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イタさん

意外とこぢんまりとした城跡 (2026/02/12 訪問)

 奥平氏の発祥の地とあり、奥平を名乗ってから三河国へ移るまで200年間ほど居たらしい。北500メートルに奥平家発祥之地の石碑が建っているが、訪問はしていない。。
 城跡入口には標柱・説明板が立っている。北斜面はコンクリートで補強された城塁、東は一面畑地になっている。入口を登れば、右手が主郭の城塁、先で土塁の切れ目を思わせる所に出る。上がれば右手が主郭と言われるが、土塁などは見受けられない。左手は西へ続く台地になるが竹藪で覆われている。主郭との境は幾分低く、堀でもあったのだろうか。北端と南端に奥へ行く踏み跡があり、どちらも行ける場所までいくが、先は竹藪で断念。台地続きなので堀切でもと期待したのだが、行けた場所までには見当たらなかった。南端の途中斜面下に腰郭に見えた地形があったが、そう思い込んで見ていたのかも知れない。

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ダイエティシャン

ばけばけ 松江藩士の娘小泉セツの物語2️⃣ (2026/02/14 訪問)

松江城下の【カラコロ工房】では朝ドラ【ばけばけ】展開催中。撮影衣装、小道具の展示です。
【カラコロ工房】は元日本銀行松江支店のたてものです。【ばけばけ】展は地下の金庫跡で開催中。金庫の内装も楽しめると思います。

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ダイエティシャン

ばけばけ 松江藩士の娘、小泉セツの物語1️⃣ (2026/02/14 訪問)

朝ドラ【ばけばけ】の舞台である松江城周辺では、関連するイベントを開催中。
【松江歴史館】企画展示【ばけばけの世界と小泉セツと八雲の時代】松江大橋のセット、松江藩士らの明治時代の暮らしとはは生活が歴史資料や発掘物から知ることが出来、とても興味深かったです。
【小泉旧居】は小泉八雲夫婦が実際に住んでいた元武家屋敷。撮影、投稿許可が出たので載せます。(③~⑥)
塩見縄手(写真⑦)の由来の【塩見家】は小泉セツの実母の実家だそうです。

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ダイエティシャン

2月21日(土)米子城ダイヤモンド大山 (2026/02/14 訪問)

2月21日(土)6:40~米子城天守にてダイヤモンド大山観測会があるそうです。
詳細は、米子城等の公式HPにて。

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ダイエティシャン

米子城「鯛石」 (2026/02/14 訪問)

米子城天守台の石垣に、鯛に見える石垣(写真①)【鯛石】があるそうです。鯛に見えますでしょうか?パンフレットが三ノ丸番所(9時~17時)にあるので、確認して是非【鯛石】を探すのも楽しいかと思います。
升形虎口から登城。今日は残雪もあり、登城道はぬかるんで(②~④)いましたが、晴天で、本丸では中海や大山も臨めました。(⑤⑥)登り石垣もくっきり見えました。(⑦⑧)内膳丸も行きました。(⑨)

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トク

福岡城 梅まつり (2025/02/15 訪問)

福岡城の二ノ丸では梅まつりが行われていました。「紅・桃・白」三色の梅の花が咲き、訪れた人は梅の香を楽しんでいました。今年は、福岡市も平野部では一回も雪は降らず、冬も短かかったような、もう春が来たという感じです。

天守台に登ると、穴蔵にはブルーシートがかけられていました。結局発掘調査の結果はいったいどうなったのか? それともまだ引き続き行う予定なのか、発表がないのでよく分かりません。でも気になったのは、また天守台に登れるように階段が新たに架け替えられていたのですが、その土台がコンクリートで、それが天守礎石の所に埋められていた事です。国指定の史跡の場所に、こんな事をしていいのだろうか🤔? ふと疑問に思ってしまいました。
 

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犬返し、犬走り (2026/02/12 訪問)

