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鶴姫 (2026/01/08 訪問)

 標高307mの常山山頂に本丸を配し、そこから北と北東に延びる2つの尾根筋に曲輪を展開している連郭式の山城です。児島はかって瀬戸内海に浮かぶ島でした。その中心部にある常山、通称児島富士の山頂を中心に築かれています。上野氏の居城でしたが、毛利氏に滅ぼされました。常山合戦として伝わっています。落城を前にして奮戦した城主上野隆徳の妻鶴姫(三村家親の娘)達「常山女軍」の供養塔が北二の丸跡にあります。
 JR常山駅近くの登山口より底無井戸を経由して北東の尾根にある惣門丸から惣門二の丸などの曲輪を通り本丸まで散策し、北側の尾根にある北二の丸、北三の丸などを経て栂尾丸まで行き下山してきました。石垣が各所に残っています。落ち葉等や立地的に見づらい石垣もありましたが、本丸、兵庫丸の石垣は容易に見学できます。本丸に展望台がありましたが、「危険 立入禁止」の表示がありましたので登っていません。展望台に上らなくても眺望はすばらしく瀬戸内海がよく見えました。晴れていたのに本丸に着く頃は曇りはじめ雪もちらつくようになり足早に散策しました。説明板の縄張り図を見ると底無井戸の下の方に馬洗池とあります。行ってみましたが、藪になっていて大きな水たまりのような感じでした。
 登城路はよく手入れされていて坂もきつくなくJR常山駅から約30分で底無井戸付近まで行くことができました。栂尾二の丸が駐車場になっていて、そこまで車で行くことができます。

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ぴーかる

細川城 (2025/11/29 訪問)

【細川城】
<駐車場他>細川休憩所に5台程度停めれます。
<交通手段>車

<見所>石垣
<感想>日帰り滋賀県制覇旅1城目。細川城の詳細は築城年・築城主・主な城主も不明で謎に満ちた城跡です。龍松寺の横の道を南に登って行くと、遊歩道の両サイドに石垣群が現れますので、ここら辺が城跡だとすぐ分かります。城跡はひな壇状の曲輪が斜面に配されていて、曲輪壁が石垣になっています。南側の麓には磐座と思われる巨石が残されています。遊歩道の北側は広い曲輪と良好な石垣が残されています。南側の曲輪群の方は中段辺りにモルタルの側溝が縦断しているので改変されているかもしれません。防御遺構が残されていなく、全くの居館跡といった感じで、山の方に詰め城が無いのが不思議な感じがします。また龍松寺の石垣も添付しますが、算木積み前期の角の無い古い積み方のように見えたので城跡の一部を利用したものかとも思いました。

<満足度>◆◆◇

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ろっし

お城探訪 (2026/01/01 訪問)

曲輪、空堀などが良く残っていて、空堀の中を歩いていて楽しかったです。
 

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岸和田城

「甦る岸和田城」ギャラリートークのお知らせ (2026/01/10 訪問)

🏯✨現在開催中「甦る岸和田城」✨🏯
1/10・11(SUN)は栢木隆先生のギャラリートーク✨
展示解説はもちろん、「ここが知りたい!」という質問にも先生が直接答えてくれます!
新年は岸和田城へ!

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JPN-AZE

The Family Crest (2026/01/03 訪問)

2026年1月3日、東京都八王子市にある片倉城跡公園を訪問。ここに行って気付いたのは、城内にある住吉神社境内にある幟に、一文字に三ツ星の家紋がありましたが、あとで説明板に、大江氏や、その流れを汲む長井氏が片倉城に関わっていたとあったので、

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送りバント

20230514二条城(京都府京都市中京区) (2023/05/14 訪問)

4年ぶりの再訪で、初めての天守台を含め城内全域を細かく見て回る

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送りバント

20190127二条城(京都府京都市中京区) (2019/01/27 訪問)

中学の修学旅行以来、三十数年ぶりの訪問。団体旅行での駆け足訪問のため二の丸御殿のみの見学だったが、重厚な雰囲気に圧倒される

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送りバント

20190127二条古城(京都府京都市上京区) (2019/01/27 訪問)

近隣の旧二条城、妙顕寺城とセットで城址碑を確認

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しんちゃん

浜川砲台 大砲愛😍 (2026/01/01 訪問)

