日本100名城

しらかわこみねじょう

白河小峰城

福島県白河市

別名 : 白河城、小峰城
旧国名 : 陸奥

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白河小峰城
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昌官忠

クラブツーリズム「宮城・山形・福島の日本100名城制覇」の旅① (2017/09/30 訪問)

城びと入会時の2020/7/29に「こじんまりとした三重櫓がいい味出しています」のコメントを投稿していましたが、内容がないので再投稿します。

「クラブツーリズム「宮城・山形・福島の日本100名城制覇」の旅」の1城目は白河小峰城です。
100名城スタンプは「白河集古苑」で押しました。

小峰城は、南北朝期の興国・正平年間(1340~1369)に、結城宗広の嫡子親朝(小峰氏を創設)がこの丘陵に城を築いたのが始まりとされています。
その後永正年間(1504~1520)頃には白河結城氏の本城となったと推定されるようです。
天正年間には常陸佐竹氏の影響下におかれ、その後天正18年(1590)豊臣秀吉により所領を没収されて、結城氏による白河地方の支配は終ったようです。
その後、蒲生氏、上杉氏など会津藩の領地となり、城代が当城におかれました。蒲生秀行の時代には城下の整備もなされたとされています。
現在にその名残をとどめる近世城郭は、寛永4年(1627)に10万石余で棚倉より入封した丹羽長重が、幕命を受け寛永6年(1629)より大改修を行い、同9年完成させたものです。
丹羽氏以後、松平(榊原)、本多、松平(奥平)、松平(結城)、松平(久松)、阿部氏と7家21代にわたる居城となっています。
慶応2年(1866)阿部氏の棚倉移封後は、二本松藩丹羽氏の預かるところとなり、慶応4年(1868)の戊辰戦争白河口の戦いにより落城焼失しました。

白河小峰城は、東北では珍しい総石垣造りの城です。盛岡城、会津若松城とともに東北三名城のひとつにも数えられています。
天守相当の御三階櫓は戊辰戦争の際に焼失しましたが、1991年(平成3年)に復元されました。
この御三階櫓は数少ない木造復元天守のひとつで、JR白河駅のホームからもよく見えます。
木造の三重櫓、前御門が美しい。何より石垣が美しく見応えがあります。攻城時間は60分くらいでした。

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たつのり

77 (2017/04/29 訪問)

二本松城(JR東北本線二本松駅)から白河駅まで各駅列車でちょっとした鉄道旅でした。
再建まもなくとても綺麗でした。
天主閣のように見えますが、櫓とのことです。

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犬御前

石垣が美しい城と趣ある城下町 (2020/10/22 訪問)

何しろ石垣が美しく見応えがある。東日本大震災の被災より復興し再び素晴らしい石垣をみることが出来感慨ひとしお!小峰城と共に東北本線白河駅に隔てられた小峰城と城下町を歩くと城の規模や町の雰囲気(鉤形、大鉤形、寺など)が味わえて楽しい。関川寺境内西側には戦国時代の城館跡の土塁と空堀も残っていて必見。

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和太郎

白河小峰城 (2020/08/15 訪問)

立派なお城でした。
小峰城一石城主(寄附)の方々にも支えられ復元も進んでますね。

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概要

築城名人として名高い丹羽長重が築いた総石垣の城。なかでも石垣が立派で、本丸内だけでなく、水堀・蛇頭堀越しからも見ておきたい。天守の代わりだった三重櫓と、本丸の大手口にあたる前御門が、江戸時代の絵図に基づき木造建築で復元されている。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 興国元年〔南朝〕/暦応3年〔北朝〕(1340)
築城者 結城親朝
主要城主 結城氏、蒲生氏、丹羽氏、松平氏、阿部氏
文化財史跡区分 国史跡(小峰城跡)
近年の主な復元・整備 丹羽長重
天守の現況・形態 複合式望楼型御三階櫓[3重3階/1632年築/焼失(落城)]、複合式望楼型御三階櫓[3重3階/1991年再/木造復元)
主な関連施設 三重櫓、太鼓櫓、門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀
住所 福島県白河市追廻46
問い合わせ先 白河市教育委員会文化財課文化財保護係
問い合わせ先電話番号 0248-27-2310