天球丸は二の丸南東久松山の麓東隅に有り山下の丸最高所標高51mに当たります、豊臣期宮部継潤が石垣改修し、関ケ原後池田長吉(池田輝政の弟)が6万石で入封し石垣改修、山頂の丸には三階天守閣が建ち、天球丸は池田長吉の姉天球院が住んだ事に由来する。
天球丸も昭和18年の鳥取大震災で石垣崩落して、昭和30年代ごろから崩落石垣の修復が始まり、三階櫓台、二の丸走り櫓台、菱櫓台、表御門石垣台、平成に入って天球丸石垣、太鼓御門石垣、楯蔵跡石垣と進み現在は楯蔵跡石垣下の腰曲輪の整備修復工事中です。
今回天球丸には登りませんでしたが、楯蔵跡石垣台から天球丸の西面、南端面、鳥取城の看板と成った巻石垣をじっくりと眺め撮影しました。天球丸の南端には鳥取城での高層建物二の丸三階櫓に次ぐ三階櫓が建て居たそうです、現在は地表に平面表示されています。
(続きます)
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