復元された中ノ御門枡形裏より太鼓櫓石垣台、二の丸走り櫓石垣台、菱櫓石垣台、天球丸石垣を望むと重層した石垣群が聳えて眺望でき、いつもながら惚れ惚れ見とれてしまいます。
この石垣群は昭和18年の鳥取大震災で崩落し戦後昭和30~40年代頃シンボルの二の丸三階櫓台、その後二の丸大菱櫓台、走り櫓周り、表御門石垣台周りが復元されて、平成に成って天球丸石垣周り、太鼓櫓台石垣、天球丸巻石垣、天球丸下楯蔵台石垣周りが復元修復され、鳥取大震災から60年掛かりの修復復元の成果を見て居ります。
20年前の平成18年に幕末の姿を甦らせる鳥取城復元30年計画が作られて、現在復元した擬宝珠橋、中ノ御門枡形が遅れていますが初期10年計画の成果です、残り太鼓櫓が完成すると10年計画の完成です。
後に11~20年計画で二の丸走り櫓、菱櫓、21~30年計画で二の丸三階櫓の完成でファイナルです。
北御門を抜けて駐車場へ、途中の二の丸三階櫓台、城代屋敷元野球場現博物館西側の内濠石垣が草刈整備されて居ましたので掲載、内堀南側、内濠から見上げる久松山も掲載。
最後に家内の要求で、50数年帰省したが鳥取砂丘の駱駝に乗ってないと言われ砂丘へ、家内の駱駝騎乗の写真は掲載できませんので、鳥取砂丘馬の背写真を最後に掲載します。
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