みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

ダイエティシャン

10月18日(日)尼子フェスタ開催1️⃣ (2026/10/17 訪問)

10月18日(日)尼子フェスタ開催。三日月公園にて。尼子フェスタは5年に1回、月山富田城の、麓で開催されるお祭り。屋台や演武等が開催される。

前日に皆さんと共に、何年かぶりに本丸まで攻城。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城⑤ (2026/10/10 訪問)

角牟礼城からの転戦です。既に16時近かったので、手ごわい山城だったら断念するところでしたが、海神社まで車で乗り付けることができたので、余裕をもって攻略することができました。山頂部は児童遊園となっていますが、利用されている気配はあまり感じられません。別名・神楽岳城の城址碑は上部が折れていました。山頂の先の曲輪には矢穴のあいた石があり、柱が立てられていたかのような丸い穴もあいていました。堀切もありました。丸い穴のあいた石は山頂に続く石段の下部脇にもありました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

HKISD

検岳城跡散策 (2026/10/17 訪問)

10台ほどおける駐車場に停めて散策
階段はきつかったがキチンと整備されていて非常に散策しやすかった。
見晴らしも最高でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぴーかる

石生西河原城 (2026/10/10 訪問)

【石生西河原城】兵庫県丹波市氷上町石生
<駐車場他>氷上回廊水分れフィールドミュージアム駐車場
<交通手段>車

<見所>2重堀切
<感想>日帰り丹波の黒枝豆購入旅。恒例の黒枝豆の収穫時期なので、購入がてら城攻略をしました。昨年と同じように朝一に丹波篠山市の鍔市自然公園にて湧水を汲んで、そのあと昨年露店販売で安かった黒枝豆の場所へ向かうと、黒枝豆刈り1株500円の場所があり4株刈りました。黒枝豆を購入し、JA氷上にて丹波栗・新米・卵を購入して城跡へ向かいました。
 昨年は秋の味覚を購入後に未登録の母坪城へ行って、夕刻にこの石生西河原城へ行きましたが、ルートが分からずに少しさまよって諦めて帰った城跡なのでリベンジです。
 石生西河原城は城びと未登録の城跡で、現地説明板によると、戦国時代赤井氏の先祖の芦田直家の所領の山城だったようです。登城ルートは駐車場から東へ真っ直ぐ進むと鉄のゲートがあります。開けて中へ進むと東屋があり添付写真の説明板があります。ここから右へ曲がり向山方面へ進みます。去年はそのまま真っ直ぐ行って暫くウロウロして帰りました。右へ曲がってまた暫く沢を登って左へ曲がります。踏み跡の登山道があります。駄目なことに今回は左折せずに沢をどんどん登って行って、あちこち散々迷うこと約2時間、ようやくたどり着きました。普通に行ったら登山ルートになっているので東屋から15分程度で行けます。
 城跡は東西に長く伸びた縄張りで西端に出曲輪か物見曲輪のような土塁囲みの曲輪があります。この出曲輪の南北にそれぞれ竪堀がありますが、北側の竪堀は水が流れた自然地形のようにも見えます。出曲輪は現在は展望所となっていますが、眺望は0です。そこから東で段曲輪があり登っていきます。一旦登りついた所が少し広い曲輪があり私は副郭かなあと感じました。副郭から少し細尾根を登っていきます。ジグザグに細かい段曲輪になっています。登って平坦地の先に2重堀切があります。この城跡最大の見所です。2重堀切を越えると南側に土塁尾根を付けた東西に長い主郭と思われる広い曲輪があります。主郭の東の先は遺構がなくて尾根が続いているだけのかんじでした。走行距離200㎞無事走破。

<満足度>◆◆◇

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

天守閣改修中 (2026/10/17 訪問)

 現在、天守閣は改修工事中で入館できません。どんな工事状況かと思い登城して来ました。天守閣周辺だけなく井戸のある曲輪、天守閣から展望台への道なども通行禁止となっていました。堀切もフェンス越しには見ることができますが、接近できません。思ったより通行禁止エリアが広かったですね。天守閣などのリニューアルオープンの予定は令和9年11月です。

