天守は模造で残念。景色は秀逸。
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2026/04/19 15:39
2026/01/28 07:04
絶景と登り石垣 (2026/01/02 訪問)
前回登城時は時間が無くリベンジを誓っていました。
今回再訪、目的は登り石垣です。
寒いけど晴れた冬の空に模擬天守も映えていました。
馬屋跡の駐車場に車を置き、まずは本丸に向かいます。
大石段も石垣も素敵、さらに本丸からの絶景を楽しんだ後西の丸へと向かいました。
籾蔵から200m進むと曲輪が見えてきます。
もちろん脇にそれて石垣を見ながら半周、西の丸は出城のような役割で建物は無かったとされています。
また、残念石もありました。
引き返し西側の登り石垣を目指します。
搦手の石垣は工事中ですが休工中、降りれそうだったので進んでみました。
暫く降りると右手に登り石垣が見えます。
なかなかの規模、見応えありですね😀
八王子神社に向けての登城路を登り再度山頂部へ。
今度は東に進みます。
二段の郭の下から東の登り石垣を望みます。
さすがここは遠景のみ、それでも迫力がありました🥹
目的は達成、武者溜から東一の門まで行って撤収しました。
絶景と登り石垣だけでなく見どころは多い城ですね。
【見どころ】
・絶景
・登り石垣(東西)
・各所の石垣
・本丸への大石段
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2025/12/29 18:03
巨大礫岩の露頭 (2025/12/13 訪問)
12/26のWESTさんの投稿と被りました。豊織期以降の本格的な城はやっぱりすごいですねえ。
上の城が建つ、三熊山の地質は、泥岩砂岩礫岩互層で、城域にも礫岩の露頭があります。石垣にも礫岩が採用されおり、他ではあまり見ないですよね。三熊山は諭鶴羽山地の北端にあります。諭鶴羽山地の海側を中央構造線が走り、この活動に伴って、海盆の堆積岩が隆起して諭鶴羽山地になったのですと。
本丸の下、搦め手門方面の石垣を修復中でした。他の郭にも積み直し前の石が並べられているところも。二本の登り石垣は、まっすぐに単純なものと思ってましたが、現地の説明図見ると、かぎ型に分岐をいくつも作っているのですね。かなりな急斜面に作られているので、安定させるためにそうなっているのでしょうか。046カフェは、「戦に出ています」と掲示されていて、しまってました。もう少し粘れば戦から帰って来られたと思いますが、残念ながら先を急ぎます。
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2025/12/26 10:21
洲本城探訪 (2025/12/10 訪問)
淡路島の洲本城を訪問しました。最初に淡路文化史料館に立ち寄り、三熊山麓にある「下の城」を見学。ここには水堀が残り、洲本八幡神社には洲本城の御殿書院の一部が移築されています。
その後、洲本城跡駐車場まで登り、いよいよ「上の城」の散策です。建物の遺構はありませんが、戦国期の縄張と石垣が広範に残り、保存状態も良好で見ごたえがあります。大手門から南の丸、本丸、東の丸と散策し、本丸では日本最古の模擬天守を眺めました。残念ながら内部には入れませんが、外観はランドマーク的存在ですね。本丸からは「洲本八景」と呼ばれる絶景が広がり、防衛のための戦略的立地に優れていることが窺えます。
パンフレットには山麓の居館と山頂の本丸を結ぶ東西二本の登り石垣を備えた珍しい構造だそうですが、東の丸にて東の登り石垣を探しましたが、残念ながら確認できませんでした。
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| 城地種類 | 山城、平城 |
|---|---|
| 築城年代 | 室町時代後期 |
| 築城者 | 安宅治興 |
| 主要城主 | 安宅氏、仙石氏、脇坂氏、藤堂氏、池田氏、蜂須賀氏 |
| 文化財史跡区分 | 国史跡(洲本城跡) |
| 近年の主な復元・整備 | 脇坂氏(山城)、蜂須賀氏(平城) |
| 天守の現況・形態 | 連結式[階層不明/1587年頃築/破却?]、独立式層塔型[4重4階/1928年築/RC造模擬] |
| 主な関連施設 | 模擬天守 |
| 主な遺構 | 曲輪、石垣、天守台、堀 |
| 住所 | 兵庫県洲本市小路谷1272-1 |
|---|---|
| 問い合わせ先 | 淡路島観光協会 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0799-25-5820 |