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カズサン

【三河 坂崎陣屋】愛知県幸田町 大久保彦左衛門陣屋 (2026/01/24 訪問)

 しんちゃんが2025年11月21日投稿の大久保彦左衛門ゆかりの陣屋と紹介が有り、初めて認知し何時か行こうとグーグルマップの確認、ネットで坂崎陣屋を検索し資料を出力して保存して居ました、今回家内の要望で味噌田楽を食べたい!TVの放映も有り岡崎城の「いちかわ」食事処と岡崎城探訪の前に寄る事にしました。

 住所:愛知県額田郡幸田町坂崎弁天54(八百富神社)
 駐車場:セブンイレブン幸田坂崎店駐車場利用(トイレ休憩をしたく利用)、他には八百富神社西隣の坂崎公民館、公民館南の正源寺東参拝者駐車場が一時的なら可能?
 参考資料:愛知県の城でヒットした坂崎陣屋、グーグルマップに依る。

 セブンイレブンさん(国道248号線弁天交差点北西角)でトイレを借りて少し買物した後車は南西角の邪魔に成らない小型車駐車エリアに駐めて、八百富神社の南参道より進行、鳥居の前に陣屋跡石垣と案内板有り、正面三段石階段の左右に2~3段の石垣が残って居る、鳥居を潜って拝殿前で参拝、東手の手水所横に坂崎陣屋跡案内板が有る、拝殿横に水が抜かれた池、陣屋跡の庭園の池か?その奥東に土塁が在る。
 西隣には坂崎公民館、前庭は駐車可能、八百富神社との境に家康重臣平岩親吉に縁の有る平岩と射割石の案内板と三分割された平岩展示されていた。坂崎公民館西の入口には坂崎陣屋跡案内指示板が方向を指している。西の入口から南に折れると正源寺参拝者駐車場、当時葬儀中で正源寺石碑を撮って探訪終了。

 歴史は、旗本大久保氏2000石の領地支配の陣屋、慶長19(1614)年初代の大久保彦左衛門忠孝より明治まで代を重ねて継承、八百富神社は昭和12年に陣屋前に在ったが手狭に成り現在の陣屋跡に遷した。
 大久保長安事件で長兄忠世の子小田原城主忠隣改易、叔父にあたる彦左衛門忠教も連座し改易されていた、大久保氏は忠隣の孫忠職の代で赦免されて養子忠朝の代で小田和城主に復帰して居る。(案内板、ネット情報による)
 
 大久保彦左衛門と一心太助の映画、TVドラマは有名ですね。しんちゃんの投稿を機会に訪ねる事が出来ました。感謝です。
 

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赤い城

絶景と登り石垣 (2026/01/02 訪問)

前回登城時は時間が無くリベンジを誓っていました。
今回再訪、目的は登り石垣です。
寒いけど晴れた冬の空に模擬天守も映えていました。

馬屋跡の駐車場に車を置き、まずは本丸に向かいます。
大石段も石垣も素敵、さらに本丸からの絶景を楽しんだ後西の丸へと向かいました。
籾蔵から200m進むと曲輪が見えてきます。
もちろん脇にそれて石垣を見ながら半周、西の丸は出城のような役割で建物は無かったとされています。
また、残念石もありました。

引き返し西側の登り石垣を目指します。
搦手の石垣は工事中ですが休工中、降りれそうだったので進んでみました。
暫く降りると右手に登り石垣が見えます。
なかなかの規模、見応えありですね😀

八王子神社に向けての登城路を登り再度山頂部へ。
今度は東に進みます。
二段の郭の下から東の登り石垣を望みます。
さすがここは遠景のみ、それでも迫力がありました🥹
目的は達成、武者溜から東一の門まで行って撤収しました。

絶景と登り石垣だけでなく見どころは多い城ですね。

【見どころ】
 ・絶景
 ・登り石垣(東西)
 ・各所の石垣
 ・本丸への大石段

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todo94

名古屋中村大河ドラマ館開館翌日の攻城 (2026/01/25 訪問)

