ふたまたじょう

二俣城

静岡県浜松市

別名 : 蜷原城
旧国名 : 遠江

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二の丸大手門跡を見上げる
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カズサン

令和7年錦秋の二俣城 (2025/11/26 訪問)

 雨上がりの昨日午前中、晴天で空も澄切って居り絶好の紅葉撮影日、遠州では遠江一宮の小國神社の紅葉がニュースになり賑わってるとの報道で7ヶ月振りに二俣城の紅葉は如何かと登城しました。
 しっかりと紅葉して目の保養、しっかりと脳裏に焼き付けてきました。人は少なく静かに楽しめます。
 何時ものポイントを廻って撮影しましたので紅葉の二俣城の写真を鑑賞ください。

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朝田 辰兵衛

雨に濡れた石垣がイイ風情…☂ (2025/10/11 訪問)

土砂降りとなり,足元はぬかるんでおりました。感覚的に,あまり無理できない土質の印象。水の手曲輪跡から鳥羽山城へとアクセスしましたが,以前は天竜川で仕切られていたとのこと。何かにつけて人間を阻んできた天竜川。この日は全然穏やかで,荒々しい印象は受けませんでした。
写真では伝わらないですが,越後の雨とは違い,一気に体温を奪うような冷たさはなかったです。

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にのまる

天浜線乗り潰しの途中で。 (2025/08/09 訪問)

「どうする家康」放映時に訪れて以来です。
天竜二俣駅で下車し、最初に天浜線車両基地での乗車体験ツアー(¥900)に参加しました。鉄道歴史館も洗車体験乗車も楽しかったです。

前回は二俣城まで歩きましたが、今回は天浜線乗り潰しの目的もあったので二俣本町までひと駅乗車し、井戸櫓、清瀧寺、信康廟を訪れました。時代小説をよく読んでいた頃は信康にも築山殿にも徳姫にもさまざまな(よくない)感情をもっていましたが、今は事実を正確に知ることが供養にもなるのかなという思いでいます。

信康廟から二俣小学校をぐるっと巻くコースで二俣城へ向かいました。遊歩道はありましたがちょっとした山の中で周囲も険しめ。あれれ?なんだここは?と思ったら付城群の蜷原砦だったようです。

3人連れの鉄旅でお城は行けないかもと思っていましたが、かっこいい石垣を見上げ、天守台に上がり、天竜川を眺めと充分に楽しむことができました。

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カズサン

二俣城の堀切それぞれ (2025/02/25 訪問)

 二俣城には南側先端の南の丸Ⅱ南下に一号堀、南の丸Ⅰと南の丸Ⅱの間に二号堀・切岸、南の丸Ⅰと二の丸の間に三号堀・切岸、本丸と北の丸の間に四号堀・堀切、北の丸の北側に五号堀・堀切(現在は北の集落への道路と二俣城専用駐車場に成って遺構は判りずらい)、南の丸Ⅰの西下に二号竪堀、西の丸Ⅱの南下に一号竪堀が存在しています。本丸に在る二俣城案内パネルに二俣城実測縄張図が掲示されて居ますのでご確認ください。
 今だ、一号堀と一号竪堀は未確認です。
 
 今年の2月25日冬枯れの樹木の葉っぱが落ちて、草刈、樹木伐採の清掃整備が出来上がった頃を見図って出掛けました、晴天世良い一日でした。今回の投稿で2025/02/25撮影の写真投稿は終了です。
 続いて鳥羽山城を同じく探訪しましたの続いてタイミングを見て投稿させて頂きます。
   

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 不明(天守台あり)
築城主 松井氏?
築城年 16世紀前期
主な改修者 大久保忠世
主な城主 松井氏、中根氏、依田氏、大久保氏、堀尾氏
廃城年 慶長5年(1600)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 国史跡(二俣城跡及び鳥羽山城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 静岡県浜松市天竜区二俣町二俣
問い合わせ先 浜松市役所生活文化部文化財課
問い合わせ先電話番号 053-457-2466