日本100名城

くまもとじょう

熊本城

熊本県熊本市

別名 : 隈本城、銀杏城、(千葉城、古城)
旧国名 : 肥後

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熊本城
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トク

熊本城の復興状況(2022夏) (2022/06/27 訪問)

(1月2022冬)に、見事に復興した天守と、そしてまだ手付かずだった「宇土櫓」、奇跡の一本足から解体中だった「飯田丸五階櫓」についてレポートしました。あれから5カ月が経ち、今どうなっているのか? また前日(6/26)にも熊本市で震度5弱の地震があり、気になったので訪れてきました。


「宇土櫓」は、まだ全く手付かずのようで前回と同じ悲しい姿をさらしたままでした(写真①)。よく見ると、櫓の下の石垣内部深くとその横の堀の下の地質調査を行っているようでした(写真②)。どのような地質かをまず解明し、それから解体して土を補強し、石垣を積みなおしてから櫓の修理となるのでしょうか? となるとまだ相当な時間がかかりそうな・・・(今はどうなるのかよくわかりません)。これからも注視していきたいと思います。

「飯田丸五階櫓」も前回と同じ解体中のままです。詳しい事はわかりませんでしたが、全く進展は見られませんでした。(写真③)

今回ちょっと気になったのは、「扇の勾配石垣」です。細川時代の下方の隅石の部分にわずかなはらみと一部ずれと崩落が見られました(写真④⑤)。そしてその右側の部分にもはらみとずれと崩落の跡が(写真⑥)。加藤時代の部分にも若干ですがわずかなはらみとずれがありました(写真④左)。 細川時代の部分は上部が地震前より15cmほど下に沈んでいるとの事です。という事は地震により石垣に微妙なずれが起こり、そして浸み込んだ雨水やその後の数度の地震などでできたのかもしれないと思いました。 本丸御殿下の石垣にも同様に見られました。もし石垣や内部の土をこれから調査し、解体して土を補強してから石垣を積みなおして、それから上に載っている本丸御殿や櫓の再建となると・・・ とてつもなく長い時間がかかってしまうので、他に簡単ないい修復方法があればいいですが・・・ 他にもまだまだ手付かずの箇所は多数あります。(私は専門家ではないのでよくわかりませんが、これ以上にならぬ事を今は祈るだけです)。ここもこれから注視していこうと思います。

大天守・小天守はすでに再建が終わって公開されており、勇壮で華麗な姿を見せてくれているので、それだけが唯一うれしいです。(写真⑦) しかし、それ以外の部分は、まだまだこれからです。大地震からすでに5年が経ちましたが、完全復興への道のりは、とてつもなく長くなりそうだなというのが今回訪れた私の実感でした。半年後にまた見にきます。そしてこれからも応援していきたいと思います。


帰りに、お城のすぐ近くにある「くまモンスクエア」に寄り、くまモンに会ってきました。相変わらず元気なやつでした(笑)。(写真⑨)

最後に熊本駅で名物「熊本ラーメン」食べて帰りました (にんにくたっぷりの濃厚とんこつおいしかったです😊)(写真⑩)。
 

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昌官忠

202206遠征(対馬&五島&北部九州)5日目:熊本城 (2022/06/09 訪問)

朝早く起きて、ホテルの朝食前に散歩がてら熊本城と千葉城(城びと未登録 熊本県熊本市)を攻城しました。
熊本城の攻城は2回目です。今回は復興した熊本城を確認する為に来ました。
1回目(2018/10/22)の攻城は「クラブツーリズム九州7県日本の名城13制覇4日間」のツアーでした。
2016年4月に発生した地震から2年半経過した時で、大天守は復興中、戌亥櫓の石垣は崩れたままでした。

朝早いので天守には入れませんが、宿泊先のホテル➡加藤神社鳥居(32.807093、130.704548)➡行幸坂経由➡清正公像(32.802638、130.704820)➡千葉城公園石碑前のルートで廻りました。
前回、倒壊した姿を見ているだけに復旧された天守閣(大天守&小天守)を見ると感無量ですが、まだまだ石垣など復旧半ばなものも多く、復旧完了までは時間がかかりそうです。
ホテルから熊本城が正面に見えたので、こちらの写真も併せて投稿します。
攻城時間は移動時間も含めて40分くらいでした。ホテルに戻る前に千葉城(城びと未登録 熊本県熊本市)を確認して戻ります。

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おぢさん

城と桜 (2014/03/28 訪問)

桜が満開で、天守閣を引き立てました

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彩の国武蔵野守

熊本の誇り (2021/12/21 訪問)

熊本県民・市民の誇り熊本城。
熊本地震の修復が進み、一般見学が出来る様になりました。

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概要

織豊系城郭の到達点ともいわれる、加藤清正が築いた名城。本丸に大天守と小天守を建て、各曲輪には5棟の五階櫓が並んでいた。大小天守は再建されたものだが、清正流と称された高石垣と櫓12棟はほぼ完全な姿で現存。なかでも三重五階の宇土櫓は「第3の天守」と呼ばれるほど立派。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 文明年間(1469〜1487)
築城者 出田秀信(千葉城)、鹿子木親員(隈本城)
主要城主 加藤氏、細川氏
文化財史跡区分 国重要文化財(櫓11棟、門1棟、塀1棟)、国特別史跡(熊本城跡)
近年の主な復元・整備 加藤清正
天守の現況・形態 連結式望楼型[3重6階地下1階/1600年築/焼失(火災)]、連結式望楼型[3重6階地下1階/1960年再/RC造外観復元]
主な関連施設 外観復元:大小天守、平櫓、馬具櫓、木造復元:西大手門、数奇屋丸二階広間、南大手門、西出丸戌亥櫓、未申櫓、元太鼓櫓、飯田丸五階櫓、本丸御殿大広間、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、櫓、門、塀、石垣、横堀
住所 熊本県熊本市中央区本丸、二の丸
問い合わせ先 熊本市教育委員会生涯学習部文化財課
問い合わせ先電話番号 096-328-2111