10年ぶに登城。駐車場が分かりにくかったので近くのコインパーキングに駐車しました。
復元天守閣ですが木造はやっぱり味わい深く雰囲気が良いです。
望楼型の天守閣を城内から見上げると小規模ながらとても雄大に見えるところが好きですね~
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2026/02/14 10:51
10年ぶり (2025/12/27 訪問)
10年ぶに登城。駐車場が分かりにくかったので近くのコインパーキングに駐車しました。
復元天守閣ですが木造はやっぱり味わい深く雰囲気が良いです。
望楼型の天守閣を城内から見上げると小規模ながらとても雄大に見えるところが好きですね~
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2026/02/14 10:17
雲林院(うじい)城(三重県津市芸濃町、城びと未登録) (2025/02/06 訪問)
城びと登録の長野城、長野氏城を本拠とする有力豪族 長野氏の一族:雲林院氏の城です。長野氏の一族の中でも有力な一派でした。織田信長の伊勢侵攻の際の雲林院城当主 雲林院光秀は、塚原卜伝から新当流を伝授された剣豪で、その子も新当流の剣豪であったとのこと。長野氏が織田氏に帰順したため、雲林院氏も戦わず帰順しました。
城山の麓、道沿いの美濃夜神社に駐車させてもらい、狭い川沿い道の道を林光寺に向かいます。「三重の山城 ベスト50を歩く」には、「林光寺墓地の南から登る」とあります。墓地に小さな道標(写真9)があり、登城路へ導いてくれます。この後も同じ道標が要所要所に掲げられていて郭Ⅰまで迷わずに行けました。
墓地からすぐに尾根に取りつくと、階段状の削平地が郭Ⅰ下の堀切まで続きます。郭Ⅰの説明板に植林前の城山の写真がありました。登ってきた道は、この写真の左手の尾根にあたるものと思われます。郭Ⅰからは北東、東、南東へ三つの尾根がでており、それぞれに階段状の削平地が設けられています。麓から見える送電線鉄塔は郭Ⅰの北西下の郭Ⅱにあります。ここから、堀切と鞍部を経て郭Ⅲへ行きます。中部電力が鉄塔保守用に通路を確保しています。郭Ⅲから東へ続く尾根にも階段状の削平地があり、尾根先端に、三方を急斜面
+土塁に囲まれた物見台的なⅣがあります。雲林院城は、北、西、南を急斜面で守り、東側の尾根全てを多数の小郭で守る構えです。「三重県の山城ベスト50を歩く」の本項最後に、「剣豪雲林院光秀父子が籠る城を攻めるつもりで、すべての尾根を歩きたい」とあります。郭Ⅳは郭Ⅰから400mほど歩くことになりますが、見ておく価値があります。
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2026/02/14 09:51
20180716水ヶ江城(佐賀県佐賀市) (2018/07/16 訪問)
佐賀城近くの住宅街の路地裏にあり。大男だったという龍造寺隆信の大きな石碑が小さな公園に建っている
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2026/02/14 09:45
20180917須古城(佐賀県杵島郡白石町) (2018/09/17 訪問)
コンパクトな城山に石垣や枡形虎口などがしっかり残っている。地元の方の整備のおかげで登城路は竹や草がきれいに伐採されているが、蚊の大群と蜘蛛の巣が次から次に現れギブアップ寸前だった…
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2026/02/14 08:18
とことん名古屋城(湯殿書院と黒木書院) (2025/07/13 訪問)
(続き)
いったん本丸御殿を出て玄関の前を西へ。御殿の外観や御殿越しの小天守・大天守を眺めつつ進んだ先に湯殿書院前出入口の受付があり、湯殿書院と黒木書院へは10人程度のグループ単位で案内してもらえるようです。少し待ってまずは湯殿書院から。
湯殿書院は将軍専用の風呂場で、入口を入ったところの着替えや休憩のための部屋には将軍用の上段之間も設けられています。将軍のための建物だけあって部屋も廊下も格天井になっていますが、格子に絵はまだ入っておらず、こちらも順次追加されるようです。奥の湯殿には湯船はなく蒸し風呂で、外の釜で湧かせた湯気を唐破風の風呂屋形から引き込む造りになっています。
続いては黒木書院へ。黒木書院は松材で建てられており、総檜造で豪華絢爛たる本丸御殿にあって二部屋の小さな建物で天井も棹縁天井と簡素ながら落ち着いた造りになっています。清須城での徳川家康の宿舎を移築したとも伝わり、じいちゃん大好きの徳川家光にとってはどんな豪奢な部屋より嬉しかったかもしれませんね。
