じゅらくだい

聚楽第

京都府京都市

別名 : 聚楽城、聚楽亭
旧国名 : 山城

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エグ1394

聚楽第(京都市考古資料館) (2020/09/20 訪問)

京都市考古資料館を訪問しました。入館料は無料です。
「聚楽第」の御城印を購入しました。
付近を散策し、「聚楽第」の石碑を確認しました。
聚楽城は関白になった豊臣秀吉によって、平安京大内裏(平安宮)跡に建てられた政庁兼邸宅です。一般には「聚楽第」と呼ばれることが多いです。秀吉は関白職を甥の秀次に譲った際に聚楽第も譲り渡していますが、実子である秀頼が生まれると、いわゆる「秀次事件」によって秀次を高野山に追放し切腹させ、聚楽第を破却しました。完成からわずか8年後のことです。聚楽第の建造物の多くは伏見城(指月伏見城)へ移築されたとされています。また、西本願寺の飛雲閣など聚楽第から移築されたと伝わる建造物も少なくありませんが、いずれも詳細は不明です。いまのところ聚楽第の遺構と認められている建造物は唯一、大徳寺の唐門だけです。現在は石碑が残るくらいですが、跡地を歩くとその規模の大きさを実感することができます。跡地には黒田官兵衛(孝高)や上杉景勝、千利休などの屋敷跡を示す石碑が建てられています。

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ぴーかる

聚楽第 (2020/06/21 訪問)

【聚楽第】
<駐車場他>中立売通りの石碑の西方向にコインPあり。
<交通手段>徒歩

<感想>JR二条駅前ビルで昼食後、徒歩で行った。小学校側の石碑には行かなかった。中立売通りは車の往来が激しく、石碑を撮るのも一苦労した。豊臣時代、秀次を追放・切腹後に聚楽第を徹底的に破却したあと、こないだ様々な遺構が発見された京都新城を造築することとなる。

<満足度>◆◇◇

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じゅんじん

屋敷跡 (2012/07/08 訪問)

秀吉はすごいね。お城たくさんつくちゃってる。お金持ちー

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todo94

聚楽第の遺構 (2020/01/12 訪問)

東西の濠跡付近にそれぞれ石碑が建っています。特に西の正親小学校には説明板もあります。この日の午後、京の冬の旅特別公開で大徳寺で国宝の唐門を拝見して参りました。聚楽第の遺構とのことです。残念ながら写真撮影禁止ですが。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 豊臣秀吉
築城年 天正14年(1586)
主な城主 豊臣氏
廃城年 文禄4年(1595)
遺構 石垣
再建造物 石碑
住所 京都府京都市上京区下石橋南半町他
問い合わせ先 京都市産業観光局観光部観光企画課
問い合わせ先電話番号 075-222-4130