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イオ

お寺めぐりとご当地グルメ (2025/11/02 訪問)

山下ノ丸めぐりの翌朝、鳥取駅近くのホテルから散策に出かけました。目指すは景福寺と玄忠寺です。

景福寺(鳥取市新品治町)
鳥取藩城代家老 荒尾家の菩提寺で、後藤又兵衛一族の墓所があります。なんで鳥取に? と思ったら、又兵衛の継室は池田氏家臣の出であり、池田光仲の移封に従ってきた鳥取で景福寺に又兵衛の遺髪を納めたとのこと。ほかにも光仲に仕えた剣豪 羽生郷右衛門の挽臼の形をした墓や、島原の乱で奮戦した佐分利九之丞父子の墓、藩の重臣や絵師、史家などいろんな役職の人のお墓がありました。…というか、お墓があること自体よりも、お墓の説明板がこんなにもたくさん立てられていることに驚かされました。

玄忠寺(鳥取市新品治町)
こちらにも鳥取藩のいろんな役職の人のお墓がありますが、一番目立っているのは剣豪 荒木又右衛門の墓所でしょうか。又右衛門といえば、柳生新陰流の遣い手で鍵屋の辻の仇討での36人斬りのイメージですが(若い人には馴染みないですかね)、又右衛門は光仲の移封にともなって鳥取で亡くなっていたとは(毒殺とも)。境内には荒木又右衛門記念館もありましたが、開館時間前だったのでいつかまたの機会があれば。

遠征の楽しみのひとつはご当地の美味しいものを食べることですよね。今回の鳥取市ではカレーとホルモンそばをいただきました。

喫茶 ベニ屋(鳥取市末広温泉町)
鳥取市はカレー消費量全国1位を争うカレー王国なんだそうで、お寺めぐりの後の朝食はベニ屋で朝カレーとしました。インドミルク(かき氷)も人気のようですが、11月の朝からかき氷はちょっと…ということで、チキンカツカレー大盛りを。サクサクのカツとじっくり煮込まれた黒っぽいカレー。朝からカツカレーかよ、とも思いましたが、意外に重くなく美味しくペロッといただきました。

御縁(鳥取市末広温泉町)
前夜はホテル近くの鉄板焼きのお店・御縁へ。10人も入れば満員になるような小さな店ですが、5人掛けカウンターの2人連れと2人連れの間に入れてもらって、看板料理のホルモンそばと鳥取名物・豆腐ちくわを注文。目の前の鉄板で流れるような手さばきでホルモンそばを作っているのを眺めつつ、豆腐ちくわをアテにビール。く~っ、遠征は呑めるからいいなぁ。そしてできあがったホルモンそばを一口。口の中でとろけるホルモン、広がる脂の甘み…。おかわりしたビールがあっという間に消えていきました。さすが食べログ百名店、旨すぎる。城めぐりして旨いものを食ってビールを呑んで…これが幸せというやつだよなぁ。とはいえ、翌朝も車で城めぐりなので呑み過ぎるわけにもいかず、ほどほどのところで締めのご飯ものを注文。そばめしも良いけれど、ここはやっぱりホルモン丼で。しかし、ご飯にのったホルモンを食べているうちにたまらなくなってもう一杯ビールを注文してしまいました。あかんやん(笑)
 

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todo94

年度末山陰の攻城・石見銀山編③【城びと未登録】大森代官所(島根県大田市) (2027/03/27 訪問)

大久保間歩一般公開限定ツアーは金曜と土日祝日に一日4回実施され、1回の定員15名、大人4500円というツアーです。江戸時代の手掘りの岩肌と明治以降の機械掘りの違いの説明などを拝聴し、巨大空間福石場まで、LEDライト付きヘルメット、長靴着用で坑内を充分に味わうことができました。ツアー終了後は、割引料金で石見銀山世界遺産センターの展示を見学することもできました。その後、大森代官所前の駐車場に空きがあったため、代官所にも立ち寄っていくことにしました。石見銀山資料館・いも代官ミュージアムとなっています。1982年8月に大学の研究室の旅行で訪れているのですが、その時にはいも代官の展示はなく「いも代官ミュージアム」という名称もなかったかと思います。代官所表門が遺構で、資料館は邇摩郡役所の建物とのことです。この後は、15:30に予約を入れてある献血ルームだんだんに向かいましたが、途中、宇佐美の9号松江SSで給油し、宇佐美のスタンプラリーのスタンプを1個ゲットすることができました。名城スタンプラリーは言うに及ばず、参観灯台や20タワーズなど、スタンプラリーと名の付くものがどうにも好きで困ったものです。

