大阪の続日本100名城 飯盛城・岸和田城・芥川山城と高槻城・勝龍寺城を巡ってきました。
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2026/10/28 11:17
2026/10/28 11:15
2026/10/28 08:20
雨の和歌山城 (2026/10/25 訪問)
日帰りの場合は雨予報だと日を改めるので、雨の中を城めぐりすることはあまりないんですが、和歌山城の野面積石垣に用いられている緑泥片岩(紀州青石)は雨に濡れると青みを増すと云われますし、たまには雨の和歌山城も風情があって良いかな、と雨予報の中、和歌山市内での所用の合間に登城しました。
一ノ橋から登城開始。一中門を抜けると目の前にそびえる紀州青石の本丸石垣は、雨に濡れていつもと違った雰囲気がありますが、バチバチと傘にも地面にも叩きつけるように降る雨の中では風情も何もあったものではありません。表坂から山上を目指すと、表坂を雨水が激しく流れ下っています。早くも足元はびしょびしょ、靴はじゃぶじゃぶです。本丸御殿跡からの天守も、本丸下ノ段から天守を仰ぐ定番ショットも雨にかすんでいました。
裏坂から虎伏山を下りて鶴ノ渓へ。天守曲輪北面の紀州青石の高石垣を眺めながら鶴ノ渓まで行こうと階段を下りていくと、さながら流水階段のように雨水が流れ落ちています。どうせもう靴はじゃぶじゃぶなんだから通路が冠水していても今さら関係ないと思っていましたが、足元が見えないくらいになるとさすがに不安になり、紅葉渓庭園から砂ノ丸に脱出しました。砂ノ丸側から見下ろす鶴ノ渓は水没していて、高石垣の下には地面でなく水面が広がっていました…。これまで「鶴ノ渓」の名は、浅野期に鶴が飼われていたからと承知しつつも「渓」に注目することはありませんでしたが、この日、水没しているのを目の当たりにして渓部に設けられた庭園であることを再認識しました。
砂ノ丸散策中に防災行政無線で和歌山市内に大雨警報が発令されたことを知り、この降り方ならそりゃそうだろうな、と納得しつつ、雨の和歌山城ならぬ「豪雨の」和歌山城めぐりはここで切り上げて、岡口門から東堀をたどって駐車場に戻りました。東堀沿いの道路も冠水していて一段高い歩道にまで水があふれ、東堀越しに見る天守はこれまで見たことがないほど真っ白くかすんでいました。
帰宅してからニュースを観てみると、台風接近の影響により和歌山市ではこの日10月の1時間降水量の観測史上最大を記録し、線状降水帯直前予測も発表されていたとのことで、よりによってとんでもない日(それも観測史上最大を記録した時間帯)に登城したものだなぁ…と呆れつつも、そう滅多にない光景が見られたのでこれはこれでヨシ! ということにしておきましょう。風情ある雨の和歌山城めぐりは、またいつかの機会に。
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2026/10/28 06:48
行ってないけどシリーズ (2026/08/29 訪問)
花見山城から北上、鹿島城を目指しましたがちょうど船が出たばかりとのこと。
諦めてもう少し北上しました。
予讃線を走るアンパンマン列車と並走、ちょっと嬉しい気分になります(写真無し😓)。
怪島城は無人島で交通機関で行く術はありません。
堀切や岩礁ピットが残っているそうです。
カヤックで上陸した兵(つわもの)がいるようですが遠くから眺めるのみで「行った」とします。
後日登城した高仙山城からの遠景が綺麗でした。
行ってないけど「行った」のはこれまで
・逆面城(栃木) 地主さんにお願いすれば行けるかも
・離室城(栃木) 企業の敷地内
・多気城(茨城) 私有地、近寄らないのが無難
・土佐泊城(徳島)病院の私有地で立入禁止
・坂手村砲台(三重)交通手段無し
でしょうか。
いつか行ける日が来ることを祈ります。
