多賀城跡の近く…国府多賀城駅すぐそばにある…東北歴史博物館を見学
多賀城の復元された門を見学したタイミングで…「城跡の残りと博物館どっちを(次の電車が来るまでの間に)巡ろうか…?
「10年前にここを訪れた時…城跡はひと通り見てまわったが…あの博物館は「またの機会があれば」と思いながら電車に乗った記憶がある…ならば今回はそっちにしようかな🤔その方が後悔しなさそう」という考えに至る
次の電車が来るまでの30-40分をそこで過ごす…常設展のみの見学…北京原人→縄文弥生→古墳建設時代→多賀城の成立(奈良から平安初期)まで
個人的に骨を見るとインパクト感じて記事のネタにしたがる性分らしい💀(笑)大昔の人は身体を折り曲げて体操座りに近いポーズで埋葬されたんだな🪦
多賀城は東北地方における政府の拠点🏯
(添付画像には無いけど)奈良時代あたりの日本地図🗾も展示されており…平城宮に都を置く政府によって…蝦夷の存在する東北の北側(青森や秋田)以外の60カ国は支配下になっていた
逆に言えば…東北の北隅以外…九州や対馬といった…都から離れてると思われる場所も…こんなに早い時代から政府の管理下に置かれていたという事である…交通網が現代と比べてはるかに未発達な時代に…その統治力がすごいとさえ思った
今は(復元された門以外)多賀城に当時の建物は残ってない…しかし当時はここに防衛拠点としての建物があり…ここから兵を整えて出撃する軍人もいれば…事務作業に携わる人間もいた
木簡と紙…政務には両方が使用されていたが…木簡には字を書いた後に刀で削ってまた使うことができるリサイクル機能…取り出したいものがある際に紙よりもサッと出しやすいメリットがあった
逆に紙のメリットは…木簡よりも面積が大きい分…たくさんの文字を書いて残せるというところだろう…なので記録書を残すのに向いてる…短いメモ用として融通効くのが木簡というわけで
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