尼子十砦:出雲国尼子氏の本城月山富田城の周囲を固める支城群
尼子十砦(①十神山城②神庭横山城③三笠山城④赤崎山城⑤亀遊山城⑥高尾城⑦高守山城⑧勝山城⑨寺山城⑩安田要害山城)
道の駅広瀬・富田城駐車場から車で5分弱で、広瀬中央公園駐車場(35.360751、133.168745)に着き、その後、登城口付近(35.361505、133.167720)に向かいました。
築城年代は定かではないようですが、1391年(明徳2年)伯耆守護の山名満幸(山名播磨守満幸)が、後円融上皇の御領であった出雲・仙洞領の「横田荘」を横領し、代官となった石原宗政が築いたのが、出雲・三笠山城と伝わってます。
その後、室町幕府3代将軍・足利義満は、当時1ヵ国の守護と大勢力になっていた山名一族を抑えるため,山名満幸を丹波に追放します。
そのため「明徳の乱」となり、山名氏の勢力は減退し、三笠山城は破却されたとされています。
戦国時代になると、西村治右衛門が出雲・三笠山城に入っており、尼子十砦のひとつになりました。
1565年(永禄8年)毛利元就が月山富田城を攻めた際、毛利方の軍勢が布陣したといわれています。
山中鹿之助は、三笠山にかかる三日月に向かって「願わくば我に七難八苦を与え給え」と祈ったと伝わる、月見の名所のようです。
赤テープを目印に登りますが、本丸の目印がないので、どこが終点かわからなかった。
三笠山山頂部分で平坦地になっていたので、ここが主郭と自分で認定しました。
攻城時間は65分くらいでした。次の攻城先=寺山城(尼子十砦⑨)に向かいました。
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