毎月、都道府県を決めて、その県にある日本100名城・続100名城を巡るという私のライフワーク「名城を巡る旅」
10月は多くの名城が揃う福島県に行ってきました。
2泊3日の旅でしたが、今まで一度の旅行での訪城は3回が最多でしたが、今回の福島県は日本100名城が3城、続百名城が2城もあるのでハードスケジュールでしたが、5城すべてを訪れ堪能いたしました。
今回も (石垣好き‣蕎麦好きのw) 娘が2日目から参加してくれて、一緒に3つの城を巡ることができて嬉しかったです!
まず最初に訪れたのは続日本100名城「三春城」です。
娘は、夜の新幹線で到着するので、この日は単独での訪城でした。
三春城は鶴が舞う姿にちなんで別名「舞鶴城」とも呼ばれる山城で、地元では「お城山」として親しまれています。
天守などの建物は残っていませんが、地形を活かした山城らしさを全身で感じながら見て歩いてきました。
ここからは選んだ写真に沿って説明をさせていただきます。。
① 私の勝手なこだわりで、毎回1枚目は御城印の写真と決めています。左が通常版、右が限定版となります。通常版は田村氏の家紋「車前草」と秋田氏の「檜扇に違い鷲の羽」の家紋が華やかで力強い印象を受けます。限定版は、やわらかく爽やかで花の意匠が目立つ構図です。どちらにも別名の「雅称 舞鶴城」と書かれています。
② 2枚目は「城を代表する景色」にしています。今回も色々と悩んだ末に「本丸表門跡」にしました。戦国時代には山頂部の本丸に城主居館が置かれていたのを江戸時代に秋田氏の改修で居館は山麓に移転されたので、現在は広い本丸の正面入口に案内標柱だけが立てられています。
③ 本丸の平場を上がった所にある石垣台の裏側は「蒲生氏時代の石垣」で、自然石を中止に積まれていました。山城らしく地形に合わせた実用的な造りで、奥羽仕置後、蒲生領であった時期の改修と思われます。
④ 「明治戊辰役三春藩烈士碑」 三春藩の奥羽越列藩同盟離脱が他藩に知られて惨殺された(切腹とも言われる)4藩士の慰霊碑です。
⑤ 「二の丸散策路」 二の丸に向かう細い道です。鬱蒼と茂った木立の中を下って行く、けっこう険しい散策路で、往時の山城の雰囲気が感じられました。
⑥ 「三階櫓跡」からの眺望が素晴らしかったので選びました。後から何処の景色か分からなくなりそうなので、右下に案内標柱の画像を小さく貼り付けました。手前には三春町の町並み、周囲には阿武隈山地の山々が広がる絶景です。左手前の植物が黄色く色付いているのも秋らしくていいですね。三階櫓はかつて本丸西端に建てられ、城下を見渡す位置にあった三春城の重要な建物とのことです。
⑦ 「舞鶴城(三春城)址石碑」 土塁のような場所に設置された案内板には三春城跡の沿革や城の構造が説明が書いてました。現在は城山公園として整備されています。
⑧ 三春城は本丸が上下二段に分かれていて、この写真は本丸上段に残る石垣台と石段で、石段を上がった中央に建っているのは、三春藩主だった秋田氏の「秋田家祖先尊霊碑」です。
⑨ 本丸上段の石垣を斜め後ろから見た図です。正面から見るのとは、また違った雰囲気で打込接ぎで乱積みされた石垣の様子がよく分かります。この石垣台は碑を載せる基壇のようなものだったのでしょうか?
⑩ 最後は「愛姫生誕の地」記念碑です。愛姫(めごひめ)は戦国大名・田村清顕の娘で、わずか11歳で伊達政宗へ正室として嫁いだとのことですが、恥ずかしながら、私、この時初めて知りました(^-^;
当初は、ゆっくり2時間ぐらい掛けて歩いて回ろうかと思っていましたが、車のトラブルで時間が押してしまい、残念ながら駆け足(1時間ほど)の見学になってしまいました。
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