水間鉄道名越駅から近木川に架かる千石橋を渡ったところにある小山が千石掘城址となります。
案内板は少ないものの整備されており、散策は問題なくできます。
遺構としては、郭跡や土塁、空堀などが確認できます。
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2025/03/17 15:19
2019.11.14登城 (2019/11/14 訪問)
水間鉄道名越駅から近木川に架かる千石橋を渡ったところにある小山が千石掘城址となります。
案内板は少ないものの整備されており、散策は問題なくできます。
遺構としては、郭跡や土塁、空堀などが確認できます。
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2025/03/17 13:42
2019.11.14登城 (2019/11/14 訪問)
JR和泉橋本駅近くの明教寺が積善寺城の本丸跡となります。秀吉の紀州征伐後、廃城となったこともあり、遺構は残っていませんが、貝塚中央病院から明教寺方面に行く橋のところに解説板が設置されています。
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2025/03/17 11:35
小山城-6/6 能満寺諸堂編 (2025/03/10 訪問)
小山城-5/6の続です。
能満寺には諸堂在り特に女坂を登った桝形郭の様な一角(小山城跡南西角一段下)に虚空蔵尊堂が鎮座、西側エリアに6体石仏が安置祀ってあります。
以前若かりし頃の初登城時には今は立入禁止に成ってる急峻な石段を昇ったものです、今は女坂4折れして登ります。
その他に立入禁止の石段下に中段の郭?が有り、東に大日如来堂、西に不動明王堂が祀ってあります、鐘楼の西対面辺りに弘法大師堂が祀ってあります。その辺りには大ソテツの案内解説板、小山城跡案内板が設置されています。
もう少しで桜咲きいい季節に成って来ます、大ソテツと桜、能満寺、展望台小山城天守閣、小山城遺構をお楽しみください。
長々と投稿をご覧いただきありがとうございます。
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2025/03/17 10:56
小山城-5/6 大ソテツの能満寺編 (2025/03/10 訪問)
小山城-4/6の続です。
小山城へ登城するには南麓の能満寺山門より入り国指定天然記念物大ソテツの本堂を参拝して大日堂、不動明王堂の在る中段郭?を参拝通って女坂より登ります。
能満寺は古く行基菩薩が三体の虚空蔵菩薩のうち一体を安置したのが始まりの様です、又本堂前に在ります国指定天然記念物大ソテツは平安時代の陰陽学者安倍晴明が唐から長徳元年(995年)持ち帰って植えたとの寺伝、大ソテツは1000年も経ち根株周り高さも大きく立派で見所満点です、今まで何回となく訪ね参拝して居ましたが気にして居なかったせいか、本堂前の中門?の屋根構造が四方に唐破風造りの唐屋根と成ってる事を認知した次第。山門と中門の間やや東に吊鐘を安置した鐘楼が有り枝垂れ桜が咲誇るのを持っています。
能満寺院は大井川の氾濫で流失、武田信玄の再興、江戸時代は徳川家康の庇護も受けていた歴史があり、現在は臨済宗妙心寺派の寺院です。
小山城-6/6に続きます。
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2025/03/17 09:54
紅葉の岡城 (2024/12/01 訪問)
昨年12月に訪れた岡城です。一昨年は散った直後で時期を誤りましたが、昨年は紅葉がいちばんきれいな時期に訪れる事ができました。 「春高楼の花の宴~♬」と歌にもあるように、春の岡城の桜もきれいだろうなと思い昨年訪れましたが、やはり時期を誤り失敗してしまいました。今度こそリベンジしたいと思っているのですが、山城は平地と時期が少し遅れて咲き、また散るのも早いので予測が難しいですね🤔。ちなみに今年の岡城さくらまつりは、4月5日(土)に行われるそうです。
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2025/03/17 07:16
プレミアムナイトツアー② 今年初公開の「天守の内室」 (2025/03/08 訪問)
