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堀を散策 (2026/05/05 訪問)

 各所にある空堀はすばらしく別に投稿します。一部ですが、堀底へ降りて行く道があり散策しました。また諏訪神社のある諏訪曲輪周囲にもいい空堀がありますが、藪になっていました。空堀を見て回るだけでも楽しい時間が過ごせます。

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北条氏邦 (2026/05/05 訪問)

 久しぶりの鉢形城です。
荒川と深沢川に挟まれた断崖の上に築かれていて、天然の要害をなしています。この地は上州や信州方面を望む交通の要衝でした。鉢形城公園として整備されています。曲輪、堀、土塁、復元された石積みや四脚門など楽しく散策できます。道路が城の真ん中を貫いているのはいかがなものかと思いますが、それでも見ごたえのある城址です。
 前回来たのが約14年前。新鮮な気持ちで散策できました。

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無量寿寺 (2026/05/05 訪問)

 野本基員を初代とする野本氏の居館跡です。無量寿寺周辺が跡地で山門近くに説明板があり、裏手に土塁の一部が残されています。

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青蓮寺 (2026/05/05 訪問)

 青蓮寺周辺が跡地と伝わります。日本城郭大系には土塁、空堀が現存するとの記載がありますが、今もあるのでしょうか。少し歩いただけではわかりませんでした。境内にある弘安四年銘板石塔婆の説明板に小代氏の記事がありました。

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高済寺 (2026/05/05 訪問)

 南北朝時代に高坂氏により建てられたと伝わります。現存する土塁などは戦国時代に整備されたものと推定されています。高済寺周辺が跡地で土塁と空堀を見ることができます。

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用土新左衛門 (2026/05/05 訪問)

 鉢形城の支城として北条氏邦の家臣、用土新左衛門が築城したと伝わります。強石橋方面から歩いて行くと案内表示があり、用土新左衛門業国石宮を過ぎて登って行きます。登城路は整備され比較的歩きやすかった。曲輪跡、堀切などが残り楽しく散策できます。新緑のこの時期に山城はどうかなと思いましたが、あまり支障なく見学できました。説明板には「十九条の空堀が残っており、、」とありましたが、全部を見ることができたわけではありません。説明板の縄張り図を見ると東南には腰曲輪(東の郭Ⅰ、Ⅱ)が展開し、横堀や竪堀が存在しますが、ロープなどが張ってあり散策を断念しました。遠くから見ると伐採された木や竹が積まれていてわかりにくい状況でした。

 親鼻駅から徒歩にて強石橋を経由して登城しました。

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森林公園 (2026/05/04 訪問)

 忍城主成田氏の被官、小高大和守および贄田摂津守の居城と伝わっています。国営武蔵丘陵森林公園内にあり、土塁、空堀等が遺っています。

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羽尾七騎 (2026/05/04 訪問)

 「松山城主上田氏の家人山崎若狭守居城であったとされています。また、山崎若狭守を始めとした羽尾七騎と呼ばれる地侍の集団が詰めていたとも言われ、七騎は羽尾の地を開発した人々とも言われています。」と説明板に記載されていました。羽尾七騎とは初めて知った言葉で、どういう集団であったのか興味があります。説明板とその近くを少し散策しました。

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いい空堀あります (2026/05/04 訪問)

 東松山台地の南縁に位置し、本郭を取り囲むように二の郭・三の郭が設けられている縄張りです。土塁や主郭、二の郭周囲の空堀などが遺っています。空堀は予想以上に迫力があり楽しんで散策することができました。

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源義賢 (2026/05/04 訪問)

 仁平3年(1153)に源為義の次男で木曽義仲の父である源義賢が秩父重隆の娘をめとり住んだ館跡とされます。大蔵神社周辺が跡地で土塁などが遺されています。
 自分が行った日は義高ウォーク2026というイベントが開催されていて多くの人が見えていたので足早に見学して退散しました。

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上田氏の城? (2026/05/04 訪問)

 仙元山から南方尾根続きの丘陵に築かれた城です。城の東側を水運の大動脈槻川が流れ、西側は南北方向に伸びる谷になっています。北端最高所に主郭を置き、南尾根に二の郭、南東尾根に三の郭を配す縄張りで曲輪跡、堀切、竪堀などを観ることができます。堀切は緑泥石片岩の岩盤を掘削したもので興味深い遺構でした。

 西側の八高線が走っている近くの仙元山登山口から登城しました。標識には「青山城址・仙元山分岐 35分」の表示がありましたが、自分もそのくらいの時間で到達しています。分岐からは城域まで5分くらいでした。登りはじめは少し歩きにくく急なところもありましたが、その後はハイキングコースとして整備されていてストレスが少なく登城できました。

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庭が素敵 (2026/02/22 訪問)

梅祭りを見ながら 立ち寄りました
千波湖より 弘道館の方が 人もまばらで梅も多く素敵だなと思う

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赤い城

笠岡古城山公園 (2026/04/19 訪問)

この日は甘崎城の海割れが期待出来るとのことで行ってみることにしました。
とはいえ干潮時刻は夕方、まずは瀬戸大橋を渡り、笠岡城を目指しました。

公園になっていて山上まで車で行けます。
もちろん駐車場もあります。
説明板があり、その背後には小高い丘があります。
ここからの見晴らしは良く、瀬戸内海を見渡すことができます。
南側にも展望台が設置されています。
ちょうど公園の清掃スタッフの方が仕事をされていました。

