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にのまる

「大阪・お城フェス」かるた大会

“行けたら行く”とゆる〜く匂わせして、その裏でしっかり特訓を重ね、全力で遊びきったかるた大会、無事終了しました。

当日11時頃に会場入り。溢れかえる人たちを掻き分け目指すはアジア航測さんのブース。
「あさんとかイオさんとか、名札を提げたかるたの人来ませんでしたか?」と展示に関係のない質問をいきなりしてしまいました。
「来てますよ」との返答をいただき、まずはほっと一息。そこから怒涛のリサーチです。一日目(前日)のかるた大会の様子どうだったか、札は50枚全部使うのか?並べ方は?などなど……全く大人げない💦

大会会場となる部屋で千葉室長の講演が始まっていたので最後列に着席して聴講しました。ふと前を見ると青い紐を首に掛けた方お二人の後ろ姿。机の上には「登城しました」のエコバッグ。間違いない、あさんとイオさんだ😊

初めましての挨拶もそこそこに直前練習スタート。
文字なし絵札の上級クラス。絵札を見て城名を答えるだけなら全員100%出来るので、やはりスピード勝負です。
イオさんはご自宅の畳の上に絵札を広げ、本番さながらの実践練習をされたとか。私は本番での札との距離がわからなかったので、近くても遠くてもいいようにコンタクトレンズはやめて遠近両用メガネ(😅)で臨みました。
もう一人の出場者さんも城びとメンバーでXでも相互フォローの方。初めてお会いしましたが、いろいろお話ができてよかったです。

本気で挑んだ戦術ですが、
赤い城さんの新幹線シリーズ
【しんかんせん が】→新高山城
【しんかんせん ふ】→高山城
これはギャラリーの皆さんも大喜びだったと思います。

【けんしんが】→増山城
【けんしんと】→七尾城
は5文字目を聞き逃さないように。

【かいぼうと】→松前城
【かいどうを】→国吉城
は「海防」と「街道」の聞き間違いに注意。

そして、参加者のみなさんはきっと絵札をしっかり縄張図として見ておられたと思いますが、私は「イチゴの形」「鳥がグエッてなってる」「毛細血管バリバリ」「広島だけにもみじ饅頭」「パズルのピースの三段重ね」「焼き芋」「クネクネとヒラヒラ」「片方靴下」「右向きの恐竜」「刃が3枚の手裏剣」など付け刃的な覚え方をしたことを白状します。失礼しました🙇‍♀️
それでもそこをきっかけにして赤色立体図のおもしろさに気づき、現地に行く楽しみや、行ったお城の振り返りができたのはとても嬉しいことでした。帰りに梅田の百貨店の大理石風の壁面の模様が赤色立体地図に見えた時は、自分で吹き出してしまいましたが。

2日間張りつきの城びとスタッフさん、お世話になりました。ありがとうございます。

また、初級クラスで令和生まれと思しきお子様方がかるたに夢中になって真剣勝負している姿はとても微笑ましく、ケータイゲーム全盛時代に昭和遺産のごとき城びとかるたが登場したことは日本の将来にとっても大変意義深いことだと感じました。
中級クラスでも途中からヒントなし絵札に切り替えるなど、参加者皆さん本気で全力で楽しんでいらっしゃり、もうこれは12月の開催もやらざるを得ないのではないかと、そのように思っております。

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ヒロケン

最後の日本式城郭 (2026/07/26 訪問)

松前城は松前港を見下ろす台地上に築かれ、津軽海峡に向けて最上段に本丸を置き、二の丸、三の丸と下がる階段状で築城されています。二の丸の外側を堀が囲み、三の丸の土塁に沿って七基の砲台が並んでいました。今は見る事が出来ませんが、正面に大手門、東側に搦め手門など城内には16の城門があり六つの櫓と本丸に天守の代用とされた三重櫓(再建)がある城郭であったとの事です。
大手門側は異国船の海からの攻撃に備え最新兵器の砲台まで築かれた堅固な城であったが、裏手の北側からの攻撃を想定していない造りで低い石垣と土塀だけであったために、函館戦争のおり旧幕府軍が松前城を攻撃した際、城の北側から攻められ1日ともたず落城しています。

