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昌官忠

秩父鉄道沿線城巡り①:花園城 (2026/05/05 訪問)

2026年5月11日~6月11日まで中国地方と兵庫県のお城を攻城する予定です。
1年ぶりの遠征に向け、事前の足ならし攻城(①中央線&京王線沿線城巡り、②三浦半島城巡り)に続く第3弾は日帰り秩父鉄道沿線城巡りです。
秩父鉄道沿線城巡り1城目は花園城です。
寄居駅駅より徒歩30分弱で、諏訪神社(登城口)(36.120796,139.173868)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、平安時代末期に藤田政行によって築かれたと云われ、関東管領・山内上杉氏の重臣、藤田氏代々の居城でした。
その後、北条氏邦を養子に迎えて本拠を鉢形城に移してからは支城として使われたようです。氏邦に家督を譲った藤田康邦の隠居城だったともいわれます。
秩父谷への街道を抑える重要な支城でしたが、1590年(天正18年)豊臣秀吉による小田原征伐軍によって攻められ落城しました。

諏訪神社から登城しました。諏訪神社の社殿の右側に花園城と書かれた木製の看板と、よくみないと気づかないレベルの細い道が登城口です。
そこから木に巻かれたカラーテープを辿ると城跡に辿り着きます。
土塁や堀切、竪堀だけでなく、石積も残っています・
堀切や竪堀は圧巻です。見事です。感動しました。
攻城時間は60分くらいでした。次の攻城先=花園御岳城へ徒歩で向かいます。

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you

智を構え 多勢を凌ぐ 黒の城 彼の堅牢さ 面影もなし (2026/05/05 訪問)

約2年ぶりの登城でした。


名の通っている「有岡城」は、信長から摂津三十八万石の守護に任命された荒木村重が城名を改めたことに始まります。

鎌倉時代末期に当地近辺を支配していた伊丹氏が小さな居館を築いたのが伊丹城の始まりとされます。具体的な時期は不明ですが、楠木正儀ら南朝方と、北朝方の赤松光範を助けた森本基長との間で伊丹川原合戦が起こり、一ヶ月後に伊丹城が南朝方の攻撃を受けたと綴る史料が残っていることから、南北朝期には城が既に存在していたようです。

戦国期の畿内政治史を描いた『細川両家記』には、細川高国と澄元の対立において伊丹氏は高国方であったことが記されており、澄元方で播磨守護の赤松義村が摂津に攻め入って伊丹城を包囲しますが、落とすことができず播磨に逃げ帰ったとあります。しかし数年後に澄元方の総攻撃を受けついに落城、城を守っていた伊丹但馬守、野間豊前守が"天守"で切腹しました。

ここで、敢えて天守を強調しました。
これまでは、伊丹城の天守が文献上の初見とされていました。しかしこれは現在否定されており、文献の写本段階で「主殿」が「殿主」に誤写され、その後も「殿守」→「天守」と転化したことが明確になっています。

伊丹城はその後も細川晴元、三好長慶らの攻撃を受けますが、『細川両家記』には「伊丹城計(ばかり)堅固也」とあり、城の堅固さを繰り返し記しています。

荒木村重の謀反の噂が流れ、籠城戦の火蓋が切って落とされたのは天正6年(1578)のことです。もとは池田城主の池田勝正に仕えていましたが、勝正が信長に降伏したのをきっかけに信長に仕え、尼崎城・芥川城・高槻城・茨木城などを攻略、池田城も手中にしました。石山合戦の際に村重の部下に内通者がいたことや、一族が明智光秀の丹波攻略の際に波多野氏と手を組み抗ったことで、光秀の恨みを買ったなどの噂をきっかけに村重は籠城戦を決意したといいます。10ヶ月ほど続いた籠城の末、村重は援軍を要請するため城を一度抜け出しますが、そのまま帰ってくることはありませんでした。戦後、信長は一族郎党すべてを惨殺したと伝わりますが、村重だけが生き延び、秀吉に仕えています。本能寺の変で信長が没した後、伊丹は秀吉の直轄領となり、城は荒廃の一途を辿りました。


伊丹城はいわゆる総構の城です。主郭の東側に猪名川が流れ、西側の内郭に侍屋敷、外郭に町屋が建っていました。主郭と内郭の間および内郭と外郭の間に堀を設けて区画しており、現在主郭から西に200mほどの場所に「大溝筋跡」が保存されています。また、城域の南端に「鵯塚砦」、西に「上臈(女郎)塚砦」、北は台地続きを掘り切って「岸砦」を築いていました。上臈(女郎)塚砦は現在の墨染寺の辺りとされ、お寺の入口左手に伊丹の俳人である鬼貫の碑が建っています。


伊丹城のように、城郭を鉄道路線が貫いている例が他にもいくつかあります。色々思うところはありますが、地域の方々の善意によってほんの一部だけでも遺構が保存・復元されるのは大変喜ばしいことです。ぽつんと建っている石碑、局地的に盛り上がっている土地、不自然な位置に設けられたクランクなど、毎日通っていて見向きもしないあの場所が実は、形を変えつつも往時の名残を留めている城郭遺構だったりして。

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にのまる

信虎誕生屋敷

川田館(躑躅ヶ崎以前の甲斐統治の中心地)から東に4km、徒歩約1時間。
信虎公のお母さんの実家があったところだそうで、武田三代の始まりの地だと思うと感慨深かったです。
一段高いぶどう園の周囲には今も水堀が巡っており、発掘調査で掘立柱建物跡も確認されたそうです。

