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カズサン

桜の久野城-1/3 水面に映る久野城編 (2026/04/03 訪問)

 今年も桜の時期に成り遠州路の城と桜廻り、4月2日に浜松城、3日は久野城から開始、令和5年に久野城の南側水田が遊水池と成り、水面に映る逆さ桜の久野城に感激して此処例年訪ねて逆さ桜の久野城撮影に挑戦しております。今年は如何かなと北側の駐車場からはやる気持ちを抑えながら、西の丸、南の丸、大手口より南側の東名高速道側へ、遊水池の東側農道から撮影、しかし微風有り水面は少しさざ波が立ち鏡面の逆さ桜の久野城を見る事は出来ませんでしたが桜の覆われた久野城は見事な姿を今年も見る事が出来ました。
 最後の9番目に2023/03/29撮影の遊水池に映る逆さ桜の久野城を投稿掲載します。
 

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大手道から主郭北西の郭群へ行ってみました。 (2026/04/03 訪問)

 朝倉氏の一乗谷へ続く広い谷を向かいの成願寺城と共に守っています。朝倉氏が滅んだ後、豊臣政権下の長谷川氏が整備したとのこと。削平、堀切、土塁の規模は大きいです。天守台の石垣があるというので、主郭切岸か思ったらと、林道まで下ったところなんですね(写真4)。これも切岸と言えば切岸ですが、だいぶん下。早春でもあり、草を透して見ることができました。
 城びと先人は、主郭北西の連続郭群は、未訪問であったり、薮化してあきらめておられます。現場の地図を見ると、北西の郭群に、月見櫓跡とあり、そそります。また、いったん麓まで下りて、大手道からアクセスすると到達できそうな感じです。三社神社まで移動して、登ってみました。幅広の整備された道があり、尾根に上ってT字の左に行くと連続郭群へ、右に行くと主郭群に至れました。連続郭群はあまり手が入ってないですが、疎林であり、散策できました。段々の連続郭や急斜面の切岸を認識することができました。T字の右に行くと写真8のところで、林道に合流します。天守台の石垣の近くでした。

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たか

今回弾丸琉球攻城最終! (2026/03/24 訪問)

タイトル通り今回最終です。
いやー3日間で15城も行きとても疲れましたが、天気も予想に反してなかなか良く素晴らしい光景を見せてもらえました。

現在改修工事中のようで仮設階段を塗装されている方がいました。
わたしは当時の石積み階段を登り右の方へ。
その先に伊祖神社があります。当時の本丸だそうです。
周りの石積みも大したことなくつまらないなと思いながら神社のさらに奥へ進みました。
そうすると昔は旗立てと言われたグスク内で一番高いところに出ました。
景色最高です!牧港や宜野湾あたりが一望できます。

現在は公園として整備されていながらも拝所としても残していこうとされる気持ちにとても感謝です。

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todo94

年度末山陰の攻城・尼子氏の本城②~山中御殿から本丸へ (2026/03/28 訪問)

山中御殿には、かつて植栽なんかがありましたが、今はきれいにとりはらわれています。団体客が観光バスで到着していたので、山上へと急ぎます。登城路の整備もさることながら山腹部分の樹木が伐採されていることで、登城路からの俯瞰もとても楽しめます。山上の三ノ丸、二ノ丸、本丸と一番奥まで進んで下山しました。山中御殿平からは大土塁経由で、堀尾吉晴の墓、赤門とたどって月山富田城攻略を終えました。11時を回っていたので道の駅にて割子蕎麦を昼食にいただきました。

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赤い城

桜の季節に (2026/03/21 訪問)

3月の三連休、ニッポン城めぐりのエリ限達成のため相方を調略し名古屋周辺へ出かけてきました。
あつた蓬莱軒でお昼、そのあと犬山城へ向かいました。
2017年9月以来、2回目の登城です。
桜は3〜5分と行ったところですが駐車場は満車。
少し待って車を置き、本丸へ向かいます。

駐車場からの天守遠景を見ながら進みました。
手前には空堀が横たわります。
深く、「降りてみたい」という衝動を抑えて黒門跡へ。
人が途切れることがありません。

この日、天守入城の待ち時間は80分。
それでも本丸には行きたかったので1000円支払い入城、桜越しの国宝天守を暫し見上げ退却しました。
本来の目的もあったので駆け足での登城となりました🥹

【見どころ】
 ・国宝の現存天守
 ・深い横堀
 ・遠景

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天守無しがアツい

レジデンシャルスタジアム大宮のすぐ近く (2026/04/05 訪問)

