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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征15日目:桜山城 (2026/05/25 訪問)

相方城の猫地蔵登城口から車で15分くらいで、吉備津神社御池駐車場(34.568660、133.274074)に着きました。
そこから、説明板前(34.568383、133.273982)を経由して、北東側入口(34.566705、133.271401)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、鎌倉時代に桜山慈俊によって築かれたと云われています。
桜山慈俊は1331年(元弘元年)楠正成に呼応して挙兵し桜山城、亀寿山城、鳶尾城を中心として備後半国を従えるまで勢力を拡大しました。
しかし、同年九月には笠置山が落城し天皇は捕えられ、同年10月に楠正成が籠った千早城などが陥落すると兵が離散し、吉備津神社に放火して自刃して果てたようです。
桜山慈俊の出自は定かではないようですが、亀寿山城主宮氏の一族と考えられています。

桜山城は備後国一宮吉備津神社の南にある丘陵に築かれており、「一宮(桜山慈俊挙兵伝説地)」として国指定史跡に指定されています。
山全体に遺構が広がっていますが、大半は墓地や雑木林になっており、主郭や櫓台付近は草刈りがされて綺麗になっていました。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=高越山城に向かう前に、2つの移築門が残っている素盞嗚神社(相方城)に寄って、移築城門や櫓を確認しました。

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征15日目:相方城① (2026/05/25 訪問)

大可島城から車で45分くらいで、猫地蔵登城口(34.547246、133.266522)に着きました。
左足首軽い捻挫状態の自分にとって本日最初の難関(山城)です。湿布薬の状態を確認し、いざ登城です。

この城は戦国時代に芦田川を挟んで反対側にあった亀寿山城を本拠地として備後南部に勢力をもっていた国人領主の宮氏や、相方城より南の地域(現在の福山市芦田町)を本拠地としていた有地民部少輔元盛(有地姓の3代目)によって16世紀前半には山城として整備されていたといわれていまする。
1552年(天文21年)に宮氏滅亡後は、有地氏が相方城を支配の拠点としていましたが、有地氏も毛利氏によって出雲国に移され、その後は毛利氏の直轄城となりました。
毛利領の東方備えを目的とした近世城郭として整備が進み、山頂付近に空堀や曲輪群などの城郭が築かれ、打込接の総石垣が築かれた部分もあったようです。
また瓦葺の櫓や城門も建造されており、中世城郭から近世城郭への過渡期の山城ともいわれています。関ヶ原の戦い以後に廃城となりました。
城門や櫓はふもとの戸手(現在の福山市新市町戸手)にある素盞嗚神社に移築されました。
伝相方城櫓と呼ばれた櫓は1970年代に焼失しましたが、現在も移築されたとの伝承のある城門2門が現存します。

猫地蔵登城口から登城しましたが、道路はとても歩き易く左足首に大きな負担はかかりませんでした。
主郭のテレビ塔付近で工事してました。主郭手前付近に車2台止まってました。
立派な石垣の城です。投稿枚数の都合で投稿しませんでしたが、登城路や西側郭にも石垣が見れました。
2つの移築門が残っている素盞嗚神社へは、桜山城攻城後、高越山城へ向かう途中で寄りました。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=桜山城に向かいました。

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WANDERER

13年ぶりの登城 (2026/06/27 訪問)

奉行所はいい感じで古びていました。観光客が多く驚いた。

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WANDERER

熊出没注意!! (2026/06/27 訪問)

熊の出没が怖くて遺構に近寄らず。熊鈴は貸し出しあります。展示の見どころが多い。アイヌの埋葬

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WANDERER

16年ぶりの登城 (2026/06/27 訪問)

続100名城に登録されて整備が進みました?

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朝田 辰兵衛

雨にいざなわれたのかな,それとも…☔ (2026/06/26 訪問)

『6月26日に山口県岩国市の未投稿城「成君寺山城」を攻めてきます。雨がすごかったら「亀居城」に変えます』と予告しておりましたが,どちらもダブルタイフーンの影響で断念しました…<泣>。

6月26日,この日も山口県内在来線が全て運休。「成君寺山城」へアクセスする錦川清流線も運休。岩国駅から広島方向の在来線は,速度を落としながらもかろうじて動いてました。「止まってしまうのも時間の問題かな…?」と判断し,途中下車して「亀居城」という選択肢も断念。昼ごろには広島駅に到着。まずは荷物を預けに宿泊先のホテルへ。赤いローソンを過ぎて,赤いロゴの東横インへ。このホテルのことは,にのまるさんがレポートしておりますので割愛します。
にのまるさん,この時点でもまだまだ気が抜けなかったんですよ。ねぎらいのお言葉,ありがとうございますm(__)m
すでに,トラブルさえも楽しんでいるような…<苦笑>。

さて,広島県内の大雨ピークは概ねこの日の夕方~夜間にかけて。ふと,赤い城さんのクイズで出題された「広島城の暗渠」を思い出しました。以前は素通りし,撮影もしておりません。これは赤い城さんにいざなわれたのか,雨にいざなわれたのか…☔
天守はすでに入れませんが,三の丸歴史館を建設中のハズ。ちょいと見てくるにはベストなタイミングに思え,レッツゴー👣

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ボン

鮫ケ尾城:2024年9月5日:続100名城-43 (2024/09/05 訪問)

