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888の日 (2026/08/08 訪問)

 名古屋城の内堀の中で暮らしていた2頭の母娘の鹿、母は「もみじ」、娘は「やまむら」という名だそうです。その娘の方のやまむらちゃんは7月半ばから体調を崩して獣医師さんが点滴などの治療をしていましたが8月5日死亡が確認されました。推定年齢は12歳以上で老衰とみられています。 母親のもみじちゃんは推定年齢15歳から18歳程とみられていますが元気だとのことです。このニュースをTVで知り登城して来ました。スタッフの方に聞くともみじちゃんは堀の中に今もいるとのことでしたが、茂みに隠れているようでその姿は確認できませんでした。名古屋市も暑いですから日陰の方がいいのでしょう。名古屋城のお堀には江戸時代尾張徳川家の時代から鹿が生息していた記録が残っています。現在の2頭(今は1頭)は1991年に和歌山の動物公園から譲り受けたホンシュウジカ3頭の子孫です。小学生の頃、最初に登城したときは数十頭いたと記憶しています。高齢の鹿だとは知っていましたが寂しいですね。
 西南隅櫓の特別公開、西の丸御蔵城宝館展示「名古屋城本丸御殿の障壁画―夏の草花」などを観た後、いつものように周囲をぶらぶら散策してきました。本丸搦手馬出周辺石垣修復事業は進んでいましたね。

 この日は名古屋城夏まつりの初日。令和8年8月8日、888の日を記念して先着500名に特別御城印とブランドロゴをデザインしたコットンバッグ、金鯱のペーパークラフトが無料配布されていました。長蛇の列ができていましたが、せっかくなので並んでいただいてきました。 
 

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ヒロケン

城館 (2026/07/26 訪問)

志苔館は東西に川、南は海に面した丘陵上に立地し、自然地形を活かし四方に土塁と空堀を巡らせた単郭方形の縄張りになっています。城域は東西約80m、南北約60mでやや東西に長く、約4100㎡の規模で北から南へ緩やかな傾斜がある平坦地となっています。
土塁は北側が4~4.5m、南側は1~1.5mの高さとなり、西側と東側は土塁が途切れて、それぞれ出入口となっています。また、北側と西側の空壕は幅5~10m、深さは最大3,5m程で断面が箱薬研の形状となり、特に西側は土塁を挟んで二重壕が掘られています。
(パンフより抜粋)

五稜郭と函館山のちょうど中間ぐらいに立地しているホテルに宿泊し、そこから函館空港の横にある志苔館まで車で25分くらい。函館朝市に行ってみたく、早起きして朝駆けしました。駐車場はありませんが(志苔館から少し登った公園脇に駐車)トイレは完備されており、続100名城のスタンプもトイレ前の東屋にあります。

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カズサン

猛暑日散歩 (2026/08/07 訪問)

 先に投稿した日本庭園の滝に池を終えて、天守曲輪西より攻める、西日に輝く屏風折れ石垣、埋門と屛風折れ石垣、埋門越しに観る天守閣、まだまだ日差しはきついので天守閣を南西角のビューポイント、天守閣南面、北面と撮影し、本丸北側の囲い石垣・富士見櫓台、富士見櫓台跡よりビューポイントの天守御門と天守閣を狙うが逆光陰、天守門日陰で鏡石を眺めて北側の鏡石を撮影。天守御門南下より石垣と天守御門撮影するが逆光陰、東側より狙うと西日の逆光で陰となり映りが鮮やかでない。
 暑さの折りサラッと流し散歩です。
 

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カズサン

猛暑日涼を求めて日本庭園散歩 (2026/08/07 訪問)

 猛暑日に時々酷暑日が続き、城探訪が暫く途絶えておりますが、用事が有って浜松中央部に出掛けましたので、用事が終わって4時頃に浜松城を訪ねました。
 浜松城駐車場はそこそこ車は駐車されて、暑い中観光の方も多く散見されました。

