愛知県岩倉市の「岩倉城」、織田 敏広さんが築城しました。まだ尾張が、岩倉派と清洲派でバチバチしてる時代です。
その後、尾張統一を目指す信長さんに攻められ落城しました。
県道166号沿いに「岩倉城」の石碑、説明板、不動明王像がありました。道を挟んで向こうに『城跡休憩所』があります。
1560年頃、廃城してるのに 今も『城跡』と大切にされてます。
石碑を見た時、誰かの古いお墓かな?という、たたずまい。なんと石碑は、安政の頃1860年に建てられたそうです。立派です。
余談ですが、1854年に四国から名古屋辺りを数回、大地震が襲いました。復興中か復興後、「岩倉城」も忘れないように石碑を建てたんだと思います。違う意味で、立派です。
到着した時、「岩倉城」の石段に父子が座って話しをしてました。お父さんが息子に、何かを教わってます。
スマホを覗き込む2人。一生懸命に説明する息子さん。
信長さんの時代には考えられない光景です。
石碑を建てた安政の頃、信長さんは どのように語り継がれていたんでしょう?
古い石碑と、今どきの父子を見て 信長さんも、描かれる時代にあった人物像になっている気がした「岩倉城」攻めでした。
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