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カズサン

【三河・登屋ヶ根城】愛知県豊川市 深い喰違空堀が見所! (2023/02/04 訪問)

 香川画伯の岩略寺城俯瞰図に描かれてる登屋ヶ根城も岩略寺城、長沢城と周辺、巨勢陣屋を探訪し歩き疲れ足裏が痛み出したので車を駐めた誓林寺へ戻り登屋ヶ根城へ向かいました。
 ガイド情報は城郭放浪記さん余湖図コレクションさんグーグルマップに依ります。

 住所:愛知県豊川市長沢町番場37
 駐車場:在りません、閉館ホテルの入口スロープへ縦列路駐
 登城経路:国道1号線の関谷交差点から西に100m先に吉川塗装手前の細い道を南は入る道なりに約300m程に閉館ホテル入口

 登城:北側のホテル入口から少し戻ると竹林中に白い城名標柱が有ります、標柱が竹林樹々に囲まれて横の解説文は確認できず、標柱からさらに戻って深く大きい空掘りが有ります、1郭の北東角の土塁が高切岸で立派に残って居ます、空堀の東側2郭の登城路を登り空堀を上から望む、2郭は畑の様です、あまり入り込めないので降りて南側へ西先端を回り込み南側から眺めると東に2郭へ登る登城路有り、南側の空堀も有るが樹木で覆われている、登ると北側空堀と南側空堀が喰違い、土橋と成って居る、2郭は現在畑の様、1郭と西先端は閉館ホテルの敷地の様、覗ける所から確認してあまり深くは入りませんでした。
 見所は1郭と2郭間の食違い空堀でしょうか?、1郭の北東角の高土塁と深い空堀も見ものです。
 (1郭、2郭は余湖図コレクションさん俯瞰図の名称に由ります)

 また、南側に20,30mの所に江戸期に造られた長沢「フロノ下」の猪垣が有ります、猪、鹿を防ぐ石垣だそうです見事な造りです。

 歴史:現場の城名標柱の案内が確認出来ませんでしたので、城郭放浪記さんの内容によると今川氏により造られ、桶狭間合戦の後、家康に備えて今川の家臣を城番に置き、永禄4年(1561年)家康が攻略した。
 詳細は城郭放浪記さんを見て下さい。
 

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昌官忠

202302沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)2日目:首里城(玉陵(世界遺産)) (2023/02/04 訪問)

「沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)ツアー」で玉陵(世界遺産)に行って来ました。
ここはグスクではありませんが、ツアーの見学に含まれていたので首里城の周辺観光として投稿します。

首里城の守礼門から、徒歩6分450m西方向の首里城前交差点先に玉陵(たまうどん)があります。
首里城公園のパンフレットにも玉陵の記載があります。
玉陵は1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築かれ、第二尚氏王統の陵墓となりました。
墓室は3つに分かれ、東室は王様と王妃がねむる部屋、中室は洗骨前の遺体を安置する部屋、西室は王子や王女がねむる部屋です。
攻城時間は15分くらいでした。

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昌官忠

202302沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)2日目:首里城(円覚寺跡&第32軍司令部壕) (2023/02/04 訪問)

「沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)ツアー」で円覚寺跡に行って来ました。
ここはグスクではありませんが、ツアーの見学に含まれていたので首里城の周辺観光として投稿します。

首里城の久慶門から徒歩2分140mくらいで円覚寺の総門前に着きます。
首里城公園のパンフレットにも円覚寺総門の記載があります。
円覚寺は琉球における臨済宗の総本山で、屋号を天徳山と称したようです。
第二尚氏王統の菩提寺であり、琉球随一の寺院だったそうですが、大戦によって破壊されました。
総門は復元、放生橋は修復されたもののようです。

円覚寺の総門前から徒歩2分170mくらいで第32軍司令部壕に着きます。
第32軍司令部壕は首里城公園のパンフレットには記載がありませんが、円覚寺の総門前から歩くと世界遺産の「園比屋武御獄石門」手前に案内板があります。
第32軍司令部は1944年(昭和19年)3月、南西諸島の防衛を目的に創設されました。
1945年(昭和20年)3月、空爆が激しくなると、第32軍司令部は地下壕に移動し、米軍との決戦に備えたそうです。
現在、坑口は塞がれ中に入ることはできません。
見学時間は円覚寺跡&第32軍司令部壕を併せて15分くらいでした。