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シャンシャン

岡山・鳥取の城巡り② (2026/03/27 訪問)

赤磐市にある周匝茶臼山城跡へ移動。
模擬天守だけど、山の上に姿を見つけてだんだんと近付いていくごとにテンションが上がってくる。
桜の名所だけど、まだ蕾でちと残念。でも入場無料で嬉しい。
天守からの景色は抜群!竪穴遺構の内部もしっかあり復元されていて意外と凄かった。

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シャンシャン

岡山・鳥取の城巡り① (2026/03/27 訪問)

3泊4日の岡山・鳥取の城巡りに出発!
まずは岡山市にある古代山城のひとつである大廻小廻山城へ(おおめぐりこめぐり→変な名前笑)。
鬼ノ城と同じく7世紀頃に造られた古代山城とのことだが、日本書紀にも記録がない謎の城。
全周3.2㎞あり列石や版築土塁で囲まれているらしいが、はっきり残る遺構は「一の木戸」の水門のみ。
でも石塁や排水溝がしっかり残されており、これだけでも雰囲気は味わえる。

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天守無しがアツい

餅まき (2026/03/29 訪問)

例大祭…午後4時から餅まきがおこなわれた
会場に着いた時には既に大勢の客が
前方の右隅に座り、チョコバナナを食べて待機🍌

開始時間になりいよいよ餅まき開始
トラックの荷台からだけではなく、職員が段ボールを持ちながら移動して投げてくれたのを1個ダイレクトキャッチ✌️

これがサイングッズならともかく…ここで投げられるのは所詮ただの餅…なので「1個とれたからひとまずOK👌」とキャッチ後は座り込む

周りの客は多かれ少なかれガチンコ
私の前や横に転がった餅が隣の女性客に持ってかれたが無反応を貫く

座り込む私…しかし投げ込まれる餅が…私をほっとかない…幾つもの餅が宙を舞い私のすぐそばに…仕方ないからそういうのは掴んでカバンにしまった

そして餅まきは終了…数えてみたら何と…餅10個と(バウムなどの入った)お菓子を1袋…獲得してしまった😳

さすがに取りすぎた感あったので…取れなかった人にお裾分けしたかった…しかし周りを見渡したら…(私ほどではないかもだけど)持ってる人ばかり😅

やがて…泣いてる女の子がいて…その子はお父さん(と思われる人)に抱っこされているのが目に入る…もしかしたら取れなかった悔しさで泣いてたのかもしれない…けれど声をかけるタイミングが掴めず…結局誰にもあげられないまま私は帰りのバスに乗った🚌

帰宅してから10個のうち4個は親にあげて…残り6個のうち2個は職場で昼飯のお供にした…「あとはじっくり1個ずつ食べるか😏」と考えていた矢先…

なんと今朝…残りの餅全てにカビが🦠
廃棄せざるを得なかった😭
餅の寿命は4日という事を初めて知る…

ああ…これなら「え、何このオジサン…餅を片手にウチの娘に声かけて…怪しいんだけど😒」と思われてでも…あの子にあげればよかったぜ😞

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うら

桜の時期に (2026/04/02 訪問)

春の風が強かったけど、お城の周りの桜並木がとても綺麗で感動しました

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小城小次郎

空恐ろしい立地 (2025/05/18 訪問)

調べ直している中で、東に進めば沼田、北に進めば名胡桃という空恐ろしい立地に今頃気付いた。後北条氏による完成度の高い純軍事要塞は対真田用ではなかったはずだが真田にはそうは見えなかっただろうと思う。

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カズサン

何度訪ねても楽しい浜松城 (2026/04/02 訪問)

