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朝田 辰兵衛

岸岳城散策2/3(三の堀切~二の堀切~井戸跡) (2026/07/11 訪問)

登城道,ほとんど平坦な道はありません。北端の旗竿石から南東の姫落とし岩まで湾曲しながら,その城域は【約1.4㎞】になります。
次第に気温も上昇してきて,持ってきた水分量が少なかったと思いました。すでに500mLを切っている状態…。
そんな心配も忘れてしまうほど,三の堀切と二の堀切は見事でした。
井戸跡も予想以上に大きく,城域の広さに見合ったカンジがしました。

赤色かるたになったら…
いびつな三日月か,ブーメランか…。登城道がどれだけ反映されるかが,判断材料になりそうな予感…。

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朝田 辰兵衛

岸岳城散策1/3(JR佐里駅~城下遺構~登城口~旗竿石) (2026/07/11 訪問)

今年度の目標として「赤色かるたマイナス4城の攻城」。これで,赤色かるた城フルコンプ攻城と考えております。長岩城行きのコミュニティバスが月曜日のみの運行なので,年内中ではプランニングできませんでした。長岩城は2月に計画中。

さてと,岸岳城ですが,最寄り駅はJR筑肥線(ちくびせんではなく「ちくひせん」と読みます)の無人駅「佐里駅」となります。駅舎内,周辺含めて自動販売機ナシ。トイレはさすがにあります。これから攻城ってときは,さほど気にもしてなかったのですが…。このエピソードは後ほどということで。
佐里駅~登城口まで,おまん塚経由で,徒歩約65分で到着。
まずは,登城道沿いに大平(おなり)橋跡。登城道は登城口方向(西側)とおまん塚方向(東側)に分岐します。おまん塚へ向かう途中に玄蕃屋敷跡入口アリ。玄蕃屋敷跡自体は,耕作地になってました。
おまん塚からUターンして登城口へと。案内標識に注意しながら進んでください。
登城口から山中に向かうと,説明のない遺構があります。井戸跡にしては大きすぎるし,駐屯地にしては狭すぎ…。今後の研究に期待します。
この説明のない遺構からさらに奥へ。本格的な山登りとなります。
分岐点まで来たら,左側(北側)が旗竿石。右側(南側)が本丸方向になります。
旗竿石に行っただけで,1城登城したぐらいの感覚です。

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まぁちゃん

天守閉城前に (2026/02/17 訪問)

宮島と併せめぐってきました。ニュートラム広島駅には時間の都合で行けなかった、残念。

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ヒロケン

御坊(吉崎山) (2026/08/12 訪問)

御山といわれる吉崎御坊跡は北・西・南の三方を北潟湖に囲まれた天然の要害で、海抜33m、面積は2万㎡の小高い丘にあり、浄土真宗中興の祖、蓮如上人が布教活動の拠点を置いた場所です。
城郭寺院という事で訪れました。石垣や堀、土塁等で固めた防御施設がある事を期待して散策したのですが、残念ながら見つけることが出来ませんでした。ですが、高村光雲3大名像といわれる蓮如上人の像や御山の麓には趣のある太鼓堂、またビュースポットから見る北潟湖など興味をそそるものがたくさんあります。

駐車場は、御山の麓に「道の駅 蓮如の里あわら」の駐車場がありますが、道の駅が開店するまではトイレはありません。また、吉崎小学校を経由していくと蓮如上人の像がある山頂に辿り着きます。こちらには数台駐車できるスペースやトイレも完備されています。
おすすめは、道の駅で駐車し御山麓の寺院を散策後に御山に登り散策した方が良いかと思います。

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にのまる

校舎はそのままでした。 (2026/06/30 訪問)

JR小海線利用。龍岡城駅から枡形跡を通って向かいました。

今年4月に増築、リニューアルしたガイダンスセンター「であいの館」で新しい展示や映像をゆっくりと見ることができました。龍岡城は捉え方によってイメージや感想、評価が大きく変わる印象があるので、断片ではなく時系列に沿ってじっくり追えてよかったです。

田口小学校が閉校してから3年余り。校舎もこのお城の歴史の一部だなぁと思ったりしますが、史跡公園としての今後の整備方針なども伺うことができました。
また、展望台(田口城)へは今回も行けなかったのですが、山中の様子や所要時間、熊出没情報なども教えていただけたのでいつか登ってみたいです。

ひと通り見学したあと、御台所裏手にある五稜郭公園へ。星型の広場があると聞いていたのですが、行ってみると立派な石組みの枡形もあってびっくりを通り越して感動してしまいました🥹
水堀もあったし、お城感たっぷりで、滑り台が物見櫓に見えたりもして、このアイデアと柔軟性と地元愛がある地域なら龍岡城もきっと素晴らしい史跡公園になるだろうなと思いました。

お土産に購入した五稜郭せんべいはたくさんの種類があるなかから“あおばつ”を選びました。青大豆の香りがしっかり感じられて美味しかったです!

