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朝田 辰兵衛

昔住んでました (2016/06/18 訪問)

ココを通勤ルートにしていたら,花粉症になりました。

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にのまる

付城のことをすっかり忘れていた(-"-) (2018/10/07 訪問)

掛川駅からバスだと「土 方」下車ですが、1コ前の「大東北公民館」で降りて先にスタンプ押して地図をもらってからがよいです。
いつものようにてれてれ歩いていると「千人塚」を発見。天正9年の落城時の死者が葬られた地だと…。どよ~ん。
茶畑を過ぎ、南入口から入ろうとしたら倒木で塞がれており、どよよ~ん。可能な限り大手から入ることにしているのですが、仕方がないので北駐車場側の搦手口へ。でも、途中で城の遠景をカメラに収めることができたので元気復活です。
小さめの山に見えたのに意外と急峻な坂を登り、途中、三日月池の小さな金魚たちに癒され、本丸に到達。土塁がしっかり残っていました。御前曲輪や模擬天守を失った土台を見て、スルーすることは許されない石牢へ。勝頼くんの仕打ちは荒木村重どころではないぞ。。。
そして西の丸(高天神社)を抜け、大堀切に感動し、馬場平へ。よい眺め♪
そこから続く「甚五郎抜け道」は、行ってもよかったのでしょうか?行けるものなら行ってみたかったけれど、人の気配は皆無。横田甚五郎尹松が甲州の勝頼くんの元へと馬を馳せた道。安易に進んで、勝頼くんが今いるところに行ってしまったらもう二度とスタンプ押せなくなるのでやめときました。
二の丸の先に祠と石碑が見えたのですが倒木で進めなかったのでズームで写真撮ってみたら鎮魂碑でした。ほかの場所にも何基かありました。凄まじい戦いだったのですね、どよよよ~ん。ここに下りられれば堀切の先の曲輪に上がれそうだったのだけれど行けませんでした。残念。
気を取り直して三の丸へ。富士山がきれいでした。さらに下っていくと着到櫓跡、追手門跡です。そのまま進むと、倒木ありの南駐車場です。どうやって帰ったかというと、そりゃぁもちろん・・・。

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🏯城好きのメガネ

「新宿区登録史跡 牛込城」 (2018/10/08 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
戦国時代には牛込氏の居城があったとされる。牛込氏は群馬県の大胡氏を祖とする。天文年間に当主大胡重行が南関東に移り、後北条氏の家臣になった。後北条氏の滅亡後は徳川家康に従い、牛込城は破却された。境内は撮影禁止のため関係者に許可をとり、撮影すること。残念ながら、遺構は残されていない。

<アクセス>JR飯田橋駅 徒歩15分

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🏯城好きのメガネ

「築土城」 (2018/10/08 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
詳細は不明の砦跡です。現在は、築土八幡神社が建立されている。関東管領・上杉時氏が築いた砦と伝わっているが、明確な記述は残されていない。残念ながら、遺構は残っていない。


<アクセス>JR飯田橋駅 徒歩10分

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カルビン

代わり果てた名胡桃城 (2014/03/28 訪問)

2014/3/28に名胡桃城初登城し、2015/5/23に再訪、その後脇を通過する事はあっても訪問しなかったのが、続100名城認定に伴い2018/6/10に再訪
初登城から再訪まででちょっとだけですが改変があったのは気にならなかったものの・・・

2018/6/10訪問で愕然としました( ゚Д゚)( Д゚゚)( Д゚)゚(Д)~゚゚


面影残っていません(-Д-メ)


今しか知らない方々には見やすいものになっているかもしれませんが・・・現代チックなコンクリートや橋を沢山付け過ぎ~の、無かった虎口が増え~の、折角の堀切に鉄柵の橋かかり~の・・・
あの姿を頑張って歩いて初めて当時を味わえるのに。。。何しとんねんw

