日本100名城

とっとりじょう

鳥取城

鳥取県鳥取市

別名 : 久松城、久松山城
旧国名 : 因幡

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鳥取城
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カズサン

中の御門枡形石垣復元工事中 (2022/06/18 訪問)

 鳥取城の第一期復元工事幕末の登城門ルートの復元を目指して、擬宝珠橋、中の御門表門と復元が進み、現在中の御門表門を潜って登城は表門の所で閉鎖された、桝形石垣の修復復元積み直し工事が着々と進んで居ます、中の御門枡形石垣が復元完成すると、櫓門の復元、枡形石垣上に土塀の復元が待って居ます、近々の進捗計画では令和4年度末でしたが、何時なのでしょうか?待たれます。
 又登城時、内濠が水草清掃、水の入れ替え、石垣周辺の草刈りがされ、南門側から北門、馬場跡旧球場側の内濠まで綺麗に成って居ました、非常に珍しい光景です、私は初めての体験でした。

 京都府兵庫県を廻って郷里鳥取での檀家寺での慶讃法要の為、鹿野城近くの鹿野温泉に宿を取り、陽はまだ高く国道9号線経由で鳥取城の中の御門枡形復元工事の現状確認に寄りました、当日は土曜日、周辺の駐車場は満車状態、グルーと廻って博物館の駐車場が偶然空きが出来ラッキー駐車出来ました。
 写真は中の御門桝形石垣工事(工事現場は金網フェンス越しの撮影)、綺麗に成った内濠、久松山と鳥取城を投稿します。
 

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朝田 辰兵衛

怪しい天気だったので,太閤ヶ平は見送り。 (2022/06/11 訪問)

怪しい天気の中,鳥取駅前から鳥取城へ。鳥取駅バスターミナル→仁風閣・県立博物館間 路線バス(くる梨:緑コース),仁風閣・県立博物館バス停から,徒歩約2分で仁風閣到着。
仁風閣の受付でいきなり英語で話され,これがこの地の慣習なのかと思いきや,私を外国人と見誤ったそうです(←生まれて初めての経験)。
先に天球丸エリアを散策し,いざ山上ノ丸へ。天守跡から眺望する太閤ヶ平はすでにモヤッてました。しかし,ちょっと向かってみることに…。
外神砦(十神砦)へは無事に行けましたが,ここから先は雨が降ったら危険と判断。しかも,太閤ヶ平へは麓から別ルートが存在するので,日をあらためて計画することとしました。やはり,太閤ヶ平から鳥取城をしっかり眺望したい気持ちが強いので。

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やなぎぶそん

城ふぉとコンテスト【城と看板】奇跡の手水鉢 (2019/05/14 訪問)

手水鉢が石垣に利用されているのは初めて見ました。
案内板がなければ見逃していたと思います。
手水鉢のエピソードも書かれてあって、とても興味深かったです。
お城めぐりの醍醐味ですね。

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カズサン

【城と看板】 (2011/04/12 訪問)

 三階櫓台「お左近の手水鉢」

 二の丸三階櫓台の算木積角の中段より上部に丸い穴の空いた石が有ります、これが「お左近の手水鉢」で関ヶ原戦功の入封池田長幸の時、鳥取城近世城郭への改修築城工事に当たり難工事であった三階櫓もお左近の手水鉢を石垣に築き込んだところ無事完成したとの言い伝え、昭和18年の鳥取大地震で鳥取城の石垣も被害が大きく三階櫓台も崩落し、昭和38年この手水鉢と思われる石材が発見され、三階櫓台修復工事に際して元の位置に復元された。(看板抜粋加筆)


 

 

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概要

羽柴秀吉による兵糧攻めの舞台として有名な鳥取城は、その後に城主となった宮部氏や池田氏によって整備拡張された。城は山上ノ丸と山下ノ丸に分けられる。標高263mの山頂に付櫓を持つ複合天守が建てられ、天守焼失後は山下ノ丸の三階櫓が代用を果たした。菱櫓跡や多聞櫓跡によく残っている石垣も見ておきたい。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城、山城
築城年代 天文年間(1532〜1555)
築城者 山名氏
主要城主 山名氏、吉川氏、宮部氏、池田氏
文化財史跡区分 国史跡(鳥取城跡附太閤ヶ平)
近年の主な復元・整備 吉川経家、池田長吉
天守の現況・形態 独立式望楼型[3重/1573年頃築/改築]、複合式層塔型[2重2階地下1階/1605年改/焼失(落雷)]
主な関連施設 門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀、井戸
住所 鳥取県鳥取市東町2
問い合わせ先 鳥取市観光協会
問い合わせ先電話番号 0857-26-0756