まむしづかじょう

馬伏塚城

静岡県袋井市


旧国名 : 遠江

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南側田圃より本曲輪を望む
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カズサン

高天神城攻防戦、徳川中継の城 (2015/01/13 訪問)

 5,6年前に袋井市歴史文化館主催の「馬伏塚城と高天神城」企画展と静大の小和田教授の講演「馬伏塚城と高天神城の攻防戦」が有り馬伏塚城と高天神城を再認識し先に高天神城を登城し二ヶ月後に初登城しました。
 馬伏塚城は袋井市浅羽支所(旧浅羽町役場)から北東500m程の田圃の中、駐車場は有りません、私は小型車で田圃道南から本曲輪へ、車は狭い村道に路駐し本曲輪、土塁、土塁上に神社鎮座、少し北に案内板、県道403号線を北に渡り、北曲輪、伝居屋敷を車を走らせながら途中路駐し探訪、堀切も確認、小笠丘陵が南西に伸びた半島状の先端を城跡に造り半島からは堀切で切断し、南、西、東は田圃で往時は潟湖で護られた堅城でした。
 歴史的には徳川氏武田氏の高天神城攻防戦で徳川氏高天神攻防の中継基地、太田川の潟湖で磐田見附、馬伏塚城、岡崎城、横須賀城へと潟湖、川、遠州灘を船で行き来した事でしょう。
 今年の夏期講座で日本城郭協会加藤理事より解説が有り、文と監修は加藤理事にて香川元太郎氏の馬伏塚城俯瞰図を使い説明解説を拝聴しました。(文と図は歴史群像8月号の24~29頁)
 駐車場が無く悩みますが集落道で車の通行少なく往来に注意を図りながらの探訪に心掛けましょう。
 

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チェブ

【家×お城】登城したお城しりとり(214)

久しぶりの参戦です。
「登城しりとり」に参加したくて、ちっちゃい脳をフル回転させて考えました。

イオさんの「小牧山城」の「ま」から
「馬伏塚城」 ま→か 静岡県袋井市
「勝沼城」か→? 東京都青梅市

「沼」から、お次をカルビンさんの「沼田古城」リクエストします。「沼田古城」は城びと未登録です。(朝田 辰兵衛さん、お手間かけます)
でもって「こ」から北九州の名城に繋げてもらえると嬉しいです。

もし、より良い繋げ方があれば削除OKです。
あっ!また「ま」に戻るから、ちょっとだけ お邪魔したと思って下さいませ。

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じゅんじん

道三か (2008/10/12 訪問)

祭りやってました

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チェブ

田んぼの中の古高い場所。 (2020/01/03 訪問)

「馬伏塚城」=まむしづか、強そうなお名前です。
今川家の家臣、小笠原氏が築城しました。
今川家が衰退し、徳川家の家臣になります。
小笠原氏は「馬伏塚城」と「高天神城」の城主も兼任するような方でした。
しかし「高天神城」を武田 勝頼さんに攻められると「馬伏塚城」を改修し、「高天神城」奪還の時期を待ちました。
「高天神城」を奪い返すと「馬伏塚城」はお役目が終わります。
田んぼの中、ちょっと高い場所に「馬伏塚城」がありました。
駐車場はありません。説明板の前に路駐して写真を写しました。
説明板の裏の奥が土塁のように見える気がしました。
道が狭いので、車から離れられません。
説明板の右手は道が通じていて切通し してます。その上に神社(?)、お社が見えました。

暖かくなったら、本当に蝮が出てきそうな「馬伏塚城」でした。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 小笠原氏、大須賀康高、高力氏
遺構 曲輪、土塁、虎口、堀切
指定文化財 市史跡(馬伏塚城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 静岡県袋井市浅名
問い合わせ先 袋井市生涯学習課文化財係
問い合わせ先電話番号 0538-44-3198