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カズサン

雨の富来城初登城 (2025/10/31 訪問)

 雨の中、安岐城を終えて国道213号線を北上約15km程(直線)、大分空港を右手に見ながら豊後水道沿いを進んでいく、県道652号線と交わる交差点で左折西入、北角にはローソンと富来郵便局が在る、西進行約500m程で北入り舗装させた狭い道を約200m程集落の交差点を東入60m程、こんもりした森が富来城跡です。
 駐車場:富来城北側の夢咲き公園駐車場を利用(富来城跡から東へ50m程に入口が在る)
 参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。

 富来城跡は現在城山子供公園に成って居る、しかし入口に進入禁止の防止線が貼ってある、禁止理由には、公園には昔造った地下壕が入り組んでいて何時陥没してもおかしくない状態、と記されていた。入口より公園内を撮り、周囲の看板、標柱、崩れた説明板、周囲の崖、堀か?を確認と写真を傘を差しながら撮り終了。
 夢咲き桜公園は静岡県伊豆の河津町と縁続きの様で河津桜が千本平成23年植えられている、14年経過していますので早春には見事な桜公園と成る事でしょう。

 先にトクさんが富来城と宮本武蔵を投稿されていましたが、崩れてた説明板に宮本武蔵の足の負傷が記されて居り、黒田官兵衛九州の関ケ原で富来城攻防戦に参戦して居たのですね。
 ここ公園は南が崖で舟入川が豊後水道から入って居り、海の城の要素も有った様です、国東半島中心山稜より東に落ち込んでくる山稜舌状台地先端を壕と濠、舟入川で切り込んだ曲輪群で守って居たのでしょう。黒田軍の苦戦が思われます。
  

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WEST

太田城(和歌山)探訪 (2025/12/11 訪問)

日本三大水攻めの一つである太田城を訪問しました。豊臣秀吉の紀州攻めの際、羽柴秀長軍が紀ノ川の水を引き込んで水攻めを行ったことで知られています。現在は遺構が少なく、本丸跡、首塚、堤防跡、そして伝・太田城大門が和歌山市内に点在しています。
まず、和歌山駅前広場の田中左近像を見学し、来迎寺にある城碑と小山塚(首塚)、続いて大立寺に移築されたと伝わる大門を訪れました。最後に水攻め堤防跡へ向かいましたが、住宅街の中にあり少々分かりにくいため、地図アプリが役立ちました。これらの史跡はJR和歌山駅から徒歩15分圏内にまとまっており、歩いて巡ることができます。
ところで、JR和歌山駅東西自由通路の地下道途中に太田城の案内看板を見つけました。写真を載せますので、太田城探訪の参考にしてみてください。

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todo94

2025年末・鹿児島県の攻城① (2025/12/26 訪問)

強烈な冬型気圧配置の影響で予約をとってあった屋久島行きのジェットフォイルが欠航となってしまいました。ということで出港までにたっぷり時間があるので、鹿児島城へと赴きました。御楼門周りの埋め戻された遺構の上に復元された排水溝を見て、黎明館の展示もしっかりと拝見してまいりました。黎明館の中の喫茶で城カードは販売されているのですが、開店は11時ということで、城山の散策に出かけることにしました。薩摩義士碑、西郷洞窟を経て城山の裏手へと進みます。

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しんちゃん

三浦義明 (2025/12/21 訪問)

衣笠城は前九年の役の戦功で源頼義より相模国三浦に所領を与えられた三浦平大夫為通が築いたとされ、鎌倉時代における三浦氏の本拠地となりました。源頼朝が伊豆で挙兵し、石橋山の合戦に及んだ頃、三浦一族は頼朝が敗れたため合流が叶わず、平家方の畠山重忠と戦いになり三浦義澄の父・義明は討死し衣笠城は落城しました(衣笠城合戦)。
大善寺の背後の丘陵が城址となり、土塁の様なものは見えますが遺構かどうかは不明です。

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しんちゃん

長野県宝 旧座光寺麻績学校校舎 (2025/11/22 訪問)