 西日の射す頃でしたが、直射は厳しく木陰、陰を探して4月以来の城散歩、そうだ!涼を求めて日本庭園の池と滝を目指そう!駐車場から中央芝生広場へ、樹木越しに天守閣の展望階を眺め、新しく求めたコンデジカメラの光学12倍レンズの確認撮影、北側の日本庭園に入ると蝉しぐれ、夏本番を耳でも体感、庭園の池は清掃されて奇麗、睡蓮の葉が点々と浮かんでいる、緑が深い、奥の大滝を眺め錦鯉も彩りを添えている、石橋、小滝と滝音、水の流れも涼を誘う、鬱蒼とした木々の葉緑が静けさと暑さを凌いで呉れる。
 日本庭園散歩中は他に人は居なく独占状態。
 

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コウマくん

岩国からレンタカー (2026/08/07 訪問)

岩国からレンタカーで津和野城に行きました。Googleマップだと2時間弱と表示でしたが、道中ほぼ山道か山間道でした。慣れない私は途中道を間違え誰も通らない極狭の酷道に悪戦苦闘して3時間掛かりました。
登城にはリフトを使いました。
天守台と本丸の高石垣は見事です。石英閃緑岩の白色が空の青さとコントラストを描いて美しいかったです。三十間台からの城下町が箱庭のようで絶景でした。

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台地先端の高まり (2026/07/24 訪問)

 岡崎城に登城したあと、付近の平城をちよこ城巡り。
周囲より少し高い立地に城趾感があります。城趾碑の一画は草が繁茂してましたが、土塁の高まりがわかりました。その裏手、桜井松平家墓所の裏の堀跡も見ることができました。
 イオさん、レスポンスをありがとうございます。大阪 お城フェスタには、午前中から、会場入りして、かるた大会にも参戦しようと思います。イオさんに倣って(まねて)、名札を作ってみました。

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つちのこ

出石城に続いて登城 (2026/08/02 訪問)

出石城の稲荷曲輪を見終わって、そのまま有子山城の登城口へ向かいました。
登り始めてしばらくは、直線でひたすら登りです。
「本丸まで720m」の標識地点では、立派な竪堀が姿を見せてくれます。ここまで遺構らしきものは見えなかったので感動。
もう少し登ったところに、左右の竪堀にかかる立派な土橋がありました。
「本丸まで500m」の標識地点は北第六曲輪です。広めの曲輪でちょっとした休憩所のようなスペース。これまで休める場所がなかったのでベンチがありがたかったです。
そしてここまできたら、しばらくは尾根沿いの平坦な道になりありがたかったです。
しばらく平坦な道を行くと、井戸曲輪の表示があり、斜面下に井戸があるようですが、はっきりとは分かりませんでした。
本丸まで240m地点で、北西方面に延びる連続曲輪が見えます(第七〜第十曲輪)。
主郭方面に向けてつづら折りの坂を登っていくと、第六曲輪が見えます。斜面下の石垣には崩れ防止のためネットが張られています。地面には礎石の石の並びが見えました。
第五曲輪を抜けると主郭へ向かう道と、千畳敷へ向かう道があるので、千畳敷へ向かいました。主郭と千畳敷の間には大堀切があり大迫力です。千畳敷は、但馬地域で一番大きい曲輪といわれ、東西135m、南北50mものひろさです。ちょっとした公園でBBQでもできそうな雰囲気です(できない)。
主郭へ向かう道に戻り、第三、第二曲輪を進みます。第二曲輪からは、主郭の石垣と虎口が見えます。石垣は隅石もしっかり残っており、野面積の無骨さが出ています。
そしていよいよ主郭へ。ここから見下ろす、出石の町並みは絶景です。これを見るために登ってきました。
ポツンと建つ東屋には、有子山城城主でもあった羽柴秀長のイラストが書かれた幟がありました。
ここまで約1時間20分かかり大汗かきましたが、それに見合う素晴らしい城跡でした。
下山時には、寄り道して石取り場に向かいました。斜面になっている道を抜けると石取り場に到着。大きい石がゴロゴロ転がっていたり矢穴痕の残る石が転がっていました。

