おだじょう

小田城

茨城県つくば市


旧国名 : 常陸

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登城口から登ったところ
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赤い城

金田(こんだ)城 茨城県つくば市 (2024/05/11 訪問)

週末東京出張があり、後泊して登城しました。
四国にも良い城多いですが久しぶりに堀底道を周回したくなったので以前から行きたいと思っていたここへ。
金田池の側に車を停めて民家の脇から登城します。

すぐに主郭へ、広く整備もされていました。
土塁が囲み、その先を覗くと深い堀底道!
まさに「これこれ!」最近欠乏していた成分を取り込みました。

堀底道へ降りるとその深さを改めて実感できます。
この辺りは平地なので掘るしか無いのですがそれにしても良く掘ってあります。
もちろん周囲し、十分な栄養を補給できました。

小田四十八館とされ、沼尻氏が居城としていた城だそうです。
単郭の城、未登録ですがこの堀、おすすめです!

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WEST

小田城探訪 (2024/03/22 訪問)

小田城を訪問しました。小田城は鎌倉から戦国時代に活躍した小田氏の居城館とのことです。
隣接した小田城跡歴史ひろば案内所に駐車場があります。案内所内ではお城に関する展示やパンフレットが用意されていますので、寄ってみることをお勧めします。
見どころは、発掘調査を基に復元整備されたお堀、土塁です。これにより、当時の居城館の姿をイメージできると思います。
木橋で結ばれた東曲輪跡、南西馬出跡もよく整備されており、茨城のお城探訪のお薦めの一つかと思います。
お城散策後に龍勝寺に寄りました。このお寺の山門は小田城からの移設だそうです。案内所から徒歩5分程度で行くことができます。

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肉球

本丸以外にも見所あります (2024/03/16 訪問)

2度目の訪問でした。
足を乗せた瞬間に気づきましたが本丸南西虎口の石積みはレプリカで石ではありませんでした。
脇には『乗らないでください』の案内板があり悪いことしました。🙇
レプリカであることは、にのまるさんが呟いてました。
本丸の整備は完了しているようですが周りの曲輪や堀跡は調査が続けられているようで
今後の整備が期待されます。
近くの龍勝寺には小田城から移築されたといわれる門があります。
最後の城主は佐竹氏一族で瓦には佐竹扇の家紋が入っています。

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Tokyobay

北虎口の丸馬出土塁の痕跡が道路に? (2024/02/19 訪問)

国指定史跡の本丸ど真ん中になんで鉄道通したの?と思ったら、鉄道が先で国指定された方が後だった。調べてみると北畠親房が『神皇正統記』を書いた場所であることが影響しているらしい。そんなこんなで「いわく付き物件」ではあるのだが、痕跡を巡る分にはその方が楽しいのかもしれない。
最近は「奪還を繰り返す城」としてTVでも取り上げられるようになってきており、バス専用駐車場もあって観光にも力を入れているようである。そのメイン施設である「小田城跡歴史ひろば」は旧常陸小田駅の敷地を活用しておりホームはそのまま残っている。サイクリングロードはさすがに本丸を迂回するようにはなっているが、「小田城跡歴史ひろば」から向かって行くと、鉄道が通っていた場所に「穴」が開いていて(なんで遺したんだろう)レール門で塞がれている。また鉄道が通っていた時代の案内板も捨てきれないのか、曲輪の隅に追いやられてはいるものの健在。
中でも、イチバン印象的だったのは北虎口の丸馬出土塁の痕跡が道路となっているのではないか?と思えた部分。おそらく地権の問題でこのようになったのではないかと妄想するが果たして。

この度いろいろと城址を巡ってみて、水戸学の影響なのか茨城って尊王思想が強いのかなあとあらためて思った次第。それも偏見なのかもしれないが。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 八田知家
築城年 建久3年(1192)
主な城主 小田氏
廃城年 永禄12年(1569)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、移築門(龍勝寺)
指定文化財 国史跡(小田城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 茨城県つくば市小田
問い合わせ先 つくば市文化財室
問い合わせ先電話番号 029-883-1111