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カズサン

小山城-1/6 見える化樹木伐採天守景観最高編 (2025/03/10 訪問)

 駿河瀬名氏館探訪散策を終えて国道1号線バイパスを西進、令和3年1月以来の4年振り浜松にいても中々寄れていません、駐車場から見上げれば南側の樹木が伐採されて何と!天守閣(展望台小山城)が石垣天守台含めて良く見える様に成って居ました。

 駐車場:南麓の吉田町営駐車場を利用、舗装と砂利駐車場が有り収容量多し。

 駐車場の西隣、芝生広場からの眺めが南正面でスッキリと模擬天守閣が良く見える様に成って居ましたびっくりです、昭和62年9月に能満寺山公園として整備、犬山城を模して展望台小山城として建設、昭和、平成、令和と三代、今年は昭和100年ですから38年経過して樹木も大きく育って鬱蒼として天守閣の景観が阻害されていました、城好きには景観整備で良く見える様に成る事は大変ありがたい。
 もう直ぐ桜の季節ですので大勢の人で賑やかに成る事でしょう。桜と天守閣がよく似合い景観整備が大いに手助けになります。感謝感謝!!

 小山城-2/6に続きます。
 
 

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しんちゃん

国守館 高岡市伏木古国府 (2023/03/10 訪問)

時間も遅くなってきたので古国府城は訪問出来ませんでしたので、近くの国守館に寄って来ました。伏木気象資料館の周辺が館跡とされ、古国府城の近くに大伴家持の銅像も有ります。高台からは立山連峰の夕陽が見えました。
古国府城の周辺が国府跡とされ、ここから通っていたのだと思います。通勤時間は数分で実に羨ましい環境です。資料館の敷地には案内板が立っており、天平勝宝2年(750)3月2日に、越中国守大伴家持が朝 寝床ではるか射水川を漕ぎ歌う船びとの声を聴いて詠んだ歌が記されています。

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しんちゃん

小豪族の悲哀 (2025/03/10 訪問)

願海寺城は賀茂神社の一帯が城址とされています。賀茂神社の東の道路を少し南に行ったところに案内板と石碑が有りました。上杉謙信の武将・寺崎民部左衛門盛永が拠った城とされ天正9年(1581)に織田信長勢に攻められ落城したとされています。
城主の寺崎父子は周囲の強者の間をうまく立ち回っていましたが織田に上杉へ通じたと疑われ攻められ、近江佐和山城で自刃させられたようです。
平成の調査で複数の堀が見つかり「実城(南郭)」と「二之廻輪(北郭)」の二郭以上の郭を備えていたようです。


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浅井長政 (2025/03/13 訪問)

 昨年も登城していますが、行きたくなって今年も行って来ました。曲輪、大堀切、石垣などが残っていています。主要な曲輪は、いつ来ても手入れされていて気持ちよく散策できます。
 人気のある城址でいつもは多くの登城者を見かけるのですが、この日は平日で登城者は少なかったですね。

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しんちゃん

隣が気になる。 (2025/03/10 訪問)

何も考えずに津毛城に向かって走っていたら、でっかいラ〇ホが見えてきました。と思ったら実は片岡学園という学校で、城址は隣の富山市立福沢小学校になります。う~ん、隣の学校の方が、お城っぽい(・・・)。
遺構は残っていないようですが、校庭から見える片岡学園の建物が気になります。中世のお城みたいですな・・。ニッポン城めぐりのやり過ぎで頭がおかしくなってきているんだろうか・・ちゃんと休息はとった方がよいですな。
天平年間に桃井直常が籠ったとの伝承があるようです。天正6年(1578)上杉謙信が急死すると織田勢の越中攻めが始まり、神保長住・斎藤利治らが飛騨より侵攻してくると、津毛城を守備する河田長親・椎名小四郎らは今泉城へ退いたとのことです。

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清水谷 (2025/03/13 訪問)

 1年ぶりに小谷城へ行って来ました。昨年は主要な領域を観た後、大嶽城、福寿丸、山崎丸と下りてきたので、今年は清水谷を下山しました。清水谷ルートを歩いたのは2度目ですが、10年以上前のことなので風景が新鮮でした。覚えているのは雨上がりの道を下りたので堆積していた濡れた落ち葉で滑って転倒したことです。
 六坊跡から大野木屋敷跡、三田村屋敷跡を経由して御屋敷跡へ下りて来ました。大野木屋敷跡と三田村屋敷跡には石垣も残り楽しませてくれます。下山した後に小谷城戦国歴史資料館近くの小谷城清水谷絵図を見ていたら井筒池という場所ありました。水の手はありましたが、そこを登ったところでしょうか。機会があれば再登城したときに見たいと思います。

