(続き)
隠居丸に向かう前に、まず本居宣長記念館へ。本居宣長については、古事記や源氏物語の注釈書を記した江戸期を代表する国学者…程度の認識でしたが、記念館の展示を見学して、本業は医者、活字のような字を書く、和歌と桜と鈴が大好き…など業績だけでなく人となりにも触れることができました。知れば知るほどすごい人だなぁ、と。
本居宣長記念館を出て、埋門から隠居丸に入ってすぐのところに城下から本居宣長旧宅が移築されています。宣長が12歳から亡くなるまで住んでいた家で、医者としての診察は「店の間」、古典の講義は「奥の間」、二階に増築した書斎「鈴屋」は古典研究の場で、研究や執筆に煮詰まると床の間に架けられた鈴を鳴らして気分転換したのだとか。だから鈴屋なんですね。二階の鈴屋には上がれませんが、箱階段の下から見上げるか、埋門から南東に続く石垣の上から覗くことができました。
本居宣長旧宅を出ると、隠居丸を散策します。隠居丸は本丸の南下段に位置し、南隅に櫓があったほか、道具蔵が2棟、米蔵、宝蔵が各1棟建てられていましたが、米蔵が御城番屋敷に土蔵として移築されているほかは現存せず、遺構としては隠居丸跡の石碑の脇に井戸が見られるくらいです。
隠居丸を東側から出て、裏門を抜けて三ノ丸に向かうと、裏門から中御門に続く搦手道は枡形を連続させた構えで、裏門の内側には番所の位置が平面表示されています。三ノ丸から隠居丸の高石垣を見上げて歩いていると、南隅の櫓の石垣下部には石垣修復工事の際に発見された捨石状遺構が見られました。盛土のために脆弱な地盤を補強するためのもののようです。本居宣長記念館に続く坂道の途中で引き返して、最後に御城番屋敷に向かいます(続く)。
なお、石垣修理工事に伴い、埋門は令和11年度まで通行止めの予定で、現在はこの日のように本居宣長記念館から埋門を抜けて本居宣長旧宅へ向かうことはできなくなっています(迂回路あり)。
+ 続きを読む









