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ばばよ

大手ルートは2月末まで通行止め (2025/12/20 訪問)

本丸の石垣は素晴らしく、どこから撮っても「映え」ますね。
眺望も最高です。

2月27日まで大手(枡形〜二の丸〜内膳丸)は伐採作業のため通行止めで入れません。

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長坂越 (2025/12/20 訪問)

 京都の北に位置する長坂越という山道近くに位置しています。長坂越は京都七口の一つである長坂口から京見峠を経て丹波周山、さらには若狭方面も結ぶ交通の要衝でした。明智光秀による築城という説もあるようです。周山城とのつなぎの城ということかもしれません。
 城址は主郭を中心に横堀が備えられ周囲には帯曲輪と思われる平坦地が展開しています。竪堀や堀切、土橋かと思われる地形もありました。ただ落ち葉など堆積物も多く空堀などは浅くなっていています。

 京見峠を北上し氷室神社方面に行く林道を進むと城址に行くことができました。、京都市中川簡易水道 氷室配水池付近と城山雨量観測局付近に登城路があります。前者から登城し後者へ下りて来ました。登城路はわかりやすく、城域も予想していたより藪ではありませんでした。倒木はそれなりに見られましたが許容範囲です。
 近くで「熊出没注意」の看板を見つけました。京都の街に近いこの付近でも出るのですね。

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いんげん丸虫

堂谷山城 福井県若狭町 (2025/11/24 訪問)

標高134mの山城です。
みどころは北の巨大な堀切ですね。
主郭には土塁が巡り、広い平坦地がある
のですが、石垣に使用されたと思われる
石が散らばってます。破壊の跡でしょうか。
南東に向かった尾根上には200m近く土塁
がついてますね。
その尾根境に獣避けネットが延々と設置
されてます。ポリエステル素材のグリーン
のネットで約15cmの升目です。
獣の視覚では避けられないだろうし、シカ
は角か絡まってしまいます。長野県の山城
で身動き出来なくなったシカを見たことが
あります。ここでも角が絡まりそのまま
となった頭蓋骨がありました。
このネット状のものは良くないですね。

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星ヶ崎城主の麓の館 井上館 (2025/12/19 訪問)

 びわこビジターズビューローに寄って、「名城 万華鏡」冊子をもらってきました。なかなかの力作です。掲載されている中で訪れていない城や時代物件がいくつかありましたので、さっそく、その一つの井上館(竜王町、城びと未登録)に行きました。
 星ヶ崎城(城びと登録)の城主の鏡氏が山城の星ヶ崎城の麓(少し離れてますが)に営んだ平城・館です。星ヶ崎城と同じ山塊に小堤城(城びと登録)があり、その西麓に土塁、堀に囲まれた桜生城(城びと登録)があります。井上館は桜生城よりも少し小さく、また、単郭ですが、四面に土塁がよく残っています。桜生城と同様に現在お住まいの方がおられます。昔ながらの道が狭い村落中にあり、車で村落に進入するのは止めた方がよいです。村落の外に鏡集落センターがあるので、ここに駐車させてもらって徒歩で行くのがよろしいかと。
 なお、「名城 万華鏡」はびわこビジターズビューローHPからダウンロードできます。
 NHKの歴史探偵で2025年の新発見トップ3 戦国時期で、坂本城三の丸堀と石垣発見がNo.1に挙げられました。そんなにすごいことなんですねえ。

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じゅんじん

桂公園 (2025/12/03 訪問)

桂公園になっており入口に説明碑があります。

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ヒロケン

信濃 吉岡城 (2025/11/05 訪問)

吉岡城は北と南の沢川に挟まれた台地上に築かれた城で、出郭、殿郭、主郭、二の郭と西から東に郭が配置された連郭式の縄張りで郭がそれぞれ堀で区切られています。特に殿郭(現在は寺尾神社の社が建つ)と主郭部間の堀切は高さ5m・長さ10m程あり(画像1・10)見ごたえがあります。
主郭部は東西112m、南北43mあり、現在、吉岡城址公園となっており、遊具、ゲートボール場等となっています。二の郭は主郭部より更に広く、東西170m、南北145mもあり、墓地や柿畑が広がっています。(主郭部は国道151号線で分断〈画像8〉されています。)

吉岡城は、下條康氏によって築城され、112年間下條氏の本拠地となっています。下條氏は甲斐源氏小笠原氏の庶流で、下條康氏が深志小笠原政康の子で下條家を継ぎ吉岡城を築城したのが始まりとされています。