 この日は天候もよかったのでロープウェイを利用しないで徒歩で登城しました。かつての大手道と伝わる一番楽な七曲登山道を往復しました。他の登山道を使う選択肢もありましたが、かなり厳しい道との情報があり楽な道を選んでいます。山城が好きなので山登りが好きなわけではありません。大手道なら門や番所の趾などはないのかと思い歩きましたが、よくわかりません。この日は土曜日ということもあり多くの方が徒歩で金華山登山を楽しんでみえました。

 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城④ 2巡目の続100名城87城目 (2026/10/11 訪問)

久留島陣屋からの転戦です。久留島陣屋に足を伸ばす前に豊後森藩資料館に入館し、スタンプを捺印しました。リーフレットもいただきました。いつも久留島陣屋とセットで訪れていますので、これで3回目の角牟礼城攻城となります。駐車場となっている三の丸の先の石垣が一番の見どころかと思いますが、続100名城としては少々物足りなく感じてしまいます。久留島陣屋とのセットでも良かったのではないでしょうか。本丸は工事が行われていて立ち入りできない部分もありました。整備が進んでのレベルアップを期待しています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

西町奉行所・東町奉行所 (2026/08/20 訪問)

江戸の北町、南町奉行所は有名ですが大坂にも東西の町奉行が置かれました。
1ヶ月ごとの月番制をとり、老中の支配下で大坂城下と摂津、河内の支配を目的とされていました。

西町奉行所跡にマイドームおおさかが建っています。
展示場を中心とした施設で入口に石碑が設置されています。

東町奉行所跡には合同庁舎1号館が建ち、訪問時がちょうど閉庁時間でしたので写真を撮るのが一苦労。
前の歩道に石碑が設置されています。

近くの歩道橋からは大坂城の堀と石垣を望むことができました。
この日は後泊せずに大人しく大返しと致しました。

【見どころ】
 ・石碑

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

朝田 辰兵衛

電チャ足&ツーケー・イターナル…🚲 (2026/10/11 訪問)

韮崎駅前のニコリで電動レンタサイクルを借りました。源太ヶ城登城口の,ウッドペッカーキャンプ場まで2時間を要し,バッテリー残量は60%でした。サドルの固い電動レンタサイクルを下りたら,予想どおり「電チャ足&ツーケー・イターナル」でした…。
しばらく動かないでいたら,キャンプ場のオーナーらしき方が声をかけてきました。
韮崎駅から電動レンタサイクルと伝えたら,とてもビックリされました。しかも,目的は源太ヶ城登城であることを伝えたら,とてもうれしそうでした。
「2郭の櫓は朽ちて倒してあるけど,幟を立てておいたから行って~!」と。
これでは,主郭だけで終わるワケにはいきません。ま,ここまで来て,宿題を残すつもりはありませんが…。ただ,ピンクリボンをホテルのキャリーバッグに入れたまま,持ってくるのを忘れてしまい,要所に巻いて写真を撮ることはかないませんでした…<泣>。

ウッドペッカーキャンプ場から自衛隊顕彰碑までは,車両でも行けそうな気配ですが,キャンプ場からは徒歩が宜しいかと思います。
自衛隊顕彰碑からは右へ進んでください。進んで行くと,それらしき尾根筋が見えてきます。尾根下の散策路(自衛隊の協力によって造られた林道とのこと)を進んで行くと,尾根鞍部が現れます。さらに進むと,切通が現れますので,ここから進行方向の尾根上に登ります。しばらく進むと祠のみの主郭に到着。このルート沿いにピンクリボンを巻きたかったです…。
さらに進むと,堀切があり,武田氏の家紋の入った幟が立てられてます。
堀切からは登りがキツくなりますが,その先は2郭が待っています。2郭のほうが標高が高いからか,城名の入った幟が立てられており,達成感がありました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ヒロケン

小牧山城散策 (2026/10/05 訪問)

小牧山城は濃尾平野北東部に位置する標高約86mの独立丘陵に築かれた山城です。山麓の曲輪を含めた規模は東西約600m、南北約400mにも及んでいます。東の会瀬川と西の境川が外堀として機能していたと考えられます。
小牧山城の特徴は1563年に織田信長が築いた城と1584年に徳川家康が大改修した陣城という二つの時代の姿をあわせ持っており、織田信長は小牧山の山頂を主郭とし約50m四方の規模で石垣を備えていました。山中に曲輪、山麓には武家屋敷を配しています。(北側の山麓に武家屋敷、南側に山中に曲輪が多いと思います)また、南側には直線的な大手道があり、石垣を用いた城づくりなど安土城の先駆けといわれています。
徳川家康は、小牧・長久手の合戦のおり、居城としての役割が終えていた小牧山城を大改修を加え、山麓の信長時代の武家屋敷跡に二重の土塁、堀や虎口を設けるなど、より堅固な城としています。

