日本100名城

もりおかじょう

盛岡城

岩手県盛岡市

別名 : 不来方城[こずかたじょう]

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盛岡城
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まーやん

南部氏代々の名城 (2019/08/10 訪問)

今夏初の登城は盛岡城址。
東北では珍しい総石垣造の城で、巨大な花崗岩が多く使われた石垣が美しく映える城。
堀の役割を果たす北上川や中津川は県庁所在地ながら鮭の遡上が見れることで有名。

本丸、二ノ丸、三ノ丸、腰曲輪、石垣の空堀などこじんまりとしながらも見所満載。

日露戦争で殉職の南部中将の銅像が大東亜戦争の供出後も復元されず台座だけ残されているのが大変違和感があるが、石川啄木の「不来方の お城の草に 寝転びて 空に吸はれし 十五の心」の歌碑が打ち消してくれる。

城域にある櫻山神社は南部氏をご祭神としており、後方の烏帽子岩は南部利直公が城整備の際に発見し神社の宝とされているとか。

下曲輪であり櫻山神社の参道には戦後闇市を起源とする櫻山商店街(櫻山横丁)がある。
ここは日本一の飲み屋街とも言われ、じゃじゃ麺発祥の店などが有名店も多い。

櫻山商店街の公園化や城址公園の名称など、何かと物議を醸してきた感があるが、一個人としては城に纏わる歴史全てが素晴らしいと思うので、今ある資源を活用し益々発展していただきたい好印象な街である。

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くろもり

石碑あります! (2015/05/17 訪問)

たにgucciさんの「石碑を探したけど見つからず。」の投稿を拝見して、その直前に自分が盛岡城の投稿をしていたのにも関わらず石碑について触れてなかったので、ちゃんと書いておけば・・・と責任を感じた次第です。たにgucciさんごめんなさい。

石碑の場所ですが、三の丸を北に出た所にある「鳩御門跡」の近くにあります。櫻山神社から三の丸へ向かうと気付き易いかと思います。

前回投稿できなかった縄張図や宮沢賢治や新渡戸稲造の石碑も投稿しておきますので、気になる方は見てみてください。

盛岡城は投稿済みでしたが、石碑好きの人の参考になればと思い、二度目の投稿です。

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たにgucci

石碑が無い。 (2019/06/09 訪問)

石碑を探したけど見つからず。

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くろもり

不来方のお城と二人の文豪 (2015/05/17 訪問)

東北では珍しい総石垣のお城で、いろいろな石垣を楽しむことができました。

二ノ丸跡に石川啄木の歌碑があり、盛岡中学時代の啄木が学校から逃げ出してきて、不来方城(盛岡城)の二ノ丸で、文学書、哲学書を読み、昼寝の夢を結んだと書かれていて、「啄木も学校サボっていたんだ」と笑ってしまいました。
「不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」
盛岡城の二ノ丸で、啄木が眺めていた空を同じように眺めるのもいいかもしれません。

また、啄木の他に宮沢賢治も、城のすぐそばの下の橋のたもとの玉井家に下宿していたそうで、現在では井戸だけが残されており「賢治清水」と名前が付けられ、「ちゃんがちゃがうまこ」の歌碑があったので、石川啄木と宮沢賢治が好きな方はよりお城を楽しめるのではないでしょうか。

立派な高石垣等もいいですが、烏帽子岩も神秘的で必見です。

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概要

不来方へ本拠を移した南部信直が親子三代で築いた、東北の石垣造の三名城として名高い城。本丸・ニの九・三の丸が直線状に並ぶ連郭式の縄張で造られ、本丸には天守の代わりとして御三階櫓が建っていたとされる。花崗岩を使った石垣が現存し、腰曲輪の石垣には築城当時の野面積も見られる。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 慶長2~3年(1597~98)
築城者 南部信直・利直・重直
主要城主 南部氏
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 平成3年から本丸・二の丸・腰曲輪・淡路丸の石垣、平成14~16年に本丸南西部石垣を解体修理
天守の現況・形態 天守台のみ残る
主な関連施設 -
主な遺構 本丸、二の丸、三の丸、淡路丸、腰曲輪、榊山曲輪、石垣、堀、彦御蔵
住所 岩手県盛岡市菜園1-1-3
問い合わせ先 盛岡市教育委員会歴史文化課
問い合わせ先電話番号 019-639-9067