 香川氏の城として知られています。標高382mの天霧山の山頂に本丸を設けて北側に曲輪が展開しています。弥谷寺から登城するのが一般的なコースですが、位置関係を考えると搦手側からの登城となります。弥谷寺から進んで行くと隠砦を経由して城址に行くことができます。多少石がゴロゴロしている場所もありますが、登城路は整備されていて概ね歩きやすく犬返しの険までは急坂もありません。犬返しの険と古井戸方面に向かう犬走りの分岐点があります。どちらの道も厳しい道で犬返しは犬も登るのに、はね返されるほど急坂でトラロープを頼りに上ることになります。犬走りは崖っぷちの細い道です。古井戸が見たかったので犬走りを選択しました。崖っぷちの細い道を進みますが、崩れているような所があり道がわかりにくい所もありましたが、幸いトラロープが張ってありそれを頼りに進みました。トラロープは新しかったので最近設置されたのでしょうか。助かりました。井戸には水が満たされていました。さらに崖っぷちの道を進むと空堀に出られますが、古井戸から上に上がれば三の丸付近に出られるようなので踏み跡を辿って上がっていきました。すぐに小さな曲輪に到達します。そこらは直登で三の丸下の曲輪に出ました。北東端の方形郭まで行き、引き返して本丸方面を散策しました。北東端の方形郭より東と北の尾根に曲輪が展開していたようですが、東側は採石により大きく削られて遺構もかなり破壊されたようです。北側の尾根は下りて行けそうでしたが、今回は時間の都合もあり行っていません。主な城域は雑草も少なく整備されています。石積みが少し残っていました。帰りは犬返しから下りました。弥谷寺の登城口に「天霧城の白米流し」の説明板がありました。弥谷寺の下の駐車近くに説明板がもうひとつあり天霧城のことが書かれています。
 四国では気になっていた山城でした。

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イタさん

長沼氏館跡・勅使河原氏館跡・金窪南城跡 埼玉県上里町 (2026/01/15 訪問)

1. 長沼氏館跡
 武蔵七党・丹党の安保氏三男が居住して、長浜氏を名乗ると言われる。興国寺の南西にある民家一帯が館跡らしい。道路脇に立派な館跡の碑が建っているが、畑・民家となり面影はない。民家の北側の畑地との境に、何回も曲がりながら水路が続く。水路が堀跡ではないかと、先人さん達の書き込みがある。

2. 勅使河原氏館跡
 勅使河原氏は武蔵七党・丹党一族と言われる。館跡はJR高崎線が神流川に架かる手前の南にあり、現在は大光寺の境内になっている。駐車場の前に大きな土塁がL字型に残っており、西数メートルは石垣風に補強されている。隅まで観たわけではないが、遺構らしいものは土塁だけらしい。

3. 金窪南城跡
 諸先人さんの記載を簡略にすると、築城は1420年代に大畠氏が築城、城主は北にある金窪城と重複する名が多いが、畑氏・斉藤氏など。跡地には陽雲寺が建っている。神流川の戦い(1582年)で灰燼にかす。陽雲寺は1591年に武田信玄の甥・川窪信俊が義母の信玄夫人と入り、没後夫人の陽雲院から陽雲寺と改称したとある。前の寺名が崇栄寺、その前が満願寺とあり、満願寺は違う場所で、出水のため移ったらしいが、詳細は分からない。境内の東から北に掛けて、低いが土塁・浅い幅広な堀が確認出来る。北には50m以上の土塁が観られ、わずかだが堀の一部と思えるものもある。

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石垣の名城 (2026/02/11 訪問)

 久しぶりの丸亀城です。標高66mの亀山を段々に積み重ねた石垣が備えられた見ごたえ十分の城です。前の登城が10年以上前でしたので、高石垣にあらためて魅了されました。テンションが上がって石垣を只管めぐっていたので、見落とした所も多くあるのかもしれません。城へ来ると必ず確認する井戸もスルーしてしまいました。石垣の一部は2018年の西日本集中豪雨により崩落し、現在復旧作業が進められています。復旧は令和13年3月末ごろになるようです。

