男良台場(おとこらだいば・城びと未登録)は、外国船に備えて水野丹後守が紀州藩から築造・守備を命じられた台場で、海岸沿いに数門の大砲を備えていましたが、明治期に台場跡に男良谷砲台が築かれたため、遺構は消滅しています。
深山第一砲台跡への入口広場駐車場から深山第一砲台経由で男良台場へ(直行することもできます)。男良谷砲台が台場敷地、その内側の平地が陣屋敷地と考えられますが、遺構はもとより台場の存在を示すもの(石碑や説明板等)は何もありません。それでも台場跡から海岸に下りていくと目の前に友ヶ島、その奥に淡路島を望み、台場がこの地に築かれた理由は実感できました。
なお、男良谷砲台は明治期に築造された由良要塞を構成する砲台のひとつで、2つの砲座にカノン砲各2門(計4門)が設置されていました。草木に覆われてはいるものの、2つの砲座と2つの弾薬庫が現存し、海岸には水雷発射施設も見られます。また砲台内部の排水用と思われる小さなトンネルが砲台から海岸まで続いていました。
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