城びと入会時の2020/7/29に「こじんまりとした三重櫓がいい味出しています」のコメントを投稿していましたが、内容がないので再投稿します。
「クラブツーリズム「宮城・山形・福島の日本100名城制覇」の旅」の1城目は白河小峰城です。
100名城スタンプは「白河集古苑」で押しました。
小峰城は、南北朝期の興国・正平年間(1340~1369)に、結城宗広の嫡子親朝(小峰氏を創設)がこの丘陵に城を築いたのが始まりとされています。
その後永正年間(1504~1520)頃には白河結城氏の本城となったと推定されるようです。
天正年間には常陸佐竹氏の影響下におかれ、その後天正18年(1590)豊臣秀吉により所領を没収されて、結城氏による白河地方の支配は終ったようです。
その後、蒲生氏、上杉氏など会津藩の領地となり、城代が当城におかれました。蒲生秀行の時代には城下の整備もなされたとされています。
現在にその名残をとどめる近世城郭は、寛永4年(1627)に10万石余で棚倉より入封した丹羽長重が、幕命を受け寛永6年(1629)より大改修を行い、同9年完成させたものです。
丹羽氏以後、松平(榊原)、本多、松平(奥平)、松平(結城)、松平(久松)、阿部氏と7家21代にわたる居城となっています。
慶応2年(1866)阿部氏の棚倉移封後は、二本松藩丹羽氏の預かるところとなり、慶応4年(1868)の戊辰戦争白河口の戦いにより落城焼失しました。
白河小峰城は、東北では珍しい総石垣造りの城です。盛岡城、会津若松城とともに東北三名城のひとつにも数えられています。
天守相当の御三階櫓は戊辰戦争の際に焼失しましたが、1991年(平成3年)に復元されました。
この御三階櫓は数少ない木造復元天守のひとつで、JR白河駅のホームからもよく見えます。
木造の三重櫓、前御門が美しい。何より石垣が美しく見応えがあります。攻城時間は60分くらいでした。
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