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小城小次郎

総構えが残る貴重なお城 (2025/06/01 訪問)

知らなければ「たかばじょう」とは到底読めない難読城名だが合志(こうし)市内では著名な公園なので地元の方にはお馴染みだろう。中原氏系の竹迫氏と佐々木源氏の合志氏が長く過ごし、総構えの痕跡を残す貴重なお城でもある。

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いんげん丸虫

内田城 高知県安芸郡 (2026/05/04 訪問)

標高120mの山城です。
看板、標識は一切ありません。墓地の裏から
15分位の直登です。
明確な虎口、鋭い堀切、"ひ"の字状空堀等、どの
遺構も良く残ってます。特に圧巻なのは竪堀です。
全日本竪堀選手権なるものがあったら、エントリー
必至の深く長い竪堀があります。見事です。
この城跡には藪や低木が無く、とても良い状態で
遺構が見れます。また土表面には藻、苔がしっかり
付いていて地形を守ってる感じですね。
城跡とは関係無いようですが、北の斜面は畑地の
跡みたいで石垣に区画された段々が数段残っています。ある時代には多くの人が関わってたのだろうと
思うと現状の廃墟が神秘的感じられ、不思議な
雰囲気になります。
とにかくこの城跡はとても楽しめました。
まだ未訪の山城ファンは是非行って下さい。
このGWは四国を巡ったのですが、カンタロウと
呼ばれる巨大ミミズがいるんですね。
シーボルトミミズという30~40cmの日本固有種の
もので、メタリックな青紫色をしてます。3箇所の
山城で遭遇しました。
昨今の5月はもう暑く、羽虫やクモの巣も多いだろう
と思い、ハッカ油スプレーを購入して持って行き
ました。これが素晴らしく、羽虫を寄せ付けないし
シャツの上からスプレーすると数時間ヒンヤリして
快適でした。ハッカの臭いは強烈なので苦手な方には
お薦めできませんが。

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桜の名所 鶴ヶ岡城 本丸・荘内神社編 (2026/04/08 訪問)

 二の丸を一周して本丸跡へ移動。
本丸は荘内神社の境内となっていますが、城の遺構もかなり残されています。

① 中門跡
 本丸南側の虎口で、かつては桝形となっていました。現在は、大正に建てられた大寶館という洋館が建っています。大寶館の東側に遺構があり、犬走り沿いの道を進んで行くと、鉢巻石垣の遺構が残っています。中門の正面からだと大寶館の陰になっているので、気づきにくいですが、ここはぜひ見学してほしいです!!
 そして中門跡の西側には、本丸御殿玄関跡の標柱が設置されています。

② 渡櫓(金蔵)跡 鶴岡護国神社
 本丸南西側にあった櫓台で、土塁、そして当時のものかは不明ですが、石垣が確認できます。現在は鶴岡護国神社が櫓台に鎮座しています。二の丸側から見ると、水堀と櫓台、そして拝殿が櫓のように見えて、良いですね!!

③ 荘内神社 本丸跡
 本丸の中心部に鎮座している神社。酒井忠次、家次、忠勝(庄内藩初代藩主)、忠徳(九代藩主)を祀っています。参拝後、拝殿北側の社務所で続日本100名城のスタンプを押印しました。押印は9時頃~17時まで可能です。

④ 大手門跡・馬出の石垣
 荘内神社の参道を東に進むと大手門跡に至ります。大手門脇に城址碑と縄張図が設置されています。
 そして令和4年(2022)の道路整備工事の際に発見された大手門前の馬出の石垣が城址碑の北側に展示されています。鶴岡市内の金峯山から採られた花崗岩が使われているようです。矢穴の跡や裏込石なども見やすく展示されていて、嬉しい限りです。
 皆さんの投稿で石垣そばに馬出跡の説明板がある写真を拝見していたのですが、現地に行ってみたら、説明板は無く、石垣の展示のみになっていました。大雪とかの影響なのかな?
詳しい事情はよく分からないですが、ここの説明板は復活してほしいなと個人的には思います。

