二俣城は天竜川東岸の丘陵上に立地し、往時は二俣川が城の東側から南側にかけて流れており、三方を川で囲まれた天然の要害地形であった。本丸を中心に南側を二の丸、蔵屋敷、南曲輪を配し二の丸と蔵屋敷、蔵屋敷と南曲輪それぞれに堀切を配していました。(画像4と6)また、本丸の北側には北曲輪を配し、こちらにも本丸と北曲輪の間に大規模な堀切(画像8)を配していました。さらには、北曲輪の北側にも堀切を配しそれぞれに堀切で区画することにより、尾根続きとなる北側の防御を固める構造となっていました。
本丸には1辺約10m程で野面積みで積まれた天守台が現存しており、天守台の北側には石段と共に付櫓の為の突出部が設けられていますが、天守台に礎石が残っていないとの事から天守が在ったかどうかは分かっていないとの事です。
二俣城の東側山麓にある清龍寺には全国的にも珍しい復元された井戸櫓(画像9)や武田氏への内通を疑われ自害した家康公嫡男の徳川信康公の廟所(画像10)があり見どころ満載の城跡です。
駐車場も北曲輪の北側(堀切があったとされる場所)に6台程停められる駐車場もあり、2ケ所にトイレ(1ケ所は簡易トイレ)も設けられております。また、カズサンさんの投稿にあった通り植生整備事業が進んでおり、今まで見る事が出来なかった西の丸(画像7)や天守台をぐるりと一周することが出来ます。
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