赤松満祐の弟上原民部大輔祐政により築城されたと伝わります。嘉吉の乱の際、山名宗全の軍勢に攻め落とされました。天文年間に赤松祐尚が再建し、城の裾野に陽松寺を建立、嘉吉の乱で討ち死にした家臣や一族を供養する墓を境内裏に建て、寺社の整備、耕地の整理、市場の開設等多くの善政をしいて領民から慕われましたが、尼子氏により滅ぼされました。
曲輪、堀切、土塁などが残っています。
陽松寺脇の登城口から登っていきます。登城路も城域もよく整備され散策しやすい城址です。登城口にある坊獣フェンスの入口から15分くらいで本丸に行くことができました。
姫路駅からバスに乗り笠屋バス停下車、バス停から陽松寺まで徒歩10分くらいです。小谷区公民館前の駐車場に説明板があります。
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