🌸開花はもうすぐ・・・
春の岸和田城を記念した御城印を、3月25日より観光交流センターにて発売します。
限定300枚。
ご訪問いただいた記念として、ぜひお求めください。
数量限定のため、なくなり次第終了となります。
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2026/03/16 13:25
🌸御城印 (2026/03/25 訪問)
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春の岸和田城を記念した御城印を、3月25日より観光交流センターにて発売します。
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2026/03/16 13:19
本陣宿 今庄 (2026/03/15 訪問)
麓にも雪が残る中を登城してまいりました。敦賀方面から越前への玄関口にあたるだけあって、燧城および今庄は、源平合戦、南北朝 新田義貞、織田信長と長い歴史があります。遺構は、峻険な地形に加えて、石垣を多用し、升形、横堀も備えた、堅固な造りでした。
脇本陣が無料開放されており、下山後、立ち寄りました。ボランティアのおじさんが丁寧に説明してくれました。今庄は、本陣、脇本陣がある、街道沿いのにぎわった町で、険しい木の芽峠を超えて敦賀に出る前に、今庄で一泊するのが通常であったのですと。また、かつては、今城と書いていたのを今庄にしたとのこと。そして、江戸初期には、町内の街道の端の方に、クランクになった桝形が作られ、実際に、城砦的な役割を持たしたと。脇本陣には、12月の雪中を行進してきた水戸天狗党が遅れてきた隊員を収容するため二日間宿泊したそうで、その際の刀傷が残っていました。江戸期のうだつが上がる街並みが残り、素敵なところでもありました。
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2026/03/16 08:06
城郭遺構と思いたい (2025/09/13 訪問)
戦国期に細川高国の命により瓦林正頼が築いた城で、山麓の芦屋城と山上の鷹尾山城からなり、芦屋河原の合戦では赤松義村の攻撃により落城。船岡山合戦の敗報を受けて赤松義村が兵を退くと、瓦林正頼は越水城を新たに築き、鷹尾城には鈴木与次郎を置いて越水城の支城としました。その後、越水城とともに廃城となったようです。
阪急・芦屋川駅から登城開始。高座の滝道をたどって、城山(鷹尾城跡)の説明板のある分岐を城山側へ進んだ先に登城口があります。駐車場はありませんが、登城口脇に2台ほど駐められそうです。東六甲のあたりは徳川期大坂城の石垣の石切場だったようで、登城道沿いにも矢穴のある残念石がいくつか見られました。登城口から約10分で中腹の展望所、さらに10分ほど登ると主郭にたどり着きます。
主郭にはTV中継所が建てられるなど改変されていますが、ベンチからは神戸側を見渡すことができます。主郭から北に続く尾根筋からは東側に三条の竪堀を落とし、土橋も見られます。土橋の石積は後世の土留めでしょうか? 主郭より高い位置にある北郭には送電鉄塔が建てられていますが、草木が生い茂っていて郭の形状はよくわかりませんでした。北郭で引き返して今度は尾根筋の西側に入ると、尾根沿いに二条の横堀が走っています。二重横堀の西側斜面には帯曲輪らしき平坦地も見られました。
尾根沿いに二重横堀を設けるというのも不自然に思えますし、戦時中には高射砲観測塔の塹壕が掘られたそうですが、これはこれでなかなか見応えがあるので、とある煩悩の登城目録さんに倣って私も城郭遺構だと思うことにします。
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2026/03/15 20:47
謎の虎口構造が想像力を膨らませる久々利城 (2025/12/07 訪問)
先週投稿した今城に続き昨年12月に訪れた岐阜県可児市の久々利城。
以前から技巧的と聞いており、11月の「山城に行こう!」でも下見を行った城。
可児盆地南の丘陵地帯東部、久々利川が流れる谷底平野の最奥部において、南西へ伸びる2本の丘を城郭とした城で、その最上部までの比高は約70m。
麓を通る五斗蒔街道は、可児盆地と陶器の生産地である土岐盆地を繋ぐ道。
土岐氏の一族である久々利氏代々の拠点で、築城年代は不明。
1583年に森長可の手により落城し、江戸期は麓に千村氏の陣屋が構えられたとのこと。
現在は、整備された土の城跡で、麓には郷土歴史館が建つ。
東側の丘の先端から入城し最初の空間に辿り着くと、現れるのが3つの土塁。各土塁の間が虎口のように見えるが、縄張図によると向かって右以外は奥で塞がれている謎の構造。勝手な想像ではあるが、その塞がれた箇所にも偽の門を設け、攻め手に破壊されても侵入できないトラップだったならおもしろい。
その後も枡形とクランク状の通路が連続し、三の丸からは横矢が掛かる二重三重の防御網。
山側では複数の堀切が見どころとなる、私の城郭巡りの219城目でした。
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2026/03/15 19:50
2026/03/15 19:45
2026/03/15 19:40
2026/03/15 19:34
2026/03/15 19:31
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2026/03/15 18:48
2026/03/15 18:43
追手門 (2026/03/15 訪問)
追手門
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2026/03/15 18:03
南紀随一の高低差のある遺構 (2026/01/25 訪問)
【八幡山城】
<駐車場他>八幡神社駐車場に駐車しました。
<交通手段>車
<見所>横堀・堀切・切岸
<感想>1泊2日紀伊半島1周、山城攻略旅8城目。現地説明板によると八幡山城は南にある安宅氏居館の詰めの城であり、根小屋式山城であるとあります。
城跡は主郭を中心に半円状の形をしていて、東側半分は崖になっています。主郭の南北の腰曲輪から深い堀切を幾重にも配しています。主郭の西側は南北に弓状の広い二郭があります。二郭の曲輪壁は鉢巻き石垣だったようで、二郭の土居と虎口や二郭西側の長大な横堀に礫石が沢山落ちています。主郭は土塁囲みの広い曲輪で一部石列が残っています。城跡全部の遺構の横堀、堀切の凸凹と切岸の高低差が凄くて圧巻です。国指定史跡だけあって、ここは凄い!マイベストに入る、百・続百名城に負けていない城跡でかなり見応えありました。和歌山県制覇していないけど、№1かと。
<満足度>◆◆◆
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2026/03/15 17:08
2026/03/15 16:33
2026/03/15 15:13
城びと未登録のお城攻め「黒岩氏館」。 (2026/01/17 訪問)
「斎藤氏館」はバラでお出迎えしてくれます。
こちらの「黒岩氏館」はツツジで歓迎してくれます。
暇だなぁーと城びとの『お城を探す』をびよーんと拡大。で、見つけた「黒岩氏館」は埼玉県越生町にありました。
*未登録ですので、お城マークは出ません。
五大尊つつじ公園に石碑と説明板があります。
この日はツツジのシーズンオフですが、駐車場には何台か車がありました。
遺構は分かりません。でも、ツツジでおおってくれてますから良しとしました。(←何が?)
越生町は「江戸城」を築城した太田 道灌さんの縁の地です。駅にも大きな観光説明板があります。
それから、越生梅林が有名です。私が行った1月には枝のお手入れをしていました。
あとは、一里飴。
小さい頃、この飴を噛まずに、いつまでも口の中で大切に転がしていた事を思い出します。うちの弟は2度ほど喉につかえそうになり、母に小さく割られ泣いてました。
と、「黒岩氏館」から脱線してしまいました。
越生町、お花のお世話をしている方々が多かったからかな、ゆっくり散歩してみたい「黒岩氏館」攻めでした。
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