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赤い城

境目七城 (2026/01/12 訪問)

毛利氏の境目七城のひとつです。
高松城水攻めの前哨戦の舞台となりました。

足守コミュニティハウスに車を置き、徒歩数分で登城口に着きます(案内板あり)。
民家の脇を進むと曲輪があり、大手門、三の丸、二の丸の案内板も立っています。
まずは二の丸を北に進み小さな竪堀を見学、引き返して本丸へ。
本丸には冠山合戦戦士将兵慰霊碑があり、脇に説明板が立っています。
本丸の先は矢竹の藪ですが降りると3条の竪堀もありました。

残っている部分はコンパクトですが周囲の住宅地も城域であったと考えられ、そうすると結構な堅固な城ですね🤔

【見どころ】
 ・段になった曲輪
 ・本丸先の竪堀

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カズサン

【遠江国分寺】静岡県磐田市 令和7年度復元工事現場の様子 (2026/02/07 訪問)

 大池の会第三回冨田泰弘氏歴史講演会「家康の天下取りと大池~その戦略を解き明かす~」を聴講の後、自宅への帰り道でしたので1年振りに、遠江国分寺跡へ寄り遠江国分寺の復元進捗は如何かと探訪見学しました。
 
 住所:静岡県磐田市中泉3365(遠江国分寺史跡公園)
 駐車場:磐田市役所北側の駐車場利用、公園の南側。
 参考資料:磐田市HP、グーグルマップに依ります。

 遠江国分寺跡は丁度令和7年度の復元工事中で工事現場は工事用ネットで囲まれていました、復元された金堂跡、西回廊跡、復元される中門跡、東回廊跡の範囲です。
 期間は令和7年11月頃から令和8年3月31日と告知板の記載、探訪見学中工事現場の方に聞いた処では期限は伸び伸びの様です。木製基壇での復元で中門跡、西東の回廊跡と金堂が繋がれたら、既に完成してる北側より僧房、講堂、金堂、西塔、西回廊、今回復元の中門、東回廊が木製基壇で復元されて約1300年の姿が甦ってきます、楽しみな事です。
 残りは令和8年度復元工事に成るのでしょうか?南大門と周囲の築地塀が待たれます。休憩用の東屋、展示施設とトイレの施設が計画されています。

 遠江国分寺投稿履歴
 2024年4月11日投稿、訪問2024年4月7日
 2025年4月19日投稿、訪問2025年4月5日
 もご参照ください。

 
 

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小江戸散策 (2024/12/16 訪問)

 東武・JR川越駅から徒歩30分。約7年ぶり3度目の登城。今回は、川越城と喜多院の江戸城の移築御殿を目当てに訪れました。
 城に向かう前に喜多院を参拝。喜多院は天台宗の寺院で、南光坊天海が住職を務めた時期もあるようです。その誼で江戸城の御殿の一部が移築されたとのこと。
 移築御殿の建造物内の撮影は禁止でしたが、春日局のお化粧の間や、徳川家光公誕生の間など歴史的価値が高いスポットで、めちゃくちゃ感動しました。
 喜多院を後にして、本題の川越城へ。喜多院側から向かうと道中に富士見櫓の櫓台が残存しています。櫓台のそばには、南内門の跡もあり、石碑が建っています。
 富士見櫓跡から北に進み、三芳野神社へ。神社の南東側と本殿の後方に土塁が残存していました。
 神社の本殿と土塁の間を抜けると、お待ちかねの本丸御殿に着きます。
 本丸御殿単体の入場料は100円!!令和の世にこの値段は破格です。100名城スタンプは受付の方に声をかけると出してくれます。館内の展示も充実していて、家臣詰所では藩士の人形の展示もあります。
 本丸御殿を見学後、本丸西側の中ノ門堀と大手門跡(川越市役所)を見学。大手門跡(市役所)まで行くと、有名な"時の鐘"までは、徒歩5分ほどの距離のため、せっかくなので、足を延ばしてみました。時の鐘周辺は人気観光地ということで、観光客でいっぱいでしたが、小江戸の雰囲気満載の景観で、歩くだけでも十分楽しめました。

