さすがの熊本城、ものすごい数の投稿と写真ですなあ。前回登城は、だいぶん前、本丸御殿が再建されて(2008年)しばらくしてからでした。今回は、震災からの復旧状況・工事を見学するのと、熊本城が立つ、阿蘇山からの火砕流の高まりを実感するのを目的にして、参りました。
熊本城の前身となった隈本城は、砦規模で、火砕流のほんの先端にあったのを知りました。火砕流の高まり(茶臼山)全体は大きすぎて、縄張りのしようがなかったのでしょう。長塀前を東に進み、熊本城東側の東竹の丸の石垣(法面)が火砕流台地の高さと急峻さを感じさせてくれました(写真3)。北大手門前の堀は、火砕流の台地を大きく掘り切っています(写真4)。二の丸は、写真1のように、観光用の縄張り図には描かれないことが多いです。上級武士の屋敷地&豊前街道、豊後街道を引き込んだ二の丸の際(きわ)の処置が気になってました。西側の堀、南側の石垣を見てきました。二の丸の西端から天守閣を眺めるととても遠いです(写真9)。まだ、この西側に三の丸があるとは、巨大です。
市役所の14階にレストランがありランチしつつ、熊本城を眺められました。熊本城の後、水前寺公園に行きましたが、雨脚が強くなり、通路が小川になって、ゆっくり景色を眺めている余裕はありませんでした。阿蘇山も雨雲の中で残念。
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