⑤ 本丸御角櫓台 
 本丸の北西側にあった二重櫓で天守の代わりを担っていたようです。当時は無かった土橋が水堀にかけられるなど、周辺は少し改変されているようですが、櫓台の遺構が明瞭に残っていました。当時の石垣の一部と思われる石も置かれています。

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桜の名所 鶴ヶ岡城 二の丸・三の丸編 (2026/04/08 訪問)

 JR羽越本線 鶴岡駅から徒歩25分。城輪柵を見学後、酒田から列車で向かいました。酒田から鶴岡までは普通列車で30分ほどです。
 鶴ヶ岡城は、古くは大宝寺城と呼ばれ、武藤氏によって築かれた城です。大宝寺氏、上杉氏、最上氏の支配を経て、江戸時代は、庄内藩 酒井氏の居城となりました。庄内藩は戊辰戦争で新政府軍を圧倒したことから、幕末最強の藩としても知られています。
 本丸、二の丸は荘内神社、鶴岡公園として整備されています。また桜の名所としても知られています。今回は、桜の名所の真髄を身をもって堪能することになりました。

①三の丸木戸跡
 駅から内川沿いに進んで行くと、三の丸の木戸があった荒町口、五日町口、三日町口、十日町口の標柱が川沿いの道に建っていました。三の丸には、11箇所の木戸があったとされていて、内川沿い以外の三の丸の木戸跡にも同じように標柱が設置されているようです。いよいよ城内という雰囲気がして、わくわくしてきます。

②致道館(藩校)
 十日町口木戸跡そばの鶴園橋から県道47号線を西に行くと、致道館という庄内藩の藩校がありました。庄内藩九代藩主 酒井忠徳が創設した藩校で、東北では唯一現存する藩校建築物だそうです。ただ訪問日は、休館日・・・ 
 塀を介してですが、満開の桜が出迎えてくれたので、結果オーライとします(泣)

③二の丸角櫓 櫓台
 致道館の道路を挟んだ西側にあります。二の丸の南東端だった場所で、二重の角櫓があったようです。現在は土塁と櫓台の石垣が復元されています。櫓台の周囲には桜が植えられていて、満開に咲き誇っていました。

④百間堀跡
 二の丸の南側には、百間堀という広大な水堀がありました。現在は、ほとんどが埋められていますが、二の丸南西側にある鶴岡タウンキャンパスの南側には、新百間堀として再現されています。こちらでも堀端に桜が植えられています。

⑤二の丸西堀・致道博物館
 二の丸の西側は水堀と土塁が残っていて、堀端は桜並木となっています。満開ということもあり、絶景でした!!
 県道47号線の付近の堀端には、かつては二の丸西門があり、三日月堀も設けられていたようです。二の丸西門跡から堀を渡ると、洋風の建築物が集まる致道博物館があります。もとは庄内藩主の隠居屋敷だった場所です。庄内藩主御隠殿に加え、敷地内に洋式建築の旧西田川郡役所庁舎や旧鶴岡警察署庁舎などの文化財が移築されています。道路沿いにある赤門は、庄内藩の江戸中屋敷の屋敷門を移築したもののようです。

⑥七つ蔵跡(曲輪)
 二の丸北側の県立致道館中学校・高校(旧鶴岡南高校)のそばの歩道沿いに説明板が設置されています。七つ蔵とは、二の丸北側にあった曲輪の名称です。曲輪内には文字通り、中川蔵・山中蔵・京田蔵・御扶持方蔵(二棟)・嶋蔵・櫛蔵の七棟の蔵があり、土塁と堀が巡っていたようです。蔵には、庄内藩の扶持米を保管していたようです。

⑦二の丸北堀 御城稲荷神社
 二の丸西側同様、北側でも水堀と土塁が良好な形で残され、桜並木となっています。
 二の丸の北東側の土塁上には、御城稲荷神社があります。六代藩主酒井忠真が、城内鎮守として社殿を建立したようです。藩政時代には、一年に一回は城下の人々も特別に城内に入って参拝することができたようです。社殿は江戸時代のもので、鶴ヶ岡城唯一の現存建築物といえます。私はてっきり藩政時代の城内の建物は残っていないと思っていたので、この情報には驚きました!!

