尼子十旗:出雲国尼子氏の主要な家臣団の十の居城
尼子十旗(①白鹿城②三沢城③三刀屋城④赤穴城⑤牛尾城⑥高瀬城⑦神西城⑧熊野城⑨馬木城(夕景城)⑩大西城)
日倉城から車で25分くらいで、浄土寺駐車場(35.291236、132.877241)に着き、三刀屋城移築復元門を確認した後、三刀屋城駐車場(35.292756、132.871426)に向かいました。
築城年代は定かではないようですが三刀屋氏によって築かれました。
三刀屋氏は1221年(承久3年)の「承久の乱」で功のあった諏訪部扶長を祖とし、もともとは北側に位置する三刀屋じゃ山城(石丸城)を居城としており、三刀屋城はその支城でしたが、戦国時代に居城を移しています。
1542年(天文11年)周防大内氏が出雲の国人衆を率いて出雲に侵攻すると、三刀屋氏は降伏し大内氏と尼子氏の居城月山富田城へと侵攻します。
しかし、出雲国人衆は尼子氏に再び寝返り大内氏は嫡子義房を水死させる大敗を喫しました。
1562年(永禄5年)毛利氏が出雲に侵攻すると降伏し、以後毛利氏に属して各地で転戦します。
1588年(天正16年)三刀屋久扶は毛利輝元に随行して上洛した際、徳川家康と面会したため輝元から疑われ領地を没収されました。
その後、出雲に堀尾氏が入部すると支城の一つとして石垣造りの山城へと改修されたが、一国一城令によって廃城となりました。
現在城址は公園として整備されており、石垣や土塁などの遺構を確認することができます。
山頂の本丸まで舗装道がついていますが、山頂は舗装されていないので手前の駐車場に停めるのが無難だと思います。
山頂に主郭には崩れている石垣造りの天守台ともいわれる物見櫓台があります。
攻城時間は30分くらいでした。次の攻城先=三刀屋じゃ山城に向かいました。
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