吉岡城は、城びと未登録の城ではありますが、見どころも多い城なのでお勧めのお城です

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なお

二条城拝観 (2003/08/13 訪問)

2003年8月13日、家族で訪問
二の丸御殿を拝観して、本丸天主台へ

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境目七城のひとつ (2025/12/18 訪問)

 織田軍の対する毛利方の城で境目七城のひとつで、天正10年の攻防では加藤清正が一番乗りの功名をたて、敵方の竹井将監を討ち取っています。
 足守陣屋から徒歩で登城しました。15分くらいで標識のある登城口まで行きことができます。登城路は整備されていて大手門跡、三の丸跡、二の丸跡の標柱を見ながら主郭まで行けます。主郭西側に3条の竪堀がありますが、少し藪になっていて見づらい状況でした。

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宮路山城 (2025/12/18 訪問)

 冠山城から徒歩約15分の場所にある足守陣屋の裏にある山城で、城びとには未登録の城址です。
毛利氏の織田氏に対する防衛ライン境目七城のひとつで、備中高松城の攻防戦のときには乃美元信が守備していたと伝わっています。冠山城が落城した後、降伏し開城しました。
 整備された登城路はないようなので、ネットなどの情報を元に足守陣屋跡から西の池の横を通るルートで切通を経由して登城しました。ただ倒竹等で道が塞がれている場所があり藪漕ぎをしながら迂回したり、道が途中で分かりにくい場所があったりと少し苦労しました。切通からは東側にある尾根を上がって行きます。直登になりますが、踏み跡がありときにピンクリボンもあり迷うことなく城の入口の目安であるお地蔵さんまで行くことができました。切通から10分くらいで行けました。お地蔵さんを過ぎるとすぐに二重の堀切があります。宮路山山頂に曲輪を展開し、各尾根を多重の堀切で遮断した縄張りで一部の斜面は畝状竪堀で防御しています。二重堀切、三重堀切、畝状竪堀などが明確に遺っていました。落ち葉が堆積していて前日に雨が降ったこともあり滑りやすかったので散策に少し苦労しましたが、遺構がすばらしく楽しい時間を過ごせました。
下山したときは降りる尾根を間違えたようで、行きとは違う場所に出てしまいました。

 境目七城の中では本格的な山城です。城郭放浪記さんの縄張り図を参考に散策しました。

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足守陣屋 (2025/12/18 訪問)

 冠山城跡から徒歩約15分の場所にある陣屋跡です。城びとには未登録です。関ヶ原合戦後に木下家定(豊臣秀吉の妻・高台院の兄)が当地に封じられ足守陣屋はその藩庁として築かれました。その後、浅野氏が入りますが、大坂の陣後木下利房(家定の子)が足守藩主となり幕末まで続きます。石垣と水堀が残っています。木下家の庭園である近水園や足守藩侍屋敷など中世の街並みも残っていて周辺を散策しました。

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しんちゃん

錦秋の大島城 (2025/11/22 訪問)

イベントがらみで長野県に行ったときに幾つか攻めやすい城を攻めて来ました。このあたりには比高も高くなく散策時間も手ごろな良い城が幾つもあります。公園化されている城址が多いのでクマの心配ももぼ無いでしょう。船山城は藪化していてちょっとコワいですが。
今年の秋はあっという間でした。涼しくなって来たなと思ったらジェットコースターのように寒くなっていましたね。
それでも滋賀・岐阜と複数のイベントが有り、イベントがらみで各地を急いで回ったので紅葉を多く楽しめました。大島城は大島氏の城でしたが武田信玄の命を受けた秋山虎繁によって改修を受けました。武田の城の特徴である馬出しが残っていて、二の丸や本丸の堀は実に見ごたえがありました。
明日は手裏剣ブースに向かって一直線ですぞ。ピタッと手裏剣を持ってうろついている普請人物がいたら、きっとそれが私です。

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カズサン

チョイ寄り初冬散歩 (2025/12/19 訪問)