本丸・荘内神社編へつづく

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工事に伴う天守閣休館前に (2026/05/14 訪問)

 岐阜城天守閣が5月19日より休館となるため、登城してきました。岐阜城天守閣耐震化計画に基づき、岐阜城天守閣及び資料館の改修工事によるものです。リニューアルオープンは令和9年11月の予定です。何回も登城している城なので登城しない選択肢もあったのですが、何となく気になって行って来ました。前回は登山道を自分の足で登城しましたが、今回はロープウェイを利用しました。
 岐阜公園近くで野生のリスに遭遇しました。山頂にあるリス村でなくても運が良ければ出会えるのでしょう。
自分にとっては比較的行きやすい城なので、秋になり気が向けば天守閣に入場できなくても登城するかもしれません。

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todo94

大河ドラマ館に赴く前・奈良ドライブでの攻城⑥ (2026/04/18 訪問)

貝吹山城からの転戦です。居館跡を馬蹄形に丘がとり囲んでいるといったたたずまいです。現地説明会のような催しで団体さんがいらっしゃいました。居館跡の東側の丘には高圧鉄塔の保線用の道がついているので、そこから登ってそれなりに奥まで歩いてみました。いくつかの堀切とみてよさそうな遺構を確認することができました。

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武者之小路

難攻の小城 (2026/05/13 訪問)

備中七城の1つ。備中高松城攻めに先だって攻められたが、小城ながらも守りは堅く士気も高かったため攻め手の羽柴勢は大いに難攻した。

登城口から進むと大手門→三の丸→二の丸→階段を少し登ると本丸
とあっと言う間に本丸まで到達できます。

周囲には駐車場や車を停めておけそうな場所が無いのでご注意を。

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武者之小路

美作の名城 (2026/05/12 訪問)

今回、初登城致しました。
壮大な石垣群と復元された備中櫓が出迎えてくれました。

城主、森忠政公の波乱万丈な人生も津山城への興味をそそる一因となります。

桜の季節はさぞ綺麗なんでしょうね\(^o^)/

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天守無しがアツい

日本続100名城カードを忘れずに (2026/05/10 訪問)

土浦城に人生3回目の訪問🏯
日本続100名城カードを買うため

最初、東櫓に尋ねるも…土浦市立博物館で扱ってると言われる。でもせっかく来たのでここも軽く見学

土浦藩を治めていた土屋氏は…もともと武田信玄の家臣

格子になってる四方の窓から…市内の景色を眺められる

自分以外に誰もいない城の施設内にいると…なんとなく筋トレがしたくなるのが我が性分…なのでここでも…腕立て伏せ20回&スクワット20回💪

帰り際に亀城バージョンの御城印を買う

そして…土浦市立博物館に入館…目的の100名城カードをとうとう購入

あと…館内展示を(1階のみ)見学…土浦藩主五代から八代めの早逝ラッシュ(そのうち十代二人)👼👼👼👼

やっぱ闇を感じるねェ😱

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chiroru

見て歩き菅谷館跡 (2026/05/02 訪問)

武蔵嵐山駅付設の観光案内所で館跡までの道をわかりやすく教えてもらい、予定を狂わすことなく到着しました。

案内版も大きくてわかりやすいし、歩きやすく整えられてます。

西ノ郭にわらびも生えており自然も存分に感じられます。幹線道路沿いに居るなんて思えないくらいの遺構。

出桝形土塁は感動でした!