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明知光秀陣所跡 (2025/03/13 訪問)

 織田信長が小谷城を攻めたとき山脇山に明智光秀の陣所があったと伝わっています。小谷城の西側の防御を担っていると思われる丁野山城と対峙する位置にあります。虎御前山へ行ったときに明智光秀の陣所跡がなく、どこだろうと思っていました。
麓に説明板がありました。山脇山にも登れると思いますが、説明板に「明確な陣所跡は確認できない」の記載があり小谷城など回って来て少し疲れていたので今回はパスしました。

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あき

2024年春に行きました (2024/04/10 訪問)

姫路城の次の日に行きました 本数は少ないけ特急で姫路駅から竹田駅まで1時間位だったと思います 電車に合わせてバスが出るので行きはバスで行きました 石垣と桜の組み合わせを楽しんでました 帰りは神社に降りて行く階段を30分位かかって降りて 城下町を少し歩いて見学して 特急の時間まで待てないので2時間位かけて電車で帰りました

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あき

2024年の春の写真です (2024/04/09 訪問)

行ったのは去年です この頃はお城の事何にも解らず ただ綺麗だな〜大きいなとか思いながら観光してました でも凄い惹かれてもっとお城の事知りたいと城郭検定の勉強を始めたきっかけのお城です(2級に受かりました)まだまだ知識は初期装備ですが‥ もっと色々知識を得つつこれからも城巡りを楽しみたいです また姫路城行きたくなってきました

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しんちゃん

晴れの日は立山連峰(たぶん)が良く見える。 (2025/03/10 訪問)

この日は日中は「城びと」として富山市の城めぐり、夜はニッポン城めぐりの城攻めで大忙し。翌日は体調が良くないです、当たり前ですね。24年度のランクをもうちょっとだけ上げておきたいので、少し頑張っています。
始めて3か月でランク30位ぐらいなら、まあまあでしょう。4月から始めていればトップ10は堅いと思うけど、一年間もこのアプリに振り回されるのもどうかなと思うので、これぐらいにしておきます。
安田城は以前も訪問したことがあるのだけど、少し薄暗くなってきていたので、改めてもう一度訪問したいと思っていました。晴れの日は立山連峰(だと思う)が借景として良く映えます。
城址の西側に隣接して安田城跡資料館があり(無料)ここに駐車することが出来ます。資料館では富山市の城址の出土品などの展示が充実しており、二階から安田城を俯瞰することが出来ます。資料館から土橋が伸びていて右郭から二の丸、本丸と渡ることが出来ます。
右郭は城址の西側に位置するのですが、本丸の南に虎口が付いていて、本丸から見て右手にあるから、その名称が付いたのではないでしょうか。京都市みたいですね。

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しんちゃん

桃井直常 (2025/03/10 訪問)

布市城は興国5年(1344)に越中守護となった桃井直常によって築かれたとされています。興国寺は桃井氏の菩提寺とされ、墓所には直常公の墓があります。グーグルマップには桃井氏の祈願所である龍高寺が城址と出ており、本堂の裏手には土塁の様なものがありました。興国寺には江戸時代初期に布市藩の陣屋が置かれたようで、グーグルマップにも出ています。
小柴氏の墓所は良くわからなかったのですが、直常公の墓を見ることができたので良しとしました。

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しんちゃん

しんえもん (2025/03/10 訪問)

蜷川館は現在の最勝寺境内から北側にかけて築かれていたとされています。最勝寺は館主の蜷川氏の開基と伝わり歴代の墓も残っているようです。「越中古城記」には室町幕府の政所執事代を務めた蜷川新右衛門尉親当(一休さんのしんえもんさんのモデル)が太田郷を知行し、ここに居住したと記載があるようです。境内では住職がお孫さんと遊んでいたので、軽く会話した後立ち去りました。

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丁野山城 (2025/03/13 訪問)

