日本100名城

みとじょう

水戸城

茨城県水戸市

別名 : 馬場城、水府城
旧国名 : 常陸

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水戸城
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新ろくべえ

水戸城に行ってきました (2019/02/04 訪問)

水戸城に行ってきました
ここは1214年頃に馬場氏が築城しました(当時は館でした)
そのご常陸の勇猛武将佐竹義宣が大改修し、
そしてさらに徳川家11男の徳川頼房が入城して
徳川家にふさわしい城に改築しました
別名は馬場城とも言われています
築城年代は先ほど書いたとおり1214年頃(建保2年)
築城者は馬場資幹(ばばすけもと)、
他には佐竹義宣、徳川頼房と書かれている
主要城主は馬場氏 江戸氏 佐竹氏 武田氏 德川氏 
主な遺構は土塁、空堀、復元大手門、藩校弘道館
台地の一番高い所に本丸を置き連郭式
(本丸から横に二の丸、三の丸とならぶ築城法)で築城されている。
石垣は無いが堀と土塁で守りを固めている
御三家なのですが天守を置かず三重五階の天守代用御三階櫓が置かれています

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桃太郎

お城川柳 (1990/07/12 訪問)

夏蝶の 白き乱舞や 水戸城址

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ヒロケン

【お城川柳】 (2021/06/02 訪問)

「先人の 熱き想いに 胸迫る」

弘道館の「尊攘」の掛け軸を見て、国のため、思想、同じ想いの仲間のため、この言葉の意味することのために、命を懸けて戦った先人がいる、しばし見入って考えてしまった。自分はこんなんで良いのだろうかと・・・。(「青天を衝け」の影響もありますが・・・。)

水戸城へは、2度目の訪問で、隅櫓、大手門が復元されたとのことで、どうしても見てみたく行ってきました。15:30頃、水戸駅から程近いホテル(本日の宿泊所)に駐車し、攻城(*'ω'*) 水戸城は、徳川御三家の一つ水戸徳川家のお城ですが、水戸徳川家は参勤交代を行わない江戸定府大名であったので、藩主の居城として使用することは少なかったとされています。

遺構としては、薬医門1棟・弘道館(藩校)・土塁・空堀が残り、大手門・二の丸隅櫓が復元されています。

この日、2:30に豊橋を出発し、逆井城、土浦城・他2城を攻略し、水戸市にて宿泊予定でしたが、水戸城攻略中に会社より緊急の連絡が入り、「トラブルがあったので明日出社して」とのこと。折角の有給休暇なのに・・・( ;∀;) ムカついたので、「無理」との返答をし、ホテルに直帰。ホテルで呑もうとして買っていたワンカップを開けようとして、「尊攘」の掛け軸を思い出し、しばし葛藤"(-""-)"一杯飲みながら戦利品の画像を見るのが至福の喜びであるが、「自分ができることをやってみよう」(*'ω'*)との決意で、シャワーを浴びてホテルを無泊にて19:00頃水戸出発。少々疲れていたが、何故か心晴れやかな帰路でした。

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カズサン

【お城川柳】二の丸角櫓撮影ポイント探しを詠んで (2020/10/03 訪問)

 ・ Ⅴポイント 角櫓たつも 何処にある

 水戸城二の丸の復元が進み昨年春には二の丸大手門が公開され、同年9月には角櫓と付櫓の北多聞櫓、東多聞櫓が竣工、同じく大手門から角櫓間の長土塀も竣工し今年6月27日に散策路も出来、角櫓公開と成りました。
 しかし外から角櫓の撮影を試みるのですが撮影ポイントが中々見つからない、見つかっても建物などが邪魔に成り全体を撮影する事が叶いません。
 水戸城の復元整備には前々から関心を持って待ち望んで居ましたので大変ありがたく水戸市茨城県の方々に感謝です、次の復元整備も願って居ます。

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概要

鎌倉時代に馬場氏が築いた館を、佐竹義宣や徳川頼房が改修し、徳川御三家の居城にふさわしい連郭式の城が築かれた。台地上の本丸に二の丸と三の丸を連ねて配し、石垣を用いず土塁と堀で守りを固めていた。三の丸跡の空堀の深さなどが、その防御力の高さを物語る。御三家でありながら三重五階の御三階櫓を天守代用としていた。

城郭情報

城地種類 連郭式平山城
築城年代 建久年間(1190〜1199)
築城者 馬場資幹
主要城主 大掾氏(馬場氏)、江戸氏、佐竹氏、徳川氏
文化財史跡区分 国特別史跡(藩校)、県史跡(水戸城跡(塁及び濠))、県指定文化財(旧水戸城薬医門)
近年の主な復元・整備 佐竹義宣、徳川頼房
天守の現況・形態 三階物見[3重/1609年築/焼失]、独立式層塔型御三階櫓[3重5階/1766年再/焼失(空襲)]
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、門、藩校、土塁、横堀(空堀)
住所 茨城県水戸市三の丸1他
問い合わせ先 水戸市役所
問い合わせ先電話番号 029-224-1111