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トク

緑色片岩の石垣で築かれた蜂須賀家政の居城 (2026/05/09 訪問)

高松駅から「特急うずしお号」に乗り70分、徳島駅に到着です。徳島城は徳島駅から線路沿いを10分くらい歩き、線路をまたぐ歩道橋を渡ると太鼓櫓跡に着きます。でも少しでも歩かずに、かつ鷲の門からの正規の登城路で藩士の登城気分を味わいたい私は、バスに乗って「鷲の門前」(写真⑨)で下車し、そこから入城しました(駅前⑤⑥⑦番乗り場から鷲の門前経由のバスあり)。

そして麓の部分を見学してから本丸があった渭山へ。標高62mなので楽勝かと思っていましたが、博物館から先の東の丸を通って頂上本丸までは300段の急階段になっていたのには驚きました😱(写真⑥)。午前中に一宮城を3時間かけて隅々まで歩いた後の本日2城目だったので、この予期せぬ階段攻めに苦戦。でも東二の丸や頂上の本丸からの眺望が見たい・・・その一心で登りました(写真⑦⑧)。これで予想外に時間をとられ、帰りの列車の時間もあったので、西の丸の石垣まで見に行くのを断念したのが心残りです。でも鷲の門から、大手門(黒門)の先にある連続桝形、緑色片岩で積まれた大手石垣、表御殿庭園と、麓の部分だけでも十分見ごたえがあったので、今回はそれでよしとしました😊(写真①②③④)。

徳島城の築城者は「蜂須賀家政」です(写真⑤)。大河ドラマ豊臣兄弟で「高橋努」さん演じる「蜂須賀小六(正勝)」の子です。秀吉より四国攻めの功で阿波の国を賜り一宮城に入りますが、山城は不便なため吉野川河口に徳島城の築城を開始。そして関ケ原では東軍についたため阿波の国を安堵され、蜂須賀家は幕末まで続きました。はたして家政はドラマに出てくるのでしょうか?

前日は「東横イン徳島駅前」に宿泊し、ホテルのすぐ傍にある「麺王」さんで、徳島ラーメンを頂きました。濃いめの醤油豚骨で、何故か?🤔・・生卵が無料で付いてきます。どうやらこの食べ方が、徳島のラーメン文化のようです(写真⑩)。ぜひお試しあれ😊。
 

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ぴーかる

朝倉山城 (2026/03/14 訪問)

【朝倉山城】
<駐車場他>朝倉山登山用駐車場3台分程あり。
<交通手段>車

<見所>土塁・空堀
<感想>日帰り大聖寺城と福井山城旅4城目。現地説明板を要約すると朝倉山城は朝倉氏の一族で奉行衆である朝倉景連の城だそうです。また1575年には一向一揆が立て籠もり織田信長が越前進行で攻めたとあります。
 日吉神社の裏から登りました。一旦駐車場の横のアスファルト道と繋がっているようで、道に出て山道コースを選択しました。山道コースに入ってすぐに礫石が散乱している場所があり木戸口か何かの遺構かとも思いました。つづら折れに山道を登っていき600m程登ると山頂城跡に着きます。城跡は小さく、土塁盛りの主郭を中心に横堀が取り巻いていて周囲に帯腰曲輪が巻いています。南側に下段方形の副郭があります。主郭には足場組みの展望台が建てられていて鐘が置かれてあります。とりあえず鳴らして海を眺めて終了しました。地元小学生の自作看板も味がありました。

<満足度>◆◆◇

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todo94

大河ドラマ館に赴く前・奈良ドライブでの攻城⑤ (2026/04/18 訪問)

宇陀松山城からの転戦です。麓に余楽カンジョ古墳があります。きれいな竹林の葉が黄色く色づいていました。そのうち、一斉に枯れてしまうのでしょうか。大量の笹の枯葉が登城路に積もっていました。竹林の先の登城路には倒木なんかもあって主郭周りもちょっと草が伸びてきている状態でしたが、とりあえず、この時期に登城しても問題はなさそうな城でした。

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トク

あれ😱? 三献の茶の話はどこへ?(豊臣兄弟「第18話」を見たつぶやき)