大天守での扉を開けるイベントには立候補させていただきました。ぎしぎしときしむと重い扉でした。天守内の井戸を見て連立天守の内側の天守曲輪に入ります。塩蔵、東小天守の地階と貴重なスポットに案内していただきます。プレミアム感があったのは用意していただいたスリッパ。足をすっぽりと包み込むフワフワの防寒対策バッチリのスリッパでした。今回初公開の内室は、5名ずつ2グループに分かれての入室です。天井が低いのでヘルメットを装着しての入室でした。柱に記された番付を見ることができました。天守最上階では参加者全員で一斉に窓を開けるイベント。大天守から姫路の夜景を望むというのも貴重な体験です。大天守を出たところのいの渡櫓との間の間隙は耐震のための造りだそうです。
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2025/03/17 07:01
久しぶりの登城 (2025/02/23 訪問)
前回の登城は2009年8月、まだスタンプラリー目的の頃でした。
なので現存天守を見て終わり、改めて行きたいと思っていました。
城まちステーションのある城見橋公園駐車場に車を置きます。
平日はさらに登ったふいご峠駐車場まで行けますが土日祝はここまで。
有料のシャトルバスもありますがもちろん徒歩で登りました。
途中、山肌を見ると竪堀っぽい凹んだ部分もあります。
竪堀なのか自然地形なのか崩れた跡なのか・・・。
ピンクリボンもあるので竪堀だと信じて登ります。
20分くらいでふいご峠駐車場に着きました。
まずは下太鼓の丸跡を見学します
根古屋と天守の中間地点にあり、太鼓の音を中継する通信施設でもあったとされています。
段になった曲輪があり、石垣も施されています。
一息入れてさらに登ります。
大手門から三の丸に入り腰曲輪へ。
ここから大手門の枡形が良く分かります。
枡形で足を止め、ここから狙い撃ち。
想像しながらさらに二の丸を経て本丸に着きました。
久しぶりなので天守内も見学しました。
さんじゅーろーもいましたが目もくれず?搦手側に。
こちら側の石垣も素敵でした。
今回は大松山城にも行く計画だったのでさらに進みます。
水の手から先に土橋があり、堀切が切られていました。
これから先は次回のレポートに持ち越します。
【見どころ】
・下太鼓の丸の石垣
・大手門の石垣
・腰曲輪から見下ろす大手門の枡形
・現存天守
・搦手門跡周辺の石垣
・土橋の堀切
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2025/03/17 02:33
移住はアリ? (2025/03/09 訪問)
一応、ミーハー的に本丸から天守を概観。忠実に再現されてはいるようだが、「準直轄地」にしてはよく見ると破風の少ない結構地味な天守という印象。ちなみに、外国人観光客は思ったより少なく、再開発も殆どなされおらず、良くも悪くも「地方都市」という風情。
尚、人口は18万だそうで、小田原攻めの秀吉軍とほぼ同じ数というガイド説明がちょっとウケる。
最近は、小田原移住&新幹線で東京通勤も増えているらしいが、マダマダ盛り上がり?には欠けるか。
という出遅れ感?ある、いい感じの「古臭さ」?が気に入ったので、自分もちょっと移住したいと思ったが、やはり「津波」が怖い。かといって、高台に住むのは不便そうだなあと散歩して痛感したし・・・。
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2025/03/17 01:54
十数分の死闘 (2025/03/10 訪問)
日宮城は神保長職が増山城に移るまで居城し、増山城に移ってからは支城として機能していたようです。武田・上杉・一向一揆の勢力の狭間で揺れ動きますが、しだいに上杉氏に取り込まれていったようです。
元亀3年(1572)武田信玄の調略に応じた加賀・越中国の一向一揆に押され、上杉の援軍が一向一揆に敗れたのを見て、一揆勢と和議を結んで能登国石動山天平寺に落ち延びていったようです。
主郭は北東部の丘陵のようで私有地のため見学は出来ません。薬勝寺と日宮神社も郭のようで、各郭の間は堀切で仕切られ日宮神社の周囲は他の郭よりも急な傾斜に囲まれています。
日宮神社の前の細い道路を移動して来たのですが、出口に除雪車の置いてあった雪の塊が有りました。さっき通りすがりのマダムが手をパタパタふっていたけど、「この先は通れないよ」という意味だったのか(じゃあそう言ってくれ~)。
すでに退路は無いので、自力で雪の小山を削って行きます。比較的調子のよい右の膝で小刻みにキックをかまして崩していく。そしてストックで突いて削って行く。十数分の地味な努力のおかげで自力脱出しました。JAFを呼ぶより早いぜ!