 諏訪原城から南東約10km程の所に新しく「道の駅そらっと牧之原」が今年7月中旬にオープンしました。新設早々に訪ねようと思っていた矢先、竜巻に伴う大雨で近くの牧之原市に水害被害が発生し、しばらく様子見して居りましたが納まった様なので訪ねる事にしました。
 浜松から1号線バイパスを経由途中に諏訪原城跡が在りますので、8月17日以来にチョイ寄りして、見所の二の曲輪中馬出周辺をブラ散歩しました。また二の曲輪大手馬出の三日月堀の北側が樹木が整理されてすっきりして居ました、外堀の中馬出土橋の北側の草刈中でしたのでこの投降後は奇麗に成って居るでしょう。又中馬出の三日月堀外の園路整備工事がされて居り中馬出南から北馬出薬医門までモルタルたたき舗装が出来上がって居ました、工事は来年1月9日までの予定。
 北馬出より富士山を遠望するが雲が多く頭がちょっと見える程度で見えにくい状態でした。
 探訪中は3名の方と行き会いました車のナンバーは松本、山梨の方と地元静岡、浜松の方々でした。

 昼は道の駅でと思ったのですが、家内が富士山静岡空港を観ていないと言ううことで道沿い約5km程静岡で唯一の空港へ寄り、3階の展望デッキでジェット機の離発着30程かけて眺め、富士山を遠望裾の下が雲を被り頭だけの富士山でした。
 昼食は空港の食堂で3Fの海鮮マグロ握り寿司、2Fのショップと食堂を覘いて1時間程ゆっくりしました。

 新しく出来た県道73号線バイパスを約5km程で「道の駅そらっと牧之原」へ、食堂と地場産物販売、清水、焼津、大井と漁港が近いので海鮮物産、今盛りの桜エビの生、つくだ煮、シラス、農産物も沢山出品されていました、又今年は牧之原市は元相良町を含めて大きく成って居ますので、田沼意次の領地であったことも有り「大河ドラマべらぼう」のご当地、大いににぎわった事でしょう。
 此処の道の駅から見ると北西に諏訪原城、東に小山城、西に横地城、南に相良城が約10km範囲内配置されて道の駅が便利かと思います。

 道の駅そらっと牧之原:静岡県牧之原市坂部582-1
 富士山静岡空港:静岡県牧之原市坂口3336-4

 明日1日、横浜へお城Expo-2025へ初参陣する予定です。会えましたらよろしくお願いいたします。
 
   

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ぴーかる

水戸城 (2025/11/22 訪問)

【百名城82城目】
<駐車場他>三の丸庁舎駐車場に駐車しました。弘道館に入館すると4時間の駐車券がもらえます。
<交通手段>車

<見所>偕楽園・堀切・復元大手門
<感想>1泊2日東関東旅1城目。夜中1時に出立し、先に偕楽園に行きました。東京の中心部を首都高速 車で抜けるのは初めてで、状況を知らずに突込んでしまい、土曜日の朝7時頃にもかかわらず大渋滞にはまって時間ロス、9時到着予定が10時半頃到着しました。
 偕楽園⇒弘道館⇒大手門⇒二の丸角櫓⇒見晴らし台⇒杉山門⇒本丸は学校になっているので入れず⇒弘道館北側の梅林・土塁⇒三の丸の大空堀を見て終了しました。
 偕楽園は梅の時期ではなかったので、兼六園・後楽園よりは魅力をそれほど感じなかった。城跡の方も最大の欠点は本丸跡に入れない事、また本丸⇔二の丸、二の丸⇔三の丸間の堀切は深いが、幹線道路や線路が通ってしまっている事、曲輪の内部がほぼ学校で埋め尽くされていて散策出来る場所が少なかった。辛口コメントですが、徳川御三家のお城跡ということで百名城に選ばれた感じがした。
 1日目は土浦城も予定していましたが、時間が押したので断念し、JA物産店でレンコンと土地の物を買って(レンコンと土地の野菜は家で食べてすごく美味しかった)宿泊は鹿島に泊まった。この日は1城のみとなった。

<満足度>★★☆☆☆

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朝田 辰兵衛

大和田陣屋のピン位置は… (2025/11/03 訪問)

大和田陣屋のピン位置は畑です。宅地造成されていますので,土塁のようですが,たぶん違うかな…と。ピン位置よりやや東側に,跡地らしき雰囲気の場所がありましたのでアップします。

明日,横浜に向かいます。公共交通機関に乱れが生じなければ,ご参加のみなさまにお会いできることと思います。楽しみにしております。それでは~✋

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WEST

勝瑞城探訪 (2025/12/09 訪問)

勝瑞城を訪問しました。勝瑞駅から徒歩約10分の距離にあり、アクセスも便利です。勝瑞城は三好氏の居館跡と土佐の長宗我部の侵攻に備えた城跡で構成されています。城跡には現在見性寺があり、周囲には水堀や土塁が残っています。一方、館跡は整備中でしたが、庭園や建物跡が一部復元され、往時の姿を想像することができます。隣接する展示室では発掘調査で出土した陶磁器や瓦などの遺物が展示され、勝瑞城の歴史を学ぶことができます。

