JR林野駅から徒歩10分くらいで、明見三星稲荷神社鳥居前(35.012799、134.146813)に到着しました。
築城年代は定かではないようですが、応保年間(1161年〜1163年)に渡辺長寛によって築かれたといわれています。
南北朝時代(1336年~1392年)には赤松氏に属していた後藤氏の本拠でしたが、南朝方の山名氏が美作に侵攻しこの城も落城しています。
後藤勝基の代の1561年(永禄4年)に宇喜多直家の息女・千代を妻に迎え、美作東部を支配するまでに勢力を広げました。
しかしその後、1575年(天正3年)に直家が主君である浦上氏を天神山城から追放し、美作への侵攻を開始すると旧浦上家臣らと結んで抵抗しましたが、1579年(天正7年)に落城しました。
美作中央病院横の明見三星稲荷神社の赤い鳥居から登れます。
曲輪等の遺構が残ってますが特に西の丸の土塁、その下の畝状竪堀群、西の丸から伸びる登り土塁が見応えがあります。
標柱や看板が登城口の分岐点や史跡跡に立っているのでわかりやすいです。
また山麓の屋敷跡には勝基の墓として五輪塔が建立されています。
二ノ丸下の灯り装置横の岩場をロープを使って登りますが、結構怖いです。また、山肌が脆く滑りやすいので、トレッキングシューズをおすすめします。
自分は電車の時間の都合で、二ノ丸までで引き返し主郭へは行っていません。
攻城時間は55分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
本日の宿泊先に戻る為、林野駅からJR姫新線で津山駅に向かいました。
歩行歩数=36182歩、歩行距離=25.3Kmです。
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