みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

🏯城好きのメガネ

「葛西清重館」 (2020/03/28 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
葛西清重が築城したとされる館跡である。葛西清重は1180年、石橋山の戦いで敗れた源頼朝を隅田川で迎え、御家人として活躍する。源範頼の軍に従い平家滅亡に貢献する。奥州征伐の功により奥州総奉行となる。畠山重忠の乱では幕府軍として参戦する。幕府の重臣として頼朝の死後も北条氏から信任された。現在、遺構は消滅している。

<アクセス>
京成電鉄押上線 四ツ木駅 徒歩15分

+ 続きを読む

hata

日本100名城 No,013 震災直後で近づけなかった。 (2012/02/25 訪問)

■100城の49城目(初登城)
☆二泊二日福島復興支援城攻めの2城目(二本松城→白河小峰城→会津若松城)
【移動手段】車:二本松から郡山市経由70km
【駐車場】二本松駅前駐車場(無料)集古苑前駐車場(無料) 
【スタンプ】白河駅観光案内所(南口)○
【天気】雪
【印象】☆ 石垣が震災の影響で崩れています。
【お土産】なし
【食事】宿で軽食
【同行者】姫、息子、犬(柴) 
【他】案内所の説明では、石垣の修復に5~7年程度かかるそうですが、近づけるところまでは行きました。
雪の降る中、三重櫓が静かに建っています。 その後は羽鳥湖の宿へ。
【柴犬のクウ】雪だワン!

+ 続きを読む

hata

日本100名城 No,012 若松城天守閣郷土博物館ですね。 (2012/02/26 訪問)

■100城の50城目(4回目の登城)鶴ヶ城
☆二泊二日福島復興支援城攻めの3城目(二本松城→白河小峰城→会津若松城)
【移動手段】車:羽鳥湖の宿から50km
【駐車場】西出丸駐車場(2時間300円) 
【スタンプ】天守内売店○天守に入るのは500円
【天気】雲り時々雪
【印象】☆☆ 復元でも天守があるのは良いですね。
【お土産】なし
【食事】市内の大笑家で肉支那そば850円○
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】初登城は小学校の修学旅行で、まだ天守閣は復元されていませんでした。
 宿◎→大笑家(朝ラー)→鶴ヶ城→那須ガーデンアウトレット(ワンコと一緒だと寒くて…△)→帰路へ。今回は雪とともに800kmでした。
 今回は姫の誕生日祝いの福島城めぐり・福島観光支援での登城でした。
 皆さんも是非、福島に!!
【柴犬のクウ】雪が溶けて足元が悪いワン!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

山口駿河守幻夢斎

一刻も早い鎮火を願います。

一刻も早い鎮火を祈っています。

前回、訪れた時は、途中の岩場で力尽いてしまい、引き返してしまいました。

いつの日にかまた。。。

+ 続きを読む

hata

日本100名城 No,011 福島復興支援城攻めの1城目 (2012/02/25 訪問)

■100城の48城目(初登城)霞ヶ城
☆二泊二日福島復興支援城攻めの1城目(二本松城→白河小峰城→会津若松城)
【移動手段】車:自宅からいわき市の宿経由300km
【駐車場】二本松駅前駐車場(無料) 
【スタンプ】駅観光案内所(北口)○
【天気】雪
【印象】☆ 平山城ですが、雪で近づけず登城断念!
【お土産】なし
【食事】郡山駅前でランチすし1000円
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】2ヶ月ぶりの城攻めは福島観光支援です。 夜19時30分、東京発でいわきの宿に22時チェックインし、翌日10時二本松駅観光案内所に到着。 いわきで降り出した雨が中通りではすっかり大雪になり、磐越道は降雪で通行止めとなってしまい、三春から山道をスリップしながら一般道で二本松を目指す! 駅でスタンプ後、スタッドレスの車で行けるところまで行きましたが、雪道は不慣れで危険と判断し、途中断念。 見所が多いところなので再登城リベンジします。
【柴犬のクウ】雪だワン!