 浜松に在住して50数年過ぎましたが桜の時期の浜松城探訪は欠かせません、今年も一昨日からの雨風、朝方7時過ぎに晴れて昼前からの花見行事の前に急いで出掛けて、浜松城の桜ポイントを廻って撮影しました。
 風は強く朝から観光バスが5~6台の混みよう、駐車場も帰りの9時半にはほぼ満車状態、木曜日ですがそこそこ賑わっていました。狭い本丸はブルーシートで席取りで一杯、桜は満開、一部葉が出始めている、雨風に耐えて本日は絶好調、花吹雪も美しく楽しい。また天守曲輪北側の一部伐採樹木選定がなされて居り天守北側が若干ですが北側下より見てきました、更に日本庭園北側法面の灌木伐採剪定がされてスッキリして見通しが効いてきました。更に北側の樹木伐採、選定の景観整備が待たれます。
 8時50分から40分程探訪撮影しました。
 3月20日~4月5日が浜松城公園さくらまつり、キチンカーが沢山出ていました。
 廻った順に写真掲載いたします。
    

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ダイエティシャン

さくら祭り (2026/04/02 訪問)

周辺でさくら祭り開催中。3の丸の整備も着々と進んでいます。

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ダイエティシャン

4月4日(土)5日(日)さくら祭り (2026/03/31 訪問)

周辺で4月4日(土)5日(日)さくら祭り開催。
3月31日は5~8部咲きでした。
2週間後には、三刀屋城の郭跡で、緑の桜【御衣黄】が咲きます。

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のぶ

安土城 (2025/11/20 訪問)

天守発掘現場見てきました

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関西の桜は明日が見納め予報 (2026/03/27 訪問)

 近鉄でお堀端を通ることは多かったのですが、大和郡山に所用あり、ついでに、数十年ぶりの大和郡山城訪問。桜が咲き始め、お城まつりが始まってました。DGM MORIやまと郡山城ホールで開催中の大河ドラマ館は、この日、休館であることは知っていましたが(おそらく、DGM MORI株主総会日のため)、追手東隅櫓続きの多門櫓の展覧会も休館で残念。
 極楽橋、天守台発掘調査展示、郡山城情報館など、以前はなかったものを見られました。緑曲輪の馬場跡の地味な展示がよいですなあ。比較的時間があったので、外堀の一部や城域外も散策しました。城びと先人があまり投稿してない箇所の写真を投稿します。観光案内に「荒木又右衛門屋敷跡」とあったのが気になり、城の南西、移築門がある永慶寺の前を進み、説明板と石碑に到着。以前は、立派な門があったそうですが、今は、小さな石碑と民家の塀に説明板が掲げてあるだけです。説明板を読んでいると、民家の方が声を掛けてくれ、お話をうかがうことができました。若い人は荒木又右衛門を知らないと、嘆いておられました。私も伊賀上野鍵屋の辻の仇討ちをおぼろげに覚えていただけ...。
 その後、大納言塚、金魚資料館、稗田環濠集落、下ツ道、番条環濠集落と歩きました。
 追手門の外に、陣甫曲輪という細長い馬出し的な郭があるのですが、その東縁、石垣沿いに民家が一列、並んでいます。一番追手門に近いお宅が、インド料理店をやっておられます。前回訪問時は、若くて一人ではよう入らんかったのですが、大人(年寄り)になった今回は、一人で入り、数十年ぶりの宿題を果たした感じ。近鉄で郡山城脇を通るたびに思い出していたもので。お店の方に聞くと40年やっていると。そうすると前回行ったときは、開店したあたり。

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イオ

山下ノ丸めぐり(二ノ丸~吉川経家公像) (2025/11/01 訪問)

(続き)

二ノ丸北東の久松山に面するあたりには、鳥取城の石垣石を切り出した石切場が遺っています。また、鳥取城には桂蔵防(慶蔵坊)と呼ばれるキツネがヌシとして伝わり、桂蔵坊を祀った稲荷神社が久松山の中腹に建てられていて二ノ丸には稲荷神社の鳥居がありました。幕末に拡張された二ノ丸北端部からは久松山に向けて登石垣が続いていました。北端から二ノ丸を出ると角櫓跡の石垣を見上げながら右膳ノ丸を抜けて西坂下御門へ。唯一の現存門でしたが、昭和に大風で倒壊し、現在見られる門は復元されたものとされています。でも、福井地震で倒壊して再建された丸岡城も現存天守に数えられているんだから、形状が変わっているのでなければ「現存」としてもいいんじゃないでしょうか。

