津山駅でレンタカーを借り、そこから車で30分弱で、公文小学校跡地大仙グラウンドゴルフ場入口(34.961101、134.127492)に着き、そこから説明板(34.960545、134.127265)を確認して、登城口(34.956140、134.127922)に向かいました。
公文小学校跡地大仙グラウンドゴルフ場はゲートボールを楽しむ方の車で一杯でした。
築城年代は定かではないようですが、1441年(嘉吉元年)山名持豊に従った北条氏吉が公文荘を与えられ、大仙山に築城したのが始まりとされています。
その子孫である清氏のとき下山氏を称しました。1544年(天文13年)には三星城の後藤氏に責められ落城しました。
出雲の尼子経久が山名氏に代わり美作・但馬・播磨にまで勢力を広めますが、代わって毛利氏がこの美作へ侵攻してきます。
1579年(天正7年)備前の宇喜多直家は毛利氏と手を切り、信長に味方するようになりました。
そして毛利氏に対抗する為に、家臣の花房職之と延原弾正に、笹部勘二郎が守る周匝茶臼山城を攻め落し、さらに北の後藤勝基の三星城へも攻撃をしかけました。
もともと後藤勝基は天神山城主・浦上宗景の重臣であり、直家が主家であった浦上氏を滅ぼした時、宇喜多氏と後藤氏は敵対、井の内城主の下山正氏も後藤氏に付きました。
宇喜多軍が三星城近くまで攻めて来た時、下山氏・小堀氏などが城を出てよく戦いますが、城内での安東相馬による裏切りで井の内城は落城しました。
説明板のある大手道は藪化しているという情報より、鳥渕神社側から登りました。
前日の大雨で足元はぬかるみ、落葉で足を滑らせて、また転んでしまいました。大事になる前に撤退です。
どおも転ぶことと迷子になることに少しナーバスになっているようです。
攻城時間は45分くらいでした。次の攻城先=福城に向かいました。
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