車を搦手門側に駐車。いきなり急な階段が続きましたので始めはどうなることやらと思いましたが、さほどずっと続く訳ではないので、ひと頑張りで本丸までたどりつくことができます。
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2026/01/06 17:23
ちょっとした山登りになります (2023/02/21 訪問)
車を搦手門側に駐車。いきなり急な階段が続きましたので始めはどうなることやらと思いましたが、さほどずっと続く訳ではないので、ひと頑張りで本丸までたどりつくことができます。
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2026/01/06 17:17
二の丸御殿は必見です (2023/02/21 訪問)
二の丸御殿は必見です。とても見応えがありました。この二の丸御殿を堪能してから天守閣に登ると良いと思います。
全体的に良く整備されていて、とても気持ちの良い城址です。
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2026/01/06 17:07
発掘調査現場見学ゾーンがすばらしい (2023/02/22 訪問)
発掘調査現場見学ゾーンでは天正期の石垣と慶長期の石垣が見れま す。規模や積み方が違うので比較すると面白いと思います。
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2026/01/06 17:02
ここからの見晴らしが素晴らしい (2023/02/22 訪問)
現在東照宮の社殿がある場所が本丸だったそうですが、今は石垣と勘助井戸を除いて城であった面影はあまり見当たりません。 でもここからの見晴らしは見応えがあり、社殿はとても荘厳で素晴らしいものです。一見の価値あり。
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2026/01/06 16:37
ガイドさんの説明がおススメです (2023/05/17 訪問)
無料のガイドさんがいて詳しく説明していただけます。オススメです。
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2026/01/06 16:32
ガイドさんがいい (2023/05/17 訪問)
無料のガイドさんがいて昔の様子等含めて親切に説明していただけます。おすすめです。
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2026/01/06 16:27
2026/01/06 11:01
竪堀と土塁が大規模で見応えあり (2023/05/17 訪問)
時間がない方は平沢登山口観光案内所より尾根通り分岐を経て沢通りのルートを進み、本丸址分岐から尾根通りに入り岩櫃城本丸址を経由して平沢登山口に戻るルートをおすすめします。ぐるっとゆっくりとまわっても1時間以内で戻れます
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2026/01/06 10:56
高崎市役所でのパンフレットがいい (2023/05/18 訪問)
高崎市役所に車を停めて案内所でパンフレットをもらいました。昔の地図と今の地図が重ねてある地図の載ったパンフレットをいただきたいへん助かりました。遺跡があまり残っていないのでこのパンフレットは必須アイテムです。
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2026/01/06 10:52
パンフレット入手は必須です (2023/05/18 訪問)
きれいに整備されていますが広いので事前に高崎市役所箕郷支所でパンフレットを入手しておくことを勧めます。
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2026/01/06 10:42
県庁がお勧め (2023/05/18 訪問)
車は群馬県庁に停めても前橋市役所に停めても2時間無料ですので、市内をゆっくり歩いて巡る事をお勧めします。
県庁ではお散歩マップを入手できますし、32階には展望台があり城跡や市街を一望できるので訪問をオススメします。
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2026/01/06 08:24
健康あっての城めぐり
> 朝田 辰兵衛さん
つい先日のお城EXPOでお目にかかっているだけに、その数日後にまさかそんなことになっていようとは…と大変驚かされましたが、健康あっての城めぐりですので、まずはお大事になさってください。
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2026/01/06 07:09
ミニ四国八十八ヶ所 (2025/12/14 訪問)
そろそろ香川県コンプも目指さないと、と思い未訪の藤目城を目指しました。
麓には粟井神社があり、ここに車を置きます。
登城口の案内板がありここから登っていきました。
しばらく登ると削平地があり、この辺りが二の丸のようです。
ここに説明板があり、背後に石垣もありますがこれは後世のものかと。
その先に堀切がありました。