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にのまる

和徳稲荷神社 (2026/06/28 訪問)

弘前駅から弘前城へ向かう途中に寄り道して行きました。
『和徳城が けの汁発祥の地であることを宣言するー和徳歴史探偵団ー』の看板。
この和徳「城」の文字がとても重要なのですが、「けの汁」を知らなくて、会津のこづゆみたいな感じなのかなぁと思って検索してみましたが、全く別物のようでした。

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トク

平和について考える旅2026(2/3)【日本で一番多く特攻機が飛び立った場所】 (2026/07/27 訪問)

トクの平和について考える旅(2/3)です。

鹿児島市内の鴨池港から垂水フェリーで大隅半島へ渡り、垂水港から志布志行のバスに乗る事40分、途中の鹿屋で下車しました。「鹿屋城」は、鹿屋バスターミナルから徒歩で10分の所にあり、現在は城山公園として整備されています。古くは肝付一族の鹿屋氏などが治めていたようです。その後は、島津家の筆頭家老で、豊臣秀吉の九州平定後に都之城に移って、島津本家の転覆を計ろうとした、あの伊集院忠棟が、移る前の15年間ここを居城としていたそうで、その時の城跡が現在残っているそうです。しかし、本郭は人工的に削られ公園になっていたのが少し残念でしたが、薩摩独特のシラスを垂直に高さ20m以上も削った切堀は残っており、これには見応えがありました。

伊集院忠棟と言えば、根白坂の戦いで敗れた時、当主島津義久に降伏を進言し、豊臣秀吉との仲介役を担っていた人物です。その時に秀吉から一目置かれ、秀吉から都之城を与えられて移りますが、それにより他の家臣から嫌われ、最後は島津本家の転覆を計ろうとしたため、島津義弘の子忠恒から殺されてしまいます。つまり忠棟は、秀吉の九州平定の時は、ここ鹿屋城の城主であったと言う事ですね。

話は変わりますが、皆さんは太平洋戦争中に「特攻機が一番多く飛び立った場所」はどこだったのか、御存知でしょうか? まず思い浮かべるのは、有名な「知覧」ではないかと思います。しかし実は最も多く飛び立ったのは、ここ「鹿屋」です。

零戦を主体とした海軍航空隊「鹿屋基地」と隣接する「串良基地」からは、合わせて1,271名の方々が沖縄へ向けて飛び立ち戦死されました。ちなみに隼を主体とする陸軍航空隊「知覧基地」から飛び立ち戦死された方は439名だそうです。

現在の鹿屋飛行場は、航空自衛隊の鹿屋基地となっています。しかし、その施設内にある航空基地資料館だけは、いつでも見学する事ができます(9:00~16:30無料)。館内は海底から引き上げられ復元された零戦をはじめ、特攻で亡くなられた方々の遺品や遺書、そして亡くなられた方全員の遺影が飾られています。遺書を読んでいると、彼らは何を考え、どんな思いで飛び立ったのかが伝わってきます。是非皆さんにも、一度は訪れて頂きたい場所だと思います。

帰りに、おみやげに「南国しろくまプリン」を買いました。家に帰って冷やして食べたら、とても美味しかったです。

(3/3)に続きます。
 

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赤い城

月江寺 (2026/07/17 訪問)

この日の朝駆けラストは天王寺城でした。
茶臼山陣城から徒歩で15分ちょっと、最寄り駅は谷町線の四天王寺前夕陽ヶ丘駅です。

信長の石山本願寺攻めで原田直政が築きましたがその後佐久間信盛が入ります。
信盛追放後に廃城となりました。
城跡には月江寺が建ちますが山門は閉まっていました。
説明板なども見当たりません。
一旦ホテルに戻ったあと仕事に向かいました。

8/9のかるた大会、近づいて来ましたね😊
行けないのがとても残念😞
きっと素敵なレポートがあると期待して夏休みに入ります。

【見どころ】
 ・月江寺山門

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ぴーかる

牛久保城 (2026/06/14 訪問)

