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あんしょー

雪の岩村城 (2026/01/31 訪問)

雪に沈む岩村城です。
冬の空気の中、白に染められた石垣が美しい!

こんな日の登城は大変ですが、一見の価値ある絶景です(´∀`)

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送りバント

20170820綾城(宮崎県東諸県郡綾町) (2017/08/20 訪問)

宮崎への家族旅行の間隙を突き訪問。模擬ではあるが絵になる天守

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チェブ

管理事務所に寄ったら、大好きな脱線話で盛り上がりました。 (2026/01/31 訪問)

2019年の春に所用のついでに寄り、入口だけで退散した「大庭城」に再登城してきました。

「大庭城」は『大庭城址公園』として整備されてます。駐車場はありますが細長く狭いです。
駐車場から階段があり建物が見えます。公園の管理事務所でお手洗いを借りようと尋ねると、奥に「大庭城」に関する掲示物等があり見学しました。
と、管理事務所の方に声を掛けられ「大庭城」のお話から始まり、2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では描かれなかったエピソード等々、1時間半は談笑してました。

「大庭城」は『鎌倉殿の13人』でもご出演した、大庭 景親さんの居城だったと言い伝えがあるそうですが、違うようです。
扇谷上杉氏の家臣、太田 道灌さんが城として築城するも、北条 早雲さんに落とされます。
「江戸城」と言えば徳川 家康さんより、太田 道灌さん。
最近、道灌さんの銅像を写真に写そうと、JR日暮里駅に行く外国人観光客が増えているそうです。

公園の入口から再登城し、石畳の坂をユルユル上ります。石垣が城址公園の演出をしてくれてます。違う時代に「大庭城」が活躍したのなら、こんな石垣が積まれたのかもしれませんね。家族連れが遊ぶ広場の奥に土塁と空堀がありました。

今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』。楽しいです。
私の住む東京の端っこ周辺のお城は、まさに北条討伐で片っ端から秀吉さんにやっつけられます。
私自信、残念は残念なんですが、どのお城が出るだろうと、楽しみです。
ちょっと待て、秀長さんは病で北条討伐に参加しなかったっけ?

大河ドラマで北条家を取り扱ってくれたら「大庭城」はCGで再現してもらうと笑っていた管理事務所の方。『忙しくなるなー』と、決まってもないけど、なんだかワクワクした「大庭城」攻めでした。

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ぴーかる

マイベスト鳥取

今回、城びとの鳥取県をコンプリートしまして、鳥取県の百・続百名城以外の城びと城マイベスト10を作成してました。ご存じの通り、滋賀県に続いて、私的好みで今回も上位が山城ばかりになってしまいました。

1位[羽衣石城]
駐車場から右ルートのルート途中にある遺構が最高の見応え。残存する石垣跡や巨石群を細やかに観察しながら山頂を楽しみながら登りました。主郭が改変されているのが残念。

2位[市場城]
情報が少なかったので、登城してみて予想外の大城郭で衝撃を受けました。山頂から放射状にいくつもの連段の曲輪群が何条も伸びていて、しかも高低差のある曲輪群が並んでいる。曲輪壁は直角の大壁の切岸だ。

3位[鹿野城]
平山城だが、山の比高が結構あるので、麓の堀から山頂の本丸までずーっと遺構を楽しみながら登山できる。本丸の石垣跡や礎石も見応えあり。

4位[景石城]
主郭南側の織豊期高石垣が見られるのはこの地域では珍しい。登山途中の竪堀もダイナミック。眺望も良し。

同率5位
[河口城]
主郭最奥にある櫓台石垣は天守台と言ってもいいでしょう。主郭を取り巻く大空堀も見応えがあります。山の中腹にある城跡で、山側はどこまで城跡なのか考察しながら散策するのもいい。
[山崎城]
急峻な山城。主郭周辺の残存石垣が見応えあります。主郭斜面にへばりついて横移動しながら石垣探ししました。楽しかった。

7位[鏡山城]
麓の石垣の枡形虎口遺構や曲輪壁の石垣、中世遺構の詰め城の高低差のある曲輪群は見応えがある。詰め城の方も虎口跡が明瞭に残っています。

8位[江美城]
主郭の多聞櫓台跡石垣が見応えあります。曲輪間の堀切が深いのと曲輪壁にも所々石垣が残っている。

9位[太閤ヶ平陣屋]
土塁囲みで広い曲輪の主郭が見応え。空堀も良好に残っている。鳥取城までの尾根ルートを散策したことないので機会があれば攻略してみたい。
10位[由良台場]
国道9号線沿いにあり、20代の若い頃はドライブで横を何度も通ったが台場跡とは知らず、また台場跡が城跡とも勿論知らず、この芝生ゾーンはパターゴルフ場かミニゴルフ場かと思っていました。城びとで台場跡だと知って城びと巡り初期に行って良好に遺構の残る由良台場を見て台場跡とはこういう感じかとすごく勉強になった城跡。

