【幸山城】
<駐車場他>清音ふるさとふれあい広場 数十台分あり
<交通手段>車
<見所>堀切・巨石・眺望
<感想>現地説明板によると幸山城の築城は鎌倉期の後半頃に庄資房に築城されたといわれる。その後応永年間に細川氏の被官で吉備津神社の社務代である石川氏の居城となった。1575年に石川久武の時に毛利氏と松山城主の三村元親との合戦では義兄の三村元親の救援に向かうが利あらずして帰陣して自刃します。その後は毛利氏の領国支配となり廃城します。
山頂の福山(福山城跡)の中腹に築かれた山城で上記駐車場からの登山道から登っていくと暫くして左手に石垣跡が現れます。また暫く登ると右手に竪堀跡が現れ、左手に石垣と曲輪跡があります。曲輪跡を奥へ進むと巨大な大堀切の上に出ます。主要部の下方部に当たる位置になるようで、堀切の先が袋小路になっています。ここに誘い込むゾーンになっていていい見応えです。登山等に戻り尾根上の堀切から左手に進むと巨石で塞がれた虎口、入ると東曲輪に着きます。主要部は大きく2局構造となっていて、主郭と東曲輪に分かれていて、間に広い堀切があります。主郭と東曲輪はほぼ同じ大きさで、東曲輪には櫓台のような土塁があります。主郭には巨石が多くあります。眺望が抜群でハイキングを楽しむ人達が多くいました。
<満足度>◆◆◇
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