みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

小牧長久手の戦いと大阪との中継の城 (2019/10/05 訪問)

甲賀国人の城が豊織式に改修された土の城。下草が刈られ、表示板も立てられてよく整備されている。南西麓から曲輪Ⅳ角馬出状虎口空間に至る道は、両側の尾根の間を進み、既に厳しい守り。曲輪Ⅰの北側に虎口があり、城背面に降りられるが、折れがある二重の横堀が設けられ、さらに降りた先は池。また、二重の横堀は、北東方向の尾根続きも遮断。
土山は東海道の宿場町として栄え、旧東海道沿いに宿場町の雰囲気を維持しようとしています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

赤い城

綺麗に復元されていました (2019/10/05 訪問)

東山梨駅から徒歩で5分。
石碑が立っているところは私有地っぽく入れませんでした。
100mくらいの広い屋敷跡が復元されています。
芝生も綺麗でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

トーダイ

コンパクトな土の城です (2019/10/10 訪問)

築城者は、田原庄の荘官であった田原対馬守(名は不明)、永禄3年(1560)
以降は三好長慶の居城とされ、飯盛山城の支城として機能していたようです。
最後の城主はキリシタン、洗礼名はレイマン(礼幡)と言ったと『フロイスの
書簡』に記されています。

大阪府で未登城跡を「お城を探す」で調べると田原城を発見、サイト情報では
https://tawaranosato.jimdo.com/田原城址/(NPO法人「桃源郷のさと」の
理事一同で周辺の木を伐採しました)とあり、期待して出発する。

城跡近くに到着すると、山の上に「田原城址」の看板、登城入口<34.719167,
135.695043>も見つかるが、道が狭くて駐車スペースが無い。近所の人に聞いて
ゴミステーション前<34.718379, 135.695299>に停める。

大手登城口から上がると案内板があり、直ぐに磐船神社の祠(分祀)が祀られた
本丸跡、後方に土塁跡が見られます。城跡内には曲輪・堀切跡など確認できます。
北側に搦手登城口があり、サイト情報通り、良く整備されています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぴーかる

長野氏城跡(三重県津市美里町)国史跡 (2019/09/28 訪問)

【長野氏城跡(三重県津市美里町)】
<前説>長野氏は元々は工藤氏を名乗り中世には中部伊勢2~3群を支配した有力国人。区別の為に長野工藤氏と呼ばれている。長野氏の城は美里地区の標高500㍍程の山城と国道163号線沿いの標高230㍍程の丘陵尾根に東の城・中の城・西の城がある。いずれも築城年は1274年、廃城年は1570年で信長の進行により織田信包が工藤氏の養子となり、信包が居城を伊勢上野城に移り、のち織田姓に戻ったために長野工藤氏は消滅した。一族に伊勢上野城主→近江大溝城主となった分部光嘉がいる。
 山城と丘陵にある3城共に国史跡となっており、今回先に未だみなさん投稿なしの「東の城」「中の城」「西の城」を攻略したので以後投稿致します。
 今回の添付写真は城跡入口の案内板・山あいの土どめの石積み・居館跡と思われる曲輪の石垣・その横の堀切を添付しています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ダイエティシャン

浜田城 外堀の石垣 確認 10/14午後2時〜現地説明会 (2019/08/24 訪問)

現地説明会 10/14午後2時〜 浜田城外堀の現地説明会があるそうです。浜田市殿町78-2 問い合わせ 浜田市教委文化振興課 0855 25 9731

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ダイエティシャン

うんぱく三城御城印めぐりキャンペーン 2020年2月29日まで (2019/10/02 訪問)

松江城(陸)米子城(海)月山富田城(空)で御城印集めると、先着1500名様に、特別御城印帳 貰えます。 更に、抽選で、お城グッズ等が当たるそうです。

+ 続きを読む

ダイエティシャン

さんいん史跡日和9/1〜12/4 山陰の史跡や遺跡を‘’まちあるき‘’ (2019/10/05 訪問)

月山富田城へ攻城しました。霧がかかりそうな富田城遠景も撮れました(10/5 7:55 県道から、富田城を望む)大土塁、山吹井戸対面の防御的地点、本丸とニノ丸の間の堀切を知ることができました しまねっこも別イベントで参戦してくれて、会えました

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ASA

発掘調査中 (2019/10/09 訪問)

駿府城の発掘調査を見学してきました。
日本で一番大きいと言われる天守台
そこに天守閣があったらと…思いを馳せました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

チョイワルオヤジ

蝦夷の地の中世の平山城 (2019/10/02 訪問)

南北朝時代の平山城。
発掘調査に基づく復原で中世の平山城を体験で出来ました。
隣接する博物館では築城主であり南部藩の家祖である南部氏の歴史が
わかりやすく展示されています。
失礼な言い方で恐縮ですが、地方都市でこれだけ立派な博物館と城跡の維持管理に敬服します。
南部藩の家祖・南部光行は甲斐源氏の流れをくむことに驚きました。