【見どころ】
・高仙山城からの遠景
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2026/10/28 06:42
秋の乗り放題きっぷ3日目 (2026/10/12 訪問)
下部温泉の「甲斐黄金村・湯之奥金山博物館」とセットで行ってきました。
下部温泉は信虎公の時代から武田家公認の温泉だったそうです。博物館は金山や甲州金について深く楽しく学べる素晴らしい施設でした。
砂金採り体験にも挑戦。“初心者は平均3粒”のとおり3粒採取。難しかったです💦
下山城へは下部温泉駅から路線バスに乗りました。トンネルを潜ったひとつ目のバス停「クラフトパーク入口」で下車し15分くらい歩きましたが、ゆるキャンのモデルの本屋さんや身延まんじゅうのお店があったりしていいお散歩でした。
長栄山本国寺が下山城跡で、城址碑がありました。下山氏のあと穴山氏が居館を構えたそうです。天然記念物の銀杏の木が立派でした。
帰りは波高島駅から身延線に乗りますが、時間がかなりあったのでクラフトパーク(道の駅みのぶ)に寄ってみました。坂道を登りましたがその分景色もきれいでした。
波高島駅へは富士川を渡ります。富士川は東海道線や新幹線で何度も渡っていますが、こんな上流を歩いて渡る日が来るなんて思ってもいませんでした。
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2026/10/27 21:51
相馬氏歴代の居城を訪ねて②村上城 (2026/10/16 訪問)
この日の二城目は、小高城から東に4.4kmほど移動した海辺(南相馬市小高区村上舘腰)にある村上城です。
この城は慶長元年(1597)に相馬氏十六代義胤が小高城から本拠地を移す目的で築城を始めた場所ですが、普請途上で火災が発生したため、移転が中止となりました。
海上交通が盛んではなかった時代に、なにゆえ海に面したこの場所が選ばれたのでしょうか。貴布根神社が建つ主曲輪跡や広大なニノ曲輪跡、北側からの登城路、食違い虎口跡?など見どころも多いと感じました。
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2026/10/27 18:20
相馬氏歴代の居城を訪ねて① (2026/10/16 訪問)
6月の山形城訪問の際、山形市の発掘担当者から、南東北の金箔瓦片出土の城を教えてもらいました。会津若松城、仙台城、山形城、そして嘉暦元年(1326)から慶長十六年(1611)まで永きにわたり相馬氏の本拠地だった小高城です。
相馬氏の城館はこれまで相馬中村城しか訪れたことがなく、気になっていたのですが、今回やっと、小高城、村上城、牛越城、相馬名村城を訪問しました。
小高城は南相馬市小高地区の北方の台地を空堀で仕切り、四周を豪で囲った造り。本丸は東西163m、南北127m、比高12mと高さはあまりなく、小規模ですが、かつての大手筋の壕や本丸土塁、舛形虎口跡など、中世城館としての遺構が保存されており、なかなか見応えがあります。
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2026/10/27 07:16
通算10回目 (2026/10/11 訪問)
過去の登城を振り返ってみました。
①20140723
スタンプ帳を手に初登城。御主殿とアシダ曲輪、観音堂を見学。
②20180623
同僚と本丸まで登城。御主殿では曳橋が架け替えられていた。
③20200125
二度目の本丸。詰城まで行けそうな気がしてくる。
④20200224
満を持して詰城へ。勢いでその先の富士見台まで行った。戻ってから殿の道の石垣を見に行った。北条氏照と家臣の墓所へも行った。
⑤20200809
コロナ禍で密を避けようと早朝登城したが、本丸は密だった。
