この日の最後のお城攻め「須加城」で、またしても水で悩みます。
前回、投稿した「鶉古城」から東京の端っこに帰る途中に「須加城」を見つけて寄る事にしました。
長光寺の参道入口の右下に、ちょこんと石碑があります。
本日最後の路駐でダッシュ、写真を写し退陣。
近くのコンビニ駐車場で「須加城」の写真を見直すと、左上に「忍城」と小さく記載されていました。
「須加城」は「忍城」の支城のような役割りだったようです。
築城年数は不明ですが、戦国時代には須加氏は「忍城」の成田氏に従っていたそうです。
だとすると、秀吉さんの北条討伐で、水攻めの被害にあったのかもしれません。
早速、水攻め範囲を検索すると、「須加城」は利根川の近くにありました。
次に「石田堤」の場所を検索すると、荒川方面にあります。
利根川は徳川 家康さんの時代に、治水工事が行われた為、現在の場所と流れる所が違います。
まずい、「須加城」も水没しているかも。と、小田原で籠城している城主の如く不安になります。
結局、「須加城」が水攻めの被害にあったかは分かりませんでした。
東京都の水は、利根川と荒川で8割、多摩川で2割でまかなっています。
8割の水が、「忍城」を守り、そして攻められました。
この辺り、大河ドラマ『豊臣兄弟!』で描いてくれないかなー。
水攻めの被害をドラマで確認しようとしている「須加城」攻めでした。
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