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イオ

黒田城(三重県松阪市大黒田町) (2026/02/15 訪問)

黒田城(城びと未登録)は、詳細は不明ながら北畠氏に仕えた中頭下総守の城です。遺構は消滅していて、善覚寺から法寿寺にかけてが比定地とされます。

法寿寺には楠木正成と中頭氏にまつわる伝承があり、湊川の戦いに赴く前に楠公から念持仏を託された宝蔵坊は、同じく南朝の臣である 中頭氏に頼み込み、中頭氏は一宇を建てて懇ろに祀って現在に至る、とのこと。法寿寺の境内には忠臣 楠木正成公との仏縁の説明板と楠公父子決別之像が設けられています。
 

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todo94

お盆帰省時・埼玉県の攻城④ (2026/08/14 訪問)

大堀山館からの転戦です。川越城奪還のために上杉憲政がここに陣を敷いたということで、上杉砦とも呼ばれているそうです。郭内には櫓台様の高みがあり、空堀は深く、コンパクトながらなかなか見ごたえのある砦でした。

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ぴーかる

深溝城 (2026/06/14 訪問)

【深溝城】
<駐車場他>駐車場はなし。
<交通手段>車

<感想>1泊2日東海ちょこ城道中14城目。深溝城の詳細は添付写真の現地説明板をご覧下さい。車を停める場所がなかったので、石碑前に停めて撮影しました。土塁が残っているようですが無理せずにしました。
 深溝松平家の墓所がある本光寺はあじさい寺として有名で楽しみに行きましたが、駐車待ちの車の大行列でとても無理なので飛ばしました。朝一に行くべきでした、ミスりました。

<満足度>◆◇◇

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シャンシャン

絶景が望める海城 (2026/08/04 訪問)

三方を海に囲まれた小高い丘に建つ唐津城。
復元天守だけど、周囲から見る姿は青空に映えてカッコいい!
石垣はよく残っており、特に天守台の(扇の勾配ではなく)一直線にそびえたつ石垣は特徴的。
天守からの景色は市街地や虹の松原、玄界灘などが一望でき絶景!
海沿いにも石垣が連なっているので、ぜひ今度は船に乗って海から見てみたい。
記念メダルもGETして大満足!

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シャンシャン

元寇を防いだ石塁 (2026/08/04 訪問)

鎌倉武士が元の侵攻を防い石塁跡。
一応、城びとで検索してみたら登録されてた(^^;)
文永の役の後に元の再襲来に備えて、わずか6ヶ月で20㎞も築かれたそう。
砂浜からの景色は絶景だけど、往時はこの海に何百艘もの元の船が並んでおり、鎌倉武士が迎え撃ったと考えると歴史のロマンを感じる。

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シャンシャン

幕末の城跡 (2026/08/03 訪問)

下関にある勝山御殿跡(城びと未登録)。
幕末に外国船の脅威に対抗するため、海沿いの拠点から山あいに移された藩主の居所。
「御殿跡」となっているものの、わずか7ヶ月で築かれたとは思えないほど立派な石垣と曲輪が残されており、城跡と言っても差し支えない規模。
石垣は基本的に落とし積みで築かれており、角も算木積みではない。ここまで落とし積みの石垣は初めて見たので新鮮だった!
所々、鏡石のような大きな石が埋め込まれており、間詰石もなく隙間なく積まれており、見応えがある石垣だった。
国指定史跡公園としてきれいに整備されていたが、下から狭い住宅街の道を進む必要があるにも関わらず、看板も一切ないため不親切(^^;)

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イオ

船江城(三重県松阪市船江町) (2026/02/15 訪問)

