朝倉氏の一乗谷へ続く広い谷を向かいの成願寺城と共に守っています。朝倉氏が滅んだ後、豊臣政権下の長谷川氏が整備したとのこと。削平、堀切、土塁の規模は大きいです。天守台の石垣があるというので、主郭切岸か思ったらと、林道まで下ったところなんですね(写真4)。これも切岸と言えば切岸ですが、だいぶん下。早春でもあり、草を透して見ることができました。
城びと先人は、主郭北西の連続郭群は、未訪問であったり、薮化してあきらめておられます。現場の地図を見ると、北西の郭群に、月見櫓跡とあり、そそります。また、いったん麓まで下りて、大手道からアクセスすると到達できそうな感じです。三社神社まで移動して、登ってみました。幅広の整備された道があり、尾根に上ってT字の左に行くと連続郭群へ、右に行くと主郭群に至れました。連続郭群はあまり手が入ってないですが、疎林であり、散策できました。段々の連続郭や急斜面の切岸を認識することができました。T字の右に行くと写真8のところで、林道に合流します。天守台の石垣の近くでした。
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