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20180430障子ヶ岳城(福岡県京都郡みやこ町) (2018/04/30 訪問)

管理状況が素晴らしく、曲輪やそれを取り巻く土塁、切岸、堀切などの遺構を容易に楽しむことができる

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20190418松尾城(福岡県朝倉郡東峰村) (2019/04/18 訪問)

1年半ぶりに再訪、畝状竪堀や堀切は笹や草に覆われていたが、枡形虎口や横矢の石積を楽しむ

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20170905松尾城(福岡県朝倉郡東峰村) (2017/09/05 訪問)

あいにくの雨だったが、遺構の保存・復元状態は素晴らしい

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20170909豊前松山城(福岡県京都郡苅田町) (2017/09/09 訪問)

南麓の専用駐車場から急勾配の登山道を登ること20分ほどで一の郭へ

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イオ

2025年マイベスト5城!

年末恒例の今年のマイベスト10城…なんですが、今年は例年同等に城めぐりはしているものの、城びとへの投稿は6月分までしかできておらず、半分が未投稿のベスト10城というのもなぁ…ということで、こちらも半分のベスト5城です(なんだそりゃ)。

客観的な評価ではなく「私の印象に残った」という極めて主観的な評価で、2025年に訪れた計101城の中から5城を選ぶなら…

第5位 田尻城(和歌山県)
山上の石垣が見どころですが、それ以上に近畿最後の城びと未投稿城のごっつぁんゴールという意味で印象に残っています(笑)

第4位 椿尾下城(奈良県)
今年一番の激ヤブ城! というだけでなく、激ヤブを突破した先のU字の堀切は苦労の甲斐がある代物でした。

第3位 椿尾上城(奈良県)
よく整備された広大な縄張に、横堀や土塁、石垣、堀切、畝状空堀群が散りばめられた見応え満点の城でした。

第2位 名古屋城(愛知県)
巨大な天守に三重櫓、石垣や空堀など見どころは今さら言うまでもありませんが、何よりも復元された本丸御殿の壮麗さに圧倒されました。

第1位 松山城(愛媛県)
旅行で訪れたので、思う存分にはめぐれませんでしたが、自由時間に大手道を歩き、三之丸を散策し、カメラを破損して激しく凹んだり、登り石垣に傷心を癒やされたり、見応え的にも主観的にも今年一番印象に残ったのはやはり松山城です。またいつか「とことん」で再訪したいものです。

…ということで、今年はこれで投稿納めになります。来年は半年分たまってしまっている城めぐりの投稿を早く何とかしたいものですが…。今年もお付き合いいただきありがとうございました。皆さま、よいお年をお迎えください。
 

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20180131小倉城(福岡県北九州市小倉北区) (2018/01/31 訪問)

近代的な建物が隣接するマチナカで、水堀と石垣がイイ感じ

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20200201女山神籠石(福岡県みやま市) (2020/02/01 訪問)

1年ぶり2度目の訪問で、前回見逃していた長谷水門へ(民家敷地内を通る必要あり)

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20181230女山神籠石(福岡県みやま市) (2018/12/30 訪問)

山頂付近の列石と、西麓に残る水門のうち粥餅谷(横尾寺谷)と産女谷の2箇所を確認

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20171117若松城(福岡県北九州市戸畑区) (2017/11/17 訪問)

何度も若戸大橋を渡ったこともあり、渡船で近くを通ったこともあるが、戸畑図書館前の中ノ島の石を見たことで訪問とした

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20170730鹿毛馬神籠石(福岡県飯塚市) (2017/07/30 訪問)

川沿いの道路から橋を渡ってすぐのところに案内板があり、その前に数台駐車可能。列石と水門跡はこのすぐそば

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20171021山鹿城(福岡県遠賀郡芦屋町) (2017/10/21 訪問)

遠賀川河口を監視するような場所に位置する小さな山上にあり

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20170722黒崎城(福岡県北九州市八幡西区) (2017/07/22 訪問)

