日本100名城

にほんまつじょう

二本松城

福島県二本松市

別名 : 霞ヶ城、白旗城
旧国名 : 陸奥

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二本松城
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肉球

9年ぶりの登城 (2025/07/19 訪問)

9年も経つと箕輪門前の住宅が減り景色が変わっていることに驚きました。
早朝に到着したためにほんまつ城報館は閉まっており次の機会に訪問することに。
初めてカメラに納めたアングルは箕輪門から大手門へ向かう途中の遊歩道から2番目の画像。
箕輪門と本丸石垣が一緒に見えます。

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カズサン

16年振り3度目登城総集編 (2025/06/06 訪問)

 先に二本松城を16年振りに3度目の登城し、6編に渡り投稿致しましたが投稿写真が多くぼやけた様に成った感じがしたので写真を絞って総集編として投稿致します。
 車は3の丸下段高石垣下の第1駐車場と本丸の乙森駐車場を利用しました。

 二本松城に新しく「にほんまつ城報館」が出来て二本松城の情報発信収集のポイントと成って居ました、以前と比べて町屋建物が整理されて三の丸下段下の駐車場と用水路周りがスッキリした感じを受けます。
 大手門から入ると戊辰戦争二本松少年隊の群像と後ろに母の姿像が悲話を物語っています、三の丸下段の高石垣が箕輪門を挟んで圧巻です、箕輪門枡形から入り三の丸虎口を経て三の丸下段広部へ、振返って三の丸虎口枡形と立派な松の木数本枡形虎口の景観は素晴らしい。
 本丸へは足腰の疲れも有り車で乙森駐車場へ、16年前に観た復元修復石垣を再確認、16年前には見て居なかった本丸下の旧大石垣を下に降りて確認見上げる。
 本丸内部、本丸周辺ぐるりと石垣、天守台、東櫓台、西櫓台を観察して時間も迫っており終了としました。
 投稿写真が先回投稿写真とダブりますがご容赦ください。

 「梅雨と猛暑で6月中旬より城探訪はお休みです、10月当たり涼しく成った頃ぼつぼつと始めたいと思っております、また最近皆さんが【赤色立体地図かるた】の投稿が多く成って居ますので絞って投稿致したく思っておりますので宜しく。」
  

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カズサン

二本松城-6/6 本丸石垣城塁西面北面編 (2025/06/06 訪問)

 二本松城-5/6 本丸」石垣城塁南面東面編の続です。

 本丸石垣城塁東面、南面を廻った後、西面、北面へ回り観察探訪、北東の天守台下に本丸旧石垣を移築展示されて居ましたので見学観察、南面下に旧石垣の大石垣が有りましたので降りて大石垣を見学観察、帰ってから本丸北面下に旧石垣である二段の石垣が在る事を知り、もう少し注意深く探訪して居たらと悔やまれました。
 これで3度目の登城終了です。
 
 長々と6編に渡りご覧頂きありがとうございます。

 この後は孫の居る宇都宮へ約150km19時着、孫達と楽しく食事が出来ました。
   

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カズサン

二本松城-5/6 本丸石垣城塁南面東面編 (2025/06/06 訪問)

 二本松城-4/6 本丸Ⅱ編の続です。

 本丸に東の乙森駐車場に駐めて本丸虎口桝形階段から進行し、天守台、東櫓台、西櫓台、本丸内部探訪し自尽の碑供養塔に参拝合掌の後、本丸石垣城塁の探訪へ、南面、東面の写真投稿致します。

 二本松城-6/6 本丸石垣城塁西面北面編に続く。
 

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概要

中世に畠山満泰が築いた山城を元に、後年に加藤氏が近世城郭へと改修。さらに江戸時代に入封した丹羽光重が、三の丸御殿や箕輪門を山麓に建てて城下町を整備した。山上の本丸跡には天守台が、山麓の御殿表門跡には箕輪門・多聞櫓・二階櫓が再建されている。本丸、三の丸の石垣と二の丸の大石垣も見どころ。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 応永21年(1414)
築城者 畠山満泰
主要城主 畠山氏、伊達氏、蒲生氏、上杉氏、加藤氏、丹羽氏
文化財史跡区分 国史跡(二本松城跡)
近年の主な復元・整備 丹羽光重
天守の現況・形態 不明
主な関連施設 箕輪門、附櫓、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守台、石垣、横堀(空堀)
住所 福島県二本松市郭内3
問い合わせ先 二本松市役所観光課
問い合わせ先電話番号 0243-23-1111