日本100名城

たがじょう

多賀城

宮城県多賀城市

別名 : 多賀柵
旧国名 : 陸奥

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多賀城
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にのまる

第95次調査中 (2021/07/04 訪問)

 国府多賀城駅から館前遺跡を通り抜けて、5年ぶりに多賀城碑に再会してきました。この碑はほかのところの城碑とはやはり別格。格子にへばりついて見ながら141文字にドキドキ♡してきます。鬱蒼とした木々の中にポツンとあるのもいい雰囲気です。
 南門が復元工事中でした(創建1300年を迎える2024年に完成予定)。正面の門だけあってかなりデカイ!翌月に予定されていた内部公開日を迷わずメモしました。(※コロナのせいで中止になりました。)
 政庁跡へ続く南北大路は現在でも突き抜けた感があって爽快ですが、南門が完成するとまた一層素晴らしい眺めになるのだろうなと今から楽しみです。その一方で、多賀城碑のあるうら寂しい(←好き)雰囲気はどうなってしまうのかな?と少し気になります。
 今回の探索はここで終了にはいたしませんで、外郭西門~奈良時代の外郭東門跡まで見て歩きました。めっちゃ広かったです!でも“こんなところにこんなものが!”の連続で楽しくて仕方がなかったです。多賀城の歴史は難しすぎて全部覚えたり理解したりするのは私には到底無理ですが、それでも目にするものひとつひとつに感動。気づけば3時間近く経過し、帰りによる予定だった仙台城どころか駅近くの東北歴史博物館にも多賀城廃寺跡にも行けませんでした。でもそれもまた次に行く楽しみができたということでOKです。
 以前、お城川柳でもちらっと書いたのですが、作貫地区北側の怪しげな(ゴメンナサイ!)小屋は中世の土塁跡と空堀跡を露出展示した覆屋ですのでお見逃しなく。

【お城川柳124】トラロープ?じゃないよこいつは動いてる!

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にのまる

【お城川柳】

城ネコに遺構はこっちと導かれ

ついて行った先の小屋は空堀を展示する覆屋で、その奥に建物跡地がありました。

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hironobu23

多賀城跡 (2021/05/05 訪問)

ICからも近く、跡にもきちんと説明があるので
見学しやすい城跡でした。

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昌官忠

クラブツーリズム「宮城・山形・福島の日本100名城制覇」の旅⑥ (2017/10/01 訪問)

「クラブツーリズム「宮城・山形・福島の日本100名城制覇」の旅」の6城目(ラストです)は多賀城です。仙台城からの転戦です。
100名城スタンプは「JR東北本線の国府多賀城駅」で押しました。

多賀城は大和朝廷が蝦夷を制圧するため、軍事的拠点として多賀城は神亀元年(じんきがんねん)724年に大野東人(おおののあずまひと)によって創建された城柵です。『日本後紀』に登場するようです。
平城宮跡(奈良県)、太宰府跡(福岡県)とともに日本三大史跡に数えられています。陸奥国府のほか、鎮守府が置かれました。
現在は国の特別史跡に指定され、政庁跡や城碑、復元された塀などが残されています。

平城宮跡(奈良県)、太宰府跡(福岡県)に比べるとちょっと地味かなという印象です。でも100名城なんですよね。
攻城時間は75分くらいでした。

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概要

律令国家の奈良時代には行政・軍事の拠点として国府と鎮守府が置かれ、約900m四方に築地が巡らされていた。平安時代には道路によって区画された街並みが城外に形成され、国司の邸宅などが発見された。建物の規模が分かるよう、政庁正殿跡には基壇が復元整備されている。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 神亀元年(724)
築城者 大和朝廷
主要城主 大野東人
文化財史跡区分 国特別史跡(多賀城跡附寺跡)
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 政庁跡、築地跡、門跡、土塁、横堀(空堀)
住所 宮城県多賀城市市川字城前
問い合わせ先 多賀城市埋蔵文化財調査センター(文化センター内)
問い合わせ先電話番号 022-368-0134