前夜は名古屋でも雪が降ったようで積雪がありました。すき家で朝食をとって徒歩で名古屋城に向かいましたが、中堀周りを歩いているときには、雪もよいの天候となってしまいました。名城公園のIGアリーナ前のスターバックスにて暖をとり、9時の開城を待ちました。入城したころには天気は回復して青空が広がってきました。今回の目的は御殿の城カード。内苑売店にて無事、購入し、本丸御殿内を観覧いたしました。本丸御殿の重文の障壁画が展示されている西の丸御蔵城宝館もしっかりと見てくることができました。

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ぴーかる

祝辞ありがとうございます。

 todo94さん、祝辞ありがとうございます<(_ _)>。鳥取県制覇頑張って下さい。山陰地方と広島県の北の方は特に積雪がどうなっているか分からないので冬場の山城攻めは判断が難しいです。夏場はもっと嫌ですし。

 にのまるさん、クイズ正解良かったです。最近の他の方々へのクイズが全然分かんなくて、ちょっとドキドキしながら構えてました。近況次に制覇しそうなのは残り7城くらいの三重県・福井県かなあという感じです。来年かな。

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駿府城

「静岡市文化財及び歴史的まちなみ保存活用プロジェクト」へ寄附のお願い

静岡市では、貴重な文化財や歴史的まちなみを守り、未来へ継承していくため、「静岡市文化財及び歴史的まちなみ保存活用プロジェクト」を推進しています。
静岡市には、指定を受けている文化財だけでも300件を超える文化財が存在し、さらに、未指定でありながらも歴史的・文化的価値をもつ文化財が、静岡市が把握しているものだけで約2,000件にのぼります。
これらの文化財は、地域の歴史や人々の営みを今に伝えるかけがえのない財産です。しかし、文化財を将来にわたって守り、活かし続けていくためには、所有者や行政だけの力では限界があり、市民の皆さま一人ひとりのご支援が不可欠です。

◆寄附金の使い道 ―――――――――――――――――――――――――――――――
頂いた寄附金は、積み立てたうえで、文化財及び歴史的まちなみの保存・活用にかかわる取り組みに活用することを想定しています。
→寄贈・遺贈を受けた建造物の保存活用、地域シンボルの整備、民間所有指定等文化財の修理、史跡や名勝の維持管理など

◆寄附等の方法 ――――――――――――――――――――――――――――――――
添付資料のQRコードのリンク先の申込フォームからお申込みください。
① 一般寄附(個人) 1口2,000円以上
② 一般寄附(企業・団体・個人事業主)
③ 企業版ふるさと納税 1口10万円以上
※寄附方法により税法上のメリットが受けられます。寄附金控除の詳細は、国税庁・地方公共団体等のホームページをご確認ください。
※詳細は静岡市ホームページをご覧ください。(https://www.city.shizuoka.lg.jp/s6725/s013185.html)

静岡市の文化財を「地域総がかり」で守り、未来へ受け継いでいくために、本プロジェクトへのご理解とご支援を、心よりお願い申し上げます。

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todo94

名古屋中村大河ドラマ館開館日の攻城② (2026/01/24 訪問)

日比津城からの転戦です。4kmほどの道のりでしたが、徒歩でアプローチしました。城址公園として整備されています。城址碑の裏には、読みにくかったのですが、簡潔な説明が彫り込まれていました。この後、献血のために名古屋駅に戻る際には、名鉄下小田井駅を利用しました。昼食には少し贅沢をしてタワーズ20献血ルームへと向かいます。成分献血の採血機は時間のかかるトリマだったのですが、16時には、タワーズ20献血ルームを後にすることができ、名古屋中村大河ドラマ館の最終入館時刻には十分に間に合いました。

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赤い城

柳澤城 兵庫県淡路市 (2026/01/02 訪問)

