今後の研究に期待します。
この説明のない遺構からさらに奥へ。本格的な山登りとなります。
分岐点まで来たら,左側(北側)が旗竿石。右側(南側)が本丸方向になります。
旗竿石に行っただけで,1城登城したぐらいの感覚です。

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まぁちゃん

天守閉城前に (2026/02/17 訪問)

宮島と併せめぐってきました。ニュートラム広島駅には時間の都合で行けなかった、残念。

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ヒロケン

御坊(吉崎山) (2026/08/12 訪問)

御山といわれる吉崎御坊跡は北・西・南の三方を北潟湖に囲まれた天然の要害で、海抜33m、面積は2万㎡の小高い丘にあり、浄土真宗中興の祖、蓮如上人が布教活動の拠点を置いた場所です。
城郭寺院という事で訪れました。石垣や堀、土塁等で固めた防御施設がある事を期待して散策したのですが、残念ながら見つけることが出来ませんでした。ですが、高村光雲3大名像といわれる蓮如上人の像や御山の麓には趣のある太鼓堂、またビュースポットから見る北潟湖など興味をそそるものがたくさんあります。

駐車場は、御山の麓に「道の駅 蓮如の里あわら」の駐車場がありますが、道の駅が開店するまではトイレはありません。また、吉崎小学校を経由していくと蓮如上人の像がある山頂に辿り着きます。こちらには数台駐車できるスペースやトイレも完備されています。
おすすめは、道の駅で駐車し御山麓の寺院を散策後に御山に登り散策した方が良いかと思います。

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にのまる

校舎はそのままでした。 (2026/06/30 訪問)

JR小海線利用。龍岡城駅から枡形跡を通って向かいました。

今年4月に増築、リニューアルしたガイダンスセンター「であいの館」で新しい展示や映像をゆっくりと見ることができました。龍岡城は捉え方によってイメージや感想、評価が大きく変わる印象があるので、断片ではなく時系列に沿ってじっくり追えてよかったです。

田口小学校が閉校してから3年余り。校舎もこのお城の歴史の一部だなぁと思ったりしますが、史跡公園としての今後の整備方針なども伺うことができました。
また、展望台(田口城)へは今回も行けなかったのですが、山中の様子や所要時間、熊出没情報なども教えていただけたのでいつか登ってみたいです。

ひと通り見学したあと、御台所裏手にある五稜郭公園へ。星型の広場があると聞いていたのですが、行ってみると立派な石組みの枡形もあってびっくりを通り越して感動してしまいました🥹
水堀もあったし、お城感たっぷりで、滑り台が物見櫓に見えたりもして、このアイデアと柔軟性と地元愛がある地域なら龍岡城もきっと素晴らしい史跡公園になるだろうなと思いました。

お土産に購入した五稜郭せんべいはたくさんの種類があるなかから“あおばつ”を選びました。青大豆の香りがしっかり感じられて美味しかったです!

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イオ

黒田城(三重県松阪市大黒田町) (2026/02/15 訪問)

黒田城(城びと未登録)は、詳細は不明ながら北畠氏に仕えた中頭下総守の城です。遺構は消滅していて、善覚寺から法寿寺にかけてが比定地とされます。

法寿寺には楠木正成と中頭氏にまつわる伝承があり、湊川の戦いに赴く前に楠公から念持仏を託された宝蔵坊は、同じく南朝の臣である 中頭氏に頼み込み、中頭氏は一宇を建てて懇ろに祀って現在に至る、とのこと。法寿寺の境内には忠臣 楠木正成公との仏縁の説明板と楠公父子決別之像が設けられています。
 

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todo94

お盆帰省時・埼玉県の攻城④ (2026/08/14 訪問)

大堀山館からの転戦です。川越城奪還のために上杉憲政がここに陣を敷いたということで、上杉砦とも呼ばれているそうです。郭内には櫓台様の高みがあり、空堀は深く、コンパクトながらなかなか見ごたえのある砦でした。

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ぴーかる

深溝城 (2026/06/14 訪問)

【深溝城】
<駐車場他>駐車場はなし。
<交通手段>車

<感想>1泊2日東海ちょこ城道中14城目。深溝城の詳細は添付写真の現地説明板をご覧下さい。車を停める場所がなかったので、石碑前に停めて撮影しました。土塁が残っているようですが無理せずにしました。
 深溝松平家の墓所がある本光寺はあじさい寺として有名で楽しみに行きましたが、駐車待ちの車の大行列でとても無理なので飛ばしました。朝一に行くべきでした、ミスりました。

<満足度>◆◇◇

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シャンシャン

絶景が望める海城 (2026/08/04 訪問)

三方を海に囲まれた小高い丘に建つ唐津城。
復元天守だけど、周囲から見る姿は青空に映えてカッコいい!
石垣はよく残っており、特に天守台の(扇の勾配ではなく)一直線にそびえたつ石垣は特徴的。
天守からの景色は市街地や虹の松原、玄界灘などが一望でき絶景!
海沿いにも石垣が連なっているので、ぜひ今度は船に乗って海から見てみたい。
記念メダルもGETして大満足!

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シャンシャン

元寇を防いだ石塁 (2026/08/04 訪問)

鎌倉武士が元の侵攻を防い石塁跡。
一応、城びとで検索してみたら登録されてた(^^;)
文永の役の後に元の再襲来に備えて、わずか6ヶ月で20㎞も築かれたそう。
砂浜からの景色は絶景だけど、往時はこの海に何百艘もの元の船が並んでおり、鎌倉武士が迎え撃ったと考えると歴史のロマンを感じる。

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