常山駅からから徒歩5分ちょっとで、常山駅側攻城口(34.529914、133.890692)に着きました。
文明年間(1469年〜1487年)上野氏によって築かれたといわれていますが定かではありません。
上野氏は松山城主三村元親の血縁となり一翼を担うが毛利氏が三村元親を松山城に攻め自刃させると最後の拠点である常山城に迫った。
1575年(天正3年)城兵わずか二百に対して毛利軍数千が押し寄せたため上野隆徳の妻(三村元親の妹)も鎧を身につけ侍女ともども奮戦し自害したと伝わっています。その後は毛利氏が城番を置きました。
1583年(天正11年)中国国分により、児島は宇喜多領となり、重臣の戸田秀安を置きました。 関ヶ原合戦で宇喜多氏が滅亡すると小早川秀秋が入封し重臣伊岐真利を置きました。
小早川氏断絶後に入封した池田氏はこの城を廃し下津井城の改修に資材を転用したといわれています。
城跡は案内板等も設置されていないので縄張図を持参した方が便利だと思います。
登城路は綺麗に整備されていますが、前日に降った雨で、滑ります。気を付けて登って行きます。
登城路や曲輪に石仏が多く設置され、井戸、曲輪、土塁、石垣があります。眺望は曇っていてよく見えませんでした。
攻城口から惣門丸まで30分、惣門丸から本丸まで10分でした。
本丸に展望台がありますが危険の為、登れません。
また北二の丸には鶴姫らを祀った「女軍の墓」があります。
攻城時間は90分くらいでした。次の攻城先=八浜城を攻城する為、常山駅からJR宇野みなと線と両備バスを利用して八浜市民センターバス停に向かいました。
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