+ 続きを読む

橋吉

福知山城 (2010/07/03 訪問)

小高い丘の上に立つ平山城ですので、しばらく坂を登っていいかなければなりませんが、美しい大手道は疲れも感じさせません。

1985年(昭和60年)復元された天守閣です。
鉄筋コンクリートですが、外観は忠実に再現され大変美しいです。
内部は郷土資料館となっています。

石垣は近江の穴太衆によってつまれた穴太積みと伝えられています。
大きな石の間に小さな石に積み込み排水性をあげています。
矢印の部分の石は転用された石です。
福知山城には宝筮印塔・五輪塔・石仏・石臼・灯篭などが転用石として約二百あまりとして使われています。

転用石は信長(およびその家臣)の城の特徴ですが、これほど大量の使用例は、大和郡山城と福知山城にしかないといわれています。

+ 続きを読む

todo94

土佐くろしお鉄道完乗! (2019/09/15 訪問)

今年が最後の発売になるかもしれない四国バースデイきっぷを使って土佐くろしお鉄道の完乗を果たしてきました。せっかく宿毛駅までいったので東宿毛駅から徒歩にて、宿毛城へも。小さな山というか丘が車窓からも見えていました。主郭には神社が鎮座しており北西側に石垣が残っています。城址碑の表記は松田城跡になっています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

トーダイ

土塁と堀跡が確認できます (2019/10/09 訪問)

築城年代は不明、東大寺の荘官だった興福寺衆徒・窪城氏が居城とした。
窪城氏は古市氏に従ったが、永正3年(1506)筒井氏に攻められて落城、
その後は筒井氏に従う。

八坂神社(東殿)近くに路駐、余湖さんの概略図を手元に探索すると、
東殿・西殿周囲の土塁と堀跡が確認できますが、竹ヤブが酷いです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

山波藤慶

関西城郭サミット2019 in 飯盛城 『飯盛城研究の10年(2010-2019)』

今年も開催されるそうです。11/17です
https://twitter.com/yamamoto_zombie/status/1181896396204494848

+ 続きを読む

山波藤慶

歴史講座4「文献史料から見た三木合戦」

三木城を中心とした合戦の講演会が12/22にあるそうです
https://www.city.miki.lg.jp/site/mikirekishishiryokan/16833.html

+ 続きを読む

トーダイ

天満神社周辺に濠跡が残っています (2019/10/09 訪問)

稗田環濠から転戦、ぴーかるさんのアドバイスで環濠地区に入らず路駐、
案内板と集落内の濠跡を確認後、天満神社周辺を見に行くと、東南西側に
「コの字」形に濠跡が残っています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

宗春

明智長山城 (2019/10/04 訪問)

他の城アプリのイベントで訪れました。散策路の途中から通行止めになっていました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

トーダイ

良い雰囲気の集落です (2019/10/09 訪問)

稗田は大和の環濠の典型例として有名です。詳しい形成過程は不明ですが、
室町時代には現在のような形になったと考えられます。東西260m、
南北260mの規模で、西と南側の濠幅は約10mもあります。

賣太神社駐車場(20台)を利用、コンクリートで固められた濠跡ですが、
良い雰囲気の集落風景です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

トーダイ

やはり石垣が素晴らしいです (2020/10/09 訪問)

近くに来たので寄ってみました。
4回目の登城、やはり石垣が素晴らしいです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カルビン

挙母3城 (2015/06/07 訪問)

名鉄豊田市駅・上挙母駅を起点として挙母3城を見学。
「城びと」に登録されているのはそのうちの1つ・七洲城になります。

七洲城は豊田市美術館の敷地内にあり、模擬櫓がありますが・・・地形もそれっぽさあるものの、ここには目ぼしい遺構は模擬櫓以外には無く・・・(石垣も見るからに再建品なので)
中にも入れなかったので、解説と城碑と模擬櫓をちょいちょい確認して見学終了しました。。。見学時間15分もあれば十分だったかと。

他の挙母3城のうち、桜城は石垣(おそらく櫓台)が豊田市駅そばの公園内にあるのみで、

もう1ヶ所の金谷城は上挙母駅近く・名鉄線が竹林内にある遺構を跨ぐように存在します。。。ここは大きな堀が見られて、一番当時のお城の形状が残る場所に思えました。

3ヶ所とも挙母城と呼ばれておりますが、それぞれ別のお城らしいですね。。。

車が停められそうな場所があるのは七洲城のみなので、まとめて見学したいのでしたら公共交通機関をオススメします。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

前ちゃん

宇陀松山城 (2019/10/09 訪問)

近鉄電車・榛原駅から、バスで大宇陀(道の駅・大宇陀)へ。そこから、徒歩すぐのところに、千軒舎(案内所)があります
ちなみに、現在、春日神社からは18年の台風の影響のため通行止め。千軒舎の裏手から登城

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ページ4