鳥羽山城-5/7 大手道と堀切編の続です。
大手道を本丸東側土塁石垣の城塁に突当り、南へ折れると大手門枡形を構築する一の門虎口に当たります、本丸東城塁石垣の南へ突き出した城塁石垣と南側の石垣塁との間に虎口があり一の門に当たる?のでしょうか、門跡が在ったかどうかは分かりませんが虎口です。
その虎口周りと東の丸Ⅰ、東の丸Ⅱの内部写真も投稿します。
鳥羽山城-7/7 本丸大手枡形大手門跡編に続きます。
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2026/02/06 10:51
鳥羽山城-6/7 本丸大手枡形一の門虎口編 (2025/02/25 訪問)
鳥羽山城-5/7 大手道と堀切編の続です。
大手道を本丸東側土塁石垣の城塁に突当り、南へ折れると大手門枡形を構築する一の門虎口に当たります、本丸東城塁石垣の南へ突き出した城塁石垣と南側の石垣塁との間に虎口があり一の門に当たる?のでしょうか、門跡が在ったかどうかは分かりませんが虎口です。
その虎口周りと東の丸Ⅰ、東の丸Ⅱの内部写真も投稿します。
鳥羽山城-7/7 本丸大手枡形大手門跡編に続きます。
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2026/02/06 10:32
鳥羽山城-5/7 大手道と堀切編 (2025/02/25 訪問)
鳥羽山城-4/7 搦手門と西の丸Ⅰ編の続です。
鳥羽山城の大手道は規模は違えど小牧山城の大手道階段、安土城の大手道石段と同じ直線大手道です、掘尾氏が改修した鳥羽山城は掘尾氏が体験した、小牧山城、安土城の影響は受けていたのでしょう。
発掘調査で従来からあった大手道石畳道の幅より広く6mを超えるほどの大手道が発見、同左右の根石部が出土しています、大手道の左右は北側に東の丸Ⅰ、南側に東の丸Ⅱが構えて横矢掛り、大手道奥は本丸東土塁石垣が正面に構えて一つの枡形虎口を構成しています、優雅な中にも厳しい防御構造です。大手道奥に一本の桜が有りましたが老木と成り朽ちて数年前に伐採されてしまいました、そのお陰で大手道を進み本丸東土塁石垣が正面に防御する本来の姿がよく体現できます。
大手道の手前には北側尾根筋東に向かって二本の堀切が残って居ます、更に東には登城道路に成って居る大堀切道?が有り見事なものです、往時に堀切が有り登城道路に利用活用したものなのか?は判りませんが大堀切です。
鳥羽山城-6/7 本丸大手枡形一の門虎口編に続く。
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2026/02/05 22:44
20170821飫肥城(宮崎県日南市) (2017/08/21 訪問)
小雨降る中だったが、城内に広がる緑の苔とマッチしていい感じ。旧本丸に乱立する飫肥杉は圧巻
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2026/02/05 22:30
20220720都於郡城(宮崎県西都市) (2022/07/20 訪問)
あいにく雨天の訪問だったが、それを帳消しにするほど圧倒的で豪快な城址。深く大きな堀、高くそびえ立つ切岸、存在感ある各曲輪の土塁…とにかく素晴らしい
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2026/02/05 22:18
2026/02/05 22:07
冬の特別公開(全小天守特別公開) (2026/02/05 訪問)
冬の特別公開に行って来ました。普段は公開されていない全小天守(東小天守・乾小天守・西小天守)とイ・ロ・ハの渡櫓の6棟が公開されています。西小天守以外は入るのは初めてです。
いろいろと写真は撮ったのですが、人気の城で見学者も多く、内部の見学では撮影すると人が、かなり写りこんでいたため投稿しずらいものもありました。
最近は2月の特別公開の時期には3年続けて登城しています。こういう企画はうれしいですね。
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2026/02/05 19:46
130【関ケ原の26人】(26人目)井伊直政(最終回) (長松院と彦根城博物館)
彦根城そばにある「長松院」を訪れてきました。ここは今では彦根商店街の中心に位置していますが、当時は芹川の三角州だった場所で、直政の遺言により遺体はこの河原で荼毘に伏されたそうです。そしてその地に現在は長松院が建てられています(写真①②③)。
最後に、「彦根城博物館」を訪れました。そして井伊の鎧兜の前に立ち、この赤備えを身につけて駆け回る直政の姿を想像してみました(写真④⑤⑥⑦)。そして天守最上階から佐和山を眺めながら考えてみました(写真⑧)。直政は死の直前、自分の人生をいったいどのように振り返っていたのでしょうか?
