登城口、林道入り口にパンフレット置き場があり、大桑城跡石垣見学マップ、春風亭昇太師匠と行く大桑城跡などをいただきました。時間の節約のため、はじかみ林道を利用して登城。
「美濃守護 土岐氏最後の居館 大桑城」の幟旗が並んでいます。ミニチュアの模擬天守からは、やや見下ろす方向に、斎藤道三がいた稲葉山城がよく見えました。なんとも切ないです。この地は、やや山間ですが、支援してくれる朝倉氏の越前へ続く街道があり、また、美濃紙の一大産地であったとのことで、守護所としてそれなりの立地だったようです。
稲葉山も含め、この辺りの山は、硬いチャートから成っていることが多いです。大桑城もチャートの山であり、急峻で、石垣の石を現地調達できます。切井戸への道は、とても急です。ロープがなければ、枯葉で滑って往生します。麓でゲットした大桑城跡石垣見学マップを頼りに散策しました。見どころとフォトスポットがわかりやすく紹介されています。が、これには、山頂の北の遺構は書かれておらず、庭園跡や気になる石を見逃しました。がっかり。
チェブさんの舞木城の投稿に、「藤原 秀郷さんを調べると『大百足退治の伝説』が滋賀県にあるようです。」とあり、水を向けられた(?)。瀬田城についての投稿の中で、城びとの皆さんが、俵藤太の大ムカデ退治を紹介されています。瀬田城は、目の前に瀬田の唐橋があり、この重要な橋を監視、防備する位置づけにあります。俵藤太が、瀬田の唐橋から、三上山を7廻り半していたという大ムカデを弓で射て退治したということで、弊宅から見えた、日の出と重なった三上山の写真を添えました。
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