北海道の城というと思いつくのが、西洋式城郭の五稜郭とアイヌ民族が築いたチャシというお粗末な知識で、いずれも自分の好きな和式城郭ではないと思い、下調べもあまりせず日本100名城のスタンプ目的で訪れましが、そのマイナスな期待を見事に裏切ってくれた松前城でした。随所に和式城郭に相応しい石垣、堀、門、櫓などがあり夢中で散策しました。一部で改変?されているところもありましたが(画像4と画像7)、そこがまた恰好が良い!(^^)!1時間ほどの散策であったので、またいつか機会があれば訪れたい城です。

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イオ

大阪・お城フェス2026 (2026/08/09 訪問)

今回の大阪・お城フェス参加は、半ば以上かるた大会のためでしたが、ブース等もひととおりめぐっていますので、その中で個人的に目を惹いたものなどをいくつか…。

会場に入ってすぐに全国・大阪のお城マップとフロアマップがあり、入口脇で本多忠勝・豊臣秀吉・石田三成の甲冑がお出迎えです。その先は「中世における3つの内乱期と河内長野」の企画展示(ジオラマ以外は撮影禁止)、そして河内長野市のブースでは「楠公めし」が目を惹きました。「楠公めしって『この世界の片隅に』ですずさんが炊いていたあれですよね?」と売り子さんに尋ねると、苦笑して「映画では微妙な感じに描かれていますが、これは美味しいですよ」とのこと。ホントに? とも思いましたが、話のタネにと買ってみました。ひとつで良かったんですが、ひとつ350円のところ3つだと900円とお得な上に烏帽子形城の特製御城印も! との売り文句につられて3つ買ってしまいました。御城印は集めてないのに何やってんだか(笑) 早速家で食べてみましたが、玄米にしてはふわふわな食感が不思議な感じで、ずいぶん食べやすくアレンジされてるんだろうな、という印象でした。

大阪でのイベントのため出展ブースも関西周辺が多く、行ったことのある城も多いですが、展示やもらった資料を見ていると再訪したくなりますね。そんな中で「戦国のメインステージ岐阜」では南宮山陣城と玉城、菩提山城の散策マップを発見! 菩提山城はともかく南宮山の陣城や玉城の縄張図は未入手だったので、これでまたいずれ関ケ原に行くことになりそうです(また陣城に行こうとしてる…)。これは遠方ですが肥前名護屋城石垣さんぽという冊子を購入し、ガイドマップももらったので、来年くらいには名護屋城にも行きたいものです。かるたの予習で赤色立体地図も繰り返し眺めていましたしね。

かるた大会の後にもお城クイズラリーの取りこぼし回収のためブースをざっとめぐって、回答を提出して解答&解説をもらい(全問正解でした)、会場を後にしました。かるた大会出場のためステージイベントは全く見られませんでしたが(「秀吉の陣城」が聴きたかった)、かるた大会に加えてブースめぐりでも楽しく過ごさせてもらいました。
 

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お城から八丁なので八丁味噌 (2026/07/24 訪問)

 イオさん、カルタ大会の投稿をありがとうございます。ものすごい人出で、ブースコーナーでは、イオさんを見つけられないと思い、赤色立体地図の特別講演に来られると期待して、お待ちしてました。すぐに、見つけていただき、良かったです。
 イオさん、にのまるさんは、自作の読み札カードを作られたり、地図が上下逆だけでなく、斜めに置いてあっても判読できる練習をされたとか。順位は、練習量の通りで、順当な結果かと。本番前の練習で、何文字目で取るかの争いであることがわかり、予想を越えるレベルでした。赤色立体地図発明者の千葉さんはじめ、スタッフの方々も高レベルさに、喜んでいただけました。中級、初級も大盛り上がりでした。
 さて、岡崎城です。皆さんが推す、青海堀、良いですね。青海堀脇で、武将隊の方に声をかけてもらいました。家康様であったか。天守閣最上階に、パンフレットコーナーがありますが、「岡城城跡 石垣めぐり」は、閲覧用のみでした。1階の売店でお話ししてると、ここで渡してますと、もらえました。三河武士のやかた家康館でも涼んだあと、八丁離れた、八丁味噌蔵に行き、味噌煮込みうどんをいただき、味噌蔵を見学しました。

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とってぃ

曳き戻し前 (2026/08/10 訪問)

曳き戻し前の様子を見れたのも貴重。

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とってぃ

夏は大変… (2026/08/10 訪問)

