戦国前期に三木直頼が築いたとされ、三木氏代々の居城となっています。三木自綱が松倉城を築いて居城を移すと松倉城の支城となりましたが、冬には雪に閉ざされる松倉城に代えて桜洞城で政務を執ったことから「冬城」と呼ばれました。金森長近の飛騨攻めでは金森可重に攻められて落城。萩原諏訪城の築城にともない廃城となりました。
桜谷公園の駐車場から登城開始。桜洞谷に架かる橋を渡ったところの登城口から急斜面の登城道を登って行くと、台地の上に広がる城跡は耕地整理により遺構のほとんどが失われています…。それでも北辺には内側にも外側にも石積みが施された土塁が続き、土塁は北西隅で南に折れて、西辺の土塁の内側には横堀が南に続いていました。石碑や説明板は見当たりませんが、横堀の東側には桜洞城後の標柱が立てられていて、標柱の脇に車1台分の駐車スペースがあります。ここまで車で来るのが一番早いのはわかっているんですが、若い頃に田んぼに車をはまり込ませて、道が狭すぎてJAFも呼べず、近くの農家さんに泣きついてトラクターで引っ張り上げてもらった情けない過去があるので…。
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