以前の姿をご存じない方に比較写真掲載させて頂きました。


・・・本丸の先の、肝心の一番奥、ここは行きやすい様にしてよ!ってところは当時のまま行き辛い状態でしたorz

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オダリン

室町時代を代表する拠点城跡として国史跡に (2013/12/13 訪問)

中国高速道路が事故渋滞で宮島に行けず途中で高速を降りて行った城だった。竪堀が見ものなのだが分かりずらかった。

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チェブ

こんな所で細川忠興さんの名前! (2018/10/08 訪問)

谷田部城の案内板に意外にも初代藩主は細川忠興さんの弟、興元さんの名前。
帰ってから興元さんを調べてみると忠興さんとの不仲で出奔との事でした。
忠興さん、天下一 気が短いし、ガラシャさん束縛するような性格だしね。分かります。分かります。
(忠興さんファンの方、すいません。)
小学校の門近くに案内板があります。正面に陣屋御殿の玄関が移築されていて現在、公民館として使われているそうです。

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イオ

破城の痕跡 (2018/10/08 訪問)

単に放棄され年月の経過により…ではなく、
意図的に破壊された石垣などの痕跡が随所に残っており、
なかなか見応えがありました。

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イオ

巨岩と絶景の城 (2018/10/08 訪問)

前々から話にも聞き、写真でも見ていましたが、
現地で実際に見てみると、聞きしに勝る巨岩と絶景の城でした。
見上げるような巨岩群と、それらを取り込んで作られた石垣と建造物(跡)。
天守展望台からは木曽川や恵那山などが一望できる360度の絶景。
夜中に6時間運転してたどり着いた疲れも眠気も吹き飛ばしてくれました。

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しろはる

歴史深い! (2018/10/09 訪問)

1000年を超える歴史を持つ石岡。
江戸時代も絶えることなく続いた街に敬服。

今や世界的スターの渡辺直美の生まれ故郷!

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山上の城と山腹の藩庁 (2018/10/07 訪問)

10月に入って、続日本100名城のスタンプラリーも半年を向かえました!
そこで、この日は郡上八幡城を訪問致しました!
やっと31城目になりました!
さて、美濃郡上郡は上之保・明方・和良・下川の4つの主要街道が交差し、交通の要衝でありました!
遠藤盛数が、東氏の居城の赤谷山城攻めの拠点として対岸の八幡山に築いた砦が、郡上八幡城の原型で有ります!
遠藤氏から稲葉氏になり、大改修が行われました!
八幡山の北東麓に新たに堀を設け、山頂の本丸には総石垣の天守台が築かれました!
さらに、土塁を高くして塀を巡らし、武器庫と兵糧庫を増築し、北方に大きな井戸を堀り、山腹に二の丸を増築して居館としました!
これにより、近世城郭としての郡上八幡城の基礎はほぼ完成しました!
遠藤慶隆は、約2年半かけて城の改修を行い、本丸を拡張しました!
17588年に青山幸道が城主となったとき、それまで本丸に置かれていた藩庁機能を二の丸へ移しました!
以後、二の丸が新本丸となり、旧本丸は松の丸・桜の丸の名で呼ばれるようになりました!
さらに、西麓に位置する城下の殿町には、藩主居館が有りました!
山上にある旧本丸は東西約80m、南北約100mの規模で、最高部に天守台を築き、その北側に松の丸、南側に桜の丸を配置し、全体を石垣で囲んでいました!
旧本丸の真下は、3段の帯曲輪が取り囲み、松の丸と桜の丸に連絡する虎口が設けられていました!
石垣の大半は野面積みの技法で、部分的に打込接も見られます!
かつては、三重天守が存在したようですが、江戸期には天守は存在しませんでした!
山の山腹に、藩の政庁機能を持つ御殿を中心とする新本丸が設けられました!
現在の天守は1933年に、当時現存していた大垣城天守を参考に築造された木造模擬天守で、山頂の櫓、門も模擬で有ります!
だけど、城山となる八幡山に建つ白亜の四重木造模擬天守が郡上八幡のシンボルとなっています!

