社山城は天竜川の東河岸段丘、磐田台地の北端隘路の北、独立丘陵標高136m頂上に本曲輪を構えています、本曲輪北側に堀切と横堀が北から西に廻り込み、本曲輪南まで繋がっております。横堀が見所の様ですが北の堀と切岸を眺めて奥には入り込みませんでした。東崖側には竪堀で落ち込んでいます、竪堀上に架橋されて本曲輪虎口へ。
本曲輪に八幡神社が北側に鎮座、神社の奥北側に土塁が残って居る、北側の土塁西側の樹木が伐採されて西天竜川方向、浜松方向の見晴らしが開けていました、今回のイベント歴史シンポジウム「いざ、遠州やしろやまじょう!」の社山城歴史見学会、春風亭昇太師匠社山城探訪見学の為のおもてなしでしょうか?
蘇鉄が一本植栽されて居る600年前に今川氏の命で匂坂氏が社山城を構築し3本の蘇鉄を植えた、匂坂氏城主交替により蘇鉄は匂坂城へ移植されたが信玄侵攻で匂坂城は焼失、蘇鉄は移植されて残った。その蘇鉄の株分けして故事を記念して社山城に里帰りさせたと。(平成17年2月)
本曲輪には案内板が新しく成っており、関口宏行氏作成縄張図付き解説板(令和5年5月)大変見易く成っています。
二の曲輪がL字型で折れて東尾根に約10mの堀切で離れて構築されている。(二の曲輪で投稿します)
23日の歴史シンポジウムの加藤理文氏の解説講演で本曲輪の北から西側の南端までの横堀が見所素晴しいそうですので、降りるポイントを探して何時か探訪したいと思っています。
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