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2026/10/31 16:33
富山城 (2026/10/11 訪問)
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2026/10/31 16:31
増山城 (2026/10/11 訪問)
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2026/10/31 16:25
鳥越城 (2026/10/11 訪問)
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2026/10/31 16:18
越前大野城 (2026/10/10 訪問)
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2026/10/31 16:14
福井城 (2026/10/10 訪問)
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2026/10/31 15:50
熊川城 (2026/10/17 訪問)
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2026/10/31 15:45
金ヶ崎城 (2026/10/17 訪問)
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2026/10/31 15:38
長浜城 (2026/10/18 訪問)
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2026/10/31 15:31
虎御前山砦 (2026/10/18 訪問)
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2026/10/31 15:29
座して待つ 吉事を希う 御神渡り 威し猛しき 諏訪の浮城 (2026/10/24 訪問)
1泊2日の諏訪旅行。
総じて天候は芳しくなかったですが、2日目早朝のわずかな時間に晴れ間が見え、冠木橋のほかに天守からもうひとつの橋が架かっていました(写真2枚目)。
本丸まではJR中央本線上諏訪駅から南西に歩いて約10分。
虎口にあたる柳口門跡から欅の並木道が続いています。かつては「柳なわて」と呼ばれたこの道が、城と城下町をつなぐ唯一の通りでした。
欅並木を右に折れて大手門跡を抜け、衣ノ渡郭に入ります。ここで喰違虎口を形成しているのがよく分かります。
本丸に向かって直線状に配置された衣ノ渡郭、三の丸、二の丸をそれぞれ区画する天然の河川(衣ノ渡川と中門川)にも注目しながら歩いていくと、異彩を放つ緑屋根の天守が見えてきます。寒冷地対策のため、現在は銅板を葺いていますが往時は杮葺です。
昭和45年(1970)に復興された建物は天守、冠木門、北東角櫓のみ(天守以外は推定復興)。
高島城は天守以下8つの櫓、6つの門が構えてあったとされますが、再建にあたって参考資料が天守以外潤沢でなかったため、この程度に留めたと思われます。
天守南面には築城当初(文禄~慶長期)のまま残る小天守台があり、建物こそありませんが見どころです。
また、天守台南西隅にだけ唯一矢穴が認められる石垣が積んであります。
本丸には冠木門のほかに、南に土戸門(搦手)と西に川渡門跡があり、川渡門跡には三の丸御殿の裏門が移築されています。
本丸東側の累線上に持方月櫓と南東隅に富士見櫓跡が確認できます。天守も含め、塁線屈曲部やあるいは隅部に建物を設える豊臣系城郭の特徴を、家臣の日根野も取り入れていることがうかがえます。
家康の六男 松平忠輝などの罪人の幽閉場所としても利用された南の丸は本丸の南東に位置し、現在の城南小学校前の駐車場が推定地です(多分)。
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2026/10/31 15:25
小谷城 (2026/10/18 訪問)
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2026/10/31 12:54
福島県の城巡り2城目は♪ (2026/10/23 訪問)
私のライフワークとなった、月に一度の「名城を巡る旅」
10月は2泊3日で福島県を訪れました。
福島県の2城目は日本100名城で国指定史跡にもなっている「二本松城」です。
別名「霞ヶ城」といい、中世の山城から近世城郭へと発展した、壮大な石垣と悲壮な歴史を持つ城です。
山頂に天守台はありますが天守はありません
娘は夜に到着するので、この城は単独での訪城となりました。
