<オススメ>★★★★★
小島陣屋は譜代大名・松平信孝が立藩。2代目・信治が陣屋を構えた。陣屋は最大4mにもなる石垣を多用した3段構成の曲輪からなる。幕末は、松平信敏は新政府軍に加わり、廃藩置県まで164年間にわたり同地を治める。御殿書院は、移築復原されている。現在、石垣などが遺されている。
<アクセス>
JR興津駅 小島南 バス亭下車 徒歩10分
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2026/05/06 13:12
2025/11/20 12:05
小島陣屋探訪 (2025/11/03 訪問)
小島陣屋を訪問しました。江戸時代中期に瀧脇松平氏が作った陣屋ですが、一万石の大名としては立派な大名陣屋です。
見どころは、高石垣や移築復元された御殿書院です。いずれも興味深く見ることができました。特に石垣は城郭風で陣屋とは思えない印象でした。
なお、御殿書院の公開は土日祝日ですので、訪問する際には曜日に注意してください。
現在、駐車場などが整備中で、今後ますます訪問し易くなると思います。
ところで、江戸時代中期の戯作者、浮世絵師である恋川春町(大河ドラマで注目)は、小島藩の藩士なのですね。
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2025/10/05 22:09
城のような石垣が築かれた陣屋 (2025/09/07 訪問)
御殿の書院を見学後、周囲の石垣を見学しました。14年前に訪れた時より整備され見易くなってました。
陣屋は町を一望できる高台にあり、石垣が良く残されています。
築造後、安政の大地震や明治維新後に積み直された部分もあり、切込接ぎや打込接ぎ、布積みや落し積みなど様々な石垣が見られます。
東側の急斜面では以前は民家に隠れていた石垣が見られるようになり、6段位あり、美濃岩村城の六段壁を思わせました。
南東側の大手には立派な石垣が築かれ、出隅の切込接ぎの高石垣は見応えがあり、テクニカルな枡形虎口も残されており、まるで城のようです。
南~南西側には三段の石垣があり、下から見上げると城らしい佇まいです。
主郭書院の南〜南西側上段の石垣は築造当時のものと思われ、2箇所の石垣隅は鎬(シノギ)角で、小島陣屋の中でも最も美しい切込接ぎです。
陣屋で、これ程多くの石垣を築くとは、小島陣屋の殿様は石垣好きだったのでしょうか。
素晴らしい陣屋で、個人的には、これまで訪れた陣屋の中で1番好きです。
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2025/10/04 19:57
御殿の書院が再移築復原された陣屋 (2025/09/07 訪問)
三河十八松平の一家で、小島藩1万石の瀧脇松平氏が、宝永元年(1704年)に小島に陣屋を構え、明治維新まで164年間の居所としました。
御殿 書院が元の位置に再移築復原されました。14年前に訪れた際は国道沿いに移築され公会堂として使われてましたが、復原された書院は様変わりしてました。
外観は新しい部材が多いためか綺麗ですが、9割が江戸時代の部材を使われているそうで、内部は柱・天井板・欄間などで殆どが古い部材です。
1万石の小さな藩主らしく慎ましやかな佇まいですが、特に透かし彫りや格子欄間が見事です。
次の間にある紋様「蔦(つた)」の透かし彫り欄間は、内から見ると意匠が浮かび上がり美しいです。
同じく次の間にある紋様「二葉葵」の透かし彫り欄間の4枚の内、1枚は現存しておらず空欄です。残存する欄間は、二葉葵が4組・3組・2組のものがあるため、現存しない欄間は1組だったのではとのことです。
軒瓦・鬼瓦には瀧脇松平氏の家紋「桔梗」が施され、南・南西側には江戸時代の瓦が使われているそうです。
書院が現存する城や陣屋は非常に少なく、この書院は大変貴重です。
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| 分類・構造 | 陣屋 |
|---|---|
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 松平信治 |
| 築城年 | 宝永元年(1704) |
| 主な城主 | 松平氏 |
| 遺構 | 曲輪、石垣 |
| 指定文化財 | 国史跡(小島陣屋跡) |
| 再建造物 | 碑、説明板 |
| 住所 | 静岡県静岡市清水区小島本町構内 |
| 問い合わせ先 | 静岡市生活文化局文化スポーツ部文化財課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 054-221-1069 |