 丸亀市のHPに石垣の名城とありました。その通りです。赤い城さんが何度も登城されていることがわかります。自分も近くにあれば何度も通うと思います。この日は雨があがったばかりの曇り空。晴れた日にゆっくり散策したいですね。

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シャンシャン

現存12天守 (2026/02/13 訪問)

新しい記念メダルをGETするため訪問!
松山城は好きな城郭のひとつ。天守を始め多くの遺構が残っており、小天守も木造復元されている。
また、本丸を取り囲むつづら折りになった石垣や栂門跡の20mの高石垣、長さ200mを超える登り石垣など石垣も見どころ多し。
本丸までの登城道が複数あるので、上りと下りで違うコースを選ぶのも楽しい。

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甲山寺 (2026/02/11 訪問)

 四国霊場74番札所甲山寺の背後の山が城址です。
甲山寺から「かぶと山トリムコース」西国三十三札所の遊歩道が整備されていて容易に主郭へ行くことができます。周囲に曲輪と思われる削平地が展開しています。主郭の土壇に石碑が建っていますが、神武天皇 孝明天皇震儀と刻まれていました。

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桃陵公園 (2026/02/11 訪問)

 桃陵公園となっています。香川兵部少輔景房によって築かれたと伝わる城で、香川氏はこの城を平時の居城とし、天霧城を詰城にしていたようです。メロデイ時計付近を散策して撤退しました。

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コウマくん

上杉雪灯篭まつり (2026/02/13 訪問)

雪灯篭まつりの準備の日に登城。作成中の灯篭が並ぶ参道を通り上杉神社に参拝。凍った水堀も風流でした。松岬神社も参拝し上杉鷹山公の為せば成るの考えを心に刻みました

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コウマくん

10年ぶり (2025/12/27 訪問)

10年ぶに登城。駐車場が分かりにくかったので近くのコインパーキングに駐車しました。
復元天守閣ですが木造はやっぱり味わい深く雰囲気が良いです。
望楼型の天守閣を城内から見上げると小規模ながらとても雄大に見えるところが好きですね~

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雲林院(うじい)城(三重県津市芸濃町、城びと未登録) (2025/02/06 訪問)

 城びと登録の長野城、長野氏城を本拠とする有力豪族 長野氏の一族:雲林院氏の城です。長野氏の一族の中でも有力な一派でした。織田信長の伊勢侵攻の際の雲林院城当主 雲林院光秀は、塚原卜伝から新当流を伝授された剣豪で、その子も新当流の剣豪であったとのこと。長野氏が織田氏に帰順したため、雲林院氏も戦わず帰順しました。
 城山の麓、道沿いの美濃夜神社に駐車させてもらい、狭い川沿い道の道を林光寺に向かいます。「三重の山城 ベスト50を歩く」には、「林光寺墓地の南から登る」とあります。墓地に小さな道標(写真9)があり、登城路へ導いてくれます。この後も同じ道標が要所要所に掲げられていて郭Ⅰまで迷わずに行けました。
 墓地からすぐに尾根に取りつくと、階段状の削平地が郭Ⅰ下の堀切まで続きます。郭Ⅰの説明板に植林前の城山の写真がありました。登ってきた道は、この写真の左手の尾根にあたるものと思われます。郭Ⅰからは北東、東、南東へ三つの尾根がでており、それぞれに階段状の削平地が設けられています。麓から見える送電線鉄塔は郭Ⅰの北西下の郭Ⅱにあります。ここから、堀切と鞍部を経て郭Ⅲへ行きます。中部電力が鉄塔保守用に通路を確保しています。郭Ⅲから東へ続く尾根にも階段状の削平地があり、尾根先端に、三方を急斜面
+土塁に囲まれた物見台的なⅣがあります。雲林院城は、北、西、南を急斜面で守り、東側の尾根全てを多数の小郭で守る構えです。「三重県の山城ベスト50を歩く」の本項最後に、「剣豪雲林院光秀父子が籠る城を攻めるつもりで、すべての尾根を歩きたい」とあります。郭Ⅳは郭Ⅰから400mほど歩くことになりますが、見ておく価値があります。