ここからは選んだ写真に沿って説明をさせていただきます。。
① 私の勝手なこだわりで、毎回1枚目は御城印の写真と決めています。「にほんまつ城報館」で購入した4種類です。平安時代から続く「上川崎和紙」が使われていて、藩主であった丹羽氏の家紋「直違紋(ねじがいもん)」の赤い✖印が印象的です。左上が通常版、左下が「箕輪門」のイラストが描かれたバージョンです。右列は左の御城印の秋限定版でそれぞれ金箔風に楓が描かれています。
② 毎回2枚目は「城を代表する景色」を選んでいます。今回は、本丸跡にそびえる高大で見事な本丸の石垣を選びました。面白いのは石垣の積み方が混在していることです。中心部は自然石を加工せずにそのまま積み上げる「野面積み」、下部は接合面を少し加工して隙間に小石を詰めた「打込み接ぎ」、角と上部は石を四角に切って隙間なく規則正しく積み上げる「切込み接ぎ」が確認されます。特に角部分は切り石の長辺と短辺を交互に積み上げる「算木積み」で見事に傾斜がつけられていました。
③ 箕輪門前から二階櫓を望んだアングルです。手前にある像は戊辰戦争の悲劇で知られる「二本松少年隊」の群像です。兵力不足のため、会津藩の白虎隊よりもさらに若いわずか12~13歳の子供達までが戦場へ赴いたそうです。像の周囲には色鮮やかな菊の花が植えられています。ちょうど訪れた日は有名なイベント「二本松の菊人形」の開催期間で、見学できてラッキーでした。
④ 「三の丸石垣」と再建された「多門櫓(附櫓)」「二階櫓」を同じフレームに入れて撮りました。最奥(松の木の後ろ)に「箕輪門」がチラリと見えているの分かりますか? 三の丸の箕輪門と附櫓の周囲にあるこの立派な高石垣は、城づくりの名手として知られる加藤嘉明の時代に建造されたそうです。自然石を加工して表面を平らにし、隙間を少なくして積み上げる「打込接乱積み」の技法が見られ、非常に堅固で美しい反り返りに感動しました。
⑤ 外側から見た 「箕輪門」です。白い垂れ幕に描かれている「×」の印は江戸時代に藩を治めていた丹羽家の家紋「直違(すじちがい)紋」です。戊辰戦争の際に焼失してしまいましたが、1982年に城内にあった藩校「敬学館」の廃材を利用して、当時と同じ姿に木造復元されました。「二本松と言えば菊人形」と言われるほど有名な菊が門の前が植えられ、門の奥には黄色く色付いた木々も美しかったです。
⑥ 同じ「箕輪門」を今度は城内から眺めてみました。外側からると少しいかつい雰囲気ですが、内側から見ると、周囲の美しい松の木や見事な石垣や整然とした植え込みが楼門まで続く様は、十万石の大名であった丹羽氏の威容を現在まで伝えているような気がします。
⑦ これ以降は山頂にある本丸の写真が続きます。徒歩で登ったので30分以上掛かりましたが、その価値は十分ありました。途中で姿を現した本丸石垣を南東側の下から見上げた瞬間、思わず「うわっ!」と感嘆の声が出てしまいました。斜面を鬱蒼と覆う青々とした植物が「熊笹」だったので、慌てて足を速めました(熊怖い) 高い段丘の上に美しく積まれた総石垣の本丸がそびえたつ構図はまさに感動モノでした。
⑧ ようやく本丸に到着しました。広々とした本丸跡に開けた芝生広場の向こうに見えるのが(天守閣は造られませんでしたが)天守台の石垣です。この天守台は1993年に美しい白御影石で復元されました。広場には「霞ヶ城址」の古い石碑が建っていました。碑の上部の文字はハッキリとは読めませんでしたが「奥州街道 畠山氏居城」とでも書いてあるのでしょうか?(゜-゜)?
⑨ 本丸虎口(桝形)へと続く石段に近付いて真正面から撮りました。平成以降の発掘調査に基づき、天守台が本丸の石垣群とともに見事に復元されています。両サイドの石垣は入口だけに切込接ぎ布積みで美しく造られています。この階段を上りきると、周囲を一望できる開放的な本丸跡へと続きます。
⑩ 最後はお気に入りの写真で締めたいと思います。天守台からは360度のパノラマで二本松市街や山の景色を一望できますが、あえて市街地が入らないように、山側の角ぎりぎりに立ち、自然の樹々を撮りました(紅葉のピークにはまだ少し早かった) なんか景色に呑み込まれちゃいそうでチョット怖かったです。徒歩で登ったので予定より時間が掛かった上、山頂本丸の素晴らしさに興奮して石垣や天守台、美しい風景などを撮影しながら歩き回っていたら、いつの間にかすっかり夕方になっていました。でも逆にそれが幻想的な雰囲気になって良かったのかな? 奥に見える美しい稜線が日本百名山の一つ「安達太良山連峰」です。
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2026/10/31 06:14
⑥は。
富士山の写真をいろいろ見せていただきありがとございます。
⑥は八王子城の富士見台からかと!!
