なかむらじょう

中村城

福島県相馬市

別名 : 相馬中村城、馬陵城
旧国名 : 陸奥

投稿する
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

夏の雪だるま

相馬野馬追 (2016/08/19 訪問)

福島県相馬市の相馬野馬追でも有名な中村城です。中村の地は800年頃坂上田村麻呂が菅原実敬に館を築かせたのが始まりとされます。のちに1300年代から1543年まで中村氏の館が置かれますが、1563年相馬氏が支配下におさめ中村館に城代をおいたとされます。江戸時代に入り1611年中村館に新城を築き、それまでの小高城から移り相馬氏6万石の居城として明治維新まで続いています。城は宇多川左岸の丘陵に本丸を中心に二の丸、三の丸、岡田館など複数の郭を配し、周囲に水堀を廻らし東西600m南北650mの規模とされます。当初は本丸西南隅に天守閣がありましたが、1670年落雷により炎上。時の藩主は領民に負担をかけないため再建をゆるさず、その後も相馬藩はその方針を堅持し明治を迎えています。戊辰戦争では大藩である仙台藩に従い奥羽列藩同盟に参加したものの本意では無く、駐留していた仙台藩兵の撤退にあわせ政府軍に降伏、城下は戦火から免れましたが、城内の建物は新政府軍により取り壊され、唯一大手一の門が遺構として残っています。

+ 続きを読む

カルビン

武田に引けをとらない相馬騎馬隊 (2017/05/04 訪問)

GW真っただ中と言う事もあり、渋滞を避ける為に日付変わる時間に家を出て、宮城県南部から順に太平洋側のお城を見学しつつ、本命だった相馬中村城に到着。
(常磐道相馬ICから3kmくらい 無料駐車場あります)

馬を操る事に関して日本屈指と言われる相馬氏のお城らしく、平坦で広い敷地が印象的です。
自軍より圧倒的に規模が大きかった伊達軍と互角以上に戦った相馬騎馬隊の力は武田騎馬隊にも引けをとらなかったとか。

平地は水堀・土塁で守られ、本丸の高台は堀で囲まれ、鉢巻石垣が巡らされております。

本丸に鎮座する相馬神社と麓西側にある相馬中村神社も見所ありますのでオススメです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

dougen

2018.4.30登城 (2018/04/30 訪問)

熊野堂城から県道34号、県道228号を北上すると馬陵公園があり、相馬中村城址となります。
相馬中村藩の藩庁だったこともあり、往時の縄張りが良く残っています。
幅広の水濠や広い曲輪とそれを区切る桝形虎口、本丸の鉢巻石垣等、見所が非常に多い城址で、100名城に選定されてもおかしくない城址で、オススメです。
やはり復元建築物や現存建築物があまりないため、100名城に選定されなかったのかもしれませんが、縄張りや土塁を楽しめるのであれば、散策が楽しめる城址で、次の100名城の選定があれば推薦したいところです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

震災の翌月 (2011/04/30 訪問)

福島県浜通りの城は平城くらいしか訪れたことがなく、私にとっては空白地帯。福島第1原発の事故で立ち入ることのできなくなってしまったエリアには中村城の前の相馬氏の居城・小高城などがある。相馬中村城は濠や土塁の佇まいが中々良い。本丸の相馬神社の石灯籠に震災被害の爪痕が見られたが、城の遺構には被害がなかったようなのが救いであった。営業できてないコンビニも残っている中、何とか遅い昼食を確保して帰路に着く。

+ 続きを読む

城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 中村氏
築城年 大永年間(1521~1528)
主な改修者 相馬氏
主な城主 中村氏、相馬氏
廃城年 明治3年(1870)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、横堀(水堀)、大手門
指定文化財 県史跡(中村城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 福島県相馬市中村北町101
問い合わせ先 相馬市役所
問い合わせ先電話番号 0244-37-2117