浦上久松の居城であるとされています。説明板に「 この城郭は、戦国時代に珍しい「平山城」で、残存状態の極めてよい城跡である。」とありました。確かに各曲輪などよく残っているように思いますが、時期的にまだまだ緑色の草木が遺構を覆っていました。やはり登城は冬がいいですね。また西本郭から大手守備郭を散策しているとズボンにひっつき虫が多く付いて戦意喪失し早々に撤退しました。
JR姫路駅よりバスに乗り西山下バス停下車。徒歩約5分で登城口に行くことができます。
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2026/10/01 16:48
浦上久松 (2026/10/01 訪問)
浦上久松の居城であるとされています。説明板に「 この城郭は、戦国時代に珍しい「平山城」で、残存状態の極めてよい城跡である。」とありました。確かに各曲輪などよく残っているように思いますが、時期的にまだまだ緑色の草木が遺構を覆っていました。やはり登城は冬がいいですね。また西本郭から大手守備郭を散策しているとズボンにひっつき虫が多く付いて戦意喪失し早々に撤退しました。
JR姫路駅よりバスに乗り西山下バス停下車。徒歩約5分で登城口に行くことができます。
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2025/06/24 05:35
(東海&関西)遠征12日目:山下城 (2025/05/26 訪問)
志方城から車で25分くらいで、常行院駐車場(34.903303、134.800111)に着きました。
計画では、志方城から中道子山城➡山下城の順番で攻城する予定でしたが、間違って山下城のGPS座標を入れてしまい、こちらを先に攻城しました。(着いてからきづきました)
常行院駐車場➡案内板前(34.903187、134.800619)を通り、入口付近(34.901716、134.800266)に向かいました。
築城年代は定かではないようですが、城主は浦上久松でした。
浦上氏は主家・赤松氏をしのぐほどの権力を誇ったといわれており、戦国時代には三木城の別所氏に味方しました。
1566年(永禄9年)頃に別所氏の兵站拠点基地として改修されましたが、三木合戦の際に織田氏の軍勢に攻撃され落城したそうです。
現在は整備されて遊歩道が設置されており、本丸跡には東屋が設置されています。
登城口の大堀切はすごかった。
攻城時間は35分くらいでした。次の攻城先=小谷城へ向かいました。
攻城の順番を間違えたので、この後、中道子山城に向かいましたが、手前の道で工事関係者に通行止めを知らされました。
遠回りすれば、中道子山城に行けると云われましたが、時間も押していたので攻城を断念しました。
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2024/08/16 20:23
浦上久松丸 (2024/04/20 訪問)
兵庫県には山下城が二つありますが、こちらは加西市の方になります。一説には赤松則祐の家臣であった浦上七郎兵衛行景の居城だとされ、観応2年(1351)光明寺合戦の際に、赤松則祐に従って赤松直義の軍と戦ったとされています。
本丸にある案内板によると、「播磨鑑」には浦上久松の居城であると記され、天文元年(1532)頃に築城され永禄9年(1566)ごろに別所氏の兵站拠点基地として改修され、天正6年(1578)まで機能していたと考えられているようです。
浦上久松は加西市史によると「別所家無二の与力」であったとされています。
本丸の西側下段に二の丸が配され、本丸の北西には大堀切があります。二の丸の西側には西本郭と見られる郭があり、他にも多数の郭が有ったようです。
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2024/03/10 21:56
山下城 (2024/01/13 訪問)
【山下城】
<駐車場他>田福寺駐車場を利用しました。
<交通手段>車
<見所>曲輪
<感想>現地説明板によると山下城は『地誌「播磨鏡」によると、浦上久松の居城であるとされ、1532年頃築城、1566年頃に別所氏の平坦拠点基地として改修され1578年まで機能していたと考えられる』とあります。
城跡は田福寺の南、案内があり木が伐採整備された山が見えますので適当に入り込めます。城跡は主郭に帯曲輪が取り巻き、北側下段に2郭、堀切を挟んで田畑となった曲輪があります。2郭の更に北側の曲輪は整備中でしたので立ち入りませんでした。
城びとフラッグが田福寺の裏山に立ってあり、城跡主郭とずれているので気になり、田福寺墓地の上段まで登りアプローチしましたが、入り込めそうな場所が無く断念しました。非常に気になります。
<満足度>◆◆◇
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 浦上久松 |
| 築城年 | 天文元年(1532)頃 |
| 主な城主 | 浦上氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切 |
| 再建造物 | 説明板 |
| 住所 | 兵庫県加西市山下町城山 |