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昌官忠

202302沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)2日目:首里城 (2023/02/04 訪問)

「沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)ツアー」で首里城に行って来ました。
首里城の攻城は2回目になります。(攻城目的でないのも含めると4回目だと思います)
1回目は、首里城正殿の火事(2019/10/31)前に「クラブツーリズム沖縄の名城5つを全てめぐる2日間」で2019/1/28に攻城しました。
今回、首里城正殿遺構の修復工事中とのことで、正殿遺構の見学はできませんでした。

攻城は①守礼門➡②歓会門➡③瑞泉門➡④漏刻門➡⑤広福門➡⑥奉神門➡⑦焼け落ちた龍頭飾り➡⑧世誇殿➡⑨東のアザナ&ガマ遺構➡⑩淑順門(人物がバッチリ写っているので投稿できません)➡⑪久慶門➡円覚寺跡(別途投稿)➡第32軍司令部壕(別途投稿)➡守礼門に戻るルートで巡りました。
復元工事中の正殿以外、前回(2019/1/28)とほぼ同じルートでの見学です。
奉神門では開門を告げる朝の儀式「御開門(うけーじょー)」を見学することができました。動画を撮り妻にLINEしました。
修学旅行の学生が多く、人物をはずしての写真撮影に苦労しました。
復元工事は2026年(令和8年)まで続くようです。復元が終了したら、またきてみたいです。
攻城時間は90分くらいでした。

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todo94

新年2日目の攻城③ (2023/01/02 訪問)

長野尚業が築城。長野氏の菩提寺・長年寺には尚業の墓がありました。存命中は武田信玄の侵攻を防ぎ続けた長野業政の墓もありました。長野氏の本拠は箕輪城に移りますが、箕輪城危急の際には白川口埋門から鷹留城に退避するとのことで、江戸城における甲府城みたいな存在の城なのでしょうか。山中にとても素晴らしい構えの城として存在していました。ただ登城ルートがとてもわかりにくかったです。「埋もれた古城」の鷹留城のページにウモさん手描きの地図がありましたのでプリントアウトして利用させて頂きました。ありがとうございました。この地図がなかったら絶対にたどり着けなかったと思います。

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詠狸庵

座喜味城 (2018/12/03 訪問)

名将護佐丸による築城と伝えられる座喜味城は、琉球のグスクの中でも規模は中位ですが、石垣の曲線が非常に美しく魅力的です。
上から見ると曲線的な五稜郭というか、イトマキヒトデのような形をした二つの廓を少しずらして重ねたような縄張をしています。
沖縄のグスクは、どこも太平洋や東シナ海の青い青い海原を見晴らすことができるのも魅力です。
他のグスクと同様、太平洋戦争末期に米軍の攻撃により多大な被害を受けましたが、見事に復旧されています。今の平和がいつまでも続いてほしいものです。

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茲茲

色んなお城を見ましたが一目惚れです (2023/02/03 訪問)

姫路城、犬山城、岐阜城などなど今まで数え切れない数のお城を見ましたが、松本城を見た瞬間は感動しました。直ぐ色んなお城の本を見てお城の深さを知りこれから色んなお城をもう一度じっくり見たいと思い始めました。
松本城は本当に最高です。夜のお城は1番おすすめ!

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赤い城

氏家小学校に土塁が一部残る (2023/01/29 訪問)

ここも時間勝負。
氏家駅から2時間で御前城と勝山城を廻る必要がありました。
御前城は氏家駅から徒歩10分くらい。
氏家小学校が城跡です。
小学校の北東部に少しだけ土塁が残っています。
平日は不審者扱いかもですが案内板もあるのでウェルカムかもしれません。
他は東側を流れる水路が堀跡かもしれません。
少しですが遺構が残っていること自体が嬉しいですね。
と感慨に浸る暇も無く勝山城へ向かいました。
そう言えば氏家は非難めぐりが有名。
駅前の観光案内所には雛壇が飾られていました。
ちょうど現在開催中らしいです。