感想:鳥取自動車道が無料なので近畿圏から鳥取・島根へは行きやすい。百・続百名城スタンプを収集前から鳥取城・米子城・砂丘や足を伸ばして松江城・出雲大社に行きました。城跡の総評は1~3位の城跡はいづれも大城郭で見応えのある、お城跡が残っている。因幡国と伯耆国の東側くらいまでは近畿圏の城跡と構造が似ていると感じます。伯耆国の西側くらいから戦国時代の城跡は堀切が無く、広い曲輪と高低差のある曲輪がある(尼子氏城郭の特徴かな)ように感じました。尾高城は私が行った当時は国史跡に指定される前で、草刈りの整備もあまりされていなかったので選に漏れましたが、今行っていれば整備もだいぶされているようですのでベストに入ったでしょう。

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関門海峡 (2026/01/31 訪問)

 標高約175mの古城山山頂にあり、関門海峡を望む交通の要衝に位置しています。戦国時代には毛利氏と大友氏の激戦地でした。明治時代以降は砲台や通信施設が築かれ城の遺構はほとんど残っていません。わずかに残る石垣は細川氏時代以降に築かれたと推定されています。
 城址からは関門橋などを観ることができます。

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駅近の石垣 (2026/01/11 訪問)

模擬天守自体には以前行ったことが在るのだが、Googleマップを見ていると「伏見城 石垣遺構」の文字を発見。見てみると近鉄桃山御陵前駅から徒歩2分とのこと。これは行くしかない!
行ってみると大きな石垣があってびっくり。後世に積み直した可能性も無くはないが、それでも駅近にこんなものがあるなんて、素晴らしいと思う。
模擬天守近くにも木々のなかに石垣が眠っているようですが、天皇陵かなんかで見られないらしい。残念😞

今回は実際に模擬天守に行ったわけではないのですが、完全な作り物である模擬天守よりも石垣のほうが歴史的価値が高いと思うので「伏見城」の名前で出します。
また行きたい

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石垣散策 (2026/01/30 訪問)

 主郭へ行くまでのルートでも所々に石垣を観ることができます。また虎口の先を下ると、思っていた以上に石垣を観ることができました。無理をしてもう少し探せばもっとあると思いますが、勾配が急な坂の横移動となるので無難な範囲で見学しています。追加で投稿します。
 眺望もよく期待以上の城址でした。

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母里太兵衛 (2026/01/30 訪問)

 標高633mの鷹取山に築かれた「黒田六端城」のひとつで母里太兵衛友信が城主をつとめた城です。筑前と豊前の国境にあり筑紫氏、菊池氏、大友氏、大内氏などの勢力が激しく争った城でもあります。上下2段の曲輪で構成され4カ所に虎口が設けられていました。少し下ると周囲には石垣と畝状竪堀を観ることができます。竪堀はひとつひとつが幅広く迫力があるのですが、乱立する木々と倒木で写真にするとわかりにくくなってしまうのが残念です。

 白糸の滝近くの上野(あがの)登山口より上野峡合流地点、上野越・福知山分岐を経由して登城しました。途中のおおつが林道を横切るまでは岩がごろごろした道を行くのでかなり歩きにくい所もあります。
今回は上野登山口よりの道を選択しましたが、トクさんが投稿されていたルートはいろいろとおもしろそうで次の機会があれば検討したいと思います。

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古代山城 (2026/01/30 訪問)

 7世紀頃の築造と考えられている古代山城です。鹿毛馬川東側の標高約76mの馬蹄形をした丘陵に列石が並んでいます。水門跡もありました。散策路が設けられていて見学するができます。牧野神社を過ぎて列石が途切れた付近で引き返してきました。

 神籠石とは国史大辞典によると「大きな切石を密接並列せしめて山を囲み、谷にまたがる所には石垣を設け、水を流す暗渠的な施設がある」遺跡のことです。また神籠石の性格について霊域説と山城説があったようですが、現在は山城説が通説となっています。自分の中では一列に並んだ列石が防御設備としてどのような役割をしていたのか興味があります。

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妙見山 (2026/01/30 訪問)

 多賀公園付近が陣屋跡です。近くに直方城の城址碑と説明板がありました。遺構はないようなので西徳寺の移築門を見て退却しました。

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月瀬八幡宮 (2026/01/30 訪問)