城びと未登録城です。
三好氏の配下、淡路十人衆のひとり柳澤氏の居城です。
周囲は農村で長閑な風景、道路の広くなったスペースに車を置き散策してみました。

城跡は小高い岡の上で段々畑になっていました。
周囲は電気柵が設置されていて眺めるのみ、心眼で見るにとどめました。
近くに見張り台があるようですが行っていません。

この日のお昼は淡路島バーガー、淡路ビーフと淡路島産の玉ねぎを使ったボリューミーな逸品でした。

【見どころ】
 ・見上げる段々畑

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りあそーる

篠山観光案内所

でレンタサイクル。20分くらいです。LAWSON目印。国道車がけっこう飛ばすし、大型車注意です。
稜線出るまでが結構しんどかった記憶があります。
本丸からの盆地の見晴らしが爽快!案内板に周囲の各城や山がイラストで描かれてわかりやすい。
黒井城に主郭周囲は似てるなーと思いました。

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りあそーる

駐車は

案内板の前のスペース。周囲の道路は側溝あるので注意!
山全体で城!という感じ。案内板から道渡って散策すると一度下ってまた戻ってくる感じなので、下から登って来た方が良いかもです。その場合の駐車スペースは知らん。
移築された城門がお城下の集落の反対側のお寺にあります。国中向かうなら道沿いなのですぐきづきますよ。
佐渡はここと妙宣寺の城趾と某漫画に出てきた高校がある城址に寄りました。

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りあそーる

麓で

冷やしラーメンとジャンボ焼売の名店に立ち寄る。
お店からすぐの神社から登る。
わりと緩やかだけど曲輪や削平地多くて見応えあり。見晴らし良し。
帰りは麓で日本酒と油揚げ、地元ワインもある。謙信公にちなんだお菓子屋さんもある。町並みが良い。
駐車場は図書館ある所を使わしてもらいました。

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カズサン

田楽を食べに岡崎城へ-Ⅲ (2026/01/24 訪問)

 田楽を食べに岡崎城へ-Ⅱの続です。

 八丁味噌を使った味噌田楽菜飯定食を食事処「いちかわ」で食べて天守閣に登る、登城券を三河武士のやかた家康館とのセット券を購入(@650)、松平広忠展を25日間で開催してるとの説明と三河武士のやかた家康館はリニューアルしてから入館していないのでセット購入。
 天守閣、本丸を出て二の丸へ、丁度時間は14時家康公のからくり時計がからくり披露で人が集まって居ました、三河武士のやかた家康館に入館、1階の特別展「松平広忠展」見学、地階に降りて資料展示、関ケ原のシアター解説には人が集まっていた、色々武具を触れて持てる体験学習、槍は長尺の鑓、蜻蛉切槍の体験も出来ました、火縄銃、当時の馬への乗馬体験、至れり尽くせり、シアターは時間も有りゆっくり鑑賞。
 出ると丁度15時、からくり時計の家康公披露の時間で舞を鑑賞。二の丸から東曲輪へ復元大手門、東曲輪復元隅櫓を駐車場側から眺めて、土産もの店はパスし二の丸坂を降りて東曲輪復元隅櫓を下から眺める、隅櫓下の南切通しは発掘調査されて樹木伐採、石垣整備されてうす暗かった切通が明るく見易く奇麗に整備されていました。
 駐車場代金は1050円3時間半を岡崎城で過ごしました。

 帰りは地道3時間は辛く東名高速で、岡崎ICから新名神浜松浜北ICへ1時間で帰宅、高速は楽ですね。
  

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カズサン

田楽を食べに岡崎城へ-Ⅱ (2026/01/24 訪問)