家康に15才で仕え、そして武田との戦いから関ケ原まで25年間、常に家康の傍を離れず、家康のために戦い続け、その家康が天下を取ったのを最後に見届ける事ができました。わずか42才の若さでこの世を去る事になろうとも、「我が人生に悔いなし」と、あの佐和山で家康との25年間を思い浮かべながら、息を引き取ったたのではないでしょうか?
家康が生前に語った言葉として、【徳川実記】にはこう書かれているそうです。
幕府を開くにあたっての
一番の功労者は
井伊直政である
私はこの井伊直政に、関ケ原のMVP(最高殊勲武将賞)を贈り、この話を終わらせて頂こうと思います。【関ケ原の26人】全130話、3年間にわたり長々と読んで頂き、大変ありがとうございました。また私の意見を不快に思われた方もいらっしゃるかとも思います。また事実と異なる内容もあるかもしれませんが、そこはあくまで個人的な視点での見解でありますので何卒御容赦願いたいと思います。
【関ケ原の26人:最終結果発表】です。
これもあくまで独断と偏見で決めた結果なのでお許し下さい。
(1人目)小早川秀秋
(2人目)吉川広家
(3人目)福島正則(敢闘賞)
(4人目)織田秀信
(5人目)島左近
(6人目)京極高次(殊勲賞)
(7人目)細川忠興
(8人目)小西行長
(9人目)宇喜多秀家
(10人目)竹中重門
(11人目)鳥居元忠(敢闘賞)
(12人目)田中吉政(好プレー賞)
(13人目)平塚為広
(14人目)池田輝政
(15人目)加藤嘉明
(16人目)黒田長政(殊勲賞)
(17人目)本多忠勝
(18人目)大谷吉継(敢闘賞)
(19人目)藤堂高虎(好プレー賞)
(20人目)山内一豊
(21人目)徳川家康
(22人目)毛利輝元
(23人目)石田三成(敢闘賞)
(24人目)島津義弘(敢闘賞)
(25人目)島津豊久(トク別賞)
(26人目)井伊直政(MVP最高殊勲武将賞)
以上でこのシリーズを終わらせていただきます。
長々と、大変ありがとうございました。
【完】
次は、大友宗麟の生涯をたどる旅へ出かけます。
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2026/02/05 19:45
宇都宮城 (2025/12/27 訪問)
【宇都宮城】
<駐車場他>宇都宮城址公園駐車場無料8台程度あり
<交通手段>車
<見所>土塁・復元櫓
<感想>1泊2日東関東旅第2弾2城目。夕刻に到着して物知り館を見学、物知り館には宇都宮城の出土瓦やらジオラマ等が置いてあります。物知り館からエレベーターで土塁上に出られるそうで、土塁上へ出て富士見櫓・清明台の2つの復元櫓を見学、下へ降りて堀側からを撮影し、清明館にて御城印を購入しました。城跡は本丸の囲み土塁の西側半分が現存していて2つの櫓・土塀・堀が復元されています。残る遺構は少ないが復元建造物に力を入れていて結構楽しめました。
<満足度>◆◆◇
<グルメ>翌日に日光東照宮をプランにしていたので、宿を宇都宮にしてギョーザも勿論目的の1つに入れていました。「正嗣」駒生店が夕刻も空いてそうなので行ったらテイクアウトのみだったので購入し車で食べました。ギョーザのはしご的にそのあと「宇都宮みんみん」ホテルメッツ店で列に並んで店内で食べました。私的には生姜の効いた正嗣の方が好みで美味しかった。
<観光>はじめての日光東照宮。宝物殿も見学すると入場料は高いですが、自分的には3時間たっぷり見学して一見の価値がありました。9時過ぎに到着した時はまだ空いていて、駐車場も入場券入場もスムーズに入れましたが、出る時には入場券購入と駐車場に入るのに大行列でした。やはり朝早くに来てよかった。
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2026/02/05 13:51
雪の城
郡上八幡城に行って来ました
2月なので案の定大雪でしたが
雪が積もり綺麗な天守閣は最高でした