以上で本丸御殿をひとめぐり。湯殿書院を出ると本丸を見て回ります(続く)。
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2026/02/13 20:52
佐敷城 (2026/01/11 訪問)
【佐敷城】
<駐車場他>城跡に駐車場10台分程あり。
<交通手段>車
<見所>門跡石垣・高石垣
<感想>1泊2日お人吉旅2城目。第33回日本100名城、続日本100名城に負けない名城で特集した佐敷城に行きました。特集前にも加藤清正築城の城跡として行きたい城にリストアップしていたので待望の登城となりました。宿の朝食時間が決められていて、遅めだったので、2日目最初のお城攻め、到着が10時過ぎとなり出足遅れ気味。さらに朝から雪が降っていて到着時は吹雪でした。カメラを守りつつ巡りましたが、見終わる頃に雪が止んで急速に太陽が出てきたので写真を撮り直すのにもう一度巡りました。積み直しの石垣とはいえ凄い石垣でやっぱり見応え充分、主郭の背後や三の丸跡の石垣は当時のままの石垣遺構もあり興奮しました。見所の少ない日本100名城、続日本100名城より負けるどころかちょっと勝ってる凄い城跡でした。芦北町歴史資料館にて御城印購入と資料館に出土した「天下泰平」銘鬼瓦が展示してあります。一見の価値ありです。
<満足度>◆◆◆
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2026/02/13 18:21
沼田城跡調査成果報告会 オリジナルグッズ販売決定!
2月15日(日)開催の「沼田城跡調査成果報告会」にて、沼田市教育委員会文化財保護課オリジナルグッズを販売いたします。
定番アイテム:トートバッグ、クリアファイル、沼田市史
特別制作:オリジナル缶バッジ(1個100円)
缶バッジは、沼田城の瓦や正保城絵図、キャラクターなど、さまざまなデザインをご用意しました。ぜひお気に入りを見つけてください!
日時:令和8年2月15日(日)12:30〜16:30
場所:利根沼田文化会館 大ホールホワイエ(沼田市上原町1801-2)
入場無料・申込不要
報告、記念講演開催中も展示・販売会場に入場いただけます。
調査成果報告会についてhttps://www.city.numata.gunma.jp/kyouiku/bunkazai/1012083/1016274.html
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2026/02/13 14:41
長宗我部元親 (2026/02/11 訪問)
https://www.100finecastles.com/castles2nd/okojo/
高知駅からバスで学校分岐にて下車🚌
そこから坂道を歩いて(途中に江戸時代に造られたのを移築した民家あり)高知県立歴史博物館に入る
日本100名城スタンプを押印…御城印と100名城カードを購入…2階の常設展を見学
本陣のみ撮影可…長宗我部元親は若い頃は槍の使い方も知らないほど武勇が無く…女子のよう(姫若子)と家臣から揶揄されていた事を初めて知る🫢
しかしそれから時が経ち…初陣では目覚ましい活躍💪一体彼に何があった?
元親は戦国武将としては四国の雄として…そこそこ知名度のある存在…しかしその次の代で長宗我部氏は滅亡してしまう…関ヶ原で西軍に…大坂夏の陣で豊臣方についてしまったが為😭
来館時点で(閉館まで)残り2時間だったため…1時間は2階の展示見学…もう1時間は城跡めぐり…どちらも全体の半分ほどの見学となった
城跡には建物の類は一切なく…この辺りに建物があったとされる跡地のみ…元親はここで産まれて…そして土佐一帯を平定していったと映像展示で紹介
信長とは当初…良好な関係にあり…息子の名前の一文字に信長の「信」の字をいただくほどだったが…領地の返還を信長が元親に求めるも拒否されたため信長軍侵攻🏇🏇
しかし同じタイミングで本能寺の変が起きたために信長軍撤退…九死に一生を得た元親…しかしその数年後に天下人となった豊臣秀吉が大軍で侵攻…その時ばかりは天も味方せず勝ち目も無く…長宗我部氏は降るしかなかった
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2026/02/13 13:01
ランチはお城の近くの地元の方御用達「ささ福」食堂 (2026/02/13 訪問)
仕事の撮影のついでにお城めぐり。高虎が縄張りをひいただけに立派な石垣。でも、いつも通りお城はそこそこにランチを楽しむ😙二階町のメインの通りは観光客相手なので、「大正ロマン館」向かい、お城のすぐ近くにある大衆食堂「ささ福」がおすすめ。地元の食材(ジビエ)を使った丼や普通の定食などメニューも豊富。店の前で売られているお弁当を買ってお城のある公園で食べるのもいいかも。
