別名:龍岡五稜郭、桔梗城
であいの館にスタンプや模型がある。
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2026/07/05 18:41
2026/07/05 18:32
岩櫃城:2025年9月20日:続100名城-47 (2025/09/20 訪問)
岩櫃山平沢登山口観光案内所にシタンプがある。
駐車無料。
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2026/07/05 18:27
2026/07/05 18:10
2026/07/05 17:57
2026/07/05 17:40
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2026/07/05 15:47
2026/07/05 15:27
『小手指古戦場』の巻。 (2026/06/20 訪問)
東京の端っこから、前回投稿した「難波田城」に登城する途中にコンビニに寄りました。
駐車場から『小手指古戦場→』の看板を見て、「難波田城」は後回しにしました。
矢印方向に進み、多分間違えて行き過ぎた場所は『誓詞橋』。何だか、歴史を紐解きたくなる地名です。
『小手指古戦場』は近くに小学校、中学校があります。
車通りの多い道が近くにある割りに、こんなに広い所があるんだーが感想です。
駐車場はありません。石碑の前に路駐して写真を写します。
『小手指古戦場』は新田 義貞さんが群馬県で挙兵し鎌倉攻めの際、戦場になりました。
説明板には戦仲間が150騎が20万騎に膨れ上がったんだとか。そして、30回ほど打ち合ったが勝敗がつかないとの事です。
どちらも、なかなか強いです。
説明板には、向こうに『白旗塚』があるとあり、車で直進しました。
ちなみに、舗装されてなく大きな水たまりがありますので、注意が必要です。
私も某場所で、ぬかるみに車のタイヤがはまり、スリップして出られなくなった過去があります。
*車でお城攻めあるあるですよね、イオさん。
小高い場所があります。写真では低くく写ってますが、雨で傘を持ってじゃ危ないかもと思うくらい、高かったはずなのに。
写真ではお伝えできませんが、もうちょっと急な階段です。すいません。
『小手指古戦場』は『こてさし』と読みます。
武具の篭手から名付けられたとか、日本武尊さんが小手をかざして前方を見たとかが由来の1つです。
ちなみに、さっきの『誓詞橋』は戦勝を誓う詞を交わした場所なんだとか。
『小手指古戦場』は狭山湖近くです。難攻不落の「根古屋城」の後いかがでしょうか?
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2026/07/05 14:29
令和8年訪問記 (2026/07/03 訪問)
あの時(平成12年)はまだ…箱館奉行所は再建されてなかった…というかクラスメイト数人と一応行ったけど…何をどうしたかさっぱり覚えてない😂
平成21年に奉行所再建🏰
立派な建物という印象を与えるが…ビデオ解説によると…何とこれでも1/3のみの再建…残り2/3は跡地のままだそう
奉行所は入口がWi-Fiしっかり効いていたから…そこで万歩計アプリのゲージ消費や…買い物アプリの記録をつけながらビデオ鑑賞
奉行所の中央には物見櫓のような箇所が外から見える…けれど見学可能場所は一階のみ…そこへと続く階段は封鎖されていた…法律に基づいて非公開となってるらしい
再建にいたるビデオ上映もあり…京都にいる職人などに依頼して…必要な部位の作成をおこない…年月をかけて建設したそう
1864年に幕府の命により国防的な意味合いで建設
箱館戦争では榎本武揚を総裁とする旧幕府軍が…ここを拠点に新政府軍に抵抗したが…籠城するも形勢不利は覆せず最後は降伏
明治4年に取り壊された…それ以降長い間そのまま
再建に至ってはなるべく史料を基におこない…色彩が不明な箇所は無地にしたりしておこなったとも紹介
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2026/07/05 11:38
2026/07/05 11:30
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2026/07/05 11:13
2026/07/05 11:07
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