大宮公園駅から徒歩10分ほどの場所…レジデンシャルスタジアム大宮のすぐ側にある🏟️

(参考URL)
https://oomiya.follow-up.co.jp/leisure/omiya-junoupark-w322-20230629/

岩槻城の支城として永禄三年(1560年)に築城…見沼の三方を囲み天然の要塞として存在

岩槻太田氏の太田資正の子である潮田出羽守資忠の居城と言われてるが天正十八年(1590年)豊臣秀吉の小田原攻めの際にこの城も落城

寿能城公園として住宅地の中にあり…裏口から入って中心部(資忠の墓)に行こうとしたら先客がいたので案内板だけ撮影…

(先客)どういうきっかけでここに来たんすか?
(私)(数秒間どう言おうか悩んでから)ネットの記事を読んで来ました
(先客)おれもそういうの見て来たんすよ😁
(私)あははは…(この人の邪魔になったら悪いから一度出直そう)😅

それから約一時間後…再びここに来たら誰もおらず…階段を上って資忠の墓🪦を間近で見物…小田原北条氏に与してこそいなかったらしいものの…秀吉の小田原攻めで散っていった岩槻氏のその様子を脳裏でイメージしてみました🧠

それから時間の許す限り公園内を見学…ブランコや鉄棒の設置された光景が目に入り「ここもかつては城跡…今はフツーの公園…の一例ね🛝」と感じた私…

入口が反対側にある事を知り…「ああ…自分裏口から来ちゃったのね😝」と思わされました…(先客と会った)1度目の訪問では遊具で子供が遊んでおり…2度目では大人の女性2人がバドミントンらしき打ち合いをしてました🏸

彼らは…ここにかつて戦国時代に建てられた城があり…30年ほど持ちこたえていたが最後は秀吉軍に蹂躙された…という出来事を知ってるのでしょうか?(どちらかと言えばただの公園としか認識してない気がするけど…)

あとここは…調べた限りでは御城印は無いようです

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朝田 辰兵衛

京都はんなりポチめぐり⑥ (2026/03/21 訪問)

二条古城から徒歩でぐるりとめぐりましたが,イオさんの投稿をチェックしたら,なんとレンタサイクルですか…。似たようなことをしたかったのですが,スタートダッシュで負けてるな…と。そのちょっとした焦りからか,何枚か撮影失敗してしまいました。疲労感は,この日めぐった周山城を超えてしまうという…。

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ぴーかる

峰山城 (2026/01/26 訪問)

【峰山城】
<駐車場他>川向こうの<33.758593,135.359907>ポイントは道が広くなっているので停めれます。
<交通手段>車

<見所>石垣
<感想>1泊2日紀伊半島1周、山城攻略旅のラスト13城目。城びとの城郭情報によると峰山城は室町時代に湯川光長によって築城されました。
 登城されたのがイオさんだけだったので、投稿頼りをして橋を渡ってまず山に取り付けそうな場所を探しました。<33.758727, 135.358778>の金網が終わる場所から山に取り付けます。石垣がすぐ現れますので、石垣を乗り越えて尾根を登っていくと、主郭手前の谷に着きます。この谷に広大な石垣群が広がっていますが、後世のものか分からないとの事で、私も勿論そんな見識はありませんが、当時の石垣ではと思いました。城びとの城郭情報遺構に「曲輪、石垣、土塁、横堀」とありますし、みかん等の果樹畑跡ならば果樹木の放棄されたのがあるが無いのと、ちょうど3間四方くらいの小さい四方石垣が残されている(畑地の石垣は谷ならばアーチ状にもっと横長かと思う)ので建物跡の曲輪かと考えました。積み方も荒々しい野面積みの隅角も算木積みではない事からもそうではないかと。
 谷の底部に貯水池があります。一応山頂部が主郭のようですが、山頂部は狭く、尾根土塁といった感じでその南下段も含めての主郭かと思います。主郭の西側にかけて網で仕切っているので山の西側は私有地のようです。
 石垣が当時のものならば相当な見応えで、城跡が独立丘陵になっているので、登り口にも石垣があったので、山全体に石垣遺構が埋もれているでしょう。満足度は石垣次第の暫定で。

 これにてこの旅終了。旅のタイトルが紀伊半島1周としましたが、行きも長島城まで高速、帰りもここから高速で一気に北上したので南紀旅とした方がよかったかも。京城や安宅氏の詰め城である八幡山城など凄い城跡と巡りあえて大満足の旅でした。梅干しも買えたし。走行距離632㎞無事走破。