ここから再度急坂となり、登ると藤目稲荷大明神。
その奥に主郭への登城口があります。
主郭は広く、ミニ四国八十八ヶ所のお地蔵さんが周囲を囲んでいます。
主郭の奥、北東側には段となった曲輪もありました。
ここも長宗我部元親の讃岐攻めで激戦の地となった城です。
麓の粟井神社ですが、地元では紫陽花の名所のひとつとして知られています。
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2026/01/06 05:45
2025年末・鹿児島県の攻城⑨ (2025/12/28 訪問)
下伊倉城からの転戦です。本当なら根占原台場の次に攻城しておけば移動の無駄がなくてよかったのですが、零汰さんの投稿を拝見して全く時間が足りないだろうと思い、今回の鹿児島県の攻城のトリにとっておきました。登城口は田代中下バス停のすぐ近くです。鳥居をくぐってのぼるとすぐに忠魂碑が現れます。零汰さんの投稿内容、決して大げさではなく、まっすぐ尾根を進んでいるつもりがこぶのようにくっついている尾根にそれてしまったりして迷う事必定です。地理院地図で確かめながら進みましたが、携帯圏外になってしまいました。そして大量の倒竹によってなかなか先へと進むことができません。最後に控えている急峻な堀切の上り下りの連続も含めてかなり難易度は高いかと思います。
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2026/01/05 23:08
スタンプを押しに行く予定が (2026/01/03 訪問)
雪の為、大渋滞でした、岩国城の下までなんとか着いたのですが、次の日から仕事で帰れなくなりそうだったので、スタンプは押せず、下から岩国城だけ撮して帰りました。
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2026/01/05 23:00
2026/01/05 23:00
2026/01/05 22:53
スタンプを押しに (2026/01/02 訪問)
最近買ったスタンプ帳にスタンプを押しに行きました。今さらですが御城印も買いました。上手く写ってないですが朝の萩城跡は晴れてました、昼からは大雪でした。
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2026/01/05 22:49
西久保城 東京都港区 (2026/01/01 訪問)
西久保城は江戸時代に土岐山城守の藩邸があった「城山」と呼ばれた地を指しているようです。熊谷次郎直実が築いた城があったという伝承が有るようですが、これも不確定な様子。
東京タワー北側、虎の門周辺がその跡地になるようです。じつは「ニッポン城めぐり」の城ですが、私は今は「めぐりびと」なので。
今は限られた時間でしか城攻め出来ないので、ここぞとばかりに周りました。何人かに親の対応を頼んで三日ほど出てきましたが、いずれも不発に終わり、最終三日目に強制的に引き戻されました。ついでに帰省ラッシュに巻き込まれ、ショックで耳鳴りが止まりません。
ついでに頭も少しパーになりました・・でも ソロモンよ、私は必ず帰ってくる(こりんやつじゃ)。
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2026/01/05 18:56
初詣は黒田家ゆかりの三社参り (2026/01/04 訪問)
初詣を兼ねて、福岡城周辺にある黒田家ゆかりの三社をお参りしてきました。
① 【光雲神社】(てるもじんじゃ)
福岡城北側の荒津山(西公園)にある神社で、六代藩主「黒田継高」により創建されました。社殿には黒田如水・黒田長政の父子が祀られているそうです。賽銭箱には黒田家の家紋「藤巴」が刻まれていました。また境内には、長政の兜のモニュメントや、槍の名手で黒田節の主人公にもなった「母里太兵衛友信」の銅像もありました。参詣して思ったのですが、ここは神社ではありますが、築城当時はもしかして、福岡城が海から攻撃された場合の出城か、または陸から攻撃された場合の詰城のような存在だったのではないか🤔? (萩城の指月山のような存在)と今更ながら気づいてしまいました😯!
② 【警固神社】(けごじんじゃ)
黒田長政が福岡城を築城するにあたり、鴻臚館(唐の来客を接待していた施設)を取り壊す事になり、その際に鴻臚館にあった神社を、この地(現在の西鉄福岡天神駅横)に移したとされています。また長政は正室「栄姫」(家康養女で本多忠勝の娘)の安産祈願をこの警固神社で行ったとされており、その御利益か二代藩主となる「忠之」が無事生まれたそうです。
③ 【水鏡天満宮】(すいきょうてんまんぐう)
平安時代に京の都を追われ大宰府へ赴く「菅原道真」が博多湾に上陸した時、現在の福岡市中央区薬院という場所で、川の水に映った自分の姿があまりにもやつれていたので嘆き悲しみ、後にその地に水鏡天満宮が建てられたそうです。その神社は、福岡藩初代藩主の「黒田長政」によって、福岡城の鬼門の方向(現在の福岡市中央区天神)に移されたそうです。菅原道真は領民から天神様の愛称で親しまれていたため、今でもこの地一帯は天神様が鎮座する街「天神」と呼ばれてその名が残り、現在は福岡市の中心部で九州最大の繁華街となっています。
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