続日本100名城

やつしろじょう

八代城

熊本県八代市

別名 : 白鷺城
旧国名 : 肥後

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八代城
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トク

地震から3週間経った八代城 (2026/08/16 訪問)

令和の熊本地震(7月28日)から、3週間が経った八代城を訪れました。通行止めだった高速道路「松橋~えびの」間が開通したので、車で行きました。あんなに大きくずれた橋桁が、たった17日で修復できるとは、日本の道路技術には驚きです。しかし、九州新幹線と在来線はいずれも「熊本(宇土)~水俣間」で、未だ不通ですので御注意下さい。

八代ICを下りて西へ10分、八代城へ到着しました。しかし・・・そこで見た光景に、私は唖然としました。ここは昨年も訪れたのですが、その時とは全く様相が変わっていました。もう見るに堪えない光景です。石垣は北東隅部から欄干橋(市役所前)までの約200mに渡って崩れ落ちていました(写真②③④)。南側の石垣にも崩落がありました(写真⑤)。また本丸に鎮座する八代宮は、ぐしゃりとつぶれていました(写真①)。幸いにもけが人はいなかったそうです。国の名勝である「松濱軒」も1階はつぶれ半壊状態で、その正門と資料館は、完全に倒壊してがれきの山になっていました(写真⑥⑦)。興長を祀る「松井神社」もつぶれていました(写真⑧)。西側などの残った石垣も遠くから見ると一見無事そうですが、近づいてよく見ると、はらんでいたり石のずれが何カ所もあるので、再び地震がきたら崩落する危険があるように感じました。

八代城は、加藤忠広(清正の子)が家老の加藤正方に命じて築城した城で、細川時代からは家老の松井氏が代々城主を務めた、築城400年を迎えたばかりの続100名城でした。それが400年後の今になってこんな事になるとは・・・、360年間存続し続けた松井家の別邸(松濱軒)も、今になってまさか壊れるとは・・・。復旧には相当な時間(年月)がかかりそうな気がします。

スタンプ場所の「お祭りでんでん館」は休館中で、今訪れてもスタンプは押せないようです。街のあちこちはまだ断水しています。道路は段差や亀裂が多く、また倒壊したままの家も多数ありました(写真⑩)。ブルーシートがかけられた家も多く、避難生活を送られている方がまだ大勢おられるようです。1日も早く復旧され、皆さんが元の生活に戻られる事を願うばかりです。
 

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ぴーかる

八代城 (2026/01/11 訪問)

【続百名城83城目】
<駐車場他>八代城跡公園駐車場
<交通手段>車

<見所>大・小天守台石垣・虎口石垣
<感想>1泊2日お人吉旅ラスト5城目。先にお祭りでんでん館にてスタンプ押印と館内の見学⇒上記駐車場に駐車し反時計回りに内堀を回り、南側の橋から八代宮を参拝、城壁に登り上部散策⇒天守跡石垣に登り終了した。最後に市役所内の八代亜紀想い出ギャラリーを見学しました。遺構はほぼ本丸跡しか残っていない続百名城の平城によくある感じですが、最大の魅力は転落危険ですが、本丸石垣の上をほぼ1周歩ける事でした。櫓跡の礎石を探しながら散策して楽しかった。所々にある、くまもんもかわいい。
 これにてこの旅終了。1泊で長距離往復はあまり沢山のお城が巡れなかった旅でした。走行距離1693㎞無事走破。

<満足度>★★☆

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送りバント

20211223八代城(熊本県八代市) (2021/12/23 訪問)

建造物は何も残っていないが、四方を立派な高石垣と水堀に囲まれた美しい城址

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トク

(2/2)八代城と松井興長 (2024/11/14 訪問)

八代城の続き(2/2)です。

1632年加藤家改易後は、豊前小倉藩主の「細川忠興」が肥後へ入りますが、その時に家督と熊本城は子の「忠利」に譲り、忠興はこの八代城に入って隠居します。忠興死後は、筆頭家老の「松井興長」が城代として八代城へ入ります。そしてこの頃に、本丸御殿を含めた城全体がほぼ完成したようです。

松井興長と言えば🤔?・・・そうです! あの巌流島で決闘をした宮本武蔵が、小次郎の弟子たちから襲われる所を、鉄砲隊で護衛し自らの領地で匿った・・あの人物です! 興長は忠興の四男立孝を本丸に入れ、自らは忠興が隠居所としていた北ノ丸に入ります。興長死後の北ノ丸は松井神社となり、興長は今もここで祀られているそうです(写真⑥)。

松井神社の西隣には、興長の孫(三代)直之が建てた「松濱軒(松井文庫)」が立派な庭園とともに残されていました(写真①-⑤)。そこには、興長が「小次郎を倒した木刀とはどのような物であったのか?」と問うたので、武蔵は「このような物です」と同じものを自ら削って再現し興長へ渡したと伝わる物や、武蔵が興長に宛てた手紙や、武蔵が書いて送った「戦気」の掛軸など、興長と武蔵の親密な関係を示す資料が展示されていました(撮影は禁止)。

続100名城スタンプは松濱軒の向かいにある「お祭りでんでん館」にありました(写真⑦)。また八代市博物館で復元模型を見たかったのですが、休館中(26年3月まで)で見る事ができず残念でした。

帰りは市役所前から、巡回みなバス(今度は左回り)で新八代駅へ戻りました。帰りのバスまでまだ30分あり、目の前の市役所1階ロビーで八代市が生んだスーパースター「八代亜紀」のギャラリー展があっていたのでちょっと覗いてきました(写真⑧)。それを見たら、晴れているにもかかわらず、帰りのバスの中で「雨雨降れ降れもっと降れ~♪、私のいい人連れてこい~♬」と口ずさんでしまい、隣に座っていたおばあちゃんから笑われてしまいました(😩~)。

今夜は新八代駅前に宿泊し、次は新八代駅から(佐敷城)を目指します。
 

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城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 元和5年(1619)
築城者 加藤正方
主要城主 加藤氏、細川氏、松井氏
文化財史跡区分 国史跡(八代城跡群)
天守の現況・形態 連結式(非現存)
主な関連施設 碑、説明板
主な遺構 曲輪、天守台、石垣、堀
住所 熊本県八代市松江城町
問い合わせ先 八代市文化振興課
問い合わせ先電話番号 0965-33-4533