帰りに城下町にある『いがわの小道』と言う鯉が泳いでる
小道に行きました
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2026/02/05 07:34
2026/02/05 07:31
鍛冶山城 岡山県岡山市 (2026/01/12 訪問)
城びと未登録の城です。
この日は毛利氏の境目七城を目指しましたがその前に登城。
宇喜多氏の城で信原氏の居城、毛利氏の宮路山城と対峙しました。
北東側の溜池のほとりに車を置き、そばの坂道を登ります。
10分くらい登ると東側に曲輪があり、さらに登ると主郭部への入口があります。
が、ここからは竹藪、倒竹を踏みながら進みます。
ピンクリボンが頼りになります。
何とか進んでいくと櫓台に、貯水施設の跡のようなものがありました。
さらに南下すると虎口、その下には石垣が残っていました。
西側を見下ろすと曲輪が見えるので下りてみます。
もちろん道はありません😔
曲輪の先端部まで行くと竪堀を見ることができました。
再度主郭部まで戻ります。
南の尾根を進みます。
途中堀切も残り、先端部の曲輪は段になっています。
もちろん帰りも倒竹を踏みながら進むことになります。
主郭部入口から左手の鉄塔が立つところも曲輪跡です。
帰り道、登城路途中の東側の曲輪へ。
出丸と思われます。
ここにも先端部には竪堀、畝状に落ちています。
またさらに登城路を降り、脇を見下ろすとここにも畝状竪堀。
竹藪との格闘に自身が無い方でも良好な遺構を見ることができます☺️
【見どころ】
・登城路となる北側尾根下の畝状竪堀
・東側の出丸先の畝状竪堀
・主郭虎口の石垣
・西側曲輪先端部の竪堀
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2026/02/05 07:11
鳥羽山城-3/7 本丸西側城塁鉢巻石垣と腰巻石垣編 (2025/02/25 訪問)
鳥羽山城-2/7 本丸西側土塁上部と庭園編に続く。
冬枯れ草刈、灌木伐採などの景観整備で鉢巻石垣、腰巻石垣が大変良く観察できる状態に成って居ました。腰巻石垣へは搦手門跡を出て西の丸Ⅰ(元笹曲輪)と本丸西間の切通を抜けて最初の西側城塁への坂道を登り南北に走る犬走りへ、鉢巻石垣が南北に連なっています、犬走りを北から南へ、南側土塁手前から引き返し、西の丸Ⅱへ降りる坂道を西の丸Ⅱへ、西の丸Ⅰから通っる道を南へ行くと本丸西城塁下の通路沿いに南北に腰巻石垣が南北に連なっています。
冬枯れの日、鉢巻石垣、腰巻石垣を大変よく観察できました。
鳥羽山城-4/7 搦手門と西の丸Ⅰ編に続く。
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2026/02/04 23:20
夏の城旅オーラス (2025/08/14 訪問)
東京を発って6日目。18きっぷも使い切ったのでそろそろ帰らなければ🙀
旅の最後に桑名城に行きました。
桑名駅から寺町通り、寺町堀、三崎見附跡、レンガ堀と散策しながら七里の渡し公園に到着。
東海道五十三次唯一の海上路、七里の渡し場の大鳥居は、3週間前に熱田側の渡しに行ったばかりだったのもあり感慨深かったです。(ブラタモリの録画でも予習しました。)
この地のもうひとつのランドマーク、蟠龍櫓。かつて建っていた場所に水門の管理棟として外観が再現されたそうですが、白壁と板張りが真夏の海と空に映えてとてもすてきでした。2階展示室の城絵図や浮世絵もよかったです。
本多忠勝像にご挨拶し、九華公園へ。
キラキラ揺れる水面の傍らにひっそりと、そしてこんもりと残る神戸櫓跡に辰巳櫓跡。
実は桑名城に行く前に神戸城に行く予定でいたのですが、近鉄線が遅延&運休発生中で諦めていたので、天守を移築したと伝わる神戸城の面影を感じることができてうれしかったです。
天守台跡を見学してから創建時の石垣が残る川べりへ繰り出しました。
