(続き)
二ノ丸北東の久松山に面するあたりには、鳥取城の石垣石を切り出した石切場が遺っています。また、鳥取城には桂蔵防(慶蔵坊)と呼ばれるキツネがヌシとして伝わり、桂蔵坊を祀った稲荷神社が久松山の中腹に建てられていて二ノ丸には稲荷神社の鳥居がありました。幕末に拡張された二ノ丸北端部からは久松山に向けて登石垣が続いていました。北端から二ノ丸を出ると角櫓跡の石垣を見上げながら右膳ノ丸を抜けて西坂下御門へ。唯一の現存門でしたが、昭和に大風で倒壊し、現在見られる門は復元されたものとされています。でも、福井地震で倒壊して再建された丸岡城も現存天守に数えられているんだから、形状が変わっているのでなければ「現存」としてもいいんじゃないでしょうか。
鳥取城跡・仁風閣展示館の展示を見学し100名城スタンプを押して、北ノ御門から出て内堀沿いを南にたどります。日もずいぶん傾いてきたので、この日は山下ノ丸だけで終了です。内堀南端の吉川経家公像越しに久松山を見上げつつ、次こそは山上ノ丸に行くぞ! との思いを強くしました。
今回は山下ノ丸だけでしたが、さすがは鳥取池田家32万石の居城、見事な高石垣が連なる城でした。その上に擬宝珠橋や中ノ御門など復元整備も進められていて、これからも注目ですね。
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