品川区東大井に有った浜川砲台は幕末の嘉永7年(1854)1月、土佐藩によって築かれました。現地案内板に寄れば土佐藩はこの地に鮫洲抱屋敷を持っていたので幕府に砲台を作ることを願い出たとのことです。
浜川砲台には六貫目ホーイッスル砲・・一門 一貫目ホーイッスル砲・・二門 鉄製五貫目砲・・五門
の計八門の大砲を装備していたようです。
当時の土佐藩の大砲製造の技術は天下一品で、土佐藩で製造された大砲は射程2.5kmはあったとか。
ペリーがホーイッスル砲を日本にプレゼントして、一年もたたずに江川太郎左衛門英龍がそれをコピーしたという話があります。
ペリーにしてみれば大して脅威にはならないと考えたのかもしれませんが・・甘いですぞ。
夜闇に乗じてホーイッスル砲を積んだ大量の小舟で黒船に肉薄攻撃をかければ、ペリーたちを海の藻屑に・・むむむ
ホーイッスル砲はカッター船に積み込める小型の大砲なので、機動力を持って敵の大砲の射程を相殺することが可能です。
失敗すれば敵は沖合に移動して攻撃してくるので逃がしてはいけませんぞ! 脳内仮想シミュレーションが止まりません。

大砲を作る大量の銅はどうするって? 奈良と鎌倉の〇〇を溶かして(ボカッ!!)

そこに愛はあるんか?・・あるじゃないですか、地元有志の努力によって形となった「大砲愛」が!!
近くには坂本龍馬の銅像があります。案内板によれば嘉永6年(1853)ペリーが黒船4隻で来航した際に、若き日の龍馬が土佐藩品川下屋敷近くの浜川砲台の警護にあたったとのことです。ここにも有志による「龍馬愛」があふれています。
まさに「幕末愛」でござんすね

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しんちゃん

日比谷見附 (2026/01/01 訪問)

現地の案内板によれば、日比谷門の名の由来は中世のこの地域に日比谷村があったことに由来するようです。慶長19年(1614)に熊本藩主加藤忠広によって石垣が築かれ、寛永5年(1628)に仙台藩主伊達政宗によって門の石垣が築かれたようです。
現在は日比谷公園の心字池近くに石垣が残っており、心字池はかつての堀の名残のようです。
江戸城には外堀と内堀に沿って36の見附(城門)が有ったとされ、この日比谷御門だけが橋の無い枡形門であったようです。

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しんちゃん

豊臣神社 (2025/12/30 訪問)

愛知県名古屋市の中村公園の中に豊国神社はあります。豊国神社と言えば京都や大阪城にあるものが有名ですが、中村区中村町の豊国神社もなかなかですよ。ここ中村町は豊臣秀吉の生まれた場所でもあります。
人気のある武将ですが、実はけっこうアンチも多かったりします。でも平民(足軽)の身分から天下を統一した天下人にまで上り詰めた人物なので私は天才中の天才だと思っています・・ただの「たらし」じゃありませんぞ。
大河だと、おっちょこちょい&お調子者な感じで、それをしっかり者の秀長が支えていくといった展開になるのでしょうか。
秀長の新たなヒーロー像にも期待しています。
大河ドラマ館も楽しみです、もうじき会館するのかな。加藤清正公の生誕地の近くでもあり、中村公園の中には秀吉清正記念館が建てられています。

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november

一番ハードルが高い国宝城でした (2025/12/20 訪問)

自分が住んでいる所からは一番アクセスが悪く、ハードルが高い国宝城でしたが、島根観光の際に訪問することができました。階段が急で這いつくばるようにして登りましたが、それだけの価値がある素晴らしいお城でした。周辺には小泉八雲記念館などもあり、散策を楽しめました。

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november

2025年に行くべき場所、富山 (2025/11/23 訪問)

富山観光の際、富山城を訪問しました。周辺には高層の建物が多く、写真を撮ると必ず映り込んでしまいます💦観光案内所の方も「ビルやホテルが建つ前は、富山城と立山連峰が綺麗に見えるのがウリだったんですけどね…」と残念がっておられました。城横の美術館では貴重な浮世絵が観られました。

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november

美術館&亀城公園&歴史博物館 (2025/11/08 訪問)

刈谷市美術館を観覧の後、刈谷城跡である亀城公園を訪問しました。公園には建物は残っていませんが、隣にある歴史博物館で城の歴史や出土品などが観覧できました。

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november

逸翁美術館&池田城跡公園 (2025/09/27 訪問)

逸翁美術館を観覧した後ですぐ隣にある池田城跡公園を訪問しました。建物は残されていませんが公園を見渡せる展望台があり、その下にある池では鯉に餌をあげることができます。

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november

とても暑い日でした💦 (2025/07/29 訪問)

2025年7月、とても暑い日に大阪城とその周辺を訪問しました。まずは大阪歴史博物館で正倉院TheSHOWを観覧し、大阪城公園へ。大阪城はすごい人出で入城するまでにかなり待ちました。お城のあとは豊臣石垣館へ。こちらは人が少なくゆっくりと観覧できました。

