市山城から車で35分くらいで、登り口付近空スペース(34.982770、132.503592)に着き車を駐車した後、登り口(34.982367、132.501944)に向かいました。
築城年代は定かではないようですが、小笠原氏によって築かれたと云われています。
当初は赤城を居城としていましたが、四代小笠原長氏または五代小笠原長義の頃に温湯城を築いて本城とし、赤城は出城になったと伝わっています。
1335年(建武2年)足利尊氏が反旗を翻すと、小笠原氏は七尾城主益田兼見とともに北朝方として戦っています。
小笠原氏は尼子氏についていましたが、1558年(永禄元年)に吉川元春によって攻められると、翌1559年(永禄2年)開城・降伏しています。
1560年(永禄3年)吉川元春の管理下になり、番衆が置かれたそうです。
登り口から登りはじめ、分岐点を左に進み山頂にある主郭を目指しました。右に行くと蔵屋敷と呼ばれる曲輪があるようですが、時間の都合で断念しました。
畝状の竪堀群(結構埋まってます)を過ぎると寺屋敷と呼ばれる曲輪、バセンバ(馬洗場?)と呼ばれる曲輪を経由して主郭に着きました。
主郭の東側に、堀切と竪堀が確認できました。下りきって反対側へ登って行くと、毛利方が布陣した絵下山城に着くようですが、時間なく断念。
案内あれど登山道は細く、落葉で滑り易く危険です。軍手は必須。
攻城時間は60分くらいでした。次の攻城先=二ツ山城に向かいました。
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