さあ山頂目指して、出石城の稲荷曲輪から登城を開始します(写真①)。登山口には貸杖が置いてありました。これはぜひ借りて行かれる事オススメします。登る時よりも下る時に役に立ちます(それは何故か?🤔実際に下りてみると解ります)。
先人の方々の言う通り、登城開始してしばらくは、まっすぐな急傾斜が(これでもかー)というほど続きます。健脚でない私は、途中で引き返そうかと心が折れそうになりましたが、休み休み何とか登り続ける事50分、確かに(ここから平坦)の標識を見ると、急に救われた気持ちになりました(笑)(写真②③)。
それから今度は20分程ゆるやかな道を進むと、周りが開け急に青い空が見え始めたと思ったら、目の前にすごい石垣群が現れました。これらの石垣は最近の研究では、藤堂高虎の初期作ではないかと言われているそうです。途中から脇道に入ると石取り場がありました。高虎はここにあった石を割って運び、積み上げていったのですね。また主郭と千畳敷の間には大堀切がありました😯! 山頂部には想像もしていなかったダイナミックな世界が広がっていました!(写真④⑤⑥⑦)。
そして山頂(標高321m)からの眺めは最高でした。眼下に見える出石の街並み、目の前には此隅山、遠くは豊岡まで見えました。鯉が元気に泳ぐ程の涼しい風が吹き、流れる汗が一気に渇き、爽快な気分です。登城口から山頂まで、健脚でない私の足では1時間20分もかかりましたが、最初から最後まで誰にも会わず、有子山城とこの絶景を独り占め! 思わず山頂から勝ちどきを上げました(えい、えい、おー!😱)(写真⑧⑨)。
有子山城は1574年に、但馬国主である山名祐豊によって築かれました。1580年その山名祐豊との戦いに勝利した秀長と高虎は、どんな思いでこの景色を眺めていたのでしょうか? 「但馬平定を成し遂げた秀長様のために、但馬の国主にふさわしい城にしてあげたい!」 高虎はそう思って、石垣で城を築いたのではないでしょうか?
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