源経基館は台地上の西斜面に築かれています。経基は六孫王経基の名で知られ、清和天皇の皇子・貞純親王の子で源性を賜り清和源氏の祖となった人物です。詳細は省きますが、興世王や平将門とも因縁が有ったようです、時代ですな・・。
案内板のあるあたりに標識があり、それに従って林の中に入って行くとすぐに館跡に至ります。西を除く三方に土塁が残り、北側の中央あたりの土壇に「六孫王経基城址」の石碑があります。北東と南東の隅部も櫓台のような土壇の高まりが有り、堀跡も残っています。
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2024/12/10 19:38
清和源氏の祖・六孫王経基 (2024/05/05 訪問)
源経基館は台地上の西斜面に築かれています。経基は六孫王経基の名で知られ、清和天皇の皇子・貞純親王の子で源性を賜り清和源氏の祖となった人物です。詳細は省きますが、興世王や平将門とも因縁が有ったようです、時代ですな・・。
案内板のあるあたりに標識があり、それに従って林の中に入って行くとすぐに館跡に至ります。西を除く三方に土塁が残り、北側の中央あたりの土壇に「六孫王経基城址」の石碑があります。北東と南東の隅部も櫓台のような土壇の高まりが有り、堀跡も残っています。
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2024/10/03 18:43
源経基館 (2024/09/14 訪問)
【源経基館】
<駐車場他>館跡入口<36.058468,139.500640>に2台程駐車できる
<交通手段>車
<見所>土塁・横堀
<感想>1泊2日埼玉大阪化計画の旅6城目。源経基館は平安時代中期に源経基が武蔵介として坂東に赴いた時に館としたと伝えられます。現地の遺構は単郭方形の高土塁、周囲に深い堀を廻らしています。また北西(戌亥)方向に櫓台と思われるひと際高い土塁があります。現地の発掘調査で出土品が全く出なかったので時代の推定が出来ないそうですが、私が見る限り完全な防御性の高い城と言ってよく、室町時代中期~戦国時代にかけてのお城と考えます。甲賀中惣群や三重県の中世単郭方形の平城の遺構と似た雰囲気があります。関東平野でこのような遺構がある城跡があるなんて以外で、出会いに感謝です。見応えがありました。
<満足度>◆◆◇
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2024/07/14 17:10
駅近物件へ久しぶりの登城 (2024/06/29 訪問)
所用のため鴻巣へ、城へ行かないのもどうかと思い駅近物件へ久しぶりに行ってみることにしました。
鴻巣駅から徒歩で15分くらい、鴻巣高校のグラウンドに面しています。
まずは関東では普通の堀底道を歩きました。
懐かしい!
この時期なので下草も元気ですが怯まず進みます。
鴻巣高校側から郭内へ、櫓台の上に石碑が立ちます。
郭内は杉林で下草もなく快適、と思いきややっぱり蜘蛛の巣、これも仕方なし。
皆さんのレポート通り「伝」ではありますが源さんの館。
駅近なのに遺構がちゃんと残っています。
もはや誰が住んでいたかはどうでも良いか、とも思ってしまいました。
この後髪に蜘蛛の巣を貼り付けてることに気づかず都心を闊歩していたことは言うまでもありません。
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分類・構造 | 平城 |
---|---|
天守構造 | なし |
築城主 | 源経基 |
築城年 | 平安時代 |
主な城主 | 源経基 |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
指定文化財 | 県史跡(伝源経基館跡) |
再建造物 | 碑、説明板 |
住所 | 埼玉県鴻巣市大間字城山1032-1他 |
問い合わせ先 | 鴻巣市教育総務部生涯学習課文化財担当 |
問い合わせ先電話番号 | 048-541-1321 |