すいません、また大河ドラマ18話を見て思った、ただのつぶやきです。

石田三成が長浜城での採用試験を受験して家臣になったという話になっていましたが、ならばあの有名な「三献の茶」の話は、いったいどこへ行ったのでしょうか🤔? 若い方々にも分かりやすいようにと、史実を曲げたのかもしれません。私は過去に三成を追って、三成の生誕地と、秀吉が鷹狩の途中に三成と出会ったとされる「大原観音寺」へも行ってきたのですが(現在の長浜市石田町)、ドラマに期待されていた石田町の方々の心境はいかに・・🤔?

そして高虎と秀長はどのようにして出会ったのか? 私も知りたかったのですが、結局真実は分からずじまい(😩~)。でも高虎をわざと落として秀長の家臣とした秀吉の計らいには、作り話とはいえちょっと感動しました。あと高虎が餅をタダ食いしたという話は有名なのですが、ドラマでは何故かお金を盗んだ話にすり替えられていましたね。

来週19話の予告編では、秀長の最初の子「与一郎」は、実は慶(ちか)の前夫の子だという設定になっているようです。今に残る古い資料(森家先代実禄など)には、与一郎は秀長と慶の間にできた最初の実子とあるようですが・・・ここはどう描いて行くのでしょうか? 気になります。

最後に、宮部継潤役のドンペイさん、相変わらずいい演技しています😊(笑)。

以上、またつまらないつぶやきで、大変失礼いしました。次からもしばらくは、秀長・高虎・継潤・小六・慶などの話題に少しずつ触れながらのお城投稿を、またこりず続けさせて頂こうかなと思っています。
 

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永平寺を開いた道元禅師の保護者 波多野氏 (2026/04/28 訪問)

 花谷友遊広場から約2.3kmの林道を行きます。終点に模擬柵あり、雰囲気を盛り上げてくれています。急な階段を登ると尾根道へでて、T字路になっています。左が城域で右は馬車道ですと。尾根伝いに馬車が行き来できる比較的なだらかな道があったのですねえ。
 福井新聞オンライン(2018年7月5日)「波多野城跡(永平寺町)連続する竪堀群必見 福井の山城へいざ!」を参照。
 城びと先人が指摘されている比較的平らな場に設けられた畝状竪堀(阻塁)が特徴です。福井新聞には、「畝状竪堀は、越前において元亀元年から天正8年までの約10年間に使用され、特に織田信長の越前侵攻に備えるため切迫した状況の下で国内の主要な城に導入されたのでしょう」とあります。また、縄張りの特徴として、「曲輪を確保するよりも堀切を重視している点でも一乗谷詰めの城と共通した考え方」とあります。また、今も水の手に水が湧き出ていました。福井新聞には、縄張り図も掲載されているのですが、花谷友遊広場の入り口にある説明板の「史跡散策ルート図」であると注釈があります。しかしながら、花谷友遊広場にある散策図は写真1だけでした。城びと先人の投稿にもありません。2022年より前まではあったのでしょう。
 平場の畝状竪堀を関東でも見たことあるなあと記憶をたどり調べると、群馬県の松井田城でした。平坦な場所だが、守りにくかったり、広すぎたりで、自陣に取り込みたいくないが、敵にも利用されたくない場合に採用されるのでしょうか。
 波多野城の北に九頭竜川が流れ、こちらが表と思います。裏側の南に入り込む谷があり、永平寺があります。波多野氏は、都に居ずらくなった道元禅師を保護して、道元禅師はここに永平寺を開いたのでした。

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三浦の晃ちゃん

太鼓門 (2026/05/10 訪問)

宮津小学校に太鼓門が、残っています。

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todo94

大河ドラマ館に赴く前・奈良ドライブでの攻城④ 2巡目の続100名城スタンプラリー86城目 (2026/04/18 訪問)

