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ダイエティシャン

温湯城2️⃣蔵屋敷の裏、攻城道 (2026/10/20 訪問)

蔵屋敷の登城道の反対側の道を進む(写真①~③)が正規ルートではないので、引き返して蔵屋敷へ。(④)最初の分岐点に戻り標柱通りに進軍。つずら折の道が続く。以前より、標柱が増えた感じがする。雨上がりで滑り易いため、今日はここで(⑩)で断念。

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ダイエティシャン

温湯城1️⃣蔵屋敷 (2026/10/20 訪問)

温湯城は、石見小笠原氏の居城。居館跡とされる蔵屋敷へ。分岐点(写真③)から、3分程で蔵屋敷(⑦)に到着。登城口反対側にも何やら山道が続く。(⑧⑨)途中堀切(⑩)らしき物を発見。

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カズサン

天守台南東底辺植栽伐採されてスッキリ! (2026/10/17 訪問)

 3月21日登城後にも令和8年度植生整備事業が続き、天守台の底辺東面、南面の柘の園芸植栽低木仕上が伐採されてスッキリして天守台底石垣部分が良く観える様に成って居ました。写真撮影も植栽が無くスッキリした天守台石垣が撮影出来ます。
 天守台の裏側に当たる西面も樹木灌木伐採がされてスッキリして天守台をグルーと廻る事がしやすくなりました。よって先に投稿した西の丸Ⅲ郭も安定位置で見下ろす事も出来ます。 感動感謝の環境整備です。
 まだまだ紅葉には早いですが天守台のススキは穂を出し秋に風情、北の大土塁、東の土塁石塁を暫し眺めました。
 投稿写真5番目は3月21日登城時の天守台底辺柘の植栽が写っている写真です。
 ヒロケンさんの9月19日登城投稿のお陰で急ぎ登城しましたので感謝です。

 この後、本丸東面崖の令和8年度植生整備事業の仕上げを投稿します。
   

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イオ

滝之川城(主郭部〜東麓) (2026/05/05 訪問)

(続き)

主郭の西下段には城内最大の曲輪が広がっています。曲輪の南側は2条の横堀で区画され、その先は大堀切と両端の竪堀群で南尾根からの侵攻を遮断していました。この大堀切、箱堀状でかなりの幅があり、縄張図を見るまで堀切とは気付かないほどでした。大堀切から回り込んだ主郭東面には畝状空堀群を落とし、主郭北下段の腰曲輪のスロープ状の土塁をたどって主郭へ。主郭の切岸はかなりの高さと急峻さがあり、南端の土壇はのろし台とも云われます。

主郭から大堀切を越えて南尾根を南下し、東に分岐する支尾根を下っていくと中腹あたりに二重の堀切が設けられています。さらに支尾根を下った先には東麓の寺院跡が広がっていました。南北に3か所並ぶ南側の寺院跡は川沿いに土塁状の地形があり、西部には石列が折れ曲がりながら続いています。真ん中の寺院跡には土塁状の地形も見られました。そして北側の寺院跡で滝之川城をひとめぐり。

城びと未登録ながらいんげん丸虫さん、あ さんの投稿で興味を持ち、ニッポン城めぐりの登録城でもあるので登城してみましたが、5月でも藪に悩まされることなく、手軽に堀切や竪堀群など状態の良い遺構が堪能できる見応えのある城でした。
 

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todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城⑦その1 (2026/10/11 訪問)

中津の東横インをチェックアウトし、午前8時にレンタカーを借り受けて朝一で向かったのが豊前佐田城。この日は10:45に献血ルームわったんでの献血の予約を入れてありましたので、9:30には下山を始めないといけません。登城に時間がかかりそうでしたが、行けるところまで行こうと小学校隣の佐田地区公民館に車を停めさせていただいて攻城を開始しました。ピンクリボンと小学生手作りの案内表示のおかげで安心して進むことができました。展望説明板も設置されていてありがたい限りです。横堀の「行き止まり」表示も親切設計だと思いました。

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にのまる

関ケ原ウォークの前乗りで。 (2026/09/26 訪問)

続100名城スタンプラリー開始直後のGWに出かけたのですが、スタンプを押して天守内の展示をざっと見ただけで帰ってしまっていました。
あとからみなさんのご投稿や写真を見て、戸田氏鉄って誰?銅像どこにあったの⁈となり、もったいない見方をしたなぁと反省。
ずっと気にかかっていたので再訪できてよかったです。

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赤い城

玉椿 (2026/08/24 訪問)