遺構は見当たらないですが村上水軍の一族、村上隆重の居城でした。
瀬戸内海の要衝として機能していたことがうかがえる立地ですね。

【見どころ】
 ・眺望

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todo94

大河ドラマ館に赴く前・奈良ドライブでの攻城① (2026/04/18 訪問)

ゴールデンウイーク前の遠征先は奈良にしました。大和郡山の大河ドラマ館の前売りWebチケットを入手していましたので。午前2時に家を出たところ、東海環状道が夜間通行止め。久しぶりに名古屋高速小牧線を利用して名二環、東名阪経由で名阪国道にアクセスしました。天理のすき家で朝食をとって、まず向かったのが、芝村陣屋。桜井市立織田小学校がその故地です。慶田寺に駐車させていただいて、南の濠跡、建勲神社の織田信長像、北の弁天池、慶田寺の移築門と見て回り、慶田寺にある芝村藩主の墓所も拝むことができました。

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朝田 辰兵衛

鳥越城散策2/2(主郭) (2026/05/03 訪問)

雨風が強く,モヤってきたこともあり,主郭からさらに奥へは行っておりません。こんな時にイノシシと遭遇するのもヤダし。
井戸跡らしき凹みも発見しましたが,写真では全くわからず…。
夏場は蜘蛛やヤブ蚊対策も必要かと思われます。また,落ち葉が深いところもありますので,下山時に油断しないでください。

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朝田 辰兵衛

鳥越城散策1/2(主郭までのアクセス) (2026/05/03 訪問)

比高:約27mですが,主郭までのアクセスは注意が必要でした。
まずは,長崎市内の五島町バス停からスタート。桜の里ターミナルへ。ここは,長崎バスとさいかい交通の営業分界点でした。IC可で,料金は【640円】。そして,板の浦行きに乗り換え,雪の浦バス停へ。IC可で,料金は【710円】。川沿いの道を歩き,最初の橋を渡ります。すると,登城口が見えます。徒歩約15分。パネルが設置されているので,すぐにわかります。登城道はV字ターンが2ヶ所あり,夏場はわからりづらいと思います。あとは,山頂目がけて竹ヤブをほぼ直登ですが,ピンクリボンの巻かれたポイントはかなり有効でした。
途中の帯曲輪は2段構成に見えますが,もともとは1段構成だったのかもしれません。私有地のようで,農耕地に造成されたようでした。

この日は雨風が強く,長崎市内は約10分の停電もありました。雨男なので当然予想しておりました。比高の低い城をチョイスして,午前中で引き揚げる予定でしたが,見事にずぶ濡れとなりました…。
この日,雪浦地区では「雪浦ウオーク」というイベントが開催されておりました。鳥越城はウオーキングポイントに設定されておりませんでしたが,私はスタッフにチェックされておりました。
登城が終わり,バス時間まで雪浦地区公民館で雨宿りをしようかと駆け込んだら,「雪浦ウオーク」のスタッフが待機しておりました。よそ者の私にタオル3枚を提供していただき,感謝に堪えません。「越後から来ました」と伝えたらビックリされていました。
スタッフの方々も鳥越城は行ったことがなかったようで,撮影画像を見て石垣に驚かれていました。スタッフからは「お姫さまが住んでた」と伺いました。
雪浦地区のみなさん,大変にありがとうございました!

この大雨,翌日は本州に向かって行きました…。

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HKISD

墨俣城散策 (2026/05/02 訪問)

100名城ではないけどここには色んな歴史がありました。
特に豊臣の出世城ですね。
ここが原点といっても過言ではありませんね。

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HKISD

大垣城散策 (2026/05/02 訪問)

大垣城の天守は見事でした。
関ケ原の戦いがCGで上映されていましたが非常に分かりやすかったです。
堀には川下りがあり丸田舟が味がありました。

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いんげん丸虫

秦泉寺城 高知県高知市 (2026/05/04 訪問)

標高90mの丘陵上にあります。
主に2つの曲輪を堀切で遮断し、南北両端
には竪堀として落ちる数本の連続堀切が
あります。

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ぎりょう

黒岩館 宮城県栗原市栗駒岩ヶ崎 (2026/04/19 訪問)

黒岩館は岩ヶ崎の街並み北側に残る鶴丸城(岩ヶ崎城)から300mほどの至近の場所にあります。そのため鶴丸城の出城かといわれていますが、歴代の城主を見ると戦国時代にこの地を領した富沢氏(葛西氏の分家)以前には、平泉の藤原泰衡の臣若丸郎太夫と伝わっており、平安末期には既に存在していたものと思われます。
鶴丸城の本丸から北西の独立した比高70mほどの嶺を城地にしており、最高部に東西35m、南北50mほどの削平された平場(主曲輪)を中心に、東側に帯曲輪、南西側にニノ曲輪、三ノ曲輪を配した縄張です。
鶴丸城本丸下の入口部から北に延びる道を進むと、ほどなく左側に湾曲して登る林道があります。今回はその林道を80mほど歩き、比較的傾斜の緩いところから登り、主曲輪西側に入ることができました。その後は主曲輪を取り巻く帯曲輪、ニノ曲輪を歩きました。
主曲輪の西端からニノ曲輪北端には土塁があり三ノ曲輪まで降りています。外舛形虎口のようにも見えますがはっきりしません。
鶴丸城はこれまで何度か登っていますが黒岩館は今回初めて登りました。黒岩館は決して出城といった狭小なイメージではなく、鶴丸城築城以前はこの城がこの地域の拠点であったものかと感じました。


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