斎宮城は遺構はなく、標柱、石碑があるだけです。城びと先人の投稿写真を見ていると、標柱脇にあった説明板が、2023年3月のしんちゃんさん訪問と、2024年6月のぴーかるさん訪問の間になくなっているのに気づきました。先人の写真によると、説明板には、「室町時代 斎宮の住人 野呂三郎がここに城砦を築き、勝手に徳政を敷き、狼藉を働いた。国司北畠材親(きちか)は之を討伐した」と書いてありました。どこか具合いが悪い表現があったのでしょうか。期せずして、定点観測になり、面白く思いました。
斎宮歴史博物館をはじめ、斎宮関係の展示は、なかなか力が入っています。
しんちゃんさんの消息を気にしています。
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