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送りバント

20180917小城城(佐賀県小城市) (2018/09/17 訪問)

石橋と模擬門、それと小城公園の庭園を確認

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送りバント

20190916鹿島城(佐賀県鹿島市) (2019/09/16 訪問)

城址は高校や公園になっているが、大手門と赤門(鹿島高校正門)が現存する。二つの門の間の道路は緩やかに登りながらカギ型に数回折り曲がっており、石垣、水堀、土塁、武家屋敷跡なども残る

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送りバント

20240923獅子ヶ城(佐賀県唐津市) (2024/09/23 訪問)

寺澤氏時代に築かれた石垣が城内いたる箇所に良好な状態で残っており、見ごたえあり

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小城小次郎

南北朝期のお城というが (2025/04/13 訪問)

城址に鎮座する常福寺は応永年間に佐竹氏によってここに移され水戸徳川家に至るまで手厚く保護されたという。楠木正成に連なる楠木正家らの南朝方が立て籠り佐竹の猛攻を受けたこの城は南北朝期の姿を残しているのだろうか。

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朝田 辰兵衛

よそ者受け入れがたき土地柄… (2025/12/22 訪問)

大量出血2日前。下山城からの転戦です。国道52号線を南下。途中から山梨県道805号線に入り,峠越えで波木井城へと向かいました。徒歩約60分。
「ここら辺じゃ見かけん顔じゃ。どう見ても不審者じゃ」
通りすがりの高齢男性にこんな声のかけられ方をしました…😱
めげずに波木井城へと向かう途中,日蓮の姥清水霊場。ベンチがあったので小休憩。そして,波木井城登城口の変則交差点には,見落としがちな標柱がありました。ここからさらに足を進めると,放し飼いの犬3匹に吠えまくられました。腰曲輪と思しきエリアに行こうか迷いましたが,パネル表記の「敵見」付近にいた犬2匹にロックオンされていたので「自重」しました。
犬にまで不審者扱いされましたが,これが土地柄なのかな…と思いました。
知らずに訪れると,アウエー感にモヤモヤします…。

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天守無しがアツい

天守と本丸御殿が一体 (2026/02/10 訪問)

(HP)https://kochipark.jp/kochijyo/access/

人生2回目の訪問🏯
空港からバス🚌北はりまや橋🚏で下車して商店街を20分くらい歩く🚶‍♂️

途中に武市瑞山終焉の地を示す石碑を見つける…つまりこの辺りで幕末…明治維新の3年前に腹を切って果てた😭

本丸は追手門を潜り…千代像を脇目に進み…坂を登った先…城全体の地図ではかなり下側に位置してる事を初めて知る🏯

天守と御殿が合体した造り…前回の訪問では展示室のようなところで軽く見学しただけなので…天守の見学は初…御殿入口で日本100名城スタンプをまず押して…それから御城印と100名城カードを買う

御殿には書院造の部屋…そして中央に隠し部屋のような(窓のない)箇所があった…ここに護衛が伏兵として待機する事で一大事が起きた時の戦力となったらしい⚔️

御殿からそのまま…短い通路を渡って天守へ行けた🚶‍♂️一層のジオラマは壮大…石垣を縄と滑車で運ぶ何人もの男たち💪桶で洗濯してる女🧺城の敷地で鉄砲を構える兵🔫城内の様々な光景が1つのステージに集約…ただ建物の割に人形がデカい気もした😅

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ぴーかる

人吉城 (2026/01/10 訪問)

