小倉城は細川忠興が慶長7年(1602)から唐風の天守閣を築くなど改修を施し、寛永9年(1632)よりは小笠原氏が入りました。海に面した水城で本丸周囲に水堀が残り、北の丸跡には八坂神社が鎮座しています。
本丸の北東の下屋敷跡には小倉城庭園が再現されています。本来の天守は四重五階で最上階以外は破風が無く、最上階は黒色の唐造りで下層は純白の非常に特色のある天守だったのですが、再建に際して地元の強い要望から今の形になったようです。
史実より見栄を優先した結果なのですが個人的にはオリジナルの方が良かったな‥。建築家の方も残念がっているようですがいささか安易な手法に傾きすぎてしまった感は有ります。反感を覚悟で書きますが何事も安易なやり方で事を進めるのは感心しません。城郭は文化財なので史実を無視した安易な再建や整備には個人的には賛同はできかねます。
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