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WEST

引田城探訪 (2025/12/09 訪問)

引田城を訪問しました。引田港側の登山口までは引田駅から徒歩約20分、駐車場脇にトイレも整備されており、登城者にはありがたいです。引田城は戦国時代に築かれ、江戸時代初期の一国一城令で廃城となった山城です。最大の見どころは総延長600mに及ぶ石垣群で、山城としては珍しく大規模な石垣が残っています。特に本丸の石垣や北二の丸下の石垣は比較的保存状態が良好で、往時の姿を偲ばせます。
散策は、本丸、化粧池、引田鼻灯台、東の丸、北二の丸、北曲輪、南二の丸の順に反時計回りにて巡りました。所要時間は1時間強でした。
登城途中には播磨灘や引田の町などを一望でき、山城の魅力を実感できます。

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WEST

高松城探訪 (2025/12/09 訪問)

日本三大水城の一つ、高松城を訪問しました。サンライズ瀬戸で高松駅に降り立ち、西入口へ。駅から徒歩数分で石垣が目に入ります。現在は玉藻公園として整備され、冬季でも7時から入園できます
見どころは、現存する艮櫓や月見櫓、そして立派な天守台です。月見櫓は平日のため内部には入れず残念でしたが、その姿は美しいものがあります。内堀には海水が引き込まれ、真鯛が悠々と泳ぎ、まさに海城ならではですね。

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赤い城

たくさんの竪堀 (2025/12/06 訪問)

沼隈半島にある城で山陽道と鞆を結ぶ交通の要衝に位置します。
常国寺下の広い駐車場に車を置き、歩いて登城口まで行きました。
登城口前にも駐車スペースはありますが道も荒れていて徒歩が無難。

登城口からすぐに獣避けの柵があり、開けて進みます。
急な坂道ですがそんなには登りません。
神社があり、まずは左手に進みます。
幾条もの畝状竪堀が守り見応えあります。
少し進むと下の方に縦井戸、下に川が流れています。
引き返しもう少し南側に進みます。
大きな竪堀も残っていて奥まで行くと岩盤を掘った横井戸があります。
この奥は藪、神社まで引き返し今度は裏手から本丸に向けて進みます。
すぐに土橋があり、降りてみるとこちらにも畝状竪堀、素敵です。

一旦登城路に戻り、登ると曲輪に到着。
主郭には櫓台があり、東側の斜面には石垣も残っていました。
しばらく休息したあと南側の五重堀切を見ようと向かいましたが獣避けの柵が施されていました。
乗り越えようかとも思いましたが最近覚えた「自重」という言葉を使ってしまいました😓

足利義昭の警護を担当した渡辺氏の居城。
コンパクトですが堀切と畝状竪堀で守られる堅固な城、なかなかの優良物件でした。

【見どころ】
 ・幾条もの畝状竪堀
 ・主郭下の石垣
 ・井戸

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しんちゃん

復活の模擬天守 (2025/12/14 訪問)

大野城に向かう前に大草城へ。本丸、二の丸の周囲に土塁が良く残っています。周囲の水堀も遺構だろうか。本丸の南西に模擬天守展望台があるが久々に行ってみたら入り口が開いていた。以前来たときは閉まっていたけど中に入れるようになったんだな。中にはトイレも有り二重に助かる。展望台以外の設備が無いのが少し惜しいが最上階からは大野城が良く見える。
大草城は織田信長の弟・織田有楽斎(長益)によって築城されますが、小牧・長久手の戦いの後 長益が摂津に移封されたので未完のまま廃城になってしまいました。模擬天守ももうちょっと立派だったら見ごたえがあったんだけど。

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しんちゃん

山茶花と西陽(ビ)-ム (2025/12/14 訪問)

今日はフラフラの状態でコンロとレンジを買いに行ってコケてコンロでアゴを強打しました。しばらく痛くてようけ食べれんかったけど、ようやく落ち着いてきた。飯が食えるって本当に大事。
尾張守の称号を得るために知多半島を周って来ました。大野城模擬天守は閉まっていたけど山茶花(サザンカ)と西陽が綺麗です。大洗磯前神社を思い出しますな。この鳥居、西陽が拝める鳥居だったんだ。この辺りはまだ紅葉が残っている。豊橋と同じで知多半島は温暖だ。

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