+ 続きを読む

hata

日本100名城 No,010 再建された二の丸東大手門は良いですね。 (2011/08/11 訪問)

■100城の30城目(初登城)【霞城】
●大東北遠征4泊5日城攻めの1城目(山形城→仙台城→多賀城→盛岡城→弘前城→根城→久保田城)
【移動手段】車:自宅の自宅から400km
【駐車場】最上義光歴史館地下駐車場(有料)
【スタンプ】○東大手門櫓内
【天気】曇り
【印象】☆☆ お金をかけて復元中のようで調和が取れていますね。でも東大手門だけで11億円とは!
【お土産】なし
【昼食】途中、福島のドッグカフェ
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】山形市郷土館など旧い建物が数多く残っているようです。ゆっくり歩いてみたい良い雰囲気の素敵な町です。
【柴犬のクウ】猫が多かったワン!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

hata

日本100名城 No,009 佐竹氏もあちらこちらに移封されているようですね。 (2011/08/15 訪問)

■100城の36城目(初登城)【矢留城】
●大東北遠征4泊5日城攻め最後の7城目(山形城→仙台城→多賀城→盛岡城→弘前城→根城→久保田城)
【移動手段】車:宿泊地青森市から約180km、2.5時間
【駐車場】秋田市立佐竹資料館(30分100円) 資料館は100円です。
【スタンプ】●佐竹資料館
【天気】晴れ時々曇り
【印象】☆ 櫓ぐらいは木造で再建してほしかった。
【お土産】前泊地青森アウガB1の内山商店で筋子とたらこ。道の駅浪岡(アップルヒル)でわさおグッズなど一杯買いました。秋田では横手ヤキソバなど。
【昼食】犬が入れるお店(ドッグカフェなど)は、東北ではほとんどないです。
【夕食】仙台のジョイフルで。
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】大東北遠征最終日はは青森・秋田・仙台経由で終了。今回の大東北遠征は2100km走破し、仙台19時出発で自宅へは渋滞の中、25時過ぎました。福島県の3城と北海道3城は次回に持ち越し。
【柴犬のクウ】東北も暑いワン!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

hata

日本100名城 No,008 伊達政宗公の銅像が仙台市を睥睨しています。 (2011/08/12 訪問)

■100城の31城目(初登城)【青葉城】
●大東北遠征4泊5日城攻めの2城目(山形城→仙台城→多賀城→盛岡城→弘前城→根城→久保田城)
【移動手段】車:宿泊地の遠刈田温泉から65km1.5時間
【駐車場】被災直後のため通行止めが多く、少し離れた青葉山駐車場(有料)
【スタンプ】仙台城見聞館
【天気】晴れ時々曇り
【印象】☆☆ 大手門隅櫓など震災の傷跡が痛々しいです。
【お土産】なし
【昼食】なし
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】伊達政宗公のお城です。
【柴犬のクウ】たくさんたくさん歩きましたワン!

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

2巡目の続日本100名城のスタンプラリー34城目 (2021/02/11 訪問)

最初のスタンプラリーと同じガソリンスタンドにてスタンプ捺印。濠に囲まれた勝瑞城から館跡へと進みました。土日祝日休館の勝瑞発掘現場事務所の中が気になって仕方ありません。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

昌官忠

利根川沿日帰り攻城⑭:押花城➡城びと未登録(千葉県成田市) (2019/05/27 訪問)

寺台城から転戦。車で10分くらいでした。
押畑区山車蔵前のスペース(35.805496、140.312999)に駐車して攻城しました。

押畑城は大須賀氏の一族、幡谷越中守の居城です。幡谷氏は幡谷城を本拠としていましたが、勢力を拡大してこの城に移りました。
その後、幡谷氏は大須賀氏から独立し、千葉氏、さらには北条氏に従い、北条氏直の上州沼田城攻めにも参陣するなど、北条氏の直臣として活躍しますが、豊臣秀吉による「小田原征伐」で北条氏とともに滅亡しました。
押畑城は成田市内で最大規模の城とされますが、城址は農地になっており遺構はありません。標柱から少し南側にある道路が空堀跡だったようです。

「子の神城」との呼び名の方が知れてるような気がします。広大な台地が丸々城址ですが、完全に畑と化しています。
攻城時間は時間の都合で10分くらいで撤退しました。

+ 続きを読む

昌官忠

利根川沿日帰り攻城⑬:寺台城 (2019/05/27 訪問)

桜井城から転戦。車で45分くらいでした。
JA成田の駐車場(35.788622、140.328103)に駐車して攻城しました。
城址入口(35.787242、140.328608)はJA成田の駐車場の南方向・東参道にあります。

