川島城からの転戦です。説明板付近の空スペース(34.052816、134.318652)に路駐しました。
築城年代は定かではないようですが、戦国時代末期に篠原長房によって築かれたと云われています。
篠原長房は三好義賢に仕え、1562年(永禄5年)和泉国久米田の戦いで先鋒を務めたが、大将三好義賢が討死して大敗しました。
義賢亡き後、遺児三好長治と十河存保及び阿波細川氏の細川真之を補佐し、阿波・讃岐の軍勢を率いて各地を転戦し、畿内の三好政権を支えたそうです。
1572年(元亀3年)長房の弟という木津城主篠原自遁の讒言により、三好長治、十河存保、細川真之が上桜城を攻め、長房・大和守父子は討死して落城したそうです。
長房の死後、上桜城は廃され、長房討伐で功績を挙げた川島惟忠が川島城を築城したそうです。
主郭に土塁、土塁の上に祠、祠の前に城址碑があります。
攻城時間は15分くらいでした。次の攻城先=平島館に向かいます。
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