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todo94

脇城の対 (2014/10/11 訪問)

脇城の対の城と云った場所に位置するのは岩倉城。長宗我部元親の侵攻で脇城と共に落城し、蜂須賀氏入封で脇城が阿波九城となり廃城の道を辿る。

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コロスケコロコロ

笠間城跡! (2018/02/27 訪問)

八幡台櫓が素敵です。

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三河田原駅からぶらぶらと (2016/07/17 訪問)

 三河田原駅から徒歩に登城しました。
あまり遺構はありませんが、一部石垣や復元された建築物があります。以前は近くまで海だったようです。

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美浜駅からぶらぶらと (2016/05/04 訪問)

 美浜駅からぶらぶら歩いて登城しました。館跡から登って行きましたが、道は整備されていました。北西曲輪群の先端まで行って引き返しましたが、後で縄張り図を確認すると、その先に竪堀が書かれていました。もう少し降りて確認すればよかった。

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敦賀市散策 (2016/05/03 訪問)

 少しでも残ってればと思います。

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金ヶ崎の退き口 (2016/05/03 訪問)

 南北朝時代にも有名な合戦がありましたが、戦国時代、織田信長の退却で知られる城ですね。城址は堀切なども残りますが、なんとなく縄張りの雰囲気がわかる程度でしょうか。一の木戸まで行って引き返しました。

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雲浜獅子 (2016/05/03 訪問)

 小浜駅からぶらぶらと歩いて登城しました。石垣を見るのがメインの城址ではすが、周囲に民家が立ち並びよく見えません。境内では福井県の無形民俗文化財に指定されている雲浜獅子が行われていていました。

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駅裏の城 (2016/05/03 訪問)

 小浜駅の裏の山が城址です。
定番の愛宕神社の入り口から登って行きました。
一番の見どころは東に下って行った曲輪の下に現れる竪堀でしょう。その反対側には畝状竪堀群を認めるが少し浅くなっていた迫力には欠けます。主郭の西側に、いい感じの石垣があるが崖を降りて写真に収めるのに苦労しました。下山するときに八幡神社へ出る予定が、いつものように崖を降りることになり、よくわからない場所より脱出した。(笑)

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todo94

阿波九城 (2014/10/11 訪問)

麓に秋葉公園があり、脇城についての記述もあったが、主郭とおぼしき場所には何の標示も無かった。明瞭な空堀があったのでまず間違いはないと思う。

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todo94

短時間の攻城 (2014/10/11 訪問)

山の斜面からちょっと突き出た部分に主郭があり、簡単に車でアクセスできるが眺望は良い。

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todo94

阿波公方民俗資料館 (2014/10/11 訪問)

資料館に行く前に平島館の花垣門が移築されている吉祥寺へ。9時を回った所で平島館跡に建つ阿波公方民俗資料館に入館した。その後、山門が平島館の移築門である信行寺、それから書院、玄関が移築されている小松島市の地蔵寺と見て回った。

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にのまる

明るいうちがいいかと。

急いでいたので川崎駅からショートカットして行こうとしたら深〜いところに紛れ込んでしまいました(^_^;)
山城並みの緊張感…。

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todo94

阿波九城 (2014/10/11 訪問)

コンクリート製の城址碑はすぐに見つかったが、登城口がよくわからない。小学校の方に回り込み、津波の避難場所の先に分け入っていった。蜘蛛の巣がひどく、訪城者は余りいない様子。主郭には石塁や土塁がありそれなりの佇まいだったが、整備の手が入っていないのが何とも残念だ。

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todo94

官兵衛紀行 (2014/11/16 訪問)

英賀城跡公園からスタートして土塁と播磨灘物語の石碑がある英賀神社、更に本丸城址碑まで英賀城関係のスポットを見て回った。

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オダリン

物集女氏(もずめし)と難しい読み方だ (2014/05/29 訪問)

織田氏によって乙訓の歴史から姿が消えてしまった。

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オダリン

神武山公園になっている (2012/03/29 訪問)

秀吉の但馬征伐後宮部継潤が入り城崎を豊岡と改称し山名氏の城も改修した。現状は神武山公園になっているが城の雰囲気はあまり無い。

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todo94

官兵衛紀行 (2014/11/16 訪問)

黒田官兵衛の居城と云われる篠ノ丸城。紅葉が見頃になってきていて篠ノ丸城の下にある最上山公園はかなり人が繰り出していた。城下を俯瞰できる見晴らしの良い郭には、木の柵が復元されていて黒田の幟が翻っていた。主郭は紅葉がきれいに色づいていて空堀や土塁も赤い紅葉で彩られており中々素晴らしい佇まい。そして二の丸に脚を伸ばしてみると畝状竪堀が出迎えてくれた。想像以上に素晴らしい城であった。

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todo94

近世の城 (2014/11/16 訪問)

黒田官兵衛が4万石の所領を得ていた山崎の地。山崎城には紙屋門と土塀が残るが、この山崎城は近世の城。官兵衛の居城は山城の篠ノ丸城だと云われている。

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todo94

官兵衛紀行 (2014/11/15 訪問)

官兵衛の正室・光の実家・櫛橋氏の居城である。本丸は観音寺、二の丸は志方小学校となっていて遺構はない。観音寺には櫛橋家累代の墓があった。

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todo94

官兵衛紀行 (2014/11/15 訪問)

称名寺となっている加古川城。加古川評定が行われた場所で、播磨の諸豪が織田から離反し毛利について官兵衛が苦境に陥ることになった故地である。

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