最寄駅まで約4km、しかも列車本数が少ない駅なので訪問は難しいかと思っていたのですが、館山チャシ最寄りの伊達紋別駅からバスが出ていることがわかり、行程に組み入れました。(館山チャシ麓の「伊達駅通」から乗車しました。)
バスに揺られること45分。「陣屋」で降車しました。
徒歩数分で民俗資料館(とんてん館)に到着。受付で「こんにちは!」をして早速館内見学を……と思ったのですが、次の場所へ向かうバスまで1時間くらいしかないので、先に陣屋跡の見学をすることにしました。
幕末に江戸幕府から蝦夷地の沿岸警備を命じられた南部藩の陣屋です。工期は半年。
杉並木を進むと正面左手に虎口を備えた立派な土塁が見えてきました。が、右手の杉林の中に石碑と墓石が見えたので先にそちらを見てみることにしました。石碑は火薬庫跡を示すもので、墓石はこの地で亡くなった藩士の墓、杉林は藩士が日除けとして在任当時植えたものだそうです。
陣屋は土塁に囲まれた方形で東と南側に虎口があり、海に面した南側(表門側)の土塁の外側は水堀、その外側にさらに土塁が築かれていました。ちょうど業者の方が草刈りなどのお手入れをしていらして、とても素晴らしい状態の土塁を見せていただくことができました。
室蘭本線の線路がすぐそばを走っており、電車来ないかなぁとしばらく待ってみましたが来ませんでした。(余談)
内陣には発掘調査で発見された礎石や石畳を元に建物が平面復元され、当時の暮らしぶりが目に浮かぶようでした。
時代の移り変わりと共に13年という短い期間で廃棄されたそうですが、今はこうして後世の人たちに歴史を伝えるという役目を担っています。現地に立つことで感じる時代の変遷や当時の人々の息遣い。土塁や堀、建物礎石などの遺構と共に、過酷な自然環境の中で遠い故郷を思いながら亡くなり葬られた藩士のことも記憶しておかなければと思いました。
民俗資料館に戻り、帰りのバスの時間まで館内を見学しました。
縄文時代の室蘭の遺跡の発掘品〜開拓の道具〜昭和の懐かしい生活用品や家電まで、目がキラキラしてくるものが溢れていて、帰りのバス停で出会ったご近所の方が「以前は観光バスで来る団体もいたのよ」と仰っていた理由がよくわかりました。バスの到着が遅れていたのでその方とずっとおしゃべりしていたのですが、「内地からひとりでわざわざこんなところへ?」と驚いておられました。(城めぐりあるある)
「この“陣屋”というバス停の2文字にも感動する」と答えたのですがその気持ちが伝わったかどうか……。
北の大地の海岸沿いの小さな町で大切に守られている遺跡。そこには連綿と続く忘れてはいけない日本の歴史の証がありました。
まだまだこの国には私の知らない歴史がたくさん。今後どれだけ行けるかわかりませんが、有名無名に関わらず、ひとつひとつの出会いを大切に、そして楽しんでいければいいなと思いました。
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