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カズサン

【三河・長沢城と周辺】愛知県豊川市 旧東海道筋長沢城周辺散策 (2023/02/04 訪問)

 岩略寺城を城郭放浪記さんグーグルマップで調べていると岩略寺城北側麓に通る旧東海道筋に史跡マークが有り、長沢城跡、長沢御殿跡、観音堂城跡、旧東海道長沢一里塚表示されて居り、城郭放浪記さんでは巨勢陣屋が1km以内で紹介されて居り、岩略寺城を1時間探訪した後に、麓の旧東海道筋の誓林寺さんの駐車場に駐めてぶらぶら散策探訪しました。散策探訪前には誓林寺を参拝同じ宗旨のお西さんでした。
 後でわかりましたが東に300m程行った所に長沢地区市民館(愛知県豊川市長沢町午新122)が在り駐車可能です、東隣は長沢小学校です。

 探訪史跡
 Ⅰ、長沢城跡・・長沢小学校南東グラウンド道側に案内板あり、縄張概要図も有り、小学校南旧東海道筋から北へ古城団地辺りが城域だった様です。古城団地南西角に長沢城跡標柱が有ります、国道1号線北側です、遺構は良く分かりません、1号線バイパス、名鉄線、東名高速で南北が分断、宅地開発などで遺構が無くなったのでしょう。

 Ⅱ、長沢御殿跡・・家光の休息所として建てられた、長沢小学校裏手と国道1号線の間に遺構が有る様です、土曜日学校に入れず、北東側の入り口も虎ロープが張って有り入所を断念し望遠レンズで遺構石垣?遺構内部?を撮影。

 Ⅲ、旧東海道長沢一里塚跡・・標柱と土塁跡?を確認。(写真投稿無し)

 Ⅳ、観音堂城跡・・長沢小学校北西の樹々が茂った小山、南の警察官駐在所西横から登って行く、中に観音堂、直ぐ北は国道1号線。

 Ⅴ、巨勢陣屋跡・・愛知県豊川市長沢町山崎、巨勢氏5千石の旗本、吉宗に随身して旗本に成る、明治まで継承、西隣の立信寺に移築書院玄関がある。高速道、名鉄線、国道1号線で南北が分断されて居り、南北通れる道を探し降りたり登ったり。
 
 情報は城郭放浪記さんグーグルマップです、城情報は城郭放浪記さんでご確認ください。
 結構疲れました、岩略寺城、長沢城周辺で約4時間、店も無く非常携帯食とペットボトルのお茶で歩きながらの昼食でした。
  
 

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昌官忠

202302沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)1日目:勝連城 (2023/02/03 訪問)

「沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)ツアー」で座喜味城に行って来ました。
勝連城は2回目の攻城になります。
1回目は、「クラブツーリズム沖縄の名城5つを全てめぐる2日間」で2019/1/28に攻城しました。

2019年に攻城した時は歴史文化施設「あまわくパーク」はありませんでした。
常設展示場では靴連グスクや阿朝和利の歴史、勝連グスクの再現模型等が見学できます。
付近は工事中でテーマパーク化するようです。
攻城時間は70分くらいでした。本日の攻城はここで終り、宿泊先のホテルに向かいます。

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🏯城好きのメガネ

「烏山城」 (2019/04/06 訪問)

<オススメ>★★★☆☆
烏山城は、那須資氏の次男・那須資重が築城し、那須氏の居城となる。小田原征伐の際に、那須氏が改易され、織田信雄が一時城主となる。その後、豊臣秀吉から領地を与えられた成田氏長が烏山藩を立藩する。成田氏の家督争いが勃発し、改易。幕末まで譜代の大久保氏が治める。現在、石垣等が遺されている。

<アクセス>
JR烏山駅 徒歩25分

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🏯城好きのメガネ

「勝山城」 (2020/04/06 訪問)

<オススメ>★★★★★
勝山城は、鎌倉時代頃に氏家公頼が築城し、氏家氏の代々の居城とされる。戦国時代には、宇都宮氏の支城となり、芳賀氏が治めた。1597年に宇都宮氏が改易されると廃城となった。現在、土塁、空堀等が遺されている。