座光寺南城の麓に「長野県宝 旧座光寺麻績学校校舎」なる建物があります。長野県宝? でも案内板にそう書いてあるのだからしかたない。建造は明治6年で、当然木造・・屋根の上に鯱鉾がのっている。普通にお城に居そうなかんじです。
竹田扇之助危難国際糸操り人形館の受付で申し込むと内部を見学させてもらえるようだ。せっかくなのでお願いしてみた。内部は二階建てで一部は三階になっているようだ。残念ながら一階しか見ることが出来ないが、ちょっと面白いものを見ることが出来ました。昼食はココイチの飯田市限定のキムチホルモンカレーです。個人的には滋賀の鹿カレーが気に入っているけど、これもなかなかいけますぞ。

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トク

2025年 私の今年の「ベスト3城」

今年もあと5日。たくさん投稿してしまいましたが、皆さんから多くの「いいね」を頂き大変ありがとうございました。ここでこの1年を振り返り、私が今年登城した中で、最も行ってよかったと思った城を3つ選んでみました。

【第1位】金田城
1350年前に築かれたとは思えないような壮大な石垣、また山頂からの雄大な景色、明治時代の旧日本軍の砲台跡、それに何といっても山あり谷ありの海岸コースをぐるりと1周、一ノ城戸や大吉戸神社まで、ゆっくりじっくりとがんばって5時間かけて歩いた後の、達成感と爽快感はもう最高でした。天気の悪い日に行くと滑って怪我をしたり、遭難したりする可能性もあるので(携帯電波状態も悪いので)、ぜひ天気のいい日に余裕を持った日程で行かれる事をオススメします。(写真①②③④)。

【第2位】今帰仁城
ちょうど2月上旬の寒緋桜が満開の時期に訪れたので、美ら海と桜と石垣のコントラストを見る事ができ大満足の旅でした。沖縄の2月は暑くもなく寒くもなく、桜も綺麗なのでベストシーズンだと思います。私はここから、山田城・座喜味城・勝連城・首里城・中城城まで6城を巡り、尚氏に仕えた護佐丸の生涯を追ってみました。全て路線バスで挑戦し全部回れたので、とても楽しい思い出が残りました。(写真⑤⑥⑦)。

【第3位】首里城
石垣や朱色の門に歴史を感じ、火災から復興していく姿には元気をもらいました。早朝8:30からの登城が人も少なく「うけじょう~!(開門式)」も見る事ができるので、私はオススメです。先月から素屋根が外され、正殿の外観が見られるようになったようです。1年後には内部まで見られるようになるとの事なので、その時またぜひ訪れてみたいと思いました。(写真⑧⑨⑩)。

来年2026年も、またよろしくお願いします。
それではみなさん、よいお年をお迎え下さい!
 

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カズサン

雨の安岐城初登城 (2025/10/31 訪問)

 国東半島南の付根、雨の日出城、杵築城を終えて、国道213号線を北東へ直線11km程、経路14km程、大分空港方向を目指して進行、安岐漁港に架かる鉄橋安岐大橋を過ぎて直ぐに左手を逆バックする地点に安岐城跡の看板、ここの地道に入り70~80m程の所に、丸石石垣の入口、安岐城跡が在る、入り口に安岐城跡説明板有り。
 車は駐車場が無いので、安岐城跡入口辺りがやや幅広なのと車の往来が少なく、入口反対側に幅寄せ路駐(33°27'59"N 131°43'37"E h=10m)、雨はしとしと降っている。
 参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。

 丸石石垣を入口を登って土塁上に道が参道、奥の小高い辺りに神社が鎮座、余湖図コレクションさんの説明では天守台跡との事、雨も降って居り神社と参道を行き来して終了。
 説明板の縄張説明図、余湖図コレクションさんの俯瞰図を見ると規模の大きい立派な城跡だった様です。
 雨粒が写真に写ってしまいました。

 7年前に豊後、豊前の城探訪で国東半島の城跡廻りを企画して日出城近くのホテルに宿泊し明日はと思って居ましたら急遽台風の接近が報じられて断念してやっと願いが叶いました。
    

