有子山城は標高321mの有子山山頂に築かれた東西約740m、南北約780mにもおよぶ大城郭です。有子山城は但馬守護職、山名祐豊によって築かれました。山名氏は此隅山城を本拠地にしていましたが、羽柴秀吉に攻められ此隅山城は落城、その後、山名祐豊は堺に出奔したのですが、織田信長の許しを得て但馬国へ帰国し、築城したのが有子山城との事です。
この頃の有子山城は土の城で、今に残る石垣の城に変貌したのが、1580年に再度、羽柴秀吉に攻められ落城した後、城主となった羽柴秀長により石垣の城となりました。
現在は、曲輪、石垣、竪堀、大堀切などの遺構が数多く残り、山名氏時代の遺構に加え、織豊期を中心にした古い積み方の石垣が大規模に残っており、中でも、本丸と千畳敷を隔てる幅28m、深さ12mを誇る大堀切(但馬地方最大)や、東西135m、南北50mを誇る千畳敷(但馬地方最大)、全国的にも珍しい7段の石垣から成る井戸曲輪(今回は石垣下に降りる元気がなく10年前の画像を投稿)は、この城の見所だといえます。
7月26日8時30分頃出石に到着。出石城は4度目、有子山城は2度目の登城となります。気温30度、熱くなる前に登城しようと企てましたが、出石城の石垣、櫓が目に留まり、出石城を先に攻略した結果、9時30分気温32度での登城となりました。登城口から本丸まで約1km、約1時間程の行程です。所々にロープが張られ、200m程登った時点で、汗が滝のように噴き出る始末(;^ω^)第五曲輪を過ぎた辺りからは、平坦なハイキングコースで進めます。
やはり、山城を攻略するなら夏の季節は避け、秋か初冬にするべきと少し後悔です。
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