鳥取城跡・仁風閣展示館の展示を見学し100名城スタンプを押して、北ノ御門から出て内堀沿いを南にたどります。日もずいぶん傾いてきたので、この日は山下ノ丸だけで終了です。内堀南端の吉川経家公像越しに久松山を見上げつつ、次こそは山上ノ丸に行くぞ! との思いを強くしました。

今回は山下ノ丸だけでしたが、さすがは鳥取池田家32万石の居城、見事な高石垣が連なる城でした。その上に擬宝珠橋や中ノ御門など復元整備も進められていて、これからも注目ですね。

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todo94

年度末山陰の攻城・石見銀山編②の2 (2026/03/27 訪問)

石垣周りは藪化していて残念な状態だったものの、その先の郭や主郭はきれいに整備されています。特に眺望の説明板はありがたい限りです。矢滝城と石見矢筈城をセットで拝むことができました。15年前にくっきりと見えた三瓶山は山頂が雲に隠れていました。しんちゃんさんが言及されている畝状竪堀を探してみたのですが、よくわかりませんでした。空堀も熊笹が茂っていたので、おそらく熊笹の中に埋没してしまっているのではないかと思います。下城した後は、下河原吹屋跡に立ち寄り、重要伝統的建造物群保存地区にも足を伸ばしましたが、大久保間歩一般公開限定ツアー10:30の集合時刻に余裕をもって石見銀山世界遺産センターに戻ることができました。今回登城を見送った石見矢筈城と石見城は、60代のうちにチャレンジしたいと思います。

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赤い城

弾丸帰省の前に (2026/03/08 訪問)

3月になり暖かくなったので日帰りでの帰省をしてきました。
その前に尼子十旗の城へ行こうかな、と。
が、峠部分がまさかの冬用タイヤ規制😯
予報では気温も上がりそうだったので三次市の比叡尾山城で時間をつぶすことにしました。

熊野神社に車を置き、少し東側に進んだところの登城口から登ります。
登城路は綺麗に整備されており、急坂部分はあるものの歩きやすかったです。
途中、竪堀を見ながら登ると曲輪部分に到着。
まずは下に向けて段になった曲輪を降りてみます。
先端部から竪堀が落ちていました。

引き返し、虎口から広い曲輪を経て堀切に、深い堀切でした。
さらに進み、三の丸、二の丸を経てようやく本丸に着きました。
本丸には石積も残っています。
本丸背後、北の丸は広く、主郭を見上げると朝日が射していて綺麗でした。

もう少し散策、北の丸から北側に降りると北側の登城口に。
この辺りにも石積が見られます。
西側にも進んでみました。
こちら側は何条かの竪堀が守っています。
深さもあり見応え充分でした。

ちょっと寄るつもりでしたが意外な大きさ、三吉氏の巨大な山城、結構な時間を費やしました。
冬用タイヤ規制が解除されるには充分過ぎる時間、無事に日帰り帰省をしてきました。
お土産はかまぼこ、出雲名物の「あごの焼き」です😊

【見どころ】
 ・西側の竪堀群
 ・南尾根、曲輪を隔てる堀切
 ・主郭の石積

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宗春

新しく発行された続日本百名城カードを頂きに行こう② (2026/03/29 訪問)

続日本百名城カードの第4弾が発売になったので、近場の2城を日帰りで巡ってきました。
後半戦は忍城。

こちらも過去に何度も訪れた事がありますが、駅から遠いのが難点ですね。丁度良い時間のバスも無いため持田駅から歩きました。過去に訪れた際に気付いていなかった高麗門を拝み、桜の切り絵御城印を入手しました。
こちらの桜も満開には程遠い感じでしたが、御三階櫓と桜を撮影してきました。

帰り道、羽生駅近くの食事処で昼食を取るつもりでいたのですが、準備中の札が。以前忍城に来た時にふらっと入ったその店で食べた唐揚げをまた食べたかったのですが、残念。仕方なく近くの喫茶店で普通(以下)のカレーを食べて帰りました。まあ、山盛りのサラダとドリンク付きで900円ならまーいーか。アイスティー薄っすかったけど、まーいーか。