<満足度>◆◆◆

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Toshi⭐︎

佐野城 (2026/04/05 訪問)

佐野駅からすぐの城山公園にある城跡。電車の乗り継ぎ時間に曲輪や空堀の雰囲気を楽しみながら散歩するのがよいかな。公園の管理棟に少し案内あり。

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todo94

年度末山陰の攻城・尼子十砦が守る主城①~城カード入手から花ノ壇まで (2027/03/28 訪問)

出雲三笠山城からの転戦です。城カード販売場所の安来市歴史資料館の開館時刻9:30にあわせて入館しました。城カードを購入し、月山富田城のリーフレットもいただいて、資料館の展示を見学してから月山富田城に繰り出しました。樹木が大々的に伐採されていて昔とは全く異なるフォトジェニックな山城になっています。こんなに素晴らしい城が無料で見学できてしまうなんてとてもありがたいことだと思います。500円が必要な安土城より、私は断然、月山富田城の方が好きです。安土城ばかりでなく小谷城など信長、秀吉といった中央の歴史にかかわる城の方が知名度が高いのは仕方ないですし、中国地方の覇者・毛利氏の居城・吉田郡山城よりもマイナーかもしれないのは敗者・尼子氏の居城ということで仕方ないのかもしれませんが、フォトジェニックな山城という観点では月山富田城は最高レベルにあると思います。竹田城に比肩しうる見栄えの良い山城に変貌していますので、昔訪れたことのある皆さんにも再訪をお薦めしたいです。

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ぴーかるさんの足跡に感激 (2026/04/03 訪問)

 2022年の昌官忠さん迷子事件を受けて、ぴーかるさんが案内した「波着寺跡方向の板がありますので北方向に曲がり150m程直進(途中から土の道の民家の間を通る)すると公衆電話BOXを再有効利用した波着寺記帳所と鳥居がありますのでそこが登山口になります」が助けになりました。写真3が「途中から土の道」なんですね。最初、舗装道を道なりに行き、別の鳥居のところに行ってしまいました。
 登り始めると、つづら折れを貫く竪堀の規模の大きさに驚きつつ、「茄子畑の跡 此の下谷底」と意味深(?)な看板を見て、本堂跡に到着。ぴーかるさんはこの背後を直登されたのですね。直登できないことはないが..と周りを見渡すと、右手にピンクテープを発見。とある煩悩の登城目録さんが行かれた埋もれかけの階段を利用できました。尾根に上ると、主郭までに4本の堀切(主郭下は二重堀切)。主郭を超えて西にも大小6本の堀切を数えて、まだ城域は続いてそうでしたが、ぐっと下がる切岸のところで引き返しました。主郭の南側にも大規模な造作がありました。
 さて、表題の件ですが、公衆電話BOXを再有効利用した波着寺記帳所のノートに記帳したあと、もしかしたら、ぴーかるさんも記帳されているのではと思い、2022年の箇所を開いたところ、「城びと ぴーかる」と記帳されているではありませんか! こんな記帳もあるんだと感激。私は、本名を書いた脇に「城びと あ」と書き足しました。

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小城小次郎

放っておけない真田のお城 (2025/05/18 訪問)

天正年間には岩櫃を守る真田の拠点となり中山城あたりから攻め来る北条勢に備えていた。落とさなければ前に進めぬ絶妙な位置と方向をもって設けられたこの城はまさに放っておけない真田の城だ。放っておいたら勿体ない。

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シャンシャン

岡山・鳥取の城巡り⑤ (2026/03/28 訪問)

ずっと来たかった若桜鬼ヶ城!想像以上に見応え抜群の山城だった!
まずは若桜駅前の観光案内所で城のパンフレットや御城印、城カードをGET。駅周辺も古い町並みが残っており散策していて楽しい。
車で山を登って登城口に移動。
多くの曲輪や立派な石垣が連なっており、本当に見どころが多くて歩いていて楽しい!これまで訪れた中でも個人的に1・2位を争う山城。
天守台からの景色は丹波方面と播磨方面の二街道がはっきりと確認でき、若桜鬼ヶ城が交通の要衝に建てられていたことがわかる。
本当にこんな山の上に立派な石垣を築いたものだと感心する。
ただクマ出没注意の大きな看板もあるため、クマ除け鈴とかクマ対策はした方がいいみたい。
道沿いに数キロ離れたところにある不動院岩屋堂もオススメ。

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シャンシャン

岡山・鳥取の城巡り④ (2026/03/28 訪問)

岡山・鳥取の城巡り2日目。
こちらも模擬天守だけど、山の上に建つ城は雰囲気があっていい感じ。
天守内は博物館になっており、この地域の歴史の展示があって勉強になる。
天守からの景色もすごくいい!

