今日の天気は曇のち15:00頃から雨の予報です。品川グランド前案内板付近空スペースについたのは10時過ぎですが、雲行きが怪しくなってきました。
富田茶臼山城から車で10分くらいで、品川グランド前案内板付近空スペース(34.742550、134.198883)に着きました。
そこから、焼き物の窯元の脇にある登城口(34.742433、134.198435)はすぐです。
詳しい築城年代は不明ですが、富田茶臼山城と同じく応仁から文明年間(1467~1486)三石城主・浦上村宗が備中の松田氏に備えて築いた支城だといわれています。
1531年(享禄4年)浦上村宗が大坂の合戦で討死すると播磨国室津城を長男政宗が継ぎますが、弟宗景と国秀が政宗と不和となり、宗景は天神山城を築き、国秀は富田松山城を改築して居城としました。
1532年(享禄5年)政宗は軍を起こし三石城を攻略した後、富田松山城に来襲し国秀は降伏しました。
政宗は松山城を拠点として片上に兵を出してきた宗景と退治したが決着はつかず、双方が軍を引き上げ終戦となります。
政宗は三石城と富田松山城に城番を置きますが、政宗の勢力が衰退すると宗景の勢力の及ぶところとなり、浦上景行が城主となりました。
1577年(天正5年)宇喜多直家の台頭によって天神山城が攻略され浦上宗景は播磨へ逃走すると、富田松山城も宇喜多氏の手に落ちました。
焼き物の窯元の脇にある登城口から東出丸、大手曲輪、井戸を経由して主郭に到達しました。
登山道は良く整備されており、歩きやすいです。眺望は東出丸や本丸などでに楽しめますが、登城した日の天気はどんよりした曇空で、ちょっと残念でした。
遺構として、堀切、土塁、虎口、井戸などが確認できます。堀切は特にオススメです。
15:00頃から雨の予報でしたが、11時過ぎ頃から雨が降りはじめました。
攻城時間は70分くらいでした。次の攻城先=北曽根城に向かいました。
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