【牛久保城】
<駐車場他>駐車場はなし。JR牛久保駅前に停車、ダッシュで撮影しました。
<交通手段>車

<感想>1泊2日東海ちょこ城道中9城目。牛久保城の詳細は添付写真の現地説板をご覧下さい。車停める所がなかったので、駅前に停車してダッシュで撮影したので、周辺散策はパスしました。現地説明板のある辺りから南側は坂で下っているので、かつては台地上の端に築城されていた感じを受けました。

<満足度>◆◇◇

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朝田 辰兵衛

やはり… (2026/06/30 訪問)

「やはり…」に続く文章はふたつ。
①やはり,鹿児島県知事が物流の経済コストがかかってしまうと,懸念を表明。長期化すると深刻です…。孤立化は避けたいですね…。
宮崎~八代ルートはどこまで健全なのだろう。途中の人吉までは行けると思いますが…。
気になっていた台風13号は,九州を直撃しそうにありませんね。ホッとしました。
②やはり,今週末,大阪には行けません。イオさん,あさん,にのまるさん,楽しんできてください。いつものイオさんの完璧なレポートをお待ち申し上げます…<笑>。

大原城ですが,JR新三田駅から徒歩で向かいました。時間の計測を忘れました。私の肌感覚で,約30分かな…?
東の郭では,モスキートの襲撃に遭いました。この季節,ご注意ください。見どころは,主郭の姫山神社と東の郭間の堀切だと思います。
この日,伊丹空港から帰宅しました。保安検査を抜けたところに「げこ亭」という定食屋さんがあり,前から気になっていたので利用しました。サバ焼き定食です。ごはんのおかわりはNGでした。それでも,最初から多めの盛りとなっています。

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イオ

つぶやきあれこれ

熊本地震から一週間以上が経ち、被災地の厳しい状況が連日伝えられている中、普段と変わらない生活をしていることに申し訳なさも感じますが、現段階では何もできなくても、いずれ状況が落ち着いて復興に向けての段階では仕事柄お役に立てることもあるはず、と自分に言い聞かせる今日この頃です。

トクさん、ご無事でのご帰宅、お疲れさまでした。誰にでも遠征先でこういったことが起こり得るんだと考えると備えの必要性を感じますが、いつどこで何が起こるかわからない以上、備えると言っても何をどうしたら良いものやら…。せめてそういう意識だけは常にもっておく、くらいでしょうか。

地震に限らず、近年は風水害も激甚化していますし、お城への被害も各地で生じていることを考えると、見ずには死ねないと思う城は見られるうちに見ておかないと、とも改めて痛感させられました。熊本城の完全復旧までは生きていたいな、と思っていましたが、今回の被災で完全復旧の延期は避けられないでしょうし(…と思っていたら、元々修理予定だった石垣の崩落が大半で工期に大きな影響はない、とのこと)。ともあれ、陣城めぐりも良いけれど、より行きたい城があるならまずはそちらを優先すべきですよね。今日見られるものが明日も見られるとは限らないのですから。

ところで…

大阪・お城フェス2026での赤色立体地図お城かるた大会まであと数日、日々予習に励んでいますが、読み札を採用してもらっている立場上、無謀は承知で上級クラスに出場するつもりです。あ さんも9日に参戦されるとのこと、私も「イオ」の名札をぶら下げていきますので、お目にかかれるのを楽しみにしております。午前中はブースや展示を見て回り、午後はかるた大会参戦の予定です。参加受付の状況次第ですが、12時半くらいには受付に並ぼうかなと思っています。にのまるさんも9日に参戦できるようであれば、かるた大会でご一緒できると嬉しいです^^
 

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todo94

20年前の攻城 (2026/08/14 訪問)

まだポチっていなかった立花城、本丸に到達したのみで見落としている場所だらけだったので、再訪してから投稿しようと考えていたのですが、2000城達成前に福岡に行くことは難しくなってしまいました。とりあえず、20年前の写真を投稿させていただきます。再訪の際は、トクさんの投稿を参考にきっちりと城を見て回りたいと思います。それにしてもお盆期間中にこんな山城を攻めているとは。今でこそ、山城オフシーズンを設けていますが、このころは見境なく城攻めをしていました。福井県の杣山城攻略も夏季だったように記憶しています。