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2026/10/31 05:30
2026/10/30 18:00
赤い城さんクイズ…
赤い城さん,イオさん,ご祝辞ありがとうございます。
イオさん,和歌山県リーチですか…。無理をなさらないでください。先日の和歌山城の投稿はかなり危険だったと推察します。
さて,赤い城さんクイズですが,ひとつだけわからない画像がありました。6番目です。富士山があの小ささで見え,向かって右側が急峻に見えるのは,多摩以北の関東地方かな…と。群馬県の可能性が高いと予想しましたが,自信ナシ。
7番目の城郭は行ったことありませんが,昨年のお城EXPO翌日に計画しておりました。雨だったので,富士山の眺望はダメだと思い,他のプランにシフトしました。今年のお城EXPO翌日に再計画中です。残りの5つは行ったことがあるお城です。
①甲府城…市役所の無線鉄塔が決め手。パラボラアンテナの向いている方向も間違いナシ。
②湯村山城…ここは定番スポット。ぼやかしているのは碑です。
③足柄城…ここを歩いて登った時の爽快感は格別でした。登っている途中から富士山見えるしで。
④新府城…たぶん丸馬出からだと思います。大手虎口からだと簡単すぎるので。
⑤深沢城…本丸からの絶景です。
⑥唐沢山城…カンです。
⑦長浜城…晴れれば年内に行ってきます。
いかがでしょうか…?
⑥以外は正解だと思います。
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2026/10/30 09:55
景観整備のその後を訪ねて (2026/10/18 訪問)
今年3月22日令和7年度の鳥羽山城植生整備事業の成果を確認して昔の姿が甦ったと感激、その後登城なく前日二俣城の令和8年度植生整備事業で西の丸Ⅲ郭の樹木伐採されて郭の姿が現れまた感激、もしや鳥羽山城の東土塁上の植生整備事業、景観整備が進んでいるのでは?と翌日登城して確認しました。
令和7年度植生整備事業のまま、大手道、南、西、北の搦手は3月22日登城のまま、草や樹木に葉が茂ってる状態で変わりなし、東土塁石塁上の樹木灌木はそのまま残って居り、期待は外れましたが一部東門の南側が樹木伐採されて空き状態が観られました。
大手門から東側、北の搦手門側へ樹木灌木が伐採られて景観整備がされると昔の鳥羽山城の姿が甦るのですが?植生整備事業が待たれます。
登城時気に留めて撮った写真を投稿します。紅葉が一本色付いて居ました。本格紅葉は11月末から12月でしょうか?
