簗瀬城址の西4~500メートルに位置する。周囲に簗瀬二子塚古墳、八幡平の首塚がある。説明板に拠れば、永禄4年(1561)に武田信玄が一帯に築き、安中城と松井田城を分断したとある。首塚は円墳だったようにとれ、ここから150体の頭骨が出土したとも記されている。下顎のない頭骨に加え、四肢骨が発見されておらず、他からここへ仮葬したらしい。信玄時代のものだったのだろうか。首塚の西側一帯が主郭のようだが入る場所が分からず。南の道路の民家の間に中腹の墓地へ上がる道があり、登れば墓地、さらに上に平坦地が広がる。広い荒れた農地を思わせる。遺構は分からないが、台地上は民家などが建ち、奥までと思うが立入を遠慮する。先人さんの資料では東端の二子塚古墳まで取り込んだ範囲だったようだ。
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