続日本100名城

きしわだじょう

岸和田城

大阪府岸和田市

別名 : 岸ノ和田城、滕城、蟄亀利城、千亀利城
旧国名 : 和泉

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岸和田城
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岸和田城

「甦る岸和田城」ギャラリートークのお知らせ (2026/01/10 訪問)

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1/10・11(SUN)は栢木隆先生のギャラリートーク✨
展示解説はもちろん、「ここが知りたい!」という質問にも先生が直接答えてくれます!
新年は岸和田城へ!

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WEST

岸和田城探訪 (2025/12/12 訪問)

岸和田城を訪問しました。南海岸和田駅から徒歩約10分とアクセスが良いお城です。岸和田城の築城は良く分からないとのことですが、江戸時代前期以降は岡部氏が藩主として長く治めたお城となります。
見どころは、水堀越しに見る石垣と復興された三層天守です。本丸石垣の下には一部に犬走りが設けられています。天守などの建物は再建されたものですが、その姿は風格があります。天守内部は資料館となっており、岸和田藩の歴史や城下町の発展等の展示が充実していました。また、天守最上階からは遠くに大阪湾を望むことができ、海陸交通の要衝に築かれた城であることが分かります。
なお、天守前庭には重森三玲が作庭した「八陣の庭」がきずかれています。白砂と岩を用いたもので国の名勝となっています。

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T-Shionoya

岸和田のステキな天守と本丸虎口 (2025/06/21 訪問)

真夏日の6月に訪れた大阪府岸和田市の岸和田城。

大阪平野南部、海沿いの比高5mほどの段丘の縁に築かれた城。
段丘の縁を二の丸、縁から離れた方を本丸とし、その2つをコの字型の二の曲輪と三の曲輪で囲んだ縄張。
大阪から堺を経て紀伊国に至る海岸沿いの陸上交通に加え、大阪湾の海上交通も監視したでしょうか。

築城時期は定かでないが、1500年代は和泉松浦氏や中村一氏などが城主となり、小出秀政の時代に大改修で天守を建設。
徳川の時代になると1640年からは岡部氏13代が城主を務めました。

現在は、本丸と二の丸の水堀と石垣が残り、天守や本丸隅櫓、本丸櫓門が復元されている続100名城。
周辺も公共施設などが建つが、遺構の可能性がある石垣が僅かに点在。

実際に訪問すると、東側から見た三層復元の天守が予想以上に優美。
本丸南側の多段の折れを有する石垣も見応えがあり、更なる個人的な見どころは本丸虎口。平面図では平虎口だが、櫓門をくぐると1段高い本丸が壁となり直進を許さず、侵入するには左右の坂と階段を上るシステム。
そんな本丸虎口におもしろさを感じた、私の城郭巡りの209城目でした。

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岸和田城

青い翼 (2025/07/12 訪問)

7月12日13日、ブルーインパルスの展示飛行では岸和田城空も通過。
ただただ、感動の瞬間でした。

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城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 応永年間(1394〜1428)
築城者 信濃泰義?
主要城主 小出氏、岡部氏
文化財史跡区分 府史跡(岸和田城跡)
近年の主な復元・整備 三好義賢、小出秀政、岡部宣勝
天守の現況・形態 複合式望楼型[5重5階/1597年築/改築]、複合式層塔型[5重5階/1619年改/焼失(落雷)]、連結式望楼型[3重3階/1954年再/RC造外観復興]
主な関連施設 復興天守、櫓、門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(水堀)
住所 大阪府岸和田市岸城町9-1
問い合わせ先 岸和田市商工観光課
問い合わせ先電話番号 072-423-9486