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宗春

新しく発行された続日本百名城カードを頂きに行こう① (2026/03/29 訪問)

続日本百名城カードの第4弾が発売になったので、近場の2城を日帰りで巡ってきました。
前半戦は菅谷館。

過去に2度ほど訪れているので、駅からのルートは記憶していました。今回は急ぐ必要があったので、武蔵嵐山駅からレンタサイクルを利用しました。電動アシスト付きが4時間で500円。ならば杉山城にも足を伸ばしたいところでしたが、時間が無く断念。小川和紙を使用した、春の御城印と墨絵調の御城印を入手しました。各200円、安くて助かります。売店の方が桜も綺麗ですよと言っていましたが、桜にはまだ少し早くて残念でした。

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朝田 辰兵衛

京都はんなりポチめぐり④ (2026/03/20 訪問)

小泉城のマーカー位置は,阪急京都線の西院駅から,約500mの距離です。スーパーフレスコ西院店となっており,遺構は消滅しています。Googleマップで検索をかけると,裏通りの住宅地を示していましたが,どうも撮影するには状況がマズかったので自重しました。
とりあえず,西院春日神社と西院小学校を撮影しましたが,撮れ高不足が否めないので,大山崎駅で撮影した阪急電車を加えます。

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駿府城

20260331 第70回静岡まつりを開催します!

春の訪れとともに、静岡市の一大イベント「静岡まつり」の季節がやってきました。
今年の「静岡まつり」は、4月3日(金)から4月5日(日)までの3日間、駿府城公園を中心に、華やかな催しが繰り広げられます。圧巻の「大御所花見行列」や、幻想的な「夜桜乱舞」など、見どころ満載で、街中が活気に包まれます。
そんな賑わいの中、ひと足踏み入れると“時代をさかのぼる体験”ができる特別な場所があるのをご存じでしょうか。駿府城公園内・大演舞場では、『幻の駿府城復活』と題し、駿府城VRの予告編を本イベントで初公開いたします。
現在整備を進めている駿府城跡天守台野外展示のガイダンス施設内での上映を予定しているもので、6月より制作を開始し、3月中旬に完成したばかりの“できたて”の最新映像です。
※上映スケジュールは添付写真をご覧ください。
静岡まつりにお越しの際は、ぜひ大演舞場へお立ち寄りいただき、“幻の駿府城”を体感してください。

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イオ

山下ノ丸めぐり(天球丸~二ノ丸) (2025/11/01 訪問)

(続き)

天球丸に行く前に案内表示に従って天球丸下段の曲輪へ。鳥取城の定番スポット、天球丸の巻石垣です。写真では何度も目にしていましたが、実際に目にする球面の石垣はやはり目を惹きますね。この曲輪は庭園だったようで石組みの水路が縦横に走っており、南東隅には楯蔵と呼ばれる平櫓があって南東辺は一段高くなっていました。

そして天球丸へ。翌日に登城予定の若桜鬼ヶ城城主・山崎家盛の正室だった池田長吉の姉・天球院が山崎家を去って移り住んだ屋敷があったことから天球丸と呼ばれているようです。広大な曲輪ながら建物は遺っていませんが、南東隅に光政期に建てられた三階櫓の礎石と、焼失した三階櫓跡に江戸後期に建てられた武具蔵が発掘調査により確認されていて、出土状況が平面復元されています。天球丸は山下ノ丸の最高所に位置するため城内・城下を見渡す眺望が開けており、巻石垣の上面も見ることができました。

続いては二ノ丸へ。表御門を抜けて二ノ丸に入ると左手に菱櫓の石垣が続いています。かつての二ノ丸は南東隅に菱櫓(と走櫓)、南西隅に三階櫓が威容を誇っていて、現在はそれぞれ櫓台が遺るのみながら、二ノ丸三階櫓には木造復元計画があるそうなので、こちらも楽しみなことです。三階櫓北側の裏御門には門の礎石が遺っていますが、まだ裏御門からは出ずにもう少し二ノ丸をめぐってみましょう(続く)。

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