この日、早朝6時頃、小牧市庁舎駐車場(無料)に車を停め、小牧市庁舎多目的広場に行き樹木が伐採されて、見やすくなった模擬天守(小牧市歴史観)をパシャリ!(^^)!その後、小牧山城を時計廻りに西へ、太平洋戦争時に改変された土塁と堀を見学しながら搦め手口へ。搦め手口を入ると、すぐに目に飛び込んでくるのが延々と続く家康時代の土塁(*^_^*)井戸跡や桝形虎口を画像に収め信長公の居館跡と想定されている曲輪402へ。二重の堀と土塁を設けた曲輪で他の曲輪と比べ広く堅固な曲輪です。この後、開館(9時開館)していない「れきしるこまき」をしり目に大手道から本曲輪を目指し攻城。続きます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

古井戸と石垣と絶景とお団子屋さん。 (2026/09/21 訪問)

福工大前駅から新宮町のコミュニティバスで「立花小学校前」下車。バス停から徒歩15分で立花山登山口に到着しました。
山頂までは1,240m。山道に入る四阿で杖をお借りしました。

15分ほど登ったところに石垣ルートへの分岐がありました。
ここを右に200m進むと石垣が見られるようです。しかしそこには『石垣ルートまでの道は昨年8月の大雨で一度崩れているので通行に注意⚠️』との貼り紙が。
(行ってみたい…でも……危ないかも。)
大勢いる登山者はみなさん通常ルートを進んでいます。なので私も石垣ルートは見送り、通常ルートを行くことにしました。

10分ほどでチェックポイントの屏風岩。迫力があります。
そこから100m進んだところに古井戸への分岐がありました。
石垣ルートを見送って、さらに古井戸までスルーするわけにはいきません。
脇道を2分くらい歩いたところに、簾が掛けられ、柄杓がぶら下げられた古井戸がありました。廃城後、埋もれてしまったのを見つけ出してくださった方がいるのかもしれず、目にすることができて感謝でした。

通常ルートに戻り、山頂に到着したのは登城スタートから45分後でした。
367mの山頂から眺める絶景パノラマ。多少は土地鑑があるので知っている場所を探すのも楽しかったです。

山頂には老若男女50人くらいいらっしゃいました。決して楽ではない登山でしたが、この景色が待っていると思えば何度でも来たくなるのだろうな。

少し休憩🍙して下山します。
帰りのバスの時間が微妙で、急げば間に合うかもしれないけれど、無理をして転んだりしてもいけないので、一本見送りゆっくり下山することにしました。

石垣ルートへの分岐まで戻ってきました。
行きに見送った石垣ルート。
やはり気になります。
ここから見える範囲では歩けそうだし「通行禁止」とは書いてありません。
次のバスまでまだ2時間もあります。
これは行くしかない!
行けるところまで行って無理っぽかったら戻ればいいし。

と、かなり気合いを入れて踏み込んだのですが、整備して下さっている道はとても歩きやすく、数分で石垣が見えてきました。
九州っぽさを纏い、自然災害にも負けずに根性でふんばっている石垣。たくましいです。少し孕んでいるかも?なのが気になりましたが、これから先もこの城を伝える存在としてあり続けてほしいと思いました。

その少し上にも石垣の痕跡があり、このあたりから石垣ルートが山頂へと続くようです。案外山頂まで近いのでは⁈とも思いましたが、折れたてほやほや?な木々が目に入り、これらを乗り越えてもう一度山頂へというのは私には無理だと思ったのでここまでで引き返すことにしました。石垣を見るという目的は果たせたので充分です。