所用で帰省した際に少し時間ができたので登城しました。
宍道湖北岸にある満願寺の裏山に城跡があります。
登っていくと横堀があり、説明板が立っています。
そこからハシゴがかけてあり登ると主郭です。
南側は宍道湖で水軍の城だったのかもしれません。

ハシゴを降り、空堀を進むと竪堀となっていました。
他の曲輪は墓地となっています。

満願寺の境内には毛利元就の手植えと云われる玉椿があります。
本当だとすると樹齢は500年近く、趣があります。

【見どころ】
 ・空堀と竪堀

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しげ

浜松城 (2026/10/17 訪問)

浜松城に行ってきました。

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朝田 辰兵衛

続日本100名城のほうではありません… (2026/10/11 訪問)

源太ヶ城の麓に位置します。津金学校の明治学校と昭和学校の間を抜けると石段があり,登ると諏訪神社があります。その奥に曲輪跡,西側に空堀があるハズということで進入しましたが,整備が行き届いていないようで途中で断念しました。
なお,津金学校の大正学校は「おいしい学校」になっており,賑わっていたため撮影は自重しました。

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イオ

滝之川城(登城口〜出曲輪~主郭部) (2026/05/05 訪問)

滝之川城(松阪市嬉野滝之川町・城びと未登録)は、築城時期等は不明ながら北畠氏に仕えた妙光院殿(明光院殿)の居城とされ、東麓を中村川、北麓から西麓を中村川の支流に囲まれた丘陵上に築かれています。

滝之川古墳公園の駐車場から登城開始。登城口に向かう道路沿いには滝之川城の説明板が立てられていました。中村川沿いに出て南に進んだ先に駐車スペースがあり、支流に架かる橋を渡ったところが登城口です。登城口から階段を上った先には築城前からあったとされる北畠氏ゆかりの寺院跡が広がり、仕切土塁で区画されています。中村川に沿って南北3か所の寺院跡が並び、いずれも有事には城の一部として機能していたものと思われます。南の2か所は帰り道に立ち寄ることにして、まずは主郭部へ。

寺院跡から尾根伝いに登って行くと城域東端の出曲輪東下には堀切が設けられ、堀切に続いて3条の竪堀が連続しています。出曲輪の切岸は鋭く高く、堀切や竪堀とあわせて東尾根からの侵攻に備えられていました。出曲輪と主郭部の間は堀切で隔てられ、堀切の西側(主郭北下段)には階段状の小曲輪群を配し、小曲輪群にはわずかに石積みも見られます。小曲輪群の西端には土塁がめぐり、土塁の向こう側は巨大な竪堀が北面に落ちていました。

竪堀を渡って主郭西下段の曲輪に向かいます(続く)。
 

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todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城⑥ 【城びと未登録】龍王藩邸跡(大分県宇佐市) (2026/10/10 訪問)

龍王城からの転戦です。石垣が残っていて標柱も立っています。最初、バス停かと思った説明板は、「こんにちワイン」のダジャレで始まります。旧安心院町がワインの産地だからでしょう。安心院ワインは特急ゆふいんの森に乗車した際に購入し、飲んだことがあります。因みに安心院は「あじむ」と読みます。この日の攻城はこれにて終了。レンタカーを返却し、泊は中津に取りました。

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ノブ

ウルトラマンの街で見かけた城址です (2026/10/18 訪問)

福島県全域でウルトラマンスタンプラリーが行われており、その締めに円谷監督の出身地でウルトラマンの街須賀川市を訪問し見かけた城址です。
近くの神炊館神社で御城印があったので購入しました。

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カズサン

西の丸Ⅲ郭が良く観え感激です (2026/10/17 訪問)

 令和8年3月21日登城し令和7年度植生整備事業完了後のスッキリした二俣城探訪し投稿致しましたが、最近ヒロケンさんの二俣城登城(9月19日)投稿写真で3月21日登城から令和8年度景観整備植生整備がさらに進んで居たのではとハットして近くの二俣城へ出掛けました。

 本丸天守台西側の崖下の樹木が伐採されて奇麗に、西の丸Ⅲの曲輪表面が眼下に観えるでは有りませんか、大感激です、浜松市文化財課作成の縄張測定図でしか西の丸Ⅲの存在を知らず、何回ともなく天守台下、西の丸Ⅰ、Ⅱの下から眺めて何処かな?と経過していたのですが、今年の3月21日探訪には西の丸Ⅲ郭稜線が樹木の間にぼんやりと浮かんでいましたが、やっと上から下から観る事が出来ました。
 まだ立入禁止警告板と境界を表す杭が連なっております、礫岩層で立入は危険そうです。遊歩道と虎ロープが必要です、何時か見学が可能に成ったらありがたいが、何時に成るやら?
 