<アクセス>
JR氏家駅 徒歩25分

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🏯城好きのメガネ

「御前城」 (2020/04/06 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
御前城は、鎌倉時代頃に氏家氏の祖である氏家公頼が築いたとされる。戦国時代には宇都宮氏の支城となった。宇都宮氏が改易されたため廃城となる。現在、遺構は消滅している。

<アクセス>
JR氏家駅 徒歩10分

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昌官忠

202302沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)1日目:安慶名城 (2023/02/03 訪問)

沖縄の100名城と続100名城はすでに攻城済なので、今回のツアーに参加したのは未攻城のグスク攻城が目的です。
その目的のひとつ安慶名城に「沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)ツアー」で行って来ました。

築城年代は定かではないようですが、伝承によれば初代は大川按司で、伊波グスクの伊波按司の子とされるそうです。
伊波按司の子は次男が屋良グスク、三男は喜屋武グスクに配されたと云われています。

安慶名城は標高48.7mの切り立った岩山に築かれており、現在は公園と闘牛場に改変されています。
山頂部の内郭を山腹の外郭が取り囲む輪郭式の縄張は、沖縄本島ではここだけだと云われています。
石垣に穴が空いている箇所があるが用途はわかりません。
攻城時間は35分くらいでした。

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昌官忠

202302沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)1日目:座喜味城 (2023/02/03 訪問)

「沖縄に残る13のグスクめぐり(クラブツーリズム)ツアー」で座喜味城に行って来ました。
座喜味城は2回目の攻城になります。
1回目は、「クラブツーリズム沖縄の名城5つを全てめぐる2日間」で2019/1/27に攻城しました。

前回、回らなかった外周を一周しました。
高く分厚い石塁が巡る二郭の城で、城門のアーチ門には楔石が用いられています。
石塁には他にも随所に張り出しがあって、屈曲する城壁はとても美しいです。
攻城時間は60分くらいでした。

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飛騨市

歴史講座「今解き明かす江馬氏の山城」開催!

高原諏訪城をはじめとして、中世に江馬氏が築いた山城跡が神岡には多く点在します。これらには曲輪や堀切といった遺構が今でも現地に残ります。さら現在、傘松城が国史跡に追加指定されるよう準備を進めています。
そこで今回は、江馬氏の山城の見方・面白さについて、飛騨市学芸員がこれまでの調査成果をもとに発表します。

また終了後の昼食として、江馬館利活用事業で開催された「神岡フレンチ@江馬館」で料理を提供いただいた「ビストロ シェ・ボア」林シェフ考案のランチ向けのフレンチボックスを用意しました(フレンチボックスは限定40食・要予約ですので、ご注意ください)。

開催概要
日時:令和5年3月5日(日曜日) 9時30分~13時00分

会場:船津座 多目的ホール(飛騨市神岡町神岡町船津1130-1)

参加:無料・予約不要(定員150名)
※神岡フレンチボックスは要予約です(詳細は下段をご覧ください)。

主催:飛騨神岡街づくり実行委員会、飛騨市教育委員会 協力:飛騨市観光協会
イベント内容
 ※発表時間は目安です。

  開場 9時00分~

  挨拶・趣旨説明 9時30分~9時40分

  <講演1>江馬氏の山城の分布と構造(三好清超) 9時40分~10時10分

  <講演2>傘松城跡の縄張りの見方~赤色立体地図を中心に~(大下永)10時10分~10時50分

  <講演3>傘松城跡の発掘調査成果(石川蕗)11時00分~11時40分

  <発表>江馬館利活用事業について(飛騨神岡街づくり実行委員会 藤田栄)11時40分~12時10分

  <昼食>12時10分~13時00分(料理予約者のみ) 


【神岡フレンチボックス】 40食限定 税込み2,000円(要予約)
料理について:飛騨の食材をふんだんに使ったフレンチのランチボックスです。

予約方法
ビストロシェ・ボアへ電話予約ください(電話番号:0578-82-4827)

予約の際、「氏名・住所・電話番号・注文数」をお知らせください。

予約締切:令和5年2月17日(金曜日)

注意事項:先着順のため売り切れの場合はご容赦ください。

ご予約は歴史講座に参加される方のみ受け付けておりますのでご了承ください。

支払いは当日現金にて承ります。

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赤い城

工場のそばに主郭が残る (2023/01/29 訪問)