大満足で下山し、置いてあった思い出ノートにいろいろ書いて、あとは下関の実家に帰るだけ。
ですが、バスの時間まであと1時間半あります。そこで、行きに見かけて気になった「甘味処 戦国や 立花館」に寄ってみることにしました。
外観からは想像できなかったのですが中に入ってびっくり😲
ここに住めたら幸せすぎるだろう✨な世界・:*+.\(( °ω° ))/.:+
店内のモニターには『真田丸』が映され、壁いっぱいの書籍は自由に手に取って読んでよくて、ソファはゆったり座れて、ワンコインのみたらし団子にはアイスもついていて、冷たいお茶もおいしくて、あっという間に1時間たってしまいました。(撮影許可いただいています。)
居心地もよく、お店の方ともたくさんお話ができて、バスの本数が少なくてほんとによかったです。
次に立花城に行く機会があったら絶対にまた寄らせていただきます。

実家での用事の隙をみての福岡県城めぐり。今回の帰省中は3城行けましたが、どこも楽しくて思い出に残るお城でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城③ 【城びと未登録】久留島陣屋(大分県玖珠町) (2026/10/10 訪問)

日田の咸宜園からの転戦です。白石一郎の「島原大変」に所収の短編「海賊たちの城」を2007年に読み、是非訪れたいと初めて訪れたのが2008年11月。その時は久留島氏庭園のチェックのみにとどまっていましたので、2018年4月に再訪しましたが、この時は清水御門が修復に入ってしまっていました。今回、初めてしっかりと清水御門を拝むことができて満足です。天守に見立てた栖鳳楼が残っていますし、末廣神社には日本一の手洗石なんかもありますので、角牟礼城攻城の際には、ぜひ、立ち寄ってみてください。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

石山合戦の砦だが (2026/08/20 訪問)

所用を終え近場ならもう少し行けるな、ということで訪問。
この日は京阪天満橋駅を利用しました。
西口から徒歩5分くらいで推定地である坐摩神社に着きます。
夕方なのですでに門は閉じていました。
遺構も残りません。

石山合戦の際に信長が築いた砦ですが本願寺に奪われ、そのまま本願寺の防衛拠点となりました。
周囲はビジネス街、今では見る影もありません。

【見どころ】
 ・坐摩神社

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

和田坊超勝寺 (2026/10/15 訪問)

 永正3年(1506)夏に越前朝倉貞景との戦いに敗れた一向一揆側の和田坊超勝寺が築城したと伝わっています。天正8年(1580)織田の加賀一向一揆攻めの際には柴田勝家の家臣安井左近が居城にしていました。古墳を利用した城で、曲輪や空堀等が遺っています。空堀は期待した以上の迫力があり、城域は概ね整備されていて楽しく散策できました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

手取川古戦場 (2026/10/15 訪問)

 天正5年(1577)上杉謙信が柴田勝家率いる織田軍を撃破した戦いと知られる手取川の戦い。その古戦場跡へ行って来ました。古戦場跡なので何か遺構があるということではありませんが、何となく気になっていた場所です。「上杉に遭うては織田も名取川はねる謙信逃ぐるとぶ長」の碑等がありました。
 和田山城とは関係がないと思いますが、近くにあるので周辺観光で投稿しました。

 手取川は日本三名山のひとつ白山を源とし日本海へ注ぎ込んでいる石川県最大の一級河川です。この地域はユネスコ世界ジオパークに認定されています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

重要伝統的建造物群保存地区の日田豆田町・草野本家の公開 (2026/10/10 訪問)

今回の大きな目的地の草野本家は、年間、限られた期間しか公開されません。今年はあと11月17日(火)~23日(月)が公開期間となっています。
https://kusanohonke.jp/open_information/hidenaga_armor.html
豊臣秀長所用と伝わる甲冑は撮影禁止でしたが、無事、拝むことができて満足です。その後、天領日田資料館と廣瀬淡窓墓、咸宜園とめぐりました。廣瀬淡窓を描いた葉室麟の「霖雨」は2015年に読了済なので廣瀬淡窓ゆかりの地は外したくなかったのです。日本遺産にもなっていますしね。永山城は天領日田資料館から800mしか離れていないのに今回はスルーしてしまいました。なのに永山城の所に投稿してしまい、申し訳ありません。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

2つの石碑 (2026/08/20 訪問)

所用で大阪へ、早めに出かけて立ち寄りました。
隙あらば城シリーズです。

JR野田駅で降り、まずは地下鉄玉川駅の出口付近にある石碑へ。
マンションの前に設置されていました。
もう一つの石碑は極楽寺の山門前。
山門は閉まっていて中には入れません。
となりの恵比須神社や極楽寺の裏手をうろうろして退散しました。