寺台城は千葉氏の一族、馬場氏代々の居城です。
1590年(天正18年)の豊臣秀吉による「小田原征伐」では、城主は海保英氏でしたが、英氏は小田原城に詰めていたため、馬場伊勢守勝政が城代を務めていました。
勝政は徳川家康の軍勢と戦い討死しました(土屋合戦)。
その後、家康に仕えた英氏の子で、豪傑と呼ばれた海保三吉が城址に屋敷を構えたようですが、喧嘩がもとで切腹を命じられています。
現在城址は荒れており遺構はほとんど確認することができませんが、山頂に城址碑が建てられています。
また麓にある永興寺(ようこうじ と読みます)は勝政が葬られたと伝わる寺ですが、自分は行っていません。

物見台はJA成田の駐車場横の小高い丘ですが、直登せず城址入口に廻るのが無難です。
周辺には郭のような場所もありましたが、藪だらけで中に入るのは断念しました。
攻城時間は15分くらいでした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

根来衆の拠点の一つ (2021/02/20 訪問)

外面は、江戸時代の庄屋であるが、一回りしてみると土塀が崩れたところから、すぐ内側に土塁と堀が見えた。近くの積善寺城や千石堀城と並んで、秀吉軍に対抗する根来衆が立て籠った。
東側は、門前に小さなひろばと松並木の跡があり、とても立派な造りだ。

+ 続きを読む

SAI007

大阪城へ行きました。 (2021/02/27 訪問)

入場券はウェブ購入。
コロナ対策もよくされていました。
展望への階段が少しきつかったです。

+ 続きを読む

ぴーかる

高山右近生誕地 (2021/02/11 訪問)

【高山城】
<駐車場他>右近の郷コミュニティーセンター
<交通手段>車

<感想>日帰り府またぎと蜜にならない城攻め1城目。2/6に行った芥川山城、高槻城に引き続いて高山友照・右近父子ゆかりの訪城となった。高山城は高山の庄の西方にあり、添付写真の道脇から伸びるスロープを登って進んで行くと5分程で山頂にたどり着く。山頂の主郭だったかと思われる場所は椎茸栽培地となっています。主郭曲輪以外はこれといった遺構は見られず、少し下った隣の山との間が削平地っぽくも見えなくなくて、そこから奥へ伸び落ちる堀跡のようなものも見付けたが定かではない。この辺り一帯が国人領主高山氏の居館だったのかもしれないなと思った。この次に行った城びと未登録高山向山城の方が城跡遺構があったので、この次に別途投稿するそちらもご覧下さい。
 高山城→右近生誕地碑→高山向山城→高山マリアの墓を見に行って終了した。棚田も見所です。

<満足度>◆◇◇

<満足度>

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

川田館 (2021/01/06 訪問)

新府→甲府と巡り、最後に石和のじいじのところに寄って帰りました。

+ 続きを読む

釜次郎

富山IC近くにあります。 (2021/02/28 訪問)

蜷川館跡は現在の最勝寺境内一帯に位置しています。境内の周囲には土塁が見受けられました。

+ 続きを読む

赤い城

躑躅ヶ崎館の詰城 (2021/02/23 訪問)

躑躅ヶ崎館の背後、山道を登っていきます。
登城口に駐車場もあります。
登っていくと竪堀や8つの門跡が続いており、それでは枡形状になっています。
守りも固い。
主郭部は周囲を土塁が囲んでいます。
東側の土塁高さもありました。
信玄公誕生之地の石碑も立っています。
搦手側に進むといきなり堀切、石積みのある特徴的なものでした。
尾根筋の堀切をいくつか見ながら出城とされている熊城に向かいました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

hata

日本100名城 No,007 穏やかな風が流れています。 (2011/08/12 訪問)

■100城の32城目(初登城)
●大東北遠征4泊5日城攻めの3城目(山形城→仙台城→多賀城→盛岡城→弘前城→根城→久保田城)
【移動手段】車:仙台城から渋滞で20km、1.5時間
【駐車場】国府多賀城駅前(無料)
【スタンプ】国府多賀城駅観光案内所
【天気】晴れ時々曇り
【印象】☆☆ 大規模な遺構の中にゆったりと時間が流れています。
【お土産】なし
【昼食】「利休」で牛タン定食弁当
【同行者】姫、息子、犬(柴)
【他】震災直後に登城。駐車場はガレキの仮置き場になっています。道幅も狭く、駐車場が見つからないので早々に移動しました。埋蔵文化センターは書き込みを見て遠慮しました。心残りです。早期の復興を願っています。
【柴犬のクウ】もっと歩きたいワン!