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丸亀城帯曲輪石垣が大規模崩落してます。 (2018/10/11 訪問)

丸亀城は7月豪雨により、帯曲輪の石垣に隙間が出来たり、地面にクラックが入ったりしたのち、
小規模の崩落があったため、その周辺を立ち入り禁止にしていました。

その後も崩落はひろがってきて、10月8日に写真のように大規模崩落が起きてしまいました。写真は今日の様子です。
市が立ち入り禁止にしていたため、けが人が誰も出なかったことは不幸中の幸い。

今日、県の専門家が調査に来ている。と、立ち入り禁止のバリケードに立っている警備員さんが言ってました。
これからの復旧工事も大変だと思いますが、一日も早く元のすがたに戻ることを願うばかりです。


壮観な石垣を見ながら螺旋状に本丸まで昇っていく丸亀城独特の雰囲気は今は味わえませんが、天守や御殿跡にある市立博物館は
通常どおり開館してます。100名城スタンプも天守内で押せました。

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カルビン

児山だよっ! (2014/12/12 訪問)

栃木県には「こやま」城が2ヶ所ありまして、1つは祇園城の名前になっている小山城、もう1ヶ所がコチラ児山城です。

児山城は居館式の、主郭が土塁・堀で囲まれたお城ですが、ただ四角形なのではなく、駐車場のある側は二重堀になっていたり、主郭内も単純ではなく、あまり居館式が好きでは無い自分にとっても良い印象のお城でした。

夏場は雑草多そうですが、冬場は多量の落葉の為に主郭が歩き辛かったです。

JR東北本線・石橋駅から歩いて行けない事もないですが(2.8kmくらい)、車での訪問が無難かと。

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🏯城好きのメガネ

「御殿山城」 (2018/10/08 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
江戸時代、筑土八幡神社の西側は御殿山と呼ばれ(「御府内備考」)、寛永のころ、三代将軍徳川家光が鷹狩の際に仮御殿を設けたという(「江戸名所図会」)。坂名は御殿山にちなむ。現在、遺構は残されていない。

【モデルコース】
JR飯田橋駅→筑土城→御殿山城→牛込城→JR飯田橋駅(所要時間 約20分)


<アクセス>JR飯田橋駅 徒歩5分

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朝田 辰兵衛

古城小学校とはカッコイイネーミング (2018/04/07 訪問)

古城小学校の門は常時オープンのよう。入ってすぐ左に城址碑。さらに足を進めて2枚のパネルがあります。

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チェブ

氏治さん、がんばっぺ! (2018/10/08 訪問)

織田信長と同い年の小田氏治さん。
氏治さんを調べてみると「落城」とか「敗戦」とか「降伏」等々、残念な文字ばかりです。
それでも取り返したい小田城って見てみたいっ!と思い行ってみました。
第一印象は「そんなに魅力か?」「攻めやすそう!」でした。
氏治さん、ごめんなさい。
ちなみに私の親戚は筑波山のまわりに住んでいて、みんな農家です。私のご先祖様が氏治さんと関係があったらいいなと思います。
お米も野菜も美味しいし、筑波おろしという風が吹きますが、あまり雪も降らない場所です。
小田城が良い場所にあったのは確かです。

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朝田 辰兵衛

御館公園 (2018/04/07 訪問)

春日山が見通せます。

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オダリン

対毛利への備えの城 (2008/11/18 訪問)

11の曲輪があり要所すべてを石垣づくりの堅固な城である。見事に復元された天守台の石垣は見事で素晴らしい。石垣には刻印がたくさんあり楽しめます。天守台からの瀬戸内海の眺めは素晴らしい。

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埼玉城城主

最古の水洗トイレ (2018/07/18 訪問)

脇本城に続いて、秋田城に登城しました。日本最古の水洗トイレを見学。出土品から当時に食されていたものがわかり、それにより交易を行っていたことが推測されるそうです。城というよりも館に近いのかな?隣接する神社も立派でした。

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刑部

斎場にある城址の石碑 (2018/04/22 訪問)

入口を入ってすぐ左にあります。

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