彦根城そばにある「長松院」を訪れてきました。ここは今では彦根商店街の中心に位置していますが、当時は芹川の三角州だった場所で、直政の遺言により遺体はこの河原で荼毘に伏されたそうです。そしてその地に現在は長松院が建てられています(写真①②③)。
最後に、「彦根城博物館」を訪れました。そして井伊の鎧兜の前に立ち、この赤備えを身につけて駆け回る直政の姿を想像してみました(写真④⑤⑥⑦)。そして天守最上階から佐和山を眺めながら考えてみました(写真⑧)。直政は死の直前、自分の人生をいったいどのように振り返っていたのでしょうか?
家康に15才で仕え、そして武田との戦いから関ケ原まで25年間、常に家康の傍を離れず、家康のために戦い続け、その家康が天下を取ったのを最後に見届ける事ができました。わずか42才の若さでこの世を去る事になろうとも、「我が人生に悔いなし」と、あの佐和山で家康との25年間を思い浮かべながら、息を引き取ったたのではないでしょうか?
家康が生前に語った言葉として、【徳川実記】にはこう書かれているそうです。
幕府を開くにあたっての
一番の功労者は
井伊直政である
私はこの井伊直政に、関ケ原のMVP(最高殊勲武将賞)を贈り、この話を終わらせて頂こうと思います。【関ケ原の26人】全130話、3年間にわたり長々と読んで頂き、大変ありがとうございました。また私の意見を不快に思われた方もいらっしゃるかとも思います。また事実と異なる内容もあるかもしれませんが、そこはあくまで個人的な視点での見解でありますので何卒御容赦願いたいと思います。
【関ケ原の26人:最終結果発表】です。
これもあくまで独断と偏見で決めた結果なのでお許し下さい。
(1人目)小早川秀秋
(2人目)吉川広家
(3人目)福島正則(敢闘賞)
(4人目)織田秀信
(5人目)島左近
(6人目)京極高次(殊勲賞)
(7人目)細川忠興
(8人目)小西行長
(9人目)宇喜多秀家
(10人目)竹中重門
(11人目)鳥居元忠(敢闘賞)
(12人目)田中吉政(好プレー賞)
(13人目)平塚為広
(14人目)池田輝政
(15人目)加藤嘉明
(16人目)黒田長政(殊勲賞)
(17人目)本多忠勝
(18人目)大谷吉継(敢闘賞)
(19人目)藤堂高虎(好プレー賞)
(20人目)山内一豊
(21人目)徳川家康
(22人目)毛利輝元
(23人目)石田三成(敢闘賞)
(24人目)島津義弘(敢闘賞)
(25人目)島津豊久(トク別賞)
(26人目)井伊直政(MVP最高殊勲武将賞)
以上でこのシリーズを終わらせていただきます。
長々と、大変ありがとうございました。
【完】
次は、大友宗麟の生涯をたどる旅へ出かけます。
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