別名:宮内古城
駐車場無料。公園事務所に続100名城のスタンプがある。
御館の乱で上杉景虎の決戦の地。

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ボン

高田城:2024年9月5日:続100名城-42 (2024/09/05 訪問)

別名:鮫ケ城、関城、高陽城
駐車場無料。三重櫓があり、有料。
堀が見事で、全面に蓮。咲いたら壮観と思われる。

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ボン

春日山城:2024年9月5日:100名城ー42 (2024/09/05 訪問)

別名:蜂ケ峰城
上杉謙信公の像撮影からスタート。春日山城址ものがたり館に無料Pと100名城スタンプ。
ビデオと展示が少し。総構の堡塁などが復元されている。

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ボン

和歌山城:2024年7月14日:100名城ー41 (2024/07/14 訪問)

別名:虎伏城、竹垣城
城内の有料駐車場を利用して登城。
復元天守だが、外観はオリジナルを再現できている。
御橋廊下、歴史館もあり。

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ボン

新宮城:2024年7月13日:続100名城ー41 (2024/07/13 訪問)

別名:丹鶴城、沖見城
Pはすぐ近くにあり無料。
こじんまりとしているが、石垣や虎口はしっかり残っており、河口に築かれた立派な城。

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ボン

赤木城:2024年7月12日:続100名城-40 (2024/07/12 訪問)

Pはすぐそばに有り。
雨であったが登城。
15分程度だが、石垣がかなり残っており立派。
藤堂高虎の築城。

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茨城県立竜ヶ崎第二高等学校 (2026/07/04 訪問)

 土岐胤倫の居城として知られています。茨城県立竜ヶ崎第二高等学校付近が跡地で、グランドの北側に土塁と空堀が遺っています。この日は土曜でしたが、グランドなどには部活動に勤しむ学生さんたちが多くいました。ゆっくり観ることもなく早々に退散しました。

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ボン

坂本城:2024年5月30日:その他城-49 (2024/05/30 訪問)

公園と無料P有り。資料館などは無し。ケース内に説明有り。

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ボン

大阪城:2024年5月19日:100名城-40 (2024/05/19 訪問)

別名:大坂城、徳川大坂城、錦城、金城
大阪城歴史博物館とセット(セット券あると天守入場の列に並ばずに入れる)で登城。
大阪城も歴史博物館も内容盛りだくさんで、2時間では足りないくらい。
歴史博物館から大阪城を少し俯瞰できる。

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龍ヶ崎歴史民俗資料館 (2026/07/04 訪問)

 南北朝時代に南朝方の春日顕国がたてこもったと伝わる城です。龍ヶ崎歴史民俗資料館の駐車場に説明板が設置されていて、登城路が整備されています。空堀、曲輪、土塁などの遺構が残っています。どこまで当時の状態を遺しているのかはわかりませんが、奥の祠のある曲輪まで行ってみました。

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ボン

明石城:2024年5月18日:100名城-39 (2024/05/18 訪問)

別名:喜春城、鶴城
明石城公園の有料Pに停めて登城。資料館などは無し。
櫓が無料開放されていた。櫓から明石大橋が見える。石垣が見事。
魚の棚商店街も散策。明石焼き美味。

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ボン

高取城:2024年5月14日:100名城-38 (2024/05/14 訪問)

別名:天芙蓉城、鷹取城、高取山城
Pは山道の最奥。大手口まで登城したが、先は長そうで断念。
石外の凄さは少し垣間見えた。

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ボン

岸和田城:2024年5月14日:続100名城-39 (2024/05/14 訪問)

別名:岸ノ和田城、猪伏山城、蟄亀利城、千亀利城
駐車場無料。資料館有り。
天守は堀も残っており、犬走もあり。1周するとおもしろい。

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熊本城外回り (2026/06/20 訪問)

 さすがの熊本城、ものすごい数の投稿と写真ですなあ。前回登城は、だいぶん前、本丸御殿が再建されて(2008年)しばらくしてからでした。今回は、震災からの復旧状況・工事を見学するのと、熊本城が立つ、阿蘇山からの火砕流の高まりを実感するのを目的にして、参りました。
 熊本城の前身となった隈本城は、砦規模で、火砕流のほんの先端にあったのを知りました。火砕流の高まり(茶臼山)全体は大きすぎて、縄張りのしようがなかったのでしょう。長塀前を東に進み、熊本城東側の東竹の丸の石垣(法面)が火砕流台地の高さと急峻さを感じさせてくれました(写真3)。北大手門前の堀は、火砕流の台地を大きく掘り切っています(写真4)。二の丸は、写真1のように、観光用の縄張り図には描かれないことが多いです。上級武士の屋敷地&豊前街道、豊後街道を引き込んだ二の丸の際(きわ)の処置が気になってました。西側の堀、南側の石垣を見てきました。二の丸の西端から天守閣を眺めるととても遠いです(写真9)。まだ、この西側に三の丸があるとは、巨大です。
 市役所の14階にレストランがありランチしつつ、熊本城を眺められました。熊本城の後、水前寺公園に行きましたが、雨脚が強くなり、通路が小川になって、ゆっくり景色を眺めている余裕はありませんでした。阿蘇山も雨雲の中で残念。

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