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2026/10/30 09:36
【太宰府防衛の古代山城を歩く-①】水城(コスモスが満開) (2026/10/28 訪問)
続100名城の水城を訪れました。ここは秋になるとコスモスが綺麗です。水城は2回目で、昨年もこの時期に訪れ、ここで別れの歌を詠んだ、大伴旅人や菅原道真や紫式部(まひろ)を忍びました。今年はここから、天智天皇が築いた太宰府防衛ライン(水城→大野城→基肄城)を秋のハイキングを楽しみながら巡り、古代山城のロマンに浸ってみようと思います。まず最初は、麓の「水城」からスタートします。
663年唐・新羅から百済を救おうと出兵するも、白村江の戦いに敗れた天智天皇は、反撃に備え国家の存亡をかけて、翌664年に水城を665年には大野城と基肄城を築き、太宰府政庁を拠点とした防衛ラインを構築しました。
今回も西鉄「都府楼駅」から、太宰府市コミュニティバス「まほろば号」に乗り、(水城跡東門前)で下車します。まず「水城館」に入り(写真②)、水城の説明ビデオを見ました。何とビデオが昨年よりリニューアルされていました😮。そしてそのすぐ上には展望台があります。当時はここから向こうの山まで、土塁がずっと続いていたらしいですが、道路や鉄道で寸断され、今やその半分も残っていないのが残念です(写真④)。
今度は下のコスモス畑から、大野城を見上げてみました(写真⑧)。結構高いな🤔・・と思いつつ、弱音は禁物! さあ、ここから気合を入れて、あの大野城の山頂「大城山」を目指して登山を開始しようと思います。
次は、大野城に続きます。
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2026/10/30 08:09
松阪市内の城めぐり
2年越しでようやく一昨年の一年の計「松阪市内の城めぐり」を果たせましたので、その振り返りを。
そもそも「松阪市内の城めぐり」を思い立ったのは、3年前の大阪お城フェスの松阪市観光協会ブースで前々から気になっていた「松阪の城50選」を購入した際に、くじ引きで購入代金以上の景品(蒲生氏郷フェイスタオル)をいただいたことがきっかけで、観光PRでやっていることであれば、松阪市内のお城の冊子を買ったことでもあり、御礼に代えて松阪市内の城めぐりで観光誘致されてしまおう! と思ったことによるものです。
松阪市内の城びと登録城は9城。未登録の5城とあわせて計14城に登城しました。高石垣が見事な松坂城は今さら言うに及ばす、国史跡指定の阿坂城は急峻な切岸が素晴らしく、大河内城は北畠氏と織田氏の決戦の地、八田城はコンパクトながらよく整備され、滝之川城では手軽に状態の良い遺構が見られました。松ヶ島城、船江城、黒田城はあまり見るところがありませんでしたが、阪内城では電気柵に道を阻まれ(おかげで2年越しに…)、枳城では随所に案内表示がありながら直登する羽目になり、天花寺城ではイノシシやクマの気配におびえ、高城では猟銃と猟犬を警戒し、下滝野城 or 九曲城ではヤマビルに襲われ…などなど、いろいろと思い出深い城めぐりになりました。
これでひとまず一年の計としての「松阪市内の城めぐり」は一区切りとしますが、「松阪の城50選」掲載の城の約4分の1しか登城できていませんので、松阪市内の城めぐりはまだまだ続くことになりそうです。
> 朝田 辰兵衛さん
山梨県城びと登録城コンプリートおめでとうございます! 歩くよりましとはいえ、ひたすら自転車で走り回るのもなかなか大変ですよね。お疲れ様でした。ところで、私もようやく和歌山県コンプにリーチがかかっていまして、先週末は天気が良ければ和歌山城でなくラストの山城に行く予定でした。また近いうちに再挑戦できればと思っていますが…。
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2026/10/30 06:41
2026/10/30 02:28
四度の城候補 (2026/10/28 訪問)
春の桜、秋の紅葉、冬の雪という城は多々ありますが、ここ高田は夏の蓮の花が有名だそうです。生憎、花はとうに終わり、蓮の実も既に零れ落ちて、シャワーヘッドみたいな花托がニョキニョキと夏の姿を伝えてくれていました。
再建ではありますが、三重櫓の階段は登りやすく作られており、まだ木の香りも清々しい良い櫓でした。(靴を脱いで見学するので、冬場はカイロ必須と思われます)
伊達政宗が娘婿・忠輝のために縄張りしたと伝えられていますが、この時代の城には珍しい土の城。あまりにも政宗に似た気性だったために、家康には疎まれたとされる忠輝を、政宗も家康も石垣バリバリの要塞のような城には、危なっかしくて住まわせられなかったのかもしれません。
ユニークな形の瓢箪丸や極楽橋からはまるでYの字のように見える門など、「伊達な造り」が随所に見られる城で、すっかり好きになってしまいました。
初日は松代城とこの高田城で予定終了。この後は赤倉観光ホテルへ向かいました。
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