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チェブ

長篠 設楽原の戦い。いざっ武田 勝頼本陣! (2022/05/06 訪問)

自粛!自粛!で城攻めも投稿もできなかった去年の春。
ネタがなく2018年に寄った新東名高速道路下り『長篠設楽原PA』の「織田 信長本陣跡」の投稿をしました。
その時『武田 勝頼本陣も行きたい』と願い、今回のGWに馳せ参じて来ました。
医王寺が「武田 勝頼本陣跡」です。
本殿前に碑があるそうですが、裏山に物見櫓が見え、興奮し出陣してしまいました。
医王寺の左手から進むと墓地があり、さらに進むと整備された山道が続きます。
10分位で物見櫓に到着。
勝頼さん、ここで信長さんの本陣を睨んでいたんでしょうね。遠く新東名高速道路が見えます。
どんな気持ちだったのでしょうか?
父 信玄さんと戦を共にした老将と、若手武将とで揉めたりしたのかな?
医王寺の山門前の池には、勝頼さんに切付けられて片葉になった『片葉のアシ』がありました。イライラしてます。

余談ですが、城びとのイベント【城と生き物】の写真に良いのでは?と、猫ちゃん発見。
スマホを構えて、説明板と猫ちゃんを写そうとすると、まさかの激突。サービス精神旺盛でドアップ写真ばかりになってしまいました。

「長篠城」の近く合戦跡地は、いろんなドラマがありました。

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ぴーかる

積善寺城 (2022/04/30 訪問)

【積善寺城】
<駐車場他>駐車場はなし。
<交通手段>JR和泉橋本駅より徒歩

<感想>2022年春のJR列車大阪ちょこ城巡りの旅1城目。積善寺城は1558年根来衆が対三好氏に対するために築きました。秀吉の紀州攻めの時には積善寺城や千石堀城・諸城は中村一氏の岸和田城と攻防しましたが最後は和睦開城したようです。
 城びとポイントである安楽寺山門を撮影しGoogleマップの積善寺ポイントを目指しましたが工事中の通行止めとなっており、県道の方へ徒歩で迂回して近木川の橋北側にある説明板を撮影した。城は比定地で近木川の南側一帯であろうと思われる。

<満足度>◆◇◇

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織田晃司

♪一つ山越しゃ ホンダラダホイホイ (2022/05/14 訪問)

♪一つ山越しゃ 西の丸ホイホイ
も一つ山越しゃ 本丸だホイホイ

二つの山を越えるので二ツ山城です。

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いんげん丸虫

蘆名盛隆氏 築城 (2022/05/03 訪問)

伊達氏による会津侵攻を防ぐために蘆名氏が築城し
ました。曲輪には丁寧に土塁が巡らされており、石
積も要所要所に使われてますね。
平成20年度より発掘調査が行われているようで、
多彩な遺構が確認できます。
生涯学習センターに駐車可能で、そこから案内板が
設置されています。

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トベシュン

函館旅行 (2022/04/26 訪問)

函館近郊の城址巡りに行ってきました。
志苔館・五稜郭・四稜郭・松前藩戸切地陣屋・弁天台場・松前城・上ノ国 勝山館・館城
丁度桜が満開時期と重なり見ごたえがありました。

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トベシュン

函館旅行 (2022/04/27 訪問)

函館近郊の城址巡りに行ってきました。
志苔館・五稜郭・四稜郭・松前藩戸切地陣屋・弁天台場・松前城・上ノ国 勝山館・館城
丁度桜が満開時期と重なり見ごたえがありました。

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トベシュン

函館旅行 (2022/04/26 訪問)

函館近郊の城址巡りに行ってきました。
志苔館・五稜郭・四稜郭・松前藩戸切地陣屋・弁天台場・松前城・上ノ国 勝山館・館城
丁度桜が満開時期と重なり見ごたえがありました。

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トベシュン

函館旅行 (2022/04/26 訪問)

函館近郊の城址巡りに行ってきました。
志苔館・五稜郭・四稜郭・松前藩戸切地陣屋・弁天台場・松前城・上ノ国 勝山館・館城
丁度桜が満開時期と重なり見ごたえがありました。

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トベシュン

函館旅行 (2022/04/26 訪問)

函館近郊の城址巡りに行ってきました。
志苔館・五稜郭・四稜郭・松前藩戸切地陣屋・弁天台場・松前城・上ノ国 勝山館・館城
丁度桜が満開時期と重なり見ごたえがありました。

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トベシュン

函館旅行 (2022/04/27 訪問)

函館近郊の城址巡りに行ってきました。
志苔館・五稜郭・四稜郭・松前藩戸切地陣屋・弁天台場・松前城・上ノ国 勝山館・館城
丁度桜が満開時期と重なり見ごたえがありました。

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トベシュン

函館旅行 (2022/04/26 訪問)

函館近郊の城址巡りに行ってきました。
志苔館・五稜郭・四稜郭・松前藩戸切地陣屋・弁天台場・松前城・上ノ国 勝山館・館城
丁度桜が満開時期と重なり見ごたえがありました。

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トベシュン

函館旅行 (2022/04/26 訪問)

函館近郊の城址巡りに行ってきました。
志苔館・五稜郭・四稜郭・松前藩戸切地陣屋・弁天台場・松前城・上ノ国 勝山館・館城
丁度桜が満開時期と重なり見ごたえがありました。

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刑部

朝一番で訪問 (2022/05/02 訪問)

朝早いせいか人が居ませんでしたが、巡っているうちに人がわいて出てきたように増えて撮影が難しくなりました。ここは広大な城でした!

