日本100名城 現存12天守

ひこねじょう

彦根城

滋賀県彦根市

別名 : 金亀城
旧国名 : 近江

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彦根城
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なお

彦根城3回目の訪問(彦根城博物館完成後) (2014/04/30 訪問)

この日は、守山から琵琶湖線を使い彦根に移動。
彦根駅から徒歩で佐和口から入城し、彦根城博物館を見学した後、天秤櫓前の堀切を通り鐘の丸から天秤櫓を通り太鼓門櫓を抜け、
本丸(天守)へ。その後は、西の丸三重櫓前の堀切を通り玄宮園へ。
帰りは、彦根駅へ向かい駅前商店街にて昼食。
その後の予定は、彦根駅から琵琶湖線にて安土へ。

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虎の子

石垣探検ツアーに参加してきました (2025/12/06 訪問)

彦根観光協会による彦根城の石垣探検ツアーに参加してきました。参加したのはプレミアコースで登り石垣5つすべてを通常立ち入り制限されている場所からも含めて上から下から見学できるコースでした、石垣好きの方にはお勧めです
今まで何度か彦根城は訪れているのですが、登り石垣にスポットを当てて観たことはなく、もちろんそばで見たのも初めてでとても面白い経験ができました
ただ観るだけでなく、ガイドさんがところどころ彦根城ミステリーも紹介してくれ、その謎解き談義がガイドさんや随行の協会の方とできたこともいい経験でした。気になったミステリーは、「黒門近くの登り石垣に沿った竪堀下にある低く小さく石垣で囲うのは何のため?」「彦根城最大の高石垣のある井戸曲輪は大坂夏の陣後の平和になった時期になぜ防御や攻撃のために作る必要があったのか?」でした。もちろん答えはなく私の私見ですが、前者は、未完成で放棄した登り石垣であることがかかわっていると推測するし、後者はそもそも攻撃や防御のためでなく井戸や塩櫓を作ったことを考えると生活に必要な井戸や貯蔵庫の整備する土地確保のために作られたと推測してます
このように内堀内をくまなく歩き(コースのルートは添付画像参照)特別の場所から観たり、いろんなミステリーの謎解き談義をしていたら3時間コースを大幅に超えてしまいましたが、あっという間の楽しい時間でした
なお、ツアーは天守や西の丸櫓には入らず石垣中心で、ツアー後は玄宮園紅葉(ツアーにチケットついてました)と琵琶湖の夕陽観て充実した彦根登城でした

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makkin

20年かけて完成した歴史 (2025/05/21 訪問)

彦根城は、城全体の保存状態が最も良く、江戸時代の 政治体制をあらわす「代表例」と言われてあるだけあってとても歴史を感じる佇まいでした。
ひこにゃんにも可愛らしく会えて嬉しかったです。

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ぷあー

彦根城 (2024/04/21 訪問)

2回目

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概要

徳川四天王の一人・井伊直政は関ヶ原合戦後に与えられた佐和山城を取り壊し、新たな城を築こうとするが準備中に死去。嫡子直継の代に天下普請で彦根山に完成したものが現在の彦根城。多彩な屋根が目を引く三重三階の天守は国宝で、中国の離宮を模して作庭された回遊式庭園の玄宮園も国の名勝に指定されている。

城郭情報

城地種類 連郭式平山城
築城年代 元和8年(1622)
築城者 井伊直継
主要城主 井伊氏
文化財史跡区分 国宝(天守等2棟)、国重要文化財(櫓、門、馬屋等5棟)、国特別史跡(彦根城跡)
天守の現況・形態 複合式望楼型[3重3階地下1階/1606年築/現存]
主な関連施設 御殿、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、櫓、門、天守、石垣、土塁、横堀(水堀)、塀
住所 滋賀県彦根市金亀町
問い合わせ先 彦根市教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 0749-26-5833