赤埴上城からの転戦です。続100名城のスタンプは、道の駅で押してしまいましたが、かなり汚れているのでお勧めできません。城カードを販売しているまちかどラボのスタンプの方が状態は良いかと思います。ここでは宇陀松山城のリーフレットも頂けますしね。続100名城になって整備の手が大きく入っていました。まちかどラボからの登城路は舗装されていて駐車場も備えられていましたが、進入禁止となっていて駐車場の利用はできませんでした。車は道の駅に停めたままでの登城です。好天に誘われて、かなりの数の観光客が訪れていました。前回訪れたときは閑散としていました。本丸周辺もかなりきれいに整備されていて、立入禁止エリアの二ノ丸を俯瞰することもできました。

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天守無しがアツい

鹿島神社 (2026/05/10 訪問)

関東鉄道竜ヶ崎線の竜ヶ崎駅から1kmほどの場所

坂を登った先にあり
ただ…城跡のほとんどは…龍ヶ崎第二高等学校となっており🏫その脇にある鹿島神社のみが唯一の遺構

御城印は高橋肉店にて販売
今回は城見学のみで力尽きた…またの機会に手に入れたい

(参考URL)https://jyokakuzukan.la.coocan.jp/008ibaraki/052ryugasaki/ryugasaki.html

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100名城ビギナー

今回の青森県 城巡りの大本命はここ! (2026/04/19 訪問)

県単位で探訪する私のライフワーク「名城巡り」ですが今回巡った青森の3つの城の中でも超絶レベルで楽しみにしていたのがここ「弘前城」です。
皆さんもご存じのように東京以北で唯一の現存12天守であり、国指定重要文化財、国指定史跡に定められ日本100名城にも選ばれています。
しかも、偶然ではありますが桜満開日に訪れることになりました。
しかし、これが結果的に吉と出るか凶と出るか微妙でした。
当初はホテルで速い朝食(6:30)を食べてそのまま車で向かえば大丈夫ぐらいに思っていたのですがネットで色々調べてると皆さんの情報(予想)では日曜日と満開日が重なり去年、一昨年とは較べものにならないぐらい混むとの情報。。。
心配になってホテルの人(すごく親切)に聞いてみたら、「ライトアップも見るんだったら6:30に朝食を食べてすぐ出れば渋滞3時間&駐車場待ち数時間で午後明るいうちには公園に入れるでしょう。そのままライトアップも見れるので そうすれば?」と提案してくれました。
ただ、私、新幹線eチケット特だね50%offで新青森15:31の新幹線を予約購入(変更不可)ので夜は無理。
さらに、帰りに続100名城訪問を予定していたので顔面蒼白!(◎_◎;)
ホテルの人曰く、24時間の駐車場は「事前予約」や「コスパ度外視で前日から駐車して確実に満車」弘前市で用意した河川敷の無料駐車場は2つも公園まで徒歩30分、弘前市内の公共施設の駐車場は9:00から解放してくれるそうですが、9時には待つ車が100台以上、しかもすぐ満車とのことでした。
公園近くの市役所だけが7:00から開けてくれるそうで、そこを狙ったら?とホテルの方に言われ、朝食は諦めてホテルを5時半に出たら弘前市役所駐車場に6:30に到着(さすがに早朝に出発する親子連れや夫婦、カップル、友達グループは少ないらしい)
ということで、市役所駐車場(立駐も含めると約250台駐車可能)に並ぶ車の7台目(もちろん23台しか駐車できない平面駐車場)という信じられない順番で、当然、平面駐車場に案内されました♪

弘前公園は、多くの人がいましたが、公園自体が広大なので歩行困難ということもなく、本来、9:00から有料となる本丸エリア等も無料で行き来できました。
弘前城は石垣修理のため5年がかりで天守を横の空地にある石垣風仮台に移動して石垣修理(補修終了)今後は少しずつ移動して本来あるべき姿に復元されるので、当然のことながら天守の中には入ることはでき掛かったのが唯一の残念でした。
夢中になって弘前公園をほぼ全て夢中で歩き回って小腹が空いてソース焼きそばを待つ間スマホの万歩計を見たら、なんと2万歩でした (@_@)ビックリ

