日本100名城

とっとりじょう

鳥取城

鳥取県鳥取市

別名 : 久松城、久松山城
旧国名 : 因幡

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鳥取城
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カズサン

楯蔵台が完成し山下の丸石垣鑑賞 (2012/08/13 訪問)

 平成24年8月母が亡くなってから3年目のお盆に実家の仏壇、お寺、墓へお参りに帰省し、高校の合同クラス会ゴルフコンペ、夜の懇親会、恩師訪問、中学有志の茶話会と一連の行事を終えて、帰ったら鳥取城へと何時ものルーチンで登城、平成24年前後は天球丸、楯蔵跡の石垣修復が終わった前後でしたので修復の仕上がり具合を見てみたいとの目的も有り一連の周辺を見て回りました。
 
 天球丸の東側も完成し、天球丸下の楯蔵跡の櫓台は完成して居り楯蔵曲輪の整備を待つまでになってました。(楯蔵曲輪は平成25年整備完成)、後は天球丸虎口、天球丸より二の丸表御門跡虎口石垣、天球丸下の巻石垣、天球丸下雁木石垣、二の丸菱櫓台、二の丸内部、二の丸三階櫓台、三階櫓台下石垣、右膳の丸、同登城石階段、修復復元された中仕切り門、太鼓御門石垣、堀端通り鑑賞と巡る。
 写真は楯蔵跡、山下の丸の石垣中心に投稿致します。
 
 山上の丸は堀端から眺めるだけで42歳の秋に登って以来その時で20年登ってません、高校の頃、ロープウェイが有った頃は気軽に登れたのですが今は登る気力が湧きません。皆さんの投稿を待って居ります。

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カズサン

とっとりの乱世/令和3年企画展 (2021/10/17 訪問)

 鳥取城馬場跡/鳥取球場跡に建つ鳥取県立博物館で2021/10/9から11/7に掛けてのイベント 令和3年企画展 「とっとりの乱世」❖因幡・伯耆からみた戦国時代❖ が開催されています。
 母の113回忌法要の翌日17日雨の中でしたが車を吉川経家像の前にある県庁駐車場を利用して、堀端道を通り復元擬宝珠橋、復元仲の御門表門を見学し久松山を眺めつつ北御門より県立博物館を訪ねる。
 入館料は大人700円70歳以上は500円、200円安く入館出来ました。
 入ると玄関二階まで打ち抜けのエントランス階段上面の壁に山中鹿介のイラスト大画面いっぱい(イラストは獅子猿)大迫力で圧倒されます、更に小振りで左右に2名ずつ武将が同イラストで尼子経久、山名豊国、加須屋武則、池田恒興描かれており全体良く出来ています。
 鳥取県因幡伯耆は山名氏・尼子氏・毛利氏・織田氏のせめぎ合いがあり、当時の古文書、刀剣、兜、現代の兜甲冑のディスプレイ、山中幸盛(鹿介)の兜展示、レプリカも有りこれは触れます、後に色々ありますが私の頭に残ったのは「よみがえる鳥取県の山城」のコーナーで県の埋蔵文化財課で最近発掘調査された山城の展示パネル4点「狗屍那城跡」「川上所在城跡」「蛇山城跡」「鵯尾城跡」が有り縄張図、写真、説明文と有り最新の情報です、また動画放映ドロンに由る空中撮影で因幡伯耆に関連する周辺国の山城も含めて月山富田城、吉田郡山城、若桜鬼ヶ城、上月城、妙見山城あと何城か?合わせて30分の放映です、中々空中からの映像は見れませんのでありがたい情報でした。
 1時間半ほど堪能致しましたが博物館から駐車場までが吹きつけるような雨に成り傘で頭は覆いましたが裾はビショビショ状態。

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カズサン

天球丸下楯蔵櫓台、曲輪の修復復元が完成 (2013/08/14 訪問)

 平成25年8月鳥取に同窓会で帰省中、米子城を終えて鳥取城を訪ねました、鳥取城は昭和18年9月の鳥取大地震で甚大な被害が発生し鳥取城の石垣も大きく崩れ平成の世までコツコツと石垣の修復復元を行って居りました、訪ねたのが鳥取大地震から奇しくも70年目、最後まで残っていた天球丸下の曲輪と楯蔵跡整備、石垣の積直し修復復元が完成した様なので天球丸、楯蔵櫓台石垣、曲輪続き石垣主体に見学鑑賞しました。
 長年の継続修復に敬意を表します、ただただ感謝です、訪問した平成25年前後より鳥取城幕末期の姿に復元30年計画がスタートし一期10年で幕末の登城路復元を進行中、現在大手橋の擬宝珠橋の完成、中の御門表門完成を見て居ります、後は中ノ御門櫓門、三の丸太鼓御門が待たれるところです。
 二期は二の丸の走り櫓、菱櫓、三期は三階櫓の復元が長い年月を掛けて待たれますが孫子の時代でしょう。

 この後二の丸三階櫓台下にある仁風閣で「甦る鳥取城」展を開催してましたので見学、65歳以上は無料でした、同展では一期復元の幕末登城路の復元スケッチ画、二の丸太鼓御門復元スケッチ画3点の展示が有り写真も撮り頭に叩き込みました。復元完成が待たれます。

 先に最後の石垣修復と書きましたがまだ一部幕末拡張した二の丸、登り石垣下に右膳丸が有り、下に中仕切り門、その間の石垣がはらみ崩れそうな状態で防護網を一部被せてますので石垣修復が待たれます。

 また米子から鳥取に帰る途中の淀江町大山町にまたがる地域に近年発掘調査復元された、弥生遺跡「妻木晩田遺跡」出雲式の古墳「四隅突出型墳丘墓」多く発掘され有名、古墳時代の前方後円墳が多く発掘された向山古墳、飛鳥白鳳期の上淀廃寺跡、仏画壁画が発掘され大変珍しいとか、その近くにガイダンス施設「上淀白鳳の丘展示館」が出来、原寸大の金堂、如来坐像、菩薩像2体が復元されて居り重厚、厳粛な雰囲気が漂っています、それらの施設を2時間見学し食事施設も有りましたので昼食をここで頂く、城廻りと違っていい体験でした当時結構な人が出ていました。

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ダイエティシャン

因幡3城スタンプラリー〜鳥取城の巻 (2021/06/14 訪問)

以前に攻城

県庁から山城が眺める事が出来るのは、新鮮でした。


また、お土産をいっぱい買いに行きます。


因幡3城スタンプラリーのダイジェスト版でした 

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概要

羽柴秀吉による兵糧攻めの舞台として有名な鳥取城は、その後に城主となった宮部氏や池田氏によって整備拡張された。城は山上ノ丸と山下ノ丸に分けられる。標高263mの山頂に付櫓を持つ複合天守が建てられ、天守焼失後は山下ノ丸の三階櫓が代用を果たした。菱櫓跡や多聞櫓跡によく残っている石垣も見ておきたい。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城、山城
築城年代 天文年間(1532〜1555)
築城者 山名氏
主要城主 山名氏、吉川氏、宮部氏、池田氏
文化財史跡区分 国史跡(鳥取城跡附太閤ヶ平)
近年の主な復元・整備 吉川経家、池田長吉
天守の現況・形態 独立式望楼型[3重/1573年頃築/改築]、複合式層塔型[2重2階地下1階/1605年改/焼失(落雷)]
主な関連施設 門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀、井戸
住所 鳥取県鳥取市東町2
問い合わせ先 鳥取市観光協会
問い合わせ先電話番号 0857-26-0756