日本100名城 現存12天守

ひこねじょう

彦根城

滋賀県彦根市

別名 : 金亀城
旧国名 : 近江

投稿する
彦根城
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

宗春

夏休み中にちょっと城めぐりしよう その3 (2024/08/17 訪問)

会社の夏季休暇にいくつか城めぐりしました。
3城目は彦根城。

帰省中の名古屋から青春18きっぷを使って彦根まで行って来ました。 目的は、JR東海の「EXたび」で「湖上から彦根城を眺めよう」というミニクルーズプランがあり、ひこにゃんと新幹線とコラボした特別な御城印付きだったため。
ただ、クルーズの名称から彦根城を眺めるのがメインだとばかり思っていたのですが、琵琶湖の案内がほぼ100%で、クルーズの帰りに遠くから彦根城も見えますよ的な内容でガッカリでした。
もちろん、せっかくなので入場料を払って間近でも見学して来ました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

イオ

城内散策とひこにゃん (2024/06/29 訪問)

(続き)

この日は耐震工事により天守内部には入れませんが、彦根城は天守だけでなく天秤櫓や西の丸三重櫓などの現存櫓も内部公開されていますので、天守に入れない代わりに見学しました。…いえ、天守内部公開の有無に関わらず毎回見学しているんですけどね(笑)

天秤櫓ではいつものように表門山道と大堀切を見下ろし、佐和山城を遠望して、佐和口多聞櫓と違って貫が塗り込められていない内壁を眺めていて、柱や梁のちょうな痕に気が付きました。これまでにも視界には入っていたはずですが、見えていても気が付かないこともあるものですね。

この時季は山崎郭周辺がサギの繁殖地になっていることから、7月末まで山崎周回路は通行止めになっていますが、西の丸三重櫓から山崎郭側を見渡すと、樹々の上に遠目にもはっきりわかるサギの群れ…。通行止めはちょっと大袈裟なのでは? とも思っていましたが、なるほどこれなら通行止めも納得です。

内堀に開けた門のうち裏御門だけは周辺立入禁止のため、これまで存在を意識していませんでしたが、玄宮園から戻る際に門跡を確認。ここから着見櫓まで登り石垣がのびているはずですが、木々が生い茂っていてよくわかりませんでした。なお、着見櫓側から見ても登り石垣は草木に覆われてよくわかりません。

そして彦根城で会うのは久しぶりのひこにゃん。この間もお城イベントでは何度か会っていますが、天守の下では初めてかもしれません。写真撮影タイムやひこにゃんにちなんだ〇×クイズが行われる中、夏場だけに合間にごくごくタイムを挟んでお茶缶(のぬいぐるみ)を持ったひこにゃんが水分補給をすすめていました。…いや、我々観客もだけど、ひこにゃん(の中の人)こそ水分補給必須だろ!? と思っていたら、真夏日だったこともあり、予定時間を繰り上げてひこにゃん退場…。ひこにゃん、お疲れさま。この日はニッポン城めぐりのイベントスポット(ひこね街なかプラザ)にあわせて、四番町ダイニング前広場でのステージも観覧しています。ゆるキャラ数あれど、やっぱりひこにゃんの可愛らしさは群を抜いているよなぁ…。

…ということで、特別公開2箇所に加えて城内を(城下も)散策し、お土産にひこどらを買って彦根を後にしました。満足満足。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

イオ

楽々園御書院特別公開 (2024/06/29 訪問)

(続き)

この日は佐和口多聞櫓だけでなく、楽々園御書院も特別公開されていました。楽々園自体は無料で公開されていますが、外から御書院を眺めることはできても内部に入ることはできなかったので、この機会に内部を見学させてもらいました。

靴を脱いで上がったところが玄関で、玄関右手の供侍には地震の間の構造模型が展示されています。玄関左手の内玄関、繋ぎ之間を経て御入側と呼ばれる縁側を進むと、御次之間の奥に御小座敷、上之御間の奥に一段高い御上段が配されています。隠居所(または下屋敷)だけに派手さはないものの、御上段などは落ち着いた格式が感じられる造りでした。御書院の奥の地震の間は非公開ですが、御書院内からは地震の間や庭園をいつもと少し違う角度で眺めることができました。また、御入側には御書院に関する説明パネルが展示されています。

楽々園に続いては玄宮園を散策。定番の天守を仰ぎ、北端の二重櫓跡にも行ってみました。何度も訪れていてもまだ見たことがないところはあるもので、いつか玄宮園をとことんめぐってみたいものです。

さて、2つの特別公開でこの日の目的の大半は果たしましたが、せっかく彦根城に来ているんですから、改めて城内(と城下)を散策してみるとしましょう(続く)。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

イオ

佐和口多聞櫓特別公開 (2024/06/29 訪問)

佐和口多聞櫓(国重文)と楽々園御書院の特別公開に行ってきました。姫路城・西小天守といい大坂城・乾櫓といい、特別公開という言葉に弱い私です(笑) 佐和口多聞櫓の特別公開は、耐震工事で天守内部の公開が停止されることに伴うもののため追加料金は無く、入口で当日の入城券を提示すれば内部を見学することができます。

中堀越しに佐和口多聞櫓を眺めつつ、佐和口の桝形を抜けて馬屋裏手の入口へ。安全性のためでしょうか、入口前には仮設階段が設けられています。多聞櫓内に入ると、佐和口桝形や中堀に面する土壁が二重壁になっているのが目を引きます。天秤櫓や西の丸三重櫓も大堀切側が二重壁になっているように、やはり佐和口多聞櫓も重要な防御拠点なんですね。二重壁の側には△と□の鉄砲狭間が交互に配されていて、佐和口桝形に十字砲火を浴びせる造りになっていることがよくわかります。佐和口門は礎石が遺るのみですが、ここに二重二階の櫓門が立ち塞がっていたかと思うと、とても突破できそうにありません。

内面は柱を見せる真壁造りとなっていますが、天秤櫓や西の丸三重櫓と異なり貫(水平材)は塗り込められていて、そのため内壁が波打って見えるのが特徴的でした。また、西側の防火間仕切は壁土を塗り直したばかりなのか、白さが際立っています。そして防火間仕切の奥の部屋の扉の向こうは西接する二重櫓…のはずですが、特別公開はここまで。二重櫓に入れなかったのは残念でしたが、佐和口の堅固な備えを体感できたこと、様々な内壁を見られたことなど、2~3月の特別公開時に来られなかった分、今度こそはと勇んでやって来た甲斐がありました。

次は、楽々園御書院の特別公開に向かいます(続く)。
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

概要

徳川四天王の一人・井伊直政は関ヶ原合戦後に与えられた佐和山城を取り壊し、新たな城を築こうとするが準備中に死去。嫡子直継の代に天下普請で彦根山に完成したものが現在の彦根城。多彩な屋根が目を引く三重三階の天守は国宝で、中国の離宮を模して作庭された回遊式庭園の玄宮園も国の名勝に指定されている。

城郭情報

城地種類 連郭式平山城
築城年代 元和8年(1622)
築城者 井伊直継
主要城主 井伊氏
文化財史跡区分 国宝(天守等2棟)、国重要文化財(櫓、門、馬屋等5棟)、国特別史跡(彦根城跡)
天守の現況・形態 複合式望楼型[3重3階地下1階/1606年築/現存]
主な関連施設 御殿、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、櫓、門、天守、石垣、土塁、横堀(水堀)、塀
住所 滋賀県彦根市金亀町
問い合わせ先 彦根市教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 0749-26-5833