日本100名城

さがじょう

佐賀城

佐賀県佐賀市

別名 : 佐嘉城、栄城、沈み城、亀甲城、(村中城)
旧国名 : 肥前

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佐賀城
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T-Shionoya

佐賀城 奇妙な天守台 (2025/10/24 訪問)

10月の佐賀県観光で訪れた2つ目の城が佐賀県佐賀市の佐賀城。

九州最大の平野である筑紫平野の北エリア、嘉瀬川の分流・多布施川が流れる水郷地帯に築かれた城。

龍造寺氏の居城である村中城をもとに、鍋島直茂・勝茂父子が江戸初期に築城。村中城の本丸には諫早屋敷、二の丸には多久屋敷が置かれたと伝わる。
勝茂が初代城主となると、幕末まで鍋島氏10代が継承。
1726年の大火災で天守等を失い、二の丸に御殿を再建。その二の丸御殿も1835年に焼失し、再び本丸に御殿が建てられたとのこと。

現在は佐賀城公園となり、本丸には御殿が復元され、鯱の門と続櫓、本丸御殿の御座間が現存。
本丸以外は公共施設などが建ち姿を変えているものの、それらを囲む広大な水堀は概ね残る。

訪問時は本丸をメインに水堀を1周する計画であったが、時間不足で北堀は断念。
1番の見どころは鯱の門と続櫓だが、復元された本丸御殿もなかなかの広さ。
最も要塞らしさを感じた場所は、天守台の上り口。ところが本丸内からアクセスしようとしたところルートがなく、再び本丸の外へ戻ることに。
諸説あるらしいが、この奇妙なつくりが興味深い、私の城郭巡りの213城目でした。

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べっち

佐賀城 (2025/11/22 訪問)

クラブツーリズムのツアーで行った

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小城小次郎

鯱の門 (2025/01/26 訪問)

佐賀城は本丸が享保年間に焼け二の丸が天保年間に焼けたことで本丸が再建される。鯱の門はその時のもので天保9年完成だとか。不完全な枡形に見えるのは櫓門に正対する土塁が消滅しているからだそうだ。なるほど。

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にのまる

町なか歩きでいろいろ発見 (2025/03/01 訪問)

諫早から佐賀まで〔かもめ🚄〜リレーかもめ🚈〕に初乗車。お城めぐりのうれしい副産物でした\( ˆoˆ )/

15:30過ぎに佐賀駅に到着。
歴史館の閉館時間(18:00)まで余裕があるので水堀を一周してみようとバスではなく歩きにしました。
結構な距離があり、朝からいろいろ歩きまわった疲れもあってヘロヘロになってしまいましたが、随所にかつての面影が残されておりキョロキョロしっぱなしでした。

佐賀城は2度目の訪問になります。
本丸歴史館入口の案内の方が丁寧かつフレンドリーでとても和やかな雰囲気です。
入館料は無料で募金形式ですが、この素晴らしい御殿の維持のためであれば協力しない理由などありません。

館内をゆっくり見学し、最後に天守台にのぼったところで雨が降ってきました。ギリギリまでお天気がもってくれてありがたかったです。宿泊は(いつもの)東横インだったので佐賀駅までバスで戻りました。

朝田さん、神奈川県コンプリートおめでとうございます🎊
“計画的かつ柔軟に”という城めぐりスタイルに、我が身を振り返りハッとさせられることがよくあります。
『おめでとうクイズ』只今鋭意作成中でございますので暫しお待ちください!

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概要

戦国大名・龍造寺氏の居城を重臣の鍋島氏が拡張整備した平城。五重の天守が建てられていたが焼失し、今は高さ9m・南北31 m・東西27 mの巨大な天守台だけが残っている。本丸御殿も焼失したが、その一部を天保期の造りで忠実に再現し平成16年に復元された。

城郭情報

城地種類 輪郭式+連郭式平城
築城年代 慶長7年(1602)
築城者 鍋島直茂、鍋島勝茂
主要城主 鍋島氏
文化財史跡区分 国重要文化財(鯱の門及び続櫓)、県史跡(佐賀城跡)、市重要文化財(御座の間)
近年の主な復元・整備 鍋島直正
天守の現況・形態 型式不明[4重5階/1611年築/焼失(火災)]
主な関連施設 御殿(佐賀県立佐賀城本丸歴史館)、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、門、櫓、移築御座の間、石垣、堀
住所 佐賀県佐賀市城内2-14
問い合わせ先 佐賀市観光・文化課
問い合わせ先電話番号 0952-40-7110