日本100名城

にほんまつじょう

二本松城

福島県二本松市

別名 : 霞ヶ城、霧ヶ城

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二本松城
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夏の雪だるま

二本松少年隊戦いの城 (2015/11/01 訪問)

福島県二本松市の百名城の一つ二本松城です。二本松城は市街地の北、標高345mの山頂に築かれた本丸と山麓に城主の石垣造りの城館を置き、中腹には家臣の屋敷を配した戦国期の城郭に近い城造りとなっています。いつも山麓には霧がたなびくため霧ケ城とも呼ばれていました。山頂へ登ると本丸も立派な石垣造りとなっており、感動ものです。二本松城は1441年にこの地を領した畠山氏により築城されたと言われています。戦国期二本松領は、伊達・芦名の2大勢力の間にあり、当初は芦名氏に従っていましたが、伊達氏の南下が激しくなると伊達氏に従っています。伊達政宗が伊達氏当主になると、二本松領に近い小浜城大内定綱が伊達氏に従うふりをしながら離反。このため、伊達政宗は大内討伐の軍を起こし、これに対して畠山氏当主義継は芦名氏と共に大内氏に味方。しかし、小浜城は落城し二本松城に伊達軍が迫ったため1585年畠山氏は伊達氏に降伏することになりました。伊達側からの降伏の条件は、領地を大幅に没収という過酷な処分であったため、義継は降伏を許してくれたお礼と称し伊達政宗の父輝宗に参上し、突然輝宗を人質にとり逃走。これを知った政宗は逃走を阻止するため父と義継達に向かって鉄砲を撃たせたため、義継と共に父輝宗も亡くなっています。この時政宗19歳。政宗はすぐに二本松城攻めを開始しますが、佐竹氏の援軍もあり二本松城は伊達軍を撃退。しかし、翌年には城内から内通者が出て二本松城は落城してしまいす。その後、二本松城は伊達領となりますが、豊臣秀吉により蒲生領、上杉領とされ、その後、徳川時代には藩主が変遷したのち、1643年丹羽氏が城主となり明治維新まで続いています。明治維新の戊辰戦争では奥羽列藩同盟に参加しますが、白河へ多数の藩兵が出兵した隙をつかれ、新政府軍に手薄になった二本松城を攻められ、1日で落城しています。この際、兵力を補うために動員された二本松少年隊が奮戦したと伝えられています。麓の三の丸駐車場から山頂の本丸まで徒歩で登りましたが、本丸近くまで車でも登れます。

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たかりん

二本松の松は二股と聞く。今度確かめに参る! (2018/06/16 訪問)

名作大河「独眼竜政宗」で政宗(渡辺謙)が二本松畠山氏の当主義継の面前でそのコウモリ外交を揶揄したセリフです。当主を継いだ直後でイキっていた居丈高な態度が悲劇を生むわけですが…。そんな二本松城、戊辰戦争では二本松少年隊の悲話が残るなど、歴史の表舞台にたつものの悲劇の城というイメージです。登城口に向かうと、まずは二本松少年隊の迫力ある銅像がお出迎え。そこから正面を眺めると左右に広がる高石垣の上に、二層隅櫓、櫓門、多聞櫓、土塀などが復元されており、このお城の「宣材写真」で使われる構図が広がっています。箕輪門をくぐって三の丸へ進むと二股どころではない立派な枝ぶりの松が何本もありました。山頂の本丸は徒歩でも行けますが、時間の都合で一旦戻り車で移動、対向車きたらアウトの狭い道を上ると駐車場に到着、歩くとすぐに展望が開けて迫力の本丸石垣が現れました。平成に入っての復元とのことで、最初は巨大な天守台のように見えましたが、石垣の上全体が本丸で天守台はその中にさらに積まれており、ほか複数の櫓台跡で構成されています。スゴイので必ず寄ってください。

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朝田 辰兵衛

仙人は“かすみ”を食べているというが… (2017/04/29 訪問)

二本松少年隊群像の道を挟んで向かいに,“かすみ”という,カフェ・レストランがアリ。ここでズルしていないか…?!
土曜日にもかかわらず,サラダ・スープ・コーヒー付ランチが!しかも税込で【800円】というリーズナブルな価格。ランチ・タイム中は禁煙というのもうれしい配慮。

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刑部

桜祭りの二本松城 (2018/04/12 訪問)

桜祭り開催中ですが・・・もう、桜は散り終え人が少ない。ちょっと寂しい桜祭りです。

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概要

中世に畠山満泰が築いた山城を元に、後年に加藤氏が近世城郭へと改修。さらに江戸時代に入封した丹羽光重が、三の丸御殿や箕輪門を山麓に建てて城下町を整備した。山上の本丸跡には天守台が、山麓の御殿表門跡には箕輪門・多聞櫓・二階櫓が再建されている。本丸、三の丸の石垣と二の丸の大石垣も見どころ。

城郭情報

城地種類 山城→平山城
築城年代 応永21年(1414)、天正18年(1590)、寛永4年(1627)、寛永20年(1643)
築城者 畠山満泰、蒲生氏郷、加藤明利、丹羽光重
主要城主 畠山氏、伊達氏、蒲生氏、上杉氏、加藤氏、丹羽氏
文化財史跡区分 国指定史跡、県指定重要文化財1件、市指定文化財3件
近年の主な復元・整備 平成5~7年に本丸石垣を修築復元
天守の現況・形態 天守台のみ残る
主な関連施設 二本松市歴史資料館、「旧二本松藩戒石銘碑」(国指定史跡)
主な遺構 本丸、三の丸、石垣、屋敷跡、蔵跡、井戸跡
住所 福島県二本松市郭内3
問い合わせ先 二本松市役所観光課
問い合わせ先電話番号 0243-23-1111