摂津富田駅から徒歩15分ちょっとで、普門寺山門入口(34.829507、135.593189)に着き、その後、土塁遺構(34.830662、135.592391)に向かいました。
普門寺は1390年(明徳元年)説巌によって開かれた寺院です。
1561年(永禄4年)に管領細川晴元は三好長慶と和睦し、剃髪したのち隠棲したのがこの普門寺で、城郭化されて普門寺城とも呼ばれていました。1563年(永禄6年)晴元はこの普門寺城にて没しました。
1566年(永禄9年)足利義栄は三好三人衆に擁されて普門寺城に入り、十四代将軍宣下を受けましたが、在任期間はわずかでした。
普門寺は枯山水の庭園が有名で、その一角に細川晴元の墓と伝える宝篋印塔があるそうですが、時間の都合でパスしました。
普門寺城は現在の普門寺境内一帯に築かれていました。
土塁遺構は境内の北西部分にあり、これは外側の道路沿いからでもフェンス越しに見ることができますが、 ただどれほどの規模の土塁なのかははっきりしません。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=茨木城を目指す為、富田駅から電車で茨木市駅に向かいました。
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