長年の念願が叶った女淵城(女渕城)探訪を終えて、北関東道のICへ向かう途中、女淵城より南東に約3㎞程の天幕城がヒットし、余湖図コレクションさんの俯瞰縄張図をも確認し、あかほり小菊の里の駐車場があり宇都宮への帰路寄ってみました。
住所:群馬県伊勢崎市磯田町301
駐車場:赤堀磯沼公園駐車場、小菊の里駐車場。トイレ有。
参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
当日は月曜日、前日の雨上がりで空気もスッキリ、あかほり小菊の里は幟も立って祭りの最中、多くの観光客が見えて居りました、グーグルマップを見ると周辺には古墳が多く散見されます。
駐車場から西へ約100mで南に折れて約30m程で川を渡り天幕城域へ橋の手前に天幕城の標柱、橋をは立って天幕城跡の案内板が有る。南折れての30m程は厩舎が在り牛か?豚か?刺激臭が漂っています。
比高は約20m程?の丘城です、本丸の北に曲輪、その間に堀切、本丸は北と西に土塁が鍵状に繋がり高さ4~5m程、二の丸は本丸東の北から南に構えてる、当日は背の低いひまわり畑で未だ咲いていました、本丸南側と南の三の丸は耕地されて土はふかふかで入り込めず、北土塁北側下の堀切を西へ進むと土塁折れの辺りに土塁への坂道が在り、北、西の土塁に上がりました、結構広い土塁で建物が建てられるくらいです。西側下は腰曲輪、その下は蕨沢川が南北に流れている、北にも蕨沢川に注ぐ川が流れている、東は旧蕨沢川の低地で城外と距てられている。城域は南北約400m、東西約120mの自然地形利用。
歴史は、天幕城は那波氏、桐生氏の城となり、ある時は由良氏の攻略されるなど、戦国時代の動乱期を経た後、天正18年、北条氏滅亡と共に廃城と成った。
(天幕城の城域概要と歴史は、天幕城案内板による)
この後下城し北の赤城山を見上げると分厚い笠雲を被っている、あかほり小菊の里の小菊園を観光の方々と散策鑑賞しました。
本日は上野の国、箕輪城、初登城の宿阿内城(阿内城)、今村城、那波城、城びと未登録初登城の女淵城(女渕城)、天幕城を廻りました。城廻には良い季節でした。
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