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シャンシャン

岡山・鳥取の城巡り③ (2026/03/27 訪問)

周匝茶臼山城のすぐ近くにある山城の大仙山城(城びと未登録)。
当初、寄る計画はなかったけどグーグルマップで見ると、かなり遺構が残っているとのことだったので寄ってみることに。
結果的に大正解!!
堀切、土塁、曲輪、竪堀、土橋、虎口など多くの遺構が残っている。
高低差が少なく虎ロープで道筋が示してあり進みやすい。また随所に説明看板もありわかりやすい。
近くの長福寺には、岡山県下で最古の木造建築であり国指定史跡の三重塔があり、こちらもオススメ。

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todo94

年度末山陰の攻城・尼子十砦編① (2026/03/28 訪問)

山陰ドライブ2日目はぴーかるさんに倣って尼子十砦にチャレンジです。東出雲のホテルで朝食をとってから朝一番で向かったのは、三笠山城。広瀬中央公園の野球場で少年野球の大会が開催されていたため、駐車場が埋まっていましたが、普段なら駐車場所に難渋することはないでしょう。また、登城口前の道路が工事中でしたので、付近の景観は数年で変貌を遂げるものと思われます。城郭放浪記さんの記述を頼りに出丸経由で主郭を目指しました。ぴーかるさんの投稿にある通り、二股の道の右を登ると堀切に達し、その右手が出丸のようです。ここからは尾根をひたすら登っていきますが、主郭にたどり着くのにさほどの困難はないかと思います。尾根伝いの登城路は帰りに迷う事が多々あって苦手なのですが、ここは、ピンクリボンの目印もあるので迷う心配はそれほどしなくても大丈夫かと思います。主郭付近の遺構より、出丸付近の遺構の方が見栄えが良いと思います。

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小川古城など (2026/04/02 訪問)

 小川城近くにある小川古城も寄ってきました。石碑がありました。現在、愛宕神社がある場所が主郭のようです。背後にはいい感じの堀切がありました。
小川城を東吉野村役場方面には下りずに南へ下山し天誅組吉村寅太郎一行が休んだと伝わる家の前の石舟橋を渡ります。県道220号線に出て少し歩くと城への案内はありませんが、原裕句碑への案内がありここが登城口です。

 東吉野村は尊王攘夷派の志士が決起した天誅組の終焉の地です。関連した史跡がありました。全部は巡ることはできませんでしたが、バスの時間まで散策しました。
 かつては東北地方から九州まで広く分布していたニホンオオカミですが、狂犬病などの家畜伝染病や人為的な駆除、開発などにより減少しました。明治38(1905)年1月に奈良県東吉野村で捕獲された記録を最後に、絶滅したとされています。高見川沿いにはニホンオオカミの等身大ブロンズ像があります。

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小川弘光 (2026/04/02 訪問)

 丹生川上神社神主でもある小川氏が築いたとされる城です。ハルトヤ山(標高約410m)にあり現在は稲荷神社の境内となっています。曲輪、土橋、竪堀などを観ることができます。城址をさらに北へ歩いて行くと少し下った場所に2段になった広い削平地がありました。居館跡にも思えますが、それにしては高い場所にあります。

 近鉄榛原駅からバスにより東吉野村役場バス停で下車。正面の山が城址です。東吉野村役場正面の道を上って行きますが、登城路は整備されて歩きやすい道でした。

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朝田 辰兵衛

京都はんなりポチめぐり⑤ (2026/03/21 訪問)

二条古城の碑とパネルは,京都地下鉄の丸太町駅2番出入口から,約400mの距離です。平安女学院(法人本部・大学本部棟)の北東角にたたずんでおります。
なお,二条城にある石垣は散策しておりません。いずれ機会があれば…と思っております。

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ぴーかる

田辺城 (2026/01/25 訪問)

【田辺城】
<駐車場他>2台分あり。
<交通手段>車

<見所>水門跡
<感想>1泊2日紀伊半島1周、山城攻略旅12城目。駐車場空いているかなあと思いつつ、やって来ましたところ、誰もいなくてさっくりと見学できました。石垣と水門跡の遺構が残っています。遺構消滅地や、ほんの僅かな土塁が残る城跡よりは全然楽しめます。会津川の河原にも行けて少し河原散策もしました。

<満足度>◆◇◇

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