日本100名城

なごやじょう

名護屋城

佐賀県唐津市

別名 : 名護屋御旅館
旧国名 : 肥前

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名護屋城
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トク

【とことん名護屋城-②】徳川家康と前田利家 (2025/11/23 訪問)

ここからは先生方の講演の中から、興味のある内容をピックアップし、その場所を訪れて行きます。まずは「平山優」先生の講演の中に出た、徳川家康と前田利家の対立からです。

天守の北東部、山里丸から600m程の離れた場所に、「徳川家康陣跡」があります。最初その隣には、前田利家が陣を張る予定だったそうです。しかしいざ造ろうとすると水がない! それで井戸の取り合いになったとか? 名護屋の地は良好の港に恵まれていますが、最大の欠点は水が無い事です。確かにこれだけ海に近ければ掘っても海水が多く、真水が出る場所は貴重ですよね。

よってその時は伊達政宗が仲介し、利家の方が名護屋城の南東部(現在の道の駅桃山天下市の場所)に移りました。この頃から徳川家康と前田利家は対立するようになったのかもしれません。

まずその移った「前田利家陣跡」へ行きました。ここでは発掘調査が最近行われ、そこでわかった事ですが、ここは13ヘクタールの規模で豊臣秀保に次ぐ2番目の大きさの陣だったそうです。そして8千人の兵を収容していたとか。入口には石垣をともなった桝形門と大きな水堀に囲まれ(現在の道路)、その外と内は土橋でつながれ、さらに玉砂利や庭園もあった事も分かったそうです。これはもう陣というより立派な城ですね。大変多くの方が説明会に参加されていました。

次は「徳川家康陣跡」に行き、そこに立ってみました。今では防風の木々でふさがれていますが、当時はここから海がよく見えたと思います。そして後ろを振り返ると「ハッ!」としました。ここからは名護屋城の天守が、見上げるように実によく見える場所である事がわかりました。逆に言えば、秀吉からも家康の行動を逐一監視でき、睨みをきかせる事ができる場所だったという事です。きっと家康はその屈辱から、「いつかは豊臣秀吉と前田利家を倒し、絶対に自分が天下を取ってやる!」と、毎日ここから天守を見上げ、密かに野望を抱いていたのかもしれませんね! 徳川家康の陣から見上げた様子を、唐津城の天守を合成して作ってみました。こんな感じに家康の目には、写っていたのではないでしょうか?(合成写真⑤)。

次は(秀吉と茶々)の話に続きます。
 

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トク

【とことん名護屋城-①】出張お城EXPO(名護屋城大茶会) (2025/11/23 訪問)

九州初開催の「出張お城EXPO名護屋城大茶会」へ行ってきました。九州にもお城好きがこんなにいたとは本当にびっくりです。いつ来ても誰もいなかった天守台や本丸に、今日は大変多くの方々が訪れていました。普段は秀吉も嫌がったという程の強風が吹く名護屋城ですが、この日は風もなく穏やかに晴れ渡り、絶好の天気にも恵まれました。

本丸では、高橋英樹さん・久保井朝美さん・平山優先生による楽しいトークショーや、博物館では小和田哲男先生・平山優先生・宮武正登先生による講演にも全て参加させていただき、新たな発見による名護屋城の魅力を教えていただきました。ありがとうございます。(その内容は後ほど)

私が思うに、横浜などのEXPOと名護屋城出張EXPOとの大きな違いは、入場料はなく無料、博物館も無料、冊子やパンフレットも無料、唐津からの長距離臨時バスも無料、臨時駐車場と会場を結ぶシャトルバスも無料、トークショーの一部を除き全て無料です!(😱~)。大赤字になるのではないかと心配する程ですが、どうやら佐賀県が全面的にバックアップし、大勢の町民や佐賀県民の参加(県知事も参加)による地元ボランティアの方々の協力で、このEXPOは成り立っているように思いました。このように地元と一体になって無料で楽しめるお城イベントは他にないのではと思い、大変すばらしい運営だと感じました。

この後、各先生方の講演を聞いた後は、その中から気になった場所を、とことん探検していきたいと思います。(タイトルがイオさんのパクリですいません)。

次は、平山優先生の講演の中から、気になった場所を訪れます。
 

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コウマくん

広大な陣跡 (2025/11/29 訪問)

唐津からレンタカーから呼子大橋など気持ちの良い海沿いをドライブして約40分で到着。登城と言うより広大な廃虚を散策といった感じです。
建造物は何もないけど、天守台跡、多聞櫓跡などは、礎石や玉砂利などが残っているので、当時の様子に思い馳せられます。
天守台からの360°景観は絶景です。
崩れた石垣が絶妙な味を醸し出してます。
1時間しか無かったので周りきれませんでした。
でも呼子のイカは、堪能しました。

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アネ

もはや町 (2025/11/26 訪問)

城というより城塞都市です。
あまりの広さに圧倒されました。
最初、県立博物館の大きさに驚きましたが、帰る時には城全体の広さにくらべたら、本当に可愛いものに思えました。
館内にある草庵茶室と黄金の茶室(どちらも復元)で、お茶を味わえるイベントもあります。そういう時に来たかった……
こんなにすごいところなのに入館料無料って、佐賀県、太っ腹すぎます。
なお、周辺に出没するサルやイノシシにも注意しましょう。

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概要

豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点として、九州大名に命じて約半年で完成させた約17万㎡もの巨大な陣城。高石垣で築かれた曲輪が現存し、諸大名の陣屋跡の石垣も多く残っている。発掘調査によって検出された山里口の石段と櫓門跡、さらに天守台の穴蔵が復元されている。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 天正19年(1591)
築城者 豊臣秀吉
主要城主 豊臣氏
文化財史跡区分 国特別史跡(名護屋城跡並陣跡)
天守の現況・形態 望楼型[5重7階/1592年築/解体(廃城)]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(空堀)、井戸跡
住所 佐賀県唐津市鎮西町名護屋3673
問い合わせ先 唐津市観光案内所
問い合わせ先電話番号 0955-82-5774