 田楽を食べに岡崎城へ-Ⅰの続です。

 八丁味噌の田楽菜飯定食を食べてから天守閣に登りゆっくりと見て回りました、入場料は天守閣と三河武士のやかたセットで650円。
 地階の穴蔵石垣を観て階段で上階へ、階段は登り降りがセパレートされて居て混雑防止には大変良い考えです、岡崎城の立体模型でゆっくり勉強、シアターコナーでは座って全映像を観ました、色々の考えがあって面白い、終わりの龍神による空中映像は空を飛んでる様で体が揺れて実態感が有りました。
 天守の展望回廊は風も有り今日は特に寒くサラッと一周して終わり、清海堀横を通って二の丸へ、その前に持仏堂曲輪の北西突出しと奇麗に草刈されて居た残存石垣を観察して、からくり時計、三河武士のやかた家康館へ。

 田楽を食べに岡崎城へ-Ⅲへ続く。
 

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カズサン

田楽を食べに岡崎城へ-Ⅰ (2026/01/24 訪問)

 家内の要望で味噌田楽を食べに岡崎城へ出かけました、数日前にTVで岡崎の八丁味噌を使った田楽を食べる八丁味噌オナーの放映が有り、場所にピント来て岡崎城隠居曲輪に在る食事処いちかわと分かり出かけた次第。前々から「いちかわ」は認識して居ました。
 高速代を節約して地道で約75km程3時間経過。岡崎城公園駐車場を利用、30分150円(計1050円)、トイレ有。

 昼前でしたので先に隠居曲輪に在る「いちかわ」へ、テーブル席は私達で満席となり、順次畳席への案内でした、菜飯田楽定食とあんみつで2000円超っと、待ち時間と食事で1時間程楽しませて頂きました。結婚前にはよく食べていた菜飯田楽でしたが久しぶりに味わいました。
 
 食事を終わって「いちかわ」の前の咲き誇ってる紅梅を眺めて、辰巳櫓台石垣を眺めて、本丸へ入口辺りで天守閣の展望が樹木伐採、土塁の草刈されて東面が良く観える景観整備されていました。初詣は未だでしたので本丸に鎮座する龍城神社へ参拝。
 天守閣に登り、シアターなどもゆっくり久しぶりに観ました、空中から岡崎城を見る映像には体が揺れて自身だ飛んで見てるように感じます、天守閣の南面の松の大木が二本伐採されて南面の天守閣景観が大変良くなりました、清海堀も奇麗に草刈、樹木伐採されており上からですがよく観察できます。
 
 田楽を食べに岡崎城へ-Ⅱに続きます。
 

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にのまる

お返事ありがとうございます。

ぴーかるさん、膳所城正解です!お忙しい中、ご丁寧なお返事をありがとうございます。
滋賀県、行ってみたい場所がたくさんあります。ブラタモリは貴重な情報収集源\( ˆoˆ )/

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todo94

名古屋中村大河ドラマ館開館日の攻城① (2026/01/24 訪問)

遅れ馳せながら、ぴーかるさん、滋賀&鳥取コンプ、おめでとうございます。私も、今年のうちに鳥取のコンプは目指してみたいと思います。滋賀はまだまだ先が長いですが。

さて、先週末は名古屋中村大河ドラマ館開館にあわせて名古屋に足を伸ばしました。中村公園に到着した時には大河ドラマ館の入館待ちの長蛇の列ができていましたので、加藤清正出生地の妙行寺、豊臣兄弟出生地の常泉寺、秀吉清正記念館だけめぐって徒歩にて日比津城を目指した次第です。日比津城主野尻氏の墓と伝わる2基の石塔も確認することができました。大河ドラマ館の方は、午後、献血を終えた後、最終入館時刻16:30の前に赴いて、楽々入館することができました。

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赤い城

2026年城はじめ (2026/01/02 訪問)

今年の城攻めは淡路島からとしました。
目指すは白巣城、近くまで来ると案内板がいくつか設置してあり分かりやすいです。
皆さんのレポート見てドキドキしながら林道を登って行きます。
何とか駐車場へ、まずは東の丸方面に進みます。
この日は晴れ、東の丸は大阪湾を望み、眺望もよく気持ちよかったです。