平安時代はこの辺り、難波八十島と呼ばれる島が点在するエリアだったそうです。

【見どころ】
 ・2カ所にある石碑

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

アネ

体力勝負本番 (2026/10/11 訪問)

いよいよ今回のメインイベント赤木城へ。
まずは道の駅でスタンプget。続いて城へ。
あらー、なかなかのワインディング&クライミング、更に隘路。
ガイドブックなどでは、ここを道の駅からレンタサイクルでとありますが、ご冗談でしょう?
道路の拡幅や改修が進められていますが、まだまだ「険道」です。最寄りのバス停からでも歩きでがありますので、ここはクルマやバイク、タクシー利用が賢明です。また、荒天時には決して無理せず、勇気ある撤退も必要かと思われます。

さて、遂に来ました、我が敬愛する高虎様のお城です。
駐車場は必要にして十分な広さがあります。側にトイレもあります。
ただ、頑張って整備してありますが、昔のままに戻せばいいってもんじゃないような………
石段の段差がものすごくて、子供には厳しいと思います(できれば小学校高学年以上)。今回は好天に恵まれましたが、(城ですから当然なのですが)道幅もなく、排水用側溝もないので、雨降ったら悲惨。そこらの下手な登山道よりキツいと思います。
晴天でもトレッキングポールの出番とは相成りました。

石垣はさすがですよ。だけどさー、こんな山奥、一体誰が攻めてくるってーのよ?あん?
こんなにがっちり守りを固める必要、どこにあったんですか、高虎様?


眺めはいいし、桜も植ってて、風鈴なんて下がってるから、天気の良い春〜夏の昼間は風流だけど、真冬にもこの風鈴下がってるとしたら、なかなかのホラーですよ。
冬風鈴の凄まじさって、俳句になるくらいなので、1人で来たら相当に怖い。近くにお住まいの方は気にならないのかと、他所者が余計な心配。

一息入れて、最後の那智大社に向かいます。
途中で、サルが三匹ほど、道端で柿を齧っていました。歩きの方は襲われないようくれぐれもご注意を。

那智では大門坂入り口を過ぎたところで、とあるレストランで昼食の予定がなんと「臨時休業」。
慌てて、営業中の店を探してきつねうどんを食しましたが、ここで食べておいてよかった。
大社に向かって登って行くと、飛龍神社入口そばの駐車場に入れないクルマで大渋滞。当然飲食店の駐車場にもお店にも入れない。
諦めてもっと登り、バスターミナルの駐車場にたまたま空きがあって入れたからよかったようなものの、バカ正直に並んでいたら、那智出発はいつになったらことやら。
ここからの石段の登りが本宮や赤木城・新宮城とは比べものにならないくらい長いし、キツい。(案内板の図に騙されてはいけません。かなりサバ読んであります)。で、どういうわけか、他の二社に比べて異常に参拝者は多いし、インバウンドも多い。なので、自分のペースを守って登るのは相当に難しいと思ってください。手すりがないところも少なくない。金田城か金山城かっていうくらいキツいと思いました。大社と青岸渡寺はどちらから詣ってもいいことになっていますが、石段の登りやすさを考えると大社が先の方がいいでしょう。結局、駐車場に戻る頃には膝が笑いそうになってました。

熊野三山詣でを一日でやるつもりなら、体力に自信がない人は、最初に那智へ、ついで本宮、新宮と回るのが良いでしょうし、健脚派は出発地から遠い所から始めて、戻るようにお詣りするのがお勧めです。
私のように最後に一番キツいところを持ってきてしまうと、回りきれずに後悔するかもしれません。

ともあれ、日本三名爆はこれで全てクリアしましたし、熊野三山も廻り、続100名城の中でも三重の最難関とされる赤木城も落としました。
「もう一度橋杭岩をしっかり見たい」と運転手が言うので、海岸沿いを進みますが……
着いたは着いたけど、駐車場の混雑ぶりが凄まじい。「これ、夏の海水浴シーズンにはどうなるんだ?」と恐ろしくなりました。金柑ソフトクリームの大行列を見て、「今回は初日にマロンソフト食べたし、今日も那智黒ソフト食べたから、もういいや」となったのは脚の疲れのせいでしょう。