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2026/02/13 08:05
とことん名古屋城(本丸御殿) (2025/07/13 訪問)
(続き)
本丸御殿は徳川義直の住居兼尾張藩政庁として建てられましたが、後に義直は二之丸御殿に移り、本丸御殿は将軍上洛時の御成御殿として改築されています。唐破風造の車寄を備えた玄関が正式な入口ですが、将軍専用のため我ら下々の者は中之口部屋横に設けられた玄関からの出入りです。靴と手荷物をロッカーに預けるとまずは玄関へ。玄関の一之間と二之間には金地に竹林豹虎図が描かれ、いきなりのきんきらきんに圧倒されます。続いては大廊下を戻って表書院へ。表書院は藩主の公的な謁見に用いられた建物で、藩主が着座する上段之間は表書院の他の部屋より一段高く、天井も折上式の格天井になっています。表書院北側の納戸之間を覗いたら今度は対面所へ。藩主の私的な対面に用いられた建物で、次之間は折上格天井、上段之間は二重折上格天井で表書院よりさらに格式の高い造りになっており、黒漆に金の飾金具が映えて息を吞む華やかさです。…と、ここまでが築城時の建物で、ここから先は三代将軍・徳川家光の上洛時に増築された建物になります。
鷺之廊下を抜けた先が将軍の宿所たる上洛殿(御成書院)です。上洛殿に足を踏み入れた途端「なんじゃこりゃぁあ!!」と心の中で叫んでしまいました。外周の廊下だというのに、天井は黒漆に金の飾金具の格天井で格子のひとつひとつに絵が描かれています。さらに各部屋(廊下も)の欄間には豪華絢爛な彫刻が施され、対面所も息を吞む華やかさでしたが、ここまでくるともはや開いた口が塞がらないレベルです。徳川将軍の権威、あるいは将軍を迎える御三家筆頭としてのメンツでしょうか。上洛殿も上段之間は二重折上格天井(折上部分にも絵入り!)になっていました。一之間や廊下の一部の格天井の格子には絵が描かれていませんでしたが、これも順次追加されていくんでしょうね。またの機会の楽しみにしたいと思います。
鷺之廊下まで戻り梅之間、松之間を覗いて(こちらは常識的な華やかさ)上御膳所へ。北奥にあった上台所で作られた料理を上御膳所で温め直していたそうで、御膳場には長囲炉裏と天井に煙出しがあります。御膳場の奥の上之間には将軍に供する御膳を置くための御上段が設けられています。将軍や藩主の目に触れることのない御膳所であっても、将軍の御膳を下に置くなんてことは許されないものなんですなぁ。上御膳所を出て、対面所北側の納戸一之間、二之間を眺めつつ下御膳所へ。下御膳所にも長囲炉裏と煙出しが見られます。そして中之口部屋に戻って本丸御殿をひとめぐり…ではなく、湯殿書院と黒木書院へはいったん外に出て湯殿書院前の出入口から改めて入ることになります(続く)。
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2026/02/13 07:20
加茂城・日幡城・松島城 岡山県岡山市/倉敷市 (2026/01/12 訪問)
境目七城の残り3城です。
いずれも城びと未登録、遺構もほぼ残っていません。
加茂城
周囲は民家と水田になっています。
備中高松城の南に位置し、道には二ノ丸跡の案内板があります。
ここから入っていくと少し高まりとなっている部分があり、説明板が立っています。
秀吉の備中攻めの際、城中での内紛もあり落城したとのこと。
周囲を見渡すとこの城が沼地にあったことがうかがえます。
日幡城
足守川の土手に沿った位置にあります。
石材店(閉まってるかも)があり、石碑が2つ立っています。
その裏手の山が城跡のようですが藪で恐らく私有地。
眺めるのみとしました。
松島城
川崎医科大学の東側にある小山が城跡のようです。
ここも大学の私有地で立ち入り出来ません。
遺構ものこっていないようでもあり遠景のみで退散しました。
当時はこの周辺は海だったとのことです。
とりあえずこれで境目七城を制覇、山〜沼地〜海と結ぶ防衛線を感じることができました。
この日のお昼は岡山グルメのえびめしを。
スパイシーで美味しかったです🦐
【見どころ】
・各城の立地から想像する防衛ライン
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2026/02/12 22:33
2026/02/12 22:23
第六台場 (2026/02/10 訪問)
ゆりかもめ芝浦ふ頭駅より、レインボーブリッジ遊歩道・サウスルートを歩くと上空から全景を眺めることができおすすめです。
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2026/02/12 18:48
沼田城跡調査成果報告会 展示・グッズ販売決定!