【百名城83城目】
<駐車場他>観光客専用駐車場
<交通手段>車

<見所>武家屋敷地下室遺構・御下門跡・はね出し石垣・二の丸石垣・大手門跡
<感想>新春1泊2日お人吉旅1城目。夜中に出立し、途中で仮眠して11時前に到着。先に下記グルメの昼食をとってから登城しました。大手門跡⇒胸川を挟んで多門櫓・隅櫓を撮影⇒武家屋敷跡・歴史館にて見学とスタンプ押印、歴史館の謎の地下室は見所のひとつ。⇒相良護国神社鳥居から北へ抜けて⇒はね出し石垣・水門跡⇒御下門跡から三の丸跡・二の丸跡を散策して本丸跡へと行きました。北東部の谷口船渡跡へは通行止めとなっていたので見落とし。相良護国神社西面石垣は地震の影響でしょうか、石垣の積み直し作業が行われていました。積み直し作業を生で見れたので良かった。打ち込み接の乱積み高石垣遺構が見事で御下門跡の櫓台は圧巻です。本丸は天守だけを造ろうとしたのか小さい郭で、結局護摩堂のみが建造されたそうですが、法面から石垣が無いようになっている。下の方から徐々に造っていって、最頂部で止めた過程なのかもしれないが、よく分かる感じになっていました。この日は1日1城攻めで終了。

<満足度>★★★★☆

<グルメ>洋食レストラン「すぷぅぅん」で人気№1のチキン南蛮定食のご飯を高菜ご飯の大盛りに変えて食べました。開店と同時に満席になりました。オムライスも美味しそうでした。高菜ご飯変更は絶対お勧めです。
<宿・温泉>「薬師温泉 龍乃榊」に泊まりました。温泉が最高でナトリウム泉の弱アルカリでお肌すべすべになります。隠れた名湯、24時間日帰り温泉500円でも入れます。朝食は小鉢が沢山出てくる満腹セット。

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駿府城

駿府城公園の富士山ビュースポット「富士見芝生広場」

駿府城公園内にある富士見芝生広場は、富士山を望むことができる公園内屈指のビュースポットです。かつては、現在閉鎖されている駿府城跡天守台発掘調査現場の南側からも富士山を望むことができましたが、立ち入りができない今でも、この富士見芝生広場からは変わらず雄大な富士山の姿を楽しむことができます。
天気が良く空気が澄んだ日には、広々とした芝生の先に富士山がくっきりと浮かび上がり、訪れる人の目を楽しませてくれます。特に冬は空気が一段と澄みわたり、雪の積もった富士山の美しい姿を望めるおすすめの季節です。
富士見芝生広場は、駿府城公園内地図の「10番」に位置しています。駿府城公園を訪れた際には、ぜひ富士見芝生広場に立ち寄り、ここから望む富士山の景色をゆったりとお楽しみください♪

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赤い城

宮路山城 岡山県岡山市 (2026/01/12 訪問)

毛利氏の境目七城を廻りました。
備中高松城と撫川城は登城済みなので残り5城です。
宮路山城は城びと未登録です。

足守陣屋の観光駐車場を利用し、徒歩で田上寺に向かいます。
その裏手の墓地の奥に登城口があります。
ピンクリボンに従ってまっすぐ進むと切通があり、ここから右手に登ります。
急坂をしばらく登ると二重堀切が迎えてくれます。
この先に期待を持たせてくれます😍
この堀切から何条かの竪堀が続いていました。

登城路に戻りさらに進みます。
段になった曲輪を経て2郭へ。
北西部角の下には二重堀切、下りてみます、ここも素敵。

ですがここからが圧巻🤩
2郭北側の斜面には三重堀切、さらには畝状竪堀群が。
素晴らしいです。
木につかまりながら登り、曲輪へ戻り主郭へと進みます。
虎口から主郭へ、さらに段曲輪を下りて東側へ。
ここにも二重堀切と三重堀切が並びます。
南側には畝状竪堀群も施され、宇喜多と対峙した東側の守りの固さがよくわかります。

境目七城では最も見どころが多い城でした。
登城路以外は少し歩きにくいですが行ったほうが良い城かと思います😊

【見どころ】
 ・いきなり現れる二重堀切
 ・多くの畝状竪堀群
 ・東側の守り

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20180728姉川城(佐賀県神埼市) (2018/07/28 訪問)

