夏の古戦場散歩。久しぶりの鷲津砦です。
織田信長が今川氏の尾張侵攻に対抗するために築いた砦です。今川方の大高城を牽制するため、永禄二年(1559)に織田方により築かれました。永禄三年(1560) 桶狭間の戦いでは飯尾定宗らが立て籠り、今川氏の重い臣朝比奈泰能の軍勢に攻められ落とされました。単郭の砦で馬出もあったようですが、現在、遺構はありません。遺構を思わせる地形もありますが、当時のものではないようです。
飯尾定宗という人物は織田敏定の子で織田信秀の叔父、または敏定の孫で信秀の従兄弟という説がありますが、年代からは後者のほうが有力とされています。奥田城主となり、尾張守護である斯波氏の一族とされる土豪飯尾氏の養子となったと伝わります。
+ 続きを読む









