日本100名城

おかざきじょう

岡崎城

愛知県岡崎市

別名 : 龍城、竜城、竜ヶ城
旧国名 : 三河

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岡崎城
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POYO58

日本100名城スタンプ巡りNo.5 岡崎城 (2023/01/29 訪問)

遺構★★★★☆
3回目の岡崎城です。
岡崎城は西郷氏が築き、松平氏、田中氏、本多氏へと城主を変えました。岡崎城は家康が有力ですが、今残っている遺構は田中氏と本多氏によるものだと推測できます。岡崎城は昔に建てられた城ではありますが、今は石垣や櫓台などの江戸時代を思い浮かべる城郭になっています。
岡崎城にも結構遺構が残っています。

清海堀
まずはこれ、本丸への行手を阻むように大きな堀切があります。曲線を描いているためとにかく攻めるのがめんどくさい。また家康がかつてここに土橋を築き、敵がきたらすぐに攻められるようにしたそうです。とは言っても慎重と言われる家康にとってこれは家康にはふさわしくない戦法ですね。

外堀の水堀
これもいいですね。岡崎城の石垣は野面積みがほとんどですが、外堀付近の石垣は算木積みや打ち込み接ぎが用いてあります。かつて櫓が建っていたそうですが、今はその面影を失っています。春になると桜が咲き誇り、綺麗ですよ。

清海堀以外の堀切
堀切は清海堀以外にもたくさん設けられています。とくにすごいのがUの形のように曲がった堀切。どうやって作ったの?って感じの凄さです。おそらく三日月堀に大きな土塁を築いてこのような形にしたのだとおもいます。また石垣が用いられ絶対登れないような感じ。

岡崎城は本当に行けばすぐ天守で攻めやすそうですが、そこにはだかる壁というものが大きく簡単には攻められません。岡崎城は戦国時代から徳川家康のために多くの人が改修を積み重ねながら城を守っていたそうです。その方たちの思いが伝わってくるお城でした。

大河ドラマ館行ってきました。いやすごかったです。行列だったんですけど思ったより早く行けました。中も結構変わっててびっくり‼️ドラマで使われた甲冑や再現映像など面白いものがたくさんありました。浜松城のはいけなくて残念でしたが、岡崎で楽しむことが出来ました。

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大樹寺 大河ドラマ館など (2023/01/26 訪問)

大樹寺
 松平家、徳川家の菩提寺です。松平家や徳川将軍家の位牌が15代慶喜を除いて安置されています。徳川家康が桶狭間の戦いの後、大樹寺へ逃げ込みもはやここまでと先祖の墓前で自害することを決意したと伝わっています。登誉上人に諭され、「厭離穢土欣求浄土」の旗印を得て天下統一へ踏み出した場所でもありました。この寺で有名なのは大樹寺の本堂から山門、総門を通して、その真ん中に岡崎城を望むことができることです。ビスタラインと呼ばれています。

大河ドラマ館
「どうする家康 岡崎 大河ドラマ館」へも行って来ました。

名鉄のお得な切符
 名鉄と岡崎市がタイアップし、「どうする家康 岡崎 大河ドラマ館」や「岡崎城」を巡るおトクな切符を発売しているようです。「どうする岡崎 家康公きっぷ」「どうする岡崎 家康公周遊きっぷ」などがあるようです。詳細は名鉄のHPを参照してください。公共交通を利用される方には便利かと思います。

 昼飯は岡崎城から徒歩10分くらいの所にある「大正庵 釜春本店」さんでいただきました。釜揚げうどんの元祖として有名な店ですが、ミーハーなので「秘密のケンミンSHOW」でも紹介された、おかざきめし総選挙1位の「もろこしうどん」を食べました。

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天守閣リニューアルオープン (2023/01/26 訪問)

 岡崎城天守閣が1月21日にリニューアルオープンしたので行って来ました。平日でしたが、大河ドラマ「どうする家康」の影響なのか思ったより見学の方が多かったですね。天守閣もいいのですが、空堀と周囲の石垣が好きです。
昨年に行ったばかりなので、今回はさらりと回ってきました。
せっかくなので大河ドラマ館も行って来ました。

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岡崎城を読みとく (2023/01/21 訪問)

岡崎城の本丸は、河岸段丘の先端に立地しています。
本丸南は、段丘下の風呂谷曲輪を挟んで龍城堀が廻ります。
一方、本丸北側は、地続きの段丘の為、深い空堀で区画して幾重にも重なる曲輪を造り出しています。
清海堀は、本丸と持仏堂曲輪を隔てる大規模の空堀で、岡崎城の最初の築城者の西郷頼嗣の法名(清海入道)に因み、「清海堀」と呼ばれています。
そこで、最初の誰が「清海堀」を造ったのかですが、西郷頼嗣という説と徳川家康という説がありますが、私は徳川家康だと推測いたします。
西郷頼嗣時代は、砦だけで堀は築いていなかったと思います。
また、本丸を護る為にどのような仕組みを造り出したのかですが、二の丸から本丸大手門へのルートは、まず持仏堂曲輪に入り、180度方向転換して清海堀に沿った幅の狭い通路(帯曲輪)を通らなくてはなりません。
この帯曲輪には本丸から常に横矢が掛かる仕組みになっていました。
このような本丸周辺の厳重な護りは、戦国時代後期に徳川家康が築き上げた縄張りを表しております。
田中吉政が本丸周辺の大改築を行った際に、清海堀に石垣を築いたと思われます。
清海堀の石垣には積み直しの痕跡が見受けられることから、江戸時代を通じて積み直しがあったと思われます。
最後に、田中吉政が東海道を総構えに沿ってくねくねと屈折した二十七曲りの道筋を城下町に造ったかは、城下防衛と共に、街道筋に店舗を並べて旅人たちに留まらせる経済効果を狙ったとされております。

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概要

元々は徳川家康の祖父・松平清康の本拠。家康がこの城で生まれたことから、徳川家の聖地として重視された。豊臣家臣の田中吉政が近世城郭に改修し、その後本多康紀が藩主の時に付櫓と井戸櫓を付属した三層三階地下一階の天守が築かれた。本丸北側を防御するための清海堀など、中世の遺構がよく残っている。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 享徳元年(1452)(享徳4年説あり)
築城者 西郷頼嗣
主要城主 西郷氏、松平氏、石川氏、田中氏、本多氏、水野氏
文化財史跡区分 市史跡(岡崎城跡)
近年の主な復元・整備 松平清康、田中吉政
天守の現況・形態 複合連結式望楼型[3重3階/1617年築/破却(廃城令)]、複合連結式望楼型[3重3階/1959年再/RC造復興]
主な関連施設 復興天守、門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(空堀・水堀)、井戸
住所 愛知県岡崎市康生町561
問い合わせ先 岡崎市教育委員会事務局社会教育課文化財班
問い合わせ先電話番号 0564-23-6177