金川陣屋(城びと未登録 岡山県岡山市)近くの御津登山口(34.799053、133.934992)から攻城しました。
ひたすら階段を登り二ノ丸に至ります。下城は道林寺丸登城口側(34.798949、133.9302886)に下りて、難波抱節宅長屋門を確認しました。
築城年代は定かではないようですが、承久年間(1219年〜1222年)に松田盛朝によって築かれたと云われています。
1483年(文明15年)の福岡合戦では、山名氏の援軍を得た松田元成が赤松・浦上氏の籠る福岡城を攻撃し、翌年攻略しました。
しかし、勢い付いて浦上氏の居城である三石城を攻略しようと侵攻したが反撃にあい敗走中に自刃しました。
1568年(永録11年)宇喜多直家によって攻められ、松田元輝・元賢が討死して落城し、松田氏は滅亡しました。宇喜多氏はその後、浮田春家を城主にします。
関ヶ原合戦で宇喜多氏が滅亡すると小早川秀秋が備前に入国しましたが、このとき支城となったかどうかは定かではないようです。
小早川氏に替わり池田氏が入封すると家老日置忠俊を置いたが一国一城令により廃城となりました。
本丸までは整備された登山道ですが、御津登山道は1210段の丸太階段が続くのでキツイ登りとなりました。
井戸も多く残されており、特に本丸の井戸は大きかった。
攻城時間は65分くらいでした。次の攻城先=徳倉城へ徒歩で向かいました。
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