10月の佐賀県観光で訪れた2つ目の城が佐賀県佐賀市の佐賀城。
九州最大の平野である筑紫平野の北エリア、嘉瀬川の分流・多布施川が流れる水郷地帯に築かれた城。
龍造寺氏の居城である村中城をもとに、鍋島直茂・勝茂父子が江戸初期に築城。村中城の本丸には諫早屋敷、二の丸には多久屋敷が置かれたと伝わる。
勝茂が初代城主となると、幕末まで鍋島氏10代が継承。
1726年の大火災で天守等を失い、二の丸に御殿を再建。その二の丸御殿も1835年に焼失し、再び本丸に御殿が建てられたとのこと。
現在は佐賀城公園となり、本丸には御殿が復元され、鯱の門と続櫓、本丸御殿の御座間が現存。
本丸以外は公共施設などが建ち姿を変えているものの、それらを囲む広大な水堀は概ね残る。
訪問時は本丸をメインに水堀を1周する計画であったが、時間不足で北堀は断念。
1番の見どころは鯱の門と続櫓だが、復元された本丸御殿もなかなかの広さ。
最も要塞らしさを感じた場所は、天守台の上り口。ところが本丸内からアクセスしようとしたところルートがなく、再び本丸の外へ戻ることに。
諸説あるらしいが、この奇妙なつくりが興味深い、私の城郭巡りの213城目でした。
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