山屋敷からの登城路は途中鎖場もある急峻なものでしたが、比高は150mほどで、思いのほかあっさりと373.8mの山頂を極めることができました。その奥にも郭や遺構が続いています。とりあえず、井戸跡迄チェックして引き返すことにいたしました。未踏の部分をかなり残してしまっているので、いつか再訪できたらと思います。この日の攻城は此処で切り上げ、水口のホテルへと向かいました。
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2025/11/27 07:14
2025/11/26 07:33
2024/03/28 22:13
2024/03/28 22:00
まずは山城方面へ (2024/03/28 訪問)
蒲生氏郷の父賢秀が、この地で隠居し生涯を終えたと伝わる城です。尾根上に構築された山城と山麓の山屋敷と表示されている居館部分で構成されています。
山城は三方向に延びる尾根の上にあり、それぞれの尾根に曲輪が展開し堀切や土塁を見ることができます。伝二ノ丸跡から少し下ったところに石組井戸がありました。伝本丸跡等からの眺望はよく、遺構も思っていたより良好で散策を楽しむことができました。
山屋敷を進んで行くと伝大手道の案内があり山城へ行く道が整備されています。ただ自分は山屋敷入口付近の尾根を直登して山城へ向かいました。尾根筋に踏み跡があり勘違いしてしまいました。下山するときに正規のルートに気がついて山屋敷へ下りてきました。ただ尾根を登っても踏み跡があり、それほど登りにくいわけではありません。屏風岩の案内が立っている場所に出て、その付近で両方のルートが合流しています。その後も尾根を登りますが、鎖場が2カ所あり難所(それほどでもないかもしれませんが)となっています。
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 中野清信 |
| 築城年 | 建武2年(1335) |
| 主な改修者 | 蒲生秀行 |
| 主な城主 | 中野氏、武村氏(蒲生氏家臣) |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀)、虎口、井戸 |
| 住所 | 滋賀県蒲生郡日野町鎌掛 |