中条氏館址(常光院)の探訪を終えて、南に約3km群馬県埼玉県国道17号線沿い未踏の城廻り六城目成田氏館を目指す。グーグルマップにて位置を確認すると成田氏館跡史跡マーク地は国道17号線上之交差点5差路の細い一方通行の道で北から南へ約250m進行して道の西右、私有地の中に標柱と石碑がこじんまりとフェンスに囲まれて立っている。
駐車場:標柱の東に泰蔵院参拝者駐車場が有り一時利用させて頂いた。
参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
標柱の説明では、成田氏館跡は藤原鎌足の子孫、藤原道宗の子である助高(資隆)が天喜元年(1053)に、成田の地に館を構え、成田氏を名乗った。その後、成田氏は「関東八家」と称されるまでに勢力を拡大し、成田親泰が忍城主となるまでの400年余、この地に住み続けた。と記載されている。
秀吉の小田原征伐時(1590)、忍城水攻め総大将石田三成と忍城城代総大将成田長親(のぼう)との攻防戦は映画などで有名です、小田原城が降伏した後迄降伏しなかった。
石碑と標柱しかない史跡マーク地では思いを馳せるのも難しい。
次に帰路の圏央道川島IC目指すために、未踏の箕田館跡に向かいます。
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