草木が伸びており遺構はとても分かりにくかった…
次回訪問に期待して、今回は早々に退散。

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イオ

赤色立体地図お城かるた大会 (2026/08/09 訪問)

大阪・お城フェス2026において開催された赤色立体地図お城かるた大会(2日目)に参加しました。開場直後に会場入りし、まずはかるた大会会場の場所を確認してから各ブースを見学。軽くひとめぐりしたところで、赤色立体地図の特別講演の時間になったので会場に行ってみると、東美濃の山城跡エコバッグを持った方が! お隣に座ってあ さんにご挨拶し、講演の後には「登城しました!」エコバッグを目印ににのまるさんも合流されました。会場の城びとスタッフさんに昨日の参加状況をお尋ねすると、昨日は初級・中級のみで上級の参加者は無かったとのこと。…まぁ、あまりにもマニアックですもんね。この日の上級クラスはあ さん、にのまるさん、私と読み札採用者の方(一応お名前は伏せておきます)の4名で争われることになりました。

受付の後、にのまるさんとかるた対策について話す中で、「受験の頃以来に絵札や読み札を英単語カードのように繰りながら覚えましたよ~」と言うと、「私もです」と自作の読み札カードを見せてくれました(というか、レポート用の写真に撮るために見せてもらいました)。にのまるさんのかるた大会にかける本気を見せていただきました。開会までの時間にあ さん、にのまるさんと長テーブルで本番形式で練習対戦したところ、にのまるさんが優勢、あ さんと私が互角(同数)という結果。あ さんもしっかり準備して臨んでおられるご様子、さすがです。

そして迎えた本戦。上級クラスは畳敷きで争われ、予選はにのまるさんがリードし、あ さんと私が追いかける展開ながら、あ さんはひざ痛の影響で畳敷きでは持てる力を充分に発揮できず、終盤追い上げた私とにのまるさんが同数(18枚)で決勝進出。にのまるさんは決勝戦前「もう疲れた」とか「集中力が…」とか言っていましたが、始まると一気にスイッチが入って怒涛の連取! 連取!! 連取!!! 何とか挽回しようとするもろくに見せ場も作れないまま31枚対18枚の完敗でした…。表彰式では優勝・準優勝者に賞品が、参加賞としてかるた大会で取った合計枚数を記入した絵馬が全員に贈呈されましたが、この絵馬、厚紙かと思いきや小さいながら木製で期待以上の代物でした。記念にします。

…ということで、100名城かるたの企画段階から「かるた大会、かるた大会」と言い続けてきましたが、ついに果たすことができました。我が家はかるたになじみが深く、子供の頃、お正月に母方の実家に行くと、祖父が読み手となって親戚みんなでのかるた(百人一首)大会が始まる…という一家でした。小さい頃は坊主めくりで遊び、小学校高学年あたりからは百人一首にまぜてもらうも、年長の従兄姉たちには太刀打ちできずコテンパンにやられ、悔しさから百人一首を覚えて来年の雪辱を期す、の繰り返しでした。祖父が亡くなり、お正月に親戚みんなが集まることもなくなり、以来 本気でかるたに取り組むことは久しくありませんでしたが、今回は約40年ぶりに本気でかるたに向き合うことができ、私同様あるいはそれ以上に本気で取り組んでおられる方々とご一緒できたことは、本当に嬉しく楽しい時間でした。ありがとうございます。

なお、夏休みでもあり初級参加者は全員が小学生以下(たぶん)でした。中級も中学生くらいまでの子どもがいて、その意味でも上級への参加で良かったな、と。いくら「本気で」といっても子ども相手に「俺tueee」するのは恥ずかしすぎるので…(笑)

それと、赤い城さんの新幹線シリーズ、実戦でも大ウケでした。決勝戦では両札とも私の近くにあったんですが、「新幹線」に続く一音が読まれた瞬間ににのまるさんの手が伸びて取られてしまいました。にのまるさんが狙っているのは承知していたので、何としても阻止するつもりで意識していたんですが…。こちらでも完敗でした。

参加賞の絵馬の作りは他の機会での使用を想定しているものと思われ、横浜でのお城EXPOでも赤色立体地図かるた大会が開催される可能性は大いにあると思います。開催されるなら今回参加できなかった方も、年末までに腕を磨いてぜひ本気で挑戦してみてください。読み札カードを自作して臨む初代・赤色立体地図お城かるたクイーンを打ち破るのは並大抵のことではありませんよ!
 