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WEST

洲本城探訪 (2025/12/10 訪問)

淡路島の洲本城を訪問しました。最初に淡路文化史料館に立ち寄り、三熊山麓にある「下の城」を見学。ここには水堀が残り、洲本八幡神社には洲本城の御殿書院の一部が移築されています。
その後、洲本城跡駐車場まで登り、いよいよ「上の城」の散策です。建物の遺構はありませんが、戦国期の縄張と石垣が広範に残り、保存状態も良好で見ごたえがあります。大手門から南の丸、本丸、東の丸と散策し、本丸では日本最古の模擬天守を眺めました。残念ながら内部には入れませんが、外観はランドマーク的存在ですね。本丸からは「洲本八景」と呼ばれる絶景が広がり、防衛のための戦略的立地に優れていることが窺えます。
パンフレットには山麓の居館と山頂の本丸を結ぶ東西二本の登り石垣を備えた珍しい構造だそうですが、東の丸にて東の登り石垣を探しましたが、残念ながら確認できませんでした。

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WEST

一宮城(徳島)探訪 (2025/12/10 訪問)

徳島県の一宮城を訪問しました。徳島駅から自動車でアクセスし、登城口近くの専用駐車場に駐車しました。一宮城は南北朝時代は一宮氏の居城で、その後長宗我部氏、そして蜂須賀氏の支城となりました。見どころは山城特有の堀切や竪堀、そして保存状態の良い本丸石垣です。
登城は時計回りに進みましたが、明神丸までのルートは階段状に整備されていて登りやすく感じました。一方、本丸から小倉丸、水ノ手丸、陰滝へと回る道は自然のままの登山道で、トレッキングシューズやポールがあると安心です。所要時間は約2時間弱でした。
なお、登城口にはトイレが整備されていますので安心です。
登城口近くには一宮神社や四国八十八箇所第13番札所の大日寺があり、安全祈願をして登城しました。

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WEST

徳島城探訪 (2025/12/09 訪問)

徳島城を訪問しました。徳島駅から徒歩約10分の距離にあり、城山に築かれた山城と麓の居館からなるお城です。現在は徳島中央公園として整備されています。
JR牟岐線を跨ぐ歩道橋の上から、屏風折塀の支柱石「舌石」を見ることができます。これは、全国的に類例の少ないものだそうです。見どころは、復元された鷲の門、石垣や堀川、そして国の名勝に指定されている表御殿庭園があります。庭園は巨石を配した桃山様式の石組庭園で、見ごたえがありました。
麓の石垣もそうですが、城山に登ると東二の丸跡、本丸跡でも青色の石垣を見ることができます。これは緑色片岩と呼ばれ、この徳島城の石垣の特徴となります。

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カズサン

雨に霞む杵築城天守閣 (2025/10/31 訪問)

 日出城を終えて、国道213号線を北東へ約12km程走行して杵築城へ直前には八坂川に架かる杵築大橋から岩山に築かれた杵築城天守閣の眺めが素晴らしい、雨に霞む天守もまた格別、車は法務局杵築支局側の駐車場を利用。
 そこから北側の城門の有る登城口より登城階段を登ると、天主閣郭に入る城門が在るが、開城時間前で閉まってる。仕方が無いので東に降りて城下町、武家屋敷町、武家屋敷通りの見学へ、有名な勘定場の坂を見学し登って武家屋敷通りへ、雨と時間的に早く閑散としており、登って降りただけ。雨と土塀、武家屋敷門、楠木の緑とで、昔の世界へタイムスリップした感じでした。
 傘を差しながらの撮影、小型のコンパクトを利用、雨粒も写る。
 

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カズサン

雨の鬼門櫓 (2025/10/31 訪問)

 前日日向の飯野城、小林城、豊後の佐伯城、大友別館、大友館(大友氏館)を終えて夕刻に日出城近くのホテル泊り、今回の鳥取城、福岡城ぐるっと九州一周城探訪企画10日間の8日目は宿泊地の日出城からスタート、しかし8日目は本格的な雨天、しとしと降り昨夜から降り始め朝にはしっかりと雨日、ここまで来たら寄らなくてはと、車で移動、鬼門櫓前、二の丸館前に路駐し、移築復原鬼門櫓を眺めて、内堀通りの風情、小学生が登校し始め、二の丸館前で移築裏門櫓と対の復元裏門、井戸を撮影して終了。
 
