近くへ来たので寄ってきました。2回目の投稿となります。
西美濃三人衆のひとり安藤守就の居城跡です。石碑と説明板がある場所は本丸の一部と考えられています。大井神社東側を西北の隅として東西160m、南北340mの場所が北方城址と推定されています。水堀で囲まれていました。
安藤守就は土岐氏、斎藤氏に仕えていましたが、織田信長の美濃進行時に織田方に従っています。それなりの武勲はあげていたようですが、天正8年(1580)甲斐武田氏に内通したとの嫌疑で追放されました。天正10年(1582)本能寺の変で明智光秀に信長が討たれると北方城に戻ろうとして、これを阻む稲葉一鉄と戦いになります。北方合戦として伝わる戦いで守就とその一族は壮絶な戦死を遂げました。その戦死の地と伝わる場所が北方城から西北へ約600m離れた場所にあります。
帰りは樽見線北方真桑駅を利用しました。駅に「織田信長が愛したまくわうり発祥の地」の看板がありました。美濃国本巣郡真桑村(現岐阜県本巣市)が本種発祥の地もしくは特産地として知られ、村の名前から真桑瓜の名が生まれました。天正3年(1575年)6月29日、織田信長が正親町天皇に真桑瓜を2籠献上したことが記録に残っています。信長自身も好んで食べていたと伝わっています。
ただ私が住んでいる地域のスーパーではまくわうりは見たことがないような気がします。
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