宿泊先のホテルの朝食前に、淀江台場と小波城と尾高城の攻城をしました。
小波城から車で5分くらいで、城跡付近空スペース入口(35.420942、133.412720)に着き、そこから米子勤労者体育センター前(35.420588、133.412971)に向かいました。
築城年代は定かではないようですが、行松氏によって築かれたと云われています。
1524年(大永4年)大永の五月崩れによって落城、尼子氏の支配となります。城主行松正盛は流浪し、尼子方の吉田光倫が城主となりました。
1562年(永録5年)毛利氏の尼子氏攻略に伴い、行松正盛が再び城主となりました。
1563年(永禄6年)行松正盛が病死し、毛利家臣の杉原盛重が城主となります。
1569年(永禄12年)尼子氏再興軍山中幸盛らにより、一時城を奪われました。
1581年(天正9年)杉原盛重、八橋城において没し、家督は嫡男元盛が継ぎました。
1582年(天正10年)伯耆国佐陀に在る杉原景盛が兄の元盛を謀殺するも、毛利氏に攻められ戦死。吉田元重、尾高城在番となります。
1601年(慶長6年)伯耆一国の領主となった中村一忠は当時築城中であった米子城が完成するまでの間、一時当城に留まり、完成とともに廃城となりました。
現在公園として良く整備されています。
南大首、中の丸と呼ばれる曲輪に土塁や空堀が良く残っています。
本丸と二の丸は私有地につき立ち入り禁止です。
攻城時間は25分くらいでした。次の攻城先=粟住山城を攻城する前に、ホテルに戻って朝食を食べました。
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