2月15日(日)開催の「沼田城跡調査成果報告会」にて、真田街道推進機構、上田市、沼田市観光協会のご協力により、展示およびグッズ販売の実施が決まりました!
真田街道推進機構からは「真田街道八城攻城記念御城印」に関する紹介、上田市は国指定史跡上田城跡の調査成果のご紹介と上田城の模型を展示していただきます。沼田市観光協会による沼田城関連グッズ等の販売も行われます。
沼田市の会場で、真田街道推進機構や上田城の情報に触れることができる貴重な機会です!ぜひ足をお運びください!
日時:令和8年2月15日(日)12:30〜16:30
場所:利根沼田文化会館 大ホールホワイエ(沼田市上原町1801-2)
入場無料・申込不要
報告会、記念講演開催中も展示・販売会場に入場いただけます。
真田街道推進機構について
https://www.city.ueda.nagano.jp/contents/sanadakaidou/index.html
真田街道八城攻城記念御城印について
https://ueda-kanko.or.jp/blog/gojoin-2/
史跡上田城跡の調査事業について
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/uedajo/
調査成果報告会についてhttps://www.city.numata.gunma.jp/kyouiku/bunkazai/1012083/1016274.html
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2026/02/12 08:14
とことん名古屋城(城下町めぐり) (2025/07/13 訪問)
江戸初期に徳川家康が熱田台地の北西端に天下普請により築いた城で、御三家筆頭・尾張徳川家17代の居城となりました。明治には陸軍省から宮内省に移管されて名古屋離宮となり、昭和に名古屋市に下賜されて天守や本丸御殿などは旧国宝に指定されましたが、名古屋大空襲により焼失…。戦後、天守がSRC造で外観復元され、本丸御殿も平成30年に図面や実測図に基づき忠実に木造復元されています。
名古屋城、初登城です。前々から行ってみたいと思いつつも、以前の名古屋城まつりで現存櫓3棟が同時公開されたことがあり、どうせ行くなら3棟全部に入ってみたい! と思って機会を窺っていましたが、ここ最近は1棟ずつしか公開されておらず、これではいつまで経っても行けないかも…と特別公開は後日の楽しみに取っておくことにして、ようやく登城の運びとなりました。
名古屋城近くの駐車場から折りたたみ自転車で登城開始。開門までまだ少し時間があるので、まずは城下町を散策するとしましょう。
名古屋東照宮(名古屋市中区丸の内)
徳川義直が父・家康を祀って三之丸に創建しましたが、明治に現在地に移されました。往時の社殿は戦災で焼失し、現在の社殿は義直の正室・高原院春姫の霊廟が建中寺を経て移築されたものです。江戸後期のこの地には藩校・明倫堂が設けられていて、境内の一角に石碑と説明板が立てられています。
横井也有宅跡(名古屋市中区丸の内)
横井也有と言われてもピンとこない人(私)でも「化け物の 正体見たり 枯れ尾花」と詠んだ人と言われれば「ああ!」となりますよね。尾張藩の重臣だったんですか。屋敷跡には名古屋城築城前からあると言われるムクノキが立っていて、その下には小さな金明龍神社が祀られています。
桜天神社(名古屋市中区錦)
織田信秀が北野天満宮から菅原道真の木像を勧進して那古野城内に祀ったのが始まりとされ、桜の大樹があったことから桜天神と呼ばれています。かつてこの地には城下に時を知らせる鐘楼が建てられていましたが、明治に廃され参道の入口にミニチュアの鐘楼が設置されています。
札の辻(名古屋市中区錦)
本町通と伝馬町筋の交差点には伝馬会所や飛脚会所が設置されて、名古屋の交通の基点として多くの人が往来し、高札場が設けられていたことから札の辻と呼ばれました。高札場は現存しませんが、交差点の北西側に伝馬会所 札の辻の説明板が設置されています。
…と、この辺で開門時間が迫ってきたので、城下町めぐりは切り上げて正門に向かいます。正門前の駐輪場に自転車を駐めて開門を待っていると、徳川家康の「開門!」のアナウンスに続いて筋金の施された門扉が厳かに開かれました。電子チケットを買ってあったのでこの日3番目での入城です。最初に向かったのは本丸御殿。西南隅櫓も空堀も東南隅櫓も横目に直行した甲斐あって本丸御殿にはこの日の一番乗りでした(続く)。
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2026/02/12 07:08
境目七城 (2026/01/12 訪問)