きれいに整備された横武城と同じくクリークに広がる城だが、民家や畑が広がる風景が逆に新鮮に感じる。どこまでが私有地なのか不明確なため、ズカズカ入って行けない

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カズサン

中泉御殿と大池【歴史講演 家康の天下取りと大池~その戦略を今、解き明かす~】受講 (2026/02/07 訪問)

 城びとで遠江中泉陣屋が登録されていますのでこの城名での投稿とさせて頂きます。遠江中泉御殿・・家康の鷹狩休息御殿して天正12年、14年(1584年1586年)伊奈忠次に普請される、現在はJR磐田駅南口より南に約200mの所に御殿公園が有り、家康座像と案内板が有るだけです。中泉陣屋は中泉御殿の一部を利用した様です。

 大池の会第3回歴史講演「歴史講演 家康の天下取りと大池~その戦略を今、解き明かす~」が有り、受講しました。
 講演会場:静岡県磐田市大原1572-1(静岡産業大学磐田キャンパス大学講堂)
 講演講師:冨田泰弘氏(磐南文化協会理事、磐田市文化財課職員)
 講演時間:令和8年2月7日(土)13時30分~15時
 駐車場:大学周辺駐車場利用  講演料:無料

 今年の大河ドラマ豊臣兄弟にも家康の登場も有り今回の講演、富田講師を迎えて大池の会では歴史講演は3回目、冨田康弘氏の磐田を中心にした戦国期の研究調査をもとに、2022年徳川家康と岩田~遠州に見える天下人の足跡~、2025年豊臣秀吉と磐田~遠州に天下人の足跡を探す~との書籍を出版されています。大池の会は25年前から活動して居ます。

 冨田講師の講演は
 ・大池と中泉御殿
  中泉御殿の規模は南北400m東西400m、面積120,000㎡、籠城兵力6,000人、最大収容兵力30,000人。
  磐田の秋鹿氏より1573年に家康へ御殿・土地を献上されている、中泉御殿前には中泉砦しての機能、御殿の普請は天正14年12年説、作事は天正15年(1587年)で伊奈忠次による。冨田講師作成の中泉御殿作図がスライド映像されました。
 大池は現在JR磐田駅より南に1.5km程で往時より小振りですが当時は中泉御殿の南端が大池に成っており規模が大きかったようで水運で結ばれていた様です。 
 中泉御殿建設以前は中泉砦、見付砦、城之崎城の兵站拠点として、高天神城の武田氏との攻防戦の反撃拠点の基地として機能。

 ・中泉御殿と遠州の城
  中泉砦、見付砦、城之崎城の拠点から大池、今之浦(池)、大池川、今之浦川、太田川、原野谷川をクリークで繋ぎ河川水運の機能を高め、馬伏塚城、岡崎の城山、横須賀城に跨る内海までの水運と拠点城郭の修復築城し高天神城を西から砦群を築き攻めていた。
  又原野谷川を介して久野城とは鷲巣川にて、掛川城は逆川にて繋がっていました。
  遠州の磐田台地から小笠原丘陵の南側は河川、沼、湖、クリークの低湿地地帯で河川水運が利用されていた様です、又武田氏との攻防時は武田氏が今川氏の水軍を傘下に治めており遠州灘の水軍海軍の安宅船が駿府から三河渥美湾まで睨みを効かせて徳川氏の動きを抑えて居り、遠州の河川水運に頼らざる得なかった徳川氏の内情があったようです。戦国時代の中東遠の城と周辺スライド冨田講師作図を投影して説明頂きました。作図スライド説明中には各拠点城などの映像も有り大変良く分かりました。

 ・伊奈忠次ゆかりの地交流
  中泉御殿の普請作事の伊奈忠次も有り磐田市もゆかりの地交流へ、地出生地の西尾市、関東の治水関係の伊奈町、川口市、つくばみらい市などとNHK大河ドラマ化へ!目指そうとの運動を始めたようです。
   
