日本100名城

すんぷじょう

駿府城

静岡県静岡市

別名 : -

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駿府城
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ひで

駿府城と富士山 (2019/03/13 訪問)

徳川家康の晩年の居城🏯

風が強くて雲が晴れて綺麗に富士山が見ました🗻

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ヒロケン

駿府城跡天守台発掘調査現場見学会 (2019/02/23 訪問)

徳川家康公は慶長12年大御所として駿府に入り、それまでの駿府城を一回り大きくした城を全国の大名に命じて築城しました。天下普請ですね(^-^)/駿府城の構造は、3重の堀が廻り、堀に囲まれた曲輪を内側から本丸・二の丸・三の丸とする典型的な輪郭式の縄張りとなっています。現在の三の丸は主に公共施設が立ち並んでいますが、本丸・二の丸は駿府城公園となっています。

まず、駿府城外堀を車で一周して、草深御門前の駐車場に車を止めました。その後、徒歩で外堀を4分の1周程散策し、清水御門手前から中堀に出て、外側からの坤櫓を写真に収め、中堀を半周程歩きながら写真をパシャパシャ。東御門・巽櫓から二の丸へ入りました。
坤櫓を内側から写真に撮り、天守閣跡に向かったところ何やら人集が(@_@;)
並んでいた最後尾の方に「おはようございます。何かのイベントですか( '-'* )?」と訪ねたところ、「天守台の発掘現場が見れるんよ」と笑顔で答えて頂き自分も最後尾に。見学時間が9時からだったので、5分程並んで発掘現場へGO〜。
囲いの中に入ったとたん慶長12年にタイムスリップヽ(*´∀`)ノ。調査員の方の説明が10時から、たっぷり2時間程、慶長12年の時代へ、もう夢中で写真をパシャパシャ。この発掘調査では、豊臣秀吉の時代の天守跡と(三中老の一人、中村一氏)、家康時代の天守跡を見ることが出来、頭の中がオーバーヒート気味。調査員の方の説明が実物を見ながら分かりやすく丁寧に話してくれるので、あっという間に時間が過ぎ去って行きました。楽しかったぁ〜〜〜

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あんらくごえ

駿府城天守台発掘調査中 (2019/01/25 訪問)

天守台発掘中に豊臣期の天守台と大量の金箔瓦が発掘されて話題になっている駿府城です
徳川期の石垣がハツリ仕上の石垣を用いた整った打込接ぎなのに比べ豊臣期の石垣は野面積になっており、違いが一目でわかります
とはいえ対家康最前線ということで当時最先端の技術と意匠が施された巨城だったとの事
徳川期天守台は最終的に復元する計画もあるらしいですが、発掘した石垣の劣化が激しく上に積むことが困難で先行きは不明みたいです

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再訪▪城廻りvol.5 駿府城 (1984/07/25 訪問)

駿府城の今と昔そして未来(昭和59年7月訪問、平成31年1月21日再訪)

本丸天守台発掘で、今注目の駿府城。
豊臣時代の天守台が発見されたというニュースを聞き、見に行ってきました。

豊臣の城を埋めて、その上に徳川の城を築いている様は、徳川大阪城の先駆けとなったように見えました。

余談ですが、今回の天守台の発掘の発端は、明治29年に当時の陸軍の駐屯により、天守台が壊され、本丸堀が埋められたあと、戦後の国体の為に建てられた駿府会館が昭和55年に壊され、その跡地に県立美術館を建てる計画が持ち上がりました。
その事前確認調査が行われたとき、天守台の一部や今川時代の遺構が発見され、その為この計画は中止になりました。この時のデータが今回の発掘の参考となっています。

ちょうどこの頃から都市や町にある城址を破壊して開発するのではなく、保存して有効活用しようという風潮が起こり始めていました。実際、ここ静岡市でも二の丸堀を一部埋める計画の反対運動が起こり、現在、二の丸堀は保存されています。

最初に訪れた35年前は、石垣と水堀に囲まれた広大なエリアに、グランドあり、テニスコートあり、児童会館ありで、大きな総合スポーツ公園のような感じで、水堀では大勢の人達が魚釣りを楽しみ、当時も市民の憩いの場になっていました。

現在では、平成元年に巽櫓が木造で最初に復元され、平成3年に策定された駿府公園整備計画により、東御門が平成8年に、坤櫓が平成26年に復元されています。
今は計画の約40%が完了しています。

今後も二の丸では清水櫓、清水御門やその他。本丸では御天守下御門及び同御門橋など三ヶ所の門と橋。土盛りによる御天守台広場。本丸堀全周の発掘整備。などの復元整備が計画されています…………………が

今回の発掘調査の一連の発見によって、歴史的価値が飛躍的に高まったため、市では天守台の整備の仕方の見直しを示しています。
時間もお金もかかりますが、秀吉時代の天守台も徳川の天守台も両方とも残せるような妙案が出てくることを期待せずにはいられません。

さらに、巽櫓の水堀を隔てた所には現在、歴史文化設備が建設中です。ここの完成も待ち遠しいですね。

これから先、どういう風に変わっていくのか目を離せない駿府城の再訪でした。

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概要

少年期に今川氏の人質として過ごした駿府に徳川家康が築城。三重の堀と2つの曲輪が本丸を囲む輪郭式へと改修し、家康の隠居城となった。六重七階とされる大天守は焼失したが、堀や石垣が城のスケールを感じさせる。二の丸には二重三階の巽櫓や桝形門の東御門が復元されている。

城郭情報

城地種類 平城
築城年代 天正13年(1585)、慶長12年(1607)
築城者 徳川家康
主要城主 徳川氏
文化財史跡区分 -
近年の主な復元・整備 平成元年に巽櫓を復元、平成8年に二の丸東御門を復元
天守の現況・形態 -
主な関連施設 駿府博物館、静岡市文化財資料館
主な遺構 石垣、堀
住所 静岡県静岡市葵区
問い合わせ先 静岡市生活文化局文化スポーツ部文化財課
問い合わせ先電話番号 054-221-1085