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トク

地震から2週間経った熊本城 (2026/08/09 訪問)

令和の地震(7月28日)から、2週間が経った熊本城を訪れました。熊本市内の交通インフラは、ほぼ平常に戻っていました(写真⑨)。しかし新幹線・在来線・高速道路はいずれも、熊本市から南の八代市・宇城市・氷川町とその周辺で、未だ不通となっていますので御注意下さい。

現在の熊本城は、天守と宇土櫓周辺・空中回廊・行幸坂などが、安全が確認されるまで立ち入り禁止となっています(写真⑧)。よって行ける範囲で、どんな状況かを見てきました。今回の地震で40カ所の石垣と11カ所の建物内部に被害があったそうです。

この西出丸西側(写真②③)崩落が一番大きいようです。左のモルタル部分は10年前の崩落で、その両側に崩れ落ちた跡があるのが今回の崩落です。右は約40mに渡って崩れていました。

小天守下の東側(写真①④)と、加藤神社の入口(写真⑤)にも、いくつか崩落が見られました。このあたりは崩落個所が結構多いです。

数寄屋丸二階櫓の前回の崩落の右側や、連続桝形にも大きな崩落があるとの話をニュースで聞いたのですが、立ち入り禁止区域なので確認できませんでした。しかし連続桝形の入口にあたる馬具櫓の石垣には、大きな崩落が見えました。

本丸御殿の壁にも新たな亀裂や剝落ちた跡が、遠くからですが見えました(写真⑥)。あの亀裂の下の石垣も崩落しているらしいと聞いたのですが、行けないので詳細はわかりません。

飯田丸五階櫓の新たな石垣は、近づけないので遠くから見た感じですが、びくともしていないように見えました。奇跡の一本足から耐震化された石垣に変わり、その効果が実証されたようです(写真⑦)。

天守は遠くから見る限り無事な様子でした(写真①⑨)。耐震ダンパー、瓦の軽量化が功を奏したのか、外観はビクともしていないように見えました。今回の地震で、瓦は1枚も落ちなかったそうです。しかし内部には一部亀裂や展示物の破損ができているそうで、現在休館中になっています。当時館内には多くの見学者がいたそうですが、けが人は一人も出なかったとの事、本当によかったです。

8月のイベントは全て中止となっており、ちなみにくまモンも活動自粛中のようです。わくわく座も修復工事中で休館でした。

立ち入り規制の区域や状況も日々変わると思いますので、最新情報は熊本城公式HPを参照されて下さい。スタンプ場所も、二ノ丸復興城主受付場所に臨時移動しているようです。

私も、10年前以来の二度目の復興城主の登録をして、わずかですが熊本城復興に寄付をさせて頂きました(今はこれぐらいしかできないので)(写真⑩)。

最後に、熊本城の立ち入り規制が解除され、被災された熊本県の皆様が一日も早く元の元気な姿に戻られる事を願います。そして10月の「特別版 お城EXPO in 熊本」が盛り上がり、熊本城と熊本県民の皆様に、元気を与えられる大会になればいいなと思っています。
 

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ミヤちゃん

朝イチで来て良かった (2026/08/10 訪問)

本来ならば麓から登っていくものなのでしょうけど、
体力に自信がなくて車で登りました。前情報で、城の近くの駐車場は軽じゃないと、つづら折りを曲がりきるのは難しいとあったので、元々軽自動車の私は難なく登れました。
御城印をもらってから登城。天守で城下を見ると、よく分からない建造物が!?アレ何だろうな?と思いながら城を後にしました。

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todo94

北海道のチャシ・陣屋めぐり②【城びと未登録・鹿落しのチャシ】(北海道厚岸町) (2026/08/08 訪問)

厚岸のお供山展望台には4つのチャシが記されていました。しかし、遊歩道の先には立ち入り禁止のロープが張ってあったりしてどう進んでたどり着けばよいのかわかりませんでした。展望台に至近の鹿落しのチャシだけは確認できました。明瞭な空堀が残っていて、このチャシからも神岩チャシを望むことができました。

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とってぃ

秋田城跡歴史資料館へ (2026/08/09 訪問)

前回訪問した際は休館日だった秋田城跡歴史資料館へ。

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とってぃ

佐竹史料館へ (2026/08/09 訪問)

久保田城は二度目。
前回は休館日だった佐竹史料館をリベンジ。
周囲の散策は最小限に。

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にのまる

曳戻し (2026/06/28 訪問)