富士山も見放題で楽しいお散歩でした。

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Pylori

お堀が素晴らしい高岡城 (2026/04/30 訪問)

市街地なのに外堀まで残っていてワクワク

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Pylori

戦いの山城 増山城 (2026/04/29 訪問)

複雑な縄張りで構成された山城

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Pylori

能登の巨大な山城七尾城 (2026/04/29 訪問)

複雑で巨大な山城に感激!
整備維持されている地元の方々に感謝です。

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アイナサハリン

サクッと戦国の城を堪能したい方向け (2026/05/05 訪問)

正式な駐車場はないが、電波塔のとこに2台くらい停められるスペースがあるので、そこで下車して登城。電波塔行くまでの道が狭いので車は慎重に。電波繋がらないのと説明板はほぼないので、縄張図必須。縄張図あると楽しさ倍増。私は渡邉昌樹氏作成のもの参考にいきました。羽黒神社あるとこが本丸らしいですが、繋がってる馬出しが良かった。展望台方面に巨大な堀切あるので、それ見て撤収!

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HKISD

龍岡城散策 (2026/04/30 訪問)

回りを一周しましたが堀の角度が見事で上からの形を見たかったのですが歩いて1時間ほどという事で断念しました。

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HKISD

小諸城散策 (2026/04/30 訪問)

ここは石垣の石が大きく普段の石垣の違いに驚きました。
橋の間にあるもみじが見事でとても綺麗でした。
紅葉シーズンは最高でしょう。

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HKISD

上田城散策 (2026/04/30 訪問)

上田城散策。徳川軍を2回破りNHK眞田丸でも出たお城と思うとしみじみ来ました。
ここでは特に幸村伝説ですね。眞田神社にも行きました。

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HKISD

松代城散策 (2026/04/30 訪問)

松代城を散策。
城跡、眞田邸、眞田資料館と眞田を感じられます。

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HKISD

松本城散策 (2026/04/29 訪問)

国宝の松本城を散策。
正面、横面、後面、斜め後ろ面からそれぞれの絵に感動しました。
現存天守は歴史がしみじみきますね。
城下町の食べ歩きも良かったです。

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城好き

米子城 (2026/05/02 訪問)

米子城に登城しました。
鯛の形をした石や猿の顔をした石などがあったり、かつては五重の天守と四重の副天守があったことがわかったり、驚きいっぱいの城でした。米子駅で米子うどん屋という店のソーキうどんを食べました。美味。「さばしゃぶ」が名物らしかったですが、昼間はやっとおらず、うどんにしました。

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じゅんじん

神君生誕地 (2026/01/02 訪問)

初詣でいきました。今年初の100名城でした。

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じゅんじん

江尻小学校 (2026/01/04 訪問)

江尻小学校が城跡になります。説明板があり近くの小芝八幡宮は武田信玄公が再興されています。また魚町八幡宮は少年サッカー発祥の地になります。

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チェブ

城びと未登録のお城攻め「世良田館」。 (2026/02/21 訪問)

前回の「新田館」から「世良田館」に向かいます。
「世良田館」は『新田荘歴史資料館』の駐車場に車を駐車し散策できます。

この辺りが「世良田館」のはずですが、とりあえず『新田荘歴史資料館』で予習してから歩いてみようと資料館へ。
新田 義貞さんの像がお出迎えしてくれます。

でも、資料館の中は馬の塙でお出迎えです。
人はまばらですが、『塙びと』の方々が熱心でした。群馬県て、馬の群れから群馬?と、目的を忘れかけたころ中世・近世ゾーンへ。
徳川 家康さんは、徳川 義季さんを祖先と仰ぎました。確かに、『徳川発祥の地』とあったけど、、、。
と、もう「世良田館」から遠のくばかりです。

東照宮がありました。
家康さんが、新田氏の支族の子孫である事から、子の秀忠さんが建て、孫の家光さんが移建したそうです。
工事中でした。
それから、『千姫を大河ドラマへ』の幟と書名の紙が。
新田 義貞さんじゃないんかーい、と小さめのツッコミ。

『世良田館』が不発(いつも?)だったので、今更ですが写真⑦を借りてきました。
まだ行ってない未登録の館がある事を知り、その時『世良田館』にまた行けばいいかな~と、カレンダーの休みを確認するのでありました。

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ボン

湯築城:2023年3月24日:100名城-27 (2023/03/24 訪問)

遺構を公園に整備。展示室があり無料。公園駐車場に駐車。

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ボン

今治城:2023年3月24日:100名城-26 (2023/03/24 訪問)

別名:吹上城、吹揚城
海城。お堀や石垣、櫓が見事。お堀は海水を引き入れており、海の魚が泳ぐ。
駐車はお城の有料駐車場。

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ボン

福山城:2023年3月23日:100名城-25 (2023/03/23 訪問)

別名:久松城、葦陽城
駐車場は無料。再現天守の中は博物館。JR福山駅のホームからよく見えそう。

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ボン

黒井城:2023年2月28日:続100名城-28 (2023/02/28 訪問)

別名:保月城、保築城
スタンプとパンフは春日住民センターにて。
そこの駐車場から山頂の本丸跡が見える。途中に門も再現されているもよう。

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