日本100名城

とっとりじょう

鳥取城

鳥取県鳥取市

別名 : 久松城、久松山城
旧国名 : 因幡

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鳥取城
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カズサン

中ノ御門復元工事中 (2020/11/28 訪問)

 因幡山崎城を終えて国府町経由鳥取城へ山沿いの道を選び混雑を避け県庁前から鳥取城内堀の駐車エリアに行くが内堀の通りが綺麗に整備され駐車エリアが無く成って居り吉川経家像前の県庁駐車場に停める。
 30年鳥取城整備計画の第一期、擬宝珠橋の次は中の御門木造復元、工事中で令和3年3月末が竣工予定、現状の工事進捗は如何にと雨の中寄りました、工事現場は工事テントに覆われ復元原寸大か復元図が描かれ復元近しを醸し出し公開日が待たれます。
 年が明け桜の頃が待ち遠しい限りで、武漢コロナウイルスが早く収束して欲しいものです。今回の鶴丸城御楼門と九州未踏の城廻り累計で33城目。

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カニカニ

所要にかこつけた城巡り 1城目 (2020/11/11 訪問)

所用で福岡県に行くことになり、往復の各地の城をついで(?)に巡る、1城目。
(先に投稿の熊本城は、7城目です)
市内のどこからでも見える山の頂に、一見してそれと分かる石垣が見えた途端、心が萎えた。
ステイホームで運動不足の身体には、あの山は無理!!  夜通し運転して寝不足だし…。

擬宝珠橋は復元されていたものの、中の御門が工事中の為、中仕切門(西坂下門)から入る。
この高麗門は唯一残っていた建物であり老朽化が著しかったが、昭和50年に強風で倒壊。
同年に旧態復元したもので、復旧記なる文板が内側の高い場所に掲げられている。
それさえも45年の歳月を物語る風合いだが、復元時に使用した金具は従来のものを模造したとある。
いま目の前の金具は従来の元々の姿なのか? 45年の間に風化し変化したものなのか?
元々の錆具合や破損具合を模造したままなら、すごい技術だと思う。

すぐ上の石段の桜の古木と紅葉が、何とも言えない雰囲気で好い。
これは期待できるぞ、と さらに進むと… 。 整備された広い公園のような曲輪に出た。
石垣は積み直しされているようで、きれいに整っている。

二の丸虎口には、登り石垣というか、石土居というか…。  (全体像撮れず、掲載なし)
山裾を登ってるからやっぱり登り石垣か?
登り石垣にしては中途半端だしなー。   ”登り石垣だ。” とは、なんか言いづらいなあー。
石土居っぽいんだけどなー。    造った狙いは分かるけど、ホントの名称はなんだろう?
ここに説明板は欲しいよなー。  

いつものように、1人問答が始まったが、結論出ず。

三階櫓石垣の天端角石に刻まれた銘文説明を読んでみて、各地の城跡にもまだ埋もれた状態で
似たような物がかなりあるんじゃないのー、と思ってしまう。
天球丸へ向かっていると、”熊出没注意!” の看板が。    これで言い訳の理由は完璧!!
ところが天球丸虎口を入ろうとすると、山の上から私と同年代のご婦人たちが数人下ってきた。
完璧が、崩れた。

気を取り直して…
天球丸付近の縄張りや石垣の配置は、二の丸に比べかなり防御性が高いなー。
こっちが大手だから、と言ってしまえばそれまでだけど…。  ブツブツブツ…

それにしても天球丸巻石垣だが、だれがこの方法を考えたのだろう?
そんなに効果があるのなら、他の城跡に採用されていないのはなぜだろう?。
幕府が許可しなかったのか?

登り石垣(?)や巻石垣の ”?” が残ったのと、山上ノ丸に登らなかったことでちょっと消化不良でした。

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昌官忠

クラブツーリズム山陰山陽100名城制覇 (2019/03/16 訪問)

宿泊先の三朝ロイヤルホテルを出発して、今回ツアー最終日1城目=鳥取城に到着しました。
鳥取城は久松山の山麓にあたる山下ノ丸と山頂の山上ノ丸で構成されており、ツアーでは時間の都合で山下ノ丸のみの見学でした。100名城スタンプは山下ノ丸の「仁風閣」入口にありました。
鳥取城に来る途中「古事記」にでてくる「因幡の白兎」の像を車窓から見ました。
遺構としては天守台や石垣、堀などが残っています。
撮影した写真を時系列に辿った攻城ルートは水堀前から仁風閣横を通り切石積石垣➡太鼓御門跡➡三の丸➡楯蔵跡付近から天球丸石垣を見学➡表御門跡➡二の丸➡菱櫓跡➡山上ノ丸に登る神社の祠前(登山口)➡天球丸➡再び二の丸に戻る➡三階櫓跡➡石切場➡裏御門跡(登石垣)➡お左近の手水鉢➡100名城スタンプの図柄場所(写真を撮りましたが雨の水滴がレンズに写り込み投稿できません)➡宝隆院庭園➡仁風閣➡出発点に戻る。後で気づいたのですが、「吉川経家公像」を見学するのを忘れていました。
見所は城びと会員の皆さんが必ずと言って投稿されている「天球丸石垣」です。背後の石垣がはらみだし、その崩落を防止する為に築かれた球面石垣。復元ですがいいものが見れました。攻城時間は90分くらいでした。

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街道おじさん

鳥取城登城 (2020/08/20 訪問)

JR鳥取駅のバスターミナルで100円循環バスの一日乗車券を200円で購入。
緑色のバスに乗車し、仁風閣・県立博物館のバス停で降車。
バス停のすぐ前が鳥取城。まずは仁風閣で100名城スタンプを押印。ついでに鳥取城・太閤が平のセットのご城印を購入。
鳥取城は秀吉の餓え殺しで有名であるが、天球丸の巻石垣等たいへん興味深い。
一つ残念だったのが、『クマ出没注意』の看板が3か所ほどあり、山上の本丸まで行けなかったこと。

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概要

羽柴秀吉による兵糧攻めの舞台として有名な鳥取城は、その後に城主となった宮部氏や池田氏によって整備拡張された。城は山上ノ丸と山下ノ丸に分けられる。標高263mの山頂に付櫓を持つ複合天守が建てられ、天守焼失後は山下ノ丸の三階櫓が代用を果たした。菱櫓跡や多聞櫓跡によく残っている石垣も見ておきたい。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城、山城
築城年代 天文年間(1532〜1555)
築城者 山名氏
主要城主 山名氏、吉川氏、宮部氏、池田氏
文化財史跡区分 国史跡(鳥取城跡附太閤ヶ平)
近年の主な復元・整備 吉川経家、池田長吉
天守の現況・形態 独立式望楼型[3重/1573年頃築/改築]、複合式層塔型[2重2階地下1階/1605年改/焼失(落雷)]
主な関連施設 門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀、井戸
住所 鳥取県鳥取市東町2
問い合わせ先 鳥取市観光協会
問い合わせ先電話番号 0857-26-0756