雪対策としてスコップを買って車に積んでいますが、昨日 長野の佐久市に向かう途中の道はけっこう雪が積もっていました。まだまだ油断できません、日ごろの準備は大切ですね。
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2025/03/17 00:37
豪華な銅門と手抜きな常盤木門の差異 (2025/03/09 訪問)
他に参加者が居なかったのでガイド独占。ガイド的に強調していたのは平成の銅門と昭和の常盤木門の差異。前者は手の込んだ作りになっているが、後者は手抜きも甚だしく、ガイドすら意味不明の復元になっているとのこと。銅門はハリに細かな意匠が施され、柱も石垣に合わせて加工されているのに対し、常盤木門の方は石垣と柱に空間がある。最悪それは予算の関係で仕方ないとしても、非常に中途半端な位置に柱が建っており、これは常盤木門復元のミステリーとのこと。
とはいえ、常盤木門は平和な世に作られた徳川専用の門でもあり、狭間もなくオープンな作りであるのに対し、銅門の方は桝形虎口で防御性が高いという対比も興味深いものがある。
尚、ガイドの方は「初デート」が小田原城の動物園で、当時の動物園は雑多で待ち合わせに苦労したらしいが、その後無事結婚したとのこと。その思い出地で60~70年後にボランティアガイドができる「幸福」を感じた次第。ガイドの方々は地元愛のある名士的人格者な方々が多く、単なる観光ガイドに留まらない様々な話が聞けるのが想い出になる。それが観光地の「格」を位置付けているのかなとも思ったり。
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2025/03/16 23:19
地元民パワー侮りがたし (2025/03/08 訪問)
城下で駐車場探しでウロウロし地元民らしき人に声掛け。最初の若者は「城なんてあんの?」との回答で、次の中年女性は「XXさん家が停めさせてくれるはず」との回答で、その場で電話で問い合わせてもらい、無事民家の駐車場に停めさせてもらう。そしてパンフまで配布してもらい、有難いことこの上ない。
で、肝心の城だが遺構が素晴らしく噂に違わぬ名城であることを痛感。若干の城下町風情?があるものの、他方でJR横浜線と第三京浜道路に分断されているのも時代のせいか。ちなみに専門書によると茅ヶ崎城とは「親子関係」にあるとのこと。双方の修復時に代替的存在だったとか。
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2025/03/16 22:51
八幡山古郭東曲輪跡はとてもよい展望台 (2025/03/10 訪問)
小田原城は溶岩が流れて形成された八幡山丘陵に構築された城郭だが、東海道線の開通によって分断された格好になっている。現在の天守は丘陵の下方部分にある平山城であり古郭からは見下ろすポジショニングにある。よって、結果的に八幡山古郭東曲輪跡はとてもよい展望台的な存在。
ちなみにアクセスとしては解体中の競輪場が無料駐車場になっているのでそこを利用するのがオススメ。天守からも全然近いので、丸1日ここに停めて総構え&天守周辺を観光してもよいのかと。地元民との交流も楽しみにしていたので下校中の相洋高等学校の学生に道案内してもらったのもいい思い出。観光地の学生はそういう教育を受けているのか皆結構親切という印象。
尚、現在小田原駅前の繁華街にある「竹花」元々は「岳鼻」であり、八幡山丘陵の溶岩が流れ着いた先端とのこと。という知識があると「立体感」で小田原城郭を把握できる。
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2025/03/16 20:58
都内に残る扇谷の深大寺城 (2025/01/04 訪問)
今年最初に訪れた城は東京都調布市の深大寺城。
多摩川の北約3kmの武蔵野台地の南端部。そこに西から東へ伸びた比高10m少々の舌状台地の先端に築かれた城。
1490年頃には扇谷上杉氏方の城が存在していたようで、1537年に扇谷上杉朝定が小田原北条氏の侵攻に備えて再興。
しかし小田原北条軍は深大寺城を回避しての進軍に成功。
その後、小田原北条氏が南武蔵を制圧すると、深大寺城は廃城になったと推定されています。
