日本100名城

たがじょう

多賀城

宮城県多賀城市

別名 : 多賀柵
旧国名 : 陸奥

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多賀城
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ぎりょう

創建1300年に向けて南門の復元工事中 (2021/12/05 訪問)

多賀城市が多賀城創建1,300年にあたる2024年公開に向け、外郭南門などの復元工事を行っていることを知り、数十年ぶりに訪れてみた。
多賀城は奈良時代から平安時代に陸奥国府や鎮守府が置かれ、11世紀半ばまで東北地方の政治、軍事、文化の中心地として栄えた場所。創建は神亀元年(724)に大野東人が築城し、天平宝宇6年(762)に藤原朝狩によって大きく改修されたと云う。(多賀城碑)
多賀城跡のこれまでの私のイメージは、多賀城碑とその覆屋、かつて正殿・東脇殿・西脇殿があった政庁跡の礎石群だけの「静かな場所」であった。しかし現在は外郭南門から政庁までの大路や、石垣が復元整備され、今後さらに高さ14mの二重の南門と築地塀が復元されると云う。古代の景観がわかり易くよみがえることへの期待感も大いにあるのだが、芭蕉がおくのほそ道の行脚で歌枕の地を訪れ、「・・・山崩川流て道あらたまり、石は埋て土にかくれ、木は老て若木にかはれば、時移り、代変じて、其跡たしかならぬ事のみを・・・」と泪を落とした風情は失われてしまうのだろうか。

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モト

令和6年に創建1300年を迎えるんだそうです (2021/08/10 訪問)

その創建1300年に向けて南門の復元工事中。
政庁までの道にも石垣が復元されていました。

この幾つかの復元工事が終わるのが待ち遠しい感じです。
南門が完成したら改めて訪れたいと思います。

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にのまる

第95次調査中 (2021/07/04 訪問)

 国府多賀城駅から館前遺跡を通り抜けて、5年ぶりに多賀城碑に再会してきました。この碑はほかのところの城碑とはやはり別格。格子にへばりついて見ながら141文字にドキドキ♡してきます。鬱蒼とした木々の中にポツンとあるのもいい雰囲気です。
 南門が復元工事中でした(創建1300年を迎える2024年に完成予定)。正面の門だけあってかなりデカイ!翌月に予定されていた内部公開日を迷わずメモしました。(※コロナのせいで中止になりました。)
 政庁跡へ続く南北大路は現在でも突き抜けた感があって爽快ですが、南門が完成するとまた一層素晴らしい眺めになるのだろうなと今から楽しみです。その一方で、多賀城碑のあるうら寂しい(←好き)雰囲気はどうなってしまうのかな?と少し気になります。
 今回の探索はここで終了にはいたしませんで、外郭西門~奈良時代の外郭東門跡まで見て歩きました。めっちゃ広かったです!でも“こんなところにこんなものが!”の連続で楽しくて仕方がなかったです。多賀城の歴史は難しすぎて全部覚えたり理解したりするのは私には到底無理ですが、それでも目にするものひとつひとつに感動。気づけば3時間近く経過し、帰りによる予定だった仙台城どころか駅近くの東北歴史博物館にも多賀城廃寺跡にも行けませんでした。でもそれもまた次に行く楽しみができたということでOKです。
 以前、お城川柳でもちらっと書いたのですが、作貫地区北側の怪しげな(ゴメンナサイ!)小屋は中世の土塁跡と空堀跡を露出展示した覆屋ですのでお見逃しなく。

【お城川柳124】トラロープ?じゃないよこいつは動いてる!

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にのまる

【お城川柳】

城ネコに遺構はこっちと導かれ

ついて行った先の小屋は空堀を展示する覆屋で、その奥に建物跡地がありました。

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概要

律令国家の奈良時代には行政・軍事の拠点として国府と鎮守府が置かれ、約900m四方に築地が巡らされていた。平安時代には道路によって区画された街並みが城外に形成され、国司の邸宅などが発見された。建物の規模が分かるよう、政庁正殿跡には基壇が復元整備されている。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 神亀元年(724)
築城者 大和朝廷
主要城主 大野東人
文化財史跡区分 国特別史跡(多賀城跡附寺跡)
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 政庁跡、築地跡、門跡、土塁、横堀(空堀)
住所 宮城県多賀城市市川字城前
問い合わせ先 多賀城市埋蔵文化財調査センター(文化センター内)
問い合わせ先電話番号 022-368-0134