品川区東大井に有った浜川砲台は幕末の嘉永7年(1854)1月、土佐藩によって築かれました。現地案内板に寄れば土佐藩はこの地に鮫洲抱屋敷を持っていたので幕府に砲台を作ることを願い出たとのことです。
浜川砲台には六貫目ホーイッスル砲・・一門 一貫目ホーイッスル砲・・二門 鉄製五貫目砲・・五門
の計八門の大砲を装備していたようです。
当時の土佐藩の大砲製造の技術は天下一品で、土佐藩で製造された大砲は射程2.5kmはあったとか。
ペリーがホーイッスル砲を日本にプレゼントして、一年もたたずに江川太郎左衛門英龍がそれをコピーしたという話があります。
ペリーにしてみれば大して脅威にはならないと考えたのかもしれませんが・・甘いですぞ。
夜闇に乗じてホーイッスル砲を積んだ大量の小舟で黒船に肉薄攻撃をかければ、ペリーたちを海の藻屑に・・むむむ
ホーイッスル砲はカッター船に積み込める小型の大砲なので、機動力を持って敵の大砲の射程を相殺することが可能です。
失敗すれば敵は沖合に移動して攻撃してくるので逃がしてはいけませんぞ! 脳内仮想シミュレーションが止まりません。
大砲を作る大量の銅はどうするって? 奈良と鎌倉の〇〇を溶かして(ボカッ!!)
そこに愛はあるんか?・・あるじゃないですか、地元有志の努力によって形となった「大砲愛」が!!
近くには坂本龍馬の銅像があります。案内板によれば嘉永6年(1853)ペリーが黒船4隻で来航した際に、若き日の龍馬が土佐藩品川下屋敷近くの浜川砲台の警護にあたったとのことです。ここにも有志による「龍馬愛」があふれています。
まさに「幕末愛」でござんすね
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