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赤い城

天王寺公園の一角に (2026/07/17 訪問)

天王寺駅の北側に天王寺公園があります。
入園時間は7時、ちょうどOnTimeで到着しました。
南側の入口から入り、旧黒田藩蔵屋敷長屋門へ向かいます。
大阪市立美術館の前を通り河底池へ。
水堀の跡とされています。

赤い和気橋を渡ると茶臼山です。
古墳を利用したもので大坂冬の陣では家康が、夏の陣では真田信繁が陣を置いています。
山頂には石碑があり、真田、徳川両家の家紋が彫られていました。
城の遺構としては微妙ですが大坂城を廻る攻防戦の重要な場所であったことがしのばれます。

すぐ近くには天王寺動物園、公園からは通天閣も綺麗に見えました。
また、北側の一心寺には「真田の抜け穴」といわれる井戸跡があります。
コンクリートの蓋で塞がれてますが・・

【見どころ】
 ・山頂に設置された石碑

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つちのこ

出石城 (2026/08/02 訪問)

日帰りで出石城、有子山城を訪れる。
朝9時過ぎに現地に到着し、出石城跡に建つ市役所の駐車場に車を停める(土日は有料P)。日曜日だったが朝9時過ぎと早い時間だったため、車は2、3台ほどしか駐車場しておらず。(12時過ぎて戻ってきたときは、市役所も最寄りの観光用駐車場もほぼ満車だった。)

出石城に行く前に、徒歩すぐのいずし観光センターへ。そこで出石城、有子山城のパンフレットを入手。
登城門から入城し、二ノ丸、本丸、稲荷曲輪と進む。
石垣は残っているが、建物(東西隅櫓)は再建されたもの。
本丸跡には、江戸期に出石藩を治めた仙石氏の祖、仙石秀久が祀られている感応殿が建てられている。
その本丸より上部にある稲荷曲輪には、有子山城内にあったとされる有子稲荷社が鎮座しているが、この稲荷曲輪の高石垣は但馬国一の高さとのことで、とても迫力があった。
見学時間は約1時間。

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シェル

猛暑の高崎散策 (2025/08/21 訪問)

 北陸からの帰り道に寄り道をして高崎城に初訪問。高崎駅からは徒歩15分ほどです。
 新幹線の都合で、どうしてもお昼過ぎの到着になってしまい、高崎は37℃の猛暑となっていました。
 ものすごく暑かったので、準備を整えて、城跡までは路線バスを利用しました。城内にある「市役所」のバス停で下車し、熱中症対策を万全にして散策しました。
 現在、城跡は高崎市役所や裁判所などの官庁が立ち並び、本丸などは失われていますが、三の丸の水堀と土塁はよく残されています。高崎市役所前交差点そばには、出桝という凸型になった城塁が残っていて、見ごたえがありました!!
三の丸北西側の高崎郵便局・高松中学校の裏は、水堀は埋められていますが、堀跡は遊歩道となっていて土塁上などを歩いて見学することもできました。
 また本丸乾櫓(現存)と三の丸東門(現存)が群馬音楽センターの東側に移築されています。乾櫓は重箱櫓というタイプの櫓で、元々は本丸にあったものです。明治に払い下げられたあと、昭和に再び城内に再移築され、群馬県内では現存する唯一の櫓となっています。三の丸東門は、元々は、先ほど触れた三の丸の出枡そばの高崎市役所前交差点付近にあった城門です。くぐり戸があるため、通用門として使われていたとされています。
 猛暑なので、あまり長居せず、高崎駅に戻りましたが、高崎駅では、ゆるキャラの「ぐんまちゃん」にジャックされていて、駅舎内は「ぐんまちゃん」が溢れていました!!

