女淵城(女渕城)は赤城山南麓上毛電鉄沿いの山上城、膳城と大胡城との中間に位置した城郭で城びと未登録ですが、沼濠を中心に構え、西曲輪、北曲輪、本丸、帯曲輪、二の丸、三の丸、龍光寺曲輪を南北(東西200m、南北450m)に連れた連郭式城郭です。
8年前の平成29年4月桜咲く頃、上山城、膳城、大胡城と訪ね、女淵城は外しており、以来いつかは何時かはと思い願って居た城郭でした。今回孫の運動会で宇都宮を訪ねた空の日に、箕輪城本丸西虎口門の復元工事現場進捗確認して、令和8年3月末以降まで待てねばと再訪を期して、城びと未踏の城、阿内城(宿阿内城)、今村城、那波城を探訪初登城後、北へ約14km程の女淵城、女渕城址公園を目指す。
住所:群馬県前橋市粕川町女渕1230-1(女渕城址公園)
駐車場:女渕城址公園駐車場を利用、トイレ有。奥に進んで二の丸に駐車場有り。
参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
女渕城址公園駐車場より北に大きな濠が在り自然の沼池を活用した城郭、沼濠の存在感が圧倒的です、現在は護岸工事されてコンクリブロック城塁です、土橋もコンクリ橋に成って居ますが脳内は土橋と認識して描きます、本丸は東西40m、南北30mで周囲は濠で私有地の畑です、北東側に城名碑と説明板が在り、こちらの名称は「女渕城址」で称されていた。北曲輪は私有地民家が立っています、周囲は堀と濠、北曲輪の北は上毛電鉄が走って居り電車が通り過ぎましたが写真を撮り忘れました、西に堀を挟んで西曲輪が在り現在は公園整備されて芝原です、トイレ有。
戻って本丸東には帯曲輪ですが私有地民家、その東に外堀としての自然の渓谷の様な川が南北に流れいます、二の丸は現在、公園、御霊神社の駐車場に成って居る、御霊神社が三の丸に当たる、その南に在る龍光寺も曲輪に当たります。
歴史は、案内説明板によると、女渕城は、いつ、だれが城を築いたか詳しくわかっていないが、戦国時代から歴史上に出て来る、赤城山南麓地方の他の城と同じように、越後の上杉氏、甲斐の武田氏、小田原の北条氏などの戦国大名の侵攻を受け、城主の変遷が多かった。
天正18年(1590年)小田原の北条方の城だったので、豊臣秀吉方の軍勢に攻められ、小田和城落城と同じく、落城し廃城となった。
8年振りに願いが叶って初登城と成りました、沼濠の存在感が在る女淵城(女渕城)でした。
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