 月瀬八幡宮が跡地で城址碑と説明板がありました。猫城とはおもしろい名前だと思い以前より気になっていました。「福岡県観光WEBクロスロードふくおか」のHPには『猫城とよばれた理由には、合戦を繰り広げる際、「敵が攻めてくるときは山が高くなり、城から攻め下りるときは山が低く感じるため、まるで猫が背を高くしたり低くしたりしているようだ」といわれていたことに由来しています』と記載されていました。ちなみに猫城址という立派な城址碑は高倉健さんが奉納されたものだそうです。

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足利統氏 (2026/01/29 訪問)

 建武3年(1336年)足利尊氏の命により足利統氏が築城したと伝わっています。障子ヶ岳の山頂の南北に延びる稜線上に五段に連なる曲輪を配しています。本丸の南西部を、ロープを頼りに下りて行くと現在の深さ約10mの堀切が残っていました。その先にも堀切がありますが、ほとんど埋まっています。本丸の南東部にも堀切があると縄張り図(福岡県教育委員会)にあり行ってみましたがよくわかりません。
城跡はよく整備されていて、概ね気持ちよく散策できました。城址からすばらしい景色が堪能できます。ただ登城した日は風もありとても寒く少し太陽が顔をみせることもありましたが、途中から雪が舞っていたため見る所を見たらさっさと退散しました。

 味見峠桜公園から徒歩約40分で砦跡を経由して城址に行くことができます。登城路もよく整備されていてストレス少なく歩くことができました。味見峠桜公園へは地図で見ると東側(行橋駅方面)と西側(採銅所駅方面)からの道が表示されています。東側からの道は崩落や倒木により車の交通は困難です。西側からは未舗装の道はありますが、普通車で行くことができます。

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ヒロケン

豊臣秀長公の城 (2026/01/10 訪問)

大和郡山城は、奈良盆地の北西部に位置する西ノ京丘陵の南端部と、その東緑に広がる低地に築かれ、丘陵頂部と低地部との比高差はおよそ20mで、小高い丘陵地形を巧みに利用して築かれています。主要な曲輪群と武家屋敷を丘陵上に配し、町人地や寺社などの城下町は低地部に配しています。総構えは東西が1.6km、南北が1.5kmあり、外堀の総延長は6kmにもなります。
この地は、奈良と大阪を結ぶ諸街道に近い交通の要衝でもあり、また大寺院など既存の在地勢力圏を視界におさめることができ、大和支配の拠点としてこの地に築城した意図を汲むことが出来ます。(パンフレットより抜粋)

織田信長公の命により筒井順慶公が築城を開始しておりますが、この時期の遺構が確認できていないとのことで実態は不明ですが、この後に入城した豊臣秀吉公の弟、豊臣秀長公が100万石あまりを領有する城主に相応しい城とするため、大規模に整備されています。
普請に際しては、周辺から石材を集めた記録があり転用石も多くみられます。

大河ドラマ「豊臣兄弟」が放映され、自分一押しの「豊臣秀長公」が主人公であり、今年の城初めは何処にしようかと迷っていましたが、やはり大和郡山城と決めました。また、郡山城情報館が新設され、城郭模型や無料パンフレットが置かれており、その情報館の横に
新たな駐車場をできており、散策しやすくなっています。

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20250720彦根城(滋賀県彦根市) (2025/07/20 訪問)

猛暑の訪問で、汗を流し勾配を登って出会えた美しい現存天守に感動

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20050812長浜城(滋賀県長浜市) (2005/08/12 訪問)

駅から瀟洒な街並みを歩いて訪問。天守から琵琶湖を眺め、「秀吉もこの景色を…」と物思いに耽る

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20180811大津城(滋賀県大津市) (2018/08/11 訪問)

家族旅行中、「琵琶湖が見たい」という娘を巧みに浜大津まで誘導し、城址碑を確認

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20250720瀬田城(滋賀県大津市) (2025/07/20 訪問)

この地に城があったことを示すものは城址碑のみ

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20171103岩門城(福岡県那珂川市) (2017/11/03 訪問)

城址東麓の舗装された林道沿いの登城口を利用。主郭下・北曲輪からの眺望が良い

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20181020江戸城(東京都千代田区) (2018/10/20 訪問)

当日受付で皇居一般参観へ。富士見櫓、伏見櫓、蓮池堀と堀沿いの高石垣などを見学。その後予定していた東御苑内の天守台などは時間切れで行けず

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ぴーかる

祝辞ありがとうございます。

 イオさん祝辞ありがとうございます。<(_ _)> マイベスト滋賀参考になれば嬉しく思います。未だ投稿してませんが、先週1泊で和歌山の山城巡りした時に安宅氏の詰め城の八幡山城は横堀・堀切のスケールの大きさに感動しました。見応えある城跡を見逃していた自分もまだまだですが、出会えた瞬間の感動もまた気持ちいいです。

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