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三河武士発祥の地&脱力系張り紙 (2026/07/24 訪問)

 郭内の由緒書きに、三河武士発祥の地と誇っておられます。酒井忠次出生の地でもあるのですね。 平野の中につき、急峻な地形ではないですが、高台を占めているのがわかります。
 城びと先人の投稿写真に、賽銭箱まわりの張り紙が写っています。しんちゃんさんは、喰いついてますね(私も)。2025年12月のしんちゃんさん訪問時よりも張り紙は減って、位置も変わってました。定点観測ね。

 イオさん:大阪・お城フェス 9日(日)に参戦の予定ですか。私も9日に参戦しようと思っています。イオさんに倣って、手製のネームタグ(なるべく目立たないやつ)をぶら下げてみようかと。こう書いただけで冷や汗が出た。

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にのまる

感謝。 (2026/06/27 訪問)

三戸城の門の部材を使った山門がある法泉寺と龍川寺に寄りつつ聖寿寺館へ向かいました。
バス便はしばらくないので歩いたほうが早いのですが、遠征6日目で疲労はたまっているし、日傘を差す手もプルプルで苦行になりつつあります。

そんな中、アップルドーム(三戸町のスポーツ文化施設)入口に自転車が数台置いてあるのが目に入りました。個人の自転車ではなさそう。もしかしてレンタサイクル⁈
恐る恐る受付で尋ねると町外からの観光客に貸し出しているとのこと。電動アシスト付きで無料。聖寿寺館まで行きたいと告げると南部町での利用もOKとのことでお借りすることができました!今回の城旅でいちばんうれしい瞬間だったかもしれません。
聖寿寺館への行き方も聞いていざ出発🚲💨
ほんとに、ついさっきまで歩くしかないと諦めていたのに、風を切って自転車を漕いでいる自分が信じられなかったです。

そして無事聖寿寺館に到着。
はじめに案内所に行き、南部利康霊屋の見学をお願いしました。霊屋内は撮影禁止でしたが、音声案内がとてもわかりやすくてありがたかったです。厳かな雰囲気の中で、自分の目で見、耳で聞き、頭で考え、心に刻むことができたのはカメラを持たなかったからだと思いました。

その後、聖寿寺館の案内もしていただきました。広い館跡は一部復元され説明板なども設置されていますが、自分ひとりでの見学だと知り得なかったことー、整備途中で建物跡が発見され学術的調査に方針が変わったこと、発掘物のこと、個人所有のりんご畑だった頃からのこと、西側の断崖の様子、放火説についてなどなど、興味の尽きない話をたくさん伺い、知見を深めることができました。

視線の遥か先には三戸城。3時間前に覗き込んだ【三】【戸】【城】の大看板が、小さく小さく見えました。(掲載写真はズームしています。)本拠移転(逆コースですが)のルートを辿り、当時を思い浮かべてみると、焼け出されてしまったけれど希望はあったのではないかなという気がしてきました。
三日月の丸くなるまで南部領のほんの一部ですが徒歩と自転車で地面を踏みしめたこと、助けられたこと、お世話になったこと。忘れられない一日になりました。

自転車返却時にバタバタしてアップルドームのスタッフの方にきちんとお礼を言えなかったことが心残りです。この場をお借りして、本当にありがとうございました。また次回、よろしくお願いします。
(アップルドームは三戸駅から徒歩10分くらいです。)


⭐︎今週末の「大阪・お城フェス」、行けたら行きます。

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ぴーかる

牧野城 (2026/06/14 訪問)

【牧野城】
<駐車場他>駐車場はなし。説明板前に停めました。
<交通手段>車

<感想>1泊2日東海ちょこ城道中8城目。2日目朝一。牧野城の詳細は添付写真の現地説明板をご覧下さい。
 現地はビニールハウス群の中に土塁の隅角の一部が残されています。軽トラばかり通るので普通の乗用車が通ると運転手のおじさん達が不審な感じで見て通り過ぎるのが困った。

<満足度>◆◇◇
<宿>ホテルクラウンヒルズ豊川駅前に泊まりました。安くて部屋・大浴場きれいでした。冬の愛知県の山城攻めの時リピートしようかと思います。

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