日本100名城

しらかわこみねじょう

白河小峰城

福島県白河市

別名 : 小峰城

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白河小峰城
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しげさん

小峰城 (2018/09/23 訪問)

JR白河駅下車、徒歩すぐです。

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hodaka

木造復元された三重櫓と石垣は圧巻 (2019/02/02 訪問)

東北の玄関口・白河にあるお城。丹羽長重が現在の形に整備し、歴代藩主には寛政の改革で有名な松平定信などがいます。
当時の建物はすべて戊辰戦争(白河口の戦い)で焼失してしまいましたが、平成になって日本ではじめての天守相当建築物の木造復元がされました。また、東日本大震災では石垣が崩落しましたが修理が進み、今は震災前に近い形で見学が可能です。
戊辰戦争、木造復元、震災からの復興など色々な側面から見ることができるお城で特に好きなお城の一つです。

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夏の雪だるま

震災復興城 (2015/11/01 訪問)

みちのくの玄関口にあたる福島県白河市の百名城の一つ小峰城です。奥州藤原氏を滅ぼした源頼朝が、この地を結城氏に与え1340年城を築いたと言われています。以来戦国期までこの地方を領していましたが、豊臣秀吉により領地没収、蒲生、上杉などの領地となったあと、1627年丹羽氏が10万石でこの地に封じられ、本丸、二の丸、三の丸を配した城に大々的に改修、城下町も整備したとされます。その後、丹羽氏は二本松に移され、譜代大名が相次いで当地に封じられています。1867年最後の領主の阿部氏が棚倉へ移封されたのちは、幕領となり、城は二本松藩丹羽氏の管理となっています。戊辰戦争では、奥羽列藩同盟軍2500名が守備する小峰城を新政府軍700名が攻撃、新政府軍は兵力は劣るものの圧倒的な火力と巧みな戦術により5時間余りの激闘の末落城させています。城は石垣などを残すだけでしたが、平成3年に本丸の三重櫓が、平成6年に前御門が史料に基づいて復元されています。平成23年に発生した東日本大震災により石垣が崩壊、本丸への立ち入り禁止となり、修復工事が行われ平成27年春から入城可能となりましたが、完全修復は数年かかる予定です。
小峰城は、阿武隈川と谷津田川に挟まれた小峰ケ丘の丘陵に築かれ、本丸、帯曲輪、竹の丸、二の丸、三の丸を配し、二の丸まで全域にわたって石垣で形成される東北地方では珍しい総石垣造りの城で、盛岡城、若松城と共に東北三名城の一つに数えられています。

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スミヤキ

奥州の入口 (2018/11/24 訪問)

行って来ました❗
震災で崩れた石垣が修復されていました。
良かったですね😃
駐車場も登城するのも無料です。
白河駅も目の前です。

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概要

築城名人として名高い丹羽長重が築いた総石垣の城。なかでも石垣が立派で、本丸内だけでなく、水堀・蛇頭堀越しからも見ておきたい。天守の代わりだった三重櫓と、本丸の大手口にあたる前御門が、江戸時代の絵図に基づき木造建築で復元されている。

城郭情報

城地種類 平山城(梯郭式)
築城年代 興国正平年間(1340~69)、寛永6~9年(1629~32)
築城者 結城親朝、丹羽長重
主要城主 結城氏、丹羽氏、松平(榊原)氏、本多氏、松平(奥平)氏、松平(越前)氏、松平(久松)氏、阿部氏
文化財史跡区分 国指定史跡
近年の主な復元・整備 平成3年に三重櫓を復元、平成6年に前御門を復元
天守の現況・形態 -
主な関連施設 白河集古苑
主な遺構 本丸、竹の丸、帯曲輪、二の丸、石垣、堀
住所 福島県白河市追廻46
問い合わせ先 白河市教育委員会文化財課文化財保護係
問い合わせ先電話番号 0248-27-2310