説明板の横に梯子がありましたが怖かったので断念。対岸の石段は封鎖されて刻印石を見つけられそうになかったので刻印石展示を見に再び九華公園へ。
見どころがたくさんで名残惜しかったですが、最後に北大手橋へ行きました。遺構の城壁がよく見えるいいポイントでした。
桑名駅に戻る途中、木曽三川の治水工事(宝暦治水)に携わった薩摩義士24名の墓所、海蔵寺へお参りに行きました。心が痛く苦しくなりましたが、行ってよかった。行けてよかったです。
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2026/02/04 22:47
主郭以外は散策できなかった (2026/02/02 訪問)
茂原市のHPに、室町後期・享禄2年(1529年)に築城されたと伝えられ、地の利を生かした要害堅固な山城で、永禄の頃、黒熊大膳亮景吉(くろくまだいぜんのすけかげよし)という武将が、拠点とし24郷を治め武威を誇っていた。本納城は房州里見の支城でのため、長南武田の進攻に備え、佐矢止砦、壇上砦を強化していた模様である。
永禄7年(1564年)国府台合戦ののち、房州里見の傘下を離反した土気城主、酒井胤治に急襲され永禄12年(1569年)3月28日落城、城主は切腹。その後、土気酒井氏方の城代として、板倉右衛門・他2名が統治したが、天正18年・小田原落城後廃城となった、とある。
蓮福寺山門を潜り、参拝者駐車場の先に本納城址300mの標識があり、先にも要所に設置されている。本堂右から墓地内へ。東の尾根に遺構があるようだが、墓地内は遠慮する。墓地を過ぎれば急登になり、切通を通り本堂裏手の高みに出る。途中竪堀に見えた凹みがあったが勘違いかも知れない。主郭は広く平坦で、大きな加納城址の石碑が建っている。北尾根は平坦で整備されているが、これと言った遺構は分からない。
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2026/02/04 22:34
城山公園になっている (2026/02/02 訪問)
案内板に、築城年代は分かっておらず、16世紀半ばに東上総に進出してきた正木氏の一族が居城し、天正18年里見氏家臣・鶴見甲斐守が城主として確認でき・・・。加納氏が文政年間に伊勢国から陣屋を城址に移している・・・などが載っている。
大手門と石柱があり、復元門が建つ。門の南に池があり、堀跡ではとの意見あり。門先右は一段下がった広い平場だが、遺構かどうか。最奥が主要部だったようだが、振武館が建ち、発掘調査では遺物が出土している、と書かれている。振武館の左右が高く、遺構があるようだが、フェンスで行けず、公園内だけの散策になる。振武館裏に狭間を設けた土塀が再現されている。眼下の小学校側からは、この土塀はどうみえるのだろう
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2026/02/04 22:22
現地案内板には高藤山城址とある (2026/02/02 訪問)
説明板には鎌倉時代初期に活躍する、上総権介広常の居城と伝わる。城域・縄張など情報が記載されている(説明画像を参照してください)。
道路脇に高藤山城址入口の標識がある。入口前の道路が広く、路上駐車させてもらう。入口から急坂が続き、上では城塁・虎口風な遺構・堀らしき凹み・土塁が見え出す。北側の広い郭にも入口同様、説明板(錆などで見えづらい)が立っている。そのまま北尾根に行くと堀切がある。尾根上は幅狭い尾根だが平らになっている。南の広い郭には、文久年間に一宮藩主・加納久徴が広常を称え建立した高藤山古蹟碑がある。南尾根は藪が濃く先は躊躇したが、狭い郭が樹間に幾段か見える。
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2026/02/04 16:39
手裏剣道場(イベントのご案内)
忍者の日、岸和田城が“忍びの城”に――。