現在、第三郭はテニス場や住宅地であるが、第一・第二郭が水生植物園の中で公開されている国指定史跡の城跡。
入退城は水生植物園の北門に限られ、第二郭に登ると180度めぐらされた土塁が魅力的。一部は復元とのことだが驚きの幅の広さ。
また堀の両側の曲輪に土塁を築いている点も特徴でしょうか。
更に第二郭から第一郭へ入る土橋にて、右手に設置された櫓台が個人的なお気に入りポイント。
第三郭も含めて滞在時間は約1時間半。
正月で賑わっていた深大寺に対し、ほぼ貸切で廻ることができた深大寺城が、私の城郭巡りの195城目となりました。
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2025/03/16 18:28
江田館 (2025/01/12 訪問)
【江田館】
<駐車場他>城跡説明板の前に2台程駐車できる。
<交通手段>車
<見所>堀・土塁
<感想>1泊2日栃木・群馬旅5城目。現地説明板によると江田館は江田行義の館跡と伝えられています。江田行義は新田義重の子・義季の四世の孫で新田義貞の鎌倉北条氏討伐に参加し軍功をたてました。戦国時代には金山城の出城として矢内四郎左衛門の居城となりました。小田原北条氏がこの出城を奪い金山城攻略の拠点としました。後北条氏滅亡とともに廃城となりました。
現地は後世の建物が建てられていないので、堀・土塁・館内部の郭が綺麗に残されています。広大な館跡を散策して楽しみました。
<満足度>◆◆◇
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2025/03/16 17:58
続・『城めぐりのきっかけ』告白リレー
todo94さん、しんちゃんさんに続いて、美夢さんもご参加いただきありがとうございます。反応が遅くて申し訳ございません。
todo94さん
国宝天守、そして現存12天守が城めぐりのスタートとのことですが、学生の頃にもワイド周遊券でめぐっておられたんですね。100名城スタンプラリーがきっかけの方も多い中、スタンプラリー開始時には根室半島チャシ跡群を残すのみだったとは……さすが。登録3,000城投稿コンプリートの主力メンバーとしても大いに期待しております。それと…姫路城プレミアムナイトツアー、なんとうらやましい! 私は金額をみて即座に断念してしまいましたが、せめて投稿で楽しませていただきます。
しんちゃんさん
愛知県は三英傑の出身地であり魅力ある城も多いので、城好きになる素地がある地域ですよね。若い頃はあまり健康を意識していませんでしたが、城めぐりをするようになって、できるだけ長く山城歩きを続けられるよう健康や身体のメンテには気を配るようになりました。
美夢さん
(続)100名城をスタンプラリーとして楽しんでおられるとのこと、邪道だなんて滅相もない。邪道というのは、城めぐりを目的とせずに城めぐアプリを始め、城めぐアプリを続ける口実として100名城スタンプラリーを始めるような輩のことをいうんです(…我ながらホントに邪道だよなぁ)。そんな私でも恥ずかしげもなく城びとに投稿していますし、続100名城かるたの際にも美夢さんの投稿を楽しみにしております。
ところで…
スミヤキさん、100名城制覇おめでとうございます! 高取城はオーラスに相応しい素晴らしい城ですよね。私は地元の和歌山城からスタートしましたが、まだまだ先のことながら締めくくりとする城も考えておこうと思いました。
それと、「登録3,000城コンプリートへの道」ですが、あさんによれば、近畿2府4県では和歌山県の4城を残すのみ、中国地方も岡山県や鳥取県はコンプ済み、赤い城さんによれば四国も愛媛県の9城のみとのことで、すでに8割どころか9割を軽く超えていそうですね。皆さん、すごいなぁ…。
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2025/03/16 17:13
2025/03/16 17:09
水戸城探訪 (2025/03/07 訪問)
水戸城を訪問しました。今回は2度目ですが、前回訪問時には復元されていなかった大手門と二の丸隅櫓の見学を楽しみにやってきました。
駐車場は大手門広場の駐車場を利用しました。この駐車場は弘道館の目の前にあり、またトイレも近くにありとても便利ですよ。
