埋もれた名城跡~慶長期の石垣を堪能~
(2026/02/14 訪問)
【下津井城】
<駐車場他>下津井城跡駐車場数十台分あり。
<交通手段>車
<見所>総造り石垣・大手門櫓跡石垣・堀切
<感想>現地説明板によると下津井城は慶長のはじめ宇喜多秀家によって築城されたが、のち小早川氏の家臣平岡石見が居城、次いで慶長8年に池田忠継入国とともに家臣池田長政(禄高3万2千石)の守るところとなり城郭に一大整備がなされ慶長11年に現在の遺構にみるような本格的な形態をととのえるに至る。のち城主が3代変わり一国一城令で廃城となる。とあります。
駐車場から遊歩道を進んで行くと、まず西端の馬場跡・西の丸跡に入ります。縄張りは本丸を中心に曲輪が東西に伸びた構造で、凄いことに総石垣造りとなっています。西から西の丸跡⇒大手門跡⇒二の丸跡⇒三の丸跡⇒中の丸跡、戻って井戸曲輪跡⇒本丸跡の順で散策しました。大手門の多聞櫓跡と思われる石垣と二の丸・三の丸跡の南下段の石垣が良好に残っていてかなり見応えあります。西の丸跡の石垣は他の曲輪の石垣と比べ、面を平らにしていないので宇喜多時代の石垣かもしれないと思いました。本丸跡は面積が小さく隅に天守台が残されていますが、本丸の石垣と天守台の石垣は廃城時に破却されたようで石垣はほぼ残されていません。
慶長の築城ラッシュ時に築城され、すぐに廃城になった城だが、石垣が良好に残存していて攻略に2時間半、法面にしがみつつ、じっくり堪能しました。百・続百名城に負けていない素晴らしい城跡でした。
<満足度>◆◆◆
<グルメ>登城前に行きました。JR児島駅前にある「中華そば こうた」煮干し豚骨の細麺のラーメンで美味しかったです。白飯も美味しかったですが、替え玉している人が多かったです。土曜日でしたが、11時過ぎには並びます。
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