衣笠城から徒歩で佐原城跡へ移動。徒歩で40分くらいです。
三浦義明の末子 佐原義連の居城で、衣笠城の大手を守る支城だったようです。佐原氏は文治5年(1189)の奥州合戦で会津を与えられ、佐原氏の庶流はのちに会津蘆名氏として戦国大名へと成長していきます。横須賀が蘆名氏の発祥の地だったとは、驚きです!!
皆さんの投稿にもある通り、案内板が各地に置かれていて、そこまで迷わずに石碑に到着。石碑そばの木に説明板がつけられている写真を拝見していたのですが、木から降ろされ、石碑の所に立てかけてありました。
ここからは衣笠城からの道中で寄り道した史跡をご紹介したいと思います。衣笠城と佐原城の間に広がる大矢部地区には、三浦氏ゆかりの史跡が多数残されています。
① 満昌寺
衣笠合戦で討死した三浦義明の菩提を弔うため、源頼朝が創建した寺院です。三浦義明廟所と本堂前に頼朝お手植えのツツジがあります。
② 近殿神社
三浦義村(三浦義明の孫)を御祭神として祀る神社で大矢部地区の総鎮守となっている神社です。三浦義村は『鎌倉殿の13人』では、権力闘争のキーパーソンになってましたね。
③ 薬王寺旧跡
薬王寺は和田義盛が父の杉本義宗と叔父の三浦義澄(三浦義明の子・義村の父)の菩提寺として創建した寺院で、明治9年(1876)に廃寺となったようです。現在は住宅地に囲まれていますが、石塔群が残されており、中央の石塔は三浦義澄の墓所と伝えられているようです。
④ 腹切り松公園
なかなか物騒な名前の公園ですが、三浦義明が衣笠合戦の時に、この場所にあった松の木の下で自刃したと伝わっているようです。見た感じは遊具のある公園という感じですが、公園の東側に「三浦大介戰死之處」の石碑があり、そばには松の木が植えられています。
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