毛利氏の境目七城のひとつです。
高松城水攻めの前哨戦の舞台となりました。
足守コミュニティハウスに車を置き、徒歩数分で登城口に着きます(案内板あり)。
民家の脇を進むと曲輪があり、大手門、三の丸、二の丸の案内板も立っています。
まずは二の丸を北に進み小さな竪堀を見学、引き返して本丸へ。
本丸には冠山合戦戦士将兵慰霊碑があり、脇に説明板が立っています。
本丸の先は矢竹の藪ですが降りると3条の竪堀もありました。
残っている部分はコンパクトですが周囲の住宅地も城域であったと考えられ、そうすると結構な堅固な城ですね🤔
【見どころ】
・段になった曲輪
・本丸先の竪堀
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2026/02/11 19:47
【遠江国分寺】静岡県磐田市 令和7年度復元工事現場の様子 (2026/02/07 訪問)
大池の会第三回冨田泰弘氏歴史講演会「家康の天下取りと大池~その戦略を解き明かす~」を聴講の後、自宅への帰り道でしたので1年振りに、遠江国分寺跡へ寄り遠江国分寺の復元進捗は如何かと探訪見学しました。
住所:静岡県磐田市中泉3365(遠江国分寺史跡公園)
駐車場:磐田市役所北側の駐車場利用、公園の南側。
参考資料:磐田市HP、グーグルマップに依ります。
遠江国分寺跡は丁度令和7年度の復元工事中で工事現場は工事用ネットで囲まれていました、復元された金堂跡、西回廊跡、復元される中門跡、東回廊跡の範囲です。
期間は令和7年11月頃から令和8年3月31日と告知板の記載、探訪見学中工事現場の方に聞いた処では期限は伸び伸びの様です。木製基壇での復元で中門跡、西東の回廊跡と金堂が繋がれたら、既に完成してる北側より僧房、講堂、金堂、西塔、西回廊、今回復元の中門、東回廊が木製基壇で復元されて約1300年の姿が甦ってきます、楽しみな事です。
残りは令和8年度復元工事に成るのでしょうか?南大門と周囲の築地塀が待たれます。休憩用の東屋、展示施設とトイレの施設が計画されています。
遠江国分寺投稿履歴
2024年4月11日投稿、訪問2024年4月7日
2025年4月19日投稿、訪問2025年4月5日
もご参照ください。
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2026/02/11 16:56
小江戸散策 (2024/12/16 訪問)
東武・JR川越駅から徒歩30分。約7年ぶり3度目の登城。今回は、川越城と喜多院の江戸城の移築御殿を目当てに訪れました。
城に向かう前に喜多院を参拝。喜多院は天台宗の寺院で、南光坊天海が住職を務めた時期もあるようです。その誼で江戸城の御殿の一部が移築されたとのこと。
移築御殿の建造物内の撮影は禁止でしたが、春日局のお化粧の間や、徳川家光公誕生の間など歴史的価値が高いスポットで、めちゃくちゃ感動しました。
喜多院を後にして、本題の川越城へ。喜多院側から向かうと道中に富士見櫓の櫓台が残存しています。櫓台のそばには、南内門の跡もあり、石碑が建っています。
富士見櫓跡から北に進み、三芳野神社へ。神社の南東側と本殿の後方に土塁が残存していました。
神社の本殿と土塁の間を抜けると、お待ちかねの本丸御殿に着きます。
本丸御殿単体の入場料は100円!!令和の世にこの値段は破格です。100名城スタンプは受付の方に声をかけると出してくれます。館内の展示も充実していて、家臣詰所では藩士の人形の展示もあります。
本丸御殿を見学後、本丸西側の中ノ門堀と大手門跡(川越市役所)を見学。大手門跡(市役所)まで行くと、有名な"時の鐘"までは、徒歩5分ほどの距離のため、せっかくなので、足を延ばしてみました。時の鐘周辺は人気観光地ということで、観光客でいっぱいでしたが、小江戸の雰囲気満載の景観で、歩くだけでも十分楽しめました。
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2026/02/11 11:43
20180917小城城(佐賀県小城市) (2018/09/17 訪問)
石橋と模擬門、それと小城公園の庭園を確認
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2026/02/11 11:24
20190916鹿島城(佐賀県鹿島市) (2019/09/16 訪問)
城址は高校や公園になっているが、大手門と赤門(鹿島高校正門)が現存する。二つの門の間の道路は緩やかに登りながらカギ型に数回折り曲がっており、石垣、水堀、土塁、武家屋敷跡なども残る
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