⑥20201231
旧道から登城。金子曲輪の石垣を見上げることができた。太鼓曲輪に行こうとしたら猿が密だった。
⑦20210501
柵門跡から松竹橋に抜ける搦手道から下山した。ドキドキした。
⑧20221104
別の同僚と登城。台風19号で破損した中の丸の八王子神社の修復が完了していた。
⑨20241019
本丸下山後、多摩御陵へ参拝。高尾駅に戻る途中に線路沿いを歩いていたら寝台特急「カシオペア紀行 甲府行き」が通り過ぎた。
⑩20261011
10回目の登城達成。
地面の段差が大きくて歩きにくかった(特に下りで)ところがあったはずなのですがなかったので、どこだっけ?と見渡してみたら階段を設置してくださっていました。小石がごろごろして滑りやすかったところもいつのまにか歩きやすくなっていました。
未だに太鼓曲輪には行っていないですし、松姫ゆかりの心源院からの古道コースも歩いたことがないので、行けたらいいなと思っています。(熊が心配)
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2026/10/27 06:56
河野氏の出城 (2026/08/29 訪問)
堀江新池親水公園の駐車場を利用、道路を挟んだところに説明板があります。
この脇を登ると河野通尭の墓があると思いますが藪も濃く回避。
北側の登城路から登りました。
すぐに主郭に到着、祇園神社が鎮座します。
主郭には折れのある部分もあり、下に曲輪も見えました。
河野氏の出城で細川氏や仁木氏を撃退、南にある岩子山城攻めの拠点としていました。
港山城と花見山城の間には52番札所の太山寺と53番札所の圓明寺もあり、途中お遍路さんもいらっしゃいました。
太山寺本堂は鎌倉時代のもので国宝に指定されています。
【見どころ】
・折れのある主郭
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2026/10/26 19:38
2026/10/26 19:35
2026/10/26 19:31
2026/10/26 19:28
2026/10/26 19:22
2026/10/26 14:38
二俣城の残存石垣群 (2026/10/17 訪問)
令和7年度8年度の植生整備事業の樹木竹林伐採され、また以前の発掘調査出土により二俣城の石垣群がよりハッキリと分かるようになりました。
本年3月21日、10月17日登城探訪の写真を踏まえて二俣城の残存石垣群を写真投稿致します。
①天守台付櫓台石階段 ②北虎口搦手石垣群 ③本丸中仕切門石垣群 ④本丸東石垣 ⑤二の丸北壁石垣 ⑥二の丸大手門石垣群 ⑦南の丸Ⅰ南腰巻石垣 ⑧南の丸Ⅰ西石垣 ⑨西の丸Ⅰ西石垣 ⑩西の丸Ⅰ南石垣 以上です。
二俣城の植生整備事業が上がり、本丸の芝刈りが上がる年末から来年桜の3月末ごろが探訪に最適かと思います、ご都合が付きましたら奇麗に成った二俣城を訪ねて見ては如何でしょうか?
紅葉は11月末から12月頃でしょうか?
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2026/10/26 13:52
本丸東石垣景観整備される (2026/10/17 訪問)
先に本丸・二の丸西側植生整備事業で樹木伐採されて、西の丸Ⅲ郭の初対面、天守台底辺部分柘植栽伐採されて天守台基底部周り石垣の再発見を投稿致しましたが、本丸東土塁石塁側の崖法面も令和8年度植生整備事業がなされて、樹間竹林間で見えにくかった本丸東石垣が眼前に曝られていました、南北に伸びた本丸東側の石垣をスッキリとした形で目撃出来ましたのも初対面でした。
ひょっとして南の丸Ⅱ郭も令和8年度植生整備事業がなされて居るかなと訪ねましたが3月21日に訪ねた時と同じでした、南の丸Ⅱは荒れていますが畑で私有地?なので植生整備事業ができないかも?
