しんちゃんさんの2025年11月の投稿を挟んで公式さん(半布里コミッティさん)の投稿が続くので、城びとからの投稿を挟みます。
信長の美濃侵攻の中で、加治田城佐藤道利の娘婿の斎藤新五利治が、加治田城城主を継いだのですと。また、堂洞城に嫁いでいた佐藤道利の娘が、加治田城から、よく見える場所で磔にされたと(写真7)。加治田城は堂洞城を見下ろす位置にあり、本当なんですね。詳しくは、しんちゃんさん投稿をご覧ください。
清水谷公園からの林道を行くのがおすすめのようですが.清水谷に入ってすぐに、写真1の表示を見つけたので、ここから登ってみました(地蔵堂ルート)。林道を行くと、加治田城北側を巡り、梨割り山を経て、西から城域に入りますが、地蔵堂ルートでは、東側から直接城域に入ります。主郭虎口には石垣の痕跡が。
激しい雨の後でしたが、良く整備されていて、問題なく、散策できました。真新しいのぼりも。公式さん投稿では、主郭説明板に登城者カウントの二次元バーコードが貼ってあるはずなのですが、直近の強い風雨で、飛ばされたようです。残念。
加治田城もチャートの山体で、南と北は急斜面で、東西に伸びる尾根に、郭を設けています。大手道は南麓の公民館脇からなのですが、未整備と。城域にも、大手道の表示がありますが、「未整備」と書いてありました。
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