船江城(城びと未登録)は、築城時期等は不明ながら織田信長の伊勢侵攻に備えて北畠家臣の本田左京亮らが籠った城で、夜討ちにより織田軍に頑強に抵抗しました。その後、北畠氏の養子となった茶筅丸(織田信雄)は北畠具教の四女・千代御前(雪姫)と船江城で婚儀を挙げたと伝わります。本田氏は信雄、次いで蒲生氏郷に仕えましたが、氏郷が松ヶ島城から松坂城に移った際に、松ヶ島城とともに船江城も廃城になったようです。

船江城跡は本田氏菩提寺の浄泉寺になっていて、明瞭な遺構はありませんが、境内裏手の墓地奥の水路は堀の名残、草木が茂るあたりが土塁の痕跡と思われるんだとか。
 

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todo94

お盆帰省時・埼玉県の攻城③ (2026/08/14 訪問)

菅谷館からの転戦です。大堀山城は、ここ数年、ターゲットにし続けていたのですが、時間が足りずに、先送りにし続けていたのです。川越は高崎からは結構遠いです。蜘蛛の巣にはかなり悩まされましたし、蚊にも刺されましたが、想定以上の空堀を拝むことができました。真夏なのに雑草の繁茂がなかったのも良かったです。

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赤い城

仕事終わりに (2026/07/17 訪問)

この日最後の所用を終えもう一1城、JR千里丘駅に向かいました。
学生時代に住んでいた場所で懐かしさも感じながら降り立ちます。
徒歩で10くらい、蔵垣内公園周辺が城跡推定地です。

途中の子育て支援センターの前に防風庵跡の説明板があります。
三宅城が攻められた際に城主の長女らが出家した際の庵だそうです。
三宅城ですが遺構は残っていません。
公園の隅に石碑と説明板が設置されています。
登城時は夕暮れ時だったので遊んでいた子供達が帰るところでした。
皆さんのレポートにもあるように他の場所にも碑があるようですが確認はしていません。

【見どころ】
 ・公園の石碑

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HKISD

糸田城跡散策 (2026/08/15 訪問)

駐車場がありません。道路の脇に停めて散策でした。

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HKISD

古賀城跡散策 (2026/07/28 訪問)

細い道を車1台ギリ通れるくらいの道路で上り神社の駐車場に停めて散策
とても歩きやすく石垣もあり見ごたえありました。

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三田村左衛門 姉川古戦場 (2026/08/20 訪問)

 姉川古戦場巡りをしていましたので、朝倉景健の陣として使用されたと伝わる三田村城跡にも寄ってきました。2回目の投稿となります。
 長浜平野を流れる姉川と草野川に挟まれた地域にあり伝正寺が主郭跡で周囲に土塁が遺っています。約4年前に来た時は4月だったので雑草もそれほどでもなく土塁などが比較的よく見えましたが、この季節は少しわかりにくいですね。他の場所にも土塁が残っているようですが、今回は行っていません。三田村氏は、元々京極氏の家臣でしたが、戦国時代には浅井氏に従うようになりました。天正元年(1573)には浅井氏に従って小谷城に籠り、その後降伏しましたが織田信長により一族を含め処刑されたと伝わっています。

 近くにあった姉川の合戦の石碑等も投稿しました。

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姉川古戦場散歩 (2026/08/20 訪問)

 三田村城は姉川の戦いの際には浅井氏の援軍として遠征してきた朝倉景健が陣を置いたとも伝わっています。
姉川の古戦場は一部しか行ったことがなかったので、ぶらぶらと散策してきました。浅井長政、徳川家康、織田信長の陣の跡など回って来ました。それぞれの場所に設置してある姉川の戦いの説明板には番号があります。説明板が設置してある全部に行けたわけではありませんが、回れる範囲で見て来ました。説明板を投稿しています。
 暑い日でしたが、雲も多く日を隠してくれました。また風が気持ちよかったです。

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翡翠

スタンプを押しに (2026/08/16 訪問)

今回は、途中まで車で行ける道を歩いて登城しました。綺麗に整備されていました。でも結構キツかったです。

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翡翠

スタンプを (2026/08/16 訪問)

2月から、続いた咳も治り、今回はスタンプを押しに。22時くらいにホテルについて宍道湖を見ながら松江城まで歩いて行ってみました。片道約2キロ往復4キロ。朝いちで松江城の周りを歩いて裏から登城。ゆっくり見たかったのですが、駆け足で次の月山富田城まで。

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