2月22日、岸和田城にて手裏剣道場を開催。岸和田に残る忍者の歴史文化を学びながら、伝統的な手裏剣術を安全に体験できます。会場では、岸和田藩と甲賀忍者 の関わりを紹介するパネル展や、忍者衣装の無料貸出、フォトスポットを設置。
さらに「岡部家と忍者」をテーマにした数量限定の上生菓子も販売。学んで、投げて、味わう特別な一日をお楽しみください。
当日忍者コスプレでご来場いただいた方は、数量限定の「プレミアムガチャ」にチャレンジできます。
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2026/02/04 14:50
鳥羽山城-2/7 本丸西側土塁上部と庭園編 (2025/02/25 訪問)
鳥羽山城-1/7 本丸東門と東土塁石垣編の続です。
本丸西側土塁上部には南土塁上に懸ける展望所の西側より登る坂道より入りましたが、今までツツジの植栽が茂り蜘蛛の巣だらけで入り込んで居ませんでした、今回そこそこ草刈、ツツジ剪定、歩きやすく成って居ましたので南から北へ搦手跡の西土塁上迄歩いてみました、搦手跡の西土塁上は少し広く建物か遺構物が在った様な気もしましたが?中間より本丸内部に降りて、発掘調査で発見された庭園遺構枯山水の庭を見学撮影。
鳥羽山城-3/7 本丸西側城塁鉢巻石垣と腰巻石垣編へ続く。
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2026/02/04 14:22
鳥羽山城-1/7 本丸東門と東土塁石垣編 (2025/02/25 訪問)
昨年2月25日冬枯れ樹木伐採草刈されて居た鳥羽山城を二俣城同探訪の後訪ね、石垣、遺構などがよく観察しやすい状態でしたので百枚くらい撮影しましたので、7回に分けて写真投稿させて頂きます。
本丸の東門跡石垣と木橋が架かり見所の一つでも有ります、本丸内から、本丸外の東側枡形の石垣も良く観えます、東門から南に掛けて犬走に石垣が草刈、灌木伐採されて普段より良く観えて観察可能、久しぶりに東側の石垣を東門から南の大手一の門虎口に掛けてじっくりと眺めました。堀尾氏時代の石垣と言われていますが、土塁上部の灌木、樹木を伐採すれば当時の土塁、石垣の状態が良く観える事でしょう。東土塁城塁上部を歩いてみました、続く東門跡木橋は現在通行禁止でした。
鳥羽山城-2/7 本丸西側土塁上と庭園編に続く。
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2026/02/04 07:05
大規模な朝鮮式山城 (2026/01/11 訪問)
城山山頂を中心として築かれた朝鮮式の古代山城です。
山頂部は公園になっていて讃岐富士や瀬戸大橋を見下ろすことができます。
ただ、この日は讃岐も極寒、強い北風の中での登城でした。
公園の駐車場を利用、まずは山頂から下る道を降りマナイタ石へ。
しばらく下ったところにありました(案内板もある)。
人工的に加工されていることが見て取れます。
引き返し、車道をゴルフ場側に歩いて下ります。
石塁の標柱があり、見上げると登り石垣状に石が積まれています。
また、車道の下にも石垣が見えたので降りてみました。
これは山頂部を二重に囲んで築かれているそうです。
車で明神原方面へ移動します。
少し広くなったところに置き、明神原へ。
雨乞いの岩など巨石が転がっていて、石列も残っています。
明神原から車道を挟んで登るとホロソ石へ。
凹型に加工され、城門の礎石であったとされます。
最大の見どころである水門や城門はゴルフ場の中にあります。
事前に連絡すれば見学可能とのことですがこの日はパス。
ここでプレーすることがあればまたレポートします⛳️
【見どころ】
・山頂からの眺望
・ホロソ石やマナイタ石
・石塁
・明神原の石列
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