こだにじょう

小谷城

兵庫県加西市


旧国名 : 播磨

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①堀切と竪堀
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昌官忠

(東海&関西)遠征12日目:小谷城 (2025/05/26 訪問)

山下城からの車の時間は、途中まで中道子山城を目指していた為、不明です。小谷区公民館駐車場(34.941913、134.829007)に着きました。
そこから、遊歩道入口(34.943103、134.830584)に向かいました。


築城年代は定かではないようですが、赤松義則の養子で赤松満祐の義弟にあたる上原民部大輔祐政によって築かれたといわれています。
赤松則繁の善防山城とともに、1441年(嘉吉元年)嘉吉の乱でで落城したようです。
天文年間(1532年〜1555年)には赤松刑部少輔祐尚が城主でしたが、1542年(天文11年)尼子氏との戦いで討死したようです。
戦国時代には宇野氏が居城していた伝わっているようです。

小ぶりながら、横堀、堀切、竪堀が重なり合ってとても見応えがあります。
攻城時間は50分くらいでした。次の攻城先=野間山城へ向かいました。

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赤松祐尚 (2025/02/13 訪問)

 赤松満祐の弟上原民部大輔祐政により築城されたと伝わります。嘉吉の乱の際、山名宗全の軍勢に攻め落とされました。天文年間に赤松祐尚が再建し、城の裾野に陽松寺を建立、嘉吉の乱で討ち死にした家臣や一族を供養する墓を境内裏に建て、寺社の整備、耕地の整理、市場の開設等多くの善政をしいて領民から慕われましたが、尼子氏により滅ぼされました。
 曲輪、堀切、土塁などが残っています。
 陽松寺脇の登城口から登っていきます。登城路も城域もよく整備され散策しやすい城址です。登城口にある坊獣フェンスの入口から15分くらいで本丸に行くことができました。

 姫路駅からバスに乗り笠屋バス停下車、バス停から陽松寺まで徒歩10分くらいです。小谷区公民館前の駐車場に説明板があります。

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おっちゃん

小谷城跡縄張り図 (2017/02/12 訪問)

現地案内板より抜粋。

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イシテル

播磨の歴史を巡る御城印:その5 (2022/05/14 訪問)

播磨を支配した赤松氏の居城のひとつ。
戦国期前期に赤松祐尚が改修。現在の遺構には織田軍団の築城技術の痕跡がみられることから、三木城合戦以降に羽柴秀吉の家臣が入ったと言われている。現在、本丸、西小丸、堀切、竪堀、横堀、幾つもの帯曲輪、虎口など多くの遺構が残り、見応えがあります。
小谷城の御城印は、五百羅漢で購入できます。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 上原祐政
築城年 応永年間(1394〜1428)
主な城主 赤松氏、宇野氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、竪堀
再建造物
住所 兵庫県加西市北条町小谷城山他
問い合わせ先 加西市教育委員会文化スポーツ課
問い合わせ先電話番号 0790-42-8775