 日出城直近の探訪は平成30年9月28日で豊後、豊前城廻予定でしたが台風が接近し、探訪を切り上げ、急いで浜松へ帰った時でした。
 8日目は国東半島の未踏の城廻りで日出城の次は途中に在る杵築城を3、4度目の登城して国東半島未踏の城廻りへスタート。
 雨でしたので写真に雨粒の影響が出てしまいました。
   

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ぴーかる

大多喜城 (2025/11/23 訪問)

【続百名城80城目】
<駐車場他>大多喜城来場者用・無料駐車場に駐車しました。
<交通手段>車

<見所>大空堀
<感想>1泊2日東関東旅ラスト4城目。上記駐車場に駐車し⇒大空堀⇒二の丸跡⇒本丸跡にある資料館、模擬天守には入れなかったので、外から眺めて、あと本丸跡から高校の敷地内にある井戸が上から見えるので望遠カメラで撮りました。ちょっと酷評になりますが見所が少なすぎて、たぶん百・続百名城の中でも滞在時間最短の30分程度で見終わってしまった。これにて千葉県の百・続百名城制覇。
 
 帰りは夜でしたが、東京湾アクアライン初通過で期待しましたが大渋滞(土日はいつも渋滞してるとは知らず)海ほたるに寄りたかったが、PAに入るのにも渋滞していて諦めました。走行距離1413㎞無事走破。

<満足度>★☆☆

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しんちゃん

土の城の遺構 (2025/11/22 訪問)

この日の座光寺南城の紅葉は見事でした。でも山中に分け入って行くと、いつも通りの土の城の遺構が出迎えてくれます。城址、とりわけ土の城は日々その姿を失っていくので、こうしてまた遺構を見ることが出来るのは有難いことです。
城址は武田方、もしくは徳川の築城技術を取り入れているとされますが、なんとなく武田のような気がするな・・北曲輪の西側に下に降りていくためのスロープが有りました。こういうのけっこう好きです。体力自慢の昔の城兵でも城内を移動するためのクフウは必要だしね。

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ダイエティシャン

本城2️⃣【INAKAイルミ】 (2025/11/23 訪問)

お城EXPO2025に参戦の方、お疲れ様でございました。
赤色立体図かるたの読み札に採用していただきありがとうございました。
遅ればせながら、御礼申し上げます。

御礼とクリスマスに因み、イルミネーションを載せます。
本城から東に16キロ、邑南町の【INAKAイルミ】
です。廃線となった三江線の駅舎【宇津井駅】をイルミネーションで彩るイベントです。11月23日の二ツ山城のイベントの帰りに寄りました。

イルミネーションは毎年11月下旬に開催。毛利元就6男の養子先【二ツ山城】、主郭の破城跡が特徴の【本城】をこの時期に攻城の際は、【INAKAイルミ】に立ち寄られてはいかがでしょうか?

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しんちゃん

和田城 和田義盛ゆかり (2025/12/21 訪問)

和田義盛は三浦義明の庶子で長子の義宗の子として鎌倉の杉本城に生まれました。16歳の時に義宗が死去し、それを機に相模国三浦郡和田の里に居を構え和田の性を名乗りました。
和田八雲神社の境内には和田義盛の碑が立ち、西へ数百メートル行った先の民家の先に和田城の石碑が在ります。民家の向かいは県立三浦初声高等学校農業科の敷地となっており、遺構は残っていないものの城址の雰囲気を持つ丘陵の上にあります。

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しんちゃん

油壺湾のいわれ (2025/12/21 訪問)