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ばばよ

石垣と絶景と (2022/05/06 訪問)

時間の都合で本丸駐車場から。
野面積みですが理路整然とした印象の石垣がこんな山の上にあり驚きます。
本丸からの眺めは他の方同様、感動のレベルです。
タイトなスケジュールでも行った価値はありましたが、逆にもっと時間があればよかったとも思いました。
アクセスよい場所ではないので、再訪するとしたらいつになるやら...

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ぴちょまる

駿府城 (2022/05/14 訪問)

静岡ホビーショーが3年ぶりの開催となり、静岡へ。
朝は荒れていた天気も徐々に晴れて、夜には快晴に。
駿府城公園の南側に県庁があり、21階が展望室として公開されていることを今更知り、
休日も18:00まで展望台に昇ることができるとのことなので、ホビーショー後に行ってみた。
駿府城を見下ろすことができる他、日本平、富士山、駿河湾、伊豆半島を臨むことができる。
その後は、坤櫓と月を見ながら、巽櫓の定番のスポットへ。

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こるまろ

ダイヤモンド大山観望会 (2022/02/20 訪問)

元旦に放送されたNHK「日本最強の城スペシャル第10弾 一度は行きたい絶景の城」で、姫路城、大阪城、竹田城など候補が最強過ぎる中から、なんと米子城が最強の城に選ばれました。 山頂の天守台跡から望む360度パノラマ景色もさることながら、2月20日頃と10月22日頃の年2回、天候の良いときにしか見れない大山の山頂部から日が昇るダイヤモンド大山の絶景が、最強の城に選ばれた決め手となりました。 ということで、最強の城に選ばれてから最初のダイヤモンド大山を観る企画が開催され2月20日に行ってきました。
ブログ:https://minkara.carview.co.jp/userid/1532104/blog/45886904/

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姫街道

堀に映える城 (2022/05/04 訪問)

美しい石垣と城が、スッキリお堀に映ってナイスショットが沢山撮れます。櫓、石垣、堀、橋、御門。コンパクトだが、風情があり、美しいの一言。

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じゅんじん

10年ぶり (2022/04/25 訪問)

夏場はジャングルになるんでしょうね。でも城跡は素晴らしいです。

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姫街道

武田氏諏訪郡代の居館と城 (2022/05/04 訪問)

諏訪氏がこの地を城・居館としてたのだろうが、最終原形は武田の築城技術であり、武田氏諏訪統治の中心だったと思われる。山道を上がって行くと「上原城跡」と大きな看板。ここが、連郭式の居館跡。実際に、板垣平と呼ばれる主曲輪部から下方を眺めると、綺麗な曲輪が見える。さて、詰め城部は看板から2キロ程走ったところ。入城してすぐに大きな堀切と畝堀。二の丸には、眼下に聳え立つ物見岩。巨石だ。本丸をぐるりと一周してみたが、あちらこちらに岩が。当時は、もっと整然と並べられていた可能性がある。諏訪を見下ろす、素晴らしい城だ。

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朝田 辰兵衛

高柳館/高柳陣屋(新潟県妙高市)~鬼小島弥太郎編①~ (2022/05/14 訪問)

高柳館は,謙信家来の鬼小島弥太郎館と伝わっています。妙高市高柳1丁目,高柳集落の北端部。関川と渋江川に挟まれた河岸段丘上の先端部に位置。関川と渋江川の両方を水運として利用でき,拠点機能もあったのではと思われます。現在は,東側と南側に堀跡を遺し,その交差隅部に「鬼小島弥太郎館趾」の石碑があります。また,渋江川には「弥太郎橋」が架けられ,パネルもあり,地域から親しまれている印象です。
高柳陣屋は,高柳館の南側に位置する速念寺の東側一帯にあったとされます。館の内,馬場,外堀などの地名・通称を残すのみ。渋江川の氾濫などで,この地はたびたび被害に遭っていたようです。しかし,速念寺のシンボルとなっている鐘楼は,1829(文政12)年製。寺は火災もなく現在に至り,新潟県内最古の過去帳が残っているとのこと。

★鬼小島弥太郎伝承★
1561(永禄4)年9月10日の第4回川中島合戦の際,武田軍の山県昌景が4尺3寸の大太刀を振りかざし,上杉軍と戦いました。敵味方とも「あっぱれな勇士」と褒めたたえます。
そこに,「三国一」と書いた旗指物を風になびかせ,山県隊に突入してきた荒武者あり。これぞ,小島弥太郎一忠なり。互いに「相手にとって不足なし」と,大太刀で火花を散らすが,勝負つかず。
実はその時,武田義信が上杉軍に包囲され苦戦中。山県は「ご覧のとおり主人義信が危うし。武士の情け,この勝負を許したまえ」と請う。小島は「主人を思うは武士の習い。許し難いところであるが,貴殿の忠節に免じ,この勝負は後日にしよう」と引き揚げた。
山県は心中「小島は花も実もある武士だ。鬼とは,誰が名づけたのだろう」とつぶやき,一目散に主人のもとに駆けつけた。
ところが,上杉軍団の中に小島弥太郎の名前が出てこない。そのため,架空の人物という説もあるほど。しかし,小島弥太郎に関する伝承は多い。軽く6尺を超える背丈で,顔は醜いなど。
また,妙高市蔵々(ぞうぞう)に小島姓が多く,弥太郎の子孫と伝わります。小島家は景勝の会津移封には従わず,蔵々の地に土着したとの伝承です。蔵々は,トキ鉄妙高高原駅前の田口集落からさらに奥に入った集落となります。目ぼしいものはありません(たぶん)。

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