お城と熊野三山、どっちがメインだかわかんないと言われてしまうと返す言葉もありませんが、とにかく中身の濃い三日間でした。
空港に着いたら、今はもういないパンダの姿が……

+ 続きを読む

アネ

体力勝負の始まり (2026/10/11 訪問)

三日目は朝食後一休みしてから荷造りとチェックアウト。
初日に教えていただいた新宮城の駐車場へ。
ここから私だけ本丸へ。運転手は車内で待機。

石段がなかなか大変ですが、平城なのであっという間に本丸へ。
熊野川や新宮の街並み、さらには太平洋と良い眺めです。
搦手側へは残念ながら立ち入り禁止なので、手元の縄張り図を見ながら想像をめぐらせます。
新宮城はその真下を鉄道が通っている珍しいお城なのですが、本丸からはトンネルの出入り口を見ることはできません。
(ブラタモリあたりでドローンで撮影してくれないかな?)

下りてきたところで、運転手からランチの提案。「ふむ、それがいい」とまとまったところで、赤木城へ向け出発。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

アネ

熊野牛2種 (2026/10/10 訪問)

二日目は午前中に熊野速玉大社と熊野本宮へお詣り。
速玉様の御利益かあの日本一長い距離を走る路線バスに新越路トンネル手前で遭遇。本当にホイールベースが短い、オーバーハングが長い。「選ばれし者」にしか運行を許されないというあのバスです。ちょっと先を急ぐので、追い越させてもらいました。

本宮の「八咫の火祭り」当日のため、本宮そばの駐車場は満車。河川敷の無料駐車場に停めて、本宮へお詣り。本宮、新宮とも沢山の末社があるので、お詣りとお賽銭が大変ですが、そうそう来られるところではないので、しっかりお詣りします。この日のために予めお賽銭用五円玉をコツコツ貯えておきました。

ランチは門前のレストランで熊野牛の焼肉重をいただきましたが………
夕刻からの祝祭劇に備えて、空を舞う鳶を眺めながら、車内でちょっと休憩。ついでに夕食のためのお店選び。

夕方から大斎原へぶらぶらと移動し、日本一の大鳥居をくぐり、旧宮跡の石祠にお詣り、入場手続きをして開演を待ちます。
時代装束の行列や拝礼、太鼓の演舞の後、宮司による熊野舞の後、予定より1時間遅れで祝祭劇の開演となりました。
お話の筋は古事記の天地開闢から天岩戸まで。(私には子供の頃からお馴染みのお話ですが、昔話なんかしてもらえなかった運転手には新鮮だったようです)しっかり虫除けスプレーを吹き付けても、虫が寄ってくるまいことか。こんなことなら蚊取り線香を持ってくるべきだったかと後悔しました。
終演後は真っ暗になった道を駐車場まで戻るので、みなさんスマホを懐中電灯代わりにしていましたが、私めはお城巡りの必需品ヘッドランプを装着。サクサク歩けました。20時からの花火は夕食の時間が押しているので、パスしました。

市内へ向けて走っていたら、タヌキが道路を横断。轢かずに済んだのも、神様のお陰でしょう。
街に入って、目星をつけていた「BLANC」さんに突入。運良く席がありました。
ワインも食事も何を頼んでもハズレなし。特に熊野牛のローストときたら、「あれと同じ熊野牛ですか?」というくらい美味しかった。
接客も親切で丁寧。広島同様、夜の早い新宮の街の中で22時まで開いているのは貴重な存在。
初日、ニ日めと踏んだり蹴ったりでしたし、一時は「今夜はコンビニおにぎりかなぁ」と覚悟しただけに、素晴らしい料理にありつけて、「熊野の神様、ありがとうございます」と感謝でいっぱいになりました。
お酒も入ったことですので、大浴場はパス。部屋風呂にのんびり浸かってから、寝みました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

小城小次郎

東氏の城から千葉氏の城へ (2025/11/29 訪問)

隣接する須賀山城とともに東荘を苗字の地とした千葉一族の東氏の城と伝わる。天正年間には千葉宗家の重要な拠点のひとつとなり恐らく小田原の役で役目を終えたか。必ずしも見学に適しているとは言えないが台地を刻む堀が残る。

+ 続きを読む

<

ページ2

>