新井城は相模湾に突出した断崖丘陵地に築かれていて北を小網代湾 東を油壷湾に挟まれており三方を海に囲まれた要害の地にあります。
三浦一族の本拠になりますが永正13年(1516)北条早雲(伊勢宗瑞)の大軍に攻められ、三年に渡って奮戦するものの一族の将 三浦道寸義同を始めその子荒次郎義意は自刃、他の将兵たちも討死もしくは油壷湾へ投身したとされ湾一帯が油を流したように血で染まったため後世「油壺」と呼ばれるようになったそうです(案内板による)。
城址は某施設の敷地内にあるため立ち入りはできずフェンス越しに遺構を眺めるだけです。土塁や空堀らしいものは見えるのだけど。
堅城ゆえに長きにわたって籠城出来たものの、その最期は壮絶であったようです。

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シェル

水郡線で城めぐり➄ 常陸北部の南朝の城 (2025/06/27 訪問)

 JR水郡線 瓜連駅から徒歩10分ほど。
 常福寺のある一帯が城跡になります。常福寺境内に駐車場が設置されています。
 県道61号沿いの常福寺の楼門そばに城址碑と説明板が設置されています。
 見どころは、保育園西側の空堀、常福寺本堂裏手の腰曲輪と土塁、墓地そばの空堀の三か所の遺構です。
 常福寺に隣接する保育園の西側の駐車場を奥まで進んでいくと空堀に入り口があり、そこを進むと堀底道に至ります。かなり規模が大きい空堀になっていました。堀底にそっていくと、腰曲輪にいたります。腰曲輪から本堂側に階段を登ると本堂の裏手に着きます。本堂の裏には土塁が残存していました。
 そして本堂正面の唐門近くには、「瓜連城跡空堀」の看板があり、墓地のそばに空堀が残されていました。この堀も深さがあり、除草が行われていたので非常に見学しやすかったです。

 瓜連城は、南北朝時代の戦いの舞台となった城として知られています。
 建武政権樹立に貢献した楠木正成は、鎌倉北条氏の支配していた瓜連を与えられ、代官として一族の楠木正家が派遣されました。その後、南北朝の対立が発生したことで、瓜連城は筑波山麓の南朝勢力(小田氏、関氏、下妻氏など)と東北の南朝勢力(白川結城氏、北畠顕家など)の中間に位置することから、南朝方の重要な拠点となりました。そして、建武三年・延元元年(1336)に北朝の佐竹氏の攻撃を受けます。南朝方の那珂氏が援護するも瓜連城は落城し、その後、廃城となったとされています。

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いんげん丸虫

真里谷要害城 千葉県木更津市 (2025/12/07 訪問)

107mの山城というか丘陵上の城郭です。
詳細不明の巨大城郭です。
三日月状になる3重の横堀や深さ8m,巾20m
位の壮大な堀切など写真ではなかなか伝わり
ませんが凄い迫力です。土木量は半端無い
ですね。藪が酷いということで敬遠してたの
ですが、それほど酷くありませんね。
冬でも青々としてる常緑樹や藪ツバキに比べ
て竹藪はまだ地形が見れますね。

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黄色の林道ゲートを開けて進む (2025/12/13 訪問)

 2023年登城のtodo94さんは「延々と林道を運転」とのこと。また、2022年登城の昌官忠さんが、「倒木、倒竹を脇に寄せつつ林道を行った」とのこと。それなりに覚悟して林道に進入。倒木や大きな落石はなく城域直下の駐車場まで止まることなく行けましたが、対向車が来たらどうする状態の林道が延々と続き、不安も。結局、誰にも会いませんでした。
 標高336m、南北約350m、東西約300mの大きな城域です。高い山があまりない淡路島なので、大阪湾方面も播磨灘方面も見えます。よく整備されて、散策しやすいですが、2019年訪問のぴーかるさんの時と同じく、西の丸の西側の郭や馬責場は藪が放置されています。西の丸に立岩の標柱があり。洲本市教育委員会作成のパンフレットによると、「落城の際、城主が家宝である黄金の鶏を立岩の下に隠した」と。該標柱の先に、立岩の頭が見えました。下から見上げたらかなり大きな目立つ岩なんでしょう。
 横浜EXPOの投稿が盛り上がってますね。イオさん、自前で準備した名札を付けて参加ですか。やるなあ。

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