縄張図を見るとさらに尾根が続いていたので進んでみました。
尾根の先の曲輪から竪堀が落ちていますが藪で少し分かりにくかったです。

引き返し、大きな堀切から東側の斜面を進むと竪堀も見られます。
馬繋場と呼ばれる曲輪には土塁も付いていました。
続いて西の丸へ、こちらは播磨灘を望みます。
石碑はここにあります。
西の丸と本丸の間の鞍部は広くなっていました。
最高所が本丸で、背後の斜面を下りると良好に残る堀切が敵の侵入を阻みます。

淡路最大の国人であった安宅氏の居城で安宅八家衆のひとつに数えられます。
秀吉の淡路攻めで落城しましたが遺構は良好に残るおすすめの山城です。

【見どころ】
 ・中央部の堀切とその先の竪堀
 ・本丸背後の堀切
 ・東の丸、西の丸の眺望

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ぴーかる

クイズの答えと祝辞ありがとう。

赤い城さん・チェブさん・にのまるさん祝辞ありがとうございます。<(_ _)>

朝田辰兵衛さん、クイズ簡単で良かったです。初東北旅行最高でした。関西には馴染みが無い、ホヤなるものを未だ食べたことが無くて、根城などの東北の百・続百名城が残っているので是非食してみたいと思っています。

あさん、宇佐山城正解でよかった。ちょうど今ブラタモリで琵琶湖の事やっていますね。私も湖西・湖東問わず若い頃から滋賀県はよく行っています。2024年に行った北比良城跡から見た比良山系の山並みが美しくて今でも強烈に印象に残っています。

赤い城さん、900城達成時に貴殿の故郷の近辺の城跡攻めていますね。三刀屋じゃ山城は尼子十旗に気を取られて、あとでじゃ山城跡も見応えありそうだとちょっと後悔した城跡です。

チェブさん、私、東西奔走しております(笑)読んで頂いてありがとうございます。未だ投稿してないですが、年末に茨城県・宇都宮・日光に行って、年始に熊本の人吉城・八代城に行って、さっき紀伊半島1周してきました。北陸や島根県にも行きたいですが雪で厳しくなってきました。あと、たまに関西弁入れ込むのはちょっとねらってんねん😄

にのまるさん、お待たせしました。無事帰って来れました。クイズ答え:膳所城です。街道を抱き込んだ城郭構造は「日本の城」のテキストにも掲載されていますね。私は2020年に行っています。移築城門が沢山残っているので頑張って巡りましたが、2門くらい見落としています。ちょっと心残りがあります。

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T-Shionoya

デザートは直鳥城 (2025/10/25 訪問)

昨年10月の佐賀県観光最終日、姉川城・横武城に続き最後に訪れたクリークの城は神埼市の直鳥城。

九州最大の平野である筑紫平野の北エリア、城原川西岸のクリーク地帯を城郭とした城。

案内看板によると、崎村城主・犬塚家貞の四男家久の居城として、1500年代初めに既存の小規模な集落を要塞化。
その後、1570年頃まで犬塚氏一族の城として機能していた模様。

現在は、昔ながらのクリーク地帯を保存する直鳥クリーク公園。

実際に訪れると、小さな島々からなる長左衛門屋敷・お庵の内のエリアはルートに屈曲もあり要塞感が漂う。
一方で農地化された公園の残り3/4は、むしろ荒地化しており少々残念な印象。しかし、その一部に土塁と思われる痕跡が残るのだとか。

滞在時間は1時間強。
佐賀最終日に味わったクリークの城コースのデザートが、私の城郭巡りの216城目となりました。

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あんしょー

岐阜城跡 山上部発掘調査 現地説明会 (2026/01/24 訪問)

天守西側に4段の石垣が描かれている、江戸時代の「稲葉城趾之図」
今までに1段目と2段目、そして4段目の石垣の存在が確認されているのですが。
昨年度の発掘調査で、ついに未発見だった3段目が発見されたとの事!
さらに礎石まで出土したとの事で、何かしらの建造物があった可能性が…
信長時代の岐阜城、やっぱりすごいですね( ´∀`)