+ 続きを読む

pascal

北畠氏再興の夢ならず 五箇篠山城➡城びと未登録(三重県多気郡多気町) (2020/02/19 訪問)

織田信長、信雄親子によって滅ぼされた北畠氏の最後の生き残り、北畠具親が再興を掛けて最後の戦いをした五箇篠山城です。

【アクセス(車)】
伊勢自動車道を勢和多気ICで降り、R368で西へ3㎞走ると多気町朝柄の盆地に出ます。
五箇篠山城は櫛田川沿いに拓けた盆地の独立丘に築かれた山城で、山の形状から城山なのがすぐに判ります。
(多気郡多気町朝柄2966 N34.46 E136.46)
多気町立勢和図書館の駐車場が登城口になっていて、便利です。

【城の歴史】
 鎌倉初期に上野国から移った野呂氏による築城です。
伊勢は平氏の強い地盤で、鎌倉幕府は坂東武者を地頭として多く派遣していますから、野呂氏もその一人だったのでしょう。

 室町時代、国司の北畠氏がこの地方を治め、野呂氏もその傘下に居ましたが、戦国末期に織田信長の侵攻を受けると、野呂氏は伊勢二見に布陣して、寝返った志摩勢(おそらく九鬼善隆)と戦い、討死に滅亡してしまいます。
 その後、北畠具教は信長の二男:信雄を養子に受け入れる事で和睦しましたが、早期の北畠氏の乗っ取りを画策する織田親子は、具教とその一族、重臣達に刺客を送って謀殺し、根絶やしにしてしまいます。
 しかし、奈良興福寺で僧籍にあった具教の末弟の具親は、その報に接するやすぐに還俗して伊勢に戻り、密かに旧臣と連絡を取って再興の機会を窺っていました。

 信長が本能寺に斃れて畿内が混沌とすると、“好機到来”を察した具親は旧臣200余名を集めて五箇篠山城に入り、北畠再興の兵を挙げます。
近隣の城塞を襲撃し勢力を拡げていた具親でしたが、信雄が討伐の大軍を向けると城に籠って籠城戦となります。
 戦いは2日間続きましたが、衆寡敵せず、具親の兵は大半が討死にしてしまい、具親は夜陰に紛れて城を脱出するのですが、夫人が具親の甲冑を着て敵兵の眼を集めている隙の脱出だったそうです。
城を落ちた具親は伊賀に潜伏したと言います。

 信雄が羽柴秀吉によって南伊勢を取り上げられると、近江から蒲生氏郷が移封して来ます。
新領地の人心掌握を重視した氏郷は、北畠具親を客将として呼び寄せたので、北畠氏の再興も成るかに見えましたが、僅か2年後に具親は病没してしまいます。
具親には嗣子が無かったので、これで北畠嫡流の血は完全に絶え、再興の夢は永遠に失われてしまいました。

【見どころ】
山上に連郭を配した典型的中世山城ですが、近年まで杉林の中にあって、遺構の保存状態は良好です。
過半はまだ藪の中ですが、土塁に囲まれた主郭の部分は樹木が伐採されて公園整備され、遺構が見やすくなっています。

【感想】
駐車場や登城路は完璧に整備されてハードルが低い割に遺構が判り易く、山上からの眺望にも優れていて、『城に行ったぞ!』感を得られる城址です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

宗春

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその14 千葉県多古町「分城」 (2021/02/28 訪問)

千葉の城を攻めて御城印を頂こうシリーズその14

お城EXPOで出展していた多古町の城跡を攻めてみました。
道の駅多古あじさい館に車を停め、徒歩で巡りました。道の駅には電動アシストつき自転車のレンタルがあるのですが、愛犬と一緒だったので歩く事にしました。

並木城、中城と歩いてきてすでに1万歩を超えていて、分城入口の石段がキツかったです。城跡は妙見神社になっていて、土塁・空堀が確認できましたが、ここも私有地のため全て残っている訳では無さそうです。

御城印は道の駅多古あじさい館で入手できます。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ページ6