天守曳戻し工事が始まる2日前に見納めに行ってきました。
平成27年の曳家工事から11年。時の流れの早さに只々びっくりです。
プラモデルみたいと言われることもある弘前城天守ですが、ジャッキアップされた姿は地面に接していないせいか風格が増した印象を受けました。
ここから毎日少しずつ移動し、向きを変え、修理を終えた石垣の上に戻るのは今年の11月の予定だそうです。訪問日からひと月以上経ち、もうすでにかなり移動しているかと思いますが、迫力の岩木山を背にした天守を懐かしく思う日がくるんだろうなぁ。

本来の天守台石垣の全容は鉄骨に覆われて見ることはできませんでしたが、空に向かって延びる大きなクレーンがクライマックスに向かっていることを示しているようでした。
曳戻し体験会には参加できませんが、天守が戻った暁には見に行かずにはいられないんじゃないかな、と思います。

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ぴーかる

伊奈城 (2026/06/14 訪問)

【伊奈城】
<駐車場他>伊奈城址公園利用者駐車場
<交通手段>車

<感想>1泊2日東海ちょこ城道中10城目。伊奈城は15世紀中頃に本多定忠・定助によって築城されます。1529年に城主本多正忠は松平清康(家康の祖父)の田原城攻めに参戦して勝利しその祝勝会の逸話が「葵の紋」発祥ゆかりの地の由縁となるそうです。伊奈本多氏はその後も徳川家に仕え、家康は関東移封後もそれに伴います。城はこの時に廃城になります。
 現地は公園になっていて、主郭部分の土塁の一部や堀跡(現在は池)、火葬場の跡が残されています。土塁は4m以上ありそうな高土塁で平城ながら防御制のある城だったことをうかがわせます。

<満足度>◆◇◇

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チェブ

スカイローラーで下山? (2026/07/04 訪問)

「粟野城」は丸ごと城山公園になっていて、縦長の駐車場もありました。
駐車場入口に石碑がありました。
写真①、「粟野城」と書かれているかな~と、思ったら城山公園の石碑でした。
随分と上の方に駐車した為、入口からえっちらおっちらと緩い坂を歩くと右手に横尾家の墓所がありました。
説明板があるので近くに寄ると、こんな所に勝海舟さんのお名前。
初代粟野町長は、勝 海舟さんや日下部 鳴鶴さんと交流があったそうです。
説明板に、山頂の『城山』は徳川 慶喜さんの揮毫、との記載がありました。
「粟野城」は幕末色が濃いのかと思いきや、足利 忠綱さんが籠城したようです。
足利 忠綱さん?
調べてみたら面白い方で鎌倉幕府が平家討伐の際、近くの小山家には挙兵の令旨が届いたが、足利家には届かなかった為に平家に付いたんだとか。
それから以前、あさんから美しい写真を投稿していただいた、藤原 秀郷さんの瀬田の百足退治のお話が繋がります。
百足退治のお礼としてもらった大鎧を、足利 忠綱さんが受け継ぎましたが、戦の途中重いので他の鎧に着替えて、失くしてしまいました!
おとぎ話のように見つかるのですが、、、。
藤原 秀郷さんの時代から200〜300年後に鎧、着るかな~?
足利 忠綱さん、にくめない先人のお一人です。

「粟野城」は駐車場からも、いくつか遺構を見ることができます。
徳川 慶喜さんの『城山』を見て、山頂からスカイローラーで滑って下山しようと思いましたが、たくさんの家族連れ。
恥ずかしいので退陣しました。

スカイローラー滑っていたら、尾てい骨、危ないかもしれない。と思った「粟野城」攻めでした。

そうそう。
カルタ大会、楽しかったですか〰️。(^O^)

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コウマくん

高架下に石垣 (2026/08/08 訪問)

三原駅から徒歩0分。天守閣は建造されなかったけど天守台に駅があるからホームからの眺めは正に天守閣からの眺めですね~。
石垣が新幹線を支えてました

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todo94

北海道のチャシ・陣屋めぐり① (2026/08/08 訪問)