残雪&極寒の中で行われた現地説明会。
貴重な現存遺構を直接見られて良かったです。

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トク

豊臣秀長 最後の陣所(松山之陣と根白坂の戦い) (2026/01/24 訪問)

私が高城を訪れたのは今回で3度目ですが、今回の目的は高城ではなく、直線距離で東に1kmの所にある、豊臣秀長が最後に陣を敷いたとされる「松山(松山之陣跡)」です。

また高鍋駅から木城行のバスに乗り30分、終点「木城温泉館湯らら」で下車すると目の前に松山が見えました(写真①の左の山)。標高は100mくらいです。な~んだ楽勝じゃないか😊と思いきや・・・?

この一帯は大きな戦いが2度あった場所である事は、みなさん御存知と思います。2度とも高城に籠る薩摩の山田有信を攻めた戦いです。1度目は1578年に大友軍が攻め、救援に来た島津全軍と決戦した「高城川の戦い(耳川の戦い)」です。大友軍はこの松山に陣を敷きますが、眼下の高城川にて致命的な大敗を喫してしまいます。

2度目は1587年、九州征伐で東ルートを任された豊臣秀長が15万の大軍で出陣し、この松山に陣を敷き高城に籠る山田有信を攻めます。そして有信を救援に来た島津全軍と対決した「根白坂の戦い」です。ここで島津軍は致命的な大敗を喫し、島津義久は豊臣秀吉に泰平寺にて降伏します。

目の前なのに、どうやらこの温泉館から直接登れる道は無く、山の東側からぐるりと8の字に遠回りして登り、絶景橋を渡れば上まで行けるようです(図④)。結局遠回りして歩き続け1時間もかかってしまいました(往復2時間)。車の方は宗麟原に駐車場があります。TVを見ると各地寒波による大雪で大変な映像が流れていましたが、ここ宮崎県は別世界。快晴で気温12度、川には菜の花が咲き、頂上に着く頃には汗が流れ出し、本当に今は1月なのかと疑いたくなる程の暖かさでした(写真②③)。雪国の方にはすいません。

そして橋を渡って宗麟原入口に着くと説明板がありました(写真⑦⑧)。そこから左側の松山へ入ります(写真⑨)。入った先は竹藪だらけで全く整備されておらず眺望もなく、藪をかき分けて行ける所まで進みました。するとちょうど切堀の跡を見つける事ができました(写真⑩)。写真⑧の図の南北の曲輪と曲輪を遮断している切堀と思われます。しかしそこから先は藪がひどくて前へ進めず、結局ここで断念してしまいました。もう少し整備してほしいものです。

それから絶景橋へ戻り、全体を見渡して見ました(写真⑥)。実際の決戦は、ここから遠くに見える「根白坂」で行われました。秀長はどんな思いで、この松山之陣から根白坂の戦況を見つめていたのでしょうか?

私は前回、がんばって高城から往復5時間かけてあそこに見える根白坂まで歩き、そして「なぜ島津は豊臣に敗れたのか?」を追いました。その時の様子は(お城を探す→高城)から検索して、(関ケ原の26人)の78・79・80話で詳しくレポートしていますので、もし興味のある方はそちらを読み返していただければと思います。

根白坂の戦いで勝利し大和郡山城へ戻った秀長は、その後に病で倒れます。それゆえ小田原征伐には参陣できませんでした。そして3年後、そのまま大和郡山城にて生涯を閉じてしまいます。

つまりこの場所は、豊臣秀長が最後に出陣し戦をした場所だという事になります。大河ドラマ『豊臣兄弟』では、この根白坂の戦いがどのように描かれるのか?🤔 そして終盤のクライマックスとなるのか?(😱~)。私は今から密かに楽しみにしています!😊
 

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