きれいに整備された公園内にわずかに残る石垣などを確認。現在の市町村域に慣れていると、北九州市内に筑前・黒田の六端城があることに違和感を感じてしまう

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20180602高良山神籠石(福岡県久留米市) (2018/06/02 訪問)

1年ぶりの再訪で、前回訪れた大学稲荷神社よりも高い場所にある車道沿いの列石を見る

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20170712高良山神籠石(福岡県久留米市) (2017/07/12 訪問)

大学稲荷神社前の斜面に並ぶ列石を見学

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カズサン

武家社会最後を飾る旭城 (2025/11/01 訪問)

 今回の城り9日目の朝駆けで以前から探訪したいと思っていた旭城へ、城郭放浪記さんの昨日のTop10でヒットし5年前の北九州城廻りで豊前平田城(白米城)の後にでも訪ねようとしましたが現地で地理場所の特定が出来ず諦めた城です。今回出発前に地図を出力しナビに入力し出発した次第。
 駐車場:保育園南通り外駐車場を利用(土曜日で朝早く空いていました)旭城の西隣。
 参考資料:城郭放浪記さんグーグルマップに依る。

 利用した保育園の駐車場から南辺を歩き南東角から高石垣が見えて来る、東辺は中間に虎口石階段、その前方に一段下がって鳥居、北東角が高石垣は私の背より高く2m以上は有る、南から北へ高く成ってる、北辺は東近くに横矢掛りに出隅が有り西に続く、北辺西辺は学校施設であり入り込めず。
 現在城域には千束神社が鎮座し杉林で鬱蒼としている。別名千束陣屋とも呼ばれてる。

 歴史は、小倉小笠原藩は幕末慶応2年(1866年)長州軍との戦に敗れ、小倉城と篠崎藩邸を焼いて逃れた。旭城近くの光林寺に入り、明治2年の建設を開始してめいじ3年に完成し旭城と名付けた。しかし明治4年の廃藩置県により廃城と成った。

 この後には旭城の御殿玄関が光林寺に移築されてるとの事で訪ねる。旭城より南東へ約3.2km程です。
 光林寺:福岡県築上郡上毛町安雲750(庫裏玄関が旭城移築玄関)、参拝者駐車場有り。
 光林寺は南が落ち込んだ丘陵地に位置し城構えを思わせる、周辺は田圃です。

 思い立って7年振り5年振りに願いの叶った旭城、幕末明治初めの歴史の一駒、最後の城郭の名を留めました。願いが叶って感激です。

 この後は帰路へ、九州を離れて周防、備前、播磨の未踏城郭途中下車?探訪へ。
   

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赤い城

今年もお世話になりました🐍

城びとの皆さん、今年も大変お世話になりました。
2025年の個人的な振り返りです。
山城も3本くらいでキツくなり、体力の衰えを感じるようになった気がします💦

まずは年頭に立てた目標
①香川県の登録城コンプ
 →未達成。あと4城、来年には何とか。
②四国内の100・続100名城スタンプコンプ
 →未達成。結局一宮城のみ、しかし他エリアでは高岡城、富山城、玄蕃尾城、若桜鬼ヶ城、萩城、津山城に初登城しました。
③昨年リアの151城を上回る
 →達成。昨日の星ヶ城で152(未登録、再訪含む)、ギリギリでした。