 小谷山のほぼ真西に築かれた小谷城の防衛のために配置された支城の一つと推測されています。城びとには未登録の城址です。小谷城関連の城で小谷城で投稿しました。小谷城攻防戦に際しては、朝倉氏が援軍として越 前から派遣した平泉寺玉泉坊が在城したと伝えられています。曲輪、堀切、土塁などが予想以上に良好に残っていました。いくつか登城路はありますが、中島城から尾根伝いに登城しました。思っていた以上に楽しめる城址です。

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中島城 (2025/03/13 訪問)

 小谷城の西側にある城で、小谷城の戦いの際、浅井氏家臣の中島宗左衛門直親が守ったと伝わっています。城びとには未登録の城址です。小谷城関連の城で、小谷城で投稿しました。織田信長の小谷城への攻撃の開始後、丁野山城とともに落城しました。標高は133mで小さな城ですが、土塁や堀切、横堀が残っています。東尾根に 大鳳山砦跡があります。

 小谷城戦国歴史資料館からは徒歩約15分くらいで登城口に行くことができます。JR河毛駅からは徒歩10分くらいです。

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しげ

岡山城 (2025/03/14 訪問)

岡山城に行ってきました。

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小規模ながら見ごたえあり (2025/03/09 訪問)

 スミヤキさん、100名城コンプリートをおめでとうございます。
 経ケ端城は、「小規模ながら見ごたえあり❗ 」との城びと先人まーやんさんの投稿(2022.9)を見て、行きたい城にノミネート。害獣柵を開けて登ると、まず、半島状に伸びる尾根の根元を遮断する深く切り立った堀切道が現れます。全体に篠竹が刈り込んであり、土塁、切岸、虎口などがくっきり見えます。一番広い郭にある藁葺の東屋は残念ながら、屋根が壊れてました。ぴーかるさんの2022.10の写真でも屋根はややくたびれながらも、ちゃんとしてましたが。
 府道59号線沿いに「経ケ端城」の矢印がありますが、その先に道標はありません。真っ直ぐ進むと、城の南の細い道(ここから先は除雪しません、と看板あり)に入ってしまいます。府道から橋を渡って直ぐに左折して、城の北側(写真10)に近づいて行くのが良いです。北側の一箇所にしか害獣柵の出入り口はありません。また、南から山裾を歩いていくと、先人のレポートにある、大型犬(紀州犬と書いてありました)に激しく吠えられます。私の場合は、家人がおられたので、なだめてもらえました。

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イオ

北野天満宮 (2025/03/08 訪問)

トクさんが太宰府天満宮にお参りされた日に私は北野天満宮へ。6年前に雨で中断したきりになっていた御土居めぐりの一環として訪れました。前回は御土居を見るにも梅苑の入苑料が必要と知り、御土居が見たいだけなんだけどなぁ…とパスしましたが、どうやら梅苑やもみじ苑・青もみじ苑の開苑期間中しか御土居は公開されていないようなので、やむを得ません。6年前は800円だった入苑料が1.5倍の1200円になっているのは…インバウンド料金というやつでしょうか。

駐輪場に阪急レンタサイクルを駐め、楼門、三光門をくぐってまずは御本殿に参拝。御本殿の向かって左側には飛梅伝説の原種とされる紅梅が植わっています。境内にはたくさんの撫牛が奉納されていて、やはり天満宮といえば梅と牛なんだな、と改めて。

参拝を終えると、受付で入苑料を支払って梅苑に…行く前に本題の御土居へ。梅苑との分岐からスロープを上るとそこはもう御土居の上。西側には堀代わりだったであろう天神川(紙屋川)が流れていて、川までの元々の高低差に御土居の分が積み増されてかなりの高さがあります。今度は下から御土居を見上げてみよう、と思って川沿いに下りて行こうとすると、通路は柵で閉ざされていました。もみじ苑や青もみじ苑では川沿いに下りられますが、梅苑では御土居の上を歩くことができるだけのようです。それでも思ったより見応えがあったので良しとしますが、御土居をじっくり見たい方はもみじ苑か青もみじ苑の開苑時がおすすめです。私もいつか紅葉の頃に再訪したいものですが…。