2年前に本土最東端の納沙布岬には来ているのですが、Eの4極到達コインを購入していなかったため、また来ることになってしまいました。釧路に泊をとってレンタカーを借り受け、納沙布岬を目指す途中で厚岸に立ち寄りました。二年前にも厚岸湖の対岸から神岩チャシの遠望写真撮影を試みたのですが、満足な写真が撮れなかったのです。今回はお供山展望台から遠望してみることにしました。お供山展望台へは、鉄製の立派な階段でアプローチできます。展望台が建っている山頂は平坦かつ広大で津波の避難所として麓の住民すべてが避難できるだけのキャパシティを持っています。

日本気象協会の天気予報は曇りのち雨でしたが、ウェザーニュースの予報は晴で見事な青空が広がっていました。ばっちり、遠望写真が撮影できたかと思います。神岩チャシの現地に赴くにはチャーター船を利用するか、林道から自動車利用のどちらかになります。林道からアプローチする際には釧路総合振興局森林室の許可が必要ということでハードルが高く、遠望だけで良しとせざるを得ないかなと思います。

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888の日 (2026/08/08 訪問)

 名古屋城の内堀の中で暮らしていた2頭の母娘の鹿、母は「もみじ」、娘は「やまむら」という名だそうです。その娘の方のやまむらちゃんは7月半ばから体調を崩して獣医師さんが点滴などの治療をしていましたが8月5日死亡が確認されました。推定年齢は12歳以上で老衰とみられています。 母親のもみじちゃんは推定年齢15歳から18歳程とみられていますが元気だとのことです。このニュースをTVで知り登城して来ました。スタッフの方に聞くともみじちゃんは堀の中に今もいるとのことでしたが、茂みに隠れているようでその姿は確認できませんでした。名古屋市も暑いですから日陰の方がいいのでしょう。名古屋城のお堀には江戸時代尾張徳川家の時代から鹿が生息していた記録が残っています。現在の2頭(今は1頭)は1991年に和歌山の動物公園から譲り受けたホンシュウジカ3頭の子孫です。小学生の頃、最初に登城したときは数十頭いたと記憶しています。高齢の鹿だとは知っていましたが寂しいですね。
 西南隅櫓の特別公開、西の丸御蔵城宝館展示「名古屋城本丸御殿の障壁画―夏の草花」などを観た後、いつものように周囲をぶらぶら散策してきました。本丸搦手馬出周辺石垣修復事業は進んでいましたね。

 この日は名古屋城夏まつりの初日。令和8年8月8日、888の日を記念して先着500名に特別御城印とブランドロゴをデザインしたコットンバッグ、金鯱のペーパークラフトが無料配布されていました。長蛇の列ができていましたが、せっかくなので並んでいただいてきました。 
 

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ヒロケン

城館 (2026/07/26 訪問)

志苔館は東西に川、南は海に面した丘陵上に立地し、自然地形を活かし四方に土塁と空堀を巡らせた単郭方形の縄張りになっています。城域は東西約80m、南北約60mでやや東西に長く、約4100㎡の規模で北から南へ緩やかな傾斜がある平坦地となっています。
土塁は北側が4~4.5m、南側は1~1.5mの高さとなり、西側と東側は土塁が途切れて、それぞれ出入口となっています。また、北側と西側の空壕は幅5~10m、深さは最大3,5m程で断面が箱薬研の形状となり、特に西側は土塁を挟んで二重壕が掘られています。
(パンフより抜粋)

五稜郭と函館山のちょうど中間ぐらいに立地しているホテルに宿泊し、そこから函館空港の横にある志苔館まで車で25分くらい。函館朝市に行ってみたく、早起きして朝駆けしました。駐車場はありませんが(志苔館から少し登った公園脇に駐車)トイレは完備されており、続100名城のスタンプもトイレ前の東屋にあります。

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カズサン

猛暑日散歩 (2026/08/07 訪問)

 先に投稿した日本庭園の滝に池を終えて、天守曲輪西より攻める、西日に輝く屏風折れ石垣、埋門と屛風折れ石垣、埋門越しに観る天守閣、まだまだ日差しはきついので天守閣を南西角のビューポイント、天守閣南面、北面と撮影し、本丸北側の囲い石垣・富士見櫓台、富士見櫓台跡よりビューポイントの天守御門と天守閣を狙うが逆光陰、天守門日陰で鏡石を眺めて北側の鏡石を撮影。天守御門南下より石垣と天守御門撮影するが逆光陰、東側より狙うと西日の逆光で陰となり映りが鮮やかでない。
 暑さの折りサラッと流し散歩です。
 

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