矢板駅から徒歩で30分くらい。
シャープの工場により大半が消滅していますが主郭部は整備されて残っています。
北側の虎口が公園入口になっていて石碑が立っています。
すぐに土橋があり、両サイドに空堀が掘られています。
早速降りてみて堀底道を周回。
枯れた下草でやや歩きにくいのですが十分です。
西側にも虎口と土橋がありました。
堀の内側には高い土塁が廻っています。
この郭、ほぼ正方形で折れもありません。
主郭に建つ神社周辺にも謎の土塁がありました。
この日は電車での攻城だったので30分に1本の電車を逃す訳には行きません。
堀底道の周回は文字通り駆け足となりました。

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みぃ

ちょっと荒廃した山の中 (2023/01/17 訪問)

隣の山は安土城…みたいなところに位置する山の上にあった。ナビでは、現在使用していない門の前に案内され、実際は山の反対側のようなところから入って行く。狭い山道を上って行くと観音正寺へ上がるための料金所があり、そこから登ると駐車場にたどり着いた。車を停めて、更にそこから10分ほど歩くと観音正寺に到着。
時間が17時までとあったので、本堂で先に御城印を購入して、その後でお寺の横の道から観音寺城跡へ歩いて行く。
わりと放置された山の中で、少し夕暮れがかっているので不気味な感じがする。細い山道は、バランス崩したら崖から落ちてしまいそう。そして事件が起こっても誰にも気づいてもらえなさそう…なーんて想像しながら歩いて行くと、手入れのされていない山の中に本丸跡が出てきた。石垣らしいものが見当たらなくて、薄暗くなる前に色々みたい気持ちが焦る。お城の門につながる道を発見!
長い急な階段があった。
上がりたかったし、下に降りてもみたかったが、すぐに真っ暗になりそうだったので、断念した。
本丸以外にも建物跡の形跡を探したかったけど残念。
またいつか機会があったら、早い時間からたっぷり歩いてみたい。

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詠狸庵

深夜、満月の光に浮かぶ天守と北アルプス、そして北斗七星 (2023/01/07 訪問)

23時には本丸以外のライトアップが終了するので、その後0時から2時にかけて月の光だけで撮影しました。満月に照らされる天守はライトアップ時よりも繊細でどこか妖しげな美しさを見せてくれます。雪の北アルプスも月光に映えています。本丸側だけは朝までライトアップされているので、二枚目の画像では月光との違いがわかります。
この時点で気温はマイナス1度、この時期の松本としてはむしろやや暖かい位かも。ほぼ無風、ライトアップが消されると堀の鯉たちも静かになるので、薄氷が張る寸前の水面は鏡のよう。
満月と市街の灯りのため星はあまり多く見えませんが、ライトアップ時だと天守の明るさで2等星位までしか写らないのに比べると、もっと暗い星まで多く写ります。

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T-Shionoya

関東管領の城へ その2 平井金山城 (2022/12/03 訪問)

昨年の12月初旬は、先週投稿した平井城に続き群馬県藤岡市の平井金山城へ。

平井金山城は平井城の背後に位置する比高約170mの金山を城郭とした詰の城。
築城時期は、案内板に関東管領上杉憲実が鎌倉を退却した1438年頃と書かれてますが、1466年に家督を継いだ上杉顕定の平井城改修時との説もあり詳細は不明。

現在は、大手口が利用不可なものの搦手口から井戸曲輪に掛けてが関東管領金山城址公園に。
搦手から登ると、急斜面に深い枯葉の絨毯が滑りやすく要注意状態。
物見台からは比較的緩やかになり、本丸までに複数のクランク状虎口が存在。

本丸北側の腰曲輪には土塁と土橋を確認できる虎口があり、見どころの1つでしょう。
主郭部に入るための堂々とした門構えの印象。

井戸曲輪前から大手口方面は、未整備の尾根を進むことに。
櫓門跡のある平場は石垣が築かれており、ここも見どころの1つ。

櫃岩まで行き引き返し、滞在時間は約2時間半。
関東管領の威厳が感じられた平井金山城が、私の城巡りの138城目となりました。

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