鳶ヶ巣城から車で45分くらいで、登城口付近の駐車場(35.266135、132.579725)に着きました。
築城年代は定かではないようですが、鶴ケ城の始まりは1102年(康和4年)源義家の嫡子対馬守義親が隠岐へながされる途中、清嶽山にさくを作り鶴ケ丸と名付けて弟義忠とともに守った。
また、吉野朝の頃(1336年~1392年)地頭古荘二郎左衛門が清嶽山へ築城したとも伝えられています。
室町時代の大永年間(1521年~1528年)には、小野(古荘)玄蕃が清嶽山に城を築き、鶴ケ城と名付け尼子36城の一城として15,000石を領しました。
当時は、尼子氏が山陰山陽11か国を勢力下に治めていた頃になります。
1572年(元亀3年)小野氏の家老広瀬右近之丞が鶴ケ城を守っていたが、銅山師三島清右衛門の進言を入れた毛利輝元に攻められて落城しました。
その後、城は田儀城と改められ(知行3,000石)毛利の家臣大鳥馬場が守ったが関ケ原の没後、掘氏に属し、やがて徳川幕府の武家諸法度により廃城となりました。
現在は公園として整備されています。主郭は山頂にあります。
攻城時間は30分くらいでした。次の攻城先=神西城(尼子十旗⑦)に向かいました。
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