気を取り直して梅苑「花の庭」へ。太宰府天満宮の梅は満開だったようですが、北野天満宮はこの日は五分咲きとのことで今週末あたりが見ごろになりそうです。全体的には五分咲きでも早咲きの梅は見ごろになっていて、紅梅と白梅が競うように咲き誇る様子はなかなかのもの。梅苑南端の仮設展望台に登れば梅苑を上から見渡すことができ、五分咲きでこれなら満開時はどれほどに…と思わせる美しさでした。御土居だけ見られればいいのに…とか、なんで1.5倍やねんとか、ぶーぶー思う気持ちはあっさり消え去り、今度は満開の頃に家族で来たいな、などと思わされてしまいました。…我ながらチョロすぎ(笑)

また、北野天満宮は豊臣秀吉が催した北野大茶湯の会場でもありますが、参道脇のバス駐車場には北野大茶湯之址の石碑と茶の湯の水を汲んだと伝わる太閤井戸があります。太閤井戸の水…ではないでしょうけど、この日は梅苑で梅茶と紅白の梅をあしらった菓子をいただきました(入苑料に含まれています)。長く続いた寒波もようやく終わり、春の訪れを感じる穏やかなひと時でした。
 

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にのまる

やっと行けました。 (2025/01/23 訪問)

2018年の年末に登城を計画していましたが夏の豪雨被害のため叶わなかったので、6年越しのチャレンジとなりました。

宮交バスの一日乗車券(¥2,000)を使って宮崎駅から路線バスで向かいました。

鶴松館裏手の大手道から入ります。いきなり現れた切り通しのかっこよさに不安でドキドキしていたのがワクワクに変わりました!
まだ通行禁止のところもありましたが迂回路を設置してくださっていたので安心して進めました。松尾丸と南の城も通行止めでしたが、誤って進入してしまわないように看板を立ててくださっていたので迷ったり悩んだりすることもなかったです。
「日本最南端の天守台」のあった場所を無事に見終えてホッとしました。
大手口に戻ってから中の道の方へも少しだけですが行ってみました。次回があれば大手〜中の道と通り抜けてみたいです。

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todo94

イベント前の攻城③ 二の丸~本丸編 (2025/03/08 訪問)

二の丸の南にも大石垣に迫る規模の石垣があります。縄張り図を見るとどう見ても城の中心は伝二の丸になりますよね。本丸は詰の城といった性格だったのではないでしょうか。前回は伝茶室跡の脇から本丸にアプローチしたはずですが、現在通行止めとなっています。二の丸をしっかりと見て二の丸と本丸の間の鞍部にある石垣も確認して、本丸南郭群にも足を伸ばしてから、山頂に位置する本丸を極めました。続100名城の中に入れても全く見劣りしない本当に素晴らしい城だと思います。同じ兵庫県内の続100名城・黒井城より個人的には好きです。城の縄張りの面では100名城の千早城、高遠城、長篠城よりはるかに魅力的だと感じています。因みに城びとでは、「おきしおじょう」となっていますが、吉川弘文館の「近畿の名城を歩く」と小学館のビジュアルワイド「日本名城百選」では「おじおじょう」となっています。この日の夜のイベント終了時に講師の先生とイベント前の攻城の話をしてしまいましたが、その時も「おじおじょう」と言っていました。その時に置塩城から尾根伝いに恒屋城まで続く道があることを教えていただきました。そのルートを攻める勇気は全くありませんけれども。

にのまるさんへ 気を持たせてしまって申し訳ありません。この後、レンタカーを返却してから夕食を摂って、イベント会場へと向かいました。次回、投稿いたしますが、ちょっと贅沢なイベントです。

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トク

くまモン誕生祭2025 (2025/03/13 訪問)

熊本城二の丸の城彩苑で行われた、武将隊との「くまモン誕生祭コラボステージ」を見て来ました。くまモンは今月で15才の誕生日を迎えるそうです。でもダンスは相変わらずキレキレです。しかし途中でダンスを本当に間違えてしまうというハプニングがあり、清正からは「終わってから飯抜きで猛稽古せよ!」と命じられ、くまモンは土下座して謝りましたが許されず、最後には切腹して詫びようとしたので、あわてて他の武将たちや係員から止められるなど、城内は思わぬアドリブでもう大爆笑! とても楽しいステージでした。

15-16(土日)は場所を花畑会場大ステージに移しお誕生日をお祝いするそうです。

終わってからその城彩苑で、くまモンの人形焼きを食べて帰りました。とても美味しかったです(地ビール付ですいません😊)。
 

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