続日本100名城

ありこやまじょう

有子山城

兵庫県豊岡市

別名 : 有子城、高城
旧国名 : 但馬

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有子山城
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ヒロケン

気温32度 (2024/07/26 訪問)

有子山城は標高321mの有子山山頂に築かれた東西約740m、南北約780mにもおよぶ大城郭です。有子山城は但馬守護職、山名祐豊によって築かれました。山名氏は此隅山城を本拠地にしていましたが、羽柴秀吉に攻められ此隅山城は落城、その後、山名祐豊は堺に出奔したのですが、織田信長の許しを得て但馬国へ帰国し、築城したのが有子山城との事です。
この頃の有子山城は土の城で、今に残る石垣の城に変貌したのが、1580年に再度、羽柴秀吉に攻められ落城した後、城主となった羽柴秀長により石垣の城となりました。

現在は、曲輪、石垣、竪堀、大堀切などの遺構が数多く残り、山名氏時代の遺構に加え、織豊期を中心にした古い積み方の石垣が大規模に残っており、中でも、本丸と千畳敷を隔てる幅28m、深さ12mを誇る大堀切(但馬地方最大)や、東西135m、南北50mを誇る千畳敷(但馬地方最大)、全国的にも珍しい7段の石垣から成る井戸曲輪(今回は石垣下に降りる元気がなく10年前の画像を投稿)は、この城の見所だといえます。

7月26日8時30分頃出石に到着。出石城は4度目、有子山城は2度目の登城となります。気温30度、熱くなる前に登城しようと企てましたが、出石城の石垣、櫓が目に留まり、出石城を先に攻略した結果、9時30分気温32度での登城となりました。登城口から本丸まで約1km、約1時間程の行程です。所々にロープが張られ、200m程登った時点で、汗が滝のように噴き出る始末(;^ω^)第五曲輪を過ぎた辺りからは、平坦なハイキングコースで進めます。

やはり、山城を攻略するなら夏の季節は避け、秋か初冬にするべきと少し後悔です。

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todo94

無謀な下城 (2023/11/24 訪問)

2013年から5年ごとに訪れていて今回が3度目の攻城です。日々の鍛錬の賜物か、回数を重ねるにしたがって登城が楽に感じられます。登城口の城址碑から主郭迄、20分丁度の所要でした。今回は石取場の矢穴と北西尾根の第7~第10曲輪を初めて拝むことができました。北西尾根の曲輪の先の堀切はなかなかの深さでした。登城路からかなり下っていたので登るのが億劫になり、そのまま下ってしまって大失敗。懐の深い山中をかなり彷徨する羽目になってしまいました。おかげでその後、昼食にいただいた皿そばがよりおいしく感じられたように思います。

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スティクラ

序盤が勝負の有子山城へ (2023/09/02 訪問)

出石城を見学した後に有子山城へ。
熊注意の看板があったため、ラジオをつけながら登山開始。

とにかく最初の登りがきつい。平坦なところがなく、登り続ける。
直線的な登りのため、先がある程度まで見えるため、精神的にやられる。
滑りやすい箇所もあり、濡れている状態ではかなり危険と感じた。

最後までこの登るが続くかと思ったが、きついのは半分くらい。
残りは比較的平坦なところが多く、一安心。
途中、道が分かれ石切り場へ。
頂上が近くなると道が開けて、曲輪や石垣を見ることができ、
頂上につくと本丸跡は眺めも良く、当日は曇りで風があったので心地よかった。

時間は往復で1時間45分。
晴天でなく、曇りでよかった。

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侍ホリタン

但馬の名城を訪ねて② (2022/04/28 訪問)

登山口は出石城跡の稲荷曲輪の脇にあるので出石城跡と同時に訪問できますが、320mの山城なので往復で2時間程度掛かるのと、急な山道続くので登山の装備が必要です。それと「熊出没」の注意書きがありました。山頂付近に立派な野面積みの石垣が残っていますが、藤堂高虎が最初に手がけた石垣の城である事が近年明らかになったようです。

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城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 天正2年(1574)
築城者 山名祐豊
主要城主 山名氏、前野氏、小出氏
文化財史跡区分 国史跡(山名氏城跡)
主な関連施設 碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、堀切、竪堀、土橋
住所 兵庫県豊岡市出石町内町他