 探訪した17日の朝、地元の方々(学校関係かも?)が二俣城遊歩道散策路の落ち葉掃除をされいました。頭の下がる思いです、感謝です。私達城好きが楽しく不自由なく探訪出来るのもボランティアの方々のおかげです。感謝お礼を述べながら探訪させて頂きました。

 この後続きに令和8年度植生整備事業で樹木伐採されスッキリした、天守台下周辺と本丸東土塁石垣の東面、崖法面の投稿をさせて頂きます。
    

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T-Shionoya

赤穂城 横矢掛構造満載の本丸 (2026/04/25 訪問)

軍学をもとに設計されたという点が興味深く、4月末に訪れた兵庫県赤穂市の赤穂城。

南は瀬戸内海、残る三方は山に囲まれた小さな平野で、熊見川(現在の加里屋川)河口部西岸の三角州に築かれた城。

赤穂藩初代藩主となる浅野長直により1648年の着工から13年かけて築城され、その縄張は軍学者の近藤正純が担当。また二之丸枡形虎口は山鹿素行が設計変更したと伝わり、浅井氏3代、永井氏1代、森氏12代が城主に。

現在も全域の堀と石垣が概ね残り、まだ三之丸は整備中のエリアが多いものの、本丸と二之丸は門や庭園などが復元されている国指定史跡&日本100名城の城跡。

実際に訪れると、曲げられた土橋と複雑な横矢掛を備えた本丸門は期待通り。
また本丸周囲の石垣は特に不規則な長さと折れ角を有し、まるで様々な横矢掛構造を集めた展示場。
そして刎橋門のある本丸南面も、個人的にはステキに感じられたポイント。

城域滞在時間は約3時間。
甲州流軍学を具現化した赤穂城が、私の城郭巡りの236城目となりました。

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橋吉

大河ドラマにあわせて売り出した跡 (2026/10/17 訪問)

伊賀上野城は藤堂高虎による名城として有名ですが、隣の伊勢国にも上野城がありました。
三重県津市河芸町の国道23号線の1本西を平行に走る山道を走っていると、案内板が立っています。
城跡は現在,本城山青少年公園として利用されています。

公園内に駐車場が用意されています。
土塁に囲まれた本丸の天守台には展望デッキが作られていました。
二階には資料室が置かれていますが、残念ながら、閉館中でした。
三階は展望台です。
鈴鹿の街が眼下に広がります。

二の丸の上面はアスレチック施設が置かれています。
下面は荒れていて、ヤブ蚊に刺されました。

浅井長政が滅亡の後、長政の妻であるお市の方と娘の茶々・初・江は信包に預けられ、一時この城で過ごしたと言われてきました。
しかし、近年の研究によると、当初、お市の方と三姉妹を保護したのは信包ではなく、織田信次であることが明らかとなっており、上野城に滞在していたとされるのは誤りで、尾張国の守山城で過ごしていたのが正しいとされています。

大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」が放映された際には、浅井三姉妹ゆかりの城として売り出したようで、あちらこちらにその後が見られます。

見学所要時間: 30分

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ダイエティシャン

10月18日(日)尼子フェスタ開催3️⃣ (2026/10/17 訪問)

10月18日(日)尼子フェスタ開催

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ダイエティシャン

10月18日(日)尼子フェスタ開催2️⃣ (2026/10/17 訪問)

10月18日(日)尼子フェスタ開催

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ダイエティシャン

10月18日(日)尼子フェスタ開催1️⃣ (2026/10/17 訪問)

10月18日(日)尼子フェスタ開催。三日月公園にて。尼子フェスタは5年に1回、月山富田城の、麓で開催されるお祭り。屋台や演武等が開催される。

前日に皆さんと共に、何年かぶりに本丸まで攻城。

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todo94

スポーツの日三連休の大分の攻城⑤ (2026/10/10 訪問)

角牟礼城からの転戦です。既に16時近かったので、手ごわい山城だったら断念するところでしたが、海神社まで車で乗り付けることができたので、余裕をもって攻略することができました。山頂部は児童遊園となっていますが、利用されている気配はあまり感じられません。別名・神楽岳城の城址碑は上部が折れていました。山頂の先の曲輪には矢穴のあいた石があり、柱が立てられていたかのような丸い穴もあいていました。堀切もありました。丸い穴のあいた石は山頂に続く石段の下部脇にもありました。

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HKISD

検岳城跡散策 (2026/10/17 訪問)

10台ほどおける駐車場に停めて散策
階段はきつかったがキチンと整備されていて非常に散策しやすかった。
見晴らしも最高でした。

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