今年もよろしくお願いします。
今年も武将の気持ちになりながら、できるだけバス鉄道を使い(+ビール片手に)、のんびりと城を巡って参りたいと思います。今年の前半の投稿は、途中で中断していた「【関ケ原の26人】(26)井伊直政」の続きを1年ぶりに再開する事、その次は「大友宗麟」の生涯を追う予定にしています。引き続きよければまたお付き合いの程お願いいたします。また辰兵衛さんの1日も早い回復をお祈りいたします。
井伊直親の子として井伊谷で生まれ、龍潬寺の直虎の下で修業し、15才で井伊家再興を目指して家康に小姓として仕え、19才高天神城で初陣を飾り、22才伊賀超えでは家康を守り抜き、天正壬午の乱では使者として北条との和睦を成功させ、24才小牧長久手の戦い「井伊の赤備え」デビュー戦では池田恒興を討つ大金星を上げ、小田原攻めでは徳川最強軍として秀吉より一目置かれ、家康関東移封の30才で初めて城主(箕輪城)となり徳川家臣筆頭12万石にまで出世し、38才で高崎城を賜り、そして40才・・・ついに迎えた関ケ原!
開戦の前日まで得意の交渉術で、粘りに粘って吉川広家の調略に見事成功します。そして石田三成を大垣城から関ケ原へ誘い出し、また東軍と家康本陣を無傷で関ケ原へ移動させる事にも成功しました。そしてここで自らが鉄砲を放ち開戦の火ぶたを切ります! しかし合戦の最中、直政はいったいどこで狙撃され、それからどのようにして最期を迎えて行ったのでしょうか? ここからは関ケ原から生涯を閉じるまでの2年間の壮絶な人生を追って行こうと思います。
これまでの123話の内容は、「みんなの投稿」から「関ケ原の26人」(26は半角)で検索できますので、よければ思い出して頂ければと思います。
では次は、124話(開戦地)から始めます。
よろしくお願いします。
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