植生整備事業で景観が奇麗に成りました。浜松市文化財課、公園課にも感謝です。
ヒロケンさん最近の投稿に感謝です。近くに居ても変化に付いて行けません。
続いて、植生整備事業の景観整備、発掘調査による石垣の発見による、二俣城の残存石垣群を投稿します。
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2026/10/26 08:14
電気柵突破! (2026/05/05 訪問)
まさかの電気柵に阻まれてから2年。あ さんの投稿で「暗くなると自動通電」の表示の追加と「絶縁された取っ手で柵を取り外せる」ことを知り、今度こそはと再挑戦しました(あ さん、毎度ありがとうございます)。朝一番や夕方では通電の不安があるので、真っ昼間(午後2時台)の登城です(笑) 登城道の防獣柵の「夜間通電」の掲示を確認した上で、絶縁された取っ手を付け外しして電気柵を突破。あとは登城道を進むこと10分少々で拍子抜けするほどあっさりと主郭に到着です。
主郭には阪内城遺蹟の石碑が立てられ、石碑の背後に東屋があります。城郭遺構かどうかわかりませんが石碑の南東にわずかに石積があり、主郭東面にも土留めの石積が施されていました。主郭から北東にのびる尾根の付け根には堀切を設け、南尾根と西尾根は小規模な曲輪の先に堀切を設けている…ようですが、浅くなっているのか南尾根と西尾値の堀切はよくわかりませんでした。
阪内城をひとめぐりして下城してもまだ時間があったので、阪内川支流の不動川をさかのぼったところにある歴代坂内城主の墓を訪れました。舗装されてはいるものの、ところどころ路面に土砂が堆積した山道を進んだ先の阪内不動堂の境内に初代・坂内雅俊から七代・具義までの墓石が祀られています。境内には松阪一の大滝とされる不動滝も見られました。
…ということで、松坂城の再訪と阪内城のリベンジを果たしたことで松坂市内の城びと登録城は(ついでにニッポン城めぐり登録城も)全て登城しましたので、これで一昨年の一年の計「松阪市内の城めぐり」を一区切りといたします。「松阪の城50選」に掲載されている未訪の城はまだまだありますが、その辺はまたの機会に。
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2026/10/26 07:04
瀬戸内海を望む (2026/08/29 訪問)
伊予鉄港山駅の踏み切りを渡り、湊三嶋大明神社の駐車場をお借りしました。
少し引き返したところに登城口があります。
整備された登城路で案内板も設置されています。
少し登ると削平地があり、さらに登ると本丸に到着。
なんと言っても眺望が素敵です。
瀬戸内海を見渡せ、麓には港。
これらを監視する役割であったことが良くわかります。
この辺りでは三津浜焼きというお好み焼きに似た名物があります。
地元では台付きと呼ばれています。
写真はこの日のものではありませんがビールが欲しくなる美味しいグルメです🍺
【見どころ】
・主郭からの眺望
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2026/10/26 06:28
甲斐上野城(城びと未登録だが城びと公認の模擬天守) (2026/10/10 訪問)
「秋の乗り放題パス」を使って行ってきました。
身延線の甲斐上野駅で下車。『歌舞伎文化公園→』の案内に従って進みます。
10分ほどで真白に聳える天守「ふるさと会館」が見えてきました。
その手前にある蹴裂神社に「史蹟上野城趾」碑と「一条氏塁跡」の説明板、「一条右衛門大夫信竜の祠」がありました。
信玄公の異母弟で、武田二十四将のひとりである一条信龍が築いた砦があった場所だそうです。
歌舞伎の初代市川團十郎発祥の地でもあるそうで公園の遊具も隈取模様つきの櫓風でした。
城びとの記事の中の『全国で90以上も!天守があるお城一覧リスト』には模擬天守があるお城が55城掲載されています。
そのうち城びと未登録は
・甲斐上野城(山梨県)
・因島水軍城(広島県)
の2城。
近場の甲斐上野城に行ってみたら推しに関係するお城で、武田氏滅亡までの足跡も辿れ、じーんときました。
模擬天守さん、ありがとう!
城びとさん、リストアップありがとう!
JR各社さん、乗り放題パスありがとう!
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2026/10/26 00:41
返り咲きの国宝 (2026/10/21 訪問)
江戸時代以前からの現存天守12城の一つで、2015年(平成27年)に国宝に指定されました。鳥が羽を広げたような美しい屋根の形から、別名「千鳥城(ちどりじょう)」とも呼ばれています。黒い雨覆板(下見板張り)で覆われた威風堂々とした外観が特徴で、外壁が黒いのは戦う城しての特徴です。最上階の望楼からは松江の街並みや美しい宍道湖を360度一望することができます。
✦明治の廃城令の際に一度取り壊しの危機を迎えましたが、地元の有志によって買い戻され(当時の値段で180円…現在の価値では約150万円ほど)、奇跡的に天守が保存されました。1935年に一度国宝に指定されたものの、法改正で重要文化財へと変更、その後市民の熱意と調査によって築城時期を証明する2枚の「祈祷札」が発見され、2015年に再び国宝へと返り咲きました。その2枚の祈祷札のレプリカは地下一階(城に入った所が地下一階)の井戸のそばの通し柱に当時と同じように打ち付けられています。本物は松江城横の松江歴史館で国宝指定の際の重要な証拠で国宝と同等の扱い(国宝附けたりと言う)として展示されています。
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