その中で印象に残った10城は行った順で以下の通りです。
①炬口城(兵庫県)
 登城口を間違えたけど堀や土塁が素敵な土の城
②矢筈城(岡山県)
 城友さんとたっぷり5時間散策した美作のモンスター城
③医王山城(岡山県)
 放射状に落ちる畝状竪堀が見応えあり
④内場城(香川県・未登録)
 尾根歩きの城だが地元の方による整備に感謝
⑤正法寺城(愛媛県・未登録)
 この日4城目でヘトヘトになって登ったが堀切、土塁、竪堀と見応えあり
⑥世田山城(愛媛県)
 遺構は少しだが山火事で黒くなっていたのが悲しかった
⑦尾高城(鳥取県)
 松江EXPOで訪問、本丸と二の丸が特別公開され発掘調査で発見された遺構を見ることができた
⑧玄蕃尾城(滋賀県・福井県)
 続100名城だけど土の城なので選ぶ、遺構は素晴らしい
⑨一乗山城(広島県)
 あまり期待してなかったが東西の畝状竪堀が見どころ 
⑩高山城・新高山城(広島県)
 赤色立体地図かるたの読み札で選ばれ感謝

近場ばかりになってしまいました😅
今年の投稿はこれで終わり、よいお年をお迎え下さい🙇

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todo94

2025年末・鹿児島県の攻城④ (2025/12/27 訪問)

29日のレンタカーをキャンセルしてしまいましたが、年末の繁忙期とあって直前でのレンタカーの予約には手こずりました。鹿児島市内はあきらめてニコニコレンタカー霧島国分店で予約を取りました。繁忙期の特別料金が上乗せされていましたが、電車代を合わせてもトヨタレンタカーより安いので御の字です。この日は、本土最南端の佐多岬を目指します。途中、鹿屋のジョイフルで昼食をとりました。隣に位置する鹿屋城に寄っていかない手はありません。前回の訪問は2010年1月5日ですから、ほぼ16年ぶりの再訪ということになります。今回は、グーグルマップのマーカー地点にも足を伸ばしてみましたが、そこは草刈りがされていなくて大量の種子がジーンズと靴に付着してしまいました。城山公園のマーカー地点は最高所になっています。

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しんちゃん

関ヶ原古戦場 脇坂安治陣跡 (2024/03/31 訪問)

脇坂安治陣跡の石碑と案内板は小早川秀秋陣跡である松尾山の北の麓にあります。林道がついていますが道の状態はあまり良くない。
車が大事な人は歩いて行った方がいいですよ。
Wikiに出て来る布陣図だと脇坂安治陣(1000)から北西に朽木元綱(600)小川祐忠(2100)赤座直保(600)と西軍(のち東軍)の陣所が連なっています。参謀本部の日本戦史関原役の布陣を基準にしていると思いますが、これだと自害岡(自害ヶ峰)も陣所に含まれることになりそうです。なぜ脇坂の陣跡だけこんな低地にあるのか?
神谷氏の関ヶ原合戦図志だと四将の陣は岡の上に配されているように見えます。ただ、神谷氏の挿絵は今一つ正確では無く、黒血川の形状も異なるし自害岡の位置も微妙です。参謀本部の作成した「日本戦史関原役」の附図「関原本戦之図」の地形図はさすがに正確です。
参謀本部の正確な地形図に神谷氏が布陣を書き込んでいたらどのような配陣になっていたか。
参謀本部の配陣は軍事利用も考慮に入っていると思うので、公平な視点における信憑性は神谷氏の方が上だと思います。論文で白峰教授が指摘していた武家事記の矛盾箇所も神谷氏は修正してあるみたいですね。記憶で書いているので正確な場所を忘れてしまった・・また確認しておこう。
ちなみに参謀本部の「関原本戦之図」だと四将の陣は岡からわずかに東にずれた場所に配されているように見える。意図的だろうか?
それほど高くない丘陵だけど利用価値があると考えたのだろうか? 
現在「自害岡」は東海道新幹線によって真っ二つにされています。


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20210120高鳥居城(福岡県糟屋郡須恵町) (2021/01/20 訪問)

前回は草に隠れて見えなかった登城路脇の畝状竪堀群を確認

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20180421高鳥居城(福岡県糟屋郡須恵町) (2018/04/21 訪問)

展望台から福岡市内や博多湾などを一望し、この地に山城が気付かれた理由を実感

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