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送りバント

20180716水ヶ江城(佐賀県佐賀市) (2018/07/16 訪問)

佐賀城近くの住宅街の路地裏にあり。大男だったという龍造寺隆信の大きな石碑が小さな公園に建っている

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送りバント

20180917須古城(佐賀県杵島郡白石町) (2018/09/17 訪問)

コンパクトな城山に石垣や枡形虎口などがしっかり残っている。地元の方の整備のおかげで登城路は竹や草がきれいに伐採されているが、蚊の大群と蜘蛛の巣が次から次に現れギブアップ寸前だった…

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イオ

とことん名古屋城(湯殿書院と黒木書院) (2025/07/13 訪問)

(続き)

いったん本丸御殿を出て玄関の前を西へ。御殿の外観や御殿越しの小天守・大天守を眺めつつ進んだ先に湯殿書院前出入口の受付があり、湯殿書院と黒木書院へは10人程度のグループ単位で案内してもらえるようです。少し待ってまずは湯殿書院から。

湯殿書院は将軍専用の風呂場で、入口を入ったところの着替えや休憩のための部屋には将軍用の上段之間も設けられています。将軍のための建物だけあって部屋も廊下も格天井になっていますが、格子に絵はまだ入っておらず、こちらも順次追加されるようです。奥の湯殿には湯船はなく蒸し風呂で、外の釜で湧かせた湯気を唐破風の風呂屋形から引き込む造りになっています。

続いては黒木書院へ。黒木書院は松材で建てられており、総檜造で豪華絢爛たる本丸御殿にあって二部屋の小さな建物で天井も棹縁天井と簡素ながら落ち着いた造りになっています。清須城での徳川家康の宿舎を移築したとも伝わり、じいちゃん大好きの徳川家光にとってはどんな豪奢な部屋より嬉しかったかもしれませんね。

以上で本丸御殿をひとめぐり。湯殿書院を出ると本丸を見て回ります(続く)。
 

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ぴーかる

佐敷城 (2026/01/11 訪問)

【佐敷城】
<駐車場他>城跡に駐車場10台分程あり。
<交通手段>車

<見所>門跡石垣・高石垣
<感想>1泊2日お人吉旅2城目。第33回日本100名城、続日本100名城に負けない名城で特集した佐敷城に行きました。特集前にも加藤清正築城の城跡として行きたい城にリストアップしていたので待望の登城となりました。宿の朝食時間が決められていて、遅めだったので、2日目最初のお城攻め、到着が10時過ぎとなり出足遅れ気味。さらに朝から雪が降っていて到着時は吹雪でした。カメラを守りつつ巡りましたが、見終わる頃に雪が止んで急速に太陽が出てきたので写真を撮り直すのにもう一度巡りました。積み直しの石垣とはいえ凄い石垣でやっぱり見応え充分、主郭の背後や三の丸跡の石垣は当時のままの石垣遺構もあり興奮しました。見所の少ない日本100名城、続日本100名城より負けるどころかちょっと勝ってる凄い城跡でした。芦北町歴史資料館にて御城印購入と資料館に出土した「天下泰平」銘鬼瓦が展示してあります。一見の価値ありです。

<満足度>◆◆◆

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沼田城

沼田城跡調査成果報告会 オリジナルグッズ販売決定!

2月15日(日)開催の「沼田城跡調査成果報告会」にて、沼田市教育委員会文化財保護課オリジナルグッズを販売いたします。

定番アイテム:トートバッグ、クリアファイル、沼田市史
特別制作:オリジナル缶バッジ(1個100円)

缶バッジは、沼田城の瓦や正保城絵図、キャラクターなど、さまざまなデザインをご用意しました。ぜひお気に入りを見つけてください!

日時:令和8年2月15日(日)12:30〜16:30
場所:利根沼田文化会館 大ホールホワイエ(沼田市上原町1801-2)
   入場無料・申込不要 

   報告、記念講演開催中も展示・販売会場に入場いただけます。

調査成果報告会についてhttps://www.city.numata.gunma.jp/kyouiku/bunkazai/1012083/1016274.html

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