(26人目)井伊直政の続き㉖です。
開戦前日に先陣は福島正則とすでに決まっていました。しかし、井伊直政は長女の政子の婿である松平忠吉(家康の四男)を連れて福島隊の前へ出ます。福島家臣の可児才蔵が止めに入りますが、忠吉様のための物見である!(無礼であろう)と言って前へ出ます。そして宇喜多隊に近づくと、何とここで宇喜多隊に向かって鉄砲を放ちました! 抜け駆けされた福島正則はびっくりし、そして激怒! 一気に宇喜多隊・小西隊へ突っ込みます。これにより開戦の火ぶたが切られたのです。
これに喜んだのは徳川家康です。福島が先陣を切れば、これは豊臣の家臣同士の戦になってしまいます。しかし直政が先陣を切ったことで、この戦は徳川と豊臣の戦になったわけです。家康は「でかした直政!」と思わず叫んだそうです。直政は家康の気持ちをよく理解していたわけですね。
私は直政が立っていた場所と同じ場所に立ってみました(写真④)。正面に見える旗の左側に宇喜多秀家17,000の軍勢、右側に小西行長6,000の軍勢がいました。そして自分の背後には福島正則6,000の軍勢がいます。いや~ものすごい至近距離です(100mもありません)。この至近距離でこんな大勢の軍勢が睨み合い、そして合戦が始まったのかと思うと足が震えました。
そして今私が立っているこの場所から、正面に旗が見えているあの場所の左にいた宇喜多隊に向かって、直政は鉄砲を撃ちかけました。私は当時の様子を写真④から想像して作ってみました(写真⑤)。こんな感じだったのではないでしょうか? (またへたな絵ですいません😥)。
ここからは「直政はいったいどこで狙撃されたのか?」、島津の退き口をたどりながら、直政が撃たれるまでの足跡を、直政の目線で追って行きたいと思います。
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