弘前城の見どころも、前回から、投稿した写真に沿って簡単に説明するスタイルに変更しています。
この方が「続きを読む」「すべての写真を見る」を一緒に開いてもらえば非常に分かりやすいと思いますので、ぜひお付き合いください♪
① 集めている御城印(通常版)と日本100名城のスタンプです。この石垣で見たかったなぁ
② 弘前城の天守です。天候と満開の桜に恵まれまっした。仮台に乗る天守が残念
③ 「追手門」は正面玄関で江戸時代からそのまま残り天守と櫓とともに国の重要文化財に指定されています。
④ 「花筏(いかだ)」と呼ばれる堀を両側から挟む形で見えます。本来は水辺に散った桜が絨毯の様に見えるのですが、なにせ満開日だったので・・・散ってません
⑤ 二の丸と三の丸の間の中濠に掛かる木橋です。追手門から城内を進むと正面に見えてきます。
⑥ 高台にある本丸から眺めた「いわき山」がド迫力で見えたので撮りました。美しいぃ~
⑦ 迫力のある天守閣にズーム! 鯱も備える、さすが天下の名城!
⑧ 工事が完了した現存の石垣です。本来ならこの上に天守が乗っていたんですね。でも、こういう時期に見れるというのもレアで思い出に残りますね
⑨ 「下乗橋」です。二の丸と本丸を結ぶ内堀に掛かる赤い木橋で家臣が登場する際位、ここで馬を降りた事から名付けられたそうです
⑩ 最後は限定版御城印です。左から「桜祭り期間限定夜桜バージョン」中は「2026年限定御城印」右は「切絵の御城印」で黒い台紙の上に置くと「夜桜」、白いのに置くと「日中の桜」となります。御城印集めに命を懸けてる私としては嬉し過ぎます。御城印帳も2種類(高級・甲冑柄刺繍とスタンダードタイプ(数色あり)) 残念だったのは、ジャバラタイプでなくオールポケットファイルだったことです(どちらも)

ということで、ホテルの人の親切なアドバイスのお陰、弘前城を無事、楽しくワクワクと満喫できました、、、が、最後、市役所の駐車場に行くと私の車(レンタカー)のエンジン音が・・・(((( ;゚д゚))))アワワワワ(切ってなかった)
ガソリン残量を見ると1/3ぐらいに減ってました(ハイブリッドなのに)(≧◇≦)
まあでも、ホテルを早く出発した作戦が成功して、もう一つのお城も無事見ることができました。

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ぴーかる

鷹巣城 (2026/03/14 訪問)

【鷹巣城】
<駐車場他>駐車場はなさそうです。<36.111898,136.106542>から北上して車でどんどん行きます。高須山の案内板通りに登るとやがて二又の片方に竹の倒木があり進めなくなったので、そこに停めました。これが先達のジャバミ線なのか普通に行ったので、悪路判断はおまかせします。
<交通手段>車

<見所>曲輪・眺望
<感想>日帰り大聖寺城と福井山城旅3城目。現地説明板を要約すると鷹巣城は南北朝時代、新田義貞四天王のひとり畑時能がわずかのでで足利氏の大軍と戦った城です。南朝方の最後の城で新田義貞は戦死し後醍醐天皇も崩御したあと1年以上持ちこたえました。
 城跡は南北朝時代特有の比高の高い山頂部分を切り開いたもので、曲輪は大まかに主郭とその横にある副郭の2段構造になっています。周囲に腰曲輪があり、その下段に帯曲輪が巻いています。登山道の山頂手前には竪堀が1条見られますが、城跡の周囲は藪で埋もれているのでもっと竪堀はあるかもしれません。高須山のハイキングにもなっているので切り開かれていて眺望良かったです。

<満足度>◆◆◇

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