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張陳

人生を変えた障子堀 (2026/01/03 訪問)

山中城は人生二度目の訪問です。
以前は三島駅からバスで向かいましたが、今回は興国寺城と合わせて訪れたので、車で向かいました。

個人的な話になりますが、それまで土の城の魅力に気づいていなかった私が初めて魅せられたのがこの山中城でした。
そこから数々の城を訪れましたが、山中城の魅力は色褪せることはありませんでした。

一番の魅力は障子堀の美しさだと思います。
また、城跡全体も整備がいき届いていて見やすいですし、各所にある立て看板からは、執筆された方の熱意が伝わってきて、とても楽しく読ませてもらいました。

とはいえ、山間の城ですし、億劫に思われる方もいるかもしれません。
そのような方やライト層の方にもおすすめしたいのは富士山の眺めです。
障子堀がきれいに見られる西ノ丸や、本丸側から旧東海道を挟んで南にある岱崎出丸からはきれいな富士山を見ることが出来ます。
岱崎出丸には櫓台のように一段高くなっている場所も複数ありますので、その景色を見るためにも一度訪れてみてはいかがでしょうか。


ちなみに、この日の私のルートは、駐車場から先に岱崎出丸に向かい、そこから本丸側に戻り、西ノ丸→元西櫓→西櫓の帯曲輪→北条丸→本丸→天守台→北条丸に戻って虎口から箱井戸と移動しています。

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張陳

見どころは景色と大空堀 (2026/01/03 訪問)

三島駅でレンタカーを借り、一路、興国寺城へと向かいました。
最終的に県道22号線を東から西に向けて進んだのですが、かなり道幅の狭い対向車のある道路ですので、不慣れな方は国道1号線から県道165号線を北進する方が良いかもしれません。

公道から一番近い駐車場に車を停め、二の丸、本丸と歩いて向かいました。
全体を覆っているわけではないですが、本丸の土塁は非常に高く、迫力があります。

そこから天守台跡に向かいました。
天守台跡から振り返ると、駿河湾に向けて道がまっすぐに伸びていますし、その奥に見える伊豆半島も相まってとても良い景色でした。

大空堀は非常に深く長さも残っています。
降りることが出来ますので、お見逃しのないように。

個人的には、天守台跡から大空堀に向かう途中で上から見える景色で、本丸東側の土塁越しに見る本丸の景色が気に入っています。

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張陳

念願の小峯御鐘ノ台大堀切へ (2026/01/01 訪問)

今回の主目的は石垣山城だったのですが、以前、小田原城の見に行った際、時間の関係で行けなかった大堀切にも向かいました。
小田原駅からであれば、県立小田原高校方面に道を進めば辿り着けますが、かなりの坂道ではありますのでご注意を。
地元の方は「空堀」と呼ばれているそうなので、もしタクシーで行かれるならそのようにお伝えになるとスムーズかと思います。

私は石垣山城からでしたので、Googleマップ上は「小峯御鐘ノ台大堀切東堀」となっているスポットまで向かってもらい、そこから堀底を北端まで進みました。
現在でもかなりの高さで、当時はこのような堀が小田原城下を覆っていたのだと思うととてもワクワクしました。

私はその後、北端から小田原駅方面まで徒歩で戻り、駅近くの「天史朗鮨」さんでお寿司をいただきました。

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張陳

相模湾と小田原城下を臨む景色◎ (2026/01/01 訪問)

小田原駅からタクシーでヨロイヅカファームを目指しました。
駅から石垣山城まではかなりの勾配を登ることになるので、徒歩よりも自動車がおすすめです。

ヨロイヅカファームは石垣山城に隣接したお店で、美味しいケーキやパンなどをいただけますし、駐車場内の公衆トイレ前には続百名城のスタンプも設置されています。

さて、本題の城跡ですが、駐車場から城跡に入って直ぐに南曲輪の石垣がお出迎えしてくれます。
所々崩れていますが、石垣の規模の大きさを感じさせてくれます。

私はそこから道なりに馬屋曲輪の石垣(野面積みの石垣がきれいに残っていてとても良い)→二の丸→南曲輪→本丸と進みました。
本丸には展望台も設置されていて、そこからは小田原城も見下ろせますし、その奥に広がる相模湾の景色も雄大で必見です。

その後、天守台跡→北側の虎口→井戸曲輪と進みました。
井戸曲輪も石垣の残りが非常によく、大満足でした。


なお、帰りのタクシーは迎車をお願いすることになりますから、早めに呼ばれることをおすすめします。

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