 静岡産業大学講堂150名の満席で補助椅子も出して約180名の超満員男女高齢者が殆どでした。
 講師の冨田泰弘氏、大池の会の方々に感謝申し上げます、ありがとうございました。
  

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つね

関宿城 (2026/02/05 訪問)

御三階櫓を模した博物館(入館料200円)からの利根川、江戸川の眺めがいいです。本丸跡以外にも外濠跡、鍵の手十字路、祈願所、本丸内の建物等見所が何気にあります。

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つね

関宿城 (2026/02/05 訪問)

東武動物公園駅東口から朝日バス「新町」で降車(約25分)。バス停から徒歩15分くらいで関宿城博物館(御三階櫓)に到着。その後、◉鬼門除け稲荷◉本丸跡◉曲輪跡(侍屋敷跡)◉鍵の手十字路◉大手門、外濠跡◉昌福寺(城主祈願所)◉搦手門跡、外濠跡◉光岳寺(於大の方菩提寺)◉実相寺客殿(本丸内の建物を移築)を訪問しました。

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T-Shionoya

田峯城 復元された中世の山城 (2025/11/02 訪問)

昨年11月に訪れた愛知県北設楽郡設楽町の田峯城。

三河山地中央部、東三河の豊橋平野と信濃国を結ぶ伊那街道の通過ポイント。東と南を寒狭川(豊川上流部)が蛇行して流れる田峯台地の南東部の小山に築かれた城。比高は川側が約150m、台地側が約30m。

1470年に菅沼定信が築いた田峯菅沼氏代々の居城。
長篠設楽ヶ原の戦いでは城主定忠が武田に従い出陣したが、敗走する勝頼の入城を留守居の定直らが拒絶したエピソードが有名。
1582年に菅沼定利が飯田郡代に就くと、田峯城は廃城となりました。

現在は、曲輪や堀が残り、本丸には他の中世城郭を参考に御殿や物見台などが復元されている城跡。

訪問時は、まず木橋から曲輪群を巡り、裏曲輪から東の堀切へ。再び曲輪群に戻り本丸へ上がると、本丸虎口は小規模ながら2つとも枡形を形成。
また本丸御殿の展示によると、長篠設楽ヶ原の戦い前から定直は徳川を支持していたという事も、個人的には収穫の1つ。

全景の撮影ポイント探しも愉しんだ、私の城郭巡りの217城目でした。

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チェブ

城びと未登録のお城攻め「山根城」。 (2026/01/17 訪問)

城びと未登録の「山根城」は、「毛呂氏館」と「斎藤氏館」の真ん中辺りに、ちょこんとあります。
「山根城」はまたの名を「毛呂城」。毛呂一族のお城です。
しかし、遺構はなく石碑のみです。
山城や藪を進まないと見ることの出来ないお城を苦手とする私にとっては大好物物件です。

早速、ナビが『目的地は右側です。』と到着のお知らせ。JR八高線の踏切を渡った所でナビ終了です。
道は開けているけど、石碑が見当たりません。
と、遠目で探っていましたが、足元にありました。(ちょっと大げさ。)
第一声が『ちっさっっ』です。
近づき中腰、アップでパチリ。退陣です。

周りは比較的に新しい住宅が並んでました。遺構は無くても、「山根城」があった証を残している事が嬉しいです。

全国にある小さな証を見つけてあげようと思った「山根城」攻めでした。

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20191223三瀬城(佐賀県佐賀市) (2019/12/23 訪問)

三瀬城跡駐車場を利用。石積が施された低い土塁や虎口が残る二の郭にまず喜び、さらに登ってビックリ。立地からは想像できないほど広い主郭で、四方を高く立派な土塁で強固に取り囲まれている。南東には横矢が架かっていて、堅強な守り。福岡・佐賀県境の山奥にあり訪問しづらい場所にあるが、かなりおすすめの山城

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20190613佐賀城(佐賀県佐賀市) (2019/06/13 訪問)

約2年ぶりの訪問で周囲をのんびりと散策。幅広の水堀や未訪問だった南西隅櫓台などを楽しむ

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