大手門、二の丸隅櫓は発掘調査や古図面等により復元されており、水戸城のシンボルになると感じました。二の丸隅櫓は内部の見学が可能ですので、時間があれば立ち寄ると良いと思います。
その他、三の丸跡の西側にある空堀も圧巻です。石垣はありませんが、土造りのお城を堪能してきました。
是非、三階櫓の復元を期待したいと思います。
3月は梅の季節であり、弘道館公園の梅林の花が咲いており、お城散策と一緒に楽しめました。
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2025/03/16 17:01
伏見城の移築物 (2025/03/02 訪問)
伏見城は、京都伏見区の地域に存在していたお城で、豊臣秀吉や徳川家康が居城していました。明治天皇の伏見桃山陵から2003年まで開園していた伏見桃山城キャッスルランド(伏見桃山城模擬天守が建つ)、伏見桃山運動公園がその城域(武家屋敷等除く)であろうと考えられています。
京都伏見区に伏見桃山城の遺構は、わずかに残るのみですが秀吉公や家康公の権威を利用したく、城を構成していた建物を下賜していただいた櫓や門等が各地で見られます。
代表的なものでいえば、江戸城伏見櫓・福山城伏見櫓・福山城月見櫓・福山城櫓門・西本願寺唐門が2棟などが伏見城の規模や安土桃山文化を知ることが出来るのではないかと思います。(事実かどうか知らんけど)
今回、京都の城は二条城と伏見城の2箇所しか行っておりませんが、京セラ美術館で蜷川実花展(~3月30日まで)・東寺・西本願寺・東本願寺・伏見稲荷神社を一泊二日で巡り(地下鉄・バス一日券1100円)京都を満喫できた時間を過ごせました。
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2025/03/16 15:46
城びと未登録のお城攻め「手子生城」 (2025/03/01 訪問)
前回投稿した「長峰城」から「手子生城」へ転戦しました。
「手子生城」てごまる、と読みます。
お腹に手を当てたら子が産まれた、のような物語がありますが、おめでたい感じではなかったです。
茨城県 つくば市 手子生1078
「長峰城」から県道24号を筑波山方面にドライブ。5分位で右手奥に、石碑が見えてきます。何もない芝生の広場(?)と畑があり、こちらにも立派な石碑がありました。
左手には説明板の台座だけがあります。
これから石造りの説明碑ができるのかと思いましたが、東日本大震災で倒壊してしまったそうです。
「手子生城」は八田 知家さんの子、知重さんが築いたようです。
ちなみに八田 知家さん、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、市原 隼人さんが演じてました。ワイルドに上半身裸で力仕事をしてましたよね。
その後、八田家子孫の小田氏が治め、「小田城」の支城の役割もしました。
堀跡が残っていました。かつては二重堀だったそうです。
ちなみに、「小田城」までは車で20分の距離です。
たくさんのお城が自然災害により被害を受けました。復興に力を尽くしていただいている職人さんや自治会、関係各所の方々には頭が下がります。
でも、そのままのお城もあるのは事実です。
次に乗る説明碑は、前の物よりも長く長く誉な物になって欲しい「手子生城」攻めでした。
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2025/03/16 13:45
小山城-4/6 2郭と南西郭?編 (2025/03/10 訪問)
小山城-3/6の続です。
2郭は1郭と三重三日月堀の間に在る郭です、現在は南側に模擬天守展望台小山城天守閣が建っています、南北の横堀の西側に土橋繋がりで丸馬出が復元整備されています。さらに西側には南北の横堀と土塁が三重三日月堀の間に在り防御しています。
三重三日月堀の南側に横矢掛りに当たる様な郭が堀で囲まれて在り西側と三重三日月堀北を狙っている。
(郭の名称は余湖図コレクション小